カタナ、閃く   作:金枝篇

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黎の軌跡Ⅱにスーちゃんナーちゃん登場が決まりましたね。
セリスとリオンの守護騎士(ドミニオン)コンビもプレイアブルなのが嬉しい。
カタナが共和国に出張する予定は、残念ながら今のところありません。
……が、この4人もどっかで出したいですね。

では、どうぞ!


進撃の巨神

 「そういうわけで、とても大変な目に遭いました……」

 「日記は?」

 「オーレリア伯に渡しておいた。あの人なら何かあっても問題ないと思うし」

 

 ラウラの問いかけに、私はスプーン片手に疲労を吐き出した。

 翌日、朝。6月27日、日曜日。

 朝食はリゾット。昨日残ったスープをベースにトマトを加え、米と煮込んだ一品。

 濃い磯の味をトマトの酸味で中和した、暖かくも柔らかいこの料理、胃に優しく滋養も高い。

 

 「あの日記、非常に不可解なことに……濡れてもいなかった。もしやと思って火で炙っても燃えなかった。マジモンの呪いの書物……あるいは、呪いの遺物だと思う。世間には信じられない書物とか文献が、あるからね。……教会の人とかと協力して封印措置じゃないかな」

 

 案外色んな場所に隠れているからね、あーいうの。

 もしかしたらこの島にもあるかもしれない。――なんてね。ははは、ないか、流石に。

 

 「そういえばバリアハートでも出張ってきていたか」

 「出張るというか、報告が上がってきたらやって来て対処してくれることが多いんだけど……」

 

 ここに居る面々であの場に居たのは……マキアスと、途中合流したフィーか。

 アイン総長の立場は知らずとも、その辺を担当する七耀教会の部署が有るとは知ったはずだ。

 

 「丸投げ……とまではいかないけど、8割位投げていいと思う」

 

 実際、幽霊船の後始末は投げてきた。全部やるのは大変だった。

 なんとか脱出できた&皆に合流できたのは良いが、相手の存在が存在だけに、事情聴取と捜査協力が大変だった。オーレリア伯(に頼んだミュゼ公女)の口添えが無ければ、今も領邦軍に捕まっていただろう。

 何時ぞやのケルディックみたいな尋問は起こらないにせよ、実習が潰れることには違いない。

 

 領邦軍の海洋部隊に加えて、護衛船団《銀鯨》らも、調査に加わっている。

 『私達も素早く動けるようにしておくよ。何時でも駆けつけるからね!』

 とはレオノーラの言だ。

 

 あんな怪しい存在が彷徨っているとなれば、彼らも顔色を変えるのは当然だ。

 遥か遠洋……それこそ世界の果てに近くもなれば、鯨並みに巨大な魔獣が泳いでいると聞いたこともあるが、一緒にしてはいけない。

 ……流石に2度も3度も出てこないとは、思うけど。

 

 「海難救助の方はなんとかなったし。……襲われた船の乗組員が、無事だったのも大きいね」

 

 私達が幽霊船に邂逅する直前発見した、あの転覆した船。

 あれの乗組員は無事に救助された。私達が飲まれた後、救難信号を発したラウラ達がやってくれた。

 上位三属性の影響で気絶していたのもあり、水もあまり飲んでいなかったとのこと。

 現在はオルディスの病院だ。経過観察をされながら、領邦軍の調査に協力しているらしい。彼らは私達の尽力を朧気ながら覚えてくれていた。それも早めの開放の一理由だ。

 

 「随分と疲れているようだが、今日の課題は大丈夫なのか? 無理はしないでいいぞ」

 

 もうちょいトマトの刺激を……とリゾットに胡椒を入れながら、マキアスが気を掛けてくれる。

 私は鍋からおかわりをよそって、2杯目を食べながら気合を入れた。

 無事に島に戻って来た時には、すっかり夜。

 湯を浴びる余裕もなく、食事をする気力もなく、ぐてんぐてんに疲労した私は着替えて速攻で寝てしまったのである。風呂に入りたいが――これから実習なら、浴びるのはその後だな。

 私は元々体臭が殆どないので、そんなに支障はないだろう(工作員が臭うとか笑えない)。

 

 「良いよ。昨日はあれから熟睡しちゃったし」

 

 上位三属性の空間と、あの煌めく赤い巨人は、思った以上に心身に負担をかけていた。

 長時間滾々(こんこん)と、結局10時間くらいは寝てしまった。

 そして現在、ラウラが用意してくれた朝食を食べている、というわけ。

 夕ご飯を抜いたからお腹がぺこぺこだ。今日一日頑張るためにも体力を回復しておかないとね。

 

 「オーレリア伯も、疲れてるからって課題を出さない人じゃないでしょ……」

 「まあね。受け取ってる」

 

 ごちそうさま、と一足早く食事を終えたフィーが、食器類を洗い始める。

 そこにあるよ、と机の上の封筒を示してくれた。

 

