カタナ、閃く   作:金枝篇

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悪意はじっくりと追い詰めてくるのです。
まだ小さく、まだ誰も気付かない。ですが確実に。

波乱のバリアハート篇、スタートです!

では、どうぞ!


ネフライト・ライト・ライト

 バリアハートへと向かう列車の中、ユーシスがバリアハートの説明を始めている。

 マキアスは私達と背中合わせの席だ。聞いてはいるようだし落ち着いているが、こっちに顔を向けない。

 私もまた、ユーシスの言葉にちゃんと耳を傾けながらも、実技テストでの連携を思いだす。

 いやあ、実に酷い戦いだった。

 先んじて結果を言うならば評価Dであった。

 

 Aチーム。リィン、ガイウス、ラウラ、アリサのチームはS評価。

 戦闘能力が高い3人+援護のアリサだ。余程にミスをしない限りこの評価は妥当であろう。

 

 Bチーム。フィー、エマ、エリオットの三人はB評価。

 意外と思うかもしれないが戦略がちゃんとしていた結果だ。

 エマとエリオットの二人を、戦場の左右、最も遠い位置に配置。そしてフィーが戦術殻を誘導するという戦い方だ。敵が左を向けば、エマが背後から魔法で攻撃。それに釣られて右を向けば、エリオットが左背後から攻撃。どっちかに攻撃しようとしたらフィーがターゲットになって回避する、という具合に。戦術殻は翻弄され続け、効果的な一撃を与えることが出来ずに沈黙した。

 

 残ったメンバー。Cチームは、私、ユーシス、マキアスという三人組である。

 いやホント連携もクソもなかった。

 ユーシスはマキアスに背中を預ける事に不安が残って集中できなかった。

 マキアスはユーシスと私に対して銃を向けることに躊躇して援護が出来なかった。

 私が撹乱に動いても男子二人に接触しまくり、相手を混乱させる以前の問題。

 自分らで付け入る隙を作るレベルだった。

 

 『よっし、足止めた。ユーシスさん、攻撃を』

 

 相手が揺らいだ瞬間にユーシスが踏み込めば、タイミング悪くマキアスが銃を発射している。

 

 『おい危ないだろうが! 俺を撃つ気か!? 背中を掠めたぞ!』

 『そんな場所にいるな! ええい、移動するから少し待て! 時間くらい稼げ!』

 『ユーシスさん危な、――っ、……痺れ、……!』

 『おい大丈夫か! 少し距離を取って休憩しておけ!』

 

 慌てて私がフォローに入り、攻撃に若干痺れつつも、ユーシスが姿勢を立て直す時間を作る。

 しかし殻から離れた瞬間、どんとマキアスに衝突。私が逃げた先にマキアスが居た。

 

 『りょ……マキアスさ、なんで移動先に、居る、ん?』

 『ぐっ、君がこっちに飛んできたんだろう! 良いからちょっと退いてくれ!』

 『お前ら良いから援護をよこせ! ――ぐっ!』

 

 うんと悪い表現をすれば、無能な味方は敵より厄介と言う言葉があるが、まさにそれだ。

 最終的には、強引に乗り切った。

 私が持てる技を駆使して戦術殻へと幾つもの状態異常を叩き込み、関節部を破壊。

 その後、マキアスに只管、あるだけ弾丸を撃たせ、相手の装甲を破壊して貰う。

 弾丸がなくなったらユーシスに斬って貰う。それで倒したのである。

 当然そんな戦い方が良い評価に結びつくはずもない。

 敵の強さは明らかにグルノージャより弱く、というかゴーディオッサーより弱かったかもしれないのだが、苦戦した。情けない話である。

 

 私とユーシスの仲はそれなりに良好なのだ。

 ユーシスの家柄に怯えず接する。ちゃんと会話もする。リンクも結ぼうと思えば結べる。

 マキアスにしてみれば嫌いな奴二人が組むことになる。

 ユーシス的には、マキアス一人が協力しないと判断する。

 互いに、ただ一人チームの中で女子である私に、強く当たり辛いのもある。

 結果、ますます関係と感情を拗らせるという訳だ。

 そうなると私が二人の折衝をすべきなのだが、前述の通り、私とマキアスの中は最悪だ。

 

