カタナ、閃く   作:金枝篇

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誤字報告など感謝。

『創の軌跡』は順調に進んでいる筆者です。
まだ全部クリアしていません!
でも要所要所で見えている《C》さんのあれやこれやは色々確認済み。

とはいえあれは帝国の話が終わってからの物語。
終わるまでは鉄血宰相も彼も、基本は悪役(?)の立場に座ってるでしょう。
この先もゆっくり、しかし確実にですが進めていこうと思います。


第二章シナリオボス、スタートです。
感想評価お待ちしてます。


では、どうぞ!


死の牙

 手を抜く余裕はなかった。

 仄暗い水路の中、駆ける影が二つ。

 カン、と地面に転がるフラッシュグレネードの音。

 音はしない。爆発音が、この先にいる詰め所まで響けば、救助は出来ないからだ。

 故に閃光のみの一発――。

 

 (……速攻で、決めるっ!)

 

 3、2、1と数え、続けて響く閃光。カウント0の瞬間のみ目を閉じ、一秒後に開ける。

 周囲を照らし、目を晦ます輝きの中に隠れ、私達は駆け抜ける。

 片方は私。もう片方はフィー。連携とともに、領邦軍の兵士らを狙うっ!

 意図的に水音を響かせ、方向を誤認。壁を足場に、兵士の側面からガンブレードを振りぬく姿。

 その陰に隠れて、背後に回り込む。

 間隙を縫い、私の身体は兵士にへばりついていた。

 背後から飛び掛かり。

 蛇の如く、首筋に、生足を絡めて。

 身動き出来ない相手の首を、決める……っ!

 

 「ぐ、……かっ……!」

 「寝て、てね!」

 

 ぱくぱくと呼吸を求めて口を動かす兵士。

 だががっちり締め付けた足は、肩の可動域までも封じている。抵抗は無意味だ。

 手に持った『獲物』が無事使えることを確認しつつ、それで首を全力で絞め。

 

 「し、ぃや……っ!」

 

 体重を掛け、領邦軍の兵士を床に引きずり倒した。

 その時にはもう、完全に兵士は意識を失っていた。口の端に泡を吹いている。

 一瞬で数人を鎮圧し、私達は息を吐く。

 

 「……一丁、上がり」

 「ん、死んではいないね」

 

 頸椎は、折れていない。数時間もすれば目を覚ますだろう。

 フィーと無言で拳をぶつけあってユーシスへと振り向いた。

 闇討ちと不意打ち……ヨシュアさんの技量には負けるが、私とフィーの二人掛かりで、油断している兵士を数人なら、なんと言うことはない。

 

 「ユ、ユーシス、無事?」

 「……ああ。無事だ」

 

 状況を説明するなら、一言で終わる。

 密かにマキアスを救助しようと、アルバレア家から地下水路に抜けてきたユーシスを、兵士が追いかけて来ており、私とフィーで返り討ちにしたのである。

 そのユーシスはといえば、私とフィーを見て若干顔が引き攣っていた。

 少々以上に荒事慣れし、手段を選ばずに一蹴した光景が、衝撃的だったらしい。

 ……まーエグい戦いを見せるのは、初めてだもんな、彼には。

 視線は、長い髪に向けられている。

 

 「……意外だった? これで絞めるの」

 「いや、まあ、冷静に考えれば、確かに一番適した使い方ではある……な……」

 

 もちろん武器を持たせるサブアームになるし、補助導力器も便利だ。

 だがユーシスの傷を治療したワイヤーも、長い髪も、結局は()()()()()のに一番適している。

 つまり、首を、だ。

 その特性を存分に使ったというだけだ。細いし頑丈だから切断されにくいし。

 大型の蛇は、相手が衰弱するまで胴体で締め付ける。同じだ同じ。

 

 「気持ち悪くないんです?」

 「こ、拳で人を殴るのと同じ感覚だよ」

 

 方法が違うだけで、肉体を使って他人を傷つける訳だからな。

 そりゃあ、少しくらいの抵抗は、あるよ。

 別に好きで兵器として使うわけではない。女の魅力の一つとして、毎日磨いている。

 けれども、使えるならば死体でも使え、というのが戦場の鉄則だ。

 ここは既に、敵の懐の中。のんびり手段を選ぶ時間は無い。死なせないだけ、まだ良いほうだ。

 私の言葉にフィーだけは「そだね」と頷いていた。

 さておき、時間が惜しい。先に進まないと。

 

