カタナ、閃く   作:金枝篇

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三章、開幕です。


三章:群青戦線
第2回弾丸クロスベル旅行


 カランカランとベルが鳴る。

 人込みの中、私に向かって拍手が送られている。

 

 「おめでとうございまーす! 特賞、劇団《アルカンシェル》のチケット当選でーす!!」

 

 帝都ヘイムダル。

 百貨店《プラザ・ビフロスト》にて、私はマジかよと言う顔をしていた。

 一緒に買い物に来ていたアリサも、吃驚している。

 

 「こちらに住所をお書きください。明日、お送りさせていただきます!」

 「あ、あ……あの、はい、ど、どうも」

 

 (……どうしてこうなった?)

 

 いや、経緯は分かる。

 今日は6月7日水曜日。

 放課後、私はアリサと帝都へと足を運んでいた。

 トリスタにある店――《ケインズ書房》《ル・サージュ》《ブランドン商店》。こうした店は、何れも学生御用達で、サービスも行き届いているが、品は限られている。

 希少だったり、高価だったりする物は、取り寄せ注文をするか、自分で買いに行くしかない。

 

 幸いにもヘイムダルまでは列車で30分。大した手間でもない。

 第三学生寮で使う食材(珍しい香辛料とかね)調達やら、個人的な帝都での用事やらがあったので、ヘイムダルのヴァンクール大通りにある《プラザ・ビフロスト》をメインとしてあっちこっちに回っていた。

 諸々の買い物を終え――貰った福引券があった。

 だからガラガラと回した結果が、これである。

 

 「……ど、どうしよ、これ。アリサ使う? リィンとか、誘ってみるとか」

 「! ちょっ……何故そこでリィンの名前出すのよ!?」

 「いや、なんとなく。まあ、半分冗談だけど。だ、男女2人での旅行とか流石に不味いっしょ」

 「不味い以前の問題だってば!」

 

 とはいえ、アリサの頬が若干紅潮しているのは、見間違えではあるまい。

 羞恥の顔ではないな。少しばかり意識した結果の顔だ。

 

 いやね、真面目にアリサはお似合いだと思うんだよ。

 リィンは良い男だ。なんか……こう……女殺しの片鱗があって、アリサだけじゃなくてラウラとかエマとかフィーも惹かれそうだな、みたいに思うんだけど、アリサはその中でも一際、似合いそうだと思うのだ。私の嗅覚が告げている。

 そう言うと、アリサはそっぽを向いてしまった。照れ隠しだな。本気で嫌な顔はしていない。

 

 「こ、これ以上は、言わないでおく。けど。アリサは行かない感じ?」

 「というかスケジュール合わないわね。ラクロス部あるもん。カタナは?」

 「まあ、ラジオ放送の準備くらいは、あるけど。そのくらい。……き、貴重品だし、チケット四枚……四人とか……人数揃うかな……」

 

 別室に案内され、詳細な説明を受ける。

 貴重なチケットなので、基本的には郵送をしてくれるとのこと。

 下手にこの場で渡されて、窃盗事件になっても問題だからな。分かる。

 帝都の交通網を使い、ほぼ1日――つまり遅くても明日にはチケットが届くということ。

 公演日は今週末。席は劇場のS席。公演後、演者控室に行って差し入れまで出来る特権付き。

 クロスベルまでの往復費用はチケットと一緒。ただし宿の手配だけは自分でお願いされたし。

 創立記念祭ではないので、宿に空きは多い筈、とのことだった。

 

 「現在《アルカンシェル》で公演されている『金の太陽、銀の月』は、リメイクが発表されています。リメイク前最後の公演ということですね。貴重な機会なので、是非チケットを使って頂ければと思います。……どうしても行かないのでしたら、今キャンセルすることも出来ますが……」

 

 その場合は、代わりに一等の金券10万ミラになるらしい。

 そっちでも良い気はしたが。

 クロスベルか。……クロスベルかぁ……!

