カタナ、閃く   作:金枝篇

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2021年も既に一カ月以上過ぎたこの頃。
もっと早く投稿したかったのですが、私は死ぬほど忙しかったです。
このご時世で仕事が沢山あるのは良いことだと前向きに考えましょう。
《黎の軌跡》も発表されましたね。ついに共和国編開幕が見えてきました。
ちょっと間は空きましたが! 更新はやめないので! これからもよろしくお願いします!

いつも誤字報告など感謝!
では、どうぞ!


狩猟者達の津波

 頭の中に、嘲笑がある。

 もう一つの私。もう一人の私。冷酷で軽薄な私。仕事人としての私。

 その私が囁く。

 せせら笑って、指示をする。

 もっと。もっと。もっと。

 もっともっと、殺してしまえ!

 

 頭の中の囁きに同意しながら。

 泡を置き去りに、私は加速した。

 刃を胴体に揃え、抵抗を極限まで減らしたまま、水の中を駆ける。

 突き刺すような閃きと共に、猟犬の片目を潰した。

 

 人が自ら命を絶つ際、手首を切って浴槽に付ける、という方法があるのはご存じだろうか。

 血管の部位にもよるが、基本的に水に濡れたままでは、止血はなされない。

 それは動物も、同じことだ。

 

 「ゴ、ルルルウゥルウ――!」

 

 猟犬の咆哮は形にならない。ごぼっという気泡が漏れている。

 それも、口ではなく、喉元から。

 私は補助導力器を起動。長い髪を遠くに引っかけ、体を牽引。緩やかに、しかし猟犬の牙よりも確実に早い勢いで、後ろに遡上。どんなに鋭くとも、向こうの顎は空しく水を齧るだけだ。

 その僅かな合間に、私は何度も刃を翻す。

 

 ガザックドーベンの全身からは、血が流れていた。

 前足の後ろ。足裏。切断された尾。切断された耳。後ろ足の腱。腹。鼻の頭。

 一つ一つは浅くとも、この水中では致命的な傷だ。

 陸地でならば治る血液も、固まらず延々と流れていく。

 

 「が、がぅ、ガフ、ガッフ、ゴウゥ、ゴグルゥッ!」

 

 対する私は無傷。

 呼吸も絶え絶えなドーベンが、四苦八苦して此方を向き、やってくる。

 だが、届かない。

 もうこれで何度目か?

 髪と指を、水路の壁に引っ付けて体を動かす。

 相手よりも早く、柔軟に、魚や蛇が身をくねらすように、滑らかな動きで犬の上を泳ぐ。

 靴の先や小太刀の切っ先をドーベンの身体に当てて、出血個所を増やしていく。

 同時、肺の中に空気を溜め込んだまま、水上へと一気に飛び上がり。

 

 「――っぷっぁ!」

 

 その勢いで空中に飛び出し、浮遊する微かな合間で大きく息継ぎ。

 酸素を補給し、再び潜る!

 沈む一瞬前、リィンら5人がガザックドーベンの片割れを相手に立ちまわっている姿が見えた。

 リィン、ユーシスという火力に、エマとマキアスの援護。猟犬の扱いに慣れているフィー。

 あっちは放置しておいて大丈夫だ。

 

 (だから私は、こっちを、確実に……()()!)

 

 猟犬、お前に恨みはない。

 だが、此処でお前を見逃すわけにもいかない。

 万が一にでも仲間と合流されたら――皆が危険になる!

 この先、まだ脅威が続く今、一切の油断は出来ない。

 僅かでも、皆の命を脅かす危険は、排除しなければならない……!

 

 水中の中でも、私の眼が鋭く光ったのが、分かったのだろう。

 そこに秘められた殺気を浴びて、猟犬は怯んだ。

 今迄『戦闘相手』だった奴は、『獲物』になった。狩られるものと狩るものは逆転した。

 寧ろ今迄良く耐えていた方だ。領邦軍に鍛えられた番犬だけあって忠実だったが――。

 

 「 ! ―― ガゥツ! ……ッキュゥウウ!」

 

 ――判断が、遅い!

