Falcomが「従来の軌跡では出来ないことを」と言っていた通りです。
エステル、ロイド、リィンらは全員、善人でしたが、ヴァンは己がそうじゃない自覚がある。
ナイトクラブに普通に入れるのは新鮮です。
という感じで、まずはこの人に触れたくなったのです。
『ああ、黎では救えないんだな』と実感させられた人。
では、どうぞ!
実習前の朝、《ミヒュト》に顔を出すのは習慣となっている。
彼の情報網に何か新しい情報が引っかかっていることも多々あるのだ。
思わぬ掘り出し物が入荷していることもある。顔を出して損はない。
「……と、フィーも居たんだ」
「おはよカタナ」
壁際の刀剣類を眺めていた彼女は、あくびをしながら手を挙げる。
随分と眠そうだ。ここ最近、彼女は授業中でもうつらうつらしていることが多い。
「何かあった?」
「ん、……ナイフ見てた。ガルシアさんの手甲、まだ使いこなせてないから」
ガルシア・ロッシから渡された手甲は、改良して軽量化がなされている。
フィーの長袖の下に隠されたそれは、軽く腕を振るだけでスライドして手を覆う。
その状態で銃についている刃を振るうと、その射程が衝撃として伸びる――そういう武装だ。
だが、これには弱点がある。
ナイフならば自分の意思で自在に操れるだろうが、『延長した刃』は、一直線に、飛んでいく。つまり敵味方の区別ができない。下手に使うと味方を巻き込むのだ。ガルシアさんは良い感じに制御していたのだろうが、その精妙なコントロールは、まだフィーには出来ない。
「ナイフ術を鍛えれば、軌道の制御とかも、いけるから」
だから手頃なナイフを見ていたという。
自主練で、最近はあんまり寝れていないそうだ。
「あ、あんまり無理しないほうが、良いよ?」
「……カタナがソレ言う?」
ジト目だった。
私がシャロン先輩に鍛えてもらっているのを、彼女は目敏く見破っていた。
「た、確かに、かなりハードだけど、あの人は勉学に支障が出ないように加減をしてくれているから。……いっそ、フィーも習う? ナイフの扱い、すごいよ」
「……考えとく。ナイフ回り、師匠じゃないけど、教えてくれた人、居るから」
《西風の旅団》の話だろうか。
ルドガー氏と、罠使いゼノさん、ガントレット使いのレオニダスさんの話は聞いていたが……。
「うん。違う人。アイーダ」
「……名前、聞いたことあるかもしれない。えーっと……《火喰鳥》のアイーダさん?」
「うん。お義父さんの、右腕だった」
《火喰鳥》アイーダ。
西風の旅団No2であり、ルドガー・クラウゼルの右手。
後方支援のスペシャリストであり、狙撃銃とナイフ術の達人であったと言う。
《罠使い》ゼノは、無数の罠で相手を封じ、消耗させたところを確実に銃で仕留めるタイプ。
《火喰鳥》アイーダは、罠を使うまでもなく、遥か遠距離から勝負を決め、いざ至近距離に近づかれたらナイフで相手を仕留めるタイプ。前者が大型猫なら、後者は猛禽類、とでも言うのか。
「ライフルの扱いならゼノも相当なんだけど、アイーダは……そもそも、戦いにさせなかった。周囲の観察力とかも、ずば抜けて高くって……斥候として、色々教わった」
狙撃手は、最も嫌われる職業であるとも言われる。
茂みを動き、泥を這いずり、相手に隠れ、徹底的に己を消して、獲物を喰らう。
正面切って戦わない力は、確かに偵察役のフィーには格好の教えとなっただろう。
「西風が解散した時、彼女も消えて、それっきり。……今何をしてるのか、分かんない。分かんないんだけど……、思い出すと、ナイフ術を習うのに、ちょっと抵抗あるかなって」
「そ、そういうことなら、良いと思うよ」
気持ちは分かる。自分の思い出を大事にしたい、という気持ちは。
「きっとまた会えるよ。向こうもフィーを忘れてなんかない」
でもフィーが希望するなら、何時でもシャロン先輩に話は持っていくよ。
私の言葉に、ありがと、と彼女は小さく笑った。
それじゃ新聞買い込んで、皆に合流しましょうかね。
○ ○ ○ ○ ○
それから2時間後。
ブリオニア島へと向かう私達は、空の上に居た。
帝都ヘイムダルと海都オルディスを結ぶ、国内定期飛行船。
ラインフォルト社で作られた飛行艇の、客室の中である。
……なんで陸路じゃないのかって?
