カタナ、閃く   作:金枝篇

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毎度、誤字報告ありがとうございます。

『創の軌跡』の予約も始まりましたね。
筆者は零改と碧改を「そうそう、こんなんだったなー」と懐かしんでプレイしています。
書きたい内容が沢山あるけど、文字数が許してくれない!

さておき、今回でカタナの新クラフトが解禁されます。
軌跡ユーザーなら垂涎物の、超便利クラフト。
一体どんな代物か、想像しつつお楽しみください。

では、どうぞ。


瞳の先に映るもの

 足元のぬかるむ湿地を気にしながら、私は駆ける。

 橋下に置かれている護岸用工事用の大型自動車。その周囲に集う魔獣の群れが、獲物だ。

 エッグスネーク。猛毒を宿す牙を持った爬虫類。

 巨大な鳥――恐らく生息域的にズウォーダー等の卵に住み着き、内部を喰いながら成長、育った後は殻を自分の鎧のようにして動く。クロイツェン街道では割と数が多い種類であるらしい。

 この辺にミンクが多いと聞いてはいた。あの動物は確か、鼠などの小動物に、小魚や甲殻類も捕食した筈だ。でれば同じ獲物を狙う蛇の数が多いのも理解が出来る話。

 

 「よ、い、しょっと」

 

 ぐしゃっという音。

 自動車に居る作業員の男性を狙っていた蛇を、背後から踏みつけるように地面へ潰す。

 このタイプの魔獣は亀の性質も持つ。警戒すると卵に頭を引っ込めて籠城されてしまう。それをさせないために、まず首を固定し、そのまま刃で両断。

 関節の間へと刃が綺麗に入り、胴体と別けることに成功。

 そのままひゅっと刃を振り、傍らのもう一体の首も外す。そして此方も踏みつける。

 

 「ご、ご無事、ですか?」

 「有難う! 有難う助かった!」

 「まだ、数が多いので、お気を付けて」

 

 特に爬虫類は生命力が高い。下手に頭だけにしても結構動くからな。

 ぐりぐり、と丁寧に頭を潰し、動かないことを確認して、他のエッグスネークへ目を向ける。

 車を取り囲むように、と言いはしたが、車体が川に沿って止まっているから、実際は半月くらいの囲い方だ。運転席の扉前に陣取っている奴らは今倒した。

 後はもう、車を発進させて貰った方が、危険がない。

 

 「鍛えてたつもりなんだが、毒持ちには思わず震えちまってよ……」

 「む、無理も、ないかと」

 

 作業員の班長らしい、逞しい体格の男性が言う。

 毛深い腕に、昔の古傷らしい三本線が見えている。逞しくても毒には腰が引けるようだ。

 因みに私はそんなに怖くない。毒には耐性を付けてある。

 流石に何でも耐えられるという訳ではないが、睡眠薬とか麻酔薬なんかも効き目が薄い。

 

 「い、急いで橋の方に。友人らが、大型を、足止めしていますから」

 「すまねえな! 機会があったらまた会おうぜ! 挨拶はそん時にな!」

 

 慌ててエンジンをかけ、他の作業員を荷台に乗せた工事車両は進んでいく。

 追いかけようとしたエッグスネークの前に、私は立ち塞がる。

 

 (……さて、これなら、威嚇、通じる、よね?)

 

 だらりと両腕を伸ばして、前傾姿勢に。

 長い髪をゆらし、手に握った刃と鞘を互いにぶつけて金属の音を響かせる。

 

 じゃらり。

 じゃらり、じゃらり、じゃらじゃら。

 じゃらじゃらじゃら、がらがらがらっ!

 

 決して音量は大きくない。

 だが確かに周囲に響く『蛇の音』に、エッグスネークの動きが止まる。

 私は確かに雑魚だが――たとえ数体居ようとも、小柄な蛇程度では、恐れよう筈もない。

 まるで邪眼に射すくめられたように――格上の蛇に喧嘩を売ったことを知ったように。

 エッグスネークは固まり、辛うじて動けた個体は殻の中に引き籠る。

 

 「じゃあ、そういうわけ、で」

 

 にやぁ、という口元の笑みをそのままに、這うように私は加速。

 一本しかない小太刀を、両手で握りこむと、全身を使って精密に振るう。

 足元が泥とはいえ、4月と教官との戦いを経て少しは成長した私だ。

 ぬるりとした動きに敵の視線が混乱するのが分かる。

 そのまま魔獣達を、素早く切り裂いていく。

 1体、僅かに致命傷を外したエッグスネークが居たが、そいつも氷に覆われた。

 『オボロ』様様だな。

 

