カタナ、閃く   作:金枝篇

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原作で、何故あのタイミングでユーシスとマキアスのリンクが切れたのか分からないのですよね。マキアスのターンで切れているので、マキアスに原因があったのでしょうけど、詳細な説明はない。ということで自分なりにアレンジしてみました。

毎回、誤字報告などありがとうございます。
感想も励みになってます。

では、どうぞ。


過去の傷、今の傷

 私の姿は、どう映る?

 

 そう言えば、リィン以外に、これを見せるのは初めてだ。

 実技に出てくる戦術殻は、低レベルでAIも弱い「機械」故、威嚇を使っても反応してくれない。反応しない相手に使っても仕方がない。

 アナライズを終えた旧型を首に掛け、髪留めを発動。鞘と小太刀を握って、前傾姿勢に。

 ふしゅう、と意識をして脱力する。上半身が大きく前に出た、前傾姿勢。

 ふしゅう、と意識して髪を揺らす。地面を叩く音、蛇腹が擦れる、獲物を捕らえた音。

 

 フェイトスピナーは僅かに瞳の色を変えて警戒を示す。

 ヤスデダマは、その気配に僅かに身震いをする。委縮した。

 

 ――と、通った……!

 

 突き詰めてしまえばハッタリだが、敵が怯み固まる。

 まるで邪眼に魅入られた者が石化するかのように。

 リィン以外の三人も、僅かにびくっとして此方を見た。

 まるで気付いたら真横に毒蛇が牙をむいていた事を知ったかのように、だ。

 気配の出所が私と知って『そんなことが出来たのか』という顔だった。

 

 「ユーシス、マキアス、……援護は出来る限りやるから、存分に、試してみて?」

 

 フェイトスピナー。節足動物型魔獣であることは確認している。

 複数の連なる目に、鋏や関節の具合らを見るに、蠍が二足歩行してると思えば分かりやすい。

 鋭い鋏そのものは、獲物を押さえつける用途が主だ。抑え込まれ、そこから毒を受けなければ、後は殻が頑丈なだけだ。解体には時間が掛かると思うが、決して勝てない相手じゃない。

 

 「私は。……私も、二人を、信じてみる、から」

 「――言われるまでもない!」

 

 剣を抜いたユーシスの横に。

 私とユーシスは割と仲が良い。此処で彼とリンクを結べないのは少し残念だが、マキアスと彼の関係改善に期待だ。上手くいけば、私とマキアスの関係も改善出来るかもしれない。

 ……いや、違うな。私は――うん。私は二人と、仲良くなりたいのだ。

 

 「行く、よ。――状況、開始!」

 

 クラスメイトと魔獣退治。良い響きだよね。

 楽しい――そう思いながら、私は速度を上げるっ!

 

 言い方は悪いが、私はこの時、ユーシスとマキアスを信じていた。

 二人なら色々言いつつも連携するだろう、と。

 それに対して調子に乗っていた私も悪い、のだが……ま、それは、後で説明しよう!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「魔獣講座、その3……。今回は、食性の話!」

 

 フェイトスピナーの視界から外れるように、左右に動く。

 ――が、死角に入れている感じはしない、か。

 身体が大きく足が蹄のようになっているから、小回りは効かないようだが、その分、防御は高い。下手に斬りこんで弾かれたらキツイ。

 ヤスデダマを潰しつつ、削る。

 

 「エマ、アーツをお願い。こいつら、回避が、高い、から!」

 

 群体を斬撃で倒すのは難しい。

 となると面攻撃か範囲攻撃。つまり導力魔法か――。

 銃声と共に、ばらまかれた弾が、ヤスデダマの片方に命中。その群体を削る様に潰す。

 ――魔法か、マキアスの込めた散弾か、だ。

 ばらばらになっていくヤスデダマだが、放っておくと再集結しそうだ。潰す。

 

 そして狙うはフェイトスピナーの、懐だ。

 靴の下から気持ちが悪い音が響く。

 ムカデやサソリの幼体を踏みつける、不気味な感触。

 それを無視して、観察と説明を続ける。

 

