すいません仕事の都合とか、他の娯楽とか、兎に角時間が足らずに更新遅れました!
これからも出来る限り更新はしていきます。気長に待っていてくださると嬉しいです。
では、どうぞ!
「ぉらっと!」
湿っぽく腐った肉が船体に叩きつけられる音。びしゃりという淀んだ液体。
生足に感じる、不愉快な、ぐにゃっとした感触に、私は思わずうへえと悪態を吐いた。
ARCUS内蔵の懐中電灯では、到底見通せない薄闇の向こう。
この湿っぽい船の中には、コレと似たような連中が蠢いているのだろう。
……これだから上位三属性が働いてる空間は嫌なんだ。連中、既存の法則で動いてない、アンデッドやら似非天使やら下級の悪魔らが多いからな。つまり、こっちのハッタリが効き辛い。
「せめて、靴が、欲しい……!」
「……お貸ししましょうか?」
「大丈夫です。……いざという時に走れないと、最悪、ミルディーヌ様を放置しかねないので」
上はブラのみ。下はショーツのみ。それも生地は薄手で、面積は少なめ。
ともすれば下の肌色まで見えるタイプ。
割と過激な下着のみ、という状態だが、私は気にしていなかった。
この場にいるのは女だけだし。
長い髪を一部切り取り、胴体に縛る形で補強もした。胸も腰も肝心な部分は隠れている。
……貧相なボディとか言うなよ?
確かに胸は薄いが、これはこれで需要あるんだぞ。子供が好きな特殊な人間には。
正直、衣服が欲しいと言えば欲しいが、私の無事より公女様の無事だ。
「慣れている……ようですね」
「リベールでも結構体験したんで」
「いえ、そっちではなく。見られることと言いますか……見られた時の振る舞いと言いますか」
「……そ、そっちですか」
無造作に長い髪を手で撫でてみる。
指先と首の白さを見せるような振る舞い。
同時に、ちょっと流し目を見せる。
ルシオラさんらから習い身につけた篭絡術だ。
ミルディーヌ公女は『ほうほう』と感心した表情だ。
同性の勘で私の経験を察しているのだろう。
公女様は、どことなく尊敬の目をしていた。流石、海千山千の狸達の中で飼われている公女様だけある。ともすれば眉をひそめるような大人のお付き合いには寛容らしい。
「知識としては知っていますが、殿方との逢瀬の経験はありませんよ?」
まあ、一定レベルの身分になれば、婚姻関係やら跡継ぎ問題やら、トラブルも多い。
そんな中で『実戦』を経験している私は、とてもいい参考資料ということらしい。
「……つまり、私はエロいと」
「艶やかだと思いますよ? ふふふっ」
……淫らと言われないのは喜んでおこう。
女性として『淫乱』という称号は余りにも重い。重すぎる。
「とりあえず、褒められたと、思っておきます。――このまま行ければ良いんですが」
波に軋む船体は、潮と腐敗臭に溢れている。お陰で鼻が全然使えない。
耳を澄ませても、聞こえるのはくぐもった波の音と、亡者が蠢く不気味な音だけ。
どんな試練が待っているのかは分からない。
とはいえ、だ。
私1人なら、生き延びることは、多分、出来る。
なんとなくだが肌に感じた感覚だ。さっき踏み潰した、人の形をした何かの強さからの推測もある。
あのレベルなら……まあ私は、状態異常にも耐性があるし。多少の毒を受けても『あ、やべえ死ぬ』ってレベルは漠然とだが把握できる。そのくらいには鍛えてある。だから私だけなら大丈夫。
だからこそ、公女の生存性を意識しないといけない。
いざと言う時――それこそ公女1人で逃げないといけないとなった時の備えに、彼女の装備はしっかりさせておきたかった。
靴は欲しいが、飽くまでも移動や逃亡に必要だから。私は最悪、薬で痛みを麻痺させても良い。素足で野山を駆けれるし、怪我をしても死ぬまで駆け抜けるくらいの根性はある。駆け抜けた後が大変だが。
