《黎の軌跡》の情報もどんどん出てきてますね。
言われて見れば賭博師ジャックも共和国が舞台でした。
今冬発売予定ということで、私は発売までに、どこまでこの小説を進められるか……という思いもありますが、確実に丁寧に勧めていこうと思います。これからもよろしく。
PS:感想評価誤字報告、毎回ありがとうございます。
「大丈夫。擦り傷と切り傷だけよ。ちょっと深いけど、消毒したし、包帯を巻いておけば痕は残らない」
「……フフ、助かるわ」
「不安ならウルスラ病院に行くか、帝国に戻った後に大きな病院に調べてもらえば良いと思います。頭を強く打った様子もないから、そこまで心配しないでも良いと思うけどね」
流石に顔や身体に傷が残るのはちょっと、というのが、運びこまれた時のベリルの言葉だった。
ここは遊撃士協会のクロスベル支部。ベリルを診察するのは、エオリアさん。
医師免許を持っている彼女の手当は完璧だった。後遺症も見られないとのこと。
《銀》を名乗る謎の仮面マントの男(多分)に斬られたベリルだったが、幸いにも軽傷だった。
ヤバいと思った瞬間、手に持っていたクッキーの缶を盾にして、咄嗟に上半身を庇ったそうだ。缶は裂け、クッキーは砕けたが、ベリル本人へのダメージは微々たるもので済んだ。
彼女も中々逞しいというか、機転が利いている。
「ひとまず休んでいて下さい。ここならば安全ですから」
「……そうね。そうさせて貰うわ。フフ」
「ベリル」
「……そんなに心配しないでも良いわよ。怪我が軽いことは、自分で……分かるから……」
言いながら、ベリルはベッドに身を横たえる。
私の方を見て『大丈夫よ』と言い残して目を閉じると――直ぐに寝息が聞こえてきた。
いくら身体が無事だったとはいえ、精神的な負担はかなりのものだった筈だ。無理もない。
ベリルが休んだのを確認して、私達は、階下へと降りた。
――そこには、クロスベルの皆さんが勢揃いしている。
総勢、ざっと13人だ。
何れの顔も、真剣だ。
当然だ。このご時世、このタイミングで、この被害。
クロスベルで活躍する誰しもが、真剣にならざるを得ないのだから。
「に、ニ階を貸してくれて、ありがとうございます。ベリルは休んでいます。問題は、ないと」
「良かったわ。――さてそれじゃあ、打ち合わせを始めましょうか」
ミシェルさんの言葉に、私は頷いて、皆の中に入る。
錚々たる面々だ。
クロスベルのベテラン遊撃士が7人。エオリアさん、リンさん、スコットさん、ヴェンツェルさん、受付のミシェルさん。加えて見知った腐れ縁の顔二人。
《アルカンシェル》からはイリアさんとリーシャさん、シュリちゃんが顔を出している。
私とフィーも、劇団の皆さんと同じで、証人で参考人。
室内の空気が、張り詰めている。
あたかも導火線に火が着く直前のような、ひりついた感覚だ。
その中で「では」と話を切り出したのが、ロイドさんだった。
ロイド・バニングスさん。
ユウナさんが話していた『特務支援課』のリーダー。
忙しい業務の合間を縫って顔を出した、クロスベルの警察官さんだ。
過去《アルカンシェル》に送られてきた脅迫状事件を解決したそうで、イリアさんらからも信頼が厚い。
「大凡の流れは確認できています。念の為に、事件発生直後、皆さんがどこに居たか確認をさせて下さい」
「
「……そうです。ほぼ部外者の犯行だと判断していますが、目撃情報のヒントにもなると思いますから」
