ガコン、という大きな音と共に《Ⅶ組》が転がっていく中、フィー・クラウゼルは唯一人、天井の梁にワイヤーを引っかけて宙ぶらりんとなっていた。
サラがそれじゃあオリエンテーリングにならないでしょうが、という顔をする。
面倒くさい。学院生活は面倒くさいし、普通に生徒として過ごすのも面倒だ。なのだが、ちょっとばかり聞きたい事があった。だから周囲に誰も居ない二人きりになったのを見計らって、尋ねることにした。
ぷらんぷらんと片腕で体重を支え、振り子のようになりながら口を開く。
「ねえ、あのカタナっていう娘……。サラは詳しく知ってるの?」
「え? ああ、あの娘ね……。それが私にも良く分かんないのよねぇ。《Ⅶ組》の発足は上のお偉方が頑張った結果なんだけど、その理事長であるオリヴァルト皇子が『この子もお願いするよ』とメンバーに加えたのよ」
フィーは預かり知らぬ事だが、一部を除き《Ⅶ組》の生徒は大体が理事側からの推薦で参加している。
マキアスは帝都レーグニッツ知事が理事として居たから。
ユーシスは同じく理事のルーファス・アルバレアが居たから。
アリサ・ラインフォルトは彼女の母イリーナが理事である。
いずれの3名も立場の違い、方法の違い、そして最終目的地の違いこそあれ、帝国の平和を願っている事は確かだ。利害が一致しているとも言える。
その3人を纏めているのが理事長オリヴァルト皇子――オリヴァルト・ライゼ・アルノール。世間では「放蕩皇子」と呼ばれながらも、リベールとの友好関係を結んだり、技術交流を推し進めたりと、ここ最近は有能さを発揮して鉄血宰相とも渡り合っている。
ガイウスを推薦したゼクス・ヴァンダール中将や、ラウラを推薦した剣匠ヴィクター・アルゼイドは、オリヴァルト皇子との繋がりで《Ⅶ組》に参加と相成ったわけだが――。
であれば、彼女:カタナを推薦したのは「誰」になるのだろうか?
この疑問は、サラにも解けなかった。
「そりゃ私だって下調べくらいはしたわよ。一応「アルビー」っていう貴族は実在してる。……ただどうも、数世代前にお家が断絶して以後、はっきり表舞台に姿を見せたことは無いのよねぇ。ちょこちょこ『どこどこの式典で名乗ってる人物を見た』とか『名簿を見返すと参加者の中に混ざっていた』という話はあるけど、明白に名乗っている人間に関して、はっきりしたデータは無い。要するに表舞台に出てきたのは彼女が殆ど初めてなのよ」
とはいえ情報そのものに不可解な部分はない。
例えば――何世代か前に断絶した貴族の、実は生き延びていた子孫が居たと判明し、それを再復興させるために、皇室が「名乗って良い」と許可を出す、とか。
そういう事例も過去にはある。カタナがそういう類である可能性はあるのだが――『絶対、彼女には何かがある』と彼女の勘は告げていた。
戸籍とてミラを出せば買えてしまう時代だ。しかし皇子の推薦は断ることが出来ない。
問題ありと見たら此方で対処しますからね、と念を押して出迎えたわけである。
「皇子様曰く『一緒にリベールの異変を解決した仲だ』と太鼓判を押されて、私は了解したわ。実際、この目で見るのは今日が初めて……。……ええ、そうね。多分初めてで、あってる筈だけど」
どこかで出会った気が、しなくもない。……というのがサラの主観だった。
しかし彼女は元、最年少A級遊撃士。記憶には自信がある。そんなサラでも朧気だったので、気にしない事にした。何か切っ掛けがあれば思い出すだろう、多分。
リベールの異変。
数年前にリベール上空に謎の古代遺跡が出現した事件である。帝国の南方も若干被害を受け、帝国側がリベールに事情を詰問しに行ったのは庶民も知るところだ。
皇子がその解決に、秘密裏に助力したことは、一部界隈では有名だった。
そこで言葉を切り、腕組したまま壁によりかかったサラは、フィーに向けてウインクする。
「結果はあの通りよ。彼女、毒気がないでしょ? 今の貴方と同じ。藪を突かなければ無害な小動物みたいなもんよ、あれは。――悪いことを出来るタイプじゃない。信用するかどうかは貴方達個人個人に任せるけど、日常生活という点においての信頼は問題ないと思うわよ?」
当の本人は心配をしていたが、サラは幸いにもそんな風に判断をする。
仲良くなれるんじゃない? と最後に加えて、サラは改めてワイヤーに刃を投げた。
フィー・クラウゼルが《Ⅶ組》に参加したのは、目の前のサラ・バレスタインに勧められての事だった。《
公園で彼女、カタナに出会った時、どこか不思議な既視感を抱いた。
――どこかで会っている気がする。
漠然とした何かだ。記憶を探っても出てこないし、カタナ自身も「知らない」と言っていた。あれは嘘を言っている眼ではない。本当に知らないのだろう。でもそう感じたという事は、あるいは
「……じゃ、ちょっと行ってくる……」
……面倒くさい、とは思わなかった。
○ ○ ○ ○ ○
案の定、着地した先は(地下一階かな?)開けていて、皆は地面に転がっていた。
傾斜で前に倒れこみそうになる体に対して、重心を背中の外に置く。内臓の筋肉で支えながら、なるべく速度が出ないようにしてゆっくり歩き、着地。
横倒しの者、仰向けの者、何故かツインテ少女の下敷きになって胸に顔を埋めているリィンとバリエーションは豊富だが、怪我をしている人は居ないらしい。
……うん? なんか最後におかしな光景が見えたぞ?