 当たり前だが魔獣とて食事をする。

 というか世間一般において、食事をしない生物は滅多に居ない。ゴーストだって魂を食う。

 そして捕食機能は、その生物が持つ多様な器官の中でも、非常に効率的に使われる。

 食事が出来なければ生きていけない。当たり前の理屈である。

 眼に見えない程に小さな生物――例えば茸や胞子だとか、水の中を泳ぐプランクトン等にも、食事機能は備わっている。大きな口があるわけではないが、栄養分を確保するだけの力がある。

 ノバルティス博士曰く、溶岩の中にすら生き物は存在し、岩石や貴金属を食べる微生物も居るのだとか。

 

 「と、特徴は、大きな鋏……! 蠍は、その両鋏で獲物を固定して尻尾で毒を注ぐ、けど、コイツは尻尾の代わりに、口からの毒ガスを、吐く……!」

 

 幻覚作用に加え、発火性もある強烈な奴だ。

 これで獲物を弱らせ、場合によっては熱傷を与えて、捕食する。

 よく見ればフェイトスピナーには尾があった。退化しているが、後ろに反って伸びる形は、蠍に近い。逆に言えば、鋏そのものの危険度はそうでもない。突き刺されたら痛いが、単純な、切れ味という意味ではワーマンティスの方が上だろう。ならば。

 

 「なら、まず、――口を、潰す……!」

 

 エマの《ルミナスレイ》がヤスデダマの二体目に命中。

 ユーシスがフェイトスピナーに向かっているのを確認して、私は飛ぶ。

 空中に、だ。

 フェイトスピナーの鋏の構造上、真上からの攻撃には弱いと判断。

 

 「おいカタナ、無茶をするな! 狙われているぞ!」

 「その、隙を、お願い、ユーシス!」

 

 ユーシスに、いつの間にかカタナと呼び捨てにされていた。

 密かに嬉しく思いながら、指示を飛ばす。

 単純な戦闘経験で言えば《Ⅶ組》で、私(とフィー)の右に出る者はいない。

 私やフィーより強い面々でも、コマンダーとしては今一歩だ。将来は分からないけどな!

 空中での言葉に、ユーシスは『大丈夫なんだろうな!?』と顔に出しながらも、従ってくれる。

 フェイトスピナーが私を向く。その平べったい胴体故、肉体の全体を大きく仰向けにするような姿勢だ。必然、胴体の腹側が見える。

 

 「後ろの男よりは適格だな! ――ルーンブレイド!」

 

 導力のエネルギーを剣に憑依させた一撃が、無防備な腹に食い込むっ!

 

 「ナイ、スっ!」

 

 相手が悲鳴を上げた時には、振り上げられた鋏の片方に、長い髪が巻き付いている。

 引き寄せ、落下速度よりも早く自分を地面に。着地し、即座に『使う』。

 カチッという音がする。そのまま体勢を整え切っていないフェイトスピナーの、懐に。

 滑り込み、脚の間を通り抜け。

 

 一拍後。

 私の移動をなぞる様に、節足魔獣の節々から血が流れる。

 

 「……ふぅ……ひゅぅ……」

 「効果的だな。……今の数秒で、奴の関節部分を斬ったのか」

 「ん、正解。表面は固い、けどね。……よ、余計な触覚とか、付属脚とか、末端が欠けるって、地味に痛いよ」

 

 奴の食性をそれっぽく話したな。今度はこっちの話をしてやろう。

 イメージは海老、蟹、蠍や百足なんかを解体する順番を考えればいい。

 危ない触覚や取りやすい脚を外し、最後に胴体を処理するだろう? 同じだ。

 

 「……俺の動きが分かるのか?」

 「分かるって、程じゃ、ないけど」

 

 今の一連の流れで、私とユーシスの相性がいいのは確認できた。

 多分リィンと連携するよりも上手くいく。

 

 「片手剣を使う奴が、知り合いに、居るから。それを応用、してる」

 