まあ、警察官だしその辺はきちっと整理しておこう、ということだろう。
あの停電時、大部屋に居た面々は覚えている。私とフィー、イリアさんと、劇団員の皆さん。
リーシャさんとシュリちゃんは一緒に行動してお茶の準備中だった。
唯一別行動をしていたのが、大道具係のハインツさんだが……彼は急いで電源室まで向かい、その途中でバルサモ支配人と合流している。つまり彼にもアリバイはある。
《銀》の姿を見たのは、私とベリルだけ。
……1人だけなら錯覚か事故かで片付けられるだろうが、二人揃って見間違いはありえない。
実際に窓ガラスは割れているし、ベリルは怪我を負った。
……そう。彼女は傷を負ったのだ。
「やはり、外部から来た者の犯行でしょう。丁度事件があった瞬間、劇場外で待機しているファンの二人が、怪しい影を見たと証言してくれています。外見の特徴も一致していますね」
最初から私達の中に犯人は居なかったと確信していたようだったが、それでも確認して。
「これからの対応を決める必要があります。警察は人手不足です。遊撃士の皆さんに、協力をお願い――」
「あ、あの。待って。ロイド……さん」
切り出したところを、私は、遮った。
一同の視線が、私に集まる。ちょっとビビるが、勇気を出す。
思う。ベリルの傷。彼女の怪我を。
起きてしまった事件を――私の感情を、把握する。
このクロスベルの状況は、正直、どうでもいい。言い方は悪いが、今は横においておく。
だけど――
「私から、言わせて下さい。――警察と、遊撃士の皆さんの。力を、貸して下さい」
うん。言葉にすれば、分かる。
皆の中で……この部屋で、一番、燃えているのは、私だ。
他の誰よりも、率先して、言葉にしなければならないのは、私だ。
一度心の中で形になったら、留めておくことは出来なかった。
「べ、ベリルは。彼女は、私の、友達、です。友達が、傷つけられて、黙っていられる、人間では、ありません。――私は、犯人を許せない。絶対に、この事件を、許してはおけない。だから」
「――お願いします!」
お願いします、の言葉は、多分私が今まで口に出した『お願い』の、どれよりも強く大きな声だった。
なんか勢いのまま頭を下げた気もするが、正直、よく覚えていない。
私は……いっぱいいっぱいだった。
心のなかにある、溢れそうな、歯噛みするような熱を堪えられないままだった。
「――勿論、任せなさいって」
最初に反応したのは、聞き馴染みのある少女の声。
いや、もうこの際、素直に名前で呼んでやろう。
「……エ、エステル」
顔を上げて見えたのは、いつぞやの時からずっと変わらない、温かい笑顔だった。
ヨシュアさんを救った爛漫な態度。日向を感じさせるような笑顔が、告げている。
「カタナがそんな風に言えるようになったんだな、ってだけで力になるには十分。なにせ私達は、《支える籠手》なんだから」
「警察も勿論、全力でお手伝いします。……人員は限られていますが、絶対に見過ごせません」
ロイドさんも頷いてくれる。
その若々しくも逞しい、凛々しい顔は、頼もしかった。
……正直、この人はなんか苦手だ。
エステルやユウナさんに見る『明るくて居心地が悪い』という劣等感とは、なんか違う。
もっと根本的に――根源的に、私の中の
だけど、ベリルのためなら、そんなことはどうでも良かった。
「あらあら、若者が乗り気ならこれ以上なく頼もしいわね。それじゃ計画を立てましょうか?」