「ううん……、何なのよ全く……」
呻きながら起き上がった金髪ツインテールの下にはリィンが居た。下敷きである。あれは咄嗟に庇ったのだろうし(紳士的だ)、必要以上に触れないように手を背中から離しているのも偉い。……が、それはそれとして、問題になりそうな構図ではあった。
サラ教官への不満を言いながらも立ち上がった面々も、私と同じ感想を抱いたのか、リィンとツインテールの様子を眺め、そこにフィーが上から着地してきて。
「ラッキースケベって奴かな」とぼそっと呟いた。
「…………あら?」
ツインテールも状況を認識したのだろう。慌てて飛び上がり、というか飛び退り、頬を染め、ちゃんと閉じられている筈の第一ボタンを確認し、わなわなと震えた後――。
立ち上がって謝ったリィンの頬に、紅葉を食らわせたのであった。
快い音が響く。
リィンには悪いが、私は少し羨ましかった。
……何がって? そりゃあ少女が、男が多少は埋もれることが出来る胸部の脂肪を持っている事が、である。私の胸は平らである。まな板である。
過去から少しは成長している筈なのだが、同年代に比較すると、まな板なくらい起伏が無い。これで年齢が他より低いなら将来に希望を持てるのだが、悲しいかな、私は16歳である。つまりこれから一気に育たない限り私はこのままだ。
ティータちゃんやレンちゃんにすら負けるとか悲しみしかないぞ畜生め……!
「その、災難だったね……」「ああ。厄日だ……」
などと男子が会話し、私はひそかに涙し、ツインテールをラウラがまあまあと宥めていると、着信音が響いた。
ARCUSからだ。小型の通信機能も搭載しているらしかった。エプスタイン財団では『ENIGUMA』という第5世代型を開発し、一部関係者で試験運用をさせていると聞いているが、帝国でも同じくらいのペースで普及し始めているようだ。
よく見れば導力器の隅っこに「ラインフォルト社」のロゴマークが入っていた。なるほど、共同開発。量産型試作機と言い、試験運用と言い、あの企業も節操なく事業を広げている。
あんまり詳しくなさそうな面々に、詳しそうな面々が行動で「ここからだよ」と示す。私も多少は使い方を知っている。操作の説明を一番近くに居たマキアスに軽く教え、一先ず皆がARCUSを起動させると、サラ教官の声が聞こえてくる。
マキアス氏には軽く礼を言われた。貴族じゃないと分かっていれば剣呑ではないらしい。……この後、私の立場を判明させたらなんて反応するんだろう。気になる。
『それは第五世代型戦術オーブメントの一つよ。
言葉と同時に、ぱん、とライトが灯り、地下空間の広間が照らし出された。ご丁寧に台座が十個。そこに皆の武器が置かれていて、小箱(結晶回路が入っているのだろう)が置かれている。私の小太刀二揃いも、きちんと最初に渡した通り、鞘ごと並べてあった。
入学式前に渡した武器はこういうことか……と納得する。
サラ教官の説明はさらに続いた。箱の中身は特別なクオーツで、それをセットするように。
この状態で逆らう意味もない。皆は『何をさせられるんだ』と首を捻りつつも台座の前に行き、クオーツをセットして武器の確認をする。私も同じようにした。
小太刀を両方とも確認して重さや長さに変化がないかをチェック。ジョルジュ先輩は言葉通り、凄く丁寧に扱ってくれたらしい。分厚く重い帝国武器とは違い、「刀」は切れ味を高めると刃毀れがしやすくなる。鋭さと脆さは表裏一体で、粗末に扱うと途中から折れてしまう事すらある。名品は手入れの手間暇も必要だ。
導力での補助があれば多少フォローは利くとは言え、何も使ってない素の獲物の管理にミスがあってはならないのである。まして私のような小太刀は中々手に入らない。
さてもう一方。小箱の中身は、直方体に近い、棒のような結晶回路だった。
色は銀。微かに内部に見える紋章は、煙を吐く月のように見える。あるいは巨大な月を抱えた龍ともいうか。頭の中でそれらしいイメージを形にすると、月に龍で『
……悪くない。
嵌め込み、意識を集中させると、すぐに効果は表れる。薄暗い部屋の中、赤い制服10個が微かに発光した。どうやら私以外の全員も、無事にARCUSを起動できたらしい。私はもう少し意識を集中させて、髪留めとも回路を繋げようと思ったが――。
(……ん、こっちは、ちょっと難しい、かな)
波長を合わせるまで時間がかかりそうだった。今は後回しにしよう。
サラ教官曰く、広間から繋がる道から奥に進めば、最終的にはさっきの入口に戻れるというらしい。多少入り組んだダンジョンになっていて、魔獣も出て、おまけにボスまで用意してあって、一番早い奴にはほっぺにキスまで出るらしい。なるほど問題は無い――。
(いや問題あるでしょう。どう考えても問題あるよ教官……)
せめてオリエンテーリングだから仲良くやってね、という一言が欲しかったよ!