 カタナ VS エッグスネーク6体。

 勝敗:カタナのストレート勝ち(Win)

 ……雑魚退治は得意なんだけどねぇ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 頭の上の戦闘音は、そろそろ決着が近そうだと告げていた。

 合流しないでもなんとかなりそうだし……自分の回復をしておこう。

 

 湿地帯だから、という以上にヴィナスマントラのせいで鼻が全然利かない。

 腐敗臭で昆虫を引き寄せ、それを喰う――所謂『食虫植物』とは違うようだ。だが体内で液体を発酵させているのか、流れる樹液(植物だから血液ではないよな)が酷い匂いなのか、魔力を吸い上げる土壌そのものの具合が悪いのか、兎に角、匂いがキツかった。

 しかも橋の上で戦っているからか、瘴気が下に……つまり橋の下の私に降りてくる。キツイ。

 

 (これは、致命的過ぎる……)

 

 解体したエッグスネークを近くの川に蹴り落とし、流水で洗う。殻の中に溜め込まれた七耀石の欠片を回収。ついでに内側で被膜に包まれていた油も回収。肉は自然に還ってくれるだろう。

 

 風上へ歩いた後、刃と手、顔を川の水で洗い、出来る限り汚染と悪臭を払う。

 私は水筒を取り出して、ハンカチに中身を吸わせて、それで目や鼻の粘膜を拭った。そのまま即席のフィルターのように鼻と口を覆う。これで少しは防げるだろう。

 隙間から口を付けて、水筒の中身を飲みながら、丘の上に足を運ぶ。

 

 水筒の中身はハーブティー。

 バリアハート中央広場にあるレストラン《ソルシエラ》で購入した逸品である。

 

 1時間ほど前のこと。

 私達は北クロイツェン街道へ出てくる前に依頼の詳細を調べていた。

 そして『バスソルト』の詳細を聞きに、レストラン《ソルシエラ》へと足を運んだのだ。

 

 中央広場の片隅に大きく佇むこのレストランは、一見高級だが、庶民が足を運び食事がしやすいようにリーズナブルな料理も提供している。

 私達が訪ねた時も、貴族平民問わずお客が舌鼓を打っていた。

 

 ユーシスはオーナーシェフ:ハモンドさんと顔馴染みらしかった。

 会話の端々から親しい関係が感じ取れる。

 『腕を振るうので堪能して下さい』と勧められたが、残念ながら課題が優先だ。

 時間が無かったので、せめて味くらいは、とハーブティーを購入したのである。

 その後、テラスに居座っていた貴族の少年らから『バスソルト』の話を聴いて今に至る。

 依頼の詳細を説明する2人が、こっちに居丈高な態度だったり、ユーシスを見てそれを一瞬で翻したりと、愉快な一幕があったが、ともあれ情報は手に入った。

 

 「……ん……これで、大分、マシ……」

 

 麻痺していた嗅覚が戻って来るのと、橋の上に戻ったのはほぼ同時だった。

 ほぼ同時に、リィンの刃がヴィナスマントラの首(首、で良いよな?)を断ち切っている。

 ぶちぶちという繊維が千切れる音と共に、巨体が揺らぐ。

 

 「っと」

 

 崩れてきたので、欄干の上に避難。

 目の前で、魔獣は力尽きた。

 

 「なんとか、なったようで、何より」

 

 植物は再生力が高いし、根があれば復活することも多いので、念入りにとどめを刺す。

 委員長が《ヒートウェイヴ》で丹念に焼き、リィンと私で刃でざくざくと解体。

 内部の七耀石の結晶も回収する。

 

 「随分と匂いがするが……加工すれば良い魔獣除けにはなりそうだな……」

 

 人間には支障がない刺激でも、鋭敏な魔獣なら『脱兎』の如く逃げ出す強烈な塊かもしれない。

 戦いの余波とヴィナスマントラの痕跡が今も残ってるお陰で、魔獣は近寄ってこない。

 一応ユーシスが周囲を警戒しているが、安全そうだ。

 

 「お、お疲れ様……」

 「ああ。そっちもお疲れ。無事で何よりだ。運転手さん達は今あっちで会話してるよ」

 

 少し離れた場所で、ゾーイさんがマキアスに何度も頭を下げていた。

 カメラや装備品は既に工事車両に載せ終わって、後は挨拶してバリアハートに戻るだけの様子。

 私が戻ってきたことに気付いたらしい彼女は、これ以上マキアスを引き留めて課題に支障が出ると不味いと判断したのか、名残惜しそうにしながら去って行った。

 