 「『ブリオニア島の魔獣退治』と『夏至祭の手伝い』……」

 「夏至祭、って……そっか、もう後……一月か」

 「7月の第4月曜日からだから、丁度一ヶ月だね。今年は、7月26日だったはず」

 

 食べ終わったエリオットが読み上げてくれた。

 私は聞き漏らしがないように意識して、スプーンを動かす。腹八分目までもう少し。

 

 「夏至祭の手伝い。オルディスは夏至祭に合わせて、多種多様な飾り付けを行う。その際、海の都ということで貝殻や珊瑚、希少な鱗、石などが使われる。その飾りを、箱一杯分集めること」

 「有名なところだと『翡翠貝』が使われます」

 

 丁寧に食べ終わった後、お茶を出してくれたミュゼ公女である。

 彼女も彼女で逞しい。

 私達の状況をオーレリア伯爵に報告し、夜遅くにもう1回島にやって来たのだ。

 

 「ただ、今回は……収集内容が指定されておりませんね」

 「考えるに、審美眼も要求されているのだろうな」

 

 ラウラの説明に私達はなるほどなあ、と納得した。

 食べ終わって、ごちそうさま、と手を合わせて感謝し、公女の淹れてくれたお茶を飲む。

 鼻に抜ける香りが清々しい。良い茶葉だ。

 

 「色合いや素材、あとは……流行り廃り。そう言った物を調べて、適切な品を納入するように、ということなのだろう。ルグィン伯は芸術にも精通している。箱詰めという辺り、納入する際の注意点辺りも見られていそうだな」

 「ゆ、油断ができない課題ってことかー」

 

 幽霊船騒動があったとしても、それで評価を甘くしてくれる人ではないだろう。

 やる以上はちゃんとやれと言うに違いない。

 私自身、昨日の不甲斐なさを発散したいしな。

 

 「よし、では一同二日目、実習開始だ!」

 「「「「「おー!」」」」」

 

 と、ここで気付く。

 ……いやいや、すっかり馴染んでいましたが、ミュゼさん、貴女は違いますからね?

 貴女は、オーレリア伯から派遣された連絡係ですから。

 私達を手伝ってはいけない立場ですから。

 いや、そんな残念そうな顔をしないでください!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「さて、じゃー、カタナ行っきまーす!」

 

 皆に声をかける。首に掛けたARCUS(防水仕様。緊急時の信号発信用)も問題なし。

 準備運動も終了してある。全身に怪我や傷はなし。

 脱げないタイプの水着に着替えて、堤防から大きく飛び跳ねる――。

 ――着水!

 

 「っふぅ!」

 

 指先から弧を描いて飛び込んだ私の視界が、青く輝いている。

 綺麗な水だ。海の中、太陽の光を受けてキラキラと反射する世界は、鮮やかに彩られている。

 海藻から小魚までも、一つとして同じ色がない。

 ブリオニア島。観光名所。スクーバダイビングのスポットとしても使われているかもしれない。

 気持ちがいい。肌に当たる水が澄んでいる。柔らかく、滞っていない。

 水はそれなりに冷たいが、全身を使って泳げばその内温まる。

 私に続いて飛び込んだラウラも、その青い世界に思わず笑みを零したようだった。

 

 (さて、ではちょっと……潜るかな……!)

 

 長い髪を束ねた、補助導力器。

 幽霊船では働いていなかったが、万全の状態で、何の異常もない海ならば別だ。

 かすかに輝き、髪を自在に操らせてくれる。

 言うなればそれは、第三の脚――あるいは、(ヒレ)

 ゆっくりと広がった髪が、推進力を生む。

 

 ラウラが驚いた顔をする。

 そうか。彼女はバリアハートでの、私の水中戦を見ていなかったな。

 泳ぎは大得意なんだよ。ふふふ。息継ぎをしないでも3分くらいは楽勝だ。

 

 (ま、たまには私も格好いいところ、見せないとね!)

 

 ラウラに指先で『任せなさい』と合図。

 同時、水を蹴る。

 水を蹴って深く――深く、潜る!

 水底まで3アージュくらい。だが、絶海の孤島だけある。少し沖に出れば、あっという間に10アージュを超える水深だ。

 泳ぐ魚も徐々にサイズが大きく、装飾よりかは食用に適した様な形へとなるだろう。

 

 (ま、魚には、あんまり用事はない……貝殻……!珊瑚……!宝石……!)

 

 海底に沈んでいる大小様々な装飾品を探すのが、私の仕事!

 目の保護用にゴーグルだけは付けているが、それだけ。服もなければ、靴も無い。ARCUSと、髪留めと、腰の小太刀。水着を纏った私の全装備だ。

 だからこそ、軽い。

 そして気持ちがいい。

 

 海底を掠めるように泳ぎ、目星をつける。

 砂地から、傷一つ無い巻き貝を掴み、回転。

 仰向けになって――水面を、水底から見上げる。

 一瞬、全ての音が消えた。

 広い世界に、ただ1人で揺蕩っているような錯覚。

 

 ――さいっこう……!