 人数が増えたことで、ますます行動はしやすくなった。

 というか、このパーティってあれだよ。入学式のメンバーにユーシスが入った構成だ。

 あの時のように私とフィーで偵察。リィンにユーシスが攻撃し、エマがバックアップだ。

 

 「あの兵士ら以外に、ユーシスを追いかけてくる奴は……居ないね」

 「父上が勝手に実行したことなら、兄上の息が掛かった者を抑えるのに相当の手駒を使うはずだ。お陰で本家内の警備は手薄だった。……つまりそれ以外の場所は、全く期待出来ないという意味だがな」

 

 おそらく通信網や手紙、輸送路なども押さえている、と彼は続ける。

 余計な邪魔をすることだけは得意だ、と苦々しい口調だった。

 

 「昨晩、速達で兄上に連絡を送りはしたが……受け取れるかは、怪しいところだ」

 「ひょっとして他の問題になりそうな通信や手紙を検閲したりとかも……?」

 「無いとは言い切れない」

 

 嫌な情報ばっかり手に入る。

 でもまあ、足を踏み入れてしまった以上、もう覚悟を決めるしかないのだ。

 一刻も早くマキアスを救助して―― 一刻も早く、脱出する。今の最善手は、それだ。

 ユーシスの道案内を再開。私達は、地下水路の奥へと進んでいく。

 道中の落とし格子も解除。おそらく保存用の食料や、緊急時用に保管されているアイテムを奪って(宝箱を開けて)、出来る限り素早く、静かに、確実に。

 

 「もう直ぐだ。……一方通行の扉があるが……」

 

 今更、その程度は障害にもならない。

 頑丈な扉をフィーと私で解除し、詰所へと踏み込むのは容易かった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「エ、エマ、リンクお願い。フィーと私で切り込むから、追撃」

 「分かりました。幻術で行きます」

 

 静かに頷いた少女の目付きを見て、エマは彼女の焦りを感じ取った。

 緊張をしているのではない。警戒心が強いまま、一刻も早くこの場を離れたい、と語っている。

 リンクの先から察する焦りの原因は、ゾーイ・キャラハンだ。

 彼女がどこかに罠を張っているのは間違いがない。

 殊更に、裏社会に詳しいカタナとフィーの顔は、常に緊張の糸があった。

 勿論エマや、フィーとリンクを結んでいるユーシスにも、この状況下での緊張感はある。

 しかし彼女ら二人から飛んでくる意思は、はっきりといえば――震えていた。

 

 「……怖いんですか?」

 「こ、怖いっていうか、……気持ちが、悪い」

 

 長い髪を伸ばして、屈む姿勢にゆっくりと移る中、カタナは静かに話す。

 べったりとした空気は、ここが地下水路で湿度が高いから、ではないだろう。

 経験を積んだ兵が持つ警鐘が、彼女の中でずっと鳴っているのだ。

 

 「エマは、関わったことがないタイプの人、だから。悪意と、殺意とを孕んだまま、執念で動くような人。ミラの為に手を汚し、それ以上に自分の為に、手をもっと汚せる、そういうタイプの、……邪悪な人を知らない、から。……知らないほうが良いんだけどね」

 「……サラ教官を飲み込んだ、あの()()()みたいなのです?」

 「もっと即物的……というか、地に足を付いたタイプの思想だと、思うけど。近い、かも」

 

 そこまで告げて、彼女は最後に付け加える。

 『……私の、嫌な予感は、よく当たる』と。

 

 「行くよ、全員構えて」

 

 フィーが静かに瓶の用意をしていた。

 蓋を慎重に開けたその中身は、かなり強烈な刺激臭を発生させる薬品だ。水溶性で、大量に吸い込んだとしても副作用も少ないモノ。

 音も光も、他の兵士を呼び寄せてしまう、となるとこれが一番良いのだとか。

 全員が濡らしたハンカチで口元をしっかりと覆っていた。

 慎重に、詰所の独房への扉を開けて。

 フィーは、その中に瓶を――放り投げた!