 ……なんか今、一瞬()()感覚がしたのだが……距離があったので掴みきれない。

 詳しく考える間に、工事車両は遠ざかって行ってしまった。

 むう、漠然とした不安があるが……。

 

 「……ヴィ、ヴィナスマントラの退治は無事に終わったから、それは良いんだけど」

 

 あの巨体と凶暴性から、あの植物型魔獣は、この近隣ではかなり危険な種だろう。遅かれ早かれ誰かが駆除しなければならなかっただろうから、これは別に良い。

 だが結局、あの工事車両は、具体的に何を何処まで調べていたのだろうか。

 目の前を流れている川で、七耀関の結晶が散見されるようになったとは聞いたけれども。

 

 「何処かの溜池とか空洞が、崩れたのではないか……と話していたな」

 

 マキアスが戻って来るのを確認しつつ、ユーシスが答えてくれた。

 

 「と、言うと」

 「流れて来ていたセピスの欠片を確認したそうだ。……上流の方で山崩れがあった、等の理由で、鉱床が露わになって河に流れてくるならば、もう少し数が多いだろう、と話していた。例えば雨が降れば、発見される量が変わる……という場合もある。だがそうでは無かった」

 

 ふむふむ。

 数日前に山間で雨が降ったが、川に見える七耀石の数はあまり変化が無かった。

 また近場の地面に、大きな結晶が埋まっているかどうかも調べたらしい。

 工事車両や湿地帯にどことなく火薬や燃えた匂いがあったのはそれが理由か。ヴィナスマントラが居ても感じ取れる、タイプが違う刺激。崖や地面を、爆薬込みで掘り起こしたのだ。

 薬品も、どの程度の七耀石が含まれているのかを調査する触媒とかだろう。

 

 「で、後は塊の角やサイズも確認したそうだ。結果、仮説としてだが……、湖や、溜池、あとは山にある天然の貯水個なんかも候補だが……そこに澱のように積もっていた七耀石の欠片が、何かの拍子で流れてきたのだろう、と話していた」

 「な、るほど……」

 

 例えばその貯水倉の側面に穴が空いたとかだな。

 今までは底に溜まっていた七耀石の破片が、何かを契機に流出し始めたということか。

 

 「……そういや、この流れで序に聞く、んだけど」

 「なんだ」

 

 私は水筒を掲げた。

 

 「ハ、ハーブのスープを用意してくれたのは、ひょっとしてユーシス?」

 

 口の中に再びハーブティーを含む。幾つもの香りが重なって鼻まで抜けてきた。

 よし、さっきまで麻痺していた嗅覚はちゃんと戻っているな。

 

 「……そうだ」

 「美味しかった、です。でも私、ユーシスに作ってもらう理由とか、あったっけ」

 

 で、《ソルシエラ》のハーブティーを堪能した私は、ふと思い出したのだ。

 サラ教官との一幕を終えた翌日。学生寮の台所にハーブのスープが置かれていた。

 あの時は委員長が作ってくれたと思っていたが……風味がとても《ソルシエラ》に似ている。

 となると、あれはもしや、親しい関係でありそうなユーシスが作ったものでは無いのだろうか?

 どうやらその推測は正解だったようだが……理由が分からない。

 

 ユーシスが気軽に、お節介で、世話を焼いてくれるとは思っていない。もっと彼は義理堅い。

 となると私が何か彼にメリットがある行いをした――のだと思うが、心当たりが無い。

 

 「サロンに行っただろう、お前は」

 「ん、行ったね」

 「その際に、俺のことを話して牽制してくれたようだったからな、その礼だ」

 

 あー、なるほど。納得した。

 私は確かに、サラ教官との対話前に、サロンに足を運んでいた。

 別に意識はしていなかったが――確かにその時に――セドリック氏らに『ユーシスに何か言伝があるなら私が聴きますよ。だから強引に誘うのは止めてあげて欲しいです』とは言っておいた。

 ラウラやユーシスはサロンに来たくないだろう……と思っての提案で、別に計算をした訳では無かったのだけど。

 結果、貴族生徒の皆さんは、無理に誘うことが無くなったらしい。

 煩わしい付き合いから解放されたから、ということか。

 代わりに私が顔を出す必要があるが、情報収集の為と割り切ろう。そう言うの得意だし。

 

 「分かった。そういうことなら、有難く」

 「そうしておけ。お前は俺の目から見ても打たれ弱い。休む時は休むことだ」

 