 

 昨日までの荒んだ心が洗われる。

 

 そういえば、ウミヘビは基本、大人しいと聞いたことがある。

 そう、今の私は蛇は蛇でもウミヘビ……。

 猛毒があっても牙を突き立てない穏やかな奴……。

 

 そのまま、一気に上昇した。

 体内の肺を上半身に集め、加速を緩めない。

 私の泳ぎに感心したラウラの前を、下から上へと通り過ぎ、そのまま飛び出す……!

 

 「――っはあ!」

 

 全身から雫が飛ぶ中、深呼吸。一瞬で肺の空気を入れ替える。

 そのまま頭から着水。勢いをそのままに潜る……!

 さあ次は、珊瑚だ! 環境に配慮して、採っても支障がないやつ!

 今までの鬱憤を吐き出すように、私は加速する。

 

 思わず口元が綻んだ。

 ……やっべえ、超楽しい!

 

 

 

 「カタナあんなに泳ぎ得意だったんだ……」

 「うん。バリアハートじゃガザックドーベン相手に、一方的だった」

 

 すごいねーと感心するエリオットに、フィーは頷いた。

 彼女達の仕事は、ラウラとカタナが集めた大量の海産物を吟味し、運び、梱包することだ。

 武器弾薬を扱うように丁寧に、というイメージならやりやすい。エリオットとマキアスに、クッションはここに入れて、こういう物はこっち向きだと衝撃に強い、等々。

 教えつつも、カタナの泳ぎを観察する。

 あの時よりも開放感があるからか、のびのびとしながらも、凄まじい動きだ。

 

 「仮に水中で戦うなんて場面があったら、多分カタナがぶっちぎりで1位だよ。ラウラと私が揃って相手しても無理。サラ教官連れてこないと。――単純に泳ぎが早いだけじゃない。足腰と髪の使い方、あと呼吸が上手い。さっき、飛び上がったでしょ?」

 「ああ。凄い。僕はあんなに飛び上がれたことがない」

 「あれコツが要る。海底から海面に向かう浮力を、自分の泳ぎで加速させつつ制御するの。んーっと……ペングーのジャンプと似たイメージかな。水中の危ない魔獣から逃げる技でもある」

 

 獰猛な魚や、海獣に追われている。

 のんびりと陸地に出ていたら、脚に噛みつかれる。

 そういう危険を防ぐために、一気に陸地へと飛び上がる技でもあるのだ。

 しかも飛び上がった瞬間に肺の空気を吐ききって、一瞬で酸素を入れ替えた。隙もない。

 

 「バリアハートの時は、ガザックドーベンが間抜け過ぎたのもあるけどね。……そういう技をかなり沢山持ってる。多分、水中でも普通に剣を振るえるよ」

 

 手も脚も胴体も頭も、全身を鎧で覆った、ガッチガチ重装甲の獣だ。

 圧倒的に身軽なカタナの敵ではない。

 

 「はえー……すごいねえ……」

 

 単純な競泳、25アージュのプール勝負ならばラウラが体力とパワーで勝ち切るかもしれない。

 だが……物凄く極端な話、100アージュ勝負だとか、潜水時間だとか、水球みたいなスポーツをするとなると、カタナの遊泳能力に勝てる者が……果たしてトールズの生徒で、何人いるか。

 《Ⅶ組》ではなく、学院全体に候補を広げても……教官まで行かないと多分、相手にならない。

 

 「水泳部に入ればよかったんじゃないか?」

 「髪の手入れを毎日するのが面倒なんだってさ」

 

 カタナ程の長髪の持ち主は中々居ない。

 ともすれば先端を床で擦って汚しそうな程に長い髪、良くもあれほど上手に扱っている。

 それもカタナの魅力だ。

 

 「……綺麗だねえ」

 「……だな」

 

 カタナ自身は色気とか艶やかさを扱えると言っている。まあ、否定はしない。

 実際気合を入れれば出来るだろうし、歩き方や目線で、女性が大人の階段を登っているか否かくらいは分かっている……分かるつもりだ。そういう意味で確かにカタナは大人、だが――。

 感心しているエリオットとマキアスを見る限り、《Ⅶ組》内ではあれくらいで十分ではないだろうか。

 

 「そこの男子二人! 不埒者と呼ぼうか!」

 「目線がいやらしくないから咎めないけど。……一緒に手も動かして?」

 「「はい!」」

 

 負けじと張り切るラウラと、フィーのジト目にびくっと反応し、男子二人が作業に戻る。

 張り切ったカタナとラウラのおかげで、実習は瞬く間に進んでいった。

 

 

 

 「あー、むっちゃ泳いだ……!」

 

 戦利品を山ほど手にして上がると、どうぞ、とタオルを差し出された。

 どうもと受け取って相手を見ると、フィー……ではない。ミュゼ公女だった。

 

 「見ているだけなのはちょっと残念ですから」

 「……まあ、これくらいなら、良いと思います。ありがとう、ございます」

 