 

 パリン、と瓶が割れる音。

 同時に漂ってくる、濃縮した煙草のような臭い。

 薬品漬けにされた生物標本にも近い香りは、瞬く間に周囲に拡散。

 

 「なんだ、今の音……ぐぅっ!?」

 「お、おぇっ、この臭、い……はっ!」

 「毒ガス……か。……うげ、うげえええっ!」

 

 思わず鼻と口を押える兵士らを確認し、目で合図をした斥候二人が駆け抜ける!

 呼吸を躊躇うほどの刺激臭だ。

 異常ありと連絡をすることも、笛を吹くことも出来ない!

 

 疾風の如く動いたフィーが飛び蹴りで扉前の見張りを無効化。そのまま背後に下がりつつ、マキアスを監視していた兵士の懐に潜り込む。相手の腹に向かって続けざまに放たれた弾丸(非致死性。消音機付き)を受け、その男は崩れ落ちる。

 一方、地面を這うように駆け抜けたカタナは、片方に掴んだ小太刀で二人目の見張りを転ばせる。その始末はこちらに任せ、扉前へと素早く移動。壁際の非常ベル、その回線を切断。

 

 異臭で呼吸もままならない混乱の中、二人の影だけが周囲を蹂躙していく。

 だがそれでも伊達に領邦軍と名が付いているわけではない。

 二人の攻撃は確かに早く正確だが、その分軽い。

 まだ身動きと抵抗が可能な兵士が、何とか起き上がる中。

 

 「させるかっ!」

 「そ、そうでした! 《シルバーソーン》!」

 

 素手で飛び込んだリィンが、意外なほどの身の熟しで兵士の顎を狙う。

 太刀をしまったのは、狭い空間での取り回しに気を付けるため。八葉一刀流には素手の型もあるらしく、掌底で叩き込まれた衝撃が、意識を刈り取っていく。

 エマも負けてはいられない。

 先ほどの地下水路で確保した結晶回路(クオーツ)を発動させ、目立って大柄だった、タフネスある兵士に放つ。銀色の輪が相手を取り囲み、その光が思考を麻痺。ゆっくりと兵士は倒れこんだ。

 

 「……よし……ばれてないね?」

 「ば、ばれてはない。でも咄嗟に、回線を切断しちゃったから。様子を見に来られる、かも」

 「それはしょうがない。ここで時間を稼ぐだけ稼ぐ」

 

 再びのアイコンタクトで素早く動きだす《Ⅶ組》最小コンビ。

 エマはそれを微笑ましく思いながらも、いやいやそんなことを考えている場合じゃなかったと気を入れなおす。見ればリィンは既に兵士の懐から鍵を拝借し、マキアスを解放していた。

 目の前で起きた騒動で目を白黒させている。

 若干顔色が悪いのは――。

 

 「委員長、マキアスに回復を頼む。さっきの臭いで鼻をやられたらしい」

 「あ、はい! とりあえず、これで目をしっかり拭って下さい。水溶性なのでしっかり濡らせば消えると話してました。で、今《ティア》を掛けますね」

 「立てるな? 状況は分かるな? 援軍が来る前にさっさと退散するぞ」

 「き、君たちは……なんて無茶を……。……あ、うん、助かった委員長。だいぶ楽だ」

 「無茶ではない」

 

 ユーシスがきっぱりと告げる。

 

 「これは明らかに親の不始末だ。お前に責任を負わせるのは、子として看過出来ないだけだ」

 「……素直じゃないな」

 「君にだけは言われたくはない」

 

 ユーシスの手を借りたマキアスは、牢屋から出て大きく肩を伸ばした。

 よっぽど窮屈だったらしい。一歩間違えれば周囲の人間全部が牢屋行きを免れない状況。肉体よりも精神的に負担が大きかったはずだ。無理もない。

 それでも何とか行動は出来るようで、《ティア》と幾つかの料理(《ソルシエラ》でカタナが、栄養ドリンクとしても十分だと追加購入した)を口に含めば、活力は戻ったようだった。

 

 (今度カタナさんに頼んで、別のレシピでも頂きましょうか……)

 「マキアス、はいこれ武器。ホテルにあったのは回収しておいた。持ってって。……使う可能性がないとも限らない。地下水路には魔獣も居る。追加で私の持ってる弾丸も渡しておく。焼夷弾は使ったって聞いてるから」

 

 カタナに仕上げを任せたフィーが、戻ってきていた。

 