 限界が近い猟犬が、渾身の殺意を込めて私を砕こうと牙をむく。

 怯える泣き声が混ざっている。

 だがもう遅い。

 苦し紛れの一撃。それを水面に浮かび上がるように移動した私は、すれ違いざまに、喉を裂いた。これ以上苦しませてやることもない。

 水中に広がる真っ赤な染み。同時、猟犬の体内に気道から流れ込む水。犬の身体構造ではどう足掻いても塞げない『穴』だ。最後に弱弱しく藻掻きながら、ドーベンは溺れて沈んでいく。

 

 「……ぷっは。……ふう……!」

 

 結構長く潜っていたか。

 合間合間に息継ぎをしていたとはいえ、平均で2,3分。流石にちょっと肺が辛い。

 ずぶ濡れのまま、地上に上がる。

 

 ――ズシャァ!

 

 「っと、……リ、リィン達も、無事に、倒した、か」

 

 目の前、脚を失った猟犬の死体が転がってきた。

 足で止める。解体され襤褸雑巾だった。5人全員の攻撃で、容赦なく刻まれたらしかった。

 これで、此奴らは良い。

 

 ――問題は、次だ。

 制服の余計な水を絞りながら様子を把握し、皆の方に向かう。

 

 「カタナ」

 「つ、次……ゾーイの元に、突っ込まないといけないんだけど」

 

 フィーに問題は無いよ、と手を上げて、そのまま考える。

 焦れる頭を強引に押さえつけ、必死に回転させていく。

 時間がない。一刻も早く脱出しなければならない。ガザックドーベンは倒したが領邦軍の本隊も遠くはないはずだ。ここで捕まってしまったら、マキアスへの冤罪問題は結局晴れない。

 いや寧ろ、私達の行いまで一緒に纏められて罪状が重くなるかもしれない。

 だから捕まってはならない。これは大前提だ。

 

 ……だが、此処から出口までの間に、どれだけの罠が仕組まれているのかも分からない。

 ゾーイ・キャラハンが待ち構えている以上、ただ突っ立っているなんてことは絶対にない。

 この水路に入ってから、此処に戻ってくるまで。

 その僅かな時間でも、一流の猟兵なら罠を仕込むのに十分すぎる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「カタナってば」

 「とりあえず時間稼ぎに――」

 

 来る途中で開けた落とし格子を、再度動かしてみる。これで追手を撒ければ少しは――。

 動かない。

 見れば開閉する装置が壊されている。

 ……ご丁寧なことだ!

 

 「カタナってば! こっち、見る!」

 「ふぁい!」

 

 意識があまりにも尖っていたのを、フィーの声で引き戻された。

 頭の中の『もう1人』は、暫し鳴りを潜めた。

 彼女の指が、頬と目をぐりぐりと押してくれる。おお、指が小さくて可愛い。

 大分アレだった目付きを治されながら、簡潔に状況を説明される。

 

 「そのゾーイって奴、来る気配がないよ」

 「……」

 

 なんだって? と周囲を伺えば、地下水路の中は、静まり返っていた。

 いや――遠くから領邦軍の兵士が近寄る気配はある。かなり大型の足音。牢屋に居た、変装していた、あの猟兵――腕に傷がある男らが、近寄ってきているのは間違いない。だが、猟兵の気配が、ない。

 魔獣も今の戦いで一掃されている。

 その静寂が。

 その不気味に微かに響く水音が、不安を掻き立てる。

 戦闘で乱れた各自の呼吸が、互いの精神を焦らすようだ。

 ゆっくりと呼吸を整えて、冷静になれと言い聞かす。

 

 「ユーシス、一つ確認をしたいんだけど」

 

 ひたひた、ひしひしと迫るタイムリミットを内心で感じているのは、フィーも一緒らしい。

 どこか慎重に、且つ早口で一つの問いを投げかける。

 

 「猟兵ゾーイ……いや、アイリ・アドラーを、お父さんが雇ったで間違いない?」

 「? 当たり前だろう。何を今さら」

 「……ごめん。言い方を間違えた。えーっと……アルバレア公とアイリ、接触したのは、どっちが先だと思う?」

 

 ……どういう意味だろうか?