その様な無茶は、公女には難しい。
「皆と合流が出来る、と判明したら。指示を出したら、遠慮せずに、動いて下さい」
この手の空間からは、一定距離を離れると離脱できるものだ。
今回で言えば――この船から離れることが出来れば、そのうち元の海に戻れるだろう。
……海のど真ん中に投げ出されたら、それはそれでヤバいから簡単ではないけどね。
「大きさは50アージュくらい……。喫水線までが、大体5アージュくらいでしょうか。私達が居るのは、多分最下甲板で……4階建て。階段を4つ上がれば、主甲板だと思います。行きましょう」
大雑把な目安だが、そう数字に間違いは無いはずだ。
なんとか突破できれば良いのだが……。
そう思いつつ、私達は再び歩き始める。ARCUSの灯りが、亡者のような大砲を照らした。
脱出スタートだ。
○ ○ ○ ○ ○
この船は、ガレオン船と呼ばれる中世の船、だと思う。
私達は船に追突されて意識を失ったが……その際に見た、船首と船尾の部分が、一つ目の目安。
かなりどっしりとした作り。海上から船を正面に見た場合、目の前に壁があり、暫く上から斜め上へと大きく飛び出したような形だった。遠洋航海に適した船、と言える。
第二に、喫水線。つまり海面の下に、どれくらい沈んでいるか、という数字だ。小型の船ほど喫水線は浅くなる。大型船程、喫水線が深い――つまり船内により多くを収納できるというわけ。
最後に、音だ。もう少し時代が降った……フリゲート艦などならば蒸気機関の音くらいはするのではないだろうか。なので、一先ず最大級のガレオン船だと仮定した。
大きく見積もっておくのに越したことはない。
問題は。
「何故、こんなところに、こんな骨董品が彷徨っているのか……」
ミュゼ公女の使ってくれた《ティア》を浴びて心身をリフレッシュさせながら、息を吐く。
幽霊船の情報は、出回っていなかった。
オーレリア分校長のことだ。こういう懸念材料があったら、必ず事前に処理をしておく筈だ。
それをしていなかったということは、彼女も存在を知らなかったのだと判断をして良い。
これが実習の1課題だったとしてはやり過ぎだし。
仮にこれが幽霊船ではない、幽霊船のガワを被った何かとした場合――今度は何故運用されているのか、ということになる。
何かしらの理由で、誰かが、上位三属性が発動しているにも関わらず運用しているパターン。
……だが、今日日、こんな骨董品をどんな理由で運用するというのだ?
静音性の問題にせよ、レーダーからの妨害を防ぐ隠密性にせよ、もっといい船舶が有る。
観光船――にはちょっと物騒すぎるし。
となると……。
「……事故、ですかね」
「こ、公女様……ではなかった、ミュゼさんも、そう思いますか」
探索中に公女様と呼んでいたら『今も実習中には変わりありませんよ』と、ミュゼ呼びをお願いされた。畏れ多いので、妥協してミュゼ”さん”だ。
彼女の支援能力は確かだった。先程まで、ライフル(ご丁寧にも、先端に
『アストライア女学院でも、軍事訓練はするんですか?』
『いいえ。ただ貴族としての嗜みで……自衛手段として学んでいる令嬢は多いですね』
リィン・シュヴァルツァーの妹さんも通ってますよ、と話してくれた。
それは初耳だ。
ついつい話が盛り上がってしまった。
いやいや、話を戻そう。
今は、この船の話。
「はい。何かしらの偶発的な要因で発生した、事故だと思います。ぶつかって転覆していた船も、決して素人が扱っていた物ではありませんでした。そもそも他に被害が出ていたら、真っ先に領邦軍が解決しています。私達だけにピンポイントで狙いを定めてきたとしても……」
それならそれこそ、こんな幽霊船を使う必要がない。
うーむ、この謎、ここで解けるんだろうか?