 「……今聞いておくべき話なんだろうが。……この状況を作ったのは、ゾーイさんなのか?」

 「そうだ。俺達は皆、そう結論付けた。この後襲われるかもしれない。急ぐぞ」

 

 きっぱりとしたユーシスの言葉に、マキアスは暫し絶句し。

 しかし自分の中では既に結論が出ていたらしい。そうか、と残念そうに頷いた。

 考える時間は、事実を理解するだけの時間は、沢山あったからな、と呟く。

 

 「カタナ。そっちは?」

 「い、今、終わる」

 

 まず出入り口の扉を、机や椅子で塞ぐ。

 兵士から衣服を奪って、それらを束ねてロープを作り、椅子や机らを連結させて、がっちりと牢屋の柵に固定する。気絶した兵士らは猿轡を噛ませ、そのまま牢屋に放り込み、鍵をかける。

 

 「…………!?」

 「カタナさん、どうしました?」

 

 彼女は、ひと際に大きな、先ほどエマが気絶させた兵士を見て、押し黙る。

 その瞳は、毛深い腕に注がれていた。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()

 続けて彼女は、周囲に散乱した詰所の備品、兵士らが使っていた道具に目を配って。

 まさか、と小さく呟いた。

 

 「――逃げる」

 「え、ええ、逃げましょう」

 

 端的な一言は、さっきまでの相談内容と同じだったが。

 しかし彼女の瞳は、これ以上なく真剣(ガチ)だった。

 

 「急ぐ。……ゾーイの部下がいるとは予想していた。していたけど! ……それへの強化が加わってるとか最悪、過ぎる……! 想定しておく、べきだった!」

 

 エマには見えない何かを、彼女は詰所から把握したらしかった。

 全員に走るように指示を出し、出来る限り追跡者が進みにくいように扉を施錠しながら、来た道を戻っていく。

 その剣幕に、フィーやリィン、つまり戦闘の経験がある面々は気合を入れ直す。

 ユーシスもまた、地下水路から先の不意打ちまでの間に知った、彼女の嗅覚を信じた様子。

 

 「エマ。……さっき話してた、敵の話なんだけど。……躊躇なく、エマの命を狙ってくるようなタイプだから。……覚悟を決めてとは、言わない。で、でも出来る限り、頑張って。死ぬ気で」

 「……こっちは六人だし、一応全員装備とARCUSを持っているぞ。それでもなのか?」

 「あ、甘い。マキアス。私達が、6人居るとか、関係ない。人数の問題じゃ、ないの」

 

 カタナの言葉を受け取って、フィーが続ける。

 

 「そだね。6人だろうが60人だろうが『敵を始末しないといけないなら方法を選ばない』。それが猟兵。本当に自分の身が危なくなったら逃げるけど、逆に言えば、それまでは仕事を遂行する」

 

 それが猟兵。それが死神。

 言葉に秘められた確固たる重さに、マキアスの表情も、強張った。

 先頭を走る彼女の速度は、殆ど全力疾走に近い。

 必然、一番足が遅いエマが最後尾になる。カタナが見かねて、エマの真横に並ぶと。

 

 「ちょっと、失礼、するよ!」

 

 エマの背中と膝に手を伸ばし、そのまま横抱きに。

 所謂『お姫様抱っこ』で持ち上げると、速度を上げる。

 瞬く間に、前を走る男子三人を抜き去り、フィーの隣に。

 

 「……重くないの?」

 「重いよ! でも武器担ぐよりは楽!」

 「二人とも、はぁ、失礼、はぁ、ですねっ!」

 

 勝手にやっておいて重いは酷いと思う!

 が、しかし既に息が荒くなっているのも確か。素直に大人しく運ばれる。

 

 「リィン辺りに! お願いできれば! 一番だった、んだけど!」

 「流石に委員長に悪くないか! そろそろ半分だ!」

 「何か突破口の鍵は無いんですか?」

 「俺は知らん。父上が何を依頼したのかが分かれば違うんだろうがな!」

 

 言い合いながら、中間地点まで戻ってくる。

 もう半分。もうひと踏ん張りだとリィンからの《激励》が飛ぶ中。

 

 ―――――     ―――――

 

 何かが、聞こえた。

 

 「――……下ろすね。自分でお願い」

 

 逆走する中の、カタナが足を止めた。

 そのまま逃げ切ることは出来ないと、判断をしたのだ。

 殆ど同時にフィーとリィンも足を止め、同じ方向を見る。

 既に大分遠くなった、詰所があった方角だ。

 

 ――来る!