仮に全員が単独行動になったとしよう。私は良い。フィーは論外として、リィンやラウラを始めとする白兵組は大丈夫だろう。だが他の女性陣とエリオットにはかなり辛い。遠距離からの攻撃で倒せれば良いが、一回懐に入られて殴り合いになったらそのままイニシアチブを握られて負けかねない。
え? 大げさ? 徘徊している魔獣のレベルはそんなに強くない? うんまあ、そうなんだけど。多分エリオットが素手で殴りあっても勝てるレベルだと思うけど。それはそれ、これはこれ。相手の戦力は過剰なくらいに見積もって対策した方が良いのは本当だ。
それに
そして殴られるという意味だ。普通の一般人に、それは難易度が高い。
野生の猫を相手に一般人が喧嘩することを考えてみて欲しい。決して負けることは無いが、勝つまでにはかなりの練度、根気、あと気合が必要となるのは想像がつくはずだ。人間は文明という力で武装し、世界の覇権を握ったが、その分、苦痛からは遠ざかった。故に苦痛を受けると怯む。受けないで済むならば回避しようとする。
対して野生は強いのだ。そして野生は、己の強みを生かすため、常に全力で小細工を使う。痛みを受けた時、素直に全力で逃げるか、そうでなければ本気で抵抗する。野生の獣とはそういう存在だ。
私が“そう”だから、良く分かる。
精神的猶予を、削るのだ。
相手の余裕を、削るのだ。
有利であるはずの武器を生かすことが出来ない。姿勢を立て直そうと思っても立て直せない。何という事は無い筈の攻撃が鬱陶しくなる。そういう状況を造り出す。そうすると弱者でも強者に手が届く。
その苛立ちを加速させるように更に相手に攻撃を重ね、見せた隙を撃つ。撃たれるとダメージが入り、ダメージが更に混乱に拍車をかけるという悪循環を構築する。
俗にいう『嵌め技』というあんまり綺麗じゃ無い戦術だ。
それを初っ端から体験させるのは不味かろう。
これはオリエンテーリング。訓練の一環だ。いざという時は教官が駆けつける用意はしてあると考えるにせよ、最初の最初で躓くと今後に響く。
……長々と語ったが、これから友人になる皆に、精神的な傷を負わせる可能性があるのを看過するのは如何かな、という思いがあった。
さてどうしたものか、と教官の指示を受けた一行は出口の前で集まり、何となく輪になる。
が、誰も何も言わない。比較的冷静に事態を受け止めていたラウラ辺りが何か言ってくれないかなーとか、リーダーシップを発揮しそうなリィンが号令をかけてくれないかなーとか思っていると、やがて最初に痺れを切らしたのかユーシスが一歩踏み出した。
「ふん、馴れ合うつもりは無い……。貴族
片手をポケットに入れたまま、もう片方の手で両刃の長剣を握っている。
帝国貴族の『型』なのだろうか。そう言えばリベールのフィリップさんとかユリアさんも片手で扱える剣だったな(向こうは先が細いレイピアだったが)と思い出し、源流は案外近いのかなとか考えている内に、彼は一人颯爽と出口から一歩を踏み出し、マキアスが張り合う様に前に出る。
「魔獣が怖いなら同行を拒みはしないがな。武を尊ぶ帝国貴族として剣は嗜んでいる。『
「くっ、誰が貴族風情に頼るものか! もう良い、だったら先に行くまでだ! 旧態依然とした貴族より上だと証明してやる!」
互いの目線が交錯し、じりじりと肩を押しあう様に前に出て、両者譲らずに走り出した瞬間。
「二人ともそんなにサラのちゅーが欲しいのかな」
フィーが告げた一言に両者は揃ってずっこけた。
貴重な光景が見れた。しかしフィーさんや、君意外と良い性格しているんだね。
○ ○ ○ ○ ○
そんな風に揃ってずっこけた様子の後、それでも離脱して対立出来る程、マキアスもユーシスも子供では無かった。まあまあと互いを皆で宥めた後、再び輪を作って相談する。
今度はラウラが話を切り出した。
出来るだけ大人数で行動した方が良い、というのは共通の見解だ。しかしパーティ分けは面倒くさそうである。
まずマキアスとユーシスは一緒だとダメ。リィンと金髪ツインテールさん(そう言えばまだ名前も聞いてない)も一緒だとダメである。
そしてパーティは一度に4人だ。
……いや4人以外でも全然問題はないのだが、ここは通路が狭くてそれ以上だと互いに邪魔しそうなのである。まだ互いの間合いや呼吸になれていない上に、見知らぬ相手に背中を見せてフレンドリーファイアを受けた日には友情はどっかに消えてしまう。
となると3-3-4くらいが手頃なのだが――10人の中で、男子は5人。女子も5人。
さてどうやって別れようか、というのが目下の議論内容だった。
