カタナ、閃く   作:金枝篇

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バリアハート最終決戦。
VSアイリ・アドラー、前編。
では、どうぞ。


心臓の(ほむら)

 水音と共に、二つの影が翻る。

 フィーの振り下ろしが、空を裂いて猟兵に。相手はそれを軽く下がって回避。

 衝撃で跳ねた水滴が地面に落ち、弾けた時には、互いに攻撃を繰り出している。

 薄暗い水路を駆け抜け、石壁を蹴り、微かなランプを足場に!

 左右からの挟撃。ARCUSのリンクで繋がった私達の連携。

 完璧な同時ではなく、ほんの僅かだけ意図的に、タイミングをずらしての攻撃は、幾つものダガーの峰で防がれる……!

 だが、通用しない攻撃に拘泥する真似は、私もフィーもしなかった。

 通用しないなら、別の技だ。

 一瞬の後、私は身を捻る。

 相手の胴体に絡みつくイメージ。右足を起点に旋回。右手が使えないままでの動きだが、長い髪を駆使して捻る。靴底からのナイフを引き出し、後ろ回し蹴りの要領で、踵を叩きつける!

 

 「じゃ、らぁ!」

 

 刃が、相手の顔に命中する――直前。

 ふくらはぎに弾性のある何かが引っかかり、それは反発と共に跳ね返される。

 

 「……ちぃ!」

 「さっすが、に、強い!」

 「良く動きますねぇ」

 

 ワイヤーで私の勢いが殺された。捕まりかけるのを転がって阻止。息を整える。

 私とフィーが幾ら消耗してるからとはいえ、余裕の顔で阻止されるのはちょっと癪だ。

 アイリ・アドラーは感心したように――しかし表情の奥に、まぎれもない仕事人としての矜持と、嘲笑と、警戒を混ぜながら呟いた。

 ひゅ、と風が鳴る。

 

 「――!」

 

 私とフィーが揃って後方に距離を取る。

 一瞬前まで私達の居た場所に、ダガーが――それも色を塗って迷彩を施したモノが、突き刺さっていた。この暗闇の中だというのに、石造りの水路、その石と石の間にある僅かな隙間に食い込んでいる。

 私が奪おうにも奪えない。

 

 (……強い!)

 

 そして()()

 単純な馬力や速度では、彼女より優秀な人間はいる。私の知る『執行者』の皆さんなら、彼女より強いだろう。だが、生存性や……基礎と技と経験と道具を組み合わせての「応用力」ならば――他者を殺める為の総合力なら、決して彼らに引けを取らない。

 

 「片腕使えないのによくやりますねぇ」

 

 包帯で強引に止血し、ガッチガチに固定した右腕を見て感想を言われた。

 鎮痛剤で痛みを誤魔化しているだけで、筋肉がずたずたなことに変わりはない。リジュ単位で動かすだけで痛い。……それでも、応急処置はした。何も出来ないよりはマシだ。

 痛いが、少しは、動く。

 

 「う、動くんだな、それがぁ……」

 「顔に出てますよ?」

 

 ばっさりと私の虚勢を断ち切ったアイリは、冷静に観察する。

 消耗具合に、此方の持っている戦力の把握。

 私と、フィーの2人だけしか、この場には居ない。

 鋭い機転で、即座に看破された。

 

 「……ははぁ、なるほど。時間稼ぎですか。私を抑えている間に、他は出口に向かうと」

 

 やりますねぇ、と感心した態度だが、目は一切笑っていない。

 淡々と事実を確認して、冷静に「で、それで、どうするんですかね?」と微笑んでいた。

 

 ……大正解だ。

 火力こそ大したこと無いが、速度と装備で攪乱が出来る私ら2人でアイリを抑える。

 短時間でも構わない。その時間で、脚が遅いエマらを出口に到達させる。出口が開いたところで、遠距離組の支援を貰って撤退。水路から抜けるというのが、私達の作戦だった。

 実際、今のところ、それは上手く行っている。

 このまま逃がしてくれれば良いのだが。

 ……まあこういう時、良い具合に状況が転んだことは。

 

 「お二人とも!」

 

 エマの声が響く。悲鳴にも似た声は、はっきりと届いた。

 

 「ダメです! 開きません!」

 

 現実は無常だった。

 目の前の女が、周到に備えていない筈がなかった。

 

 「……切り替えるしかないね。……癪だけど、そっちの作戦に乗ってあげるよ」

 

 アイリに向けてフィーが呟く。

 

 「へえ?」

 「余裕綽々のその顔、少しは剥がしたいとは思ってる。やられっぱなしは流石にね」

 