 参加したら不味いとはいえ、ずっと眺めているだけなのは、それはそれで辛いと思う。

 公女の顔から読み取った私は、それ以上何も言わずに受け取って、体を拭いた。

 公女はラウラにもタオルをパス。

 距離と速度は私ほどではないとは言え、堅実に確実に、時には重いものを引っ張り上げていた。

 私と同じ様に、全身の心地よい倦怠感を、タオルで包んでいる。

 

 「進捗は、どうですか?」

 「良い感じだ。ほぼ中身は満載になったようだし……もう1回か2回で完成だろうか」

 

 余裕があれば泳ぎたいと言っていたラウラは、満足そうな顔だった。

 ……しかし本当良い身体してるな。

 水着を見ながら思った。

 

 私も健康的なつもりだが、ラウラは健康的+女性的だ。

 特に胸部装甲。あの質量があってどうしてあんなに速度が出せるんだ。

 若干嫉妬が混ざってしまうのは許せ。

 

 などと思っていると、ラウラが提案をした。

 

 「ミュゼさんも、一緒に泳ぐのはどうだろう」

 「え。ラウラ良いの?」

 「駄目とは言われていない。遊びなら怒られるだろうが、カタナの水術は私も習いたい」

 

 ……ま、班長がOK出すなら、良いか。

 仮に怒られるなら、私も一緒に、オーレリア伯に怒られよう。

 ラウラがフィー達に確認を取りに行っている間、私はミュゼ公女に付き添って、準備運動の補助。

 用意周到なことに、公女様は水着を持って来ていた。

 

 「……私がここに来た理由。勿論、一つは……『貴族派』と『改革派』の余波が、この島にも飛んでいる、と判断したからです。実際、あのオルトロスの呪いは……形になっていた。今回は海の上で私へと襲いかかりましたが、もしも規模が大きくなっていたら、下手をすればオルディスに迫っていたでしょう」

 

 公女は軽い口調で話す。

 決して軽い内容ではないのだが、他の皆に聞かせたくないならば、そうもなる。

 燦々と輝く太陽の下。波の音に隠れて、公女の発言は消えていく。

 

 「幽霊船という形になるとは思っていませんでした。まさか《偽帝》オルトロスと呼ばれた男の怨念が使われているとも思っていませんでした。ただ……カタナさんの『古巣』が動いたと、耳にしました」

 「……それ知ってて私と接触したんですか」

 

 この島に来る直前の、小型フェリーの上。

 私の存在を承知しているとは思った。それはてっきり『エカターニャ・N・アルビー』の存在を知っている……という意味かと思ったら、それだけではなかったのだ。

 私の過去も知った上での、あの笑顔。

 

 「ブルブラン男爵は親切ですね。面白い保護者さんです」

 「……あの男、間違ってもいいヤツではないですからね?」

 

 情報源そこかよ!

 まあアイツ、カイエン公や《鉄道憲兵隊》にも独自パイプを持ってるからな。

 案外本当に男爵位を入手してるんじゃないかって思うくらいに、人脈が広い。

 

 『執行者』は、任務に協力しても、拒否しても、妨害しても許される立場だ。

 《蛇》が何かしたのを公女にこっそり教えるくらいなら問題にはされない。

 

 「分かっています。――ですが、関わろうと思った理由2つ目は、貴女ですよ、カタナさん」

 

 一瞬だけ、ゆるふわな微笑みに、真剣な目を覗かせる。

 怯む私ではないが――私?

 

 「本当に《蛇》が島で良からぬことを企んでいるならば、それをそれとなく伝えて軍を動かせばいいだけですから。敢えて顔を見たいと思ったのは、貴女が気になったから。――変な意味ではありませんよ?」

 

 ラウラ達が寄ってくるのを見て、笑顔で合流。

 そして私に聞こえるギリギリの声でこう告げた。

 

 「きっと貴女は大きな影響を及ぼす人になる。リィン・シュヴァルツァーが世界を動かす傑物に育つように。――……初めて社交界で見かけた時から、どこか心に引っかかっていました。――そして成長した今、改めてわかりました。貴女はきっと……色んな形に育ちます。――振るわれることで結果をもたらす、誰かの刃のように。……なんてね!」

 

 言葉の不穏さに、動揺しなかったといえば嘘になる。

 だけど……今この場で追求するのも、間違いだ。

 何せ水着に着替えたミュゼ公女は、とても楽しそうに太陽の下で笑っていたのだから。

 

 「さ、カタナさん!水泳を教えて下さいますか!」

 「……厳しいからね!」

 

 よし、気にしない。

 泳ぐなら楽しくだ。折角だし、夕ご飯用の魚も確保してしまえ。

 こうして私は――もう1回海へと飛び込んだのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「あー……しっかり泳いだ……。後は、魔獣退治だね……」

 

 くぃー、という謎の鳴き声を上げながら、私は大きく背を伸ばす。

 ちゃぽん、と岩壁から滴る水が、洞窟に反響した。

 暖かいお湯が、全身に染み込んでいくようだ。

 

 「まさか島に温泉が有るとは思わなかった……」

 「そうだろう。私達も発見した時には驚いたものだ」

 