 

 カタナの言葉は。

 そして遠くから反響して広がる、猛犬の咆哮は。

 今度こそ、全員の耳にはっきりと届いた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 牢に他の兵士がやって来たのは、《Ⅶ組》メンバーがマキアスを奪還してから僅か10分後だ。

 彼らが気付いた最大の理由は、非常ベルの異常に他ならない。

 カタナの懸念した通り、連絡を阻止するための非常ベルの破壊――それこそが、異常事態として本部へと連絡されたのだ。即ち『ベルからの反応が途絶えた。ちょっと様子を見てこい』である。

 しかしやって来た兵士らが中に入るには酷く苦労をした。

 

 やって来た牢獄の扉は開かない。

 内側からカタナが机に椅子にと、あるものでガッチガチに固定して封じたのだから当然だ。

 力を込めても開かず、どれだけ扉を叩いても内側からの反応がない、となればますます異常事態だと騒がれる。結局は人海戦術で扉を外すことになった。

 

 中に入った一同が見たのは、衣服から作られたロープが縦横無尽に張られた室内。

 徹底的に視界を塞ぐ垂れ布。しかも樹液やらを流し込んで無駄に強度を上げた山である。

 

 「嫌がらせか!」

 

 誰かが叫んだが、その通り。嫌がらせである。

 牢屋の各所を使い、網の目のように縦横無尽に貼られた布の山を、兵士らはナイフで切り裂いて何とか道を確保した。

 そこまでやって、牢獄の中に同僚が放り込まれていることと。

 マキアス・レーグニッツの姿がないことに、気付いたのである。

 因みにここまで約20分。

 合計で30分が経過していた。

 状況を把握した隊長は、思い切り毒を吐いた。

 

 「これは……何だ、これは!」

 「敵の襲撃、おそらくは地下水路からのものだと思われます!」

 「……さてはレーグニッツに味方する者の仕業か……!」

 

 隊長は、おのれ、と再び毒を吐く。

 マキアス・レーグニッツが冤罪でしかなかったとしても、彼を逃がしてはならないのだ。

 そもそも、あれだけ多くの証拠がある彼を逃す選択肢は、仮に彼が革新派の息子でなかったとしても取れない。彼が無罪であったとしても、容疑が晴れるまでの間に、容疑者を逃がした時点で責任問題だ。

 

 「しっかりしろ! 誰にやられた!」

 

 猿轡を噛まされていた一人を解放すると、息も絶え絶えに兵士は語る。

 

 「す、水路から、若い男女が、飛び出して、来たんだ……ごほっ。……そうだ! その中にユーシス様の姿が見えた! おそらく彼らは……士官学院の生徒だ……!」

 「私達の目を逃れて、大人しくしていると思えば、こんなことを? ……待て。ユーシス様に付けていた『護衛(名目上は護衛であり実態は監視)』はどうなった!?」

 「連絡が取れません。おそらくは彼らも被害にあっているかと……!」

 「……! そうか。やってくれる!」

 

 隊長はここに至り、全てを把握する。

 捕まった同級生を奪還しようと、同じクラスの友人らが乗り込んできた。

 だけではない。それにはユーシス・アルバレアも参加していた。この一連の流れがヘルムート公爵立案であることも知ったのだ。その強引なやり方に反対し、このような真似をした!

 

 (革新派の子供など、これ幸いと見捨てるのが貴族派の務めであるだろうに……!)

 

 ……この隊長は、貴族派の一員であり、アルバレア家に強く忠誠を誓う立場だった。

 レーグニッツ帝都知事の失脚は、出来るならばやって当然とまで考えていた。

 故に彼は、怒りと共に命令を発する。

 

 「獣どもを出せ。あの足ならば、彼らが地下水路を抜けるまでに追いつける!」

 「はっ。しかし宜しいのですか、ユーシス様もご一緒ということですが」

 「……確かに、ユーシス様も一緒だったのだろう。()()()()()、だ。良いかね、君」

 

 「我々は、学生テロリストを脱獄させたのみならず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を一刻も早い行動で鎮圧するために、やむを得ず獣を出したのだ」

 

 悪びれずに、滔々とカバーストーリを語る。

 