 あいつ(デュバリィ)は剣に盾。ユーシスも同じ片手剣だ。お陰で、彼のタイミングが何となくわかる。

 ユーシスの方も、リンクが無くてもある程度の呼吸が合うと分かってくれた。気が楽だ。

 

 「後ろの男にも聞かせてやりたい台詞だな。で、次はどうする」

 「し、神経を潰そう。さっきので、刃は通りやすくなったから、目を潰して、その後で、顎の下あたりを破壊すれば、多分、倒せる」

 「甲殻類を締めるみたいな言い方をする」

 

 分かりやすいでしょ? と目を向けると、そうだなと肯定された。

 視界の隅、生き残った幼体らが合流して、一塊になって行くのが見える。

 実質これでヤスデダマが1体か。もう少し削ればあれは霧散するだろう。

 

 「聞こえているぞ!」

 

 と言っていたらそいつらに散弾が叩き込まれていた。

 どうやらユーシスとのリンクは無事に繋がったままのようだ。やりたいことは伝わっている。

 エマが《ブレス》を唱えて私とユーシスを纏めて回復してくれる。

 これなら何とかなりそうだな。

 

 「て、訂正。大物だけになった。……補助は私がする。決めちゃって、良いよ!」

 

 地面に撒かれたヤスデダマの残骸を、靴のつま先に引っ掛ける。

 それをそのままフェイトスピナーに蹴り飛ばす。

 幾つもの不快な液体と亡骸を飛ばしながら、魔獣の視界を塞ぐ――!

 幼体への仕打ちに、フェイトスピナーの目の色が変わった。悪いね、これも戦いだから。

 

 (……こういう時に、こういう判断出来ちゃうもんだね)

 

 明らかに怒気を見せながら私へとターゲットを取った魔獣。それが隙だ。

 マキアスの銃の援護の後に、ユーシスのトドメの一撃が。

 決ま――。

 

 (……え、決まらない……っ!?)

 

 その瞬間だった。

 二人のリンクが途切れたのは。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 何故途切れたのか、とか。

 どっちからリンクを斬ったのか、とか。

 寄りにもよって、このタイミングで、という感想よりも先に。

 

 「っや、っば」

 

 二つの動きが連続した。

 一つは、フェイトスピナーの毒液の発射。

 自分自身の口に生えている牙ごと射出する勢いで吐き出された其れが、ユーシスに命中する。

 制服を切り裂き、体に食い込むフェイトスピナーの歯。

 絶句するマキアスの前で、脇腹を切り裂いた牙は、ユーシスに膝を付かせるのに十分だ。

 

 もう一つは、私への攻撃。

 追いつめられた野生の獣が恐ろしいと、分かっていた筈なのに。

 窮鼠猫を嚙むの通り、とどめを刺すまで決して安心してはいけないと理解をしていた筈なのに。

 能天気にも『二人なら大丈夫だ』と信じていた私の一瞬を、フェイトスピナーが狙うのには十分だった。

 

 気付けば、フェイトスピナーの鋏は、私の至近距離にある。

 流石にあの煽りはやりすぎだった。

 その速度、その威力、重さ、どれもこの戦いのどれよりも高く、殺意に溢れている。

 咄嗟、鞘で受け流すが、受け流しきれない。

 

 (タイマンじゃやっぱキツイね……!)

 

 鋏の直撃こそ避けるが、鞘を握った左手を掴まれた。

 

 不味い……、と判断。

 そこからの敵の動きは、まるでスローモーションだ。

 

 万力のように鋏が、閉じられる。

 ぎしり、という音がする。

 ゴキッという関節が外れる音がする!!