出入り口から少し行ったところに居る魔獣トビネコが「こっちこないの?」という風に様子を伺っていたが、空気を呼んだのかこっちに来ることは無かった。
1:10でフルボッコにされるよりは静かにしていた方が良いと判断したのだろう。
「前衛で相手を引き付ける役目はどのパーティにも1人は居た方が良いだろう。1人は私として、もう2人……そちらの黒髪の其方と、槍の其方で――そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな。私はラウラ・S・アルゼイドだ」
アルゼイド、という名前にマキアスは再び苦虫を嚙み潰したような顔をした。
が、少女相手に声を上げるのは我慢したらしい。
「ああ、そうだったな。俺はガイウス・ウォーゼル。ノルド高原からの留学生だ。この通り、槍を持ってきた。古い物だが……故郷で学んだ物だが役に立つ筈だ」
「リィン・シュバルツァーだ。俺はこの「太刀」――東方で作られた剣を使う。最前列は出来ると思う」
綺麗な波紋を持った刀に、皆が感嘆の息を吐いた。業物である事は分かるようだ。
意見を聞いて、ふむふむと魔女:エマ・ミルスティンが床にメモを書いていく。
A:リィン。B:ガイウス。C:ラウラ。
「僕は貴族と一緒じゃ無ければそれで良い」
ぶっきらぼうに言い放ったマキアスに対して、ユーシス以外に向ける目が、六つ。
ラウラと、リィンと、私だ。
「……うむ。……それは私も混ざっているか、マキアスよ。子爵ではあるが誇りをもって生きている身だ。私も父も恥じるような真似をしているつもりはないが――それでも別の方が良いか?」
ラウラは真っすぐだ。堂々と名乗り、率直な意見を言う。
入学式で私に助言してくれたように、マキアスにも切り込んでいく。
彼も流石に、此処でユーシス相手に啖呵を切ったような反応を何度もするような男ではなかった。話が前に進まなくなってしまうのは本意では無い。
「お父上、カール・レーグニッツ知事の評判は聞き及んでいる。確かに『鉄血宰相』の盟友として活動している事も知っている。だが父から、レーグニッツ知事への悪い言葉を聞いたことは無い。むしろ対立が激化する両者の間で、巧みに舵取りをして融和の道を探っている、争いを憂いている、一角の人物だと認識をしている。――それでも其方が、此方を拒絶するならば無理強いはしない。残念だとは思うが……」
ラウラの言葉に、マキアスはむ、と口を閉じる。
貴族からの言葉とは言え、己の父への高評価を言われては無下には出来ないようだ。
その状態を逃さず、リィンも情報を出す。
「あー……そのマキアス。すまない、隠すつもりでは無かったんだが、俺も一応、シュバルツァー家の人間だ。貴族として扱われる……んだ、ろう。……どうする?」
「あ、あの。す、すいません、わ、私も一応、端くれです」
リィン、私と発表した三人を見て、マキアス氏は更に更に複雑そうな顔をした。
かなり葛藤をしているのだろう。しかし――例えば私がさっき、ARCUSの使い方を教えた時から、一転して態度を翻すようなことは、彼には出来なかったようだ。
暫く黙っていたが、やがて妥協した後に吐き出した。
一人で先行するのはやめた方が良いと理性的に判断したのもあるだろう。
「……いや。……そうだな。……納得はしていないが、少し熱くなっていたのは認めよう。一先ず、此処から出るまでは、皆と一緒のチームで構わない。……だがユーシス・アルバレアと一緒だけは勘弁だ。不協和音しか生まないだろう、どうせ」
それでもラウラやリィン、私との行動はギリギリ飲み込んだらしい。
やっぱり悪い人じゃないのだ。
「ええと、マキアスさんの武器は魔導銃よね。私はアリサ。……えっと、アリサ・R。事情があるから姓はちょっと待ってね。私の武器は導力弓なの。ここは別々の方が良いんじゃないかな」
「弓か。ノルドでは弓も使ったから最新の弓がどのようものかは気になるな」
金髪ツインテールは、アリサさんというらしい。R。さっき導力器で見た会社の名前はラインフォルト……なんて、いやいや、まさかそんな偶然はあるまい。まさかまさか。
いずれ話してくれるだろう。私だって言えないことは山程ある。しゃしゃり出るのは良くない。
A:リィン / マキアス(仮)。
B:ガイウス / アリサ。
C:ラウラ。
残り:エリオット、ユーシス、フィー、エマ、カタナ(私)。
さて、どうしようか、と停滞した時だ。フィーが私を指さして言った。
「……私はどこでも良いけど、彼女と一緒が良い。なんとなくフィーリングで」
……私!? いや、公園で遭遇したからか……?