 ……その口調と目線に、私は確かな『殺意』を感じ取る。

 私が『結社』としての真剣なモードを使えるように、彼女もまた猟兵時代に意識を戻していた。

 自然、鋭くなった瞳が商売敵を射抜く。

 

 「そっちが狙ってる物は分からないけど、()()を狙ってることは分かる」

 「……へえ」

 「だから、そっちの狙いの()()()を、私達は突く」

 「…………」

 

 アイリの顔が、微笑みのまま止まる。

 表情を隠したのだ。その事実が、フィーの指摘が図星だと証明している。

 この目の前の女は、陰険で質が悪い。だが無敵ではない。

 

 「私達は、さっきまでは時間に追われていた。……挟撃を防ぐためには、速攻で敵を倒していかないといけなかった。逃げる為に焦らされる中、ギリギリで各個撃破に持ち込んだ。――でも、戦ってる中で気付いた。――アイリ・アドラー。お前の狙いは、私達の捕縛じゃないよね?」

 

 いや、勿論、捕縛も仕事の1つには入っているのだろう。

 だが本当に私達を捕まえ、マキアスに冤罪を被せるだけなら、待ち構えている理由がない。

 

 

 ――このタイミングでゾーイ・キャラハンが出てきただけで、私達は負けるのだ。

 ――そうなったら素直に降伏するしかない。命乞いで命が無事な保証はないが。

 ――だが、彼女は出てこない。

 

 

 ――そのゾーイって奴、来る気配がないよ。

 

 

 何度も私達を捕らえる機会があった。

 というか、そもそも。そもそもだ。ホテルを爆弾で吹っ飛ばした時、自分から領邦軍に姿を見せて、自首する形でマキアスを巻き込めば、もっと簡単にやれてしまう。

 それをしなかったのは何故か?

 フィーは、挑発と取れる言葉を選んで、放つ。

 

 「()()()()()()()()?」

 「…………」

 

 今度こそ、アイリ・アドラーは表情を消した。

 無表情な仮面の顔の中で、目だけが光を放っている。

 余裕を失ったからではない。

 適当に相手をして、目論見だけ達成して逃げるつもり、という――ある意味で賢く狡猾な選択が、彼女の作戦から外れつつあることを表していた。

 この程度で冷静さを失うとは思っていない。だが僅かだが天秤を傾けた。

 

 「挑発するのが、上手いですねぇ」

 「私、怒ってるんだよ? 目線を同じにされて、どんな気分?」

 「少しだけ胸にヤル気が灯りましたかねぇ」

 「ふうん。奇遇だね」

 

 ようやっと殺気を見せた女を前に、私とフィーの意見は、一致している。

 ここまで散々こっちをお膳立てしやがったクソ女だ。

 

 「「ちょっとお前、ぶっ殺す……!!」」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……疑問だった。どうして、アイリ・アドラーは、姿を見せなかったのか」

 

 倒れた猟兵をワイヤーで拘束しながら、フィーは呟く。

 私は腕を応急処置で止血しながら、聞いていた。

 

 髪の毛に仕込んであったワイヤーもこれで全部だ。基本、不意打ち用の武器は消耗品で、回収するにも限界があるとはいえ……戦えば戦うほど手持ち武器が減っていくのは私の弱点である。

 補助導力器の髪留めが無事なのが幸いか。

 使い捨ての針で鎮痛剤を注射し、包帯でがっちりと固定する。序に《ティアの薬》入りの飴を幾つか口に入れて噛み砕く。神経と骨は……無事だ。これ以上の怪我に気を付ければ、また暫くすれば治るだろう。エマにも回復アーツを使ってもらい、EPもすぐ回復させる。

 

 やはり自分がアーツを殆ど使えないのがキツイが、嘆いても仕方がない、

 ベストは無理でも出来る限り調子を戻さねば。

 

 「さ、さっきユーシスに尋ねてた話?」

 「そう。……ユーシス、改めての確認ね。アルバレア公は、アイリを雇って、こんなことを計画する人? 私は彼のことを知らない。直接目で見ていれば別なんだろうけど」

 「雇うか雇わないかで言えば、雇う人間ではあるな。ミラはある。カイエン公も、猟兵を雇っているという噂があるくらいだ。父が対抗して雇うことはありえる。……む、……っと」

 「ふう。これで通れる。4人とも、大丈夫か」

 