 非常にタイミングが悪いことに、そっちに行く予定があったりする。

 であるならば、受け取っておこう。

 

 「では、使わせて、いただきます」

 

 幸い、今月はテスト前で休みが多い。

 自由行動日ではないが、今週末の土日も休みだ。部活動はあっても、授業はない。

 テストに支障が出ないよう気を付ければ、クロスベルまで行って来ても許されるだろう。

 ばーっと行ってささっと用事を済ませて戻ってくる。

 それだけのシンプルな話なのだ。

 

 ……これが俗にいうフラグであるとは、この時の私は思っていなかった。

 毎回のことじゃねーか、とは言わないで欲しい。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ということで、良い客室に乗っているのでした……」

 「回想終わりかしら、フフ」

 「相変わらず空見るの好きだねぇ」

 

 6月11日。金曜日。

 同室に居るのは、見知った友人が2人。

 フリルが多い黒の私服を着こなした、頭にケープを飾っているベリル。

 ホットパンツにジャケットという動きやすい格好のフィーだ。

 私とフィー、私とベリルというコンビなら兎も角、この3人での行動は中々珍しい。

 二人とも、私がクロスベルに行くと話したら『じゃあ一緒に行くわ』と付いてきた。

 勿論それぞれに、目的があった。

 

 「買い物をしに行きましょう、って話したでしょう? クロスベルに品物があるのよ。フフ」

 

 クロスベルで買い物をする予定だったそうだ。

 確かにあの場所は、帝国のみならず共和国・リベール・レミフェリア、その他多くの自治州からも多様な人とモノと金が流れ込む。伊達に経済規模で帝国と張り合ってはいないのだ。

 住むには少々危ないが、足を延ばして遊びに行くには最高だろう。

 

 「共和国は広いわ。帝国より風変わりなものが見つかることも多いのよ……フフ」

 

 対する、フィーはと言えば。

 

 「……関係ないって言えば関係ないんだけど。気になると言えば気になる。《教団事件》」

 

 彼女の目的は、ガルシア・ロッシだ。

 バリアハートに行く直前、新聞記事で《ルバーチェ商会》が潰れたという話は読んだ。

 そして大部分の関係者は、投獄された、とも。

 あれからずっと、フィーはその後どうなったのか……気にしていたらしい。

 四月、クロスベルで顔を合わせていたから、猶更そう思ったのだろう。

 

 そんなわけで、私達は三人連れ添ってクロスベルへと向かっていた。

 観劇チケットには移動費も付いてきたが、なんと一等客室である。個室である。嬉しい。

 おかげで会話をするにも遠慮は要らず、足を延ばして、のんびり食事も出来た。

 《アルカンシェル》のチケットも4枚中3人までは確保できている。もう1枚は、クロスベルで誰かに渡せば良い。

 遊撃士に頼めば手配は簡単だろうし、最悪、売っても良い。買い手はすぐ見つかる筈だ。

 

 「宿も、無事、に手配が、出来ました。宿酒場《龍老飯店》に、夕食付きのプランがあったので、それにしてあります。寝る場所と、食べる物には困らない」

 「……ベリルさんも一緒だよね?」

 「そりゃ、勿論」

 

 私が頷くと、フィーは少々複雑な顔になった。

 《Ⅶ組》の面々と違い、フィーとベリルはこれが初対面に近い(学院で顔を見ていたことはあるが、深い交流はこれが初では無いだろうか)。いきなり近い距離に出現した相手に、態度を測りかねている。

 そんなフィーの動揺を見て、ベリルは常の如く怪しく笑った。

 

 「フフ。……フィー・クラウゼルさん。唐突に言うのもなんだけど、私はカタナの立場も、貴女の前職も知っているわ。でも気にしない。まあ、最初から信じろと言うのは難しいと思うけれど、カタナが私を信じてくれているってことで、今は納得してくれない?」

 「……話が率直な人は嫌いじゃないよ」

 

 一瞬、私の方を驚いた顔で見たフィーだが。

 

 「き、気にしないで大丈夫。ベリルを信じるのが難しくても、私が、保証する」

 

 私が肩を竦めて言うと、まあ、そういうことならばと頷いた。

 この辺の切り替えの早さは流石だった。

 