思わずフィーを見るが、フィーは私を見るだけだった。それ以上の理由を語る気は無いようで、希望だけを告げる。でもフィーリングというのも悪くはない。私も同じようなことを思っていたので、リィンとラウラの『どうする?』という質問に、頷いた。
「か、カタナ・N・アルビーです。私は遊撃役かな。き近接も出来るけど脆いから……」
「フィー・クラウゼル。同じく遊撃で良いよ」
「ふむ、となると何処でも良さそうだが、何か希望はあるか?」
「あ……え、エマさんとは」
別で、と。言おうとした。やっぱり魔女だけは一緒になるのは嫌だなあと思って、拒否しようとした。だけど口がそれを言いきらなかった。
私の中の心が、ストップをかけた。
私は今、何を言おうとしたのかを反芻する。
彼女には何の非もないというのに。
(……待って。落ち着こう。それじゃあ、ダメ。駄目だよね? 私)
いやいや、と内心で頭を振って、考え直す。
彼女は魔女だ。だから私は彼女に警戒心を抱いている。
だが――仮に今後、会話で、この件に関して問い詰められたとしよう。
その時、私は何かを言えるだろうか? 彼女の疑問に答えられるだろうか?
言えない。
言う勇気は、今の私にはない。
そして「言えない」のは、今でも、彼女との接触が「うんと先」になっても同じ事だ。
ならば今ここで彼女が、魔女だからと理由をつけて避けるのは
思い浮かべるのは、エステル達。
辛いことからは逃げても良いと教わった。だけど逃げられない事に自分で立ち向かう勇気が必要であるとも教わった。学院に入る時に、たった一歩を踏み出したように、私がここでもう一歩を踏み出せば、どうなるだろう?
ちょっとだけ、相手を信じてみるのだ。
それの結果が悪い方向に作用したとしても、私は自身に言えるだろう。
私は自分の過去をあの時確かに真正面から見たと。その後の結果から逃げたとしても、逃げる回数は減らせることが出来る。そうやって少しずつ前を向けるようになれば良い。
(だから、少しだけ頑張れ、私……)
「――え、エマさんとは、――同じで! 少し、は話しをしてみたいので!」
私の思ったより大きな声に、皆は少し驚いた顔をして、一番に驚いた顔をしたのは多分エマだったのだろうが、彼女も『そういう事なら』と頷いて、書き加える。
私とフィーとエマの3人がセットになるなら、必然人数オーバーのB班には入れない。
「となるとラウラ達のグループがいいんじゃないか? 俺とマキアスとエリオットが一緒になって、ガイウスのチームにユーシスが入れば、ラウラ達は女子4人で固まれる」
「あの……オリエンテーリングという事を考えれば、男女別にしないでも良いのでは?」
リィンが気楽に性別で、という意見に対してエマがそう返す。どっちの理屈も分かりやすい。最初の行動が同姓で固まれば行動しやすいし会話もしやすいが、アイスブレイク(つまり互いの関係を雪解けさせる)という意味では男女関係なくしても良いだろう。
少し考えた後、リィンがエマに意見を譲る形で、チーム構成は完了した。
A:リィン / 私 / フィー / エマ。
B:ガイウス / ユーシス / アリサ。
C:ラウラ / マキアス / エリオット。
いずれも前衛 / 遊撃 / 後衛が揃っていて、人間的な摩擦も少なそうである。
かくして頷いた3パーティは、では出口で会おうと互いに激励し(ユーシスとマキアスはまた無駄に喧嘩腰だったが)行動を開始することになった。
……出発の時間こそずらしたが、そこまで迷うような作りでもないらしい。必然10人がそこまでばらばらになりはしないだろう。途中の曲がり角で別れたり、宝箱を回収したりこそある様だが、一本道とのこと。追い付くのも難しい話ではなさそうだ。
悪くなかったと思う。オリエンテーリングとして見れば最適解じゃないだろうか?
