カタナ、閃く   作:金枝篇

42 / 69
誤字指摘・感想・評価、いつもありがとうございます。


覆われた天幕の下で

 「それじゃあ、お二人は帝国からいらしたんですか」

 「れ、連休を、使ってね。距離はあるけど、帝国の西方面に行くよりは、移動も、楽だから」

 

 ユウナさんと会話をしている間にも、車は進む。

 警察車両に乗って移動するなんて経験は滅多にない。中はこうなってるのか、とか、こうやって操作するのか、とか色々観察しつつだ。背後の景色は、徐々に緑が濃くなっている。

 ガレリア要塞とクロスベルの中間くらいから、南に下っていく道程。

 溌溂とした明るい受け答えで、自然と話は弾む。

 

 「拘置所ということでしたけど、えーっと、……詳しい話を聞いて大丈夫なんです?」

 「ん、まあ、良いか。捕まった《ルバーチェ商会》の中に、知り合いがいる」

 「……もしかしてフィーさんって結構危ない人ですか?」

 「どうだろうね? どう思う?」

 

 ふっと乾いた眼をしてユウナを見ると、彼女はびくっと震えた。

 

 「ちょっと、フィー、あんまり脅かしちゃダメだよ」

 「ごめん。反応が新鮮で」

 

 ちょっと動きが硬くなったユウナさんに、ごめんね、と二人で謝った。

 

 「ごめんごめん。確かにちょっと……まあ訳アリだけど、今は普通の学生だよ」

 「ま、周りの皆、驚くだけで、怖がっては、くれないからね。ユウナさんの反応が正しい」

 「あ、いえ」

 

 大きく深呼吸した後、彼女は気を取り直す。

 

 「……驚きました。人は見かけに依らないって言いますけど。修行が足りませんね!」

 「そう?」

 「はい! どんな人でも物怖じしないで接することが出来るようになりたいです」

 

 ユウナさんは笑顔で続けてくれる。

 

 「私、憧れてる人たちが居るんです。……『特務支援課』っていうんですけど」

 「な、名前は、聞いてる。活躍してるんだっけ」

 「はい!」

 

 彼女にとって、特別な意味を持つらしい。

 色々聞かせて欲しいと頼むと、待ってましたとばかりに続けてくれた。

 

 「このクロスベルって、警察とか警備隊が動きにくいじゃないですか。で、あんまりにも市民からの評判が良くないって言うことで設立されたのが、『特務支援課』なんです」

 「遊撃士みたいな感じ?」

 「最初は、そう揶揄してる人も大勢いました。猿真似部署だって。……その、構成メンバーも、正規の警察官じゃない人も多かったんです。ただ、それでもあの人たちは、頑張りました。遊撃士の皆さんと時には協力して、段々と支持を集めてって。そしてこの前、《教団事件》解決の立役者になったんです!」

 「……自慢なんだ」

 「勿論です! クロスベル市民としてはとっても鼻が高いですよ」

 

 なるほど、良く分かった。

 ……皮肉では断じてないぞ。

 まあ、このクロスベルは……言っては悪いが、右も左も窮屈な場所だ。

 ミラの流れだけは自由気ままだが、住んでいる人は色んな意味で、束縛されている。

 法だったり、両国からの圧力だったり、利権だったり、あるいは《錬金術師》の夢だったりに。

 そうした人々にとって、壁を壊してくれるかもしれない存在は、貴重なのだ。

 クロスベルを思って、クロスベルの法律で動いてくれる人は、有難いのだ。

 ディーター市長に、人々が期待するのと――あるいは、閉塞的な貴族社会に穴をあける鉄血宰相が人気を得るのと、同様と言っても良い。

 故郷とか親族なんて居ないも同然の私には分からないが、分かる人には大事なのだろう。

 だから1つだけ聞いた。

 

 「警察が、目立って、良いと思う?」

 「……良くは無いです。私も警察官志望です。そんな目立つ仕事より、見えない仕事の方がきっと多いんだろうなって思います。そして、派手な事件なんて、無いほうが良いのは、その通りだと思います」

 

 でも、と彼女は続けた。

 

 「何かあった時に、動けるんだって言えるのも、大事だと思ってます」

 

