カタナ、閃く   作:金枝篇

33 / 69
毎度、誤字報告、ありがとうございます。

『創の軌跡』まで残り3日。発売が待ち遠しいですね!
2章の終わりもそろそろ見えてきました。チャージは今回で終了。
次話からアクセルガン踏みです。

では、どうぞ!


潜行開始

 「……さて、こっから、どうしたもんかね」

 

 テロ事件の翌日、もとい翌朝。

 レストラン《ソルシエラ》の2階で、私達は顔を突き合わせている。

 私達、と言っても、部屋の中にいるのは3人だけ。

 つまり私とエマとリィンの3人だ。

 マキアスは領邦軍に逮捕され、ユーシスは実家からの迎えで強制的に連れ戻されてしまった。

 

 あの時。

 ロビーの爆発に気付いた私達が慌てて階下に降りると、燦々たる有様だった。

 美しい磨かれた床も、揃えられた高級そうな備品も、壁紙も、大きなロビーも崩れていた。

 爆発に巻き込まれたらしいフロントにいた男性はピクリとも身動きをしない。

 絶句した後、私は臍を噛んだ。

 

 ――マキアスを巻き込むためだけに、ここまでやるか!

 

 真夜中の轟音で、しかも場所が場所。

 バリアハートの中央にある格式高いホテルでの爆弾テロだ。

 遅くまで営業していた商店や酒場からは野次馬が飛び出し、近くの七耀教会からは慌てて司祭らが飛んできて怪我人を探し、近くの詰所からは兵士が出てきた事態の収拾にあたる。

 混乱の中、そこにオーロックス砦からの援軍が到着。

 マキアスを発見し、そのまま拘束&逮捕となってしまった。

 

 そりゃ最初は無実だと主張をした。

 しかし出された証拠がどれもこれも決定的過ぎたのだ。

 オーロックス砦を襲った謎の侵入者:ゾーイ・キャラハンとのツーショット写真。

 ホテルロビーの残骸から発見された爆弾には、マキアスに宛てた便箋。

 そして現場が()()()()()()()()()()()()()()ときた。

 ここまでのお膳立てを、私達では覆すことが出来なかった。

 唯一、兵士らに()()が出来たユーシスは、素早く、そして強引にアルバレア家の人間に確保されてしまう始末。結果、マキアスは反論の余地なく――連行された。

 

 「ハモンドさんには、感謝だな。あの場で俺達まで捕まっていたら、何も出来ないままだった」

 「に、逃げる時間を稼いでくれたユーシスに感謝、だね」

 「……でもこれからどうしましょう。出歩くこともままなりません」

 

 それでもユーシスが、少しだけ抵抗をしてくれた。

 家臣に対して大声で意見を告げ、周囲の目を引き付けてくれたのだ。咄嗟の機転で私達3人が、現場を離脱するだけの隙を作ってくれた。

 連行されていくマキアスの救助も不可。ユーシスの強制召還の妨害も不可。見捨てるのは心苦しかったが、あの場でじっとしていても何も出来ないことは明白だった。

 リィンはエマを連れて即座に離脱。私は混雑を利用し、ホテルから荷物と武器を回収した後、二人と合流したという訳だ。

 ユーシスが巻き込まれた旨を伝えると、ハモンドさんはレストランの2階を提供してくれた。

 幸運にも、学生3人が隠れるには都合が良い部屋が幾つか空いていた。最近、お弟子さん達が居残って個人修行をしていることが多いらしく、仮眠も可能で、室内灯が点いていても不思議ではない状況。なんとか落ち着いて息を整えた時には、空が白み始めていた。

 

 「……そ、外の様子を見てるけどね、流石に、兵士が多いね」

 

 カーテンの隙間からバリアハートの街を見る。

 オーロックス砦に続いて《ホテル・エスメラルダ》まで被害を受けたのだ。

 領邦軍の兵士も、神経質になる。街中のあちこちに部隊が展開し、その視線は油断なく道行く人々を観察している。……作戦もなく私達が出て行ったら、確実に発見されるだろう。

 