 「分かった。じゃあ、フィーで良いよ。私もベリルって呼ぶ」

 「フフ。よろしくね。折角だし、占いでもしてみましょう」

 

 打ち解ける、とは少し違うが、一先ず会話は出来るようになった両者を見て、口元が綻んだ。

 私も含め、ここに居るのは皆、少々浮世離れした者同士。

 年齢の割に世間を知っているともいう。

 案外良いトリオとして活動できるのではないだろうか。

 

 「フフ、何か面白いことを考えてそうね。……カタナ、貴方も1枚引きなさいな」

 「ん、えーっと、タロット……にしては、枚数が多い?」

 「タロットよ。小アルカナの方だけどね」

 

 曰く、Aから10までの数字札と、小姓・騎士・女王・王の4枚が、スート4種類。

 合計14×4の56枚で構成されたカードの束も、占いとして使えるのだという。

 何枚かがなくなった大アルカナ22枚の、余りということらしい。

 

 「難しく考えないで良いわ。1枚引きなさいな」

 「私はもう引いたよ」

 「じゃ、……ええと……これ」

 

 フィーが1枚引いたので、残ったのは55枚。

 それらは、ベリルの指の間、扇状に綺麗に広げられている。

 その中から1枚を選んだ。

 次いで、ベリルも1枚を選ぶ。

 

 「では、見てみましょう」

 

 カードをめくる。見えた数字は、それぞれ――。

 

 「私は、ハートの5」

 「フフ。私はダイヤの3」

 「わ、私は……スペードの8」

 

 見事にバラバラだ。

 ベリルが解説をしてくれる。

 

 「ハートの5は、損失。失われた物と、その中に残る物、と言う意味ね」

 「……分かる気がするね」

 

 ガルシア氏のことを示しているならば、確かにそれっぽい。

 

 「私のダイヤの3は、交易。事業での協力やビジネスと言う意味。失敗も含まれる」

 「私のは?」

 「カタナのは。……えー……何というか、ええと……」

 

 一瞬だけ固まったのを見て、私は悟った。あ、これ悪い奴だと。

 

 「束縛。捕まったり、身動きが出来なくなる、という状態ね。そこからの解放も含まれるけど」

 「……今度は何に巻き込まれるんだっての……」

 

 最後は解放される、ということは、多分無事に学院に()()()()()のだろう。

 だが、その過程が――何があるのかが――すっごい不安だ。不安しかない!

 

 「フフ、占いは占いよ。何があっても良いように今から覚悟を決めておけば良いじゃない」

 「……き、気楽な旅が、良かった!」

 「私とカタナにベリルが追加された時点で何も起きないっていうのは、楽観的な発想だと思う。前回もそうだったじゃん」

 「うっさい! こ、これでも私は、平穏が、好きなの!」

 

 《空の女神》に祈ろうとして、止めた。祈っても意味無さそうだった。

 『大丈夫になって欲しい』と必死に言い聞かせる私と、徐々に会話が弾んでいくフィーとベリルを乗せ、大陸横断鉄道はクロスベルへと走っていった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「収監されている方との面会希望、ですか」

 「……ひょっとして予約とか必要? ……だった?」

 「確認をしますので、お待ちください。……席、空いてたかなぁ……」

 

 さて、観劇は明日6月12日土曜日の、午後17時からだ。

 開場が午後16時。終演は19時半と予定されている。控室へ顔を出せるのはその後。

 つまり今日の夜と明日の午前は丸々時間が空いているということになる。

 

 「ゆ、夕ご飯、8時からにして貰った。1時間くらいだけど時間あるよ。どうする?」

 「荷解きして、テスト範囲を占っておくわ。戻って来た時には、テストに何が出るかはっきりしてるでしょう……フフ」

 

 なんか凄く狡い発言を聞いた気がするが、スルー。

 勘と言えばそれまでの話だ。別に犯罪をしてるわけじゃない。私達も教えて貰おう。

 そんなやり取りをして、ベリルに見送られた後、私はフィーに付き添い、ここに来ていた。

 