 

 私達が、フィーの疑問に考えるよりも先に。

 轟音が来た。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 背筋に走った悪寒。

 聞いたことがある、何かが飛来する音。

 断続的に聞こえる、発火音と炸裂音。

 周囲を照らしたのは、真っ赤な火が爆ぜた証。

 

 「こ、これっ!」

 「グレネード!」

 

 私とフィーが動けたのは、経験だ。

 即座に身体が動く。フィーはリィンとマキアスに。私はユーシスとエマに。

 それぞれ飛び掛かるように距離を詰め、突き飛ばし、引きずり倒す。

 頑丈な水路の柱や壁、屋根が揺らぐ。

 砂埃が収まった時には。

 数秒前まで私達が居た空間には、瓦礫が積みあがっていた。

 

 『無事か、そっちは!?』

 「――無事。だけど……分断されたか……!」

 

 ARCUSのリンクも生きている。向こう3人も無事らしい。

 無事だが、連携が取れない。都合が悪いことに、上下に伸びる通路を、両断されてしまった。

 水路を経由すれば合流は出来そうだが――。

 

 「ド畜生め……!」

 

 視界の奥、グレネードを肩に掛けた猟兵の姿が見えた。

 何やら様子と背格好がおかしい。

 だが、遠目でも感覚が告げている。

 奴は――あの三本傷を持った男だ!

 

 「エマ、アーツお願い。私とユーシスを強化。エマも、自分の詠唱速度上げて」

 

 私達だけで、追いかけてくる領邦軍を相手にしなければならない。

 向こう3人は、ゾーイ、ではないか、フィー曰くアイリ・アドラーの方にしか進めなくなった。

 無鉄砲に突き進むことは無いだろう。後ろ3人は瓦礫撤去を優先する筈だ。

 あるいは瓦礫を泳いで迂回するか。どっちにしろ時間がかかる。

 となると。となると――。

 

 「三人、で領邦軍と猟兵、相手かよ……!」

 

 普通の兵隊は如何とでもなる、としても。

 固くてデカくて重くてそこそこ早い上、経験上罠や小細工にも強い兵隊。

 私の天敵だ。

 ユーシスの耐久力は、私よりもあるとはいえ《Ⅶ組》の中では普通だし、エマは言わずもがな。

 

 ――先手必勝でやるしかねえ。

 

 水に濡れた制服の、裾を絞って少しでも軽く。

 同時、頭の中で、今ある材料を組み立てる。

 真正面からは無理だ。

 威嚇。効果が薄い。

 奴は、ヴィナスマントラを相手に戦っていた私達の姿を見ている。ガザックドーベンの戦いまで確認していたかは怪しいが、手練れである以上、想定はしているだろう。その想定を上回れる気はしない。

 となると。

 

 「エ、エマ、ユーシスとリンクお願い。何とかして、隙を作る。そしたら持てる最大呪文、叩き込んで」

 

 先のグレネードはもう飛んでこない。弾切れ、ではないな。

 これ以上乱射したらユーシスまでも巻き込むだろうという判断が働いたのだろう。

 私達が居たのは開けた空間で、灯りも多い。暗い通路側から丸見えで――だからこそ道中のワイヤーは発見されなかったのだが――グレネードも回避できるギリギリの位置に打ち込まれた。

 ならば私も、そっちに踏み込むのみ……!

 

 影が加速する。

 此方へと衝撃を伴うほどの勢いで、突っ込んでくる……!

 その影は、普通の人間より巨大で――いや、巨大というか、変貌していて。

 猟兵の持つ《黒い闘気》とは全く違うその姿に、一瞬、息を飲んだ。

 

 魔人化――!

 私の頭に、青い錠剤の効能が過る。まさか此処まで効果を引き出している……!?

 タダでさえ優秀だった兵士が、異形の姿で、()()()()()()()

 

 その腕には、本来は両手で握るべき大刀が片手で握られていた。

 全身は鎧のような肉で覆われ、正中線の急所も、顔の柔らかい部位も、肌の装甲で隠れている。

 小太刀一つと鞘で、どこまで通るか……!

 

 ――ブツン!