決まってるじゃん。移動だけで一日終わっちゃうからだよ!
そもそもトリスタからパルムまで行くのに半日使うのだ。単純な距離で言えば、オルディスまではその倍以上ある。しかもオルディスから船に乗って島まで移動して、そこからやっと実習開始。
どう考えても、時間が足りない。
ということでトリスタからヘイムダルまで移動し、飛行艇に搭乗。オルディスで降りて島に向かうということになった。これなら昼前には、島に到着できる。
早朝で通勤する人も居るのか、艇内は中々賑わっていた。
「リ、リベールだと……もっと、小型なんだよ。飛行艇」
「そうなのか?」
「うん。都市間の移動は飛行艇が殆どだから。と、徒歩や車もあるけど、自然が豊かで……魔獣も多いから、徒歩の場合は安全管理が大事。車も、割と国土に勾配があって、あんまり発展してない」
机の上でマキアスと向かい合って、互いに考え込んでいる。考えながら口に出した情報に、彼は反応してくれた。目は油断なく動き、顎に手を当てて思索を巡らしているが、周囲は見えているようだ。
暫しの後、マキアスは騎士の駒を前進させた。
何時ぞやの授業でハインリッヒ教頭が話していたか。
リベールでは鉄道や車の代わりに、飛行艇が都市の間を飛び回っている。
規模で言えばトリスタと同程度の都市にも空港が併設されていて、人々の足となっている。主な輸送は船舶だ。
「勿論、人口の規模とかも、あるんだけどね」
城塞を動かそうとして、止める。
いや、駄目だな。これは罠だ。歩兵を一歩だけ動かしておこう。
帝国では、大都市間を飛行艇が結んでおり、大都市から地方都市へと列車で向かう。
軍や
よっぽどの重要なモノ、急ぎのモノ以外と、人は、鉄道でと割り切っているのである。
「なるほどな。……アルビー。……強いな」
「カタナでいいよ。いい加減、姓で呼ぶのもアレだし。……あんまり余裕はないよ?」
で、何をしているのかと言えば、チェスだ。
飛行艇が速いとは言え、それでも数時間はかかる。シャロン先輩のお弁当を食べた私達は(飛行艇内にも軽食を取り扱う売店はあるが、割高だ)時間を有効に使っている。
エリオットは散歩中。フィーは昼寝中。ラウラは島の情報を見て脳内鍛錬中だ。
私の腕前は大したことはない。何せワイスマンには1回も勝てなかった。
「そうか。……実を言うと、聞きたいことは、結構ある」
「というと?」
「君の古巣のこと、クラウゼルの古巣のこと」
城塞を真っ直ぐ真横に動かしながら、彼は続ける。
「……今までの僕の生活の中では、関わることなんか考えられなかった」
「し、知らない方が良い世界ではあるよ」
私だって今も『結社』に居たら、マキアスとの接点がどこにあったか。
……こっちに攻めようとしてる気配があるな。
となると防御を固めるか。女王を出し……いや、その前に王を逃しておこう。
「ゼムリア大陸で蠢く『悪の組織』。響きと言葉は浪漫あるけど、やってることはテロだから」
「……君が普通じゃないとは分かっていたつもりだが……バリアハートの件がある以上何も言えない。……助けられたことも含めて。……島では頼りにさせてもらう」
「お、お任せあれ。私とフィーが居るからね。ちょっとくらい過酷でも、なんとか、なるよ」
もっと怖がってくれても良いのだが、そうならないのは彼も成長したということだ。
……互いに戦線が膠着した。
ふうむ、これどうやって打破したものかな。
誘ってカウンターをしても良いけど、マキアスは強い。読み間違えるとそのまま負ける。
……これかな?