 クロスベル警察。

 魔都クロスベルの中で、必死に正義を維持しようと努める人々の集まる場所。

 言っておくが、これは悪口ではない。

 両大国に加えてクロイス家やら《D∴G教団》やらが跳梁跋扈する中、それでも市民への被害を防ごうと腐心しているのだ。活躍が表に出ないのだとしても、クロスベルは表向き平穏なのは、彼ら(と遊撃士)の活躍によるものが大きい。

 まあ、私の感想はさておき、受付でフィーは問い合わせた。

 

 『明日、留置所で面会は出来ませんか?』と。

 

 返事は芳しくなかった。

 ラビットスタイルのツインテールを持った、赤みが掛かった受付の女性は、うーんという顔だ。

 胸元にある名札にはフラン・シーカーと書かれている。

 

 「……ひょっとして、いきなり過ぎた……過ぎましたか?」

 「いえ、面会そのものは、全然、大丈夫です。ただ移動手段が、限られていまして」

 

 予約リストと睨めっこをしていたフランさんは、頑張って敬語を使っているフィーに向き直る。

 地図を出して説明をしてくれた。

 

 「拘置所は、警察学校と併設されています。街を西に出て、途中の森林道を抜けていきます」

 「……森林道だから、魔獣とかが出るってこと?」

 「それもありますが……。ノックス森林道は、ほぼ警察学校の敷地内扱いとなっています。森林道に入る前に門があって、そこから関係者以外の立ち入りをご遠慮いただいています。勿論、内部に路線バスは通っていません。事前に面会の予定をここで受け付け、その方らを警察、または警備隊が送り届ける形になっています。……その送り迎えの席が、空いていません」

 

 どういうこと? と首を傾げたフィーに、フランさんは丁寧に教えてくれた。

 

 「警察学校は、警察と警備隊から、それぞれ人員を割いて運営しているのですが……。先日、ちょっとした事故がありまして」

 「……《教団事件》って奴?」

 「機密なので詳しくは言えませんが……」

 

 顔は、おっしゃる通りです、と語っていた。

 どうやらフランさん、明るく親身になって笑顔で接してくれる一方、腹芸はあまり得意ではないらしい。

 

 「警備隊にも被害が出た結果、警察側の人員で、手伝える人間は警備隊のフォローへ行っています。それでも、面会希望者の方の送り迎えは、基本手配してあるのですが……国外からの飛び入り、となると……」

 

 ……あー、そうか、そうだよな。

 悲しい話だが、クロスベルでは、帝国・共和国の人間を、長時間捕まえておけないのだ。法整備をする議会が、それぞれ帝国&共和国に尻尾を振っており、改正も許さない。

 結果、国外の犯罪者を拘束しても、そう長くない時間で保釈し、国外退去させるので精一杯。

 必然、クロスベルの拘置所に捕まっている人間は、基本的にクロスベルの人間だけになる。

 クロスベルの面会希望者は、きちんと運搬する手筈が整っている。

 しかし《教団事件》で人手不足の今、飛び入り参加の人間を送り届けるのは難しい、と。

 

 「お二人のような、小柄な女性であれば、乗るスペース自体はあるのですが……」

 「ぷ、プライバシー、ですか?」

 「はい。留置所に行くことを知られたくない方も多いので……。配慮させて頂いています」

 

 私の質問に、フランさんは謝ってくれる。

 クロスベルの人間しか捕まっていないのならば、訪ねに行くのも大体クロスベル住人だ。

 魔都クロスベル。犯罪発生率は、かなり高い。

 人口こそ多いが、領土は狭いクロスベルの中で、留置所に足を運ぶ――つまり『身内に犯罪者が居る』ことを教えたがらない人間も多いのだろう。

 ふらっとこっそり入り込むには少々難易度が高い場所らしいし。

 

 「……そっか。……分かった。突然、ごめんなさい。ありがとう」

 

 そういうことなら、仕方がないか。

 しゅんと肩を落として警察を出ようとする私達に声がかかったのは、その時だ。

 

 「ちょっとお待ち下さい。……フランさん、代わるわ。こっちの書類お願い」

 「ジリアン先輩。良いんですか?」

 「ええ」

 

 交代するように顔を見せたのは、綺麗な紫髪をした女性だった。

 フランさんより少し年上だろう。きちっと制服を着こなした、凛とした雰囲気の人。

 胸元に掛かれた名札には、ジリアン・スカイと書かれている。

 ……ん? ……スカイ? ……なんか聞き覚えがある、気がする?