 (まあ、私は、まだ良いんだけど……)

 

 先日のサラ教官との『話し合い』の結果、私の精神はかなり安定している。

 こうして疲労しても、負い目がない分、冷静でいられる。何とかしないと、と思う余裕がある。

 しかしだからと言って、じゃあどうするか、と言われると悩ましい。

 

 ユーシスもマキアスも悪い人間ではない。

 そんなことは皆、分かっている。だが「悪い奴じゃない」から困っている。

 意地を張るマキアスが悪いと言えば悪いのだが、私やユーシスにも多少の原因はあるらしい。

 そうなると互いに適当に謝っても恨みが残るだけだ。

 

 思い返す。

 四月特別実習直前のフォローの時だ。女子全員で料理を作って、全員で食卓を囲んだ。

 あの時もユーシスとマキアスは仲が悪かった。

 それでも美味しい美味しいと食べてくれていた。

 その姿勢が「二人とも根は悪くないな」と全員に浸透し、ならばとエマとフィーとガイウスが頑張って緩衝材をしてくれたのだ。

 

 しかし今は、その反動が来ている。

 「悪い奴かと思ったら良い奴だった」がもう一回反転してしまう。

 「良い奴だったと思ったのは間違いだった」もしくは「頑張ってもあの二人の関係は改善できない」と伝わってしまうと、これはもう動きようがない。改善させることを皆が諦めてしまうのだ。

 諦める、とは言い過ぎかもしれないが、嫌がってることを何度もやってくれる程、皆は冷酷じゃない。

 

 実習地の発表後、サラ教官へ反発したユーシスとマキアスに、リィンまで巻き込まれたが。

 あれはサラ教官なりの、二人への発破もあったのだろう。

 教官は笑顔だったが、目は全然笑っていなかった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 そこに私が追加され、列車に乗っているのだから、険悪な空気が継続するのも無理はない。

 エマと二人でどうしようかと困っていた時、険悪な空気を払ってくれたのが、リィンだった。

 

 「蟠りを捨てろとは言わない。立場も違えば意見も違うんだ。譲れない部分もあるだろう。だけど今からの数日間、俺達は紛れもなく“仲間”だ。……友人じゃなくてな」

 

 本当は“友人”であって欲しい、という本音が見えたが、それは飲み込んで言わなかったようだ。

 パルムでの評価。ここに加えて『ラウラ達B班に負けるのは嫌だろう?』の一言。

 特に後ろはリィンにとっても意識したい内容であるらしい。

 確かに……向こうは卒無く課題をクリアするだろう。懸念材料を上げるならばフィーが自由に動き過ぎるかも、というくらい。それだってラウラとアリサが居れば充分フォローが出来る。

 むう、と口を噤んで反論できないでいる二人に、ダメ押しが飛ぶ。

 

 「――この間の教官との勝負だって、正直悔しくて仕方が無かった。……もう少し俺達3人が連携出来ていれば。……ARCUSの戦術リンクを使えば、一矢報いるくらいは出来たかもしれない」

 

 ……まあ勝つのは無理でも、もう少し粘れたかもしれないな。

 実際、あの場に居たのが男子三人ではなく女子三人なら、もう少し面白い結果を残せたと思う。

 

 「分かった! もういい! そこまで言われたら協力するしかないだろう!?」

 

 説得力のある言葉の数々に、ついにマキアスは嫌々ながらも返事をした。大声で立ち上がって。

 列車の中であったことを思い出したのか、慌てて座ると声を抑え、渋々と続ける。

 

 「今回の実習が終わるまでは少なくとも休戦する! アルバレアとも……アルビーともだ!」

 

 マキアスが頷けば、ユーシスもまた静かにだが我慢するように頷いた。

 私とユーシスから距離を取り、一つ後ろの席に個別で座ってしまったのは……ちょっと残念だけど……マキアスは、自分で頷いたことを自分で否定するタイプの人間ではない。

 バリアハートに着いてからは一緒に行動してくれるだろう。

 これで私も、マキアスに対して、何とか仲良くするだけの猶予が手に入る。この実習中に何とか距離を縮めよう。せめてリンクが結べるくらいには。

 