歩兵を、相手の取れる位置に突きつけた。取ったら取ったで自陣が崩れる場所だ。
マキアスは嫌そうな顔をした。
この手のゲームは、相手の呼吸を乱すのも大事なのだ。
「……ところで、もう一つ確認していなかったことがある。ずっと気になっていたことだ」
「リィンのことかな?」
「そうでもある」
マキアスは腕組みをしつつ長考に入った。
暫しの後、私の歩兵に自陣を荒らされることを覚悟の上で、騎士を繰り出してくる。
かなりの妙手。形勢を大きく引っくり返す一手。
これは相手をするのがキツイ。どうすっかな。
「……バリアハートの、最後。リィンが、異様に変貌したのは、覚えているか?」
「ギリギリね。電撃受けた後は曖昧だけど」
白く染まった髪。全身の覇気。そして赤い瞳。
一見すれば、まるで幽鬼のようだった。
……あるいは、己の持つ焔を限界まで燃やし尽くした『灰』のような姿。
リィンが目覚めたのは、私達がルーファスさんと話を終えた後だ。その後、そのまま追求するタイミングを逃してトリスタへ帰還した為、彼の秘密はまだ隠されている。
「アルバレアとも話を合わせて、黙っていた。……その様子だと、カタナも、あれの正体は知らなかったようだな。―― 一体あれは、何なんだろうな」
「し、知りたいの?」
「知りたい、ではないな。知った上で……何か手助けが出来ないかと考えている」
「残念ながら、私も知らない。でもマキアスの意思は分かった。何か分かったら教えるよ」
「助かる。……実を言えば、最後の記憶が曖昧でな……」
アイリに、ユーシスが攻撃をした辺りまでは記憶があるそうだ。
だがリィンが最後に攻撃をした(らしい)光景は、見ていないという。
「消耗していたから、知らずに気絶したんだろう」
ま、あの場に他に誰が居た筈もないしな。
アイリ・アドラーは逃げ、私達はサラ教官とトヴァルさん、シスター・アインに助けられた。
第三者がマキアスを気絶させたのならば、そいつはどこに消えたのだという話になる。
「…………」
「随分と長考だが、次の一手は決まったか?」
さて、勝負の方だが。
時計を見る。そろそろかな。
「マキアス、勝負は得意でも、試合に負けるタイプだよね」
「?」
このまま戦っていたら負けだ。
なら簡単だ――戦いをやめれば良い。
放送が入った。エリオットは戻ってきた。席に座り直して、寝ていたフィーを起こす。
「引き分けってことで。――着陸するってさー」
「……なっ!?」
マキアスの前で甘いよと指を振る。ベリルっぽく笑っておこう。
くぐってきた修羅場の数が違うのだよ。フフ。
○ ○ ○ ○ ○
海都オルディス。
帝都ヘイムダルに次ぐ、帝国第二の都市。
《貴族派》筆頭であるカイエン公爵のお膝元でもある。
バリアハートと比較しても遜色がない、美しい青色の町並みが広がっている。
「ん、あ、海の匂い、だね」
「うーん、中々海は見ないもんねー。僕も何年ぶりだろう」
「やはり湖とは違うな……余裕があったら泳ぎたいものだ」
飛行艇から降り立ったところで大きく伸びる。
着陸時から見えていたが、 空も、海も、建物も、青かった。絶好の旅行日和だった。
紺碧と呼称されるのも納得の、雄大で流麗な大都市――貨物船が止まる港から、そのまま街を抜けて視界の奥まで。地面を覆うように並ぶ青い屋根が、太陽に輝いている。
鼻に感じる潮の匂いが、新鮮だ。
否応なしにテンションが上がる。
「確か、監督役が待機しているのだったか?」
若干まだ悔しさを隠せていない副班長マキアスだった。
最後に忘れ物がないか確認して降りてきた彼は、班長のラウラを見る。
「ああ。サラ教官曰く、頼りになる相手だと――」
「どんな人なんだろうね――」
「多分よっぽどの――」
刹那。
電流が駆け抜けた。
「「「―――――っ!!」」」
ぴしっと走った稲妻のような気配に、女子三人は即座に臨戦体勢を取った。
剣こそ抜かなかった。だが反射的に『やばい』と体が動いていた。ラウラも私もフィーも、即座に武器を抜ける姿勢。
それをしなかったのは、飛ばされた気配に、殺気が混ざっていなかったからだ。
……こんな気配の持ち主から殺気を飛ばされたら死を覚悟するレベルだがな!