 大きな事件が起きてほしくないと思いながら、いざという時のための備えを忘れない。

 小さな仕事を重ねる覚悟があって、目標があって、真っすぐ手を伸ばせる人になりたい。

 そう言った。

 うん、良いね。私はそういう人、大好きだよ。

 一生懸命に手を伸ばし、前を向く。だって私もそれをしている最中なのだから。

 

 「さっき知り合ったばっかりだけど……応援させて」

 「いえ、そんな! ……ありがとうございます」

 

 握手した手は、暖かかった。

 拘置所が、見えてきた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「また会いましょうね!」

 「ん、またね、ユウナさん」

 

 連絡先も交換して、ユウナさんと別れた後。

 警察学校の左側に併設された拘置所へと、私達は足を踏み入れる。

 頑丈な扉と、分厚い壁。壁の上には有刺鉄線。全体的に白い壁の建物だが、圧迫感はかなりのものだ。

 中に入って面会先を指定する。ほどなくして、見覚えのある巨体が、面会室へとやって来た。

 頑丈で分厚い、透明な樹脂板を挟んでの、遭遇だ。

 

 「……誰かと思ったら、お前か、フィー。そして……ちっこいお嬢ちゃん」

 「ま、ね。元気そうっていうのもなんだけど、元気?」

 「後遺症の心配もねえよ。俺はな」

 

 手錠を嵌められ、背後に警備隊の兵士が控えている状態でも、その体躯は迫力があった。

 《キリングベア》ガルシア・ロッシ。

 《ルバーチェ商会》の若頭で、《教団事件》で捕縛された、4月に出会ったフィーの顔馴染みだ。

 彼もグノーシスを投与されたらしい。彼自身は薬物取引に反対していたが、ヨアヒムの計略でグノーシスを処方され、消耗していたところを『特務支援課』に捕縛された、ということだった。

 

 「カタナだよ。……薬関係は、私も耳にしてる。わ、私は付き添いだよ」

 「そんな名前だったな、アルビー。で、何の用だ、フィー」

 

 しれっと私の名前を忘れてないぞとアピールし、ガルシア氏は椅子に座る。

 座ったフィーの横、私は立ったまま話を聞く姿勢だ。

 

 「いや、それが、実は、無い」

 「なに?」

 

 訝しむガルシアさんの顔は貴重ではないだろうか、と私は思った。フィーは続けた。

 ここまで来ておいてなんだけど、と前置きをして。

 

 「なんというか、本当に顔を見に来ただけだよ」

 「……なるほどな」

 

 椅子に座ったまま、ガルシアさんはじっと睨みつけて。

 

 「悩み事があるなら、俺じゃなくてそっちのクラスメイトに話すのが筋ってもんじゃないのか?」

 「……私まだ何も言ってないんだけど」

 「な、何も聞いてないんだけど!」

 

 え、何それ、と言う感じだった。

 フィーが来たいと言ったのは、単純にガルシア・ロッシの顔を見たかっただけではないのか?

 

 ……いや、そうでもないのか。

 言われて考えてみれば納得する。

 自分でも思っていたではないか。フィーとガルシアさんは、既に無関係な立場なのだ。

 片やマフィア。片や学生。どちらも……自分が()()《西風》として扱われるのは、あんまりいい気分ではないだろう。だからこそガルシアさんも、俺より別の奴に行け、と言ったのだろう。

 ちょっとだけ、もんにょりする。

 

 「ほら見たことか。後ろのアルビーも珍妙な顔をしているじゃねえか。……まあ良い。何を考えているかは分かる」

 「む」

 「相談しろ。俺にじゃない、お前の友人に、だ。……お前の立場や過去を知って受け入れてくれる奴は、大事だってことくらい学んだろう? 今あるものを見ないで如何すんだ?」

 

 ガルシア氏の言葉は乱暴だったが、思いやりに溢れていた。

 フィーが《西風》では可愛い娘として扱われていたと聞いたが、まさにそれだ。

 久しぶりに会った親戚のおじさん味が溢れている。……これ四月にも言ったな?