○ ○ ○ ○ ○
という事で出発した私達Aチームは、非常に順調に進んでいた。
「魔獣講座、その1……。トビネコは基本的な、哺乳類に追加機能が付いた形の魔獣。なので基本の動きは哺乳類の、最も近しい形をする。後は追加機能によって、それが効果を上げるか、逆に効果を下げるかを考える……。今回で言うならば……」
近寄ってきたトビネコを、フィーは回避する。自分の足を軸にしてくるりと回転するように躱し、そのまま翼をガンブレードで刈り取った。
すぱん、と空中に羽が舞い、トビネコは地面に落下する。そして飛べないトビネコは唯の猫だ。それも前足が退化した、動きの遅い猫。
私は動きが鈍ったトビネコを、無言のまま、頭と胴体を切り飛ばす。これで1体は退治完了。
1対10が、1対4になっても奴の運命は変わらなかった。南無。
トビネコの群れは5匹だった。1体はリィンが先手を打って倒しているので残り3体。その中1体はやはりリィンが、続いて器用に立ち回って相手をしている。あの分だと直ぐに倒せるだろう。私とフィーは、戦闘に不慣れなエマに解説をしていると言う訳だ。
「トビネコに限らず、戦闘で注意すべきは『頭上を取られる』という事。人間の視界は上下に死角が出やすいから……その隙を突かれて、真上から後頭部を蹴られるとか、真横から頬を叩かれて首を痛めるとかあると、意外とダメージが大きい。乱戦の中で頭に不意打ちを受けたら、そのまま群れに飲み込まれるというのは気を付けなきゃいけない。『気絶』は怖いよ? ……逆に言えば、今は注意するのはそれくらい」
「なるほど。だから私には距離を取るように指示したんですね、3人とも。――よし起動準備できました。行きます、『ルミナスレイ』!」
直線に走った銀の刃がリィンに近寄っていたトビネコ1体を倒す。
流石、詠唱が速い。戦術オーブメントによる魔法の扱いはすぐ飲み込んだようで、しかも自前の体質のお陰か魔力にも余裕がありそうだ。アーツ適性が0に近い私にとっては羨ましい限りである。豊満なのは肉体だけではないようだ。
「そ、そういう事だね……。リィンさんもフィーさんも私も、基本、リーチが長くないでしょ。つまり、相手に近付く。近付くと、どうしても視界が狭まるから。せ、戦場全体、敵全体の動きを把握するのが難しくなる……、んだよっと」
言っている傍からトビネコ5体目が私に蹴りを放ってきた。空中、頭を狙ったキックが二連発だ。ダブルネコキック!である。
威力はあんまり高くない。当然だ。空中に浮かんでいるという事は、体を固定する支点が無いということ。つまり威力を表す勢いは、脚を振るった分だけになる。
蹴りというよりは、鞭みたいに叩きつけられるといえば想像しやすいか。それでも頭部に受けると衝撃が結構あるだろう。パシンパシンと虚空を蹴った脚が、破裂音を立てる。
頭上を狙う相手を倒す方法は4つだ。1つは相手が動くより早く動いて先手取って倒す。1つは
「ん、ナイス、フィーさん」
相手の頭上を抑える事、である。
私がすっと下がったタイミングで、フィーがトビネコの頭の上に跳んでいた。トビネコの視界には私しか映っていなかったのだろう。蹴りは私の前髪をふわっと揺らすに留まり、奇しくも自身が使うのと同じ「頭を狙う」戦法で魔獣はあっさりと撃破された。
ごろりと頭が転がって気持ちが悪いので、申し訳ないが刃を入れて解体し、判別不能にする。挽肉になってしまえば見た目は随分軽減される。
「良い具合だな。補助がしっかりしてるお陰で俺は目の前に集中できてやりやすい」
安全を見計らって、残心を解いたリィンが刀を収めて息を吐いた。
私とフィーがエマに注意を払いつつ、出来る限り戦場を動いて敵をかき乱す。エマは全体を見ながら魔導杖で援護。そしてリィンは私達が消耗させた敵を確実に1体1体倒していく。
役割分担がはっきりしているのは良い事である。
「い、いやいや、リィンさんに腕があるから出来るんだよ。ねえ?」
「ん」
「と、とりあえず、一息つこうか。はい、どうぞ」
集中力と疲労回復もかねて、飴玉を紙袋から4つ取り出して皆に分ける。私の数少ない好物だ。ころころと互いに口の中で転がし、手を動かす。まず残っていた魔獣の赤身肉を回収し、袋に入れる作業。その後、魔獣の中に結晶となっていたセピスの欠片を小袋に回収する作業だ。
「さ、流石は『八葉一刀流』。《Ⅶ組》の中でも上位陣じゃない?」