 (だってねぇ……、折角の学生で、仲悪いまま過ごすとか、勿体ないし……)

 

 向こうが如何しても私が嫌いだ、受け入れられない、と言うならばしょうがない。

 でも私の方から仲良くなる機会を捨てる気はなかった。

 頼って良いし甘えていい、何より欲張りになって良い……と私がこの二カ月で学んだ。

 マキアスとの関係だって得難い物には違いない。

 

 「……ふん、到着まで五時間ある。俺からバリアハートの説明をしておこう」

 

 空気が落ち着いたところで、ユーシスが切り出してくれた。

 人口に始まり、周囲の産業(ミンクが多くて毛皮の質が良いとか)、七耀石の鉱山があるということ。それらを加工する腕利きの職人が住んでおり、交易に必要な飛行艇の空港や、財産を守る領邦軍の詰所までが揃っているということ等々。

 ――言い方を変えると『アルバレア家を中心に据えた貴族社会の為の都市』である。

 聴いているマキアスの顔は苦々しかったが、割と客観的なユーシスの意見に文句は言わなかった。

 

 (リィンのフォローもあったし……少しはマキアスが柔らかくなってくれれば良いんだけど)

 

 《Ⅶ組》というクラスは、特別な場所だ。ここでしか出来ない経験がある。

 オリヴァルト殿下が私を此処に加えてくれたのも、その特別な何かを教える為だ。

 そして、何かを学んで欲しいという意志で《Ⅶ組》に編入されたのは、私に限った話でも無い。

 マキアスにだって色々学んで成長して欲しい――と殿下や、マキアスを《Ⅶ組》に入れた人は思っている……筈だ。多分。そうでなかったら余りに作為的にすぎる。

 ユーシスのバリアハートへの説明をBGMに、私は流れる景色に目を向ける。

 やがてその景色の移ろいに目が離せなくなり、私は何時しか夢中になっていく。

 《ブレード》や新聞、軽食らを挟むと、五時間は、あっという間だった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 東方では翡翠(ジェイド)を「玉」と呼んで珍重したという。

 翡翠には「硬玉(ジェライト)」と「軟玉(ネフライト)」の二種類がある。

 実はこの二つ、違うのは硬さだけかと思いきや、色合いが似ているだけで、構成している成分は全くの別物であるらしい。

 希少価値で言えば、産出量が少ない「硬玉(ジェライト)」の方が高いそうだ。

 対して「軟玉(ネフライト)」はかなり多く産出し、必然、価値にもムラがある。ただ一部の「軟玉(ネフライト)」の中には、翠ではなく白に近い逸品もあり、そちらは「硬玉(ジェライト)」に勝るとも劣らないとか。

 考古学者アルバ教授の教えである。性格破綻者という点を除けばアイツは有能だ。

 

 「親愛なる弟よ、三か月ぶりくらいかな? 些か早すぎる再会だが、よく戻って来たと言っておこう。――そして、そちらが《Ⅶ組》の諸君というわけか」

 

 さて、では目の前の御仁は、果たしてどちらなのだろうか?

 駅から降り立った私達は、アルバレア家の威光が理由で(ちょっとやり過ぎなくらい)歓迎を受けた。

 若干ではなく迷惑そうなユーシスの顔が印象的だった。

 『私達の荷物もお運びします』……と言われたところで、駅員の皆さんを追い返してくれたのが、目の前にいる青年だ。

 

 ルーファス・アルバレア。ユーシスのお兄さんである。

 貴族にも色々な人間がいる。表だけ取り繕ったネフライトなのか、外見こそ似ているが芯の強いジェライトなのか、それとも宝石に見せかけているだけの別の何かか。

 定かではないが、振舞いから溢れる自信を見た限りでは、軟弱さも凡庸さも感じられない。

 伊達にオリヴァルト殿下と並び称される社交界の華ではないということか。

 

 私達《Ⅶ組》の事は、ユーシスからの手紙で知っていたと語り、そのまま宿泊先まで車で送迎してくれる。

 至れり尽くせりだが、こんなんで果たして実習は大丈夫なのだろうか?