 ユーシスなりの激励に、私は手を上げて無言の返事をしておいた。

 彼はちょっとばかり上から目線に見えるだけで、実際は礼儀正しく親切な男なのである。

 マキアスもそれを分かっている筈なのだが、中々上手くいかないものだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「…………」

 「ん、なんか、あった。リィン」

 

 バリアハートに戻る道中のこと。

 何かを考えこんでいる様子のリィンが居たので、様子を聞いてみる。

 

 「いや……さっきの、ゾーイさん、なんだが……どこかで見た気がする」

 

 腕を組みながら、リィンは、自分の記憶を探る様に口を開く。

 

 「む、昔の彼女を知っているとか?」

 「いや、もっと最近だ。最近、どこかで似た人を見た気がする……んだが」

 「定かではないと……私も何か……嫌な感じが、ある」

 

 俺の気のせいかな、と首を傾げているリィンだった。

 私の嗅覚も『ゾーイ・キャラハンを信じてはいけない』と告げている……気がする。

 観察する時間と余裕が無かったのが何とも歯痒かった。

 至近距離で観察出来れば判断が出来たのに。

 私とリィンが揃って『何かある』と感じたということは――多分本当に何かあるのだ。

 

 「ふん、何を二人で悩んでいるかと思えば。彼女は普通の女性だったぞ」

 

 マキアスが口を挟む。

 『貴族の二人が批評をしているとは』と瞳に文句が浮かんでいた。

 いや、そういう訳じゃないんだが……ないんだが……説明して信じて貰えるかは怪しいな。

 

 別にマキアスを批難するつもりはない。

 ただ、マキアスは実直だ。悪い女に騙されないかは心配になる。

 

 「……私の方でも、注意しておく。リィンも何か思い出したら」

 

 後から思えば、この時、既に。

 漠然とした不安が迫って来ているのだと、私とリィンは本能的に理解していたのだろう。

 だがそれが明白な形をとるのは、今日ではなく、明日のことだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さてそれから、バリアハートに戻って。

 私達は何とも面倒なイベントに遭遇することになった。

 

 《ターナー宝飾店》の中には9人。私達5人に、依頼主のベント氏、服飾店のブルックさん、見物しているブルブラン(アイツ)。そして目下、こちらの気分を害しているゴルディ伯爵だ。

 

 私達から琥珀を預かったブルックさんは、それをゴルディ伯爵に渡してしまった。

 そして今、目の前で、持ってきた《樹精の涙(ドリアード・ティア)》は食べられている最中だ。

 傍らのメイドさんが、努めて感情を出さないように水の準備をしている。彼女も複雑らしい。

 

 「……琥珀って食べれるのか?」

 「く、薬にはなるのは本当らしい……で、でもそのまま普通にバリバリ食べる人は……」

 

 リィンの疑問に返事をする。

 琥珀とは樹脂の化石だ。そして《樹精の涙(ドリアード・ティア)》は、琥珀の一瞬。

 北クロイツェン街道に生えている木々は、琥珀を作りやすい性質を持つと聞いていた。

 確かに、樹液を生成すると砂糖になったり、天然ゴムを収穫できる種があったりと、植物の性質は幅広い。だから琥珀に薬効がある、という考えは理解できる。

 

 だからって丸呑みは馬鹿じゃないかね?

 せめて細かく砕いて、不純物を取り除いて、融解しない程度に煮沸消毒なりなんなりをして、その後に少量を、拒絶反応(アレルギー)が出ないか、自分の体質に合っているかを確認しつつ服用するのが正しい方法だと思うのだが。

 あれじゃ食中りを起こしてくださいと言ってるようなものなのだが。

 ……まあ既に咀嚼されて、胃の中に納まってしまったモノを取り出すわけにはいかないな。

 なんかあっても自業自得だ。放っておこう。

 

 「あの石ころは、その男との正当な契約にて手に入れた物。咎められることはありません!」

 

 そう主張した伯爵は、ユーシスから逃げるように去って行く。

 流石にこの状況、残された私達は、肩を落とすベントさんらに事情を聴くしかない。

 ふむふむ。

 《樹精の涙(ドリアード・ティア)》には滋養強壮やら若返りの効能やらがあるらしい?

