カタナ、閃く   作:金枝篇

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3章前の幕間、スタートです。

不穏なフラグは控えめ。
ほのぼののんびりの日常をお楽しみください。
では、どうぞ。


幕間:穏やかそうで案外穏やかじゃないかもしれない日々
割と暇な学生たちの一日


 どんなに体が疲労困憊でも、目が覚める時間が決まっている。

 朝5時50分。目覚まし時計が鳴るよりも早く、ぱちっと目が開いた私は、起き上がる。

 六月に入ったとはいえ、早朝ならばまだ若干、肌寒い。

 二度寝したい誘惑に耐えて、布団を畳み、身体を伸ばす。

 

 ――にゃぁお~~ん。

 

 窓の向こうで、黒猫が鳴いた。

 

 「……また、君か」

 

 毎朝毎朝、何が楽しいのか、私が起き上がるとほぼ同時に、窓の向こうで鳴き声を上げる。

 ここ最近――ちょうどバリアハートでの実習が終わった頃から、挨拶をしてくるのだ。

 最初は驚いたが、すっかり慣れてしまった。

 こっちがおはようと声をかけると、ふいっと顔を背けてどっかに行ってしまうし。

 

 「に、人間の言葉で頼む、よ……」

 

 まず寝間着を脱いで、運動服(ジャージ)に。

 最初は寮を出てロードワークだ。

 軽く脚の準備運動をした後、数セルジュほど全力疾走し、身体を覚醒させる。

 汗をかいたところで、ゆっくりしたペースに切り替え、更に数十セルジュ走る。

 東トリスタ街道には、起伏の中にも平地があってかなり鍛錬向けの地形だ。

 

 「おはようカタナ! 今日も好調だな!」

 「そっちも、朝から、元気だね」

 

 この時、他の《Ⅶ組》面子と顔を合わせることもある。

 他のというが、大体ラウラだ。ラウラが7割。リィンが2割。フィーが1割といったくらい。

 彼女は私と同じくらいの時間に起きて、毎朝しっかり素振りの鍛錬をしている。

 トリスタ近隣の魔獣がそこまで強くないのもあって、良い経験値稼ぎになってくれる。

 しっかり汗をかいたところで、自室に戻って、クールダウン代わりの柔軟体操だ。

 

 「……でも、一人じゃ、限界、ある、なぁ」

 

 ベッドの上にある梁を使い(これで落下しても安全)、脚を掛けて、上半身を起こす。

 逆さまの姿勢で腹筋をしながら、考えていた。

 

 猟兵アイリとの戦いは、かなりきつかった。

 武器や武装の不足/消耗が激しかったのはあるが……私自身の実力は、割と頭打ちに近い。

 元々が『執行者』になれない万年候補生止まりだったのだ。

 腑抜けていた勘を取り戻し、なまった身体を鍛え直しても、以前以上への成長は難しい。

 

 「……実戦で磨くのも……限度あるし……」

 

 フィーやラウラとの模擬戦は出来るが、互いに手の内を把握していてやりにくい。

 勿論本気で殺しあえばまた違うのだろうが、切り札や必殺技をほいほい使う訳にもいかない。私の必殺技は、下手をすると本当に「必ず()す技」だ。

 サラ教官も毎回付き合えるほど暇じゃない。

 ここらで少し、自分を成長させる要素が欲しいところだ。

 

 「……ま、……頑張って探すしか、ないかぁ……」

 

 シャワーで汗を流して、朝食。

 手早く口に入れながら学生手帳を開いて、今日の確認。

 鞄に必要な道具を詰めて、いざ出発だ。

 

 「さて、今日も一日、頑張りましょー」

 

 と、気合を入れた。

 

 本日は残念ながら自習ばっかりだった。

 相変わらず《空の女神(エイドス)》は気まぐれだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「早くリメイクが出てくれないかな……。特に『5』……」