 

 「割り込む形になってしまってごめんなさい。お話を聞いていました。席の確保はできますよ」

 「……そうなの?」

 

 フランさんも「えっ」という顔だ。可愛い。

 

 「ただ、フランさんの説明の通り、普通の送り迎えは席がありません。ですので、警察学校に向かう学生と一緒の……言うなれば通学の車に、同乗していただく形になります」

 「それでも良い。……良いです」

 

 相変わらず敬語に四苦八苦しているフィーに、では、と具体的な説明をしてくれた。

 朝7時30分に、この受付に来てくれれば車まで案内してくれるらしい。

 生徒さんには、ジリアンさんの方から連絡を入れておいてくれる、とのこと。

 

 「通学ですので……遅刻された場合は、待つことは出来ません。早めの行動をお願いします」

 「お手数、お掛けします」

 

 どんな車でも文句がある筈もない。

 生徒さんということは、年齢もそう遠く離れてはいないだろう。

 遅刻の心配も、何かと修羅場をくぐってきた私達ならば何にも問題が無い話だ。

 ジリアンさんに深々とお礼を言って、警察学校を後にしたのである。

 

 「と、失礼」

 

 その、出口にて。

 一人の男性とぶつかった。もとい『スカイって名前どっかで聞いたことあるな』と余所見をしながら考えていたから、私が一方的にぶつかったと言う方が正しい。

 大丈夫ですか、と転びそうになったのを引き寄せられる。

 

 「あ、だ、大丈夫です。ごめんなさい、ちょっと、考え事を、していて」

 「余所見は危ないですよ。お気をつけて」

 

 青い警察のジャケットの下、首に銀のペンダントを掛けたお兄さんだった。

 若々しさの中に、逞しさと強い芯が垣間見えている。将来有望そうな青年だ。

 

 何となく、心の中に奇妙なざわめきが生まれた。

 なんだろう。リィンに似た、けれども何かが違う存在感。

 言葉に出来ない感覚が、気持ち悪い。

 

 どこかで見覚えがある。

 確か――創立記念祭で――《キングバーガー》を山のように買い込んでいた人じゃないか?

 

 「えっと」

 「?」

 「あ、いえ。なんでも、ないです。気を付けます」

 

 不安感にも似た感情を探ろうとしたが、それはするっと消えてしまった。

 何だったのだろう。気のせい……気のせいか?

 

 「ロイドさん! お疲れ様です!」

 「ああ。お疲れフラン。ダドリーさんはもう戻ってきているかな?」

 

 少し呼吸をしたら、その気持ち悪さはどっかに行ってしまった。

 まあ、会話をするような間柄ではない。

 私達は《龍老飯店》へと帰路に付いた。

 ただ、何となく。何となく――今後も――どこかで関わり合いになる気がする。

 そんなことを考えながら。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「丁度、先週の……日曜日かな。そこで、ディーター・クロイス市長が誕生した。今、クロスベルの人たちの中では、色んな期待が渦巻いてると、あっつ……思うんだ。……はふ」

 

 運ばれてきたスープを口元に運ぶ。

 熱い。とろみが付いた、溶き卵が浮かんだ東方風スープは、口の中だけでなく胃まで熱してくる。微かに香る生姜が、食欲を増進させてくるのが憎い。

 

 「期待してるってことね。フフ……。帝国や共和国の息が掛かっていない政治家が、どこまで出来るかっていう……。……あっつぃ

 「ふー、ふー、ハルトマン議長は逃亡中なんだっけ? 《教団事件》のどさくさに紛れて?」

 「ら、らしい。《教団》に関与してたって情報が出ちゃったからね……。帝国に亡命したらしいけど、切られるのは遠くないと思う。必死じゃないかな。……うん、美味しい。これは次も期待できそう」

 