 「ご、合流する前に、兵士の様子を、見てたんだけど。こっちの情報が書かれた、手配書、みたいなものを、持ってる。名目上は『保護』だろうけど……」

 「二人に続いて確保するつもりだろうな」

 「その場合……。カタナさんもリィンさんも、ただでは終わりませんよね」

 

 私とリィンは『終わらないだろうな』と揃って頷いた。

 今回の一件を放置することはできない。

 仮にこのままマキアスの冤罪が晴れなければ、彼は……かなりの厳罰に処される。

 

 「退学……収監……、責任は、マキアスのお父様にも、波及する、かな」

 「なるだろうな。レーグニッツ知事は辞任。その後釜には貴族派の人間が座るだろう」

 「革新派の過激な行いだ、って……世間は見るだろうね、放置すると」

 

 今回の事件を、貴族派と革新派のどっちが仕組んだか。

 私は『貴族派』だと踏んでいる。

 一見すれば革新派が行動を起こしたように見えるし、領邦軍の兵も、末端はそれを信じているかもしれない。だが……ゾーイ・キャラハンの行動が、露骨すぎる。

 

 最初に出会った時、彼女らは護岸の調査をしていた。

 それを手配したのは、ヘルムート・アルバレアだと、語っていた。

 つまりヘルムート氏が、ログナー侯爵にすら内密に行動を起こさせたのではないだろうか。

 ストッパーであるルーファス氏も居ない現状、好き勝手を出来るのではないだろうか。

 

 「で、私とリィンが捕まった場合……この場合『生徒の身の安全のために保護をした』と扱われるんだろうけど……マキアスの立場を質に、色々突きつけられる可能性は、高い、ね」

 

 リィンも私も、貴族。身分としては低いが貴族は貴族だ。それも動向不明の中立っぽい貴族。

 マキアスの余罪を追及しない代わりに、貴族派への恭順を迫る、という可能性はあり得る話だ。

 ……いや、交換条件にもならないな。

 こっちに恭順の約束だけさせておいて、しれっとマキアスを減刑せずに牢屋に放り込む――それくらいはやりそうだ。ここまでご丁寧な冤罪を作ってくるのだから、期待はしない方が良い。

 

 「……わ、私と、リィンだけなら、まだギリギリ……こっそり、動けるけど」

 「私には屋根を使うのは無理ですね……」

 

 窓からバリアハートの建物――の()()を見る。

 翡翠を織り込まれた緑色の屋根は、これを伝って移動できるくらいには、町中に広がっている。

 ホテルからアルバレア家までまっすぐに伸びていた景色を見た時から、使えるとは思っていた。

 これは道だった。

 夜中にこっそりホテルから《ソルシエラ》まで、荷物を抱えて移動する――私には可能だった。

 だが……太陽が出ている中、三人で見つからないように移動しろ、というのは不可能だ。

 

 「……せ、せめて」

 

 せめて、領邦軍に顔が知られていない味方が居れば、取れる手段があるのだが。

 隠密行動ができるのが私だけ――リィンを無理に数えたとしても二人だけで――この状況を覆すには、無理がある。ユーシスが実家からこっそり抜け出してくれる可能性を加味しても、合流までには時間がかかるだろう。

 この状況下、何か行動をしようにも、そもそも行動するためのパワーが少なすぎるのだ。

 ……だが待っている内に、時間はじりじりと過ぎていく。

 

 ――本気で……アサシンするか……?

 

 ブランクはあるが、思考と行動とを徹底的に()()()、私一人で潜入工作は……出来なくはない。

 実習は――つまりバリアハートにいられるだけの名分は、今日まで。

 マキアスを救助するのは、今日中でなければならない。

 それを過ぎれば、もう完全に彼の冤罪を拭うことは――私達には、不可能になる。後は大人の領分になってしまう。それはそれで解決の目途が立つかもしれないが……《Ⅶ組》としては終わりだ。ならば。

 

 「カタナ。それはダメだ」

 

 私の目付きがどんどん悪くなっていくのを見て、リィンが止めに入った。

 肩を捕まれ、落ち着け、というように真正面に彼の顔が来る。

 真摯で凛とした表情。私はちょっとばかり眩しくて、目を逸らす。

 ……くっ、これだからこの男は!