 「結構読書家ですよね、カタナさん」

 「そう、でもない、かなぁ。……資料とか勉強の素材としては詰め込んでる、けれども。娯楽という意味で言えばそんなんでもない。嵌ったの最近かな」

 

 何の話かと言えば、読みたい本の話。

 私の呟きに、目の前に座る委員長は小声で返事をしてくれた。

 本日の社会の授業は自習となっている。

 本来ならトマス教官が教鞭をとっている時間なのだが、外せない用事が出来てしまったそうだ。

 なんでもリベール王国の博物館から研究のアドバイスが欲しいと要請があったとか。

 

 懐かしいな。

 私がワイスマン(アルバ教授)と一緒に行動していた時は、懇意にしてもらったものだ。

 リベールでの行動の足掛かりとして、帝国から招かれた研究員と言う立場は、非常に使いやすかった。

 

 自習になった私達《Ⅶ組》は、全員揃って図書館で、指示されたレポート準備だ。

 既に全員、書き終わっている。

 特段、内容が難しいわけでは無いし、資料と教科書を見て形にするだけなので、皆さっさと終わらせている。フィーはちょっとばかり苦戦していたが、私とエマのフォローもあって無事終了。

 後は図書館で自由時間だ。

 皆、思い思いに読書をして時間を過ごしている。

 

 マキアスは政治経済の新聞を読んでいるし、エリオットは『人形の騎士』を。

 ガイウスは美術史を読み、ユーシスは珍しくも(珍しいのか?)詩集を静かに読んでいた。

 ラウラは紀行文、リィンは『カーネリア』。

 そして私が読んでいる本が『Y‘s(イース)』である。

 

 ゼムリア大陸でロングセラーを記録しているこの書物は、いわゆる冒険ファンタジー。

 冒険家『赤毛のアドル』ことアドル・クリスティンを主人公とし、エウロパ大陸という架空の世界を縦横無尽に駆け巡る娯楽小説。時にシリアス、時に涙、時に苦難を描きつつも、いかなる時も前向きで、未知の冒険を繰り広げるアドルに魅了されるファンは多い。

 欠点として、刊行速度が、あんまり早くないことがある。

 小説は「アドル・クリスティンの手記」という体裁を取っており、冒険の数は100を超えるとされているのだが、その割にはまだ1巻から8巻までしか出ていない。そろそろ9巻が出るとかいう話は聞くくらい。

 

 「5巻復刻してくれないかなって……」

 

 そしてロングセラーということは、リメイク版やらセット販売やらが多いとも言える。

 イラストが書き下ろされたり、言葉が現代風になっていたり、と言えば分かりやすいか。

 しかし『5 失われた砂の都ケフィン』は未だにリメイクの気配が、無い。

 

 「錬金術の話とか知りたいんだけどね……」

 

 頭の中に、性格が悪い銀行家の女(マリアベル・クロイス)が浮かんだが、消す。

 そっちじゃない。

 

 「好きなんです? そういうの」

 「まあ、好きかな。錬金術もそうだけど、謎のオカルトを技術に落とし込むのが好き」

 「……家庭教師さんのお話です?」

 

 まあね、と頷いた。

 ワイスマンのことは大っ嫌いだが、奴の技術と思考の全否定はしにくい。

 ノーザンブリアにも足を運んだことはあるが、あの荒廃しきった土地を見て何も感じない奴は、それはそれで問題なくらい酷い有様だった。故郷があんな風に変化したら、ワイスマンみたいに性格が捻じ曲がるのも理解はできる。同情も出来る。だからと言って奴を許容は出来ないが。

 

 「エマにも居るでしょ、嫌いになりきれない人。……お姉さんだっけ? そんな感じ」

 「カタナさん、姉さんとお知り合い、でしたね」

 「うん。知り合い以上では、ないけど。今、どこで何してるか、知らないし」

 

 ヴィータ様と会話をしたことはあんまりない。

 ただ、私が《魔女》の《郷》に足を運んだことがある、と知られた時には、驚かれた。

 そして少しだけ話が弾んだ。

 