 オズボーン宰相と会談し、自分の立場をアピールした、なんてこともあったらしいが。

 流石に《楽園》――売春宿だ――を使っていた奴なんて、さっさと縁を切られて当たり前。

 ヨアヒム・ギュンター捕縛の混乱を利用して今も逃亡している人間も居るらしいが、警察と遊撃士、更には教会までもが行方を追いかけているそうだ。決着は遠くないだろう。

 

 個人的にも死んでほしいと思う。

 レンちゃんみたいな幼気な子供を力尽くで襲うとか許されない。

 私はまあ、自分の意志でやってたから、セーフ。セーフじゃないけどセーフ。

 話しながら舌鼓を打っていると、次の料理が運ばれてきた。

 

 「揚げ物ヨ。こっちは挽肉、こっちは香味野菜が入ってるヨ。甘酢もあるから是非使って」

 

 筒状、扇状、塊状の、様々な揚げ物が置いてあった。

 餡や衣の食感がそれぞれ違って楽しめる逸品。

 これまたかなり熱い。火傷しそうになるが、冷めないうちに美味しく口に運ぶ。

 

 しかしこの店、本当美味しいな。

 明日の朝夜も、明後日の朝も、全部ここで済ませられるのは凄く嬉しい。

 今回もレシピ持って帰らせてもらおう。

 私達は学生らしい健啖っぷりを発揮してどんどん食べる。

 サンサンさんも嬉しそうだ。

 

 「お待ちどうネ。《薬膳麻婆豆腐》と《龍老炒飯》ヨ。それぞれ味わっても良いけど、麻婆炒飯にしても美味しいヨ。辛みは抑えてあるけど、刺激が欲しいならテーブルの胡椒と山椒使ってネ」

 「ど、どうも、です」

 

 片手に1つずつお盆を乗せ、器用に運んできたサンサンさんにお礼を言って。

 食事を再開しつつ、話を続ける。

 ぴりっとした香辛料の刺激の中に、苦味や酸味、肉の油の味がしみ込んでいる。

 炒飯を薄味に調整してあるのだろう。これ以上なく合う。

 

 「そう言えばベリル、明日の朝どうする? 私達は拘置所まで行くけど……」

 「戻ってくるの、そんなに遅くならないでしょう? 留守番してるわ。フフ」

 

 穏やかに微笑んでそう言われてしまった。

 まあ、確かに拘置所まで同伴は出来ないけど、ずっと留守番してて貰っても良いのだろうか。

 警察まで行ってくる間も(短時間とは言え)一人にさせてしまったのだし。

 

 「その代わり、戻って来たら私と買い物に付き合いなさい。フィーも一緒にね? 買い物の内容は決めてあるけれども、ふらっとウィンドウショッピングをするのも悪くないわ」

 「……分かった。それで良いなら」

 「面白い物は沢山あると思うわ。控室への差し入れとかも用意したいわね、フフ」

 

 あ、確かにそういう物も買わないといけないか。

 流石ベリル。この中で一番、常識と気遣いを知っている。

 であれば、ここは彼女の言葉に甘えておこう。

 運ばれてきたデザート《つるつる杏仁豆腐》を食べながら、私とフィーは感謝した。

 

 「……美味しかった。満腹」

 「あ、明日の朝ご飯の時間も、早めにしてもらった。6時30分からご飯で、7時に出発」

 「分かった、それで良い」

 

 さて、となると今日中にやるべきことは、あと2つ。

 ベリルの予言してくれた範囲を勉強すること。

 もう1つは。

 

 「あ、結構大きめの浴槽、あるらしい。……行くかー」

 「カタナ、結構お風呂好きだよね」

 「さっぱりして、勉強して、早めに寝れば良いわ。フフ」

 

 そんな感じで、クロスベル1日目の夜は過ぎていった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 入浴。

 別に特段、言うべきことは無い。

 一番女性らしい身体付きだったのがベリルだった。

 

 「せ、折角だし、背中でも、流すよフィー、ベリル」

 「……まあ良いけど。カタナ、貴女の友情が時々――重い気がするわ、フフ」

 「分かるー。凄い分かるー。私は良いけど、羞恥心とか貞操観念、気を付けるべき」

 

 ……気を付けます。

 まあ、女子三人で仲良くスキンシップを取ったってことで。

 

 ……く、悔しくなんかないからな……! 育つからな! これから!