 

 「それをしたらマキアスが助かるかもしれない。だけどカタナが一人だけ苦しむことになる」

 「……じゃ、じゃあ、どうする」

 

 話をしたのだ。

 これから学院生活を楽しめるようになりたいと、そう言っていた。

 その彼を放置なんか出来ないだろうが!

 

 「それは俺も同じ気持ちだ。――だからやるなら、全員でだ」

 「そ、その、全員で、をする余裕がないから言ってるんだけど!」

 

 私の主張に、リィンはそれはそうだが、と頷くも引き下がる様子はない。

 エマが落ち着いてください、と間に割って入る。……確かに私が今、少し興奮しているのは認めよう。だが他の方法がないならば、私はこの選択を――。

 

 ――トントン。

 ――部屋の扉が叩かれた。

 

 「……相談しているところを悪いが、良いだろうか? 君達に客人が来ているよ」

 

 ハモンドオーナーの声だった。

 ここに匿ってくれた彼が、今更私達に不利なことはしないだろう。

 私とリィンは、至近距離での睨み合いをやめ、呼吸を整えつつ、どうぞ、と許可を出した。

 果たして入ってきたのは。

 

 「……話は聞いたぜ。サラの話していた通り、元気な学生達だ」

 

 金髪の、背の高い青年。

 そして――。

 

 「や、助けに来たよ」

 

 フィー・クラウゼルだった。

 ……待って。なんで、此処にいる?

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「こっちがやばいって話を聞いてね、私だけ移動することにしたんだよ」

 

 呆気に取られた私達に、フィーは自慢げな顔で説明をしてくれる。

 

 「……セントアークから?」

 「そうだよ。実習中に別の実習先に援軍に行ってはいけない、とは言われてない」

 「いや言われてないけどさぁ!」

 

 言われてはいないだけで、普通はやっちゃダメな奴だぞ、それ。暗黙の了解で。

 

 「鉄道憲兵隊(T・M・P)だっけ。そこの人が、バリアハートで不穏な動きがある、って伝えてくれた。それで昨晩、ギリギリでチケットも取れたし、夜行の飛行客船に飛び乗って、さっき到着した」

 

 向こうでの実習には、支障がないはず、とのこと。

 まあ……B班のメンバー(アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス)的にフィーが抜けても問題はないだろう。

 確かに今喉から手が出るほど欲しい戦力だった。それは認める。

 ならば飲みこもう。今はフィーの行いにあれこれ言う余裕はないのだ。

 

 「……実習が終わったら一緒に怒られよう。カタナも委員長もそれでいいな?」

 「ん、それで、良い。……フィー、状況はどこまで?」

 「大体はそこの人から聞いた」

 

 そこで彼女は、壁に寄りかかっていた男性に目を向ける。

 白い服に身を包んだ、青年。金髪に穏やかで活発な笑顔がよく似合っている。

 ……なんか見覚えが、あるんだけど。

 

 「……確か、えっと……トヴァル……トヴァル・ランドナー、さん?」

 

 私の言葉に、青年はにかっと笑って頷いた。

 

 「実はサラから、こっそりとフォローをしてくれと頼まれててな。流石にここまでの大騒動になるとは思っちゃいなかったが……ま、規模が規模だ。出来る範囲で手伝わせてくれ」

 「願ってもないことです。よろしくお願いします」

 

 リィンは進み出て、トヴァルさんの差し出した手を握り返す。

 彼の助力は確かにありがたい。ありがたいが。しかし私としてはちょっと複雑だ!

 空気を読んで黙ってくれているが、彼は遊撃士。それも元帝国所属の凄腕アーツ使い。……要するに帝国遊撃士協会の襲撃事件の、被害者!