 

 「うっそ……!」

 

 ガザックドーベンを転倒させたワイヤーが、千切れる。

 懐を抜けて有利な一撃を与えようとした私に、男は拘泥しなかった。

 衝撃で僅かに判断が遅れた私に向けて。

 ただ、片手で私を、薙ぎ払った。

 

 ばつっ、という音が聞こえた。

 

 私の右腕は、縦に裂かれていた。

 制服ごと上半身が大きく切り裂かれ、血管と骨にまで届く。

 小太刀が、砕け散った。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……カタナ!?」

 

 リィンの隣、ARCUSで様子を伺っていたフィーが叫ぶ。

 視界を塞ぐ瓦礫は天井を崩落させ、幾つかの支柱までも倒壊している。

 

 (これで地上に影響が出て、誰かが気付いてくれればいいが……!)

 

 変な場所に命中して水位が狂ったのか、流れがおかしい。足元が濡れ始めていた。

 

 「リィン不味い! カタナが多分……相当ヤバい!」

 「委員長! そっち分かるか!」

 『っ……! 右、手が、酷くて。……刃が、壊れました! ―― シルバーソーン!』

 

 聞こえる委員長の声が、震えている。

 ユーシスが護衛として立ち塞がっているからか、彼女への被害はまだそう大きくない。

 だが、カタナが倒れたならば、ユーシスも後に続くのは時間の問題だ。

 護衛対象であるアルバレア家の若者への無力化に手間取っているだけだ。鹵獲されてしまえば、都合良く扱われるのは目に見えている。

 詠唱が聞こえるが、それでも一時凌ぎにしかならない。

 

 「リィン、足場になって! 私だけなら向こうに跳べる!」

 

 ARCUSのリンクが明滅しているのは、意識が途切れ途切れだからだろう。

 繋がっているフィーには、自分ら以上に鮮明に彼女の様子が伝わっている。

 瞳が、狩人になっていた。

 

 ――フィーも、間違いなく、猟兵だ……!

 

 心強さに頷いて、腕を組んだ。

 

 「分かった! 俺とマキアスは急いでこの山を退かす! ……任せたフィー!」

 「一人だけで大丈夫なのか!」

 「マキアス。リンクの力を信じて」

 

 リィンに向かって加速するフィーは、跳ね上がる直前に告げた。

 

 「3人が4人になったら、連携の度合いと強さは、跳ね上がる! ――任されたよリィン」

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇ……。やっぱり結構やりますね、学生君たち」

 

 その奮戦を、観察する少女が一人。

 

 「警戒してし過ぎることは無いと思っていました。貴族のお坊ちゃんやら知事の息子やら田舎の娘やら……。それだけなら兎も角、不確定要素は3人。2人だった筈が3人です。中堅には及ばないとはいえ『結社』の娘がいて……しかも猟兵、西風の《妖精》が追加。負けるつもりはありませんが、油断できません」

 

 アイリ・アドラー。

 ゾーイ・キャラハンと名乗り、バリアハートで暗躍していた猟兵。

 《ニーズヘッグ》所属の分隊長であり、桃色の髪と、幼い風貌からは想像も出来ない程に残虐な、一流。

 地下水路の一角に隠した『人形』で、送られてくる映像を眺めながら、彼女は溜息を吐いた。

 その映像には、エカターニャ・N・アルビーの、無残な切り傷が映っている。

 服が破けた、相当な深手だが――咄嗟に庇った右腕のお陰で、致命傷ではない。

 

 「うーん、丸裸にする、ってそういう意味じゃないんですけどねぇ。これじゃ()()達成までもうちょっと掛かるかなぁ……」

 

 ちょっと肌色が増えているけど、そうじゃない。

 アルバレア公に売り払った猟兵も、もうちょっと活躍してくれるかと思ったら今一つ。

 

 ――そちら側に、自由に使える雑兵(ゴミ)の横流しルートもあります。運用方法もセットに。

 

 部隊が1つ壊滅しても、即座に再生すると有名な《ニーズヘッグ》だが、弱点はある。

 行き場を追われた犯罪者や、猟兵としての仕事を探している逸れ者らを引き入れるのは良いが……その分、人件費が嵩む。兵士の質が落ちるし、管理職が把握しきない人間も増える。

 そこでアイリの出番だ。

 アルバレア公に格安で提供した猟兵は、あの三本傷の男も含め『リストラ対象』。

 捕まろうが死のうがどうでも良い人材だったが、もうちょっと頑張って欲しかった。

 