「この気配、まさか……」
ラウラは持ち主に心当たりがあったのだろう。私達を、大丈夫だと落ち着かせて歩き始めた。とはいえラウラも緊張していることは間違いない。険しい表情で進んでいく。
彼女が大丈夫だと言うならば、大丈夫なのだろう。
懐に抱え込んだ武器の重さを感じながら、ゆっくりと歩く。空港から出る。
真正面に、一人の女傑が立っていた。
「よく来た。《Ⅶ組》諸君。歓迎しよう」
ただ直立しているだけなのに、凄まじい威圧感だった。
周囲の素人すら『やばい』と感知して距離を取り、そそくさと脇を抜けていく。
浮かべた不敵な微笑みの中、紫の瞳が煌々ときらめき、私達を観察していた。そのまま一歩、此方に。一挙手一投足の全てに、気力が充実しているのが分かる。……うわ、絶対喧嘩したくねえ。
「……やはり――貴方でしたか……。オーレリア伯爵閣下」
「久しいな。そなたと会うのは……昨年以来か? 腕を上げているようで何よりだ」
「……オーレリア……伯爵……って……《黄金の羅刹》……!?」
(……マキアスが何故副班長になったのかが、分かった)
……ラウラが班長でないと、この人を相手に受け答えするのが難しいからだ。
そして、その辺の兵隊では、彼女に命令を伝えたところで気圧されて黙るのが落ち。なるほど、私達の監督として妨害を排除するのに、これ以上の相手は居ない。
《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィン。
帝国に数ある優れた武芸者の中でも、上から数えたほうが早い凄まじい力量を持つ女伯爵。
アリアンロード様や、アイン・セルナート総長と比較しても遜色がないように思う。
随分昔に、社交界で遠目に見たことはあるが……その時より遥かに強くなっている。
「私のことを知っている者も居るようだが、自己紹介をしておこう。オーレリア・ルグィンだ。ラマール州で伯爵を務めている。今回《Ⅶ組》の監督役を務めることになった。同じ学院の卒業生として、そなたらの成長に期待する」
「……先輩だったのですか」
「もう10年以上も昔の話だがな。学院のどこかに名簿が保管されている筈だ」
監督役であることに一切の不満はないが。
……この人が監督役するということは、課題も相応に厳しいものが用意されていそうだ。
島でのサバイバル以外で何をするのかさっぱりだが、気が抜けない物だろう。
「それと、実習をサポートする人員も手配しておいた」
オーレリア伯が合図をすると、背後から二人の少女が顔を見せた。どちらも年下だ。
その片方を見た時の感想を言おう。
(うっわぁ……)
羅刹様に続いて、こっちもかよ……!
良いのかよ、こんなお偉いさんが集まって!