 隅の小さな瓦礫を撤去し、人が歩くのに十分な線を確保してくれた。

 私達は合流しながら、フィーに続きを促す。

 倒れた猟兵に、領邦軍の兵士らは放置だ。とりあえずギリギリ死んではいない様子だし。

 グノーシスの影響で肉体が頑丈になっている。代わりに消耗と負担が激しく、精神状態はイッてるようだが、今回の事件が終わった後に頑張って回復に専念してもらうしかあるまい。

 連中の武器は……使えそうにないな。撃ちまくった結果、弾切れだ。諦めよう。

 

 「じゃあ、……マキアスにここまで冤罪を被せるような人? レーグニッツ知事を引きずり落として、リィンやカタナを貴族派に引きずり込むために、周到に計画を立てる人? 最初からこういう状況を作りたくて猟兵を雇う人?」

 「それは――」

 

 私達の意見は、言葉に出さずとも何となく一致した。

 あの人は、そこまでは、やらないと思う、と。

 

 「話に聞けば、ログナー家の人も巻き込まれてる。領邦軍の兵隊だって被害にあってる。後者はともかく、前者は普通にヤバい。ばれたら貴族内部での不和どころじゃない。……それにホテル爆破とかも、バリアハートでの治安が悪いなんて話になったら打撃受けるよね? だから、自分からそんな方法を取るかって言われたら、取らないんじゃないか、と私は思った。取るとしたら」

 「取るとしたら?」

 「全ての責任は猟兵にある、という風に話を持って行くパターンかな。実際の失敗の理由がアルバレア公にあったとしても対外的には『革新派のテロだ』って主張できるなら多少の被害を飲み込むって感じで」

 

 強引な手腕で、且つプライドが高そうなアルバレア公だ。

 自分からバリアハートの街を焼く、という提案はしないかもしれない。

 だが。

 『これは自分が提案したのではない』

 『猟兵が勝手にやったことで自分はそこまでやれとは一切指示していないし全て予想外だ』

 という言い訳が立つならば……実行するのではないだろうか。

 ユーシスは、それならありそうな話だ、と同意した。

 

 「そうなるとね? アルバレア公が、アイリを雇ったっていうより……アイリがプランを提案した、って方がしっくりくる。つまり、アイリが自分を売り込んだ」

 「……筋は通っているな」

 

 つまり、アルバレア公にアイリ側から接触をした。

 これこれこういう仕事をしますよ、と提案し実行した。それがマキアスを巡る一連の流れだ。

 となると――。

 

 「理由は? 僕への冤罪が『労働』だとすれば、アイリさ……アイリは『対価』を得た筈だ」

 「それが、ずっとやって来ない理由だと思ってる」

 

 私達が水路に来た時、ずっと待ち構えていた。殺す気ならもっと早くに殺せた。

 それをしなかったのは、したくなかったから。

 もっと言えば――。

 

 「皆には実感が薄いかもしれないけど、私には分かる。……情報を、出したくなかったんだよ」

 「「?」」

 

 エマとマキアスが首を傾げる中、他3人、つまり貴族に関わりがある3人は何となく理解する。

 

 「例えば、……レーグニッツ知事を指揮下に置くために、マキアスを人質に取る、というのは有効だよね? 実際にそうなりそうだった」

 「俺を人質にするか、俺を材料に脅せば、シュバルツァー家は……苦しいだろうな」

 「なるほどな。俺が『革新派』に捕まれば、兄上は相当行動や取れる手段が制限される。それと同じか?」

 「そう。猟兵にとっても同じなんだよ。……皆は猟兵を逆に脅す、なんて発想には至らないかもしれないけど。でも、同業者なら、やりかねない。評判が悪い猟兵なら余計にね。恨みも買ってる組織なら、危険性はより高くなる」

 

 アイリという女が、猟兵団《ニーズヘッグ》だろう、というのは既に見当をつけていた。

 三本傷の猟兵を丹念に調べて、それらしい痕跡を見つけたのだ。アイリは優秀でも、部下には差がある。

 これは私の経験だよ、と言いながらフィーは続けた。

 

 「勿論、《北の猟兵》とかなら違う。身内は全員ノーザンブリアにいるってなるなら人質を確保しようにも出来ない。あそこ仲間意識がものすっごく強いしね。……私みたいに身寄りのない面々だけで構成された組織も、あんまり効果は薄い。まあ私を捕まえて、ゼノやレオの動きを縛るってのはあるかもだけど」

 「つまり……アイリさんには家族が居て、それがばれる危険があるから、顔を出さない?」

 「家族とは限らないけどね」

 

 皆の準備が出来たところで、歩き出す。

 もう少しで、扉があったエリアだ。私達が最初に足を踏み入れた、水路の入り口近く。

 