 『おばあ様への手紙、ね……。もしかして、その差出人は……《聖女》様かしら?』

 『す、すいません、黙っていてと、言われている、ので』

 『顔に出てるわよ? ……ま、良いわ。深くは詮索しないでおいてあげる。代わりにちょっと付き合いなさい。私にも同じくらいの妹が居るのだけど……比較してどんなくらいの腕なのか、知りたくなった』

 

 ……結果は言うまでもない。

 満足にアーツも使えないし、候補生及第点レベルの私が、どうやっても勝てる筈がない。

 呪文一発でダウンした私を見て、予想外に弱かったわと笑っていた。

 嘗て《郷》を訪れた時、ヴィータ様&エマの二人を見かけてもいる。

 あの時話していた『妹』というのが、委員長なのは、間違いなかった。

 

 「まあ、それは、さておいてさ。……やっぱ根っこの部分では嫌いになれないんだろうなって」

 「……私もです」

 

 向こうが私に何を思っていたかは、今となっては知る方法もない。

 道具以上の何かがあったのか否かすらも、匂わせもせず煉獄で散っていったのだ。

 

 ま……死んだ人に、勝手に期待するのは、生者の特権だから。

 少しは良いほうに、考えておこう。

 

 長年、小間使いをやっていて、良い感じに使われていたが、同時に……考古学者の弟子、という表向きの立場を守るためにも、教育はやってくれた。

 筋道を立てて思考をする方法。

 論理的に説明し、相手を納得させる理論。

 分からない物を放置せず、出来る限り自分の中で咀嚼する技。

 インプットと同時にアウトプットも重要であり、口で説明出来るようになって一人前。

 未知の物でも、過去の物と比較し、造り手の意図を探ることで、適切に使用できるだけの力になる教え。

 何せ、血縁上の父親の手引きで、初めて出会った年齢一桁の頃から、仕込まれたのだ。

 見えないところで虐待を受けていたわけでもない。ときどき私で愉悦するくらい。

 ……あれで人格さえまともだったらもう少し尊敬できるのだがね!

 他が良くても人格が壊滅的過ぎる。

 

 「ま、まあ私の話は良いじゃん。エマは何を読んでるの?」

 「猫語日常会話入門です」

 

 ……また変わった物を読んでるね。

 

 「そういや、黒猫が住んでるじゃん、トリスタに」

 「尻尾に青いリボンを付けた雌の?」

 「そうそう。彼女、で良いのかな。彼女がさ、やたら私の部屋、覗いてるんだよ」

 「え”っ」

 

 ? なんかエマがらしくない悲鳴を上げた気がした。

 

 「い、いえ、すいません、ちょっと喉が渇いただけ、です。そ、そうなんですか?」

 「そう。毎朝毎朝、起きた瞬間、窓越しに目が合うの。前々から、なんとなーく視線みたいなのは……感じてたんだけどさ……。ああ、彼女だったのか、と」

 「へ、へえ。何が気になってるんでしょうね、そ、その娘」

 「エマ顔色悪いよ? 大丈夫?」

 

 大丈夫です、と言う委員長だが、若干表情が引き攣っていた。

 リィンが時々黒猫にミルクをあげているのは目撃している。……同様にエマも何か関わっているのかもしれない。かなり利発そうな雌だから、こっそり世話をしたくなるのは、分かる。

 

 「毎朝窓からじーっと見つめててね……。最初は「あの本(イストミア異聞)」とか、怪しい物に動物の勘が働いたのかなーと思ったけど、そうじゃないっぽい。私の部屋、なんか気になるものでもあるのかな」

 「ど、どうでしょうね!」

 

 急に態度が怪しくなったエマだった。

 首を傾げる私の前、提案して続きを考えさせない。

 

 「せ、折角ですし、私もこんど、お邪魔していいですか!?」

 「? 別に良いけど。……そういや皆、私の部屋に来た事なかったね」

 