などと思いながら、私は小太刀を、腐った臓物から引き抜いた。うわぁ、アンデッドの骨とか肉は流石に気色悪いなあ。海の中で腐敗していただけあっておぞましさも桁違いだ。
軽く振って血を落とす。
流石は《斑鳩》の黒刃。軽く振るだけであっという間に血が払われて、切れ味が戻る。
仄かに輝く刀身は、ありがたいことに上位三属性に対抗出来ると私に語りかけていた。
(ん?……海の中……?)
ふと、今思ったことを反芻する。
「ミ、ミュゼさん……この船もしかして……ずっと海中に没していたんじゃ、ないでしょうか? あるいは海中の残骸が、強引に、動かされた……」
「理由を聞いても?」
「いえ、その、なんとなく、なんですが。幽霊船が、こう……すっと何処からか出現した、というよりかは……船内部の腐敗具合とか、フジツボやら海藻やらの繁茂具合とか……」
アンデッド系の胴体が、妙に磯臭いとか。
動く鉱物系の魔獣が、錆びて腐食しているとか。
そういう感じが全体的に、蔓延しているのだ。
「何かしらの理由があって、海中から出てきたなら、今まで発見されなかったのも分かるなと……」
「――ありそうです。となると……トリガーの方が分かれば……」
暫し考えた後、頷いてくれた。
考える姿勢も美しい。才媛はこれだから。
船の手がかりがあるとすれば……これはやはり、船長室のような場所を探すべきだろう。等級の高い航海士の部屋でも良い。そしてそういう部屋は、得てして上層甲板にある。
最下甲板から一階上がって、現在は貨物甲板だ。喫水線ギリギリの場所だが、生憎と外に出る道は不自然にも塞がっていた。明らかに不自然過ぎる荷崩れだった。乗り越えることも、荷物を別の場所に移動させることも出来ない。つまり逃してはくれないらしい。
脱出のためにも、もう1階2階は、上がる必要があるだろう。
「さて、では、行きましょう」
不思議なことに――簡易的な、オーブメント修復装置が搭載されていた。
物凄く古い、動くか怪しい程の超々年代物だが、なんと動いていた。休憩終わり。
そして階段を上り始めた時に、だ。
私はミュゼを、片手を上げて制止した。
「……ストップ。――なにか来ます」
私の言葉に、公女は首を傾げる。無理もない。私でなければ聞き取れない微かな音だった。
だが確かに今のは――人の声。
あ~とかゔ~とか呻いてる連中ではない。生きた、人間の声だ。
それも段々と近付いてきている。
遠くから聞こえる足音と、半分泣きそうな悲鳴。それらは距離を縮めて私達の方に迫る――。
が、この階、ではない。
「もう一個上……ってこれもしかして!」
何かに追われるように、階段――螺旋階段だ――に駆けてくる足音と、悲鳴。そして声。
「こ、ここは何処!? カタナとミュゼは無事なの!? 僕だけだとあんなの相手出来ないんだけど!?」
聞こえたと同時に、声の主は――足を踏み外した。
私達の頭上で、階段はちょっと崩れている。要するに上の階の廊下から、階段の方に向かって走ってくると、途中で足場が消えて落下するのだ。酷い罠である。
姿が見えたと同時、私は飛び出していた。
「み、みっけたエリオットぉ……!!」
手を伸ばして彼の衣服を掴む。が、加速の勢いが付いた彼の胴体は、片手では殺しきれない!
ええい、しょうがない!
小太刀を一瞬で腰にしまって、太腿と腰の固定補助に使う。
そのまま、両足で階段の手すりを掴む。脚で絡めて、関節を固めて、思い切り背伸びをして、両手を伸ばす……っ!
ぐいっと背中の骨が大きく反れたが――無事! そしてエリオットも、無事!
エリオットを追いかけてきていた怪しい塊は、そのまま目の前を落下!