「そうかな。カタナもフィーも動きにキレがあったから似たような物じゃないか?」
「一番はラウラさん、だけどね多分。私は、正々堂々した戦いは、出来ないから」
言いながら私達は戦闘後の確認をする。武器に付いた血を拭うとか、怪我を回復させるとか、アイテムを回収するとかだ。特に最後のは結構重要である。
魔獣について判明している事は少ない。倒されるとあっという間に塵になってしまうから、研究が難しいのだ。巨大な魔獣も、基本的に土に自然に戻っていく。
さっき倒した魔獣がもう跡形もない、というのは戦っていて良く目にする光景だ。
これに関しては諸説あるが、私の解釈を述べよう。
私は魔獣とは、通常の動物が
普通の羊が変異しヒツジンになるのだ。
彼らは得た能力を維持し、またより効率の良い機能を得るために、更に多くの七耀石を得ようと行動し、体内に蓄積させていく。つまり体内にセプチウムを溜め込めば溜め込むほど、身体への影響は大きく、必然的に体のサイズや、持つ身体機能も大きく変化していく。
私達は戦術オーブメントを使って色々な効果を発動させるが、魔獣は自分の中に貯めこんだ七耀石で自然にそれをしているのではないだろうか?
そして死亡すると、当然ながら体内に残っていた大量の七耀石が機能を停止する。
機能が失われた結果、育っていた機能が減衰し――つまり一気に質量を減らし――ていく。
溜め込んでいた七耀石は結晶として残るが、あまりに七耀石に馴染んでいた身体は自然に吸収されやすくなっているから、あっという間に消えてしまう……とこういう訳だ。推測だけどね。
つまり、アイテム回収は時間との勝負なのである。
「エマの武器は珍しいな。《
「ええ、私は武器の扱いが苦手で……。学院に入る時、何か申請をと言われて悩んでいた時に、サラ教官が勧めてくれたんです。エプスタイン財団が開発中の物らしいです」
「原点回帰、かな」
私が言うと、他の3人は疑問符を浮かべてこっちを見た。
「も、元々……導力器は、
「なるほど……。カタナは詳しいんだな。ひょっとしてあのトランクの中身は」
「うん。そ、そういうのにも使う」
エマとフィーに簡潔に説明をする。
学院に入る時、トランクをひっくり返してしまって、リィンに片付けを手伝って貰った事。あの時、彼が疑問に思っていた答えを改めて答えることになった。フィールドワークに使うなら使い慣れて頑丈な物の方が良い。当り前である。
フィーは「そう言えば近くでそんな音と会話が聞こえていたな」と頷いた。
「ち、因みにその時下着を見られた。リィンさんは水色が好きらしい」
「いや言ってないからな!? そんな事一言も答えてないからな!?」
「……それ……見たのは認めるんですね……?」
エマのトーンが下がり、フィーがジト目になる。
恐らく頭の中ではアリサを助けた結果胸に顔を埋めたことを思い出しているのだろう。
――このリィンという男、ひょっとしてかなりアレなのではないか……と。
「そう言えば此処に居るのはリィン以外全員女の子……」
「……貞操の危機? ……なんてね?」
勿論、ここに来るまでのリィンの立ち振る舞いも、そしてこんな会話をしながらでも、彼は不埒には程遠い男であると分かっている。その場に居た女子3人は、偶然って怖いねと理解して、和やかにリィンの弁明を聞いている。
リィン自身も半分笑いながら言い訳をしていた。案外ノリが良い。
私達の探索は続く。
「さっき左に向かっても宝箱しかなかったな……向こうだな。魔獣の気配もする」
「地面を這ってるかな」
「す、素早いから囲まれないようにしよう。いざって時は角で、待つ」
「……なんで皆さん敵の気配を読めるんです?」
私達3人は顔を見合わせて「「「なんとなく?」」」と返した。
エマは「そうですか……そうなんですか……」と不思議そうな顔だった。
更に幾つかの階段を超え、魔獣を倒して進む。
先ほどの会話が、良い具合に作用したらしい。リィンは自然に私達に気を使って、適度に休憩を入れてくれたり(私とフィーはさておきエマは少し体力的な意味で辛そうだった)、見つけたアイテムを渡してくれたりと大活躍。勿論戦闘では先陣を切った。
(頼れる、なあ)
私は思う。得難い才能を彼は持っていると思う。
自然とリィンがリーダーになっていて、フィーもエマも反発しない。こういう時、率先して自然と指示を出してくれるのは有難いし、彼の場合、それが嫌味ではないのだ。彼が無理をしていたり、下心があるなら兎も角、そういうのとは無縁。さぞかし女子からモテそうだ。
