カタナ、閃く   作:金枝篇

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副題:アイリ・アドラーは好き勝手に暴れまくる。
フラグの嵐です。全方向に爆弾を撒く時間がはっじまっるよー。


陰謀のチェーンマイン

 ――午前11時55分。

 ――導火線へと火が付いた。

 

 「もしもし? レク……じゃなかった《案山子男(スケアクロウ)》? ……うん、此方《白兎(ホワイトラビット)》。現在オーロックス砦の上空に居るよ。任務開始まで後5分だね。それで忠告って?」

 

 ふよふよと空中に浮かぶ、白い奇妙な機械がある。

 《Ⅶ組》ならば『実技テストのアレか?』と感想を持つだろう、見様によっては愛らしい塊だ。

 Yの文字をした機械は、その二つに分かれた腕の上に、一人の少女を抱えている。

 緑みが掛かった青色の髪をした、見るからに活動的な笑顔の少女だった。

 

 『いやなぁ、どうも砦の中に、面倒な奴が増えてるっぽいから、念のためにな』

 「あはは、ありがと。一応身を隠して行動するし、ガーちゃんも居るから大丈夫だと思うよ」

 『いやまーそっちの心配はしてないな。何かあっても切り抜けられるだろう。ただ』

 「ただ?」

 

 元気な声で、青年と会話をする少女は、先を促した。

 降りかかる身の危険は、少女ならば切り抜けられるだろう、と前置きをした上での発言だ。

 彼のこういう勘働きは当たる。

 

 『なんか悪い方向に利用されないとも限らない。何かあったら即座に撤退するようにな。後処理は俺やクレアの方でやっておく』

 「オーケー。ま、僕なら大丈夫だよ。任せておいて!」

 

 気を付けてな、という同僚からの言葉に頷いて、彼女は通信を切った。

 眼下のオーロックス砦。あの中に《帝国解放戦線》の情報が眠っていると聞いている。

 

 (なら頑張るしかないよね!)

 

 少女:ミリアム・オライオンは相棒と共に砦へと落ちていく。

 改造され、鉄壁の設備を持つ砦と言えども、空中への備えは限定的だ。

 加えて、そもそもの話になるが――少女:ミリアム・オライオンが持つ《アガートラム》のような()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、滅多に存在しない。故に警戒は薄い。その穴を付いて、少女は砦へと入りこむ。

 音を消し、時には迷彩機能で姿を消し、死角を突いて奥へ奥へと進んでいく。

 侵入任務(スニーキング・ミッション)

 領邦軍では、彼女を見つけることは不可能だった。

 

 「……みつけましたよー」

 

 ただ一人、例外を除いては。

 へらへら笑う一人の猟兵は、くすくすと笑いながら罠を仕込む。

 

 じり、じり、じり。

 導火線は進む。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「疑問を良いか? そもそも風呂に塩を入れて効果があるのか?」

 

 オーロックス砦へと向かう途中、要するに塩水だろう? と尋ねたマキアスだ。

 《バスソルト》――別名を《ピンクソルト》という岩塩は、無事に入手出来ている。

 残すはフェイトスピナーの撃破を報告して、バリアハートへと戻るだけだ。

 エマはちょっと考えた後で、すみません、と首を横に振った。

 

 「どうなんでしょう。……実家にも温泉があって、村の人には人気ですけど、私の家って森の傍なんです。《樹精の涙(ドリアード・ティア)》ならまだ分かるのですけど……岩塩となると専門外です」

 「効果はある、と、思う」

 「……お、温泉が有名、なんだっけ。リィンの、故郷」

 「ああ。数少ない観光名所だ」

 

 俺も詳しい訳じゃないが、と前置きをしてリィンは説明を始めてくれた。

 

 「温泉と言うのは、地面に吸い込まれた水が、地下で流れて、それが途中で温まって、地表に溢れ出てくる物だ。そのまま風呂にするには熱すぎることもしょっちゅうだ。それこそ近寄るだけで火傷する、沸騰以上の温度なことも珍しくはない。大体の場合はボイラーで温度を調節している」