 サラ教官に続いて二人目だ。私と直接に顔を合わせたことはないが、噂は聞いている。

 ああ、あと、あれだ。

 

 「……どっかで聞いた名前だと思ったら、クロスベルだ」

 

 フィーが思い出したらしい。

 そう。四月にクロスベルに行った時に、エステルらから伝えられていた。

 エステルとヨシュア、そしてトヴァルさん。この3人が協力し、アルスターという街で事件を解決したと聞いた。《審判の指輪》と呼ばれる《古代遺物》を巡っての事件だったと話していた。

 帝国での遊撃士の活動は大きく制限されている&殆どの支部は閉鎖されているが、トヴァルさんは理解ある貴族の支援を受け、細々と活動を続けているらしかった。

 

 「さて、そんじゃ雑談してる時間もないだろう? レーグニッツのご子息を助ける方法だ」

 

 私の複雑な目線に、気付いていないわけではないだろう。

 何度も視線がぶつかっている。けれども彼は、今はそれどころじゃない、と言うかのようにスルーした。

 ……心遣いに感謝しておこう。私は嘗て、彼の敵で、彼の仲間を傷付けた身。それを後回しにして、今は友人らを助けてくれるというのだから、私はそれに、全力で乗るだけだ。

 トヴァルさんは懐から古びた地図を出すと、広げて見せてくれる。

 顔を突っつき合わせる私達。その視線が、ある一か所に集まった。

 

 「ヘイムダルに限らず、帝国の大都市の地下には、ほぼ必ず地下水路がある。大都市は《四大名門》が治めているからな……昔から、緊急時の逃走経路が組み込まれてるんだ。バリアハートも例外じゃない」

 「お詳しいんですね?」

 「その身で経験したからな」

 

 エマの言葉に、にやっと笑ったトヴァルさんは、ここだ、と指をさす。

 駅前通りの南。小さな坂を下った先に、地下への入り口がある、と教えてくれる。

 ああ、確かに、あった。バリアハート市内を探索中、鍵が掛かって入れない扉が。

 

 「サラからの手紙にも、いざって時にここを使えって旨が書かれてた」

 「鍵……は、開いてませんよね」

 「ピッキングなら私とカタナで出来る。よっぽど複雑な構造じゃない限りは」

 

 密かに実習をフォローして欲しい、という要件以外にも幾つか手紙が来ていたとの話。

 その中には、いざという時の行動ルートも書かれていて、バリアハート地下の資料も乗っていたそうだ。……そつがない、とはこういうことを言うのだろう。

 

 「マキアスさんは現在、領邦軍の詰所にいるはずです。かなり厳重な警護の元かと」

 「まあ、傍から見たら超一級の危険人物だよね。でも逆に言えば、一番奥なら……水路に繋がってそう。逆に救出しやすいかも」

 「都市と一緒に維持されてきた物ならば、重要設備には大体繋がってると考えて良いと思う。……使わなければそれで良かったんだろうがな……」

 

 リィンの言葉に一同が頷く。

 ……使う羽目になった現状を嘆いてもしょうがない。今は行動あるのみだ。

 

 「地図は渡しておく。お前達が地下に入るまでしか俺は手伝えないからな」

 「ト、トヴァルさんは……別行動、ですか?」

 「ちょっと待ち合わせの予定が入ってる。合流してお前らを追いかけるか、領邦軍に介入して状況を遅らせるかは、その時の判断になるが……俺が地下に行くよりかは確実だ。最悪、そっちが失敗して全滅しても、()()が動けばフォローが効く。《Ⅶ組》とは関係がない俺が一緒に動いたら何かとややこしい」

 

 なるほど。

 トヴァルさんの現在の立場は()()()()()()()()()()()()

 仮にマキアスに肩入れするならば、領邦軍側からすれば『革新派の協力者』に見えるだろう。

 その状態で、仮に失敗をしてしまったら。

 トヴァルさんが合流を狙う『援軍』が誰であれ、その女性がマキアスに干渉するには、トヴァルを助ける→マキアスを助けるというワンクッションが置かれてしまう。

 さらに言えば、トヴァルさんを後援してくれている貴族にも被害が届いてしまいかねない。

 私達だけならば『クラスメイトを思ったら、若気の至りで暴走しました』で言い訳が出来る。

 捕まった後に、先に話した通り、貴族派への勧誘だの交渉だのに持ち込まれるかもしれないが……トヴァルさんと援軍らが助けに入る余地は残るし、介入のハードルは確実に下がるだろう。