 まあ、売り込みと依頼遂行は、もう終わっている。

 既に猟兵らの指揮権は渡しているし、グノーシスの管理も向こうに任せたのだ。

 結果的にレーグニッツ知事の息子が冤罪から逃れても、もうアイリの責任ではない。

 ここまでお膳立てして失敗した、アルバレア公が悪い。

 

 「取り合えず、第三の爆弾は既に起動済み」

 

 ガザックドーベン、猟兵に続く3つ目の罠は既に発動している。

 向こうが気付くまでもうちょっと掛かるだろうが、気付いてくれるなら言うことは無い。

 

 「でも多分、こっちまで来ますねぇ。勢いに乗った若者は、これだから怖い……!」

 

 怖い怖い、と言いながら、アイリは自分が腰掛けている『人形』を軽く叩く。

 その時は、頑張ってもらいますよーと、邪悪に邪悪に微笑んだ。

 

 「納入可能な()()()()――()()()くん」

 

 

 

 

 

 

 

 空中に躍り出たフィーは、距離を測り、銃を構えた。

 真下、足元付近ではユーシスとエマが居る。

 暗がりの中、また無理をしているカタナの方角を捉える。

 片腕が動かないまま、長い髪をゆらして、周囲の領邦軍に不敵な笑みを向けていた。

 

 カタナは無理をする。

 リィンと同じように、無理をする。

 違いは、弱音を吐けるか否かだ。

 

 (無理しちゃって。……テンション上がってハイになってるのもあるんだろうけど)

 

 だがお陰で、彼女はまだ戦えるのが、分かる。

 意識は痛みで朦朧としているし、肉体的な消耗は相当。だが、まだ動ける。そして動けるから大丈夫だと笑っている。カタナのしぶとさ――どんな状況でも()()()()()()()()は、クラス1かもしれない。全く、意地っ張りで、大馬鹿で、メンタルが滅茶苦茶な奴だ。

 

 (でも、分かるよ。自分を好きになる、努力をしてるんだって)

 

 フィーにもわかる。

 

 馴染めない日常に馴染もうとする意志があった。

 経験のない平和な毎日を送る自分に、自己嫌悪を持ちながらも、自己肯定も持とうとしていた。

 己の……己の犯した罪は抱えても、他人の分まで背負うことはしたくないという、意地があった。

 

 言い訳するのは簡単だが、それを口にしなかった。

 フィーの猟兵という過去を慰めなかったように。

 サラ教官の中で、あの《黒》を相手に啖呵を切ったように。

 カタナはカタナの中で、譲れないプライド(前を向く意思)がある。

 そして、出来る限り、一人で背負い込まないようにしている。

 

 ……カタナが居なかったら、フィーと皆の距離は、もっと遠かっただろう。

 その事実だけで、自分がカタナの為に張り切るには十分だ……!

 

 リンクが、一層強く輝くのが、分かった。

 ガチン! と噛み合う音と共に《追撃》の姿勢が、取れると理解した。

 大きく腕を振り上げ――。

 

 「カタナっ! ――使って!」

 

 投げた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 右腕が完全に役立たずになったと、衝撃を堪えながら思った。

 

 「――ん、ぎ、ぃ!」

 

 転びかける足を必死に動かして、魔人化した猟兵の背後に。

 薬剤強化された領兵らの集団に向かう形だが、そっちの方がマシだ。

 余りのダメージに、痛みがまだ脳に認識されていない。

 その合間に、髪から一本のワイヤーを抜き、肩口を全力で締め付け、止血。

 

 ……飛んだ大間抜けだ。

 ああ、もう大間抜けだよ!

 

 青い錠剤が、領邦軍の中に既に納品されているならば――服用した奴が居て然るべきで!

 狡猾なアイリ・アドラーが、手下を利用するくらいやってのけると考えておくべきだった!

 

 ――よりによって部下すら使い捨てるのまで考えれるか……っ!

 ――猟兵はもっと仲間を大事にするもんだって聞いてたぞ……っ!

 

 あるいは、もう連中は、部下でも何でもない存在ということか。

 歯噛みしていると()()

 

 言葉にならない激痛だ。

 痛い。痛い。痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛――!!!