 

 リィンの話を聞いて、私はリベールにあるエルモ村が浮かんだ。

 ヴァルターが地脈活性化の実験をして源泉が超高熱に、なんて事件もあったなと思いだす。

 私は実行者側だったから、全然自慢できない思い出だけど。

 

 「そんな温度だから、当然ながら柔らかい鉱物や栄養分はお湯に溶け出す。山の中を通り抜けて来たお湯は、それだけ山の養分を含んでいる。だから健康に良い。……まあ、逆にとてもじゃないけど入れない劇物が溶け出した温泉もあるんだけどな」

 「なるほど。市販の入浴剤と大して効能は変わりがないんだな……」

 「う、海でも、そうだよ?」

 

 ユーシスが納得したところで、リィンの説明に捕捉する。

 

 「大きな船の上でお風呂とか、難しいでしょう? 真水は、貴重だからね。だから海水を、お風呂に使うってこともある、らしい。普通の海だと身体が塩っ辛いって感じるけど、きちんと塩が溶け込んでしまえば、そんなに苦でもないってさ」

 

 《グロリアス》とかでも水は貴重だ。

 桁違いの大きさと輸送能力、積載能力を持つが、水や食事を無尽蔵に搭載している訳ではない。

 いざという時には海から水を組み上げ、それを真水に精製する機能も付いていたりするのだ。

 最近、海とか行って無いな。機会を見てどっかで足を運んでみるか。

 

 「……その知識は実体験です?」

 「それも、あるけど。塩に縁が深かった奴の言葉」

 

 最終的に自分も塩になった《腹黒眼鏡(ワイスマン)》の言葉である。

 ワイスマンの始まりも、ワイスマンの終わりも、どっちも塩というのは皮肉な物だ。

 

 私は、ワイスマンの死をちゃんと見届けている。

 

 あの時。《リベル・アーク》が崩落していく中。

 私はそれでも、ワイスマンと最後まで行動を共にしていた。

 

 何故逃げなかったのか――放置しなかったのか、今でも答えは出ていない。

 レオンハルトさんとヨシュアさんらの戦いを見て、心の中に確かに変化が産まれたのだけれど。

 ……それでも、見捨てて逃げることが出来なかった。

 ……尤も、庇うことも出来なかったのだけど。

 

 ケビン神父は、私を一瞬で昏倒させた後、ワイスマンを塩にした。

 そして私を強引に(荷物を担ぐようにして)抱え、《アルセイユ》へと運んだ。

 

 ワイスマンが死んだことを引き摺ってはいないけれど……無かったことにするつもりもない。

 それはそれ、これはこれだ。

 アイツが外道で、屑で、諸悪の根源であることと、私の教育者だったことは、矛盾しない。

 

 「カタナさんの先生、面白い方だったんですね……」

 「もう二度と会いたくないけどね」

 

 「面白い」っていうか「白面」っていうか。愉悦が好きな奴だった。

 あんな性格の奴、人生に1回出会えればそれで十分だ。

 ……まあ《影の国》で再会したんだけどさ……。

 もう死んでる筈! もう会わないし出てこない筈!

 

 「着いたぞ、オーロックス砦だ」

 

 気付けば、近代化された中世の砦は、目前だった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「そろそろ昼休みの時間か?」

 「もう直に到着するルーレからの積み荷を確認してからだな」

 

 砦の門番らは、時間を確認しながら呟いた。

 自然豊かなオーロックス峡谷は、暫く前から人工物に覆われている。

 土台こそ砦だが、岩や土が見えているところは殆どない。

 車両が通行するために道路はすべて舗装され、薄い壁には装甲が追加されている。

 砦に隣接するように列車の高架も走っていた。あれは砦への乗り入れが可能となっている。

 軍隊は巨大な胃袋と厠である、という言葉があるが、まさにその通り。各地で作られた兵器や物資の輸送のために、これでもかと毎日毎日忙しなく色々運び込んでいた。

 