 疲れた身体を癒やすのに、これ以上の設備はない。

 ブリオニア島、その中腹を貫く洞窟。

 島の東西を貫通している洞窟内に、お湯が湧き出ていたのだ。

 

 実を言えば、昨日最初に島に来た時には、発見していたらしい。

 滝と真水の報告時には内緒にしていて、皆を驚かせようという魂胆だったのだ。

 だが、あの幽霊船騒動だ。結局伝える間もなく、私はぶっ倒れて寝てしまった。疲労困憊の私を起こすのも忍びない。だから本日、水泳の後で――ということだ。

 塩水を堪能した髪と体を、タオルで拭くだけなのは良くないだろう、とラウラとフィーが案内してくれたのである。

 公女も一緒だ。

 女子二人が入って埋まってしまうくらいの……スペースは決して広くないが、身体を倒せば十分、肩まで浸かれる。滝と水源は同じなのだろうが、どんな理屈で暖かいんだろうか。これ。

 

 「せ、石鹸の類が無いのが残念だけど、水源を汚すわけにも行かないからね……」

 「はい……」

 

 脱力して、互いに目を閉じてお湯を堪能する。

 ラウラとフィー、エリオットとマキアスは、それぞれ昨日浸かってきたとのこと。

 私達だけ先に入って悪かったと謝られてしまった程だ。いや、気にしないでいいって。

 むしろ私と公女の安全を確保しつつ――魔獣避けの組み立て式街灯は設置したが、寝ている私と公女だけをあの部屋に放置は出来ないだろう――温泉までの安全とかを考えると、結構な回数、温泉と小屋を往復させてしまったことになる。感謝するのは私の方だ。

 

 「ちょっと温いけど、十分だろう?」

 「……そうですか? 案外熱めですよ?」

 

 うんうん、と頷いた私達に『そう?』と首を傾げたフィーが、お湯に手を入れる。

 

 「ほんとだ。昨日よりちょっとあったかいかも」

 「ふむ? ……今晩、余裕があったら私達も浸かりに来るか」

 「ん」

 

 さて、ではそろそろ出るか。

 なんかお湯の温度が上がってきている気もするし……長居したら逆上(のぼ)せそうだな。

 ラウラとフィーが、察して周囲をチェックしてくれる。

 エリオットとマキアスが覗きに来るとは思わない。でも、着替えている最中は、無防備だ。

 制服に着替える。

 あー、なんかやっと普通のコンディションに戻った気がするよ。

 泳いでいる最中はハイだった。今は大分、落ち着いた。

 

 「……ああ、そうです。カタナさん、ご注意を」

 「は、はい?」

 「この実習、多分《蛇》に監視されています。お気をつけて」

 「は――」

 

 大声を出さなかった自分を褒めてやりたかった。

 そういう内容こそ、もうちょっと二人きりの時に話してくれないかなぁ!?

 いやいや、流石にないでしょと言おうと思ったが。

 

 「だってこういう風にさらっと言わないと、カタナさん表情に出てしまうんですもの」

 

 そう言われては反論が出来なかった。

 ミュゼ公女(に情報を渡したブルブラン)の判断は、多分当たっている。

 今回のこの一件……オルディスにおける《偽帝》関連の事件の背後には《蛇》が居る。

 だから今回のこれを、どこかで監視しているのは十分にありえる、の、だが。

 

 まじか。どっかでこれ見られてる?

 ……どんな顔すれば良いんだ、私?

 

 監視の目を誤魔化すために洞窟に入ったのだと思い当たったのは、数分後のこと。

 よっぽど情報がショックだったらしい。

 関係ないなあと割り切れる性格じゃない。我ながら女々しいと思う。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「よし、火の元はOKだ。念のために、そっちの母屋の軒下に非常用キットも隠してある」

 

 入浴を終え、昼食も終えて、休憩もした。約3時間後のこと。

 マキアスが最後に小屋を出て、施錠した。

 窓は、敢えて一枚だけ鍵をかけていない。何かあった時、窓から入れるようにするためだ。

 ラウラと最終確認をしている間に、装備品を確かめる。

 ARCUS。小太刀。髪留め。制服――正確に言えば靴やら髪やらに忍ばせた装備品諸々。

 胸元の《ディープオーカー》も問題なし、と。

 

 「オーレリア伯爵の寄越した手配魔獣だ。相当の強敵だと思う」

 

 ラウラの言葉に尤もだと頷いた私達は、きっちりと装備を整えた。

 今回の魔獣討伐には、ミュゼも同伴する。手配魔獣を倒すには、私達全員が力を合わせる必要があるだろうし、そうなったら公女1人を小屋に置いてきぼりにすることになってしまう。だったら同伴させた方が、いざという時フォローが効く。

 勿論、彼女は基本、見学だ。

 だからミュゼ公女が、自身をどれくらい護ったか、どれくらい私達が彼女に負担をかけたか……。

 その様な『護衛』という観点でも評価して貰う形にしたわけだ。

 

 「先頭はフィー。次にカタナとマキアス。ミュゼを挟んで、エリオット。殿は私だ」

 「オッケー。じゃ行こう」

 