 じいっと据わった目で見られたフィーは、若干居心地が悪そうにして。

 

 「……分かった」

 「それで良い」

 

 一瞬だけ私の方を見て、そう頷いた。

 

 「さて、それじゃあ……今から言う数字、覚えてけ。一度だけしか言わねえからな」

 「え? え。……えっ?」

 

 囚人との面会故、私達のやり取りは全て監視され、ガルシアさんの背後には拘置所の職員が居る。メモを取ったり、会話を記録したりと、結構忙しくチェックをしているのだが。

 彼は、此方に聞こえるギリギリの声で、16桁の数字を素早く告げた。

 

 「……これ……何?」

 「警察署だ」

 

 私もフィーも一発で覚えた数字の並びに、ガルシアさんは不敵に笑う。

 場所を告げた。

 

 「俺ら《ルバーチェ商会》の武器庫やらなんやらは、全てクロスベル警察が押収してる……商会の物は俺としても渡せねえ。警察も渡しちゃくれねえだろう。だが()()()()()なら話は別だ」

 「……良いの? それ」

 「良い。身内が引き取りに来たっていう理屈なら拒めやしねえよ。向こうは忙しくって清廉潔白な警察官だからな。法の抜け道ってのを突けば大体何とかなる。――まあ、渋るだろうが、そん時は帝国の学生だって理屈持ち出せ。それで通るさ」

 

 良いのか、それは。

 多分私も相当複雑そうな顔をしていたのだろう。

 

 「姉妹みてえな顔してんじゃねえよ、二人とも。帝国の身分を盾に迫るんじゃねえ。逆だ。どうしても渡してくれないなら嫌々だけどそういう方法を使います、と持って行け」

 「……」

 「中身が何なのかは……まあ行けばわかるさ。クラウゼルが、その武器をどう扱うかは任せる。必要ないなら破棄しても、譲っても、換金しても良い。ここに閉じ込められたままの俺よりは良い扱いが出来るだろう」

 

 多分、フィーの頭の中には色々な意見が渦巻いているのだろう。

 私に若干隠してる本音についてとか――ガルシア氏から渡される物とか――警察への屁理屈とか。

 だがそれらを口には出さず、飲み込んで。

 

 「分かった」

 

 口をちょっとむーっとした感じで尖らせて、頷いたのだった。

 こうして私達の、拘置所への顔出しは終わった。

 

 帰りの車の中。

 フィーと私は、会話をしなかった。

 何となく、互いに空気が、良くないままだった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「お帰り……。あら、喧嘩でもした?」

 

 相変わらず鋭いベリルは、私達の空気を一目で見破った。

 テスト範囲を確認していたらしく、机の上には教科書と、筆休めに東方の花茶が置かれている。

 別に喧嘩をしているわけではない。ないが、なんとなく私はフィーに会話を振り辛く、フィーはちょっとバツが悪そうな顔だ。今まで、それなりに良い感じだったから尚の事、空気がギクシャクして見えるのだろう。

 

 「いや、喧嘩をしたわけじゃ、ないけど」

 「……そだね。私が一方的に会話を切ってるだけだよ。カタナは悪くない」

 「話を聞いても?」

 「そうだ「……いや、それよりも警察に行く。時間が惜しいから」……」

 

 相談しようかなと思った私の言葉を、フィーが遮った。

 抗議の言葉をあげようと思ったが、どことなく、彼女の態度が――というか雰囲気が、良くない。悪い顔をしているとか、怒っているとかではない。自己嫌悪、ともちょっと違うな。

 話をしたくない、が一番近いだろうか。

 ガルシアさんに言われても尚、ちょっと相談しにくい問題があって遠慮している、という感じだ。

 

 「ま、まあ良いけど。わ、私も警察署に行く予定あったんだ。ベリルも折角なら一緒に行こ」

 「そうしましょうか。私の方の買い物にも付き合ってね?」

 「…………」

 

 フィーが言いにくそうな顔をしているならば、無理に聞き出す必要もない、だろうか。

 私の顔色を読んだベリルは、それじゃあと立ち上がって身支度を整える。

 お昼ご飯も兼ねることにしよう。買い物をして、戻ってきたら観劇用の衣装(ちょっとしたフォーマル)に着替えて、楽屋への差し入れを持って《アルカンシェル》へ向かえば良い。

