カタナ、閃く   作:金枝篇

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サブタイトル:フラグしかない。


深く静かに進行せよ

 会議は踊る、されど進まず――ということは、この理事会に関しては心配する必要が無かった。

 緋色の帝都ヘイムダル。その帝都都庁の執務室には6人の男女が揃っている。

 

 「さて、……次の実習地に関する会議を始めようと思うのだが……」

 

 その前に、相談しなければならないことがあるね、と金髪の美青年が壁際に立つ女性を促した。

 理事らの視線が集まる中、口を開いたのはサラ・バレスタインだ。

 

 「そもそも、特別実習を、行うか否か、という問題について。皆さんの意見をお伺いしたいと思います」

 「教官として当然の疑問だね」

 

 会議の中心に座るのは、オリヴァルト・ライゼ・アルノール。

 トールズ士官学院の理事長を務め、《Ⅶ組》設立を提唱した「放蕩皇子」。

 普段の態度こそ優雅で悠々としているが、今の表情は打って変わって真剣だ。

 無理もない。ケルディックやパルムの実習と違い、今回は本気で生徒の身が危険だったのだ。

 

 「私は一教官に過ぎません。しかし同時に、皆さんのご子息を預かっている以上、はっきりと言うべきことは言おうと思います。……理事の皆さんに、率直なご意見を、伺いたく思います」

 

 ――特別実習を、行いますか?

 

 「個人的には『反対』です」

 

 ルーファス・アルバレアが最初に手を上げた。

 

 「今回私が相当に気を使っていましたが、それでも父上はとんでもないことをやってしまった。今後はそんなことが起きないように心掛けますが……《四大名門》は、私1人で何とか出来る程、小さくなければ、一枚岩でもない」

 「そうだね。セントアークに向かった面々は、フェルナン公の助けもあって命の危機まではいかなかったが、それでもいちゃもんを付けられたと聞いている」

 「父上は、固く戒めました。ログナー侯爵とフェルナン侯爵も、子供に手を出す人ではありません。しかし……筆頭貴族を悪く言うのは少し憚られますが、カイエン公は……懸念事項です」

 

 もっと悪辣な方法を使ってこないとも限らない。

 まして次の実習は、紺碧の海都オルディスが候補地となっている。

 バリアハートに続いて同じことが起きるとは思わないが、起こらない保証もないのだ。

 

 「どうしても実施するのであれば、部外者が極力介入できない場所を選び……何かあった時、即座に動ける腕の立つ護衛を常に待機させておく、という感じでしょうか。それでギリギリです」

 「……私は『賛成』です」

 

 異なる意見を上げたのは、眼鏡を掛けた男だった。

 スーツを着こなし、穏やかな顔立ちをした、壮年の男性である。

 

 「……レーグニッツ知事がその意見を言うとはね」

 「ええ。本音を言えば、私自身は『反対』しています。ですが《Ⅶ組》の話を聞いた閣下が、喜びまして」

 

 彼、カール・レーグニッツ帝都知事は言葉を濁す。

 息子マキアスの巻き込まれた状況を考えれば、実習は反対をしたい。

 しかし《Ⅶ組》の情報を知った《鉄血宰相》オズボーンは、実習を是非進めて欲しいと彼に話を持ち掛けたのだ。どうやら若者の成長を見るのが楽しみらしい。

 オズボーンとも関係が深い人間は、確かに士官学院には多い。

 元々彼は軍人だ。

 同郷であるシュバルツァー家の子。同僚であったクレイグ中将の子。そしてヴァンダイク学院長は当時の上司。

 オズボーン本人もトールズの出。

 《Ⅶ組》設立には、オリヴァルトが関わっている、となれば。

 彼らに大きな期待を向けて、興味深く推移を伺っているのは、理解が出来る。

 