 「そして我々が彼らを捕まえた時、仮にユーシス様が怪我をしていたならば、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……理解できたかね?」

 

 隊長の語彙と眼光に、兵士は気圧され、慌てて頷いた。

 忠誠心は、時として人を狂わせるのだと実感した。

 

 「ガザックドーベン、放ちます!」

 

 直ちに檻から解き放たれた二対の獣が、獰猛にも牙を光らせて地下水路へと走っていく。

 各所を装甲で守られた、巨大な軍用犬。連携能力も高く、その力があれば学生程度は容易く鎮圧出来る。

 

 (ふん、いい気味だ。下っ端貴族の生徒も居たらしいが、これを機に反省を促さねば)

 なんとか留飲を下げた隊長は、大きく息を吐く。

 だが――不幸なことに、彼に降り注ぐ厄介ごとは、終わっていなかった。

 

 「お、おい、大丈夫か!?」

 「グ、オ、アァ、ァア」

 

 介抱されていた兵士が、突然に頭を押さえて苦しみ始めたのだ。

 頭を押さえ、言葉にならない苦悶の声を上げる、牢屋の中の兵士達。

 突然の苦しみ様に、彼らを介護していた兵士らは戸惑いを隠せない。

 

 「……見ない顔だな」

 「は。昨晩の騒動で、オーロックス砦から派遣された援軍と……。ええと」

 

 傍らに控えていた兵士が、ひっくり返った机の中から書類を取り出して、確認する。

 

 「ありました。アルバレア公が独自に手配した戦力、およびオーロックス砦からの援軍です!」

 「まさか学生たちが使ったという薬品か? 毒……いや、同じ生徒が居る中でそんなもの使」

 

 う、筈もない、と言いかけたところで。

 隊長の目の前を、兵士が吹き飛んでいった。

 

 「なん、だと……?」

 

 牢屋の中にいた苦しむ兵士が、ゆらりと立ち上がった。

 朦朧とした瞳に意識はなく、ただ声にならない声だけが漏れている。

 その兵士が、介護をしていた同胞を殴り飛ばし――そして殴られた兵士が、壁まで吹き飛んだのだ、と。

 どうして理解が、出来ようか。

 

 「オ、オオォオオオオアア!!」

 「グウォアアアアアアアッ!!」

 

 隊長の目の前、砦から来ていた兵士の姿が、変貌した。

 一般兵士が持つはずのない、邪悪なエネルギーが渦を巻き、室内に吹き荒れる。

 その肉体が膨れ上がり、腕も足も指も髪も、全てが醜く『肉体変異(メタモルフォーゼ)』していく!

 

 「何が。……何が起きている!? こんな話は、……こんな状況は、何も聞いていないぞ!?」

 

 先ほどまで同胞だった者らの変化に、誰もが絶句していた。

 魔人化。

 

 隊長がその言葉を口に出すよりも早く。

 背後で、一際大きな気配が、立ち上がるのを感じ取った。

 同時、衝撃が全身を襲う。猛烈な一撃に意識が眩んでいく。鍛え上げた肉体はあっさりと敗北し、骨と肉が壊れる音がした。激痛を襲うが、それより早く意識が昏倒していく。

 白く霞んでいく視界の中、兵隊長が最後に確認したのは。

 

 床に転がっていたコップの中にあった、妙に目立つ色の錠剤の破片と。

 腕に傷跡を残した一際巨大な魔人が、地下水路へと突き進んでいく光景であった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……大型の、獣。四足歩行の、……軍用の犬。猫は、足音が、もっと少ない!」

 

 唇を湿らせると、獣の臭いが微かに届く。

 速い。追いつかれるのは時間の問題だ。しかも私らより、この水路で動き慣れている。

 必死に頭を回転させ、敵の思惑を探る。考えろ。相手は邪悪で性悪なド外道だ。

 ワイスマンならどんな真似をするか考えれば良い。ゾーイが幾ら邪悪でも、それよりはマシだ。

 

 「一時的な、避難は出来る。来る時に使った落とし格子を使っての封鎖とか、高所に撤退とか」

 「ダメなんだな?」

 「ん、無理。……多分、犬は、時間稼ぎ。本命が来るまで、私達を足止めするのが、仕事」

 「だったら猶更急いで逃げた方が良いんじゃ……」

 

 エマの言葉は尤もだ。私も出来るなら、それをしたい。

 だがダメだ。ここまで走ってきて気付いた。

 

 「……ゾーイ・キャラハンが、何処かで、私達を、観察してる」

 

 ちろり、と唇を舐める。ああ、やっぱりそうだ。

 かなり気配は微かだが、知らない鉄と油の臭いが、漂っている。

 彼女はどこかで、私達を観察している!