 フィーとは互いに行き来している。エマとフィーの部屋で一緒になったこともある。

 ただ私の部屋に、フィー以外の女子生徒が来たことは、そういえばない。

 春から2か月経過した。そろそろお邪魔する遠慮も消えてくる頃だ。良い機会かもしれない。

 

 「じゃ、何時でも来て良いよ、待ってる」

 

 そんな感じで、社会の自習時間は過ぎていった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ごめん……タロット、無くしちゃった」

 

 昼休み。学生棟。オカルト研究部。

 机を挟んで向かいに座ったベリルに私は謝っていた。

 互いの前には学食で買ったランチセットが広がっている。

 私はハンバーグ&トマトとサンドイッチ。ベリルはタルタルソース付き白身魚フライとライ麦パン。サラダと牛乳付きで数百ミラというお手軽&食べ応えある人気メニューである。

 これからの活動の話をしつつ、咀嚼した後、切り出した。

 

 「そうなの?」

 「そうなの。……多分、実習中のごたごたで……落としちゃったんだと思う」

 

 バリアハートでの実習、その最終日。というか地下水路での戦いで、だろう。

 あの時、武器も制服も自分の身体すらも、ごちゃごちゃで滅茶苦茶でしっちゃかめっちゃかになった。

 目が覚めて気付いた時には、預かっていた『恋人』のカードがすっかり消えてしまっていた。

 あんな事件の後だ。地下水路に入って探すことは色んな意味で不可能だった。

 

 「その、ごめん」

 「……カタナが謝って戻ってくるなら、謝れば良いわ。……でも、故意じゃないんでしょう?」

 「も、勿論!」

 

 私は慌てて頷く。

 ランチセットのプレートに乗った牛乳瓶がかたっと音を立てた。

 

 「ベリルから預かった物を捨てる程、私は薄情なつもりは、ないよ!」

 「微妙に重い友情をありがとう。……フフ、そこまで力説しないでも良いわ。分かってる」

 

 私のお皿でハンバーグを分割し、フォークで奪ったベリルは、それをパクリと飲み込んで。

 ちょっとだけトマトソースで紅くなった唇で、小さく微笑む。

 

 「貯金が出来たのよ。一カ月、頑張って貯めたお金があるわ」

 「……フォーチュン・クッキーとかのあれ?」

 「そう、それ。あれで占い道具を買う予定だったの。一緒にタロットも新調するわ。……カタナ。失くした責任として」

 「私に弁償……」

 「なんか要求しないわよ、フフ。今度、一緒に買い物に付き合ってくれない?」

 

 肘をつき、手の上に顎を乗せ、口元を隠しながら、しかし全く怪しくなければ怖くもない目線。

 普段ののらりくらりとした態度のまま、視線は私を見て、とても楽しそうだった。

 

 「無事に一緒に部活が出来て嬉しいわ。カタナは?」

 「……喜んで、お誘いを、受けることにします」

 

 私の言葉に、よろしい、とベリルは小さく手を叩いた。

 そしてすぐに、普段の怪しいフフフ笑いに戻ってしまう。勿体ない。

 

 「あら、私が何か?」

 「ん、やー……フフフって笑う人には、何回も過去、会ってるのも、あるんだけど……」

 

 クソ眼鏡とか、錬金術師とかがそうだ。

 

 「ベリルはそういう笑み浮かべても嫌じゃない美人だなぁと」

 「ひゅえ」

 

 ずるっと肘が滑った音を聞いた。

 何ら世辞のない褒め言葉だったのだが、意外だったらしい。

 見ればベリルは、私の言葉に驚きつつ……若干だが、頬が紅潮している。

 

 「……貴女、……その言葉はありがたいけれど」

 

 落ち着きを取り戻したのか、その言葉は私以外に言ってあげなさいよ、と助言された。

 一瞬だけ消えた余裕は、数秒の後に回収されていた。

 流石、手強い女ベリル。イニシアチブを渡してはくれないようだった。

 