 「飯に不満があるわけじゃないが、そろそろ休暇を取って美味い物を食べに行きたいな」

 「ぼやくな。俺も同じだ。……そういやアルバレア公爵様が、なんか差し入れをくれたと聞いた。食い物だって噂が流れてる。後で食堂で確かめようぜ?」

 「そいつは良いな! ――と、お客人だ。……こんなタイミングにどちらさんだ?」

 

 オーロックス砦の正面に、一台の車が停まる。

 堂々とした停車ぶりに、いったい何事かと二人が注目する。

 果たして、降りてきたのは、立派な衣装の男性だった。

 厳めしい顔と、綺麗に撫でつけられた髭を蓄えた、身なりの良い男。

 遠目でも『立派な貴族だ』と分かるその男性を確認し、門番2人は驚愕する。

 

 「……あれ、いや、あのお方は、もしや」

 「! じょ、上層部へ連絡! ログナー侯爵様だ! ゲルハルト様がいらっしゃった!」

 

 彼らが愕然としたのも無理はない。

 《四大名門》の一角。北部ノルティア州がルーレ市に拠点を置く侯爵の来訪だったのだ。

 ゲルハルト・ログナー。

 貴族派の中で最も強硬派として知られる、苛烈さと強い矜持を持った男である。

 門番の呼びかけに、周囲に点在していた兵士らが一斉に集合。出迎えるために列を組む。

 慌てて出てきた責任者が、緊張した面持ちで敬礼を捧げた。

 

 「このような場所に足を運ばれるとは……。どのようなご用件でしょうか」

 「――楽にせよ。何、少し運び込まれた物に興味があった」

 

 侯爵は、威圧感のある声で静かに語る。渋く人に従わせる力がある声だった。

 

 「ハイデルがアルバレア家の要請で、新しい兵器を手配したと聞いた。本日運び込まれている筈だ。折よく此方に来ていたからな。実物をこの目で確認したい」

 「! 畏まりました。現在、積み荷を卸している最中であります。急ぎ終わらせます。15分程お待ち頂ければお見せできると思います。……男所帯で申し訳ありませんが」

 「良いだろう。では待たせて貰う」

 

 慌ただしく動いた兵らが、侯爵を砦の中へと案内していく。

 リィンら《Ⅶ組》が砦へと到着したのは、その僅か10分後のことであった。

 

 導火線の炎は進む。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 砦というか要塞になっているな、というのが率直な感想だった。

 領邦軍の拠点――つまりクロイツェン州の貴族らの最重要施設の一つだ。

 この物々しさも当然か。

 

 「……ケルディックで集めた税金が此処に費やされている訳か」

 

 ユーシスが呟いたが、リィンも私も『そりゃ増税もするか』って顔をした。

 少し前、最新型の戦車や装甲車が列車に乗って運ばれて行った。

 厳重に梱包されたそれらの中身を見ることは出来ないが、恐らく最新型だろう。

 フィーが此処に居たならば解説してくれたのかもしれない。残念ながら居ないが。

 

 ……一台で一体お幾ら万ミラなのか。どれ程の民の血を注ぎ込まれたのか、気になるところだ。

 幾台かの高級な自動車も停まっていた。お客さんは私達だけでは無いらしい。

 装甲車が並ぶ一角を抜けて、門に近い兵士の元に。

 

 「あの、すみません。自分達はトールズ士官学院の者なのですが」

 「すまないが今忙しい! 君達の応対をしている余裕はない! 手が飽くまで待っていろ!」

 「ほう……?」

 

 何やらお偉いさんがやって来たのか、領邦軍の兵士らはバタバタと慌てていた。

 よっぽど大変なのか酷く雑な態度。

 一体何があったんだと尋ねたのは、ユーシスだった。

 

 「だから少し黙っ――ユーシス様!? これは失礼を!」

 

 どうやら彼の存在を認識したようで、門番の兵士はこれまた慌てた様子で姿勢を正す。

 取り繕った兵士らに気にするなと告げ、ユーシスはフェイトスピナーの報告をした。

 