そう言う訳で女子3人は彼に感謝をしつつ、交代で後ろを歩いていた。話題が尽きた後は、フィーは特に何も話さないで、私と一緒に居るだけである。時々リィンの前に出て安全かどうかを確認してから一言二言の情報共有をして、マイペースに戻ってくる。その繰り返しだった。
私とエマは二人きりになった。その時間で、彼女は尋ねてきた。
「あの、カタナさん。何故私と一緒が良かったんでしょう?」
「ん、んっと。……は、話をして、自分から友達になりに行こうと思ったから、かな……」
私の言葉に、目をぱちりと瞬かせたので、私は少し恥ずかしくなりながらも続ける。
勇気がいる情報公開だけど、逃げたくなかった。
「む、昔さ、私エマさんの家に行ったことあるんだ」
深呼吸をして、切り出す。
「昔の、事だけど、多分あの時見たのはエマさんと、エマのお姉さんとだったと、思う……。……だ、だから少し警戒してたんだ。あの村の人が、何か企んでいるんじゃないか、とか。余計な詮索を私がしない方が良いんじゃないか、とか。きょ、距離を置いてあまり接点を作らない方が良いんじゃないか、とか。そういう感じで」
私の言葉に、エマは目に見えて身体を硬直させた。
まさか《魔女》の郷について、そして彼女の出身について、入学早々にクラスの人間から話をされるとは思っても居なかったのだろう。
森の中、という事は覚えている。半分くらい強引に放り込まれるような形だったから、自力で到達できたわけではないけれど、それでもあの小さな村に一回お使いに行ったことは事実だ。
私は続けた。
相手に伝えるには誤魔化しては駄目だ。本音でぶつかる事が大事だと、あの太陽娘に、教わっている。言えない事は言えないと言えば良い。だから真剣に。
「で、でもそれは間違いだなって、そう思った。私は私で、追及されたら答えられない事がある。それはお相子だよ。で、でも」
止まりそうになる口を動かした。
「そ、それはクラスメイトとしての関係を作れない理由にはならない……。わ私は、貴方から逃げないで、ちゃんと仲良くなってみたいと思って、一緒に行動したくなったんだ。だから、正直に言った」
「…………そう、ですか……」
「う、ん。私の色眼鏡で、エマさんを、魔女として……魔女だからって目で見るのは、良くないかな、と思って。だから、普通に接するために、少しだけ、踏み込んだ。その……傷ついたら、……ごめんなさい」
私の言葉を、彼女はじっと聞いていたが、やがて肩の力を抜くと、小さく笑ってくれた。
「……いいえ。それを聞いて安心しました」
彼女から力が抜ける。私の顔をどうとらえたのか、そんなに不安そうな顔をしないでください、と、ほっとした顔で言ってくれる。
……また顔に出ていたのだろうか?
「じゃあもう、お友達ですね。カタナさん。これからよろしくお願いします」
「カ、カタナでいいよ。エマさん……。……私も、エマって呼んでみる」
歩きながら互いに握手をする。陽は差し込んでいないが、その温かさに、私は少し良い気分になった。うん、やっぱりわだかまりは無い方が良い。
気分が乗れば勢いも上がる。続いて出現したコインビートルも軽々突破し、グラスドローメもアーツであっさり倒した私達は、無事に旧校舎地下の出口へと到達したのである。
「陽が差し込んでいるな……どうやらここが終点らしい」
「となるとこの開けた感じ……、そしてサラ教官の発言からして……」
やれやれ、一安心。
とはならなかったのである。
○ ○ ○ ○ ○
結論だけ言おう。
数分後には、窮地も窮地、非常にヤバイ状態に陥っていた。
私達は、このオリエンテーリングのゴール地点に居る敵と対峙をしている。
リィンの顔は険しく、私の本能も警鐘を鳴らしていた。
敵の鋭い眼光が此方を射抜く中、エマが魔導杖を使い、相手を
数は1体あるいは2体。
言うなれば巨大な石の獣の上に騎乗する、頭が無い鎧。
《
敵名その1:イグリード・ガルム。
敵名その2:オル・ガディア。
どう考えても入学式には不釣り合いな、想定外な強さの化け物が、立ち塞がっていた。
Q:カタナが入った影響って?
A1:リィンの貴族判明がこのタイミング。
A2:オル・ガディア(本来はLV33の第四層ボス)が追加されました。尚、以後も、原作より戦闘難易度が上がっていきます。