ミシェルさんが、クロスベルの地図を机の上に広げ、不敵に微笑んでくれる。
頬を叩いて活を入れる。
心のままに。
感情のままに。
今回の事件と、戦ってやる。
「お願いします!」
残り時間は、明日の夕方まで。
それを過ぎたら私達は、学院に帰らなければならない。
オーケイ、それじゃあ、行動開始と行こうじゃないか。
○ ○ ○ ○ ○
「まず疑問があります。どうやって《銀》が犯行に及んだのか」
ロイドさんが口火を切った。
「どうやって、って……。……こう、窓から逃げて……」
「いや、そうじゃないんだ。――確かに《銀》は居る。クロスベルに潜んでいる。でも、
敬語なしでお願いしますと頼んだので、私も遠慮せずに疑問を飛ばす。
……ああ、そうか。一応、《銀》の存在は、市民には秘密なのか。そりゃそうだ。
侵入経路は不明だが、《銀》の実力的に不可能ではないだろう。だが、不可能ではないだけだ。
「イリアさん。ヘンリー議長の一件での《銀》の予告状の話、部外者に漏らしましたか」
「話すわけないじゃない。捜査一課からも念を押されてる。多分、劇団の誰も話してないわ」
ロイドさんは説明をしてくれる。
遡ること3ヶ月ほど前。私達が入学していた頃。《アルカンシェル》に《銀》からの脅迫状が届いたのだ。
当時、まだそこまで名前が知られていなかった『特務支援課』はこれを解決し、犯人であるアーネスト・ライズ氏(マグダエル議長の前秘書。現在、逃亡中)を確保したという。
実際に《銀》がクロスベルに潜んでいることは確認したそうだが、犯人でないことも確認したそうだ。
「……今回も偽物、だと?」
「その可能性は高いと思う。そもそも脅迫状以外にも、違和感が多すぎる」
「そうだね」
持ち出せる範囲で持ち出してきたロイドさんの資料を眺めたヨシュアさんが、同意する。
「《アルカンシェル》に忍び込んで、犯行に及ぶ……これだけなら《銀》じゃなくても、それなりの腕の人間なら出来ると思うよ。僕も出来る。でもそれ以外の部分が不自然すぎるね」
流石、元工作員で暗殺者。私の上位互換。的確な分析だ。
「仮にベリルさんを襲ったのが見せしめ――つまり
「ヨシュアの言う通りだな。そもそもシュリが舞台に立つことは、関係者以外ほとんど知らない」
「あ、あの、イリアさんやリーシャさんの、ちょっと行きすぎなファンが、シュリさんを気に入らずに、というのはありませんか?」
私は疑問を飛ばす。
答えたのは、リーシャさんだ。その瞳は真剣だった。
《銀》という存在に、よっぽど思い入れがあるのか、どこか犯人への口調が冷淡だ。
彼女も密かにご立腹なのだろう。
「……無いと思います。確かにイリアさんには色んなファンが居ますから。時々、とんでもないファンレターや贈り物が来ることもあります。でも……」
「リーシャにもかなりの強烈なファンが居ることは確かだけどね。でも私が見出した役者に文句をつける奴が仮に居たとしても、ベリルさんを襲う理由は無いわね」
「ええ。だから苛烈なファンの悪戯で、シュリを狙ってやったという線は切りましょう」
そもそもシュリさんが舞台に上がるのが気に食わないなら、シュリさんを狙えば良い。
劇団の外で狙えば、邪魔も入らないだろう。
だが《銀》がそれをしなかった。
遊撃士の皆さんも大体同じ結論だった。
つまり《アルカンシェル》へ何かしらの悪意を持つ者の犯行ではないのだ。
では、誰が?