なんか巨人のような背格好の、鎧を着込んだ怪物だ。
重そうな両手剣を握ったままの姿勢では途中で受け身を取ることも出来まい。
階下から激しい音が響く。
そのまま沈んでしまえ。
「……だ、大丈夫……?」
声が若干ひしゃげているのは、勘弁してもらおう。
今の私は、脚から宙吊りの状態だ。
脚で階段の手すりを掴んで、頭を下にして、両手にエリオット(の襟元)を掴んでいる状態。
背骨に異常はないが、内臓が圧迫されて微妙に呼吸が辛かった。
暫し宙吊りになっていたエリオットだったが、私の声で我を取り戻した。
もう追われないと安心したのと、私達と合流したのと、自分の状態を理解したのとで、混乱していたが、立ち直る。荒い息を何とか整え、上、つまり私の顔を見て――。
「!?!?!?!?」
声にならない悲鳴と共に、目を逸らされてしまった。
はて、何があった?
「カタナさん、ええと、ですね、その……」
ミュゼ公女の戸惑った声がする。
疑問に思っていた私の視界、上から下へとひらひらと舞い落ちていく布が1枚。
白地に刺繍をあしらった――先程の魔獣に続いて階段の底へと落下していったそれは。
「上の下着が、外れています……」
つまり、あれか。
キャッチした衝撃でブラがずれ下がって。
貧相とは言え、私の胸、丘から先端部まで丸見えになってしまったらしい。
エリオットには悪いことをした……。
と思いつつ、彼を階段の方へと放り投げたのである。
○ ○ ○ ○ ○
「ほんっとごめん! 謝るしか出来ないけど申し訳ありませんでした!」
「いや、良いよ。不可抗力だし。むしろごめんね、みっともないものを見せちゃって」
「カタナさん。その反応は淑女のそれではありませんよ……」
もう土下座する勢いのエリオットである。というかしそうになってた。濡れた船の中なのに。
無事にエリオットを、振り子の容量で階段へと放り投げた後、私は身を起こす。
そこで自分の姿を確認する。
上半身は完全に素っ裸。キャッチした勢いで髪の包帯も解けてしまっていた。
うーん、これは痴女。他の表現ができない。
男子からしてみれば、同年代の女子(しかもクラスメイト)が上半身素っ裸というのは刺激が強すぎだ。
腕で胸元を隠しつつ、取り敢えず彼の着ていた制服、その一番上を借りて羽織る。
しっかりとボタンを掛けて、解けた髪も再度結び直す。何はともあれ、無事で良かった。
「無事ではないですよ?」
「そ、……そういうものですか」
「そうです! ここはお詫びとして高めのデザートの1回でもご馳走になるべきです。――良いですか? 女性の裸というのには、本来ならばそれ以上の価値があるんですからね? むしろ全然安いんですよ? それにエリオットさんだって何事もなかったようにスルーされたら、ずっと胸中複雑でしょう」
まあ、それは――そうかもしれない。
「恋愛経験と男性経験は全く別だというのがよくわかりますね……」
「……わかりました」
ミュゼ公女の言葉に、全く反論できなかった。
……私の行えるハニートラップというのは、基本的には、超短期決戦だ。
ある程度の身分・立場を持った人間と長時間関わると、それだけ身辺を探られる可能性は高くなる。
だから『一夜の過ち』として片付けられる様にすべきと教わった。
相手の好みを事前に調べ、準備を整え、作法と衣装を合わせた上で――ルシオラさんとシャロンさんから教わった技を全力で駆使。出会った瞬間から全力で篭絡させ、相手の誘いに乗って閨へと入り、その夜から朝までで仕事を終える。
私のやっていたハニートラップは大体こんな感じだった。
アフターフォローは、《蛇》ならなんとでもなるし。
これがヨシュアさんのような長期間に渡る監視だったり、遊撃士協会襲撃事件みたいなテロ行動だったりならば、話は全く別になるけどね。
「じゃ、実習終わった後に何かお詫びしてね。今はそれで収めよ」
「……分かった。……ごめんね」
良いって良いって、と私はエリオットを元気付けた。
ぶっちゃけなあ、なんというかこう……色欲に塗れた目で自分に迫る屑共に比較したら、今の私の周囲に居る人間は皆揃いも揃って善良で潔癖だ。
普通もうちょっとこう……幸運だった、とか、目の保養になった、とか思わない?