 

 「人の夢と書いて、儚い」

 

 やかましい!

 フィーにも負けるんじゃないかって不安があるのは内緒だ!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 翌朝。

 まだ眠そうなベリルに送り出された私とフィーは、警察学校へと向かっていた。

 朝食は、胃に良い粥と、バリエーション豊富なトッピングというメニューだった。

 用意してくれたチャンホイさんらに感謝しつつ、しっかり食べる。

 ベリルはもう少し寝た後にするそうだ。

 

 「クロスベル、結構早くからお店が動いてるね……」

 「お客さんを迎えるのは9時とか10時なんだろうけど、事前準備が多いんだろうね」

 

 車が行き来し、多くの店に物品を搬入していく。

 列車から降ろされたコンテナが、次々と運ばれ、クロスベル各地へと動いていく。

 それをする人々らの為の、出店やパン屋、軽食屋は既に回転中だった。

 

 「さて、警察学校の、前……」

 

 辿り着くと、外には二人の女性が居た。

 片方は昨日会話したジリアンさん。もう1人は、女性と言うよりかは少女に近い年齢だ。

 まだ初々しさが残る立ち振る舞い。おそらく私達よりも数歳年下。身体中にはちきれそうな活力を持った、桃色髪が良く似合う姿。彼女が『学生さん』だろう。

 てっきり警察学校の学生さんと言う意味で捉えたのだが、もしかして「これから警察学校に行く、日曜学校の学生」と言う意味だったのかもしれない。

 

 「お、お待たせしました」

 

 少女が振り向いた。

 どっかで見たことある、気がする。

 記憶を探って、思い当たった。

 

 「あー、……アイスの子のお姉さんだ」

 

 ああ、とフィーも思い出したらしい。

 記念祭の夕刻、目の前でアイスを落としそうになったケンとナナ、という弟妹。

 二人の名前を呼んでいたのが、彼らの姉であろう目の前の少女だ。

 

 「フィーだよ。こっちはカタナ。乗せてくれるのは、貴女で良い?」

 「む、無理を聞いてくれて、ありがとう」

 

 ぴしっとした気を付けの姿勢で、彼女は名乗った。

 

 「初めまして! ユウナ・クロフォードです! 短い間ですけれど、よろしくお願いします!」




Q:ジリアン・スカイ
A:『暁の軌跡』からの登場。
妹シェリル・スカイは《D∴G教団》の犠牲者である。
アルタイルロッジにて、セルゲイ班らが突入した際に、遺体となって発見された。
階級こそ不明だが、クロスベル警察の捜査一課ロナードの補佐をしているところを見るに、フランよりは上の役職の筈。実際、描写を見てもかなり優秀な人。

Q:6月6日。
A:6月15日火曜日の自由行動日に入手できる『帝国時報』では既にディーターが当選済み。
5月22日の自由行動日で《教団事件》が記事になっている為、選挙が日曜日として仮定した。
ディーターが市長に当選 → ロイドらが表彰→ リベール組帰国 → 支援課一時解散
というのが零EDでの流れ。
カタナが来たのがディーター当選直後。
なので実は『特務支援課』はまだギリギリ一時解散していない。
とはいえ、ランディは既に警備隊の方からリハビリ訓練の要請を受けているだろうし、エリィもマクダエル議長就任の補佐で忙しそう。彼らとカタナの、本格的な出会いは、まだ先である。

Q:女子三人でのスキンシップ。
A:描写しません! 頑張って想像してください!

Q:ユウナ、これから警察学校に入学。
A:ここで顔を合わせておくことで、後に「帝国との間での板挟み」が出現する(愉悦)。


さて次回はガルシアに合い、ベリルと買い物をして、アルカンシェルを見て、事件です。

第42話「覆われた天幕の下で」

ところで現在、クロスベルには《銀》という暗殺者が潜んでいるようですね。怖いなあ。
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