 手配魔獣は、島の東にいるらしい。

 位置的には……なるほど、温泉があった洞窟を抜けた先か。

 

 個体名:エンシェント・オッサー。

 名前と特徴から考えるに、ゴーディオッサーと同じ系統の魔獣だろう。

 角と頑丈な顎を持った、毛皮に包まれた類人猿。

 この島には独特の生態系がある――と初日にラウラから聞いていたが、予想以上に貴重な生物が多そうだ。

 

 「ふぅ……。海に居た時は気にならなかったけど、今日は暑いね……」

 

 水筒を傾けて喉を潤したエリオットが、制服の第一ボタンを開ける。

 確かにちょっと気温が高いかもしれない。海の上だから、割と気候が荒れやすい――のは、あるだろう。だが、なんとなく――違和感がある。

 

 ……いや、違和感じゃないな。

 ……ちょっと気温が高い。

 温泉まで往復してきたさっきに比較して、明らかに。

 

 「……やっぱり気温高いよね?」

 「そろそろ涼しくなる時間帯のハズなんだけど……」

 

 現在時刻は14時。海から戻ってきてお昼を食べて出発して、何もなければ夕方には実習終了だ。夜に飛行艇で帝都まで向かい、其処からトリスタに移動――なのだが。

 先程までの往復では何もなかったのに。

 今は、ラウラですら額に汗が滲んでいる程だ。

 

 ……嫌な予感がする。

 

 「……慎重に行こう。何か……良くないことが起きている気がしてならない」

 

 気温の変化は、周囲の魔獣らも感じ取っているらしい。

 私達は、明らかに温度が上がっていく方へ進んでいる。そしてそちらの魔獣は、どんどん数が減っている。避難している、と言い換えても良い。

 

 「あった。洞窟。ここ抜ければ手配魔獣だね」

 

 辿り着いた時には、体感気温は真夏並だった。

 これはもう、違和感とかいうレベルではない。たった数時間で、周囲の温度が急上昇している。

 慎重に足を踏み入れたフィーと私は――。

 

 「ラウラ達、ちょっと待ってて。私達だけで偵察してくる」

 「気をつけてくれ!」

 

 洞窟の様子に、絶句するしかなかった。

 湧いていた温泉が()()()()()()

 

 幾ら温泉だからと言って、これは明らかに異常だ。異常過ぎる。

 リベールの……エルモ村のような、ボイラーで管理している温泉ならばまだ分かる。

 リィンの故郷であるユミルや、共和国の『龍來(ロンライ)』……のような、地脈の影響を受けている土地ならば、何かの拍子にお湯の温度が上がってしまうことは考えられる。

 だが、ここは島だ。

 そんなあっという間にお湯が沸騰するまでになるか?

 

 沸騰した温泉から立ち上がった水蒸気が、洞窟内に充満している。まるでサウナだ。

 幸い視界は聞いているが、洞窟全体が湯気で湿って、滑りやすい。

 洞窟の入り口に皆を待機させて抜ける――。

 

 ――私達は、再び言葉を失った。

 

 「……なにこれ」

 「……熱死してる……。火傷……酷い火傷だ……相当暴れたんだろうけど……」

 

 手配魔獣なのだろう、エンシェント・オッサーの亡骸があった。

 その全身は焼けただれている。分厚い毛皮を纏っていても尚、熱を防ぎきれなかったのだ。

 目が破裂し、口の中の舌は爛れている。深度3……筋肉や神経すらも損傷した状態。

 山間から流れる――エンシェント・オッサーが利用していただろう水源もまた、沸騰していた。

 

 想像する。

 気分良くシャワーを浴びていたら、それが一瞬にして煮え滾る湯に変貌した瞬間を。

 咄嗟に逃げ出すことも出来ないほど、全身があっと言う間に焼けただれ、痛みすら感じない。

 ……気分悪くなるわ。想像しなければよかった。

 

 「……戻ろう。この異常は報告しないと不味い。可能なら、オーレリア伯爵か領邦軍だよ」

 「念の為、長袖着てて良かったね」

 

 じっとしているだけで蒸されそうだ。

 互いに口元をタオルで覆い、直接熱波を吸い込まないようにしながら、ハンドサインで合図を出す。

 ちょっとこれは素肌に当たったら、ただじゃ済まない。

 取り敢えず離れたほうが良さそうだ。

 

 この燃えるような世界。

 明らかに異常な熱波に包まれた状態は。

 嫌でも、幽霊船の呪いを思い出す。

 赫灼と煌く魔王の姿が浮かんだ。

 

 昨日からのこれで、それぞれが無関係と思えるほど、私の頭は楽観的ではないぞ!