 

 「各個撃破しないと、勝ち目が、ない」

 「前から気になってたけど。カタナって唇をよく舐めてるよね。それで分かるの?」

 「ま、まあ、大体」

 

 入学式のオリエンテーリングでも、クロスベルでの窃盗騒ぎの時も。ケルディックでも何回か。

 唇を湿らせていたことはあるが、あれは舌先で「嗅ぐ」ためだ。

 

 「ば、漠然と、だけどね。外の空気を当てると臭いがより鮮明に分かる」

 「また変わった特性を。でもカタナの鋭い嗅覚の謎が一個解けた」

 

 気配を殺していても、武器の臭いを嗅ぎ取れるなら、確かに察知できるか、と頷かれた。

 ゾーイ・キャラハンが待ち構えているのが、このエリアなのか、この先なのかは、分からない。

 ただ一つ分かるのは『逃げられない』ということだ。

 

 「一見すれば、後ろは逃げ道。でも進むと、多分、追い込まれる」

 「待て待てアルビー。追いかけている獣は時間稼ぎなんだろう!?」

 「そ、そうだよ。だから、ぶっちゃけ、……どっちが()()かって話に、なってる!」

 

 マキアスの言葉に、選択肢を白状した。

 このまま進めば、獣らに襲われるまでの時間は遅くなる。

 だがその奥からやってくる本命、そして更に待ち構えるゾーイが立ち塞がる。

 立ち塞がるだけならば良い。最悪の場合、挟撃される。

 

 「……私達の強みは、人数差だけだね。技の練度に限れば拮抗できても、武装は向こうが上。そして殺意と修羅場の数は、桁が違う。私達6人と猟兵1人での勝負なら、まだ何とかなる……かもしれない。可能性はあるよ」

 

 フィーの冷静な意見が飛んだ。

 だがそこに獣が入ってきたら、もう負ける。

 正直、今既に、このタイミングでゾーイ・キャラハンが出てきただけで、私達は負けるのだ。

 そうなったら素直に降伏するしかない。命乞いで命が無事な保証はないが。

 

 だが、彼女は出てこない。

 この格好の機会に、出てきていないのだ。

 ならばそこには『理由』がある!

 向こうからこっちにやって来ない以上、それを利用しない手はない。

 

 「わ、私達が、このまま出口に逃げるのが、ゾーイの狙い、だと、思う。ここまで手出しをしてこなかった、以上は。その狙いに乗るのが、一番不味い」

 「……そうだね。猟兵は確実な手段を取る。話を聞いた限り、ゾーイは一人で動いている。部下はいるかもしれないけど、司令塔としては一人だ。そんな彼女は、一歩間違えれば私達を取り逃がす……そんな危険を犯さない。ここに来ないで、徹底的に出口だけ潰すと思う」

 「なら、後顧の憂いを絶った上で、全力で出口1つをこじ開けるべき、ってことか」

 

 リィンの言葉に、頷いた。

 そういうことだ。

 このまま全力で逃げて逃げ切れる可能性は、確かにある。ゼロじゃない。

 だがゼロではない、というだけだ。

 

 「……覚悟を決めるしかないようだな。レーグニッツ、本調子じゃないが行けるな?」

 「君こそ貴族派からの攻撃だってことで怯むなよ?」

 「リィン。犬の1体はそっちのチームに任せる。足音からして多分双子。分断して各個撃破するのが一番早い。フィー、罠張る。手伝って」

 「Jar(ヤー)。私とカタナで1体だね?」

 「()()()

 

 長い髪からワイヤーを抜き出しながら、私は口に出す。

 

 「1体は私1人で、何とかする。だから5人で1体、何とかして。速攻で、お願い」

 

 私の言葉に皆が「え」という顔をした。

 気持ちは分かる。私がそれを出来るほど強いとは、誰も思っていないからだ。無理もない。

 

 「10分、掛からないよ。ここは、私の得意なフィールドだから」

 