 周囲に響いた音に、エマが悲鳴を上げる。

 

 泣きたいほど痛いが、歯を食いしばる。

 これが普通の人間なら、至近距離での魔獣の脅威に、泣き叫んでいたのかもしれない。

 だが、残念ながら、私は普通ではない。

 一瞬だけの油断を自分で反省しながら、捕縛状態であっても、気合を入れなおす。

 至近距離のフェイトスピナーに、ガンを付けたまま逸らさない。

 大きく、口が開き、牙と、その奥にある腐臭がする毒液袋が見え――。

 

 それを貫通する、巨大な鉄の棒を、確認した。

 

 「二人とも! 大丈夫か!」

 

 フェイトスピナーを後頭部から、喉を通り抜け、胴体まで、一直線に。

 リィンの太刀が、まるで海老を串打ちしたように貫き、フェイトスピナーにとどめを刺す。

 

 彼が動くのは見えていた。

 だから彼の存在を気付かせないために、私はフェイトスピナーを睨み続けた。四月の私ならもうちょっとメンタル弱かったかもしれないが、今の私はそうではない。いざとなったら逃げることも出来た。勝ったから良し。

 

 「わ、私は、大丈夫!」

 

 片腕が壊れた? いや、これは別に大丈夫なんだ。

 

 「え、大丈夫、って、明らかに脱臼した、音、が……」

 「こ、これは()()()()()()の! 私より、ユーシスっ!」

 

 あの一瞬、あのままだと関節がヤバいとは判断が出来た。

 都合よく鋏が握っていた部分は、私の肘関節だったのだ。

 

 だから自分で骨を外した、それだけだ。

 痛いけどな! 痛いけど痛いだけだ! 死にゃしない!

 

 「え、……え、え?」

 

 戸惑っているエマの前で、脱臼した左腕を、右腕で掴む。

 そのまま力を入れ、気合を込めて()()()()()()()

 ゴキッという再びの音。響く痛み。鈍痛は続くが、負担は減った。後でテーピングだけしておけばいい。関節の可動域が広くて、そもそもの柔軟性にも自信があるしな。

 

 「ほら大丈夫だから! ユ、ユーシス!」

 

 左腕をぷらぷらさせて無事をアピールすると、エマはようやっと落ち着いた。

 理解が追いついたのか、リィンと私に促されるように、ユーシスの元へと駆け寄って来る。

 兎にも角にも、まず彼だ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ユーシス、ちょっと我慢してね。痛いけど強引にやるよ。マキアス、弾丸!」

 

 呼びかけに、返事が来ない。

 見れば彼は硬直し、額に冷や汗を浮かべて、厳しい顔でユーシスの様子を見つめている。

 そこに一切の嘲笑は無い。

 『貴族が怪我をしやがって』という感情は一切なく、代わりに彼は唯固まっていた。

 

 「マ、マキアス! 弾丸! ……あった、これ借りるよ!」

 「え、いや、あぁ……」

 

 反応が薄い。茫然自失、とはこういう状態なのだろう。

 だが今は彼の復活を待っている時間は無い。

 

 やや強引に、彼のショットガンから弾丸を奪う。

 確かオリエンテーションで、マキアスはフィーから彼女特注の弾丸を貰っていたはずだ。

 用意周到で、準備もちゃんとする彼のこと。恐らく余ったのを管理して、持ち込んでいる筈!

 そう思って漁れば、やや大きめの、炸裂し周囲に燃焼を撒く弾丸が見つかった。

 

 「エ、エマ。火の用意、して」

 

 言いながら、ユーシスの上半身を脱がせる。

 引き締まった白い肌だ。その脇腹から背中にかけて走る裂傷は、変色している。

 フェイトスピナーの毒がしみ込んでいるのだ。放置してはおけない。

 

 荷物の中から《百薬清酒》を取り出して、それを口に含む。

 隅々まで口の中で攪拌して吐き出す。これで消毒は出来た。

 そして私は、彼の背中に――深い傷跡に、思い切り()()()()()

 

 「……ぐ、……!?」

 「ず、……じゅ、……ずず。――ぺっ」

 