 「俺一人では荷が重かったのは確かだ。一人の手腕ではないと伝えてくれると助かる。それで、急な客というのは一体?」

 「は、あちらの――」

 

 領邦軍の恭しい返事と共に、停まっていた高級車を示される。

 ユーシスは、視線を移す。

 砦には不釣り合いなほどに美しい、超高級自動車だ。

 堂々と砦の真正面に止められており、遠慮が感じられない。

 こんな真似が出来るのは、よっぽど家名に自信がある人間だけだ。

 ええと、あの紋章、は――。

 

 「……悪いが少し待っていてくれ。流石に挨拶をしてこないと不味い」

 

 なんでも視察に向かう通路と、丁度かち合えるらしい。

 であれば少しだけ砦に足を踏み入れて、礼儀だけは通しておこう、という話らしい。

 

 「……誰なんです?」

 「あ、あれは、ログナー侯爵家の、家紋だね」

 

 エマの質問に答える。

 北部ノルティア州、鋼の都ルーレ市を治める四大名門の一つだ。

 ラインフォルトグループとも縁が深いらしく、一族が重役に就任しているとも聞いた。

 ふむ、さては運び込まれた最新鋭兵器の視察にでも来たのかな?

 

 「直ぐ終わる筈だ。向こうも其処まで暇な時間はないだろう」

 

 私達もルーファスさんからの課題で砦に顔を出しているのだ。

 その旨を伝えて『戻らないといけない』と続ければ、無理に引き留められはしないだろう。

 しかし、ユーシス一人では不安だな。怪我もしているし。

 

 「わ、私も、お供するよ。き、貴族の端くれだし、同伴してても、不思議じゃないでしょ」

 

 リィンも、同じくらいの身分の筈だが、彼にも事情というものがある。

 お家の問題を詳しく聞いている訳ではないが――あんまり楽しい話ではなさそうだし。

 リィンが家柄を口にすることが滅多にないことを考えると、まだ私の方が付き合いやすかろう。

 

 「その気遣いは助かるが……。良いのか? お前も面倒に思うタイプではなかったか?」

 「す、好き嫌いと、必要不必要の切り替えは、得意なので」

 

 それにログナー家とは少しは関りがあるのだ。

 アンゼリカ先輩とは顔見知りだし、此処で伝手を強固にしておくのは悪くない。

 私の言葉に納得したのか、ユーシスは『では行くか』と告げてくれた。

 皆には砦の傍にある休憩所に居て貰おう。

 何、挨拶だけしたら直ぐだ。

 

 …………そう思っていたのだ。この時は。

 だって知る由もなかったのだ。

 私達が来る前から、既に砦の中では導火線がもう残り少なかったなんて。

 その先が遂に爆弾に触れて、爆発する寸前だった、なんて。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「うーん、見つからないねー。連中の情報……」

 

 同時刻、ミリアム・オライオンは重要書類の束をひっくり返しては集めていた。

 重要そうな書類は、まるごと懐にしまい込み、出来るだけ室内を荒らす。

 こうしておけばどの書類が無くなったか即座には判断が出来ない。

 

 「これ? は食品リスト。念のために回収。えーとこっちは……輸送物資? これは大事だね。回収回収っと。うーんそれにしても司令官が出払ってるのは予想外だったなあ。お客さんでも来たのかな、っと」

 

 ごそごそと机から引き出しを全部出し、中身を確認した後、ひっくり返す。

 本棚の本を崩し、花瓶やインテリアも床にぶちまける。足の踏み場がどんどんと減って行く。

 

 「うーん、こんなもんかな。収穫はこれ以上なさそうだし、それじゃ帰――!」

 

 次の瞬間。

 ミリアムはその場から飛び退り、ガーちゃんを引き寄せて、窓際へと移動していた。

 一瞬後、ミリアムが今の今までいた場所に、ナイフが突き刺さる。

 僅かな物音もせずに、ほんの指先ほどだけ開かれた扉。

 廊下と執務室を繋げるその扉の間から、刃だけが投げられたのだ。

 

 「ガーちゃんっ!」

 