 少しだけ不安に思う。

 ユーシスが居た状態で真っ当な依頼になるのかとか、逆に居ること前提の無茶振りが無いかとか。……そりゃまあサービスを受けるのは有難いが、学生としての適切な範囲から逸脱するのは不味いのではないか、と思う。ケルディックとは別の意味で、やりにくくならなければ良いのだけど。

 かくして宿泊施設まで案内されることになったのだが――。

 

 (…………綺麗……車で良かった……。……徒歩だと足止めてた……)

 

 数分後には前言を撤回して、車での移動に感謝していた。

 これは……私には新鮮だ。任務で潜り込んだこともある筈なのだが、晴天の中で見る景色は煌びやかで、まるで記憶の中と一致しない。

 

 ――私は、美しい緑色の街並みに歓迎されていた。

 目に見える範囲、町全体に綺麗な翡翠色が続いている。建物や道路、貴族の邸宅も淡い緑色だ。柱や冊子など、建物を補強する建材は白く磨かれ、互いの色を引き立てている。

 

 バリアハートは貴族の街だ、というユーシスの言葉を反芻する。

 うん、ここは貴族の街だ。

 権力者として貴族が住み着き、階級によって統治されている街と言う意味ではない。

 これだけに精緻で煌びやかな、職人の技が輝く街になるには、金を使う人間が必須だ。

 平民しかいない町なら、建物の全てに翡翠を織り込む、という発想はしないと思うのだ。

 『帝国時報』では、貴族は百年単位の治世を見据えていると書かれていた。

 今の貴族派が“そう”かはさておき、この街を作った人間は、言葉通り百年二百年の先を見据えていたのだろう。車中にはカーテンが設置されていて、外からの情報を遮断できるようになっていたのだが、私は隙間から街を横目で見続けていた。傍から見たら完全に「おのぼりさん」だった。

 

 その間、リィンとユーシスはルーファス氏から何かと話を聞き、課題を受け取っていた。

 そっちも一応、話半分に聞いていたが、流石はアルバレアの長兄と言うべきか、交流が広い。

 私とエマは「可憐」と形容されたようだ。……可憐か。私が可憐という形容詞が似合うかどうかはさておき、褒められるのは悪い気分では、無いな。委員長が可憐なのは間違いないし。

 ドストレートに素の容姿を褒められる機会はあんまり無いし。

 化粧して化けるのは(字の通り)簡単なのだけどね。振るう機会が無くて安心してる。

 

 「兄上、宿泊場所というのはまさか……」

 「フフ、愚問だな。我らの実家たる公爵家城館に決まっているだろう?」

 

 その言葉を聞いて、ユーシスの顔には戸惑いが浮かぶ。

 私もちょっと嫌だな。駅でやったみたいに何から何まで身の周りを世話してくれて、衣食住の全てが豪華なんて肩が凝る。皆も大なり小なり同じような顔を浮かべていたようで――。

 

 「――と言いたいところだが、好きにせよとの父上の言葉だ。街のホテルに部屋を用意させた。その方が《実習》とやらに心置きなく集中できるだろう?」

 

 と、ルーファス氏は少しだけ茶目っ気を見せて翻した。

 ユーシス含めて全員がほっとした顔をする。

 どうもこちらの反応を見る為の演技だったらしい。食わせ物だな、この人。

 

 「さて、短い間だったが、楽しい時間もそろそろ終わりだ。諸君の宿が見えてきたぞ」

 

 案内されたのは、実に立派なホテルだった。

 『ホテル・エスメラルダ』。宝石で緑繋がりである。

 エスメラルダはエメラルドとも呼ばれている鉱石だ。アクアマリンらの親戚で……ベリル石の仲間。最高級の品質ともなれば、翡翠とエメラルドで見分けるのが大変なんだとか。

 

 ま……宝石の話は今は置いておこう。

 ワイスマンから学んだ知識を活用するのは、今ではなく課題に取り込んでる最中で良い。

 