 それを買いたたかれたと。

 あんまり良い値段ではなく、故郷に帰っての頭金くらいにしかならないと。

 値段交渉をする事は出来なかったし、ブルックさんも口を挟めなかったと。

 

 「……ユーシスが動いてるんだって名前を出せば追い払えたんじゃないの?」

 「流石に、そこまで強く言い返すことは出来ず……」

 

 ベント氏から目を離して、ブルックさんを見る。

 顧客を守るのも店の務めじゃないかなと思うのだが……彼は委縮してしまっていた。

 責めても《樹精の涙(ドリアード・ティア)》が戻って来るわけじゃない、か。

 

 「あ、あんなのも貴族なんだよね……」」

 「そうだな。耳が痛い話だ。そこの男が文句を言いたくなる気持ちも良く分かる」

 

 マキアスの態度に、ふんと鼻を鳴らしたユーシスだが、憤りを否定はしなかった。

 私もあんまり居心地が良くない。

 やれ、しょうがない。ここは一肌、脱ぐとしよう。

 

 「あ、ベントさん。ちょっとお待ちを。――で、ブルブラン。おい」

 

 意気消沈しつつ、私達に謝礼を払って帰ろうとするベントさんを引き留める。

 そして見物していた変態怪盗に、私は黙って掌を差し出した。

 日頃の鬱憤を込めて蹴るのも忘れない。ゲシゲシ。

 

 「だ、出してくれない?」

 

 私の言葉に、その場の全員が「?」という顔をする。

 ゴルディ伯爵も消えて居るし、余計な邪魔が入る前にさっさと済ませてしまおう。

 ブルブランだけはすっとぼけて『はて、何のことかな』と嘯いているが、私にはお見通しだ。

 

 「も、持ってるんでしょ? 《樹精の涙(ドリアード・ティア)》」

 

 私の指摘に、皆やベントさんは「えっ!?」という顔をする。

 ブルブランは尚も知らないふりをしていたが、私の凝視にやがて、ふっと無駄に華麗に笑う。

 そして、ぱちん、と指を鳴らす。

 次の瞬間には、私の掌の上に《樹精の涙(ドリアード・ティア)》が――それもゴルディ伯爵が食べた者より一回り大きく輝く物が置かれていた。

 

 「その顔だと、全部分かっているという顔だね。説明をしてくれないかな?」

 

 ファサァと鬱陶しく前髪を光らせるブルブランだった。

 コイツに説明をしてやる義理はないのだが、ベント氏やクラスメイトには話しておくか。

 摩り替えたとか、ゴルディ伯爵が食べたのが偽物だったとか、そういうことではない。

 《樹精の涙(ドリアード・ティア)》はブルブランが予め複数所持をしていた、それだけの話なのだ。

 

 「こ、この男が、ルーファスさんに頼まれて、《樹精の涙(ドリアード・ティア)》を『設置』して回ってたの」

 

 そもそもの話をしよう。

 依頼を聞いた時に、私の頭には少し疑問が浮かんだ。

 幾ら《樹精の涙(ドリアード・ティア)》が見つけやすい一帯だとして、本当に見つかる物なのか? と。

 《樹精の涙(ドリアード・ティア)》が見つかりやすい、ということは()()()()()()()()()という意味だ。

 

 原材料を安く調達し、それを丁寧に加工して貰えば立派な宝飾品になる。

 ベント氏に限らず、バリアハート産という『箔』が欲しい人間は山ほどいる。

 

 そんな人々が『半貴石』を求めない筈がない。

 バリアハートの人口は30万人。

 私達よりずっと土地勘がある人間が、毎日探してると考えても良い数字だ。

 

 しかも獲物は琥珀だ。

 大きさ、形、色艶、不純物の有無等々の条件を上げればきりが無い。

 当然ながら高値で売れる品は、他人に持っていかれやすい。

 

 おめでたい席に使えるほどの素材を、早々都合よく、私達が発見できるのだろうか?

 勿論、可能性だけで言えばはあるだろう(ゼロではない)が、それでは運否天賦の話になってしまう。

 

 この依頼はルーファスさんが選んだ。

 『バスソルト』のように嫌味な貴族らが投げた依頼ではない。

 となると、この依頼には二通りの解釈が出来る。

 

 「ひ、一つ。そもそもが、見つかる筈がない物を探させるパターン。頑張った、精神鍛錬になった、ベントさんの為に別の形で結果を出せるように自発的に動いた、って言う部分に意味を持たせる場合だね。も、もう一つが――」

 「……隠した品物を、途中の魔獣などを撃破して取りに行けるか、という試験だと?」

 