 

 視界が真紅に染まる。

 噛み殺しても殺しきれない激痛。

 ポケットから取り出した飴玉をかみ砕く。

 《ティアの薬》を混ぜた鎮痛剤だ。微々たるモノだがないよりはマシ。

 体中に流れる冷や汗と脂汗を、深呼吸で逃がしながら、姿勢を立て直す。

 死ぬほど痛い。だが痛いなら問題は無い。何も感じないよりは。

 

 グルノージャの一撃も響いたが、打撃と斬撃では種類が違う。

 威力が同じでも、痛みは、切り傷の方がずっと後に残る。そして何より『視覚』が響く。

 血が流れ続ける状態で「これは痛くない」と思い込ませるのは、難しい。

 

 胸の傷は大したことは無い。そう遠くない内に止まる。

 意識が飛びそうになる中、幾人もの領邦軍兵士に取り囲まれるのを確認。

 まだ人間の形に近いが、此奴らも魔人になっている。

 銃を即座に撃って来ない辺り、完全な暴走ではないようだが、意思疎通は難しそう。

 周囲に3人。残った3人が、三本傷の猟兵と共に、ユーシスの方に。

 

 絶体絶命、という状態なのかもしれない。

 けれども。

 

 私は――歯を食いしばる。

 

 「……けるかってのぉ……!」

 

 確かに危険で、危うい状態だというのに。

 私の中に、恐怖は無かった。

 焦りはある。敗北の予兆は見えている。耳元近くに死神が来ている。命はヤバい。

 だが、恐怖は無かったのだ。

 

 ―― 負けるのかね?

 

 頭の中の()()1()()()()が告げる。

 お前が潜り抜けてきた修羅場は、その程度じゃないだろうと。

 苦痛も、悲鳴も、吐き出すのは全部終わってからで良い。

 

 ―― 負けないよね?

 ―― そっちにすぐ行くから。

 ―― だから頑張って。

 

 リンクの先から親友(フィー)の声が聞こえる。

 正直メンタルがぐずっぐずな私だが、私を信じている声があり、叱咤している声がある中で。

 放り投げることが出来るほど、腐りきってもいない。

 

 自分の犯した所業に罪悪感を覚えるのと、相手のやっていることにまで屈するのは全く違う。

 しかも、しかもだ。わざわざセントアークから駆けつけてきた彼女の言葉だぞ。

 信頼感が違う。

 その力が。信じて、頼って、託して、想いを乗せる強さが。

 どれほどに力を生むのかを、私はリベールで、そして此処二月の学院生活で、学んでいる……!

 

 「へ、平気じゃないけど、平気、だ……!」

 

 だから笑った。

 笑えるくらいに、余裕があった。

 そんな程度じゃあ、負けてられない。

 そんな程度の攻撃で、そんな程度の作戦で、追い詰められるのは、身体だけだ。

 

 「……せ、性格が悪い、奴は、よく、よおく、知ってるからねぇ……!」

 

 口に出す。

 アイリ・アドラーがどれほどに禄でもない、質の悪い作戦を練っていたとしても。

 その刃が、今目の前に突きつけられていたとしても。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの人格破綻者のことは1ミリ足りとも尊敬していないが!

 ティースプーン1杯分くらいの感謝はある。

 あの教師の教育に比較すれば、この程度。

 

 「ぶ、ぶぶ、武器を、捨てて、と、とと投降、し」

 「ろ呂律が、回って、ねーぞ、兵隊どもぉ……!」

 

 ぎしぎしと壊れた人形のように動き銃を向ける領兵。

 捨てようにも小太刀は壊れたし、あるのは精々鞘と長い髪と小道具だけ。

 何が出来るかって?

 

 それだけあれば、十分だ。

 残った左手を少しだけ上に掲げる。

 その手の中に。

 

 「使って!」

 「つ、使わせて、貰うっ!」

 

 私の左手に、フィーの銃剣が片方、握られていた。

 完璧に収まったその武器を、握り締め、構える。

 動かない右手に、鞘を結び付ける。これで『振り回す』だけなら行ける。

 

 「そん、じゃ」

 ――殺してしまえば良いのでは?