 案内をした後、ルーファス氏はユーシスをからかい、華麗に挨拶をして去って行った。

 本来は饗応の席まで用意したかったらしいが、時間が許さないそうだ。

 ルーファス氏は父:ヘルムート公の名代であちこちに足を運ぶ必要があるらしく、この後も飛行船で帝都行きらしい。

 

 ……あー、そう言えばケビン神父が話してたな。『影の国』には飛行船でアーティファクトを回収した後に巻き込まれたのだと。その際に搭乗していたのがバリアハート発だったっけ。

 飛行船の中でも、かなり大きな社交界の催しが行われていたというし……。

 毎日毎日、改革派を前にしての集まりや計画が大変なのだろう。

 

 「ルーファス・アルバレア。貴族派きっての貴公子という噂は耳にしたことがあったが……」

 

 車で去っていった彼が消えた後、マキアスは腕組みしながら呟いた。

 一瞬前まで親切にしてくれたルーファス氏を、即座に悪態の対象には出来なかったようだ。

 

 「なんというか、凄く『出来た方』みたいですね」

 「ああ、下級貴族である父への配慮もしてくれたし」

 「……ちゃんと兄弟って感じだね……。わ、私は一人っ子だし、羨ましいよ」

 

 各自の感想を受け、ユーシスは、少しだけ複雑そうな顔をして、ホテルに足を向ける。

 どうもルーファス氏の行動に関して思うところがあるらしい。

 ……確かに彼は貴族派筆頭。行動とは即ち、対立という歯車へ油を注し、潤滑に回すという意味になる。対立する焔に油をくべれば燃え広がる。当然だ。

 ただ会話をした限りでは、彼が改革派へ敵意を持っている様には見えなかった。

 私の嗅覚を信じるならば、彼はむしろ改革派とは親身にしたいような雰囲気がしていた。

 レーグニッツ知事のことも正当に評価をしていたようだし。

 ……彼が対立を穏便に収めてくれる方針を取ることを祈るばかりである。

 

 「俺達も荷物を置こう」

 

 リィンが全員を促す。

 若干気後れする委員長の背中を押し、私もホテルに入ることにした。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ユーシス一人だけがスイートルームに案内されかかる……という一幕があった物の、私達は無事にチェックインを済ませ、荷を下ろすことが出来た。

 男子らが三人で一部屋。女子二人が一部屋だ。

 ……いや、これ二人で使うのにも十分過ぎる。比較する物でもないけど《風見亭》(ケルディックのね)の2倍から3倍くらいあるぞ。あの時は5人で同室だったのに。

 窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできた。深呼吸をして、景色を眺める。

 

 「ホ、ホテル自体が街の……高い方にある。南に坂道が続いてる。み、見晴らしが、良い」

 「西に見えるのが貴族の皆さんが住んでいるエリアでしょうか。……ええと、あの一際大きいのが、アルバレア家だと思います」

 

 ご丁寧にもホテルにはバリアハートの観光案内地図があったので、広げて凡その地理を確認。

 テラスから先、委員長が指差した先にある、最も目立つ建物があった。他の建物の屋根をずーっと目線で追い、その一番奥にある立派な屋敷だ。門扉がここからでも見えている。あれがユーシスの実家か。……あの家に忍び込んだことは流石に無いな。

 「アイツ(ブルブラン)」ならあるかもしれないけど。

 

 一息吐いた所で、持ち物の確認と装備のチェックをした後、集合だ。

 リィンら男子の部屋にお邪魔して、渡された課題を広げ、確認をする。

 封書には課題が三つ入っていた。

 

 「『オーロックス峡谷道の手配魔獣』。……魔獣フェイトスピナーの退治。クロイツェン州の領邦軍からの依頼らしい。任務達成後はオーロックス砦の兵士に報告すること、と……」

 

 ふむふむ、これはよくある魔獣退治の依頼か。

 フェイトスピナーは聴いた名だ。確かリベール王国:ラヴェンヌ村の近くにも住んでいた。

 えーと……エステル達が凖遊撃士で……あちこちを回っていた時か。ワイスマン、その時はアルバ教授と名乗っていたアイツも近くで観察をしていて、私もお供でくっついていた。

 あの時はカプア一家が飛行艇を盗んでいて――廃坑の中をカプア一家が占拠した結果、フェイトスピナーは住居を追われ、ラヴェンヌ村まで出てきたんだっけ?