 流石は兄を一番理解するユーシス。

 彼の言葉に、ご明察、と私は頷く。

 そもそもあんな目立つ小高い丘の上で輝く《樹精の涙(ドリアード・ティア)》だ。

 私達が行く前に誰かが発見したら、そのまま奪われる可能性は十分にあった。

 なのにブルブランは『さっき見かけた』と語り、私達はそれを信じて進んだ結果、手に入れた。

 どう考えてもブルブランが「置いた」と考える方が自然である。

 

 「そ、そこまで用意周到に動いていたコイツが、予備とかを、準備していない筈が、ない」

 「やれやれ、保護者に向かって手厳しいのではないかね」

 「う、うっさい。私が指摘しなかったら、そのまま笑顔で懐に《樹精の涙(ドリアード・ティア)》を隠したままどっか消えてたでしょ。こ、これは、自分の物に出来るな、とか思いながら」

 

 私の指摘に変態仮面は、はっはっはと誤魔化すように笑った。誤魔化されないからな私は。

 推理は当たっていたようで、ブルブランは、好きにしたまえと渡してくれる。

 であれば私が後やることは簡単だ。

 

 「と、いうことで、この《樹精の涙(ドリアード・ティア)》は、ベントさんに、御譲りします」

 「良いのかい!?」

 「はい。私達が持っていても、使わないので」

 

 委員長の古郷では、この《樹精の涙(ドリアード・ティア)》を使った魔除けのアクセサリなんかもあるようだ(採集してるときにちらっと聞いた)が、今の私達には必要がない物だ。

 ゴルディ伯爵から貰ったお金を、加工の頭金にすればきっと良い作品になるだろう。

 ブルックさんもお客さんを悲しませたまま帰すのは心苦しいだろうからね。

 勿論、依頼に対してのお礼は受け取るけど。

 

 「お前も、それで文句は無いよね」

 「無いとも」ファサァ「可愛い()()のお願いだからね」

 

 兄貴分とか妹分という言葉は知っているけど娘分って表現は初めて聞いたぞ。

 だがまあ、この男が後見人になっているのは紛れもない事実だし、保護者としても有能だ。

 ……最適だとはお世辞にも言わないが、あの外道眼鏡(ワイスマン)よりは遥かにマシだ。

 

 「……まあ、私も、貴族に翻弄されて生きる気力を失った女性を、知っています、ので」

 

 それが誰とは言わないがな。

 ベントさんが被害者の側にならないようには、祈っておこう。

 私の発言に、マキアスが訝し気な表情を見せたが、無視。これは中々話しにくい話なのだ。

 

 と、まあこんな感じで、無事に『半貴石』の依頼は解決したのであった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて、オーロックス峡谷道である。

 私達は宝飾店から出て、バリアハートを北上し、そのまま東に足を向けた。

 全体的に足取りが重いのは、決して疲労だけではない。

 ゴルディ伯爵の見せた、悪い方向の傲慢さが影を落としている。あれが普通の貴族だとは思いたくないが、あーいう貴族も居るのだろう。残念ながら。

 

 ルーファスさん、もしやゴルディ伯爵が割り込んでくることまで予想してはいないだろうな?

 もしもそうなら相当にイイ性格をしているぞ。

 

 ブルブランは華麗に去って行ったが、あの様子だと遠くからこっちの観察を続けることだろう。

 はっきり言ってかなり邪魔で鬱陶しいし、実習の助けをしてくれることも無いが……。

 

 「……まあ、あんなんでも一応、私の身内なんだよなぁ」

 「なんというか……個性的な方でしたね」

 「正直に『変な人』って言って良いよ、エマ」

 

 実力と演技、後は立ち振る舞いで『奇矯な人だな』と周囲に判断させているが、それは演技。

 アイツは間違いなく変態というカテゴリに入る男だ。

 だって綺麗な物が破壊されるのもまた美しいとか言う奴だぞ。

 

 「あはは、まあ、でも、あの人のおかげで助かりましたし……」

 「そうだな。兄上とどういう関係なのかは気になるが」

 

 私の方が知りたいよ、そんなこと。

 まあ悪意があってルーファスさんとブルブラン(アイツ)が絡んでないことを祈っておこう。

 ルーファスさんなら『蛇』のことを知ってそうだが、流石に悪い企みはしない……と信じたい。

 

 「皆。なんか釈然としない気持ちがあるのは、分かる。俺だって、カタナのアシストが無かったらと思うと余り良い気分はしない。だけど」

 

 と、ここまで何となく互いの気分が沈みがちなのを見て、リィンが発破をかけた。

 皆を見て、切り替えていこうと檄を飛ばす。

 