「誰が、というのは今の時点では結論を出せないと思います。だから探しましょう。幸い調べるべき内容は決まっています。証拠があれば、そこから犯人を追うことが出来ますから」
「……ロイドさん。警察の方はどんな感じ?」
「一応《アルカンシェル》に脅迫状が届いた話は報告しておいたよ。ただ今、警察も手一杯だ。ダドリーさんから『バニングスに一任する』って指示を貰ってきたけど、動員できる人間はほぼ居ない」
エステルの疑問に、ロイドさんは更に説明を入れてくれた。
警備隊のトラブルを解消する為、そちらのフォローに行っているのが1つ。
そしてもう1つ――『《ルバーチェ商会》が消えたことによる混乱』があるのだという。
ハルトマン議長の元、クロスベルの利権に絡んでいた商会だが、その存在が『裏の治安』を維持していた側面は否定できない。
彼らが消えたことで、逆に治安が悪化している面もあるのだという。
それの対処で手一杯。ロイドさん以外は手伝えない、ということか。
「一応、こっちを手伝いたいって言う娘は居たから、もうすぐ来ると思う。でも調べられる範囲には限界がある。遊撃士の皆さんの力が必要です」
「そうだな。……スコット、《アルカンシェル》に行くぞ」
「分かった。イリアさん達メンバーへの護衛は、僕とヴェンツェルでやりましょう。劇場内に何か手掛かりがないかも調べておきます」
あ、じゃあ、と次に手を上げたのはエオリアさんとリンさんだ。
「私はここでベリルさんの手当てをしながら、いつでも動けるようにしておくわ。彼女が何かを思い出すかもしれないし、いざって時に少しは待機していたほうが良いわね」
「じゃあ僕とエステルは《銀》の情報かな。街の中で目撃情報がないか確認してくるよ」
「……」
「ロ、ロイドさん、何かありましたか。黙って」
「いや。話を戻そう。……やっぱりさっきのイリアさんの言葉が、その通りだと思ったんだ」
脅迫状の情報を、他所に漏らしては居ない、というところか。
「それだね。ベリルさんの証言からも、カタナからの証言でも、《銀》の姿は――、警察が知っている《銀》の風貌と一致している。そうなると気にすべきは」
「……ど、どこからその情報が漏れたか?」
「そうなる」
「……その、言い方は悪いんですが、うっかり漏らすことは……?」
「……ありそうなのが困るな」
ロイドさんは正直だった。
彼の周りの警察官は皆、機密情報を漏らすような人間では無いそうだが、絶対はない。
ミシェルさんも『絶対にないとは言い切れないわね』と肩を竦める。
「だから俺は、どこから情報が漏れたのかを、探ろうと思います」
そうすれば、その道を辿って《銀》へと辿り着けるかもしれない。
ロイドさんはそう語った。
……これで大体、皆の行動方針は決まったな。
各々が支度を始める。武器を確認し、装備と道具に不備がないかを入念にチェック。
その間にも、ミシェルさんが様々な手配を済ませてくれている。
「アリオスはレミフェリアから帰れないって。カールさんが連絡してくれたわ。私達だけでなんとかしないと行けないわ」
「時間を作って、僕とエステルで、外まで足を伸ばしておきます。助っ人は多いほうが良い」
飛び出してったエステルを追いかける直前、ヨシュアさんが言い残してくれた。
あとは私が、どうするかだな。
「カタナ」
黙ったままのフィーが、小さく問いかけてきた。
ベリルが居ない今、正直、二人きりだとちょっと会話が覚束ない。
けれども『上手く行かないかも』という躊躇で、この事件をスルーするつもりはなかった。
だってそうじゃん。
皆にお願いしたんだ。
私だって動かなければ、自分が許せない。
私の中に燃えている、この炎を絶やしてはならないと叫んでいる。
「……ちょっと話を聞きたい人がいる。其処に行ってくる。多分何かヒントは手に入る筈」
「一人で?」
「ダイジョブ。……一人のほうが良い」
「分かった。私は旧市街に行く。昼間ガルシアさんから預かった荷物を、メンテナンスして貰ってるから。回収したら合流するよ。場所は?」
「港湾区の中央広場でお願い」
私の言葉に、分かったとフィーは頷く。