 反射する。ミリアムと入れ替わる様に、ガーちゃん――アガートラムが変形。

 一瞬で扉を開け放ち、そのまま扉の向こうに居る何者かへ拳を繰り出した。

 音を響かせないように、極限まで対象だけを狙った一撃。

 

 「うおっとぉ!?」

 

 命中すればただでは済まない一撃を、ナイフを投げた相手はのけぞる様にして回避。

 風圧で室内の書類が舞い上がり、少女ら二人が、向かい合う。

 扉の向こうに領邦軍が居た様子はない。ナイフを投げたのは、敵の独断専行だ。

 

 「危なかったね……――これは、見つかっちゃったかな!」

 「いやー流石に避けられますかー。まあ命中してても、大したダメージにはなってなかったと思いますけどねー」

 

 半端に開いたままの扉は、静かにゆっくりと開ききり、留められる。

 領邦軍の兵隊では無かった。桃色の髪をした、若い――強く血の匂いがする娘が、立っている。

 

 「兵隊さんじゃないね。うーん、此処で何をしてたのかは気になるけど……貴女が、そうかな? 砦の中に居る危ない人、って。もしかして」

 「はい、その私だと思いますー。いやぁ光栄ですねー。まさか『鉄血の子供たち(アイアンブリード)』に覚えられてるとは。しかも警戒されてるなんて」

 「あはは、あー見えてレクターは鋭いんだよね」

 

 互いに明るく笑い合う。

 

 「――で、私達を逃がさないってこと?」

 

 ……互いに声のトーンは明るいが、込められた意志と敵意は本物だ。

 否応なしに、緊張感が高まる。

 ミリアムは冷静に目の前の少女:猟兵を観察していた。

 単純な実力、殴り合いならばミリアムが勝てるかもしれない。だが相手は猟兵――それも経験豊富なプロだ。どんな罠や、どんな攻め方をしてくるか分からない。今ここで会話をしてる間にも、包囲網は完成しているのかもしれない。

 であれば、一刻も早くこの場を離脱する必要がある。

 

 「いやですねー、そんなに緊張しないで良いですよ。貴女とは、争いませんから」

 

 ほらほら、見て下さいよ、と少女は廊下を指さした。

 そこには――領邦軍の兵士が何人も倒れている。

 血を流して倒れる兵士の一人は、微かに動いていた。まだ息があるようだ。

 

 「ほらこの通りですよー。貴方の潜入のサポートになったじゃないですか」

 「そうかもね。でも私、それで貴女を信じられるわけじゃないもんね。何が狙いって聞いてみよっか?」

 「狙いって程じゃないです。私にとって大事なのは、貴女が()()()()()という事実ですよー」

 

 へらへらと笑った少女の言葉の意味を、熟考している暇はない。

 猟兵の少女は、己の喉元に掌を沿えたのだ。首元についたアクセサリーが、微かに発光をする。

 

 ――不味い。

 ――何があるか分からないけど、今はとにかく不味い!

 ――情報は手に入るだけ手に入れた! 逃げるよっ!

 

 鍛えられた工作員の本能で、目の前の少女の作戦が発動したことを悟る。

 彼女が自分らに攻撃をしてこない、これは本当だろう。だが()()()()()()とは言ってない!

 すうう、と思い切り息を吸った彼女は()()()

 

 「――うわああああああああっ!! 誰かあああああああっ!! 侵入者だあああああっ!!」

 

 喉元のアクセサリによって加工されたその悲鳴は、野太い男性の声へと変化する。

 その音量は遠く離れていた領邦軍の兵士らに届くのに十分だった。

 

 (応援を呼……違う! そういうこと!?)

 

 『意味』を理解したミリアムの行動は早かった。

 アガートラムへと飛び乗り、窓を突き破るっ!

 ほぼ同時、アイリは壁際にあった緊急事態用の非常ベルを押す!

 砕けるガラスの音と共に、けたたましい音が砦に響き渡った。

 

 「さあそれじゃあ、ちょっと暴れましょうかねっ!!」

 

 ミリアムが逃げたことを確認し、アイリは口を歪める。

 暗躍し、工作することが楽しくて楽しくて仕方が無いというように!