フィーもエリオットもマキアスも、私の内心の悲鳴を知る由もない。
片方の少女は、快活に笑う、日に焼けた少女だ。礼儀正しいというよりかは、大人との生活で自然と磨かれたコミュニケーション能力で、相手に不快感を与えないタイプだろう。
髪を後頭部の上の方で縛った彼女は、よろしく、と名乗る。
「私はレオノーラ。実習で使う船舶の手伝いを任された。輸送船団《銀鯨》の誇りにかけて、海上の活動に支障は出させない。短い間だけど、よろしく」
「うむ。あの有名な《銀鯨》の協力とは心強い。二日間、よろしくお願いする」
しっかりと握手をするラウラだった。
「(……《銀鯨》って何……? 有名……?)」
「(海賊や魔獣対策に、商船に同伴して護衛をする、ボディガードだね)」
こそこそと質問を投げてくれたフィーに、小声で返す。
見た感じ、海での生活は長く、良い経験を積んできたのだろう。しっかりした受け答えだ。
レオノーラの挨拶が終わり、入れ違いに進み出たのは。
どっかで見たことがあるような、無いような、身分が高そうな少女だった。
アストライア女学院の制服を来た彼女は、悪戯好きそうな顔で私らを伺っている。
いや、いやいや、ちょっと待ちなさい。
果たしてラウラは、気付いているのだろうか?
必死に顔に出さないよう務めている(効果の程は分からない)私をちらっと横目で見た後。
「オーレリア様との連絡役を任されました、ミュゼと申します」
とても華麗に一礼をしたのである。
……良いんですか、ミルディーヌ公女様……!?
○ ○ ○ ○ ○
課題は島で渡されるらしい。
ここで受け取って、余分な備えをさせないため、ということだった。
島と舟でなんとか出来るからそれでやってみろという指示である。
「こ、こうです?」
「そうそう。筋が良いです。……操縦方法としてはシンプルですね。こっちがアクセル、こっちがブレーキ。ただブレーキは水中で、急制動は難しい。ハンドルを思いっきり切ると転覆するかもしれないから、曲げる時は舟のお尻を滑らせる感じで」
港に泊まっていた小型船舶で、島へと真っ直ぐ向かう。
波を切って進むのは二隻。
オーレリア伯爵とラウラ、フィーが乗っている舟は、ハーマンという《銀鯨》の青年が運転中。
私はレオノーラさんから運転のイロハを教わっている最中だ。マキアスとエリオットは後部座席で向かう島を眺めている。結構揺れているが、船酔いとか大丈夫だろうか。
「それじゃあ真っ直ぐ進んで下さい。私はこっちでいざって時の為に導力回りと緊急用ブレーキ見てますから」
そう言って階段を降り、喫水線に近い副操縦士の席に座る。
取り残された私の横で微笑む、ミュゼさんが一人。
他の人に話は聞こえない。
「……えー……ここでお話しても良いものでしょうか、ミュゼ様」
「ミュゼで良いですよ? 今の私は、ただの女学生。オーレリア伯爵お抱えの従者ですから」
「……カイエン公爵に、アストライア女学院へ幽閉されていたと、お聞きしましたが」
「ルーファス様が手を回したのです。少しは《貴族派》としてメリットを提案しておこうという狙いですね。カイエン公爵も『殆ど存在を消してある私ならば、注意すれば大丈夫だろう』と判断されました」
……まあ、実際ラウラは、気付いていない。
ミュゼ・イーグレットと名乗っていたならば、イーグレット伯からカイエン公爵へと辿ることも出来るだろう。
だが名字すら名乗らない、ただの従者ですという態度をしていれば、大体の人は誤魔化せる。
それこそ直接知っている私みたいな人を除けば。
その立場を利用して《Ⅶ組》の情報を集めよう、という魂胆か。
「ところでエカターニャさんは、私の存在をどこで?」
「《百日戦役》が終わった後の……帝国のゴタゴタ中に開かれた、社交界で」
その時はまだ、アルフレッド前公爵が健在だった。
当時6歳だった私はこっそりと潜り込み、情報収集に専念をしていた。ワイズマンの入念な下準備と術のお陰で、見聞きした光景は忘れていない。
その直後くらいにアルフレッド夫婦は亡くなり、クロワール現当主が生まれた。
「そうですか。流石はアルビーのご息女。頼れますね」
「……その肩書は、本当に暫定でしかないよ」
「いえ? 周知されておりますよ?」
……はい?