 

 取り敢えずラウラ達と合流だ。その後、できるだけ急いでこの場から離れよう。

 公女に頼んで連絡を入れてもらって、可能なら島から避難をするべきだ。

 

 互いに頷いて、洞窟へと戻っていく私達。

 その背後で。

 

 ()()()()()

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「戻ってきたか……」

 

 洞窟の奥からコチラへと駆け足で戻ってくる二人の姿を見て、ラウラはほっと息を吐く。

 二人の実力はよく分かっている。いるが、それでもこの異常事態だ。飛び込んでいった索敵が無事だったのはありがたい。この熱気……何かあった時、救助に行くことすら難しい。

 

 「急いで降りよう。ミュゼさん、オーレリア伯へ緊急事態だと連絡をお願いします。……クルーザーに乗って《銀鯨》の船団に合流だ。今はここを離れないと不味――……」

 

 その時だった。

 地面が揺れた。

 

 「……地震か!?」

 

 マキアスが慌てた声で、身を低くしゃがむ。咄嗟にミュゼを庇う辺り判断が早い。

 山間の坂道だ。下手に崖崩れや落石に巻き込まれても困るし、万が一海に落ちたら大惨事。

 それを確認して、洞窟の向こう側の異常に、気が付いた。

 慌ててコチラに走ってくるフィーとカタナの、その向こう側。

 目の前に聳えている、島の、その山頂が形を変えている。

 

 「いや、これは地震、ではない。もっと別の揺れ……地すべりか…!?」

 

 崩れそうになる洞窟を悟り、速度を上げる二人。

 そのまま不安定で滑る足元を物ともせずに、飛び込むように合流。

 口元を覆っていたタオルを剥いで、新鮮な空気を吸いながら、報告をしてくれる。

 ……この二人が呼吸を乱すほどに、洞窟の向こうは暑かったのだ。

 そして異常が起きていたのだ。

 

 「いや、ラウラ、多分。もっと、悪い、かもしれない」

 

 フィーからの手早い報告を聞く。

 討伐予定だった手配魔獣は死んでいた――それも、熱傷で、死んでいたという。

 手配魔獣を片付ける必要がなくなったのは助かるが――。

 

 「……焦げ臭い」

 

 そのカタナの一言は、手配魔獣どころの問題ではないと伝えるのに十分だった。

 

 カタナの嗅覚は優れている。

 数時間まで天真爛漫に泳いでいた姿とも、温泉でリラックスしていた時とも違う、本気の目だ。

 微かに舌を出して大気の様子を嗅ぎ取った彼女は、一言。

 

 「火事じゃない。……もっとヤバい! これは――幽霊船の中で味わったやつだなあ!」

 

 再び、大地が揺れる。

 地すべりかと思ったが、どうやらそっちも違うらしい。

 

 ズズン、という振動音は――繰り返されている。

 一定のペースを繰り返して、徐々に徐々に音が大きくなっている。

 ズズン、ズズン、ズズン――……まるで、足音か鼓動だった。

 そう、これは……なにか巨大なモノが動いている音に違いなかった。

 

 ――嫌な予感しか、しなかった。

 

 (待て……この島で、動いているモノなど……まさか……!!)

 

 「ラウラ!船で離れよう!安全な場所があるとしたら……この島じゃない。海の上だよ!」

 「! 承知! エリオット、マキアス、遅れるなよ!」

 

 フィーが一番に飛び出し、次いでカタナが後を追う。

 ミュゼを庇っていたマキアスは、そのまま彼女を『失礼します!』と言って担ぎ上げた。咄嗟の判断としてはよくやる! エリオットは既に走り始めていた。

 殿として、ラウラは周囲を確認。何もないと確認してダッシュ。

 一気に坂を駆け下りる。

 

 既に周囲に魔獣の気配は存在しない。

 島の天変地異を悟り、飛べるものは翼で。泳げるものは海へと飛び込んで。そうでない物は異変の反対側へと逃げている。一番遅いのが、自分たちだ。

 

 何か判断ミスをしたとは思っていない。

 想像の通りなら、予想をしろという方が無理だろう。

 しかし。

 

 「……あーあ、……どうすんだよ、これ……」

 

 小屋の手前まで来たところで、全員、呆然と突っ立って見上げるしか無かった。

 頭上を見上げつつ、悪態を吐いたカタナの言葉で、嫌でも認めざるをえなかった。

 

 二人を偵察に送って様子を見るべきではなかった。

 昼前に、カタナとミュゼが温泉に入った時、その温度が上がっていると聞いた時点で。

 即座にオーレリア伯爵に連絡を入れて、島から離れるべきだった。

 そう思わずには、いられなかった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 見えたのは、紛れもない、巨人だった。

 山を震わせ、全身から熱波を立ち上らせた巨体。

 見間違えでなければ。

 熱波は、あれから発されている。

 

 「ブリオニア島の、巨像……!」

 

 高さ80アージュはあるだろう巨大なる人形。

 未知の鉱物は、長い年月で風化し、苔に覆われて、まるで彫像のように島と一体化していると聞いていた。すっかり観光名所と化しているのだと。

 過去、ワイスマンから聞いた……かも……しれない。

 その正体は、嘗ての至宝であると。

 ノルド高原にある守護神像共々、嘗て至宝同士がぶつかり合い、共倒れになった結果であると。

 

 それが、動いている。

 失われた機能を何処からか補って、動いている!