 口の中に鉄の味が溢れる。そのまま毒素を出来る限り吸い上げて。吐き出す。

 傷跡に舌を這わせる感触と痛みに、ユーシスが悶えるが、押さえつけて続行。

 二回、三回と繰り返していると、私の口の中が痺れて来た。口腔を経由して毒が此方に巡る。

 だが私は毒には耐性がある。そのまま続行し、もう、少し。

 暫くすると肌の色が戻り始めた。完全な解毒は無理でも、これ以上、身体に入る事は無さそうだ。

 

 「な、なにを……!?」

 「恥ずかしがってる……ずず……暇なんかないから……じゅる……」

 

 毒素が強引に吐き出されたからか、ユーシスの声に活力が僅かに戻る。

 流石に戸惑っているが、疑問を口に出せるなら上出来だ。

 大体これは治療の一環。何処に恥じる要素があるのやら。

 

 毒を大体吸い出したところで、弾丸を用意。

 ヘッドを歯で食いちぎり、雷管を外す。そのまま火薬を地面に撒く。

 そこにエマに頼んで点火。即座に火を起こし、手持ちのペティナイフを軽く炙る。

 

 「……ぺっ。――よし、出せるだけは出した。――ユーシス、二秒耐えて」

 「何……――ぐううっ!? ぐおぉぉああ――――っ!?」

 「もう終わる!」

 

 火で焼いて消毒したナイフを、そのまま出血部に押し当てて止血。

 痛みにユーシスが凄まじい悲鳴を上げたが、彼が悲鳴を上げた時には既に行動が終わっている。

 これで細かい血管は塞いだ。後は大物だ。

 同じく清酒で消毒した手を《解毒薬》で濡らし、傷口に手を伸ばす。

 

 (これと、これ、を、結紮して……ここを、抑える)

 

 傷を寄り合わせるように抑えて、私は己の髪に手を伸ばした。

 その中の一本を抜くと、切断して長さを整え、こちらも火であぶって消毒。

 

 「それ、髪の毛じゃ……」

 「ち、違うよ。これは髪の中に仕込んであるワイヤー。け、結束とか固定とかに、使える」

 

 エマの疑問に、透明な糸を掲げて答える。

 髪の中に隠した武器だ。ピアノ線を細くしたような物と思ってくれていい。

 いざって時は人間の首を絞めるのに使えるが、幸い学院に来てからはその機会が無くて済んでいた。消毒したそれを肌の上に走らせる。

 素早く丁寧に血管を()()、肌を()()、消毒したハンカチで傷口を覆う。その上から包帯を巻く。

 因みにここまで約5分である。

 

 「お、応急手当は、これで終わり。後はバリアハートに戻ってからだけど」

 

 出来るだけ毒は吸い出したし、消毒と止血はした。殺菌も済ませ包帯を巻いた。

 これ以上の治療は無理だ。体内の毒素は薬で抜こう。

 《解毒薬》の予備は沢山ある。本来は用途に合わせて処方するのが適切な薬の筈なのだが、……どんな毒にも効果があって中和出来る効能を持っているのは凄いと思う。流石は『七耀教会』。

 

 ユーシスの呼吸が落ち着き、私も大きく息を吐いた。

 怪我の手当ては無事に済んだんだな、とリィンらがほっとする。

 さっきまでの慌ただしさは、少しだけ落ち着いた。

 

 「ユ、ユーシス、大丈夫? 戻れる?」

 「……いや。……戻る必要はない。実習を続ける」

 

 思わず「はあ?」と言いかけた私達に対して、ユーシスは続ける。

 

 「此処で戻ったら、実習が失敗になる。評価が下がるだけじゃない。――A班に負けないようにと口に出したことを、嘘にする訳にはいかないだろうが」

 「それは、まあ、……そうだけど」

 

 身を起こしたユーシスは、制服を着込むと、大きく息を吐いて立ち上がる。

 まだ解毒は終わってないし、幾らエマが回復をしたり、薬でフォローしても限界はあると思うのだが。

 

 「それに、此処で戻ると兄上の期待を裏切るようでな……。……個人的には一番、心苦しい」

 