いや、ちょっとまって。
聴き逃がせない話なんだが。
「なにそれ。わ、私知らないんだけど!」
「あら、ご存知ありませんでしたか? ゲルハルト侯爵様が、それはそれは楽しそうに情報を広めています。何かと謎に包まれていたアルビー男爵家のご令嬢が、ついに表舞台に出てくれた、と。そして『既に親しくさせて貰っている』と」
「……はあ!?」
思わずアクセルを踏み込んでしまった。
急に上がったスピードに、後部の男子2人が慌てた声をする。
っと、やべえやべえ、落ち着け!
「知らぬ内に外堀を埋められましたね。すっかりエカターニャ様は《貴族派》扱いです」
「……~~~~~~!!」
……貴族の厄介さをすっかり忘れていた。
オーロックス砦からの一連の流れは、ログナー侯爵によって、脚色されて広まっているそうだ。
ご丁寧に私やユーシス、アンゼリカ先輩には耳に入れないようにこっそりと。
否定しても否定しきれない状況まで、既に持っていかれている、と。
「……まじか……まじか……!」
「はい。大マジです」
くっそ、サロンで情報収集するくらいで良かったのに。
これじゃ後々絶対に『貴族派として』厄介事を任されるパターンだ。
学校生活中はギリギリ、ルーファスさんの権限で回避出来ても、その後が怖すぎる……!
いや、下手をすると《革新派》及び中立組との争いに巻き込まれることになりかねない!
「ですので、私が
内心ひやっひやで困っている私に、差し伸べられる手が一つ。
「……それが本題?」
「はいー」
絶妙のタイミングで『助けになりますよ』と、ミュゼ・ユーゼリス・ド・カイエンは笑う。
とんだ女狐だった。
先程の監視云々も、私に対してアプローチを仕掛ける下準備にしか思えない。
……こういう、一度に複数の利益を得る鬱陶しいやり方、憶えがある。
陰湿な『結社』の皆さんにそっくりだった。
「……止めておく」
「はい。それで構いません。今は」
あっさりと提案を引き下げたミュゼは、うふふと笑う。
獲物が網にかかったことを確信している蜘蛛のような笑顔だった。
性格悪いな、コイツ!
「……まるで何か、島で起きるみたいじゃん」
「いえいえ、流石に何が起きるかまでは分かっていません。ですけれど」
ですけれど?
「オーレリア伯が嬉々として全力を出す危機は、起きるかもしれませんね……」
外れてくれることを切に願うよ。
各々の思惑を乗せ、私達はブリオニア島に上陸したのである。
Q:《火喰鳥》アイーダ。
A:《黎の軌跡》の登場人物。フィーと再会させてあげたいですね!
尚《西風》との対決時、ゼノ、レオニダス、アイーダという布陣になります。やべーぞ。
Q:レオノーラ
A:閃の軌跡Ⅲからの登場。この時はまだ《銀鯨》は健在。後に依頼で出るハーマンも健在。
《銀鯨》が何故解散させられたのか謎なのですよね……。
オルディスに残っていたカイエン公爵の影響力を消すためでしょうか?
Q:貴族派?
A:カタナ《貴族派》決定。既にログナー侯爵が根回しを済ませている。
今はルーファスとブルブランのお陰で自由が保証されているが、後々がやばい。
内戦とかクロスベル併合とか。
さて移動も終わり、いよいよ次回からは実習です。
どんな依頼が待ち構えているのか、お楽しみに。
次回「ラン・乱・嵐」。
ではまた!