そして黙って。
少し後に、若干言いにくそうにしながら、改めて話し始める。
「その、ごめ――」
「謝んないで」
言いかけた言葉を、私は、遮った。
正面からフィーを見る。
「謝ってほしくない」
もう一度私は言った。
「フィーが黙ってた事は、確かに気になる。でも、……でも、ベリルが居ないからって、今まで黙ってたことを謝って、話す必要なんか無いと、思う」
「………カタナ」
多分、フィーはフィーなりに、何か責任というか、そういうものを感じているのだろう。
もうちょっとベリルと一緒に行動していればとか、彼女に無理させなければとか、そういう事を。
でもそれは筋違いだ。
私は、頑張って口を開く。
ベリルが居ない今、私は、自分の意思で、フィーとの関係を作らないといけない。
そして……私とフィーの間にある友情というのは、絆というのは、
「り、理由があったんでしょ。話しにくい気持ちがあった……。なら、フィーが言いたくなるまで待つよ。待つ。私は、だから、信じてる。話してくれるってことも。……話さなくっても、ベリルのことで一緒に憤ってくれるって、思う」
それじゃ、だめだろうか。
何度でも言おう。私は、この事件を、絶対に許せない。
その気持ちはきっと伝わっている。
そして、伝わっているなら、それで良い。
今すべきことを、ただ全力でするために、言い訳は必要ないんだ。
私を見て、フィーは小さく笑った声を出して、穏やかな目をした。
「カタナ。感情、出すようになったよね。……出せるようになった。だから遊撃士の人は、受け入れた」
「かもしれない。ちょっと抑えが、効いてないとは、思う。今の私」
今の私は、冷静な蓋が外れているのだと思う。
だけど――今迄に感じた、敵への殺意や、もう1人の自分が見せるような邪悪な嘲笑ではない。
先の意思は、間違いない私の本音だった。
だから……エステルだけじゃない。例えばヴェンツェルさん――帝国の遊撃士だった――も、それならばと行動をしてくれたのだと思う。
握りしめた拳を、掴まれた。
フィーが私の拳を、両手で掴んでいる。しっかりと。
その手から伝わる熱が、互いの鼓動を、はっきりと伝えるかのようだった。
「ありがと」
「ん!」
言葉はそれで十分だ。十分過ぎる。
私達は、夜のクロスベルへと飛び出した。
○ ○ ○ ○ ○
「や、夜分遅くに、失礼! します!」
私はそのまま、一気に突っ走る。
港湾区を抜け、真夜中でも煌々と灯りが輝く、巨大なビルへ。
IBCビルは、24時間、休むことなく動いている。
一般の受付時間が過ぎていても、警備員さんは立っているし、中では大量のミラが動いている。
確か導力通信技術で、常時利益を出すようにあれこれ取引がなされているとかも、聞いた。
「ちょっとちょっと、駄目だよ、受付時間過ぎてるから……!」
「分かっています。それを承知で、お邪魔、します!」
静止されるのも構わず、塀を飛び越える。
あーこれ学校に連絡されたら叱られるだろうなー!とか思ったが全部無視。
そのまま警備員用の通報口を通って、ビルの中に乗り込むと。
「マリアベル・クロイスさんはご在宅だと思います。取り次いで頂けますか!」
有無を言わせぬ勢いで、私は詰め寄った。
あの性悪な女のことだ。断言しても良い。今回の事件、絶対に知っている。
既に業務終了間近だったらしいランフィ嬢だったが、私の目線とあんまりにも鋭い剣幕に、取り敢えず『分かりました』と頷いてくれた。ちょっと強引過ぎる気もするが、四の五の言っている余裕はない。
そして数十秒もしないうちに、返事が来る。
「お、お会いになるそうです」
「ありがとうございます!」
まさか私の急過ぎる面会希望を、マリアベル社長が許可を出すとは思っていなかったのだろう。
『え、まさかこの少女、なにか重要な役職だったりするのかしら』と顔に出ていた。
そんなことはない。
私はただの――今はただの学生だ。
説明している時間も惜しい。4月に来たから、何階の何処に彼女の部屋があるかは知っている。
エレベーターに乗り込み、やきもきしながら上昇するのを耐え、扉が開いたと同時に殴り込む。