 「……そういう訳です。渋々ですが『賛成』に手を上げましょう」

 「分かった。では最後、イリーナ理事はどう思う?」

 「私は基本中立の立場です。安全管理さえしっかりしてくれれば構いません。その為には……候補地を慎重に選ぶべきだと思います。暫定、オルディスとルーレになっていますが、もう少し安全な場所にすべきでしょうね」

 「人気が無い場所の方が、危険とは思わないかい?」

 「貴族派と革新派、その両方が手を出しにくい場所ならば、街中よりは安全でしょう。ルーファス理事の提案を飲むならば、そこに護衛が付きます。魔獣よりも人間の方がよほど恐ろしい」

 

 三人の意見を聞いて、ふむ、とオリビエは考える。

 

 「殿下は、実習に賛成の立場ですかな?」

 

 黙って会議を見ていたヴァンダイク学院長が口を開いた。

 

 「そうだね。……流石に、二度も同じ方法は使ってこないだろう。貴族派の行いは革新派にも流れた筈だ。自分らに糾弾材料を補充しない為にも、派閥からの妨害は無い、というのが予想だ」

 

 そう前置きをして。

 

 「子供らの危機と私の面子、どちらが大事かと言えば子供らの方が大事だ。だから止めようと思えば止めることは出来る。ただ……」

 

 ――あの子らは、特別実習を、希望するのではないか、と思ってね。

 

 理事長の言葉に。

 理事らはそれぞれ、己の弟、息子、娘らの顔を思い浮かべ、全員が思った。

 

 「「「確かに……」」」

 「無茶をする子供を諫めるのは大人の仕事だ。だが同時、無茶をする子供の背中を押すのも大人の仕事だ。であれば実施をしよう。一つ壁を超えるごとに……彼らも大きく成長してくれるだろうからね」

 

 一拍置いた後、黙って様子を伺っていたサラに目を向ける。

 

 「ということだが、如何だろうか、教官」

 「……理事の皆さんが、そこまで案じて下さったのならば、私としては反対を言えません」

 

 しかし、と念を押すように、サラは返した。

 

 「いざという時は、私の馘をかけてでも、行動します」

 「構わない。最悪、僕の名前を出してはったりで押し通したまえ」

 

 結論が出たところで、実習先の選択だ。

 街中はアウト。護衛が付きやすく、且つ実習として……帝国の現状を把握させやすい場所。

 サラも加わり候補地を上げていく。

 

 「ノルド高原は如何でしょうか?」

 「良い場所です。あそこは共和国との緩衝地帯。ゼクス中将も信頼に足るお方です。……隠遁生活を送っている身内もおりますから」

 「では1チームはそれで良いとして……もう1チームをどうするかだね」

 

 かくして始まった会議だが、これが難航した。

 目ぼしい大都市は、先の通り難しい。広ければ広いほど陰謀のレベルが上がってしまう。

 

 では小都市は?

 レグラムを始めとした子爵らの領地なら、目も行き届きやすいのではないだろうか?

 これに対しては『悪くはないが、地方には既に行っている。次点案』となった。

 

 国外は? ――難しいところだ。客人は歓迎されるだけ。そうでなくても、帝国から来た学生らが、真っ当な帝国の実情を知れる場所に入り込めるはずもない。大体国家機密レベルである。

 共和国は論外。クロスベルも危ない。リベール、レミフェリア辺りは安全かつ楽しそうだが、それならクラス全員を引き連れて大規模遠征にしたほうが良いだろう。

 

 ヘイムダルでの実習は、第4回に予定されている。

 議論は白熱し、あーでもないこーでもないと討論がされた後、カール知事から意見が上がった。

 

 「ブリオニア島は如何です?」

 「あの場所は魔獣くらいしか居ません……、帝国の一面を見せるという点では難しいのでは?」

 「ええ。ですので、周囲の船周りも合わせます」

 