 「例えば、思想。例えば、信条。例えば、拘り……自分が生きていく上で、あるいは猟兵として活動する上で、絶対に()()()()()()()()ってのは、どんな人にも絶対にあるんだよ。多分、それだ。……そこを突けば――」

 

 向こうの余裕は奪えるかもしれない。

 

 「それに、この作戦……実は、こっちの勝ちにも繋がる」

 「――出口にさっさと向かって逃げよう、以外に?」

 「そうだよ」

 

 フィーは『提案』を告げる。

 その言葉に、私達全員は、感嘆し、暫しの後納得と共に頷いた。

 ()()()()()()()()()()()()と。

 不安要素はあるが……やってやろう、という気になった。

 突破口を開く序に、あのいけ好かない、上から見てる策士気取りに痛い目を、みせてやれる!

 それだけで乗っかるには十分だった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「『弧影斬』――!」

 「『クリアランス』」

 「『リーピング・バイト』……!」

 

 リィンの斬撃が一直線に飛翔。足元に浸る水の上を駆け抜けた刃を、アイリは回避する。

 直線軌道の攻撃は読まれやすい。だが、飽く迄も牽制。本命は()()()だ。

 素早く走り攻撃を回避したアイリの移動先に、フィーが銃を乱射。

 威力よりも範囲を意識。面攻撃のように「置いた」攻撃を、アイリは防弾性のマントも駆使して耐える。

 そこに――私の鞘が飛ぶ。

 既に小太刀は失われているが、まだ鞘はある。ぶっちゃけただの木の棒より頑丈な程度だが、逆に言えば全力でぶん殴っても、そのくらいの威力は出る。痛いは痛いだろうしな!

 《オボロ》が光る。鞘に付与された紫の色は、命中すれば相手に毒を与えるだろう……!

 

 「っち」

 

 アイリも流石の手腕だ。私の薙ぎ払いを空中に飛び上がるように避ける。

 そしてそのまま――。

 

 「っと! やりますねぇ!」

 

 咄嗟に、水路の天井へとダガーを投げ、自分の身体を引っ張り上げた。

 その直後、アイリの身体があった場所に。

 

 「外したかっ!」

 「だが掠めた! そのまま左に向けて撃ち続けろ!」

 

 マキアスの《ブレイクショット》が突き刺さる。

 弾丸が遠く水路の壁へと命中して微かに粉塵が立ち上がる中、空中で身を捻ったアイリは動く。

 本来ならば身動きが取りにくい、滞空中。

 ダガーを投げて自分を運び、此方の予想を掻い潜られていく。

 

 「《フロストエッジ》!」

 「凍れ!」

 

 だが、それでも攻撃の手は休めない。執拗にエマがアーツを乱打する。

 後方指揮のユーシスも同時に、アーツを展開。

 氷の刃は、アイリの居た場所に限らず、四方八方の壁や地面に突き刺さり、そのまま凍らせる。

 鋭い棘や氷柱が伸びあがり、その一撃は確かに――。

 

 「…………ほんと、やりますねぇ」

 

 アイリの頬をかすめ、血を流させることに成功していた。

 

 「そっちの狙いを完全に把握したわけじゃない。でも、私達は早々負けない」

 「…………」

 「時間を使われて困るのは、そっちだよね?」

 

 そう、実のところ。

 タイムリミットがヤバかったのは、挟み撃ちに遭うまでの話だった。

 

 復習だ。此方に時間制限があった最大の理由は、飽く迄も『マキアスが此方の手の届かないところに移動されてしまったら何も出来なくなるから』。マキアスを救出しても、奪還されてしまえば意味はない。だから領邦軍の兵士らからの追撃も振り切る必要があった。

 

 では今は?

 ……少なくとも、あの猟兵らを撃破した今、追手の心配はそこまででもない。

 崩れた瓦礫の山は、私達が通った後、フィーが爆薬で再度吹っ飛ばしてある。

 猟兵との戦いみたいに、簡単には越えられないように、丁寧に塞いできた。

 既に『逃げる』という作戦そのものは、ほぼ成功していると言える。

 出口に「出しませんよ」とクソアマが陣取っているだけで!