 

 「となると、後は……地下の入り口まで、どうやって行くか、ですね」

 「…………ん」

 

 エマの言葉に、窓からの様子を確認した私は、手を挙げる。

 それに関しては、私に良い作戦がある。

 

 領邦軍が、どんな情報を元に、私達を探しているのか。

 鮮明な写真を手に、通り掛かる人々の顔を逐一細かくチェックしているか、といえば多分、違う。マキアスとユーシスだけなら兎も角、こっち三人の写真を手配する時間も足らない筈だ。

 街中に展開する全員が全員、じっくりと観察はしていることもないだろう。

 

 「えっと……、く、黒髪の少年が1人、同じくらいの年齢の眼鏡の美少女が1人、それより年下の、小柄で長い髪の娘が1人。これが3人で行動をしてる――という当たりじゃないかな、と思う」

 「確かに私もトヴァルさんも、殆ど注目されなかったね」

 

 因みに私達は全員私服に着替えている。

 学院の制服は『見つけて下さい』と言っているようなものだからな。

 幸いにしてバリアハートは服飾業も盛んだ。雰囲気をガラッと変える衣装には困らなかった。

 

 「で、た、例えば。私達が、個別で、一人で動いていても、見つかる、と思う。向こうも仕事だし、目敏く。そうなると、方法は二つ。一つは、見つからないように動く。もう一つは」

 

 見つからないように動くのは、日が昇った今では困難だ。

 身のこなしも要求される。エマには苦手な分野だろう。

 だから逆転の発想だ。目に入ってもスルーしてしまう振る舞いをすれば良い。

 

 「目の前を歩いても気付かれないように、組み合わせを変える、……た、例えばね? リィンが私達と動いたら目立つ、けど。トヴァルさんと、仲が良い友人同士って感じで歩いたら、どう?」

 「……なるほど」

 

 1人でも3人でもなく、フィーやトヴァルさんを合わせて、2-2-2と別けて動くのだ。

 エマには眼鏡を外して貰い、フィーと姉妹のような形で動いて貰えば良い。

 トヴァルさんもフィーも、領邦軍の情報には載っていない人物だ。あとは堂々と振舞えば、地下水路の入り口に行くまでは誤魔化せるだろう。

 

 「俺とトヴァルさんで組んで、委員長とフィーで組むとして、カタナはどうするんだ? 隠密行動か?」

 「……まあ、ちょっと良い感じの人が居たから……」

 

 カーテンの隙間から外を見る。

 特に知り合いと言うほどでもないが、どっかで見覚えがある男性が疲労困憊だった。

 ちょっとだけ手伝ってもらおうっと。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ということで、私はこの人と歩いている。

 

 「まさかクロスベルに続いて帝国でも出会えるだなんて……これは女神様のご加護なのかもしれない……。そう、きっとそうだ。生誕祭で振られ、創立記念祭でも振られた僕は、彼女と出会うのが定められていたに違いない……! ここは気合を入れよう、がんばれアントン……!

 「あ、あの、ぶつぶつと、何か、ありましたか?」

 「い、いやいや! ただこうして歩くのに緊張しているだけさ! 再会に驚いていてね!」

 

 私の隣で紅潮しながらも頑張って会話を続けようとしている、この男。

 名前をアントンという。

 ……アントンという。

 

 いやね、この人のことは確かに昔から知ってはいるんだよ。

 向こうはクロスベルで出会ったのが初めてだと思っているようだけど、実際はもっと前から顔を見ていて、知っている。

 リベール王国のグランセルで、微妙に気持ち悪い視線で道行く女子を眺めていたこととか。

 ……ジェニス王立学園に忍び込んでいた時、卒業名簿に名前があったのも、さっき思い出した。

 