 カールは続けた。

 紺碧の海都オルディスは、帝国屈指の大港だ。

 当然、その海域で活動する船舶も膨大なものになる。

 軍艦だけではなく、商船や個人の漁船も多い。特に商船ともなれば、北はジュライ特区、南はリベール王国ルーアン市まで幅広く動き回っている。

 海賊行為や、海の魔獣に対処する護衛船団《銀鯨》も有名だ。

 

 「オルディスから近いですが、どう対応します?」

 「私達で、カイエン公が手出ししにくいような()()を派遣しましょう。皇子の名前を出せば邪魔はされないでしょうから。実習で不慮の事態が起きた時に、備えて頂く形です」

 「となると、少々なりとも強引に事を運べる気概を持った人が良いだろうね。それこそ、バリアハートで父上の要請を『今は実習中なので』で一蹴出来るだけの胆力が欲しい」

 「はい。……島の管理施設に、きちんとした通信設備を置きましょう。何かあったらボタン1つで、領邦軍や、オルディスに置いた信頼できる人間に伝わるようにしておきます。その上で、島内部の管理を調べてもらいつつ……主な仕事として、船舶との交流を行っては如何でしょうか」

 「なるほど。つまりブリオニア島に小さな……子供らでも操縦できる船を用意して、それを使って商船らと実習を行うという形ですね? 小型艇、通信設備、あとは……船の操縦やいざという時の救命措置などを合わせても、そこまで大きな負担にはなりませんか」

 

 この提案は、ルーファスやオリヴァルト皇子らにも好評を持って迎えられた。

 かくしてここに実習地が決まったのである。

 

 A班:ノルド高原。

 B班:ブリオニア島。

 ※双方に、理事会から、信頼が置けて尚且つ強力な()()()を待機させておくこと。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 乗務員の指示でパスポートを渡し、入国手続きをして足を踏み入れる。

 広々とした穏やかな街並みが広がる中、賑わいを見せる大都市。

 石造りの建物と、石で舗装された足元は白く清潔だ。

 

 「いやぁ……良い天気ですねー」

 

 ここはリベール王国の首都グランセル。

 グランセル空港から降り立ったトマス・ライサンダーは、青空の下大きく背を伸ばした。

 普段の教員服ではなく、上に白いコートを着込んだ出で立ちだ。

 

 空港を出て街の方に歩くと、右手に大きな城が見える。

 アゼリア湾に浮かぶ白亜の宮殿――グランセル城だ。

 七耀教会の()()()()()で足を運んだこともある場所だが、今日の彼の目的は、城ではない。

 エレボニア大使館の向かいに建っている『歴史資料館』だった。

 

 (仕事が終わったら息抜きに散歩したいくらいですが……。サボるとロジーヌ君に怒られてしまいますかね?)

 

 予定の時間より少々早かったが、遅いよりは良いだろう。

 『歴史資料館』に向かう。入場無料の此処は、今日も大勢の客が足を運んでいる様だ。

 

 「歴史学者の……トマス先生でお間違えありませんか?」

 「ええ、間違いありません。トールズ士官学院から来ました。トマス・ライサンダーです」

 

 受付嬢リシアが確認すると、すぐに中へと案内された。

 少しだけ奥まった部屋には既に一人の男性が待っていた。

 聖職者の服を着た、初老の男だ。

 人払いを済ませた後、二人は手を取り合って挨拶を交わした。

 

 「お久しぶりですね、カラント大司教」

 「こちらこそ。ご足労頂き感謝します、ライサンダー卿」

 「いやいや、今の私は普通の教師ですよ。そんな畏まって呼ばれる筋合いはありません」

 

 そうでしたな、と笑う大司教だった。

 大陸各地に派遣される相応の立場にある司教ともなれば、《七耀教会》の裏の顔も知っている。

 目の前のトマス・ライサンダーが()()()()()にあるのか――老人は良く知っていた。

 

 「ケビン神父の一件も耳にしております。無事に終わってホッとしました」

 「折を見て大司教から伝えてあげて下さい――して、目的の物は?」

 「こちらに」

 