頭の中でトールズ生徒の顔を並べる。
喜びそうなのがクロウ先輩とアンゼリカ先輩だけってどういうこと?
大丈夫? 別の意味で健全なの?
まあそんな話はさておき。
「も、もうちょっとで出口じゃないかと思うんだけど……」
「それならさっき気になる部屋はあった、かもしれない」
階段を登って、砲列甲板へ。
相当古い大砲が並んでいる中を歩いていく。
大砲はごちゃごちゃだし、その上にあるハンモックは破れている。今も昔も船乗りはハンモックらしい。
喫水線を超えたからか、磯臭さは若干緩和された。それでも上位三属性が働いていることは間違いないが――幸いにも、こっちの戦力も増えている。エリオットから借りた上着のお陰で、多少派手に動いても素肌が危なくないのも大きい。
小太刀で私が切り込み、ミュゼ公女とエリオットが後衛。
エリオットの《
3人なのでARCUSの連携がどうなるかちょっと心配だったが、杞憂だったようだ。
「そ、そういえば、追いかけられてたね」
「うん。僕は、カタナ達とは違う方に飲み込まれたんだけど……」
全長50アージュの、船体。
ただし内部は空間が歪んでいるからか、数字以上に体感距離が長かった。
私とミュゼ公女は船首。エリオットは船尾側で目を覚ましたそうだ。
そして、幸いにもそちらは階段が近くにあって、比較的無事だった、と。
遠距離から気付かれないようにアーツで攻撃をして、安全を確保してから回復して前進。
それを徹底した結果、運良く私達よりも上層部へと抜け出ていたのだ。
「お手本みたいな狙撃手ムーブ。グッジョブ」
「あはは、カタナとフィーの真似をしただけなんだけどね……」
それでも真似できるのは流石。
エリオット、意外と軍事の才能は有るんじゃないだろうか。親御さんが親御さんだし。
「えっと……あの部屋かな」
周囲に魔獣は居ない。
というか――巨大な魔獣、いや門番かな? が居た痕跡が有るが――それは砲列甲板を突っ切って私達が歩いてきた方向へと足跡が続いている。……ああ、なるほど。エリオットを追いかけてきた、一際に凶悪で凶暴そうなアイツが門番だったのね。
かなり大型の鎧、あるいは戦士か騎士っぽかった。
戦わないで済んだのは幸運だ。
「んー……ちょっと急ごう。なんか、アイツ起き上がった気がする」
扉に近付いた瞬間、なんか嫌な感覚がした。
「え、倒したと思ったけど!?」
「門番ならばこの上位三属性の働きで、もう一度、動く可能性は、ありえるかと」
理由は、特に無い。勘だ。
ただ……階下から嗅ぎ取る空気が、なんとなく変わったのは間違いない。本調子じゃないけどそれは分かる。
急いで近寄って、ドアノブを掴む。開かない。……鍵? いや、そんなものはない。門番を倒さないとダメなパターンか? だとしたら分が悪い。火力足りないし……。今度は、転落死とかいう同じ手は使えまい。となると――。
「カタナさん。小太刀を」
「え? ……あ、それがあったか!」
思い返せば、最初に船にぶつかって転覆した時――私は小太刀を、この幽霊船の船体に突き刺した。
この船内のエネミーにも効果があった。となれば、だ。
リィンの真似をして、小太刀を振るう。
扉が開かないならば――扉を斬れば良いだけである。
結果、一瞬で扉は四角く切り裂かれた。私達3人ならば潜り抜けるのに何の問題もない大きさだ。
……なんか反則をした気がするが……。
いや、生命のほうが大事だな!