 いやぁ……それはどうだろう。

 なんとなく口に出すのはいけるけど、改めて意識して行うのは嫌かもしれない。

 

 「ベリルくらいにしか言えないんだよ……」

 「だから重いわよ。まあ、クラスメイトでは近すぎて、私以外は遠すぎる、というなら、それは嬉しい距離感を築けているんだと思うけれども」

 

 女性が女性を口説くシチュエーションがあると知ってるし、そういう経験もある。

 幼女に(性的な意味で)甘えられるのが好きな淑女も世間には存在しているのだ。

 アンゼリカ先輩よりもっとドロドロした情念を持っている人々である。……アンゼリカ先輩は、本当に嫌がる相手にはやらないし、あれで加減しているし、怒られないラインを見極めてやっている。それとは比較にならないヤバい人が居るのが、権力者の恐ろしいところだ。

 異性との関係だけでなく、同性とも関係は結んだことがある……くらいには工作員。

 流石に、この力を、軽々に他人には使えない。

 

 「……まあ、詳細を話しても、誰も得しないから、黙ってるけど」

 

 アンゼリカ先輩に身体を弄られても、羞恥心ゼロで平気な自分が。

 今更「健全なお付き合い」は、全くもって想像できない。

 私の言葉を聞いてベリルには、『本当?』という顔をされた。

 

 「……貴女、自分が『結……じゃなかった、『変な組織』に所属してるって4月に私と話してたわよね?」

 「してたね」

 「親御さんとの関係もかなり問題ありってのも、5月に話していたわね?」

 「……それも、してたね」

 「じゃあ今話してる話題が、この後どうなるかとは考えない?」

 「ははは、いやいや、そんなまさか……」

 

 言われてみれば、どっちの内容も、クラスの皆にばれている。

 

 「用心しておきなさいね。……そういう場合、またとんでもない事件に巻き込まれてそうだから。フフ」

 

 いやいや、流石に全員の前で素っ裸になるなんてことは、無い筈だ。

 それが常識的に考えてヤバいことは理解している。だから起きない!

 ……多分。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「サラ教官まで居ないとは思わなかった」

 

 放課後である。

 彼女は現在、ヘイムダルの都庁に行っているらしい。

 オリヴァルト皇子を始めとする理事の皆さんが次の実習先を決めている。

 先日のバリアハートの件もあり、意見が欲しいと要請を受け、出席しているそうだ。

 かなり難航しているらしく、導力通信で「ごめんー!」と連絡があった。

 ハインリッヒ教頭が顔を出して伝えてくれたが、教員として必要な連絡事項や書類の類は全部終わっていたという。流石。

 

 「まあ、ホームルームもないし、ささっと帰れるから、良いんだけど」

 「今日は荷物多いね。なにそれ?」

 

 仲良く揃って下校しているフィーから質問が飛んだ。

 私は今、普通の通学鞄以外に、書類を入れておく専用鞄を肩に引っかけている。

 中身はかなりぎっしりと詰まっていて、結構重い。

 

 「ん、武器の申請書類と、武器の売買契約の紙と、あと台本が2つ」

 「申請書類は分かる。学院に提出する奴だよね。……売買って?」

 「ほら、バリアハート向かう前に、ケルディックで壊れた分の武器、手配しておいたんだけど」

 

 それがまだ届いていないのだ。

 ルーファス理事の補填で、5月頭に支払った購入資金は回収できたのだが……肝心の現物が手元に来ていない。体に慣れさせるためにも、一刻も早く欲しいのだが。

 ユーシスの剣とマキアスの銃、フィーの武器弾薬は数日で届いていた。

 エマの魔導杖は、エプスタイン財団との面倒な交渉を、向こうが全部一手に引き受けてくれたらしく、これも割と直ぐ、次の試作品が届けられた。

 リィンの太刀もタイミングよく郵送されてきた。《剣仙》ユン・カーファイの手配らしい。

 しかし私の武器は、まだ手元に、ない。

 