 「まだ実習は終わってない。結果としてベントさんは笑顔になったんだ。なら、今はそれで納得しておこう。これからオーロックス峡谷に向かう。気合を入れよう!」

 「……そうですね」

 

 まずエマが頷き、ユーシスとマキアスは『言われるまでもない』という態度だ。

 私も気合を入れる。

 

 まだ実習は一日目だ。疲れて体を休めるのは、今日の夜で良い。

 『バスソルト』を回収して、フェイトスピナー退治を終わらせよう。

 

 「……そ、そういえば私、少し、やってみたい技があるんだよ」

 「カタナさんがそういうことを言うのは珍しいですね」

 「うん。自分でも、そう思う」

 

 気合を入れたのもある。

 此処まで丁度良いタイミングが無かったからね。

 ぶっつけ本番だが、多分、出来ると思うのだ。

 実習に来る前に、思いついた技。

 それを折角だから、披露したい。

 

 「じゃあ道すがら、考えを口に出しながら、やってみる」

 

 周囲一帯は断崖が多い。今でこそ整地され、道路が通っている。

 落石や大型魔獣の防止に山際には鉄網が並んでいるし、魔獣除けの街灯も点在している。

 数百年前の人々は頭の上にかかっている丘陵と橋梁を使い、進んでいったのだろう。

 無理やりに進めば、今でも良い訓練になりそうではあるな。

 

 そんな峻嶮な環境だからか、徘徊している魔獣はどれも癖がある。

 どちらかと言えば大型で、頑丈で、近くを戦車が通っても落ち着いて行動をするようなタイプ。

 そして本気でこっちを攻撃してくると、中々危険が多いタイプである。

 

 「ARCUSのリンクって、普通の武器による攻撃同士なら出来るよね。何時もやってる通り」

 「出来ますね」

 「うん。で、例えばエマの魔導杖での魔力弾と、通常の攻撃での連携も、出来る」

 「そうだな」

 「そ、その一方で、導力魔法と攻撃でのリンクは出来ない。例えばエマの《ヒートウェイヴ》に、私の攻撃を繋げることは出来ない。……此処までは良いよね」

 

 エマ、リィンに続いて全員が頷いてくれる。

 こっちを狙ってきたワーマンティスを私が不意打ちして撹乱し、リィンとユーシスに鋭い両手の鎌を防いで貰い、マキアスとエマが遠距離から削って撃破。昆虫は頑丈で困る。

 

 「で、私はこの通り、髪留めがあるでしょ。入学式でのオリエンテーションでは、これARCUSと上手く繋がってくれなかった。でもケルディックで使えるようになった」

 

 ARCUSと髪留め相性が悪かった、のが理由ではない。

 新型の戦術オーブメントを手にしたことで、私のリソースが足りなくなったのが原因だった。

 

 戦術オーブメントを使うのには、使い手にも相応の技量が要求される。

 七耀石を嵌め込むスロットのラインが、各自カスタマイズされていることからも分かる通りだ。

 基本的に、他人の戦術オーブメントを奪っても、本来の力を引き出すことは出来ない。

 逆に言えば、今の私はARCUSと補助導力器、二つを扱えている状態なわけだ。

 

 「最初は、ARCUSを使う意識と、アクセサリを使う意識が、衝突して、どっちかしか使えなかった。それをリンクの強化で補った。だからケルディックの最後の方では、両方、使えた」

 「それが新技とどう繋がるんだ?」

 

 亀形魔獣ドゴドゴを、まずエマが魔法で攻撃。

 慌てて首を引っ込んで籠城したところに、私が近寄って、甲羅の隙間に刃を差し込む。

 敵の急所を切り裂いて、筋肉と神経を破壊したところでひっくり返す。

 甲羅を地面に付けてもがくドゴドゴの首を、上からまっすぐ、ずばん。

 亀やスッポンを捌くのと同じ要領だ。

 

 「……リンクをしている最中に、導力魔法は使えるよね。飽くまで攻撃の連携が出来ないだけで。この前の特別実習の時みたいに、エマとエリオットでリンクしていても、互いに詠唱に支障は無かった」

 

 だから、ふと思ったのだ。

 今、私はARCUSと髪留め(アクセサリ)、二つの導力器を使えるようになっている。

 ARCUSのお陰で、二つを使えるだけの処理能力がある。

 

 そして私は、アーツが苦手だ。

 自分の中で導力の波動を増幅させるのが下手だ。

 それはイコール()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味だ。

 

 ならば。

 もう少し工夫すれば『()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()』と。

 