「ここは、船長の部屋……かな……」
明らかに周囲よりもグレードが高い装飾品と、朽ちては居るが、嘗ては立派だっただろう内装。
ベッドがあり、水差しがあり、花瓶や書籍があり、机がある。
そしてその机の上には、これみよがしに置かれた――航海日誌。
「……これだけ朽ちてない。これは……覚悟決めるしか無いかなぁ……」
「そうですね。――行きましょう」
各々が固唾を飲んで見守る中、日誌に手を伸ばして、開ける――。
――次の瞬間。
――莫大な量の『情報』が、流れ込んできた。
○ ○ ○ ○ ○
――熱い。
――熱い。燃えるように、熱い。
――目の前に、真っ赤な――燃え盛る、巨人が、居る。
燃えるような、煌く城がある。
無数の機械に囲まれたおぞましい城。
その中央に座った巨人が、目の前に佇んでいる。
人では無い。
こんな力を持った奴が人間であって堪るものか。
これは――ああ、覚えがある。
これは、女神の齎した力に近い。
肺が焦げるような空気の中、私は必死に呼吸をして、周囲を見る。
ミュゼがいる。彼女も、この空間に居る。エリオットが居るのかは分からない。見えない。
身の丈を遥かに超える巨人は、まるで炎の化身のようだ。
―― 一歩、ミュゼの方に近寄る。
―― 歩くだけで全身が沸騰しそうな空気の中。
―― 歩む私を、巨人は、見ていない。
巨人が、ゆっくりと、ミュゼ公女へと指を伸ばす。
ああ、そうかと理解した。この幽霊船が出た理由は、彼女だ。ミュゼ公女なのだ。
この巨人は、古くから帝国に潜んでいた”何か”。
それが目覚めて――自分を万全に使えるだろう血筋を探して――そして彼女に、目をつけた。
幽霊船は私達を襲ったのではない。
同乗していた彼女を襲ったのだ。
――全身から吹き出す高熱は、どこか淀み歪んでいた。
――灼熱でありながら――太陽に宿る黒点のような、黒い赤。
――腐敗した気配。
――幽霊船に漂っていた、瘴気の出処。
歯を食いしばる。
謎が解明されていく中、私は必死に距離を詰める。
どうして私がこの世界に一緒にいるのかは、今はどうでもいい。
成すべきことが分かっていた。
声を上げる。だが届かない。喉が焼けている。
それでも口を開ける。
ダメだ。
ダメだ。ミュゼ公女!
それは駄目だ! 絶対に駄目な、触ってはいけない何かだ。
私の言葉が届いていなくとも――公女は、理解をしていたのか、必死に距離を取ろうと、脚を下げる。だが下がらない。動かない。目の前の巨人の圧力が、下がらせない。
――巨人が嘲笑った気がした。
――公女が手に入れば、力を奮えるのだと。
――その為の贄でしかない。だから手を伸ばしているだけだ。
――ずっと眠っていて不満だった今を、お前を手にすれば。
公女の意思を無視して、炎を纏った巨人が指を伸ばす。
表面に浮かぶ文様は――あれは――契約に似た、何か。
公女と己を縛り付けるための、強制的な力。
「……ぁ……っぐ……!」
溶岩の上を、歩いているようだった。
どろどろとした灼熱の粘液が、脚に絡みつく。遅々として進まない。
この空間は、あの巨人の世界だ。
推測でしかない。
多分、あの巨人は古の時代に、この帝国で暴れまわっていた。
王だったのか将だったのか兵器だったのかは分からないが、強い力で暴れていた。
この船は、その時の、配下だ。だから
導力革命が発生する遥か前。だが、古代遺物は、あの当時からあった。
だからその調整用としての――導力器の回復装置。
巨人が目覚めて、同時に巨人の手足としてこの船も目覚めた。
そして巨人の為に――動かすエネルギーを、公女を欲した。
ならば、これを、阻止する方法は。
熱い。暑い。厚い。篤い。敦い。アツい。あつい。あついあついあついあつい――!!
悲鳴を上げる。全身が墨になっていきそうな感覚すらする。汗はとっくに流れ出る限界を超えた。肉体が干からびていく。血液が、唾液が、涙が、その他すべての水分が絞られていく中。
私は、一歩、全力を出して踏み込んだ。
言い聞かせる。結局、行動に必要なのは根性だ。
――だけど、マクバーンさんほどじゃない……っ!!