 

 「お前は、観察していた。この地下水路の一連の流れで、お前自身の『狙い』が達成出来るかどうかを、ずっと……。でも、私達の努力で、それはまだ達成されていない。幸運もあっただろうけどね。……だから自分で出てくるしかなかったんだ」

 

 挑発するように、フィーはアイリに語る。

 お前が何を狙っているかを語り、その上で明白な弱点を語る。

 

 「お前はそれを、私達に……いや、違うね。他の誰にも教えたくなかった。貴族にも」

 「……」

 

 アイリ・アドラーは無言だった。忌々し気な顔をした。

 だがフィーから視線をそらさない。

 自分を遠距離から狙っているエマやマキアスらにも注意を払っているのは流石だ。

 フィーとリィンと私が前線を張り、アイリの気を逸らせ続ける。

 後方――率直に言えば、塞がれた入り口の前に、エマとマキアスが居る。

 二人の傍らにはオーブメントの簡易修復機が置かれており、絶えず2人にエネルギーを供給。

 私ら3人と後方2人の間にユーシスが入り、後衛のスポッターを務める構図だ。

 

 「……認めますよ。貴方達は、私の予想以上に優秀でした」

 

 感心した様子で、アイリは呟き。

 すっとこっちを射抜く目が、変わった。

 自然と悟った。

 ()()()()()()

 

 「だからもう止めます。観察も、様子見も、時間稼ぎに乗るのも」

 

 フィーの語った作戦は簡単だ。

 つまるところ、アイリ相手に此方が時間を稼ぐ。

 稼いでどうなるかって?

 

 「……ARCUSに反応在り! 近いです! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 「流石のお前も、サラ教官にトヴァルさんに……A級2人を相手にするのは厳しいんじゃない?」

 「仮にそうだとしても――そっちが来るまで、持ち堪られたらの話ですけどねぇ!」

 

 ――全くその通り!

 この作戦最大の問題は、アイリ・アドラー相手に『時間が持つか』という一点に尽きる。

 さっきまで優勢に進めていた? まさか。回避に徹され、あれだけの攻撃を続けざまに浴びせたのに、彼女は僅かな怪我程度しか負っていない。

 6人掛かりだから、均衡しているだけなのだ。

 つまり、此処からが、本番――!

 

 「殺せますかねえ、貴方達に!」

 

 私らの啖呵を嘲り、影のように動いたアイリは、その刃に殺気を乗せる。

 感情として殺意が乗っているのではない。寧ろ冷静に――此処まで挑発され、目的を見破られても尚、その思考は冷え冷えと冴えている。そしてプロとして動く。

 狙われたのはフィーだ。マントの下からダガーを私とリィンに投げ、此方の動きを牽制。

 その僅かな時間で、アイリの刃は、フィーと至近距離で交錯していた。

 

 「………はや、い!」

 

 銃剣を、首を軽く動かしただけで回避したアイリは、フィーの懐に潜り込む。

 フィーも全力で応対するが、経験が違う。関節技と転がりながらのキャットファイトは、速度もあって他人に割り込む隙を与えない。だが、アイリが優勢を取った。

 小柄な少女らが2人、地面に転がる。

 アイリはそのまま勢いを使い、手首から取り出したダガーを、フィーの喉元に突き刺し――。

 

 「あ、っぶな!」

 

 アイリの手首を掴んで軌道をずらし、その致命的な一撃を阻止。かすり傷に留める。

 だが、フィーは起き上がれない。

 見れば、その服に刃が食い込み、楔のように地面と縫い付けている。

 首の一撃はフェイント。本命は、今の一瞬で、反対側のダガーで、彼女の動きを止めること……!

 

 「やば……ごほっ」

 

 ダン! という音がした。

 起き上がって加速したアイリが、靴で、フィーの胴体を踏みつけたのだ。

 呼吸が乱され、思わず苦悶の声を上げる彼女を無視し、猟兵は既に駆け出している。

 同時、無造作に上空に放り投げられた幾つものダガーが、フィーへと降り注いでいる。

 一番近くに居たリィンが、それを弾き飛ばす。その行為で、足が止まる。

 

 「さ、三人とも、アーツ! こっち、巻き込んでいい!」

 

 私が間に割込み、後衛との壁になる。

 ユーシスの剣術では、彼女を制するのは無理だ!

 移動中のアイリにアーツを叩き込んで、少しでも消耗させるしかない。

 

 「間に合うとでも、思ってるんですかぁ!?」

 「………ん、な!」

 

 目の前で、アイリが分裂した。

 別け身、ではない。

 足捌き(サイレントステップ)を駆使した、分身の術。

 アイリ相手に、その一瞬は致命的だった。

 分身の一体が私を蹴った。それも、強引に止血しただけの、右腕を。

 

 ――パキャ、という音。

 (……っ、折れた……!)