 私達2人の視線を背中に受けて、ちょっとばかりむずかゆいものを感じたのだろうが、フィーは何も言わずに一足早く出て行った。

 

 「…………何があったの?」

 「……私にも分かんない。まあ、その、クロスベルに来るのに、私が丁度良かったのは、あるっぽい」

 

 フィーの感情は読みにくいからなあ。

 私はそれなりに相手の感情の機微を読む能力が高いつもりだが、本気で隠せる人間には弱い。

 《Ⅶ組》の中では、フィーとエマがその筆頭。ちょっと下がってユーシスラウラ、次点でリィンだ。ガイウスは隠さないから読みやすい。アリサ、エリオットとマキアスはすぐ感情が動くから読みやすい。

 傍らでフィーの動きを追っているベリルも全然読めない。まあ彼女は言葉の不意打ちで若干揺らぐところがあるから、それを使えば一瞬感じ取るくらいは出来るか。

 ARCUSのリンクもイマイチだ。

 ……フィーが白状してくれるまで待つかね。

 公演を見ながら喧嘩は出来ないし、楽屋に行ってまで険悪な空気を持つほど馬鹿じゃないだろう。

 

 「でも、理由が全く、見当もつかない。バリアハートでも、なんか悪いことがあったわけじゃ、ないし」

 「占ってみてもいいけど」

 「……遠慮しておく。ベリルのことは信じてるけど、偶には占いに頼らずに、やってみたい」

 

 私の宣言を、彼女は穏やかな笑顔で受け止めてくれた。

 

 ――さて、クロスベル警察。

 滞在期間中、二回目の来訪である。

 昨日はありがとうございました、とお礼を言って、フランさんの元に。

 そのままの流れで、要件を切り出した。

 

 「《ルバーチェ商会》にあった品の、引取りと……密輸疑惑がある武器の引取、ですか」

 「き、昨日よりも面倒な要件で、すみませんが」

 「ちょっとお待ち下さい。担当の者に問い合わせますね。……手続き、なるべく早く済ませますので」

 「……ああ。カタナも、武器、警察署に保管されてたんだっけ」

 「されてたというか、して貰ってたっていうか」

 

 ミヒュトさんに手配して貰っていた小太刀が、クロスベルでストップしていた話はしたと思う。

 その業者に連絡を入れ、私は『自分で取りに行きます』と伝えておいたのだ。

 大体手続きは終わっている。帰りに回収してけば良いか、くらいの感じでいたが、フィーがガルシアさんの荷物を引き取ると言うならば、ここで一緒に片付けてしまおう。

 

 「…………」

 「な、なに。こっち見て」

 「…………訊かないの?」

 「い、今話せるなら、訊くけど」

 

 私の言葉に、フィーは、口を噤む。

 暫しの沈黙の後、彼女は何かを言いかけて。

 

 「――捜査一課のアレックス・ダドリーだ。物品受け取りを希望しているという二人は?」

 

 マキアスに似た眼鏡の捜査官さんの言葉に、かき消されてしまった。

 結局そのまま、会話は打ち切られてしまったのである。

 

 ……一旦良くない流れになると、中々会話が上手く行かないものだ。

 当初の予定である公演の時間が迫る中、私とフィーは互いに息が合わないまま過ごしていく。

 幸いなことに、上手に立ち振る舞うベリルのお陰で、意思疎通や行動の食い違いは起きていない。

 

 「肩肘張っても仕方ないわよ、二人とも。今は旅行を楽しみましょうよ、フフ」

 

 来る途中の列車で、フィーとベリルの間で会話が成立するようになっていたのも、大きかった。

 良い感じに話を振ってくれるので、孤立している感じがしなかった。

 二人だけなら、それこそ本当に、空回りに空回りを重ねていただろう。

 仲良くなったからこそ、四月みたいに率直に言い合えない、というのは何とも……うん、何とも、得難い体験だ、と思っておこう。これも糧になるだろうさ。

 

 「……そだね。そうする。ベリルさ……ベリルは、どこに行きたい?」

 

 フィーの問に、ベリルはフフと微笑んで。

 