 静かな口調だったが、最後に吐き出された一言には、重さがあった。

 実家に対する複雑な感情だけではない、己の中の大事な人への感情が。

 思わず黙った私達の中で、リィンが分かったと頷いた。

 

 「分かった。実習を続けよう。ただしもう少し休憩して……その後、オーロックス砦に向かう」

 

 それで良いな? という提案に、ユーシスは良いだろう、と頷く。

 無理に立ちあがったユーシスを座らせ、ついでに火の傍に。

 折角だ。ここで食事にしてしまおう。

 ……マキアスも、ショックで動けないようだしね。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「と、隣、座るよ。はい、まあ、食べなよ」

 

 パンに色々な物を挟んだサンドイッチを、火で炙る。

 肉と野菜、小麦が香ばしい匂いを漂わせる。

 クロスベルに行った時に手に入れた《うきうきハムサンド》を応用した《行楽サンド》。

 エマが作って全員で火を囲む中、マキアスは少し離れた場所で座り込んでいた。

 

 「……ああ。……頂こう」

 「そ、そんなにショックだった? ユーシスが、怪我をしたこと」

 「ああ。……いや、違う。確かにショックだが」

 

 暫し黙った後で、彼は静かに口を開く。

 ゆっくりとサンドイッチを咀嚼し、飲み込み、その後で。

 

 「僕は確かに、ユーシス・アルバレアを好いてはいなかった。貴族の癖に、と思っていた。だが……怪我を見た時に思ったのは『僕が悪かった』っていう事実と……心の狭さ、というのかな」

 

 懺悔をしたい訳ではないだろうが、己を見つめ直すようにマキアスは言った。

 

 「あの一瞬、少しでもリンクが途切れたことを喜んだ自分が居て。トドメを刺す手柄を奪われることに嫉妬する自分が居て。……そして怪我をしたあの男を見て、一瞬だけでも良い様だと思った自分が居たことに、一番ショックだった。僕は……決して、他人が傷付く姿を見て、喜ぶような人間には、なりたくない」

 

 それは、僕の周りを傷付けた貴族の連中と、同じになってしまう、と。

 

 「……ジョゼット・カプアとあって以来、心の何処かに燻ってはいたんだ。……彼女は、貴族である事への未練が何もなかった。むしろ彼女は……大事な物があれば、身分は如何でも良い、と話していた」

 「そ、そんな事、話してたの?」

 

 四月の入学したての頃のこと。

 それから一月半もの間、心の中に言葉が残っていたのか。

 ジョゼットも……やっぱり太陽娘に通じる素質はあるらしい。

 

 「彼女は楽しそうだった。思えば僕は、入学式から今日まで、毎日を楽しんだ記憶が殆どない」

 

 パンを飲み込み、彼は言う。

 

 「僕は……貴族を嫌う余り、自分の周りにある物を、蔑ろにしてはいないか、と、……そう思った。……いや、疑問じゃない。敵愾心だけを見て、手が届く位置にある物をすっかり見落としていたんだと、自覚した。――悪いと思っている」

 「じゃ、じゃそれはユーシスに伝えること、だね。私には、謝らなくって良いよ。私も、なんか地雷を踏んだんでしょ? そこは、マキアスにとって重要なんだから、譲るのは、違う」

 「そうだな。――話す余裕が出たら話すさ」

 

 パンは全て食べられてしまった。

 美味しかったようなら何よりだ。

 

 「そうだ。質問があったんだ。良いか?」

 「こ、答えられることなら」

 「あのワイヤーは何処で手に入れたんだ? 珍しい物のようだが……」

 

 ああ、それか。

 

 「レ、レミフェリア製だからね。医療が発展してるでしょ。頑丈で、清潔で、縛ったり結んだりしやすい、細い糸は、手術とかに便利なんだ。私、リベール以外にも色々旅をしてた、から」

 