 私は攻撃型の導力魔法は威力がからっきし。

 回復も道具の方が効率がいい。強化ならギリギリ行けるかも程度だ。

 だが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、1つある。

 

 入り組んだ峡谷を抜け、少しだけ坂を上がる。

 視界の隅に、赤い甲羅を着込んだ、二足歩行のサソリのような魔獣が目に入る。

 その近くには、フェイトスピナーと同じ色合いをした、昆虫の塊のようなものが動いている。

 あれが目的の魔獣:フェイトスピナー(と、その取り巻き)だ。

 新技のお披露目には、丁度良い。

 

 「と、いうことで、やってみるよ……!」

 「……ふん。カタナが張り切るならば此方も手は抜けんな」

 

 ぐねぐね動く髪留めを一時的に休ませる。

 これで今の私は、ARCUS以外に、もう1つのオーブメントを使うだけの余裕がある状態。

 私のやる気を見たユーシスが、目に真剣な色を宿して、剣を抜く。

 

 「おい、分かっているな、レーグニッツ」

 「……いい加減ARCUSの戦術リンクを成功させなければいけないって話だろう!」

 

 互いに気炎を吐きながら主張する二人に、リィンは任せたと言って一歩下がる。援護に回るようだ。前衛をユーシス、そのフォローに私、中衛がマキアスで後衛がエマ。

 バランスは悪くない。

 

 「エマは全力でアーツ使って良いよ。()()()()()()は、私がやる」

 

 長袖を振るう。

 しまってあった戦術オーブメントが、スライドして右手に納まった。

 ARCUSではない。エプスタインが作った最新型「ENIGUMA」でもない。

 2から3世代くらい前の品。

 古き良き、七耀石の欠片を嵌め込んで、好きな導力魔法を使えるようにするタイプ。

 

 ARCUSと補助導力器とを紐づけて使えるならば。

 ARCUSと、性能が限りなく低い旧型を同時に使うことも、出来る筈。

 そして――。

 

 片手にARCUS、片手に旧型。

 二つの戦術導力器を握った私は、意識を集中させる!

 

 「い、行くよ!」

 

 ユーシスが駆け出し、その傍に付きながら、私は二つのオーブメントを、敵へと向ける。

 厄介で気を付けないといけない相手。だがこれも課題。

 ユーシスとマキアスが互いにリンクを結ぼうと努力するならば、応援するのがクラスメイトだ!

 フェイトスピナーと、そのお供であるヤスデダマ。

 二種類を狙い、放つ魔法は、ただ一つ!

 

 「《解析/並列(アナライズ・ダブル)》――!」

 

 さあ、それじゃあフェイトスピナー退治と参ろうか!

 二体のエネミー情報が手に入ったのを確認して、私は小さくガッツポーズを決めた。




Q:カタナの新技!
A:「一度に2体のエネミーを《アナライズ》する」。
軌跡プレイヤーにとっては、ある意味一番パーティに欲しい能力。
皆さんも欲しいよね?(同意を求める声)

致命的なまでにアーツが使えないカタナの体質があって成立する。
戦技(クラフト)』の一種(ディフェクター等と同じ扱い)なので、CPは消費するが詠唱の必要もない。
本人の状態異常付与能力も相まって、雑魚戦闘・取り巻きを連れたボス戦闘では非常に頼れる。
……ただし火力が上がった訳ではないので、やっぱり援護役でしかない。

クラフト名は、カタナが色々捻ってそれっぽく名付けます。
カタナのこのクラフトは、1話を投稿した時に持たせることを決めていました。
これがやりたかった!


Q:流れてきた七耀石
A:バリアハートの近くで、沢山の水が溜まってる空間。何処だっけ?(

Q:リィン「どっかでゾーイさんに出会ったような……?」
A:出会っている。実はリィンに接触済み。観察して色々と質問をしている。
さて一体、何時、何処ででしょうか。

Q:貴族に翻弄されて生きる気力を失った女性。
A:マキアスと和解する大事なフラグ。詳細はまた後日。

Q:ヤスデダマってどんな奴?
A:空の軌跡SCでフェイトスピナーと一緒に出てくるエネミー。
「節足魔獣のコロニー」らしく、攻撃方法もフェイトスピナーに似ている。……つまりフェイトスピナーの幼生では? と推測。カマキリの卵みたいに群れているイメージ。

次回で1日目が終了――はしません。
1日目の夜、折角なので色々暗躍させてもらいましょう。
マキアスとの和解ルートも必要ですしね!
ではまた次回!

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