 「元々手配してあった奴があるから、それキャンセルして新しいのを、ってわけにいかないでしょ?」

 「……来てないの不味くない?」

 「不味いね。なんでもクロスベルでストップした、らしい」

 

 武器が無いのは不味すぎる。

 一応、砕けてない鞘の……最後の1本と、その辺の鉄棒を加工した予備を自衛用に持っているが、武器としては心もとない。

 サブウェポンのワイヤーやら隠し刃を仕込みんだ靴やらは確保したが、メインウェポンが無いのは致命的だ。

 

 小太刀が、性能が良い共和国製の物だというのが、ストップした理由だった。

 帝都に刀剣を運送する業者が、非常にタイミング悪く《教団事件》に巻き込まれたらしいのだ。

 更に運が悪いことに、その荷物を、事件の中でうっかり落としてしまったという。

 そして今、その荷物は、クロスベル警察が保管している、らしい。

 

 「運び手が、《ルバーチェ商会》と関係が深かったのも、悪かった……。落とし物で届けられた武器弾薬を、雑に管理するわけにもいかない。それがマフィア関連なら猶更ね。……身分証明さえ出来れば、割と直ぐ回収できるんだけどね。幾ら警察が保管してるっていっても、権力的に、共和国の商売人を足止めは難しいから」

 「だけど?」

 「巻き込まれた時に、身分証もどっか落としたんだってさ」

 

 で、身元保証人の確保、身分証明の再発行ら正式な手続きをしていたら時間がかかったらしい。

 なんとも間の悪い話だ。

 以上が、ミヒュトさんから聞いた話。

 帝都のちょっと危ない業者を経由する、と言う話だったから、しゃーないとは思うけど。

 

 「納得した。……で、そっちの台本は?」

 「そうでした。うん、宣伝しておくね」

 

 話しながら歩いてきたら、いつの間にか第三学生寮は目の前だ。

 私はT字路の前で、台本をフィーに見せる。

 今日はこれがあるから、オカルト研究部も無しだ。

 

 「ほ、本日もラジオ『オカルトナイト』、配信です。聞いてね」

 

 第1回放送はバリアハートに行く前に、既に済ませてある。

 だが第0回目も、1回目も、まだ『新番組』扱い。

 今日からが本番だ。ちょっと緊張しているが、練習はしたし、台本もある。

 ミスティさんも手伝ってくれる。だから、きっと大丈夫だ。

 

 「分かった。伝えておく。……けど、カタナの声での本気か」

 「ふふん。気合入れて、頑張るよ……!」

 

 声が妙に怖いと言われた気がする。

 失礼な。私の声はちょっとウィスパーボイスなだけだよ。

 手を抜いて配信するわけにもいかない。

 気合を入れて、放送局に向かうことにした。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「結構大変そうね。大丈夫?」

 「大丈夫……です……。ふう……」

 

 こうして始めた『オカルトナイト』。

 ミスティさんの笑顔に、汗を拭って頷く。

 事前に準備をしてあっても、緊張もあって、死ぬほど消耗している。

 コマーシャルやBGMの合間に、水分補給をしても、息が続かない。

 

 「次からは肩の力を抜いて出来ると良いわね。さ、もうひと踏ん張りよ」

 「はい」

 

 ミスティさんの目は楽しそうだ。

 昼間のエマとの会話内容を思い出す。

 ワイスマンやマリアベル嬢とは違う笑み。ヴィータさんも大概イイ性格だった。

 せめてこういう優しい笑顔を浮かべられる人だったら!心にトラウマを持たずに済むのだが!