 「勿論、貯金を崩しに」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「おや、ローゼンベルクドールを持っていったお嬢さんじゃないか」

 

 狭く雑多な、しかし曰く付きの品が多々眠っているだろう空気の中。

 エマやヴィータ様より遥かに魔女らしい雰囲気のお婆さんが、私の顔を見てにやりと笑う。

 超高級な人形を買っていく客の顔くらいは、忘れないよ、ということらしい。

 ここに足を踏み入れるのはまだ二度目だが、この店構えは一度見れば忘れまい。

 アンティークショップ《イメルダ》だ。

 

 「高いアクセサリーが買えるようになったのかい?」

 「い、いえ。今日の私は、付添い、ですので」

 「(こくこく)」

 

 私やフィーより、遥かに雰囲気にマッチしているベリルは、店内をぐるっと見回す。

 薄暗い室内、商品と商品の間に隠すように陳列された貴重品も多い筈で、本来一見さんは目的の商品を探すのも苦労するのだろうが、彼女の動きは淀みなかった。

 

 陳列棚に、横倒しになって置かれていた古びた紙束を取り出す。

 他の骨董品を横に退け、明らかに外見がしょぼい、古びたペンダントを複数手に取る。

 多少なりとも遺産や遺跡に詳しい私でも価値がわからない、多様な色の鉱石を拾い集める。

 そして最後に。

 

 「その後ろに陳列してある水晶、いただける?」

 「……これかい?」

 「いいえ。店主さんが今手に持っている水晶で隠れて見えない、一番小さな品よ」

 

 ベリル自身で“見えない”と言っている物を指摘され、イメルダさんは驚いた顔をした。

 

 「さっきから貴重な品ばっかり集めてると思ったら、水晶を見る目も確かかい。……まぐれって訳でもなさそうだ。まあ良いよ、売ってやろう。値段は理解しているね?」

 「ええ。これで料金ぴったりだと思うのだけど」

 

 鞄から、真新しい封筒を取り出す。

 IBCで卸して来た、まっさらの紙幣が収まっている。

 中を確認したイメルダさんは、やれやれと感嘆の息を吐いて、明細を書いた。

 

 「釣りも出ないよ。久しぶりに面白い客に会えた。……今後ともご贔屓に」

 「ありがとう。また面白い品があったら、足を運ぶことにするわ」

 

 満足に終わったらしいので、私も品を買っておこう。

 陳列されていた、高級な琥耀石のアクセサリ《ディープオーカー》を購入。これは装備している人間の耐久性能を上げる効果に加え、導力器への干渉を防いでくれる。ARCUSと髪留め、その2つを万全に動かすためにも重要だ。

 

 「そういえば、あのローゼンベルクドールは大事にしているのかい?」

 「……し、していますが、それが、なにか?」

 「いいや。ただ思い起こせば……ローゼンの奴が、売るのにちょっとだけ難色を示していた気がしてね。大事にしているなら結構さ。私の思い違いだろう」

 

 それは多分、ブルブランが手配したものだからだと思います、とは言わないでおいた。

 人形工房の主:ヨルグ老人は、結社の技術機関《十三工房》を束ねる職人の一人だ。

 精密な人形作成は、何もアンティークドールに限った話ではない。機械仕掛けの巨人も専門の範疇にある。レンちゃんの《パテル=マテル》修繕が出来るくらいには、あの老人は芸達者だ。

 《執行者》からの注文を受けて、嫌そうな顔をしたのは、想像に難くない。

 

 フィーもフィーで《エヴァーグリーン》を買っていた。

 バリアハートでの消耗・損耗は、ルーファスさんの財布から払ってもらっている。手持ちにはちょっとだけ余裕があるのだ。トリスタではまず買えないし、ヘイムダルではこれより高いだろう。

 いつぞやみたいに荷物で抱えて盗まれては堪ったものではないので、即座に首から掛け、服の下に隠す。学校生活中でも、制服の下に隠せる大きさなのは有り難い。

 二度あることは三度ある、という。この骨董品店に来ることも又あるかもしれない。

 丁寧にお礼を言って、店を出た。

 