 そして胸元から、大量の手榴弾を取り出した!

 

 「イッツ、ショー、ターイムですよっ! あはははははっ!」

 

 そう、好きなだけ楽しそうに暴れれば良い。

 演技も入っているが半分くらいは本音で好きにして良いのだ。

 だって、どうせ、全部『革新派』の仕業だと片付けられるのだから!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「なるほど、我が不肖の娘と仲が良いのか。アルビー家の当主様とこんな場所で出会えるとは」

 

 ユーシスに同伴し、ログナー卿へと挨拶に伺った。

 列車から運ばれてきた『物資』の確認までの僅かな時間だが、彼は時間を取ってくれた。

 折角だから途中まで歩こう、とまで誘ってくれた。

 

 貴族派としてはかなり強引で、且つ積極的な活動をしていると聞いていた。どんな怖いおじさまかと思えば――案外そうでもなかった、というのが出会ってみての感想だ。

 同じ貴族派の人間を粗末に扱うつもりは毛頭ないようで、私を疎むこともしない。

 更に言えば皇帝陛下への忠誠心や、娘への親心やらと、性根はまっすぐで優しい人であるらしかった。

 

 「ま、まあ、私は、暫定で。成人するまでは、保護者預かりの、ご令嬢、なのですけど」

 「いやいや。将来は貴族の一員となるのだ。今から名前に慣れておくのは悪いことではない」

 

 ……まあ私が家名など、使える道具くらいにしか思っていないのは黙っておこう。

 本来は『居たっけ、そんな貴族』と言われるような立場。

 それをしれっと記憶していて、私がその次期当主なのだと知っていた。

 唯の強硬派というだけでは、到底出来ない社交性だった。

 

 アドバイスを素直に聞き入れるふりをして頷いておく。

 代わりにユーシスが、気になっていた質問をした。

 

 「先ほど『査察』とお話されていましたが……具体的な内容を聞いても宜しいでしょうか」

 「うむ、知らなかったかね? 其方の御父上が、先だって注文した品だ。なんでも……通信妨害も行える、一時的に大量の電流を――」

 

 その時だった。

 悲鳴が、聞こえたのは。

 

 

 『――うわああああああああっ!! 誰かあああああああっ!! 侵入者だあああああっ!!』

 

 

 野太い男性の悲鳴。同時、聞こえるのは、三つ。

 一つ、砦の緊急事態を告げる、非常用ベルの音。

 一つ、窓ガラスが割れる音。

 一つ。――爆発音。

 

 ドンドンドンドン! と立て続けに発生した爆発音に、砦が軋む。

 分量はそれほどでもなさそうだが、近い。ぱらぱらと埃が降って来る。

 領邦軍の兵士らが慌てる中。

 

 「――!?」

 

 私は、殺気を感じ取る。

 廊下の奥で、続けざまに再びの爆発音が響いた。

 ますます近い。そして近いだけではない。視界の奥、砦の奥から白い煙が漂ってきている!

 

 「え、煙幕――!?」

 

 余りにも突然の混乱に、領邦軍兵士やログナー侯爵までもが動揺している。

 というか私も物凄く驚いていた。なんで!? 砦に!? 襲撃!? 誰が!? と。

 

 だが身体は勝手に動いてしまう物で、私の足は思い切り振るっていた。

 ログナー侯爵の、脚を狩り、地面へと転ばせていた。

 

 煙幕と共に立て続けに響く爆発音が、奥から此方へと近付いてくる。

 その原因である影を、私の視界は捉えていた。

 

 「あはははは、さー派手に行きますよー!」

 

 その襲撃者が、両手に武器を構えて、此方へとやって来ていたことに。

 無造作に振られた鋭いナイフが、空中で軌跡を描き、綺麗に命を断ち切ろうとしていたことに。

 

 咄嗟に転ばせていなかったら、四大名門の一角が命を落としかねなかった。

 