 「そうですね。私も……またお会いするとは、思っていませんでした。クロスベルに続いて」

 「そ、そうかい!? そうだよね、うんうん、やっぱり運命ってあると思うよ!」

 「あの時は、お財布を無くされていた様子でしたが……今回は、何も無くされては、いませんか?」

 「リックスを……見失ったくらいかな……」

 「お、大事じゃ、ないですか」

 

 確かアントンには、常に一緒に旅に付き合ってくれている友人がいた筈だ。

 その人、大事にしなさい、と思う。

 女の子に、浮かれてないで。

 

 まあ、とはいえ。

 地下水路に向かうためのカモフラージュとはいえ。

 今の私は工作員ではなく、女学生で、悪辣なことはあんまり考えない女の子なのだ。

 たとえ一時的といえども、一緒に並んで歩く以上、心を砕いて気遣ってあげるくらいは、しよう。

 ちょっと情けないが、悪い人でないことは確かなので、騙すのも良心が咎めるし。

 

 「蝶々、お好きなんですか?」

 「蝶々も好きだね! 帝国に来たのは初めてだけど、色々なものがリベールと違ってて、つい目移りしちゃうかなぁ……ええと、カタナさんは何か好きな物とかは?」

 「が、学院生活、でしょうか。楽しいです。……今もこうして、急いでクラスメイトと合流をしなきゃと、考えている、くらいには」

 「学生……。……学生だったのか……。僕より年下……。可憐だ……。学生トークなら僕にも出来る……! と、得意科目とか、あるのかい? 僕は社会課を専攻してたんだけど」

 「ち、近いかも、しれませんね。私は……歴史も、好きなので」

 

 私の返事に『これは良い反応では!?』と内心で喜ぶのが見えた。

 ……やっぱり悪い人ではないんだよなぁ。

 余りにも一般人過ぎるだけで。思考がダメ人間手前なだけで。

 

 掌で操るつもりはないので、作り笑いでも愛想笑いでもない、まあ普通の態度で、丁寧に言葉を交わしていく。傍から見れば男女の旅行者にしか、見えなかっただろう。

 トレードマークの長い髪は体に巻き付けてあるし、眼鏡で印象も変えている。

 何人もの領邦軍兵士の前を通り過ぎたが、誰一人として私に注目する人はいなかった。

 

 (オーロックス砦の兵士もこっちに派遣されてるね……)

 「カタナさんは、ここ、この後どうするんだい? いやこの後じゃなかった! そう、学校に戻ったら!」

 「この後は……クラスの皆と、過ごします、けれど」

 

 少し考えて、こう返す。声が届く範囲に、領邦軍の兵士の姿は、ない。

 

 「機会があったら、トールズに足を運んでみて下さい。学園祭の時とかは、歓迎できますし」

 「! 是非! うんうん、是非とも行かせてもらうよ!」

 「わ、私も、帝都には足を運びますし。……まだ帝国内を旅しているならば、機会が合えば、またお話ができると、思います」

 

 私の微妙な活舌の悪さ、コミュ障な部分も、彼にとっては違って見えたらしい。

 『僕を誘うのに若干照れてるんじゃないか!?』――と頭の中で期待しているように見えた。

 社交辞令をここまで本気にされても困るんだけど。

 ……まあ口に出した以上、今度また再会したらその時も、多少時間を割くくらいはするよ。

 

 「あ、リックスが居たよ。……この時間が終わってしまうのは残念だけど」

 「私も、友人らと合流できそうです。今度は蝶々を追いかけて街道に迷い込む、なんてことが無いようにして下さいね。怪我とか、大変ですよ」

 

 名残惜しそうにするアントンに、私は静かに『有難うございました』と頭を下げる。

 駅近くのベンチに座っていたのは、こちらも微妙に見覚えがあるリックスさん。

 私は最後に軽く手を振って、そのまま駅近くの坂を下った。

 既に、全員が集まっていた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「待たせた。具合は?」

 「も少し」

 

 恰も河を見ながら話しこんでいる様子の、リィンとトヴァルさん。

 どうやらブライト家の話題に触れているらしく、中々盛り上がっている。

 エマから借りた眼鏡を掛けていると、凛々しさに賢さが足されている。中々様になっている。

 