 腑に落ちた。領邦軍の新規開拓とか、野山の開発とかで居場所を失ったフェイトスピナーが降りてきたのだろう。完全に被害者だと思えるが、大型で頑丈で、普通に人間の脅威だ。退治しなくてはな。

 

 「『半貴石』と『バスソルト』の調達。これは……名前からすると鉱石でしょうか?」

 

 委員長の疑問に答えたのは、ユーシスと私だ。

 

 「……バスソルトというのは岩塩の一種だ。入浴剤として使われている」

 「は、半貴石は宝石。分類が色々あるんだけど……硬度で分けた時、あんまり固くない物のを半貴石って呼ぶ場合もあるし……希少価値が高い一部の宝石以外を、半貴石って雑に分けることも、ある。――この依頼書だけ、だと、何を探しているのか分からないから……これは直接聞きに行ってから、かな」

 

 実習範囲は、バリアハートを中心に、北と東に100セルジュ以内。

 一日毎にレポートをまとめ、後日、教官に提出となっている。この辺は前回と同じだな。

 どうやらバスソルトはオーロックス渓谷で良く見つかるという。

 であればフェイトスピナーとバスソルトを同時進行させつつ、半貴石を探すという形だろうか。

 

 「一先ず課題を出してくれた人に会いに行ってみよう。レストランと職人街だ」

 

 リィンの号令に、私はおーと手を上げる。

 一先ず彼がリーダーとして一行を案内するのには、誰からも文句が上がらないようだ。

 列車での約束通り、ユーシスとマキアスも一時休戦の約束を守ってくれている。

 

 これは調子良く課題を解決していけるのではないだろうか?

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「なんて! 言ってたのが! 少し前なんだけど!」

 「カタナさんの発言ってトラブルの呼び水になってる気がします……!」

 「い、言わないで委員長! 自分でも、そ、そう思うから!」

 

 ザール橋。

 北クロイツェン街道に掛かる古橋の上。

 三つ首の植物型魔獣ヴィナスマントラを前に、私らは奮戦していた!

 

 「ど、毒を噴射するから気を付けて! 倒せないでも、良い! マキアス、その娘」

 「分かっている! ……怪我はありませんね? ここは僕達が時間を稼ぎます。離れて下さい」

 「ありがとうございますぅ……!」

 

 顛末だけを簡単に説明しよう。

 宝飾店で半貴石の情報を手に入れた(ブルブランが居やがった)後、私達は北クロイツェン街道へと出た。幸いにも半貴石は目立つ場所にあったので見つけるのには苦労しなかった。

 これで無事終わりだなと一安心したところで、悲鳴が聞こえたのだ。

 助けを求める、若い女性の悲鳴である。

 何があったのかと慌てて其方を伺うと、橋の近くで、少女が――今マキアスの背後に隠れている少女が、襲われていた、という訳だ。放置しておけず割り込み、今に至る。

 

 「でも、わ、私だけ逃げるわけにはいかないんです! まだ現場の人達が……!」

 「ちっ……。護岸工事? 父上の指示か? それで魔獣を呼び寄せるなら、先んじて護衛くらいは手配しておくべきだろうに……!」

 

 ユーシスの不満が聞こえる。

 カメラを片手に、マキアスの後ろで震えている少女は、つっかえながら事情を語ってくれる。

 ここ最近、七耀石の塊がこの近場の水辺で良く散見されるようになった。流域に鉱床でも出たのか、それとも人為的な物か。回収や調査も兼ねて護岸工事らを行う業者に頼んだのだそうだ。

 少女はその記録係として同伴していたが――業者は魔獣に襲われ、彼女も危うくなった、と。

 

 「その業者の皆さんは、何処に!?」

 「ちち近くに隠れてると思いますけど、何処にいるかは……」

 

 無事なのかそうじゃないのかはっきりしない。

 一番面倒なパターンじゃないか!