 《蛇》の暗躍は、何も帝国やリベールに限った話でもない。レミフェリアもそうだ。

 ただ、あの国は、経済的にも軍事的にも、そんなに逼迫していない。

 代わりに経済成長が緩やかで、勢いらしい勢いもないが、リベールと並んで非常に穏やかだ。

 混乱が少ないし、混乱させてもあんまり美味しく無いので、《蛇》は放置ぎみだ。

 任務で何度も足を運んだが、任務関係なく過ごすにも良い国だと思う。

 

 帝国を質実剛健とするならば、あの国は精密で非常に細やかだ。

 頑丈さ一辺倒ではなく、頑丈さと柔軟性を兼ね備えた道具を作ってくれる。

 家具とかはその最たる例だな。

 

 「愛用のトランクとかも、レミフェリア製なんだよ。色々機能があって気に入ってる」

 

 乙女の秘密以外にも色々――まあ隠し球って程ではないが――仕込んであるのだ。

 特筆すべき特徴を持てない私にとって、小細工は生命線だからな。

 

 「そうか。……じゃあ、もう一つ。その」

 「ん、どうぞ。何?」

 「ベントさんに話していたのが、印象に残っていて、な。――君が知っている……『貴族に翻弄された女性』というのが、どうにも」

 

 ――――。

 ――――――――。

 ―――――――――――――――――。

 ベリルに問われた時のように、私の表情は、固まったと思う。

 タイミングが良いのか悪いのか、リィンらから出発の声が掛かった。

 マキアスが何かを言うよりも早く、私は意識を切り替えて、曖昧な笑顔で誤魔化した。

 

 「ま、それは、またの機会にでも、話すよ」

 

 私の有無を言わさない態度に、マキアスも私の地雷を踏んだと気付いたのだろう。

 悪かった、と一言謝罪をすると、そのままリィンらの方へ歩いて行く。

 そして座っているユーシスに問いを投げる。

 

 「……今回の一件、どっちが悪いと思う。ユーシス・アルバレア」

 

 質問にぎょっとした顔のエマだが、リィンが『大丈夫だ、様子を見よう』と制止する。

 マキアスの言葉に、ユーシスは何時ものような態度で返す。

 

 「自分が悪くない、という意味ではなさそうだな。――お前が悪いが、お前の援護を信じ切れなかった俺にも原因がある。お前よりもカタナの方を頼っていたくらいだからな。……違うか?」

 「そうだな。だから互いに半々だ。半分は僕の責任で、半分は君の責任だ」

 

 だから、その怪我の半分くらいは、僕が責任を持って介抱すべきなんだろう。

 そう言ってマキアスは、ユーシスに手を差し出した。

 立てるんだろうな、と問いかけている。

 ユーシスは少しだけ驚いていたが、軽く鼻を鳴らすと、その手を取った。

 

 「……こ、今度こそ、ちゃんと、リンクが結べそう、かな?」

 「そうだな。――じゃあ『バスソルト』を回収してオーロックス砦に向かおう。もう直ぐだ」

 

 ほんの少しだけ関係が改善された、ユーシスとマキアス。

 二人のARCUSが仄かに輝いたのを見て、私達はほっと一息を吐いたのだった。




マキアスの反省の半分くらいはジョゼットの功績です。
四月の会話からここに繋げたかった。
……まあ此処で和解したところでマキアスへの罠が止まるわけでもないのですが。
ゾーイ・キャラハンと仲良くした時点で、既に手遅れです。
今回は何も起きなかったけどね! 頑張れB班。

Q:レミフェリア製のアイテム色々。
A:サラ教官との過去の戦いで使っていたワイヤーは、今も髪に仕込んでいます。
この先もちょくちょく活躍します。尚、師匠はシャロン。
また入学式の日に使っていたあのトランクにも仕掛けがあったりしますが……。こっちを公開するのは何時になるのやら。ずっと持ち運ぶわけにもいかないので。

Q:固まったカタナ。
A:感想でのご指摘があった通り、実は親の問題がこの台詞に絡んできます。
そして男子らの夜会話に繋がります。詳細はその時に。

ではまた次回。
バリアハート1日目の夜へ舞台を移しましょう。
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