 埋まった身体を取り出すように、腕と足を叩きつけ、島を震わせる。

 まるで島そのものが拍動を繰り返しているようだった。

 

 「――――――!」

 

 轟音と共に、巨体が動く。

 自分を地中深くに捕えていた楔を、開放しきったのだ。

 先程までより遥かに力強く、大地を踏みしめる……。

 そして。

 

 「――っ!!」

 

 真っ赤に、染まった。

 灼熱の気配から、間違いであって欲しかった。

 赤色の魔王にしか見えない!

 

 「      !!」

 

 ゴ、か。オ、か。判断がつかない、凄まじい咆哮を上げ、ブリオニア島の巨神が歩き出す。

 その両目が輝く! 意思も知性もない輝きだが、明白な『起動』を伝えながら……!

 

 爆発とも感じられる水蒸気が立ち上がった。

 島の外へと踏み出した一歩で、巨体に触れた海水が蒸発したのだ。

 

 「まさか……どこかに移動するつもり……!?」

 「どこかって、何処!?」

 「流石に分かんない!」

 

 エリオットが絶叫するように尋ねるが、私が知りたいわ!そんなの!

 だがこれは好機だ。非常にありがたいことに、奴はこっちを見ていない。

 

 「! 急いで船に乗れ! そっちの操縦はカタナに任せる! ミュゼ、オーレリア伯に連絡! 《銀鯨》にも連絡を入れて、周囲の船舶に注意を呼びかけるんだ。逃げるぞ!」

 「あいあいさぁ!」

 

 本当、レオノーラから操縦を習っておいてよかったよ!

 エンジンを掛けて島から離れていく背後。

 赤い巨神が、青い世界へと咆哮を上げた。

 

 空が、燃え上がった。

 まるで天すらも、己の世界であると象徴するように。

 そして『何か』が落下した。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 同時刻。

 

 ジュノー海上要塞。

 オルディスの北にあるこの要塞は、周辺貴族及び領邦軍の要である。

 

 この要塞は、ラマール州西部にある、ちょっとした半島の先端に置かれている。

 暗黒時代に建造された遺跡をベースに改装されたこの要塞は、鉄壁と言って過言ではない。

 周囲を岩壁に囲まれ、内部には大量の武器弾薬・食料や農耕設備すら兼ね備えている。

 5万人の兵力を、三年間に渡って維持し続けることが可能なだけの物資が保管されているのだ。

 

 近年の目覚ましい軍備拡張により、戦車や戦闘用の飛行艇すらも納入されている。

 無論、兵の練度も高い。

 何かしらの方法で、一時的にテロリストらが入り込んだとしても、そうそう陥落しないだけの質がある。

 

 しかし。

 そんな彼らですらも予想出来ない『攻撃』は起こりうる。

 

 異変に気付いたのは、見張りの兵隊だった。

 州の西端に位置する城塞からは、ブリオニア島もよく見えた。

 その島の上空が、突如として赤く染まったのである。

 

 燃えるような、真紅。

 不吉ながらも輝く空が、突如として島上空から広がった。

 青い空を塗り替えるように拡大したその真っ赤な空から――()()()()()のである。

 

 巨大な、火の塊が。

 巨大故に緩慢に見えるその落下は、一直線に空を裂いて突き進んだ。

 そして、橋へと直撃した。

 

 本来この橋は、籠城するためのものだ。

 内側に戦力を溜め込んだ城塞が、外部からの侵略を防ぐために破壊する物なのだ。

 あまりの衝撃に、何が起きたのか、それを理解できていた者は少ない。

 

 そう……例えば。

 城塞の意味がないほどに頭がおかしい火力が迫っていて。

 橋の破壊とは、イコール脱出経路の喪失に等しいのだということに。

 

 無論、落下してきた巨大な火の塊は、ブリオニア島の『欠片』だったと知る由もない。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 眠っていた至宝。

 嘗ての名を《紅の聖櫃(アークルージュ)》。

 

 全身を燃え盛る熱波で包み、偽りの巨神は進撃を開始する。

 

 城塞到達まで、残り2時間。




Q:流石にこの島に呪いの書物なんてないよね?
A:黒の史書ってのがあるのだ。……尤もそれをカタナが知るのは暫く先なのだが。

Q:ブリオニア島の温泉
A:閃Ⅳでリィンが入浴していた場所。
閃Ⅳでは危ない水質でしたが、あれは《黒》の影響で、地脈に影響が出ていたからでしょう。
閃Ⅰのこのタイミングならば安全だと判断です。

Q:結局《紅の聖櫃(アークルージュ)》ってどんな至宝なの?
A:不明。こればっかりは作者が推測するしかありません。設定は決めた!お楽しみに!

さあ章ボスも登場したところで、決戦へと向かいましょう!
オーレリア分校長(まだ分校長じゃない)が居ても、これは中々のヤバい敵!
どうなるんでしょうね!

次回「破滅までの距離」

感想評価お待ちしています。ではまた!
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