 司教はゆっくりと歩き、古びた旅行鞄を机の上に置いた。

 

 「博物館には『古いカラクリが入っている為、専門家と対処します』と伝えてあります。……《女神》からの贈り物、が儂らにお鉢が回ってくるのも良くある事ですからな」

 「まあここの従業員なら、大丈夫でしょう」

 

 滅多なことを口にするような杜撰な人は居ない。

 ヒューマンエラーが起こらないようにだけ徹底しておけば、情報と言う意味でも安心できる。

 トマスは静かに鞄を見る。

 

 「それが……」

 「ええ。そうです。ゲオルグ・ワイスマン――いえ、アルバ教授の残した物ですな」

 

 リベール各地を回っていた『アルバ教授』の荷物だった。

 ワイスマンとしての姿を露わにする前、彼は帝国の考古学教授と名乗り各地を回っていた。

 各地の《四環の塔》を調べ、その最初に出会ったのがエステル・ブライトだったという。

 勿論、出会ったのは予定事項であり、彼女とヨシュア・ブライトの監視も目的に含まれていたのだが。

 

 「中身に怪しい物はありません。脚が付くような手がかりも、綺麗に消されています」

 

 彼は自分自身の正体を明かし、《環》に対するアプローチを仕掛ける直前まで、この博物館に滞在していた。彼の講義を楽しみにしている利用客も多かったらしい。

 カタナ・N・アルビーも同伴していたと聞いている。

 普通に考えれば、痕跡を残しておくはずがない。

 

 「……賢い人間の逃げ方は2種類あります。1つは、完全に自分の痕跡を残さないパターン」

 「もう1つは?」

 「自分が消えたという事実を、極力先延ばしにするために、荷物を放置していくパターン」

 

 そしてこれは、後者ということだ。

 であれば中身への危険は少ない筈だ。

 立つ鳥跡を濁さずと言うが、優秀な人間は去り際も心得ている。

 ゲオルグ・ワイスマンの手がかりは無いだろう。余計な置き土産も無いだろう。

 トマスの手が、鞄の底に触れた。

 

 「ふむ……。……この鞄、二重底ですか?」

 「ええ。ですが私では解除出来なかったので、そのままにしてあります。時間経過で発動する罠ではなさそうだとは判断したので、そのまま弄らずに、ライサ……トマス先生にお願いしようかと思いましてな」

 「確かに、害は無さそうです。怪しい気配もしない」

 

 とはいえ、念には念を入れて、だ。

 ぱちり、と指を鳴らして『匣』を展開する。

 トマスとカラント大司教のみが隔離された、灰色の世界――その中で、二重底に触れる。

 小さな箱を組み合わせ、それらを「ずらす」ことで頑丈な封印も、分断出来る。

 危険物ではないだろうが、それでも集中して作業をしたトマスは。

 

 「……おや」

 

 ひらり、と何枚かの紙が舞い落ちたことに気付いた。

 魔力や細工もない、ただの紙――封筒だ。

 しかし封はされていない。折りたたまれた手紙がそっけなく入っている。

 

 差出人は『ゲオルグ・W・アルバより』。

 宛先は『エカターニャ・ニュムラティカ・アルビーへ』

 

 「……」

 

 流石に言葉を失った。

 あの最低最悪の破戒僧が、小間使い扱いしていた少女に、手紙を? そんな馬鹿な。

 封筒を振っても、紙の音しかしない。インクや紙に仕掛けもない。剃刀や細菌の気配もない。

 だが、……あのワイスマンが綴った内容だ。色んな意味で、どんな中身なのか気に掛かる。警戒に警戒を重ねても用心しすぎることは無い。

 大司教に距離を取らせ、自分ももう1回法術で結界を張った上で、手紙を開く。

 

 「……これは……」

 

 中身を読み終えたトマスは、やれやれと大きく息を吐いた。

 本当に何の仕掛けもない、ただの手紙だった。

 