 

 頭の中のは相変わらず物騒で、意地が悪い。

 敵を嘲笑うだけでなく、私の嫌がる提案をしてくる。はっきり言って凄くウザい!

 だが魅力的かつ優秀なことも事実。

 黙ってろ、と言い聞かせて、私は髪留めを動かす。

 

 首に掛けたARCUSと、髪留めの補助導力器で、敵の情報を《解析/並列(アナライズ・ダブル)》。

 間違いなく領邦軍の兵士。そして間違いなく猟兵であることを確認――。

 

 「り、猟兵、みたいな、個人の強さなら、兎も角、兵隊さんが」

 

 加減は期待するな。

 言いながら、トリガーを引く。

 軽く連射しやすい銃を、弾丸をばらまくように動かしていく。

 牽制にしかならない。だが牽制で十分だ。まだ動く足で転がるように兵士の懐に。

 脇の下や、内腿、喉元という頸動脈を切りつける!

 出血で呻いた瞬間に、今度は、その手に握られていた軽機関銃を奪い、そのまま乱射!

 

 「連携、失って、どうすんだ、っての!」

 

 結果として兵隊の強みを失った以上、1対3でなく、1対1対1対1にしかならない。

 

 もっと、もっと、動くのだ

 そこで終わりじゃないだろう……?

 

 頭の中のもう1人が、嗤う。

 当たり前! 出血で色々頭の中がイッてるのを加味しても、私は興奮していた。

 頑張れば勝てるのが見えている勝負。なら気合を入れるだけの話。

 どうせこの後、アイリ・アドラーとかいう性悪女が控えているんだ。今くらい勢いでも良いだろ!

 兵士らを纏めて倒した後、私は即座に転進。

 ユーシスらの方向に、身体を向ける。

 魔人の背中が見えている。

 

 空中から降り立ったフィーが、三本傷の男だった存在相手に、攻撃を仕掛けている。

 ならば、合わせるのみ……!

 

 機関銃を捨てた私の手は。

 猟兵が捨てた、グレネードを、担いでいた。

 使い方くらい知っている。

 

 自分の力で倒せないなら、敵の武器を使えばいい。

 本当私他人の武器奪ってばっかりだな! と思うが、効果的なアイテム、使わないなら損だ。

 なあに、どうせ魔人化してるんだ。多少の怪我でも死にはしない……!

 

 「エ、エマ! 合わせて……!」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 投げた銃剣を、彼女が捕まえる。

 

 自分に残った獲物は片方のみ。

 それで十分だ。両手で握り、切っ先を真下に向け、落下の勢いを乗せる……!

 

 「――はっ!」

 

 真上からの一撃を受けて、魔人化した猟兵の姿勢が崩れた。

 その隙にユーシスを下がらせ、エマに回復させ、自分はシフォンケーキを咀嚼する。

 セントアークで買った一口サイズ。春風を感じる甘味が、先のグレネードのダメージを消し、身体を軽くする。昂揚した戦意に逆らわず、加速。加速に加速を重ね、縦横無尽に攻撃を重ね。

 

 「行くよ……!」

 

 「合わせます! 《ベノムフレイム》!」

 「自分の武器ですっ飛んでけ、馬鹿(バーカ)! ……あはっ」

 

 毒々しい炎が、湧き上がる。

 グレネードが直撃し、爆炎が躍る。

 それらを巻き込んだ風妖精の踊り(シルフィード・ダンス)が、荒れ狂った。




Q:アイリの狙い。
A:ユーシスでもエマでもない。マキアスを巻き込んだのは「アルバレア公との取引の結果」。
フィーは勿論臨時戦力でしかない。……さて彼女の狙いは、どっちだろう?

Q:《春風のシフォンケーキ》と《ベノムフレイム》
A:フィーがセントアークからやって来た時に一緒に持って来た。

Q:リィンとマキアスとユーシスの影、薄くない?
A:意図的。この消耗の後で機甲兵を相手にするのです。Sクラフトじゃ足りません。

本当はアイリとの遭遇まで行きたかったのですが、長くなりすぎる&切りが悪くなってしまうので分割。次回も山場沢山です。
バリアハート編も残り2話(〆を入れると3話になるかも?)。

感想、評価、お待ちしてます。

ではまた次回!
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