 

 「カタナ。すまないが調べて貰って良いか!?」

 「お任せあれ。この橋じゃ5人が並んで戦うのはギリギリだしね……!」

 

 リィンユーシスマキアスに委員長の4人なら植物型魔獣の1体くらいは何とかなるだろう。

 私は一同から目を離し、橋下へと足を向ける。

 その時。ほんの少しだけ、待て、と第六感が囁いた。

 

 何故か自分の感覚が、少女へと向いた。

 

 強敵を前にしての、護衛という状態。急ぎの調査が必要なタイミング。

 おまけに護岸工事の調査やらで使った薬品や爆発物の匂いと、ヴィナスマントラが吐き出す瘴気で鼻が利かない。下手に深呼吸をすると汚染されかねない。

 マキアスに隠れている少女は、小柄でか弱く見える。

 フードの下には、桃色の髪。震えている姿はか弱いのだが、ほんの少しだけ心の中がざわめく。

 

 ――この少女を、このままにしておいて、良いのか?

 ――この少女、無視してはいけないのではないか?

 

 ほんの微かな違和感だったが。

 

 「こっちだ! 誰か手を貸してくれぇ! 魔獣が近いんだぁ!」

 

 橋の下から聞こえる幾人もの男の声で、それはかき消されてしまう。

 考える暇が与えられない。

 無事なのは分かったが、これから無事じゃなくなる、と言われれば益々放置は出来ない!

 

 「……行ってくる。気を付けて!」

 

 橋の欄干を乗り越え、橋下に。

 ぬかるむ湿地に足を付けると、確かに作業服の男達が魔獣に囲まれている。

 数も強さも其処まででは無いが、一気に殲滅するには時間が掛かる!

 片手に小太刀、片手に鞘を握って魔獣らの群れに突っ込んでいく。

 

 私はこの時、気付くべきだったのだ。

 

 まるで図ったようなタイミングと状況の悪さに。

 余りにも特徴的な傷を持った少女が、マキアスの背後で密かにほくそ笑んだ顔に。

 カメラを片手にした少女が、怯えながらもマキアスにしっかりと抱きつき、腕を回し、距離を縮めていたことに。

 

 その様子は。

 魔獣の姿を一切写さなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()になっていたことに。

 私は、気付くべきだったのだ。

 

 「皆さん、お強いんですね……。ありがとうございます……! 助かりました。私、本当に、ほんっとうに怖かったんです……! ずっと庇ってくれて……とても……嬉しかったです……」

 

 この少し後、マキアスに向けて、少女は名前を告げる。

 

 「あの私、ゾーイって言います。ゾーイ・キャラハンです」

 

 カメラを胸に抱いて、心底感謝をしていると表現しながら、頬を赤く染める。

 額から頬にかけて走る一本の傷が、酷く目立っていた。

 

 「マキアスさん。是非、お礼をさせて下さい!」

 

 

 ――たとえほんの僅かな時間であったとしても。

 ――この少女から目を離した判断が間違いであった、と。

 ――私はバリアハートでの実習で、今後、幾度となく後悔する事となる。




オーロックス砦への侵入者がマキアスだ、っていう言いがかりは流石にちょっと無理じゃないかなと思うのです。
・偶然ミリアムが砦にやって来ていた
・偶然《Ⅶ組》が依頼達成を報告しに来ていた。
これらが重ならないとマキアスの冤罪には発生しません。
まあルーファスが居る以上、この辺は幾らでも調整とフォローが可能なのですが……。
冤罪までのプランが甘いなあと思ったので、ここガッツリ強化しようと思います。


Q:カタナの嗅覚「ルーファス氏は改革派と仲良くしたいらしいよ!」
A:嗅覚は大正解。でもまさかルーファスが鉄血サイドだと気付けるはずも無し。

Q:水源近くで行われていた工事。
A:ヴィナスマントラは前倒しされた。勿論オリジナルのイベント。悪意ある伏線その1。
勿論カタナの「鼻が利かない」状況も意図的に作り出された。

Q:桃色の髪と、額から頬に走る傷を持った、小柄な少女カメラマン:ゾーイ・キャラハン。
A:一体、誰イ・アドラーなんだ……。
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