「マリアベル、クロイス! ……さん!」
「最初に言っておきますと、私は何も関与しておりませんよ?」
呼び捨てにしようと思ったら出来なかった。
更に先手を打たれた。
豪華な椅子で優雅に微笑む、金髪ツインテドリルのキャリアウーマン。
その本性、もといその根本が、次期三柱に就任できるレベルであることを知っている人間は一部だ。
このクロスベルを支配する真の黒幕と言って良い。
私の勢いをしれっと受け流す面の皮の厚さは、いっそ惚れ惚れするレベルだ。
だが私だってその程度で引き下がるほど、冷静じゃない。
「か、関与してないだけで、絶対に何か、知っているし、知った上で、放置していませんか!」
言葉に嘘はない。だが、本当のこととは思えない。
詐欺師の常套手段だ。意図的に匂わせ、勘違いさせる言動で、コチラにそう思い込ませる。
ワイスマンという前例が居るから、対処方法は少しだけ分かっている。
これで冷静だったら、恐怖と怯懦が先に来て、春みたいに何も言えなかっただろう。
「経営者としては色々な事情を耳に挟むのは当然でしょう? まあ、落ち着きなさいな。重ねて言いますが、今回の事件、私は何も知りません。まあ……犯人の見当は付いていますが、犯人が動いたのは完全に独断によるもの。私は教唆をしていなければ、動きやすい舞台を整えてもおりません。誓っても良いですわ」
「何に、誓うっていうんですか」
「クロスベルの地……は、駄目ですわね。自分で言うのもなんですが信憑性が微塵もありません。お父様……も、貴女には効果が薄い。そうですわね。……私の大事な親友エリィ・マクダエルの名前に誓いましょうか?」
「…………全っっっったく信じられませんが、……情報は、聞きます」
ぺらぺらと本当によく口が回る。
だが、不思議な説得力があるのも事実。
根掘り葉掘り徹底的に追求するつもりだが――其処まで言うならば……まあ業腹ながら、多分本当に無関係なのだろう。そう納得させられてしまうのが癪だ。
憤慨しながらも息を入れ、ソファに座った私に、錬金術師は笑みを深くする。
「まず、私が劇団の事件を知ったのは、ベリルさんが襲われた後ですわよ? 急いで事情は把握しましたが、あの《銀》の出現を、私は予想出来ていませんでした。事件が起きた後で『ああ、犯人はあの人ですか』と察したと言うのが正しいでしょうね……。そしてこれも重ねて言いますが、そもそも事件が起きるとは思っていませんでした」
「……」
「まあこれは信じられないのは、そうでしょうね。貴女の視点、私は確かに怪しいですから。しかし私が黒幕なら、もっと貴女だけをピンポイントに虐めます。少なくとも、クロスベルに大きな利益を齎してくれている《アルカンシェル》の妨害をする理由は、無いと思えませんか?」
「いや、貴女は、理由があったら、やるタイプでしょう」
私の言葉に、肯定も否定もせず、彼女はしれっとした顔で続ける。
やっぱりこの女は此処で殺しておいたほうが良いんじゃないだろうか、と思った。
実行できないけど。
「私が犯人ではない最大の理由を簡潔にあげましょう。――此処で尻尾を出すと思いますか?」
「…………む」
マリアベル・クロイスは、自分の愉悦の為なら、ちょっとくらい計画を歪めることは厭わない。
ワイスマンも同じだった。多少、おかしな我儘を強行しても、破綻しないだけの下準備を重ねていた。
だが、少なくとも、今回の事件は――確かにちょっとばかり、危ない橋、かもしれない。
ここでマリアベルが容疑者として上がるだけで、今後の行動に支障は、確実に出る。
(ヨシュアさんに、この人の危険性は伝えたけど……そっから上手く伝わった感じないし)
春の別れ際のことだ。
明らかに今後怪しい動きをしますよ! と私はヨシュアさんに伝えておいた。
ヨシュアさんもエステルも『特務支援課』とは親しかったから、少しは情報を共有してくれたと思う。
だというのに彼女を怪しむ声が一切ないのは……これはこの女の用意周到な振る舞いが、カバーしている、ということなのでは無いだろうか。
……まさかヨシュアさんがロイドさんらに何も伝えてないなんてことは無いだろう。