 「それじゃあ、後は差し入れを買いましょう。ファンからの贈り物が、どんな物がいいか、調べてあるわ」

 

 タイムズ百貨店で、日持ちする菓子折り(きちんと包装された、良いお値段の物)を購入。

 さあ、それでは《アルカンシェル》に、向かうとしよう。

 

 「私、観劇とか経験ないんだけど……」

 「リラックスして楽しめば良いわ。向こうも、初心者さんお断り、なんて書いてない。むしろ初心者にも楽しめるように考え、練ってくるのがプロなの。歌やストーリーが難しいなら、別の所に目を向けても良い。そうね、フィーなら……踊りとか。……仕掛けとか」

 「……分かった。ベリルのアドバイス、乗ってみる」

 

 フィーも、きっと楽しんでくれるに違いないとも。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ベリルの占いを――「束縛」という結果を、忘れていたわけではない。

 クロスベルが、魔都を呼ばれていることも、クロイス家を始めとする陰謀が渦巻いていることも、忘れてはいなかった。

 ただ、何かが起きるにしても、それはもう少し後のことだと思っていただけだ。

 

 まさか。

 まさか、観劇の直後に、事件が襲いかかってくるなんて、思ってもいなかった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「とても、いい舞台でした。こう……ごめんなさい。語彙が、少なくて」

 「あら、良いのよ。その顔を見れば楽しんでくれたことがよく分かるもの!」

 

 劇団《アルカンシェル》。

 主演女優であるイリア・プラティエさんは、派手で優雅な人ながら、非常に会話がしやすい人だった。

 今まで多くのファンを虜にしてきただけあって、こちらの困惑や緊張も乗り越えてやってくる。

 タイプとしてはエステルに近いだろうか。

 

 人気が高い劇団の、控室だ。

 イリアさん以外にも、色々な人間が居る。歌姫プリエ、貴公子テオドール、王子ユージーン、数多くのスタッフに、団長さんまで。何れも、千秋楽となる今日の舞台では素晴らしい演技をしていた。

 こういった芸術はあまり触れてこなかったのだが――思わずパンフレットを購入し、全員の名前を覚えてしまったほど、『金の太陽、銀の月』は魅力的だった。

 

 「ストーリーよりも、踊りに、驚いた。並大抵じゃ、ないね」

 「褒めてくれて嬉しいわ。……ところで貴女も役者をやってみない? すごく鍛えてるわよね」

 「……いや、学生、だか……なので。その申し出は、遠慮しておく……おきます」

 「また勧誘してるよ……」

 

 フィーと私の身体能力を見破り、スカウトまでしてきた。

 演劇に関しては節操がない人らしい。もとい多分、自分の能力全てを、演劇に注ぎ込んでいる人だ。強引さもあるが、その妥協しない姿勢が、何よりも大勢の人を惹きつけるのだろう。

 イリアさんの世話役(見習い助手かな?)をしているシュリさんも、その一人。そして。

 

 「もう、イリアさんたら。学生さんたちが困ってますよ」

 「えー良いじゃない。リーシャだってこの二人、逸材だとは思わない?」

 「私の時とは状況が違いますよ」

 

 《銀の月》ことリーシャ・マオさんも、そうだ。

 ものすっごい身体が()()()()()人。ストーリーや演出以上に、皆を魅了する舞を披露していた人。

 イリアさんは天性の才能を、演劇に費やした結果、培われた肉体だろう。

 だがこの人は違う。なんというか――私やフィーに似た気配を感じる。

 いや、言わないけどな!

 なんでもイリアさんにスカウトされた、とはパンフレットに書いてあったか。

 その前に何してたのかは、問わぬが花だ。

 

 「それにシュリちゃんが居るじゃないですか」

 「……そ、そうなんですか?」

 「あ、オフレコでお願いね。リメイク後は、ここに居るシュリも加えての公演になるのよ」

 

 なるほど。シュリさん……13歳という若さで抜擢された以上、きっと彼女も素質を秘めているのだろう。

 

 「……気になってるんだけど、どっかであったことある?」

 「な、無いと思う。人違いじゃないかな」

 

 うん。気のせいだな!絶対に人違いだな!