 

 包帯の拘束の上からでも、威力は凄まじかった。

 二の腕が、曲がってはならない方向に曲がっている。

 水の浸る地面へ転がった私を無視し、アイリは後衛に迫る。

 ダメだ! ……向こう3人の詠唱が、間に合わない!

 

 「っせるかぁ!」

 

 左手と長い髪を駆使し、生えていた氷柱を掴み、投げる!

 一直線に飛んだそれは、やはり回避される。

 アイリがユーシスとマキアスを蹴り飛ばしたのが見えた。

 高台から転げ落ちる中、ただ一人エマへ狙いを絞った一撃が、振り下ろさ――。

 

 ――Prohibere(静止せよ)

 

 「――っぐぅ!?」

 「エマ、それ……」

 

 詠唱を中断したエマは、眼鏡を外している。

 魔女の瞳が、自分に向けて攻撃したアイリに『命令』を下したのだ。

 

 咄嗟の判断で、エマは間に合わないならばどうするかと、決意した。

 迫る刃を前に、相手と視線を逸らさないで「術」を叩き込んだ胆力。

 その捨て身の術を受け、アイリはバランスを崩した。

 

 身体の制御を失い、人形のようなぎくしゃくとした動きとなった猟兵に。

 起き上がったユーシスが刃を振り下ろした!

 アーツが間に合わないと切り替え、受け身を取っていた。

 一切の遠慮もなく、確実に『倒す!』という意気込みで、振るわれる、騎士の剣。

 

 「《ルーンブレイド》!」

 「っは、甘いですよぉ……!」

 

 その剣技は、二つのダガーで優雅に受け流される。

 重心を崩されたユーシスに、ダガーが幾重にも振るわれる。

 ギャガヤッという金属が軋み、歪む音。

 

 「無事だろうなアルバレア!」

 「それをしてこの先どうするつもりだ!」

 

 マキアスが、導力銃を放り込むように投げ入れたのだ。

 その銃身が歪み、幾つもの部分が引き裂かれる。ユーシスへの身代わりとなって。

 ガチリ、とリンクが繋がった音がする。

 反目しあっていた2人の間に、確かにARCUSが結ばれた音。

 

 「こうするんだ!」

 

 マキアスのARCUSが輝き、アーツを発動させる。

 彼は詠唱を辞めてはいなかった。

 アイリの背後に、巨大な鎌が現れる。

 

 「《デモンサイズ》――!」

 「《イセリアルエッジ》!!」

 

 アイリ自身を標的として放たれたアーツは、彼女がどれ程に移動をしても対象を見失わない。

 回避出来ない、死神の鎌が、こんどこそ命中する……!

 

 「――!」

 

 そして空を翻って飛ぶエマの銀色の刃が、その身体を貫いた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……凄いですよ」

 

 だが、流石は、猟兵と言うべきか。それとも、やはり、と言うべきか。

 手応えがあった一撃を受けても、アイリは、倒れることすらしなかった。

 背中から叩き込まれた幾つもの技を受けても、その衝撃で自分から転がり、即座に姿勢を立て直して、私達を睥睨する。

 

 マントが破けている。全身に僅かな怪我を負っている。動きが若干ぎこちない。

 だが、それだけだ。

 冷徹な『仕事人』の顔のまま、彼女は淡々と此方を分析する。

 

 「数分だけとはいえ……真面目に殺す気でしたが、全員、まだ生きている。手を抜いているつもりはありません。――でも、もうそろそろ、攻撃の手も防御の手も尽きますよね?」

 

 対する此方の被害は、大きい。

 向こうの殺意を受け止めただけで、半壊していると言える。

 私は完全に右手が使えない。マキアスは武器が使えない。エマの魔眼も二度は通じない。

 フィーは無事――ではなかった。掠めたダガーに毒が塗布さえていたのか、その身を蝕まれている。相当、顔色が悪い。《解毒剤》を投げたが、全快には程遠い。

 そこまで確認をした上で。

 

 「何が、言いたい?」

 「『切り札』ですよ」

 

 アイリ・アドラーは、ゆっくりと手を掲げて。

 ぱちん、と指を鳴らした。

 

 「初っ端から出していたら、もしかしたら()()も機転や創意工夫で、封じられていたかもしれません。あるいは利用されて、皆さんを取り逃がしていたかもしれません。でも、その心配も無いでしょう。……貴方達が切望する『援軍』も、()()来ない。ならば――」

 

 水がぶつかる音がした。

 飛沫を派手に飛ばしながら、ゆっくりと、それが姿を現した。

 水路の中から浮き上がった巨体は、人間の身の丈、その三倍ほど。

 人間の形をしてこそいるが、その全身は鋼造り。腕も、脚も、胴体も、顔も、全てが鋼。

 