 「……カタナさんに渡すべきでしょうね」

 

 内容そのものは真っ当。

 カタナに読まれることを想定してある文章なら……渡さない理由は無い。

 

 (ひょっとしたら……彼女のメンタルにも、影響が出るかもしれませんが……)

 

 だが――死者の遺書を見ないふりは、聖職者として出来ない。

 ワイスマンが死んだことは、ケビンから聞いている。

 遺族……と言って良いのかは怪しいが、一番近い身内が居るならば、彼女に渡すのが筋だろう。

 

 手紙を鞄の底に再収納し、『匣』を解除する。

 これで仕事は終了だ。

 カラント大司教と幾つか確認を済ませ、互いに激励を交わして『歴史資料館』を出る。

 

 「折角ですし、ロジーヌ君や学院の皆にお土産でも買っていきますか」

 

 リベールの空は平和だった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「セリーヌ、どういうつもりですか?」

 「どうもこうも無いわよ。エマ、あんたちょっと緩み過ぎてない?」

 

 昼休み時間。グラウンドの片隅で。

 問いかけたエマに対して、逆に彼女を強く窘める。

 尻尾に青いリボンを付けた黒猫ことセリーヌは、ジト目で自分の主人に、質問を返した。

 

 「あのカタナって娘が相当怪しいことから、目を逸らしてるように見えるのだけどね、私には」

 「そんなことは……」

 

 無い、と断言出来なかった。

 セリーヌの指摘は正しい。

 入学してから今日に至るまでの日々で、カタナへの警戒心はすっかり下がっている。

 ハードルの下を潜ることが出来ないくらいにダダ下がりだ。

 しかし、忘れてはいけない事実は、ある。

 

 「入学式の、オリエンテーションでの、一件」

 「……うぅ」

 「先日のバリアハートでの、リィン・シュバルツァーの変貌」

 「……はぃ」

 「これらとあの娘が関係してないと思う?」

 「思いません……」

 

 ぐうの音も出ない正論を突き付けられ、がっくりと肩を落とすことしか出来なかった。

 

 士官学院旧校舎での一件。

 あれから度々、魔獣討伐任務も行われているというが、入学式のような異常性は見受けられないという。

 リィンとカタナ、2人が一緒に退治しに行っても、異常は発生しなかった。

 しかし――あの場所は鍛錬にも良いので、時々皆で足を踏み入れているが――ちょっとした探索にエマが加わると、それだけで妙に敵が強くなるのだ。

 事前知識が無い皆は、比較のしようがないから、強いか弱いかを分かっていない。

 だがエマには漠然と分かっている。明らかに何か段階をすっ飛ばしている。

 

 バリアハートでの、リィンの変貌に関して――直接見ていたわけでは無い。

 ただ、爆砕した魔導杖の記憶素子の中に、若干だけデータが残っていた。

 エプスタイン財団へと返却する前に、データだけを取り出して、記憶素子は消去しておいた。

 だから、この事実を知っている人間は限られる。

 ……あの変貌だけならば、リィンの隠している、謎の力、というだけで収まる。

 エマ自身《魔女》としての力は隠している。リィンにあっても不思議ではないだろう。

 しかし……エマとカタナが揃っている時に、あんな変貌を見せられたら、嫌でも意識する。

 

 「なんか……暴走にしては……制御が効いていたみたいですし……」

 「眼鏡の坊やも、問い詰めてないわね。話題に上げにくいのは無理もないけど」

 「……セリーヌの懸念も、尤もです。でも私は彼女が敵だとは」

 「そうね、敵だとは思っていないんでしょう。でも信じきれてもない。違う?」

 

 再びぐむ、と言葉に詰まったエマだった。

 

 カタナが悪い少女には思えない。

 過去に『結社』に所属し、姉ヴィータとも顔馴染み&エリンの郷へローゼリアに手紙を配達するくらいには色々暗躍していたと聞いても、どうやらその過去を反省し、前向きに生きている。