 その二人に隠れるように、フィーとエマが鍵の解除に取り掛かっていた。

 ヘアピンを駆使してピッキングをする二人。

 小さくエマが呟く。――Aperio(開け)

 かちゃり、という音と共に、大きな錠前は外れてくれた。

 頭上に居る人々に悟られないよう、慎重に扉を開ける。

 

 「……健闘を祈るぜ、四人とも!」

 

 サラ教官とも急ぎ連絡を取って、出来るだけ早く援護に向かう。

 トヴァルさんは激励の言葉とサムズアップを残してくれた。

 

 ゆっくりと扉がしまる。

 

 「……よ、よし。ここまでは、来れたね」

 

 扉が閉まり、完全に自分らしかいないと確認したところで、大きく息を吐いた。

 

 「ナイス、カタナ。作戦成功だな」

 「こ、こっからが本番、だけどね」

 「一番の関門は突破した。ここからは……暴れて良い。やりやすくなったよ?」

 

 エマと姉妹の演技をしての隠密行動は、中々堂に入っていたフィーだった。

 しかしそれよりかは、自由に戦えるこの空間の方が性にあっているらしい。ガンブレードを取り出している。

 エマもリィンから眼鏡を回収し、魔導杖を確認。

 私はシャツの下に仕舞い込んでいた長い髪を開放し、眼鏡も外す。補助導力器も再起動させる。

 各々、武器と装備を確認。忘れ物はなしだ。

 

 風が流れてくる方向を見る。

 地上での、詰所までの距離を概算し、地下に落とし込む。西に数エリア、といったところか。

 合間合間に柵もある。少々時間がかかりそうだが、ここまで来たら突っ走るだけだ。

 

 「……意外と綺麗ですね。地下の基礎にも、翡翠が含まれてるようです」

 「人の出入りも、あるみたいだね。魔獣除けの非常灯は、点いてる」

 

 定期的なメンテナンスもされているのだろう。工事に使う道具も置かれていた。

 扉の近くに、コンテナに収まった建材や角材も見えている。

 ……なんとなく、嫌な予感がして、コンテナを開ける。

 中には鉄パイプが収まっているだけだった。

 ……考えすぎかな。

 

 「……ゾ、ゾーイ・キャラハンが待ち構えてる可能性はある。警戒して、急ごう」

 

 こうして私達は、動き出した。

 楽しいこれからの学院生活を、守りたい、という理由のために。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「待って。トヴァル、今なんて?」

 「だから地下水路の話だ。サラだろ? いざって時はそこを使えって手紙をくれたのは」

 

 古い付き合いの友人の言葉に、サラは愕然とした。

 

 「……()()()()()()

 「……なんだって?」

 「()()()()。確かにフォローこそ最初にお願いしたけど……()()()()()()()()()()()()()!」

 「待て。じゃあ俺に手紙を出したのは……まさか、あいつらを地下に誘導させるためかっ!?」

 

 

 ――翡翠の地の底で、血と血を巡る戦争の幕が上がる。




Q:フィー、掟破りの合流。
A:実習途中で他班フォローのため、移動して合流がダメとは言われてない! 次は無いけど。
 ミリアム → レクター → クレア → セントアーク組、というルートで情報が渡った。
 アイリがやばいと思った《子供たち》による超ファインプレーである。

Q:アントン「また会えるかなあカタナさん……」
A:カタナの師匠はシャロン。そしてシャロンとアントンは意外と良い関係。後は分かるな?

Q:トヴァルと頼れる大人の皆さん。
A:サラ教官、トヴァル、アイン総長。合流できれば敵はない。……合流できれば!


さあシナリオクライマックスボスとの戦いが開始です。
敵側の伏線も巻き終わりました。
ガザックドーベンは「前座の前座」でしかありません。

次回は筆者が『創の軌跡』をやるので遅れるでしょう。
でも『創』ネタもこの先どんどん入れていくと思います。
皆さんも是非楽しんで来て下さい。

ではまた次回。
感想・評価・お気に入り登録などなど、お待ちしてます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。