全身のバネを使って、巨人とミュゼの間に、割り込む!
巨人はそこで初めて、私を見た。
何故、そこにいるのかという視線があった。
知るかバーカ!
知ってても友達巻き込むやつに教えてなんかやらないけどな!
もしかしたら――と思わなくもない。
この場にエリオットが居ないのと同様に、日誌自体にも何か……一種のフィルターが掛かっていたのかもしれない。二重三重に、公女を手にする為、罠を用意していたのかもしれない。
だが今は関係がなかった。
割り込んだ勢いを、そのままに、公女を下げる。
巨人の指は私に触れた。
そして
契約の紋章みたいなものが、強制的にキャンセルされる。
――あら?
おかしい。私は今、何もしていないはずだ。
てっきりこれは私が、公女の代わりに何かダメージや強制契約を受ける流れだと思ったのだが。
そうではないらしい。
巨人が、何かを察したかのように消えていく。
周囲の空間が冷え込み、さっきまでの灼熱地獄も、煌く城も、まるで幻のように溶けていく。
公女が私の腕を掴み、心配するような顔をした。その顔もぼやけて、消えていく。
すうっと意識が冷えて、私の視界が暗くなる。
現実への帰還だろうか。
目が完全に閉ざされる寸前。
見たくもない瞳――あの忌まわしい《白面》が、杖で巨人の呪いを打ち払ったような光景が。
見えた、気がした。
きっと幻だ。
○ ○ ○ ○ ○
その後、私達は海に浮かんでいるところを、発見&保護された。
エリオットが頑張ってくれたのだ。
一番に意識を取り戻したエリオットは、傍にあった転覆したボートに乗り込むと、気を失っていた私達2人を引っ張り上げてくれた。相当な重労働だったがやってくれた。
更に言えば、明らかに何か悪い夢を見ている私達に《エコーズビート》を掛けて精神のケアをさせつつ、その音色を警笛のようにして、ラウラ達に居場所を知らせてくれていたのだ。
あの幽霊船は、消えた。
連絡を受けたオルディスの領邦軍や《銀鯨》も捜索をしてくれたが、木屑1つ見つからなかった。
……証拠となるだろう物は、たった一つだけだ。
あの船長の部屋にあった日誌だけは、残っていた。
私とミュゼ、二人で握っていたという。まるで手に吸い付いていた。だから海上でも流されず、逸れていないままで、エリオットがなんとか引き上げられた、と。
殆ど読めない滲んだ字は、解読するには時間がかかる。
ただ――ミュゼ公女は、日誌を見て――深く深くため息を吐き、私にそのページを見せてくれた。一行、はっきりと記載されている名前は――。
『オルトロス・ライゼ・アルノール』
そう書いてあった。
実習は、まだ1日目。
《偽帝》オルトロスの爪痕がこの後襲いかかってくるとは――まさか思っても居なかった。
あの幽霊船は、ただの露払いでしかなかったのだ。
Q:勝手に割り込んだ小娘ぶっころ(by緋)
A:やかましい私の愉悦の邪魔をするな(by白面)
Q:落下してった門番って?
A:魔煌兵。出番はない。
Q:なんでこんな事が起きたの?
A:至宝の残骸に火を入れる
→ それを眠っていたエンド・オヴ・ヴァーミリオンが察知
→ あ、なんか至宝近くにオルトロス王子の血族居るじゃんこれ使えば動けるんじゃね?
→ オルトロス配下にあった亡霊が呼応して行動。ミュゼに突撃。
要するにノバルティスとカンパネルラが悪い。
妙にカタナ相手だと役得が多いエリオットですが、恋愛的な意味でのフラグは立ちません。
偶然一緒に行動してることが多いので巻き込まれているだけで、同じ状況になったらユーシス/マキアス/ガイウス相手でもカタナは同じことをしますし、同じ結果が発生します。
リィン相手だとどうなるのかって? ……どうなるんでしょうねえ……。
なるべく早く更新できるよう頑張ります。
第52話「進撃の巨神」。
ではまた次回。