 サラ教官との諸々があっても……バリアハートでの活躍を見ても……クラスメイトとして見た時、カタナは頼れる仲間だ。それは間違いない。エマも信頼している。

 だが、しかし。

 

 「あの娘が、アンタの仕事の邪魔になったり、あるいは彼女が何かの拍子で敵に回るかもしれない。エマ、アンタはそれを心の中で悟っている。ヴィータが関わっているから、猶更……信頼していても、信用しきれていない。……だから、アンタとあの娘の間のリンクは、繋がりが甘い」

 

 黒猫は、その瞳でじいっと主を見つめ、問いを投げた。

 ARCUSの繋がりが強固になりにくい理由を、ストレートに口に出す。

 

 「いざって時に、一番あの娘との関係が悪化するのは、アンタじゃないかしら。……私はそれを気にしている。見ないふりをしているアンタに代わって、逐次確認をしている。私の行いは、そんなに悪いこと? 危害を加える気はないし、バレスタインの時みたいに見えない範囲で手伝いはしているわよ?」

 

 自分の使い魔からの理詰めの言葉に。

 エマは、全般的にセリーヌが正しいです、としか言えなかった。

 

 「でも、カタナさんは、優しくて、ちょっと後ろ向きですけど、頑張り屋さんですよ」

 「知ってるわよそんなこと。それが善人の証拠になるなら世間は平和になるわってだけでね」

 「……セリーヌ、なんか当たりがきつくないです?」

 

 エマの言葉に、黒猫はふんと鼻を鳴らした。

 

 「アンタが心配なだけよ……」

 

 ――バリアハートみたいな大怪我を今度したら、許さないわ。

 

 そう言い残し、黒猫は身を翻した。

 用具倉庫の屋根に上り、優雅な足取りで校舎へと駆けていく。

 

 「……色々言ってましたけど、最後が……本音だって、分かってますよ、セリーヌ」

 

 お高く見えて、実際は面倒見が良い、使い魔だった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて、白熱した理事会の決定から数日後。

 ラマール州の一地方。

 さる邸宅に、一つの封書が届いた。

 

 『トールズ士官学院より』

 

 特別実習の内容と、その監督をお願いしたい、という旨の内容。

 オリヴァルト皇子及びルーファス、カール、イリーナの常任理事の名前入り。

 それを受け取った女性は。

 

 「へえ……」

 

 面白そうな提案だ、と紫の瞳を輝かせる。

 立ち振る舞いは、艶やか。

 気配は強く、嫌味にならない派手さを纏った、芯が垣間見える。

 送られてきた「面白い話」を眺めた後、従者を呼んで返事を(したた)めた。

 

 「良いだろう。是非、引き受けよう」

 

 優雅に字を書く姿からは、文化人としても強い素養があることが伺える。

 一体、どれ程の向上心が彼女の中に秘められているのだろう。

 

 「今の若者らが――皇子肝入りのクラスがどれ程のものか、是非、見てみたいものだ」

 

 オーレリア・ルグィンは獰猛に笑った。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 更に西。

 帝国領西端。

 紺碧の孤島:ブリオニア島。

 二つの、影があった。

 

 「《盟主》様からの許可があるとはいえ、こんな辺鄙な場所に足を運ぶなんてねぇ。そんなに楽しみなのかい、《博士》」

 「そうだな、楽しみではある」

 

 小柄な姿は、濃い赤のスーツに身を包んだ、性別不明の人間だ。

 両目の下にデフォルメされた人間のマークを刻んだ、彼とも彼女とも付かない者。

 その傍らに居るのは、白衣を着込んだ初老の男性だった。

 

 「実験に?」

 「いいや。実験の結果がどうなるかは分かっている。()()は成功する。結果が分かっている実験は大して面白くもない。面白いのは、影響力だ」

 「なるほど。火をつけるのは自分の意志。どう燃え広がるかは分からないと」

 