 「にん、ぎょう兵器……! んな、ものまで、隠してたの……!?」

 「隠していた? いやいや、何を言ってるんですか。貴女は、一回確認していた筈ですけど?」

 

 何のことだと混乱する。

 だが、微かな灯りに照らされる光沢に、僅かな既視感を覚え、理解する。

 

 

 ――扉の近くに、コンテナに収まった建材や角材も見えている。

 ――……なんとなく、嫌な予感がして、コンテナを開ける。

 ――中には鉄パイプが収まっているだけだった。

 

 

 「……あ、あれ、か……!」

 「ご名答。もっとじっくり確認すれば、あれが分解状態だってわかった筈なんですけどねえ」

 「……! そ、ういう、こと。出口も……!」」

 

 あの資材と箱の中には、分解されたコイツが入っていた。

 上の方にあった中身はフェイクかもしれないが、兎に角、私が確認したあのコンテナの中身が、これだ。

 

 つまり、私らがマキアス救出に、此処に入ったことを確認して。

 アイリは、この人形兵器を、部下か兵士かの手を借りて組み立てた。

 そして空のコンテナを外に運び出した上で、入り口を施錠。運び出したコンテナを、施錠が破られても扉が開かないように置くように指示したという流れ。

 バリアハートの人々には『ちょっとした工事』とでも説明すればいい。

 仮に……この出口のすぐ近くに、サラ教官やトヴァルさんが来ていたとしても――街中で兵士らを突破し、鉄の空箱を破壊するのには、時間がかかる……!

 そこまで見越しての、『切り札』か!

 

 「『切り札』と言うのは、()()()()()()()()、『切り札』と言うんですよ?」

 

 立ち上がり、通路へと昇りきった機甲兵。

 その威圧感に、飲まれそうになりながらも、私は思考を止めない。

 他の皆も、ヤバいという感情は隠しきれないが、それでも瞳には意思があった。

 

 「……私の判断ミスだった、かも」

 「い、言っても、仕方が、無い。どっちにしろ出口は使えなかった。追手を封じるために、退路を断った時点で、こうなるのは、必然、だった」

 

 流石に冷や汗を隠せないフィーに、私は返す。

 アイリはまだ全然普通に戦える状況。

 機甲兵は、組み立て式ならば、強度が低い可能性はある。

 残された手は――アイリからの攻撃を防ぎつつ、機甲兵を潰して、その後アイリを倒す。無理なら、近くまで来ているサラ教官とトヴァルさんと……後確か彼が話していた『もう1人の援軍』が来るまで持ちこたえる――しかない!

 

 「そういう抵抗を封じるから、『切り札』なんですよー。……終わりです」

 

 構えた私達の前、機甲兵の中から導力音が聞こえた。

 何かを貯めるような音だ。その内部にある、エネルギーを解き放つような。

 不味い。何かヤバいのが来る。せめて少しでも軽減しなければ。

 そう思った私達の防御を嗤うように、アイリは――。

 

 天井に向かってワイヤーを飛ばし、地面から体を浮かせて。

 

 私は、そこで気付いた。

 足元が、水に浸っている。

 グレネードで何処かから浸水したのではなかった。エリアが違う。

 そうだ、思えば、この部屋にきてからずっと、足元が妙に濡れていた。

 これではまるで。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぱちんと、指が鳴った。

 

 はじけ飛んだ。

 

 バン!という衝撃音、体中を駆け抜ける余りにも一方的なエネルギー。

 私の視界がぶれる。

 機甲兵の傍にいたフィーが一緒に吹っ飛び、そのまま水路へと転落する。

 

 否、距離は関係がなかった。

 秒にも満たない次の瞬間、リィンも、ユーシスもマキアスも、そしてエマですらも。

 一斉に、機甲兵の放った一撃に、貫かれていた。

 

 爆発音がする。

 エマの持っていた魔導杖が、破裂して、煙を上げていた。

 

 何が起きた?

 何かをされた。何をされた?