 投稿葉書への返事を終わらせ、台本を開いた。

 

 今日のメイン……物語、だ。

 私が題材に選んだのは、《魔女の巡礼》という話。

 

 ここではない世界には、一人の魔女が居た。

 巨大な裂け目ガガープと、巨大な山脈に隔たれた世界に、異界より降り立った白き魔女が1人。

 異世界ティラスイールを巡る魔女は、世界に歌を残した。

 魔女の名をゲルダ。

 彼女を軸とした、ストーリーだ。

 

 長い話なので、全ては語れない。

 飽く迄も怪しい、謎に満ちた魔女である、という導入から、不吉な予言を語る。

 少しだけ喉の調整をして……諳んじた。

 

 ――大地が実りを忘れしとき、山は海を越え、人々のなげきがこだまする。

 ――災いの山は海からあらわれ都をガレキと化す。

 ――人々に唯一できるのは、灯りの道を作り道を指し示すこと。

 ――迷いの森はシフールの風を受けてこずえを揺らす。

 ――母が血を分かつのは、国を別つためではない。

 ――赤い瞳に気をつけろ。赤い瞳に惑わされるな。赤い瞳を持つ者が現れしとき、悪しき計画は動き始める。

 ――表情のない兵士たちが国境を越えるとき、呪縛に囚われた王はもはや力を失い、海も山も、やがてはすべて死に絶える。

 ――異界の女と、星を操る男に、災いの波は引き寄せられるだろう。

 

 どうして、この歌を選んだの? と放送後にミスティさんに尋ねられた。

 どうしてと言われたら……部活同士での、連携の結果だ。

 この台本は、幾つもの部活が協力した結果、形になっている。

 題材を選ぶのはオカルト研究部だが、台本を書くのは文芸部の協力を得ている。

 今回、魔女の話になったのは……文芸部の、というか多分エマの強い思いがあったからだろう。

 私もベリルも、此方が渡したプロットを、より良くブラシュアップしてくれるなら文句はない。

 ちゃんと何回もヒアリングを重ねて打ち合わせした結果の物だし。

 

 「……そう。……あの子、結構いじらしいのね……」

 「はい?」

 「ねえ、カタナ・N・アルビー?」

 

 放送を終え、気を抜いていた私に、ミスティさんが話しかけてきた。

 彼女の、紫掛かった瞳と、私の視線が交錯する。

 泣き黒子を伴った妖艶な輝きに、見覚えがあった。

 これは。

 魔女(ヴィータ様)の。

 

 ――。

 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――――――。

 

 「あ、あれ?」

 

 気付いた時には、第三学生寮の自室で、机に向かって宿題を広げていた。

 意識がぼんやりしているが……ええと確か、放送を無事に終わらせて……戻って来たのだ。

 想像以上に緊張していたのだろう。体が疲労困憊している。多分、意識が飛んでいたのも、寝落ちしかけていたとか、そういうことに違いない。時計を見れば、就寝にはちょっと遅めの時間だ。

 慌てて宿題を終わらせ、寝支度を整える。

 布団に潜り込んだ時には、ミスティさんとどうやって別れたか、すっかり頭から消え去っていた。

 

 翌日。

 放送の反響を聞いた。

 マジで怖かったらしい。

 一つの詩を聞くたびにそんな惨劇が発生する光景を幻視したとか。

 言葉の1つ1つに呪いが込められていたようにすら感じられたという。

 ……そんなに?




Q:カタナ、成長限界。
A:二カ月で勘を取り戻し、執行者候補生レベルまで戻った。
これがどのくらいのレベルかと言うと、機甲兵に乗ってないギルバート・スタインよりやや強いくらい。《Ⅶ組》上位陣もそれくらい。妥当な強さだと思う。ここらでブレイクスルーが欲しい。

Q:猫語日常会話入門。
A:ではセリーヌの声を見てみましょう。

Q:流石に全員の前で素っ裸になることは無い。
A:……筈(実習地から目を逸らしながら)。

Q:手紙
A:2話と3話で触れられていた、ローゼリアへの手紙。差出人は《聖女》様。生存フラグ。


さて次回は、今回表に出てこなかった大人たちの話。
3章への伏線やら『結社』側の行動も書いていこうと思います。

次回「深く静かに進行せよ」。

ケフィンのリメイクまだですか!ファルコムさん!
ではまた。
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