 そういうことだ、と頷いた老人は、歩を進める。

 静かに歩くこと暫く。

 その間、何度も巨大な魔獣の傍らを通り過ぎたが、一様に反応を返さない。

 二人の気配は隠されていた。

 

 小柄な影は、《道化師》カンパネルラ。

 白衣の老人は、《博士》F・ノバルティス。

 《身喰らう蛇(ウロボロス)》に所属する、名の知れた二人である。

 やがて辿り着いたのは、島の裏手にある、巨大な石像だ。

 

 「で、具体的に何をするのさ。言われた通り、持ってきたけど」

 

 カンパネルラは石像を見上げる。

 いや、正確に言えば、これは石ではない。

 遥かな過去に作成された、今の技術では再現できない金属で作られた、至宝の成れの果てだ。

 

 「これは……もう使い物にはならないでしょ」

 「普通に考えればな。これは言うなれば――エンジンが壊れ、燃料もなく、発生したエネルギーを循環させる方法もなく、操作も受け付けん、ただの粗大ゴミだ。通常の軍隊でもさっさと廃棄処分するのが一番だろう。だが」

 「だが?」

 「逆に言えば、それら全てを補えば、どうかな?」

 

 《博士》の言葉を理解した《道化師》は「へえ」と笑った。

 

 「確かに今のところ《幻焔計画》の準備は恙なく進んでいる。しかし不慮の事態は何時でも起こりえるのだ。……であれば備えは幾らあっても良い。特に《器》に関しては」

 「ゴルディアス級や帝国での量産品では足りないかもしれないと?」

 「どうだろう。だが使えるものは出来る限り使えるようにしておくのが、技術者の責務と言うものだ。仮に悪い方向に転がったとしても構わない。どんな方向に転がろうとも()()()()()()()

 「だからこれでメンテナンスをしたいと。なるほど、僕を呼んだ理由が分かったよ」

 

 ――()()を少々借りたいと言った理由もね。

 

 カンパネルラは手を高く掲げる。

 その掌の中に、輝く光が生み出された。

 

 「しかし、良いのかい? 手に入れた情報によれば、この島で帝国の学生が実習をするらしいよ。その中には……あの執行者候補生だった娘もいるみたいだけど」

 「あんな使えない奴がどうなろうと一切興味が無いな。仮に何かが琴線に触れるようになったら、その時はその時だ」

 「……《白面》みたいに性悪く扱ってないのと、どっちがマシなんだか」

 

 肩を竦めたカンパネルラは、掌の光に言葉を告げる。

 

 「さあ、七の至宝。その力の一端を、見せてもらおうか」

 

 《輝く環(オーリ・オール)》が、震えた。




・オーレリアがINしました。
・《博士》の実験が開始されました。
分校長が居る以上、大体どんな事件が起きても、最後は何とかなります。だから遠慮しない。

Q:オズボーン「実習を続けて欲しい」
A:その視線は多分、《Ⅶ組》ではなく息子に向いてる。

Q:護衛船団《銀鯨》。
A:まだ解散してない。そろそろ閃Ⅲキャラ出ても良いと思いません?

Q:グランセル「歴史資料館」の皆さま
A:受付嬢リシアとカラント大司教。空の軌跡からの登場。
名前が付いているから「あの人か!」とやりやすくって良い。マラソンは楽しいぞ。

Q:カンパネルラの目の下のマーク。
A:片方は常に隠れていて見えないが、実は左右の両方に、踊る人のマークがあったりする。
空の軌跡3rd「星の扉14」『幻焔計画』などで確認可能。
最近では基本的に、左目が隠れて、右目だけが見えている構図が多い。
リメイクされた3rd改でも同様なので、多分イラスト反転ではない、筈。
存在が反転してるような奴と言われればその通り。

次回「第二回弾丸クロスベル旅行」。
色んな人との再会と事件に巻き込まれてもらいましょう。零と碧の間に飛べ!

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