「誤解も解けそうですので、手配をしてあげましょう。許可証を発行するので、1階でお待ちなさい」
「許可証……? ってことは、どこか制限された場所……ってこと……?」
「頭に血が登っているようですし、少しは冷静に考えることです。貴女なら今の時点で、犯人に辿り着けると思いますけれどね。……どうやら警察も遊撃士も動いている様子。遅くても明朝までに、貴女は犯人と出会えますわ」
予言のような言葉だった。
詰問をしたいが、これ以上彼女が話してくれることはないだろう。
……後アレだ。私ではマリアベル・クロイスの悪事を暴くことも出来ないし、彼女の妨害も多分出来ない(今は、と願望は上げておくが)。仮に行動したとしても、魔術師であり錬金術師であるマリアベルなら、その幻惑の術を使って、関係者各位の記憶を書き換えるくらい朝飯前だろう。
「……ぐぬぬ。分かりました。今日は、此処で引き下がります」
「そうしなさいな。エントランスには『事件の調査に協力している学生が慌ててやってきただけ』と連絡を入れておいてあげましょう。――今後もIBCをご贔屓に」
こうして私の、マリアベル・クロイスへの殴り込みは終わったのである。
成果はあっただけで、私にしては上出来かもしれない。
○ ○ ○ ○ ○
エントランスに降りて、大きく息を吐く。
受付では緊急の仕事を振られたランフィさんが面倒そうな顔を一瞬していたが、心の中で謝罪。
許可証を発行してもらう。
『この者にミシュラム内部での自由行動を保証する ―― マリアベル・クロイス』
……なるほど。高級住宅地にしてリゾート地のミシュラム、ということか。
一先ず用事は済んだ。
港湾区でフィーと合流しようと思って歩き始めた時だ。ARCUSが鳴った。
「はい、こちらカタナです。……ああ、エステル。何か発見した?」
『《銀》の痕跡だけどね、目撃情報を追いかけてくと、歓楽街から行政区を抜けて、港湾区の東方面までは確認されている。でも其処から先は無いわ。エルム湖を超えたか、そっから移動したか、ね」
と会話をしていると、丁度、中央広場で二人の姿を発見。
そのまま会話を、ARCUSから直接へと切り替える。
流石に場数を踏んだ遊撃士だけあって、調査の精度は高かった。この時間なのに、ほぼ完璧に《銀》の足跡を追いかけている。
東――エルム湖か。
夜の星明かりが湖面に反射している。港湾区の東に広がる、美しい湖だ。
「ただミシュラムへの移動手段は探さないと無いわね。定期便は流石に運行していない。朝一で移動するのは時間の無駄。……漁船でも借りる必要があるかしら」
「探せば何処かに小型挺くらいはありそうだね。そっちの手配は、他の人に任せるよ。僕らは《工房》まで行ってくる」
「……やっぱりレンちゃんですか?」
私の疑問に、そうだね、と頷かれた。
「彼女は今、《ローゼンベルク工房》に滞在してるんだ。《パテル=マテル》も一緒にね。この前の……《教団事件》で、やっと僕らと一緒に来ることを、決意してくれた。クロスベルにずっと居るのはまだ居心地が悪いらしいけど、あの工房は落ち着くって」
「……そう、ですか。それは、良かったです」
彼女がエステルらと一緒に過ごす決意を決めたのは、喜ばしい。
《D∴G教団》の悪行は知っているし、レンちゃん以外にも被害者の顔は知っている。エンネアさんとか。
「良かったって言うなら、カタナもね。春よりもっと良い顔になったじゃない」
「……そんなに?」
「そんなによ。初めて出会った時は昔のヨシュアみたいな顔だったのに。今じゃすっかり……天真爛漫とは言わないけど、仮面がなくなった。まだ気負ってたり、ブレーキが効いてないところはあると思うけどね。成長してて私は嬉しい! ――良い友達が増えたんじゃない?」
「……よくそんな恥ずかしい言葉を、素顔で言えるよね。……増えたけど」
ずけずけと他人の心に入ってきても、不快ではない。
それがエステル・ブライトという女だった。
「どっかで良いわ。その友達とリベール遊びに来てよ。歓迎するわよ。……じゃ、また後で」