 なんか数年前ノーザンブリアのスラム街で、似た背格好のみすぼらしい少年を見かけた気がするけど、しらばっくれておこう。

 私はあの時任務中だったし、互いに今とは全然雰囲気も違うのだ。

 

 「そういえば、贈り物を受付に預けてあったわ。取りに行ってきます」

 

 差し入れ品:クッキーを、ベリルが取りに立ち上がった。

 手作りはアウトだろうが、日持ちがする既製品、小分けで食べやすい物ならば良いだろう。

 劇が始まる前に、受付のローランドさんに確認も入れてある。危険品でも、愛が重い品でもないことを確認してもらった上で、お渡ししようということだ。

 

 「あ、じゃあお茶淹れますね。折角なので、三人ともご一緒しませんか?」

 「……良いのでしたら、是非」

 

 私らが並大抵の学生でないことに気付いているだろうリーシャさんも、何も言わなかった。

 フィーと私が持つ、血の気配を、彼女なら見破っているかもしれない。

 だが、私達が危害を加えるつもりがないことも、今日の公演を見て感動したことも、伝わっている筈だ。

 

 「シュリちゃん、手伝ってくれる? サンサンから貰ったお茶があ――」

 

 バン! という音と共に、視界が暗くなった。

 停電だった。

 

 「っと……! ブレーカーでも落ちたかしら?」

 

 あるいは大道具の片付け最中に、うっかりミスってスイッチを間違えたとか。

 お客さんは既に帰っているから、パニックも起こらないだろう。

 そう思っていたら、次の音が来た。

 

 女性の悲鳴。

 何かが激しく暴れる音。

 そして最後に、パッシャアァン――! というガラスの割れる音。

 

 「――! ベリルっ!?」

 

 聞き間違え、ではない。

 悲鳴は、ベリルの声だった。

 既に目が慣れていた私は、反射的に駆け出していた。

 暗闇だったが関係はない。舌を鳴らし、反響定位で位置と構造を大まかに把握。

 入ってきた扉を出て、廊下に飛び出す。

 

 「明かりを早く!」

 「今点けます!」

 「シュリちゃん! 危ないから離れないで!」

 

 暗闇の中、全身を覆う衣装に身を包んだ、怪しい仮面の人影を見る。

 月下に映える姿は、割れた窓から飛び降りる寸前だったのだろう。直ぐに見えなくなった。

 絨毯の上に、誰かが倒れている。

 誰か、ではない。違ってくれと思いながら、私は傍らに駆け寄る。

 明かりが灯された。

 

 「……っベリル!」

 

 絨毯の上、血を流して倒れているのはベリルだった。

 クッキーの箱が縦に裂かれ、中身ごと散らばっている。

 駆けつけたイリアさんにリーシャさんらが、絶句し、一瞬後に警察と遊撃士へと連絡を飛ばす。

 犯行声明を示す、手紙が床に落ちていた。

 

 『新作ノ公演ヲ中止セヨ。サモナクバ、シュリ・アトレイドニ危害ガ及ブデアロウ』

 

 脅迫状の最後には《銀》と書かれていた。




Q:カタナとユウナ
A:エステルやユウナみたいな、積極的にガンガン絡んでくるタイプの人は、眩しすぎて苦手。とはいえエステル程ではないので、年下のユウナを直視するくらいは何とかなる。
仲良くなればなるほど閃Ⅲでの関係が楽しみ。どっちも苦しむに違いない。フフフ。

Q:《ディープオーカー》。
A:皆様ご存知、高級アクセ4種類の1つ。これからエンディングまで装備しっぱなし。

Q:反響定位(エコーロケーション)
A:音の反射で、相手の居場所や、周囲の状況を把握する技。蝙蝠やクジラに加え、視力を失った人が持つとも言われている。
カタナは舌での感知に加え、元々夜目もかなり効くので、暗闇での行動に困ったことは無い。

かくしてクロスベルでの事件第2幕の開始です。
……《銀》……一体何者なんだ……!!

次回「《銀》色を追って」

ベリルは大丈夫なのか!フィーとのぎくしゃくの理由とは!ガルシアの私物とは!
クロスベルの皆さん大集合でお送りします。
ではまた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。