 「な、何者――!?」

 「侵入者ですよっ!」

 

 煙幕の中で聞こえる声は、聞き覚えがある声。若い女性の声。

 ()()()と正体を確認する暇もない。

 

 「欲しい物は頂きました! 砦から逃げさせていただきます! それじゃまた!」

 

 わざわざアピールをしてまで元気に去って行く。

 混乱がまだ収まっていない領邦軍兵士の間を抜け、そのまま門へと駆け抜けていく。

 最後の最後、顔を隠していたフードがめくれて素顔が露わになった。

 

 私の見間違えでなければ。

 ゾーイ・キャラハンが、哄笑を上げながら、逃げていった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 侵入者が去った後、砦はてんやわんやの大騒ぎになった。

 当たり前だ。

 工作員が、密かに砦の奥深くまで入り込み、廊下の領邦軍兵士を()()()―― 一人だけ息があったようで今治療中だ―― 指令室の中を荒らしまわって情報を奪った、となれば。それはとんでもない問題になる。

 砦の責任者が、列車からの荷下ろしに行っていなかったら、確実に命を奪われていただろう。

 何かが一歩違っていれば――それこそ、居合わせた士官学院の少女が行動していなければ――ログナー侯爵の命まで危なかった、となれば、大事どころの話ではない。

 

 「も、申し訳、ありません。あのままだと、彼女の刃が、命中しそうでして」

 「謝る必要はない、アルビーのお嬢さん。命を助けてくれたこと、感謝する」

 

 直ちに周辺の領邦軍兵士らは集められ、厳戒態勢に入った。

 

 司令官の部屋は荒らされていた。

 どれがどれだけ奪われたかを突き止めるには時間が必要であるとの事。

 

 割れた窓ガラスの理由も判明した。

 窓ガラスの向こう側は、開けた空間――かなり地面までの距離がある空間になっている。崖下には無惨な墜落死体が転がっていたそうだ。

 あの工作員が、兵士を投げ捨てたのだろう……と結論が付けられた。

 

 狙いは何だったのか?――その答えは判明していない。

 ただし誰がこんなことを、という答えは、砦の誰もが一致した。

 『こんなことをしてくるのは改革派の連中に違いが無い』……と。

 

 「ということで、とっとと帰れってさ。この辺からバリアハートまでは厳重に兵士らが巡回するから、歩いても安全だって話してた。装甲車を使って見送ってく余裕はないって」

 「ログナー侯爵は、砦で迎えを待つらしい。侵入者が車も破壊していったそうだ」

 

 ユーシスと私の報告だ。

 《三日月亭》で休んでいた皆はとんでもない話を聞いたという顔になった。

 そりゃそうだ。彼らにしてみれば、直ぐ戻る筈だったクラスメイトが、あわやというところで砦に入り込んだ工作員と鉢合わせて襲われかけた、ということなのだから。

 

 「ふん。まあ怪我がないようで何よりだ。……大丈夫なんだろうな?」

 「だ、大丈夫。ユーシスも歩けるってさ」

 

 マキアスのぶっきらぼうな口調に、返事をした私だ。

 なら行くぞ、と(少々嫌そうにだが)ユーシスと歩調を合わせるマキアス。

 

 (……一瞬見えたのは……ゾーイさんだった。ゾーイ・キャラハン……。何故、彼女が?)

 

 「カタナさん? 皆、行ってしまいますよ?」

 「え、あ、うん、うん。ごめん」

 

 どうして? という疑問は、消えなかった。

 何か意味がある。何かある。

 

 だけど、此処で仮に私が気付いていたとしても――。

 ――もう手遅れだったのだ。

 ――マキアスと、彼女のツーショット写真が、向こうに握られていたのだから。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 数時間後。夕刻。

 

 「やっと休憩が出来るな……」

 「ああ。俺も腹が減った。昼飯の時間消えたからな……」

 

 厳戒態勢は今も続いているが、数時間何もなかったことで、少しだけ砦に余裕が出来た。

 各自が交代で休憩を取る指示が出されたのだ。

 門番の二人は、肩の荷を下ろしながら食堂へと入る。

 