「ん。……じゃ、また。後で」
街灯の下から去っていく二人を見送る。
今度は、背後から声が掛けられた。
「カタナさーん!」
「ん、……ユ、ユウナさん?」
駆け寄ってくるのは、昼間に出会ったユウナさんだ。ロイドさんも一緒に見える。
警察学校の制服姿。多分、授業が終わってこっちに来たのだろう。
「えっと、ロイドさんの、お手伝い?」
「はい! カタナさん達が巻き込まれたって聞いて、居ても立っても居られなくて!」
「……ん、あ、ありがと。――で、ええと、情報の件は……」
私が目を向けると、ロイドさんは安心半分の声で教えてくれた。
「結論から言えば、現在、警察に所属している警察官で、情報を漏らした人は居ない」
ちょっと意外な答えだった。
そうか。居ないのか。となると……遊撃士は違うと思うし。警備隊とかだろうか。
「いや、居ないからこそ、見当がついたんだ」
「? ……と、言いますと」
警察の事情にはあまり詳しくない私と違って、ユウナさんは「!」と理解した顔をする。
「分かりました! つまり、アーネストさんの事件から今日までで、警察を辞めた人ですね!」
「そうだ。そしてその人物は、警察の秘密全部を入手できる立場だった。彼だよ」
ロイドさんが見せてくれた新聞の切り抜き記事を、読み上げる。
「ヘンリー議長が、解任を命じた。……これにより、ホガース警察局長とプレストン警備隊司令官は――」
……納得する。そうか、そういうことか。
責任を問われ解任された警察局長なら、知っている秘密をペラペラ話しても不思議ではない。
むしろハルトマン議長と繋がりがあるなら、アーネスト氏(共和国派)が起こした事件をしっかり調べているのも納得がいく。目下、一番怪しいとロイドさんが思うのも当然だ。
「え、えっと、この人は、今もクロスベルに?」
「ああ。居るんだ。あのビルの中に」
ロイドさんが指差したのは、私がさっき出てきた高層ビル:IBC。
「ベンチャー企業《エルフェンテック》に、スカウトされたと書かれている。……捜査令状も持ってきた。一緒に乗り込むかい」
「……勿論です!」
頭の中で点と点が繋がっていく。
エステルらの調査からして、あの偽《銀》がミシュラム方向に逃げたのは間違いない。
そしてミシュラムを使う要人ならば、ホガース前警察局長がコンタクトをとる機会は十分にあった筈だ。後は彼から情報を引き出せれば、犯人の見当は十分につく。
マリアベルさんは……私は既に犯人に気付ける、と言っていたが――。
(もしかして……いや……)
頭の中に浮かんだ結論を、深堀りする前に。
「お待たせ。……どうしたの?」
フィーが合流した。
その動きはいつもより、ちょっとだけ鈍い。
かくかくしかじかと説明しながら観察する。ガルシアさんから譲り受けた武装を身に着けたのか。服の下に隠れて、どんな武器を持っているのかはちょっと分からないが……期待しておこう。
かくして私は、本日2回め(30分振り)のIBCへと踏み出したのである。
Q:執事のカールさん
A:カール・ヤールセン。《暁の軌跡》で登場した、バルトロメウス大公の執事。
モノクルを掛けたすらっとした壮年の紳士。格闘術の達人。ちょっと厳しいがとても良い人。
彼がしっかりアリオスを確認している。今回の事件、アリオスは関与できない。
Q:ホガース&プレストン。
A:こちらも《暁》で名前が判明した、零のEDにて解任されたと報道される二人。
ホガースが警察局長。プレストンが警備隊司令官。
プレストンは、ヨアヒムに唆されて『グノーシス』を警備隊に処方してしまった無能of無能。
(零ではミレイユが『装甲車の鍵をプレストンが失くした!』という任務もあるくらい)
ルバーチェ商会から賄賂を受け取っていたという事実もある。要するにかなりの悪人……なのだが……ここは次回に。ある意味、悪人より遥かに性質が悪いタイプの男達だった。
さてマリアベルが語った通り、犯人は既に予想ができる相手です。
カタナは断定しきれない(ちょっと決めるのに躊躇している)ところがありますが。
誰なのでしょうね?
次回「《銀》色を追って(下)」
ではまた!