 薄暗く、湿度が高く、密閉されていて、水場まである。

 相手が人間なら不可能だが、四足歩行の獣ならば何ら問題は無い。

 

 さあて、それじゃ私の本気、見せてあげようじゃないか。

 多分、今までに見たことがないくらいに、邪悪な笑顔を見せていたに違いない!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 迫る猟犬に向かい、私は小太刀を抜く。

 巨大だ。下手すれば大型の肉食猫や、熊にも比肩する犬。四肢も肉体も鍛えられ、装甲で覆われている。まともに正面から戦えば、私では……否、大人でも苦戦は免れない。

 

 だが、それも状況による。

 工作員としての戦いは、相手より強くなくても良い。

 相手の強さを封じ、自分の得意分野に引きずり込んで命を奪えれば、それで良いのだ。

 やることの一つ目は簡単だ。ルナリア自然公園でグルノージャにやったように、先制で猫騙し。

 だが、ここは、地下水路だ。

 

 声が、反響する。

 口元に掌を当て、鋭く吐き出す音は、蛇の威嚇音。

 

 しゅあああああっ!! っという今にも飛び掛かりそうな警戒音が、水路へと広がっていく!

 

 鋭敏で優秀な獣だからこそ、効果は増大する。

 まっすぐ走っていた獣、二体の速度が僅かに落ちる。

 ほんの少しだけ警戒をした猟犬らの速度が落ち、そして――足が、引っかかる!

 

 薄暗い水路。柱と柱の間にピンと張ったワイヤーが、猟犬の片足を引っかけて転ばせる。

 転んだのは赤い装甲の個体だ。

 

 「犬は、静止物を捉える能力は低い。地面に張られた糸なんか、見えなかった、よね!?」

 

 何せ治療にも使われる頑丈な逸品だ。

 ほんの一瞬、相手の足を引っかけるくらいなら朝飯前。

 そして、転んでさえしまえば、こっちの物!

 

 「今だ、押し出せええええっ!」

 「「おおおおおっ!!」「「ええええいっ!!」」

 

 柱の陰に隠れていた私以外の全員が、転倒した赤い猟犬を押す。

 全力で押す。押し続ける! そして押した先に、あるのは

 

 ――水だ。

 

 リィン、ユーシス、マキアス、男子三人の渾身の一撃。フィーの蹴りとエマのアーツ。

 それら5つを纏めて一か所に叩き込まれた猟犬は、水路に、落ちた!

 激しい水音と、藻掻く猟犬の音を確認。

 

 「後は任せて! そっち頼んだ!」

 

 必死に陸へと上がろうとする猟犬に向けて、私は足から落下。

 全体重を掛け、その巨体を水路の真ん中へと蹴って押しやり、そのまま着水!

 

 (さあて、これで勝負の場は固まった……!)

 

 小太刀を抜いて、水の中、私は嗤う。

 どんな強靭な四肢を持っていようとも、この水中では踏み締める足場がない。

 どんな頑丈な装甲で覆われていようとも、この水中では泳ぎを阻害する錨でしかない。

 

 ――私は水泳が、大得意なんだよ。

 

 (さてワンちゃん。君は――何分、潜って、いられるかな!

 

 




Q:敵の波状攻撃。
A:もとい波状攻撃にしないと負ける。苦肉の策。

Q:カタナの嗅覚の謎。
A:ちろちろと舌を出して生物を嗅いでいる。作中での明言以外でも、ギムナジウムから出てきたリィンに対してもやっていた。本人は『こうすると分かりやすい』くらいの感覚。
 流石に「鋤鼻器(ヤコブソン器官)」と言えるレベルまでは鋭くないが、カタナが持つ、常人よりも優れた、数少ない能力の1つ。

Q:カタナの潜水能力。
A:水泳は大得意。速度はラウラに劣るが、潜水時間が兎に角長い。運動しながら3分を超えられるトップアスリートレベル。肺活量もかなりの値。
 ……そもそも原作では水中で戦うシチュエーションなんてもの存在しない、は禁句。

Q:アイリ・アドラーの攻略方法。
A:ヘルムートがアイリを雇ったのは確かだが、そもそもアイリが自らを売り込みに来たのだ。
 彼女が今、姿を隠しているのも、彼女の目的の為。
 そこに突破口がある。
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