 「結局、ログナー侯爵様は?」

 「先ほどヘルムート様がお迎えにいらした。頼んでおいた積み荷も一緒に回収したそうだ」

 「バリアハートで使うのか。……バリアハートで? あれを?」

 「使い道を俺達が考えても仕方がないさ。飛行艇とか護衛に持たせるとか色々あるんだろ――あ、そうそう。それでヘルムート様からの差し入れ、詳細が分かったぜ」

 

 トレイに乗って出てきたのは、ごく見慣れた食事だった。

 パン。肉。野菜。チーズ。小皿料理が少し。

 そして、添えられているのは水――ではなく。

 

 「……野菜ジュースか?」

 「ヘルムート様が手配した『栄養ドリンク』なんだとさ。効能を調べる意味もあるらしい」

 「……もっと贅沢な物かと思ったぜ」

 「そう言うな。味は良いらしいし、聞いた限りでは元気になれるそうだ」

 

 水じゃないだけマシか。

 頷き合った門番二人は、シンプルなコップを掲げる。

 カチン、と金属をぶつけて乾杯し、それらを飲み干した。

 

 無論彼らは、知る由もない。

 丁度一月ほど前、ルナリア自然公園で栽培されていたモノの情報など。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 《Ⅶ組》の実習開始から■時間後。

 

 「列車で移動なんて久しぶりだったが、まあ乗り心地は悪くない」

 

 バリアハートの駅から出てくる一人の女性が居た。

 

 一見すれば七耀教会の名のあるシスターだ。しかしながら深紅の眼力は、ただの女性にしては強すぎる。深い緑の長髪は美しさよりも逞しさを、口元の微笑みは慈愛よりもふてぶてしい程の自信を表している。シスター服でありながら、歩き方も無造作で、普通のシスターが持っている敬虔さもなく、ともすれば見掛けだけの粗野な女に思えるだろう。

 

 しかしながら――同時に人目を引きつける焔のような華を、持っている。

 優雅さではない。強いて貴族名を出して表現するならば、オーレリア・ルグィンを彷彿とさせる苛烈な輝きとでも言おうか。ただ其処に居るだけで、その存在感が、圧倒的である。

 

 周囲からの注目の目が集まる前に、女は少し息を吐いた。

 途端、巧みに存在感が消える。普通の女性のように気配を雑多な街中にかき消した。

 熟達した者ならば、それだけで彼女が持つ力量を察することが出来ただろう。

 後、翡翠の街を睥睨しながら確認するように呟く。

 

 「トマスの話じゃ、どうも変な「置き土産」があるとかないとか言ってたっけ? まあそれは追々で良いや。私の本業は『古代遺物(アーティファクト)』やそれに類する物の後処理だ。……しっかし猟兵が手に入れて、何を企んでいるのかね。出所も気になるし、こりゃさっさと事情を確認しに行くか」

 

 まずは、こういう時に何かと頼れる古くからの馴染みに合流するとしよう。

 

 「さてどこにいるかな、トビー?」

 

 にやり、と獰猛に笑った女性は、バリアハートの人込みへと消えていった。




全方位にヤバいフラグが乱立しました。
頑張れ《Ⅶ組》。特にマキアス。


Q:そろそろ海とか行きたい
A:3章の実習地先はブリオニア島です。リィンとは別行動。
4章は帝都だから問題は無いとして、6章は多分オルディスになるでしょう。
5章は考え中です。ジュライ特区は難易度が高い。

Q:あんな性格の奴、一生に1回で十分。
マリアベル「あらあら」
ルーファス「それはまた」
アルベリヒ「難儀な物だね」

Q:どこにいるかなトビー?
A:勝ったな。風呂入ってパインサラダ喰いながら田圃の様子見に行って来る。


暁の軌跡は毎日やっている筆者ですが、ピックアップされてる花嫁シリーズ皆可愛い。
トワ会長の花嫁姿が特に素晴らしい。
気になる方は是非調べてみてください。物凄く可愛いので!
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