 意識が途絶える。明滅する。耐えられない。心臓の鼓動が乱れている。微かに感じる、焦げた空気の香り。筋肉と神経が焼けた臭い。呼吸すら困難な麻痺状態。

 機甲兵の頭部近くに見える機械。

 あれだ。あれが何かをした。全身が痺れている。まるで、雷、に。

 

 

 ―― だが結局、あの工事車両は、具体的に何を何処まで調べていたのだろうか。

 ―― 何処かの溜池とか空洞が、崩れたのではないか。例えばその貯水倉の側面に穴が空いたとかだな。

 

 

 ―― うむ、知らなかったかね? 其方の御父上が、先だって注文した品だ。なんでも……通信妨害も行える、一時的に大量の()()を――

 

 

 繋がった。

 あいつらがやっていた工事。

 ログナー公爵の話していた、新兵器。

 

 (でん、げ……き……)

 

 動こうにも動きようがない。誰も彼もが動けない。リンクが途切れた。

 フィーも、エマも、ユーシスもマキアスも動けない。

 ただ微かに、ブラックアウトする寸前の視界の中。

 

 

 リィンが、立ちあがったのが、見えた気がした。

 

 

 私の意識は、そこで途切れている。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 第三の爆弾、というのは、要するに『水』だった。

 地下水路に予め仕掛けを施しておく。好きに水位を上下させることが出来るように。

 頑丈な水路への細工だ。水路からだけでなく、水を取り込む河からのアプローチも必要だった。思いの外、自然深くまで立ち入って作業をしなければならず、結果ヴィナスマントラを招いてしまったが……それも普通に利用できた。

 

 「よいしょ、と。流石に、気絶していますか」

 

 絶縁体で出来たワイヤー(勿論完全に乾燥させてある)から手を放し、着地する。

 この兵器は、アルバレア公が、ラインフォルト社のハイデル・ログナーに発注した代物だ。

 本来は戦車などに搭載される電磁波系の武器である。

 機甲兵に搭載も出来る、というマニュアルを渡す条件で借り受けていた。

 使えて1回だが、その1回で十分だ。

 

 「さてそれじゃ……確認、させてもらいますよ、と」

 

 少女ら3人が完全に気絶していると確認したアイリは、一人の少年へを目を向ける。

 黒髪の少年に。

 

 「あの猟兵(ゴミ)には、リィン・シュバルツァーを盛大に切り裂いて欲しかったんですけどねぇ」

 

 丸裸にしてやる、というのは比喩でも何でもない。ただ、狙いが違っただけの話。

 この少年を確かめたかった。どうしても目で見て確認しなければ、気が済まなかった。

 水位の調整も、猟兵の襲撃も、その狙いはただ1つ。

 

 ――リィン・シュバルツァーの上半身を、確認すること。

 

 水に濡れた重い服を着続けての戦闘は難しい。

 どこかで脱ぐと思っていたが、予想以上に抵抗された。

 カタナ・N・アルビーならば率先して脱ぐかな、それに釣られてくれるかな、という読みは外れてしまったが……まあ、結果オーライだ。

 

 ダガーを握る。

 後は、リィン・シュバルツァーの上着を切り裂き――()()()()()()()()()()()

 

 そうして手を伸ばした、その瞬間に。

 

 

 「――   」

 

 

 咆哮を、聞いた。

 獣の声ではない。人の声。だが、人間ならざるモノが、人間の喉を使って叫んだような声。

 最初は、その声量は小さかった。

 だが――ゆっくりと、声が、大きく、強くなってくる。

 

 「――――   お、おお 」

 

 信じられなかった。

 声は、アイリの目の前から、響いてくる。

 リィン・シュバルツァーという少年が、その全身を震わせている。

 電撃でその全身が焼かれている筈だというのに。

 

 「……       !!」

 

 太刀を支えに、立ち上がった。

 歴戦の強者であるアイリが、息を飲むほどに鬼気迫る顔と、覇気を纏っていた。

 

 「……あはっ、それが、心臓の影響ですか……? 良いですねぇ! とても良い!」

 「お前、は」

 

 自らの希望が叶った喜悦を隠すことなく、嗤う女に。

 少年は、吼えた。

 

 「許さない――!」

 

 その髪は銀色に変化し、その目は真紅に染まっていた。

 荒れ狂う蒼炎が、機甲兵と猟兵へと、降りかかった。




Q:現状戦力
A:リィン:覚醒。原作より2章くらい速いよ!
ユーシス&マキアス:復帰までもう一息。
フィー:戦闘不能。
エマ :戦闘不能&魔導杖故障。
カタナ:戦闘不能……?

Q:アイリの目的。
A:心臓。誰かから受け継がれた胸の焔。
アルバレア公との取引、バリアハートでの活動、マキアスへの冤罪――全てはこの為に。

誤字脱字のご指摘、毎回ありがとうございます。
一度には無理ですがちょこちょこと修正しています。
バリアハート編も残り2話。アイリとの決着&EDです。


次回:「翡翠を刻む血」


感想評価お待ちしてます。
ではまた次回!
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