《黎の軌跡Ⅱ》発売ももう間近。どんな風に展開するのか楽しみです。
いつも感想・評価・誤字報告ありがとうございます。
今回は説明&助走回。
CXは次回からが本番です。では、どうぞ。
まるで空が落下してくるようだった。
空を橙色に染めながら沈む美しい太陽は、ブリオニア島で見る格好の風景だったはずだ。
それなのに――そのハズだったのに――!
私達は今、燃え盛る《焔》の雨中を、駆け抜けている。
雨にしてはサイズが違うがな! 車程もある雹の下を抜けていくみたいなものだ!
「やばいやばいヤバイヤバイヤバイ!! ええい、なんでこんなに遅いんだこのボート!」
「さ、最新式だってレオノーラさんは、言ってたけど……!?」
「民間の最新式だとやっぱ限界はあるかぁ!」
理性を凌駕する勢いで、私の本能が縦横無尽に四肢を動かしていた。
《結社》時代の知識をフル稼働させ、身につけた訓練を総動員して加速。波を切っていく。
アクセルは踏みっぱなし。エンジンはフルスロットル。背後から押し寄せる波を乗り越え、転覆しないように角度を変えて波濤を砕き、ひたすらにブリオニア島から距離を取る。
同乗しているのはエリオット。真横で並走する船を操っているのはフィー。
ラウラ、マキアスそしてミュゼ公女は向こうの船だ。咄嗟に乗り込み発進し、出来る限り、あの歩く巨神から距離を取っているのが現状。
私達の背後では、燃え盛る
そして虚空から、よく分からない燃え盛る塊を乱射させまくっている。
非常に、もの凄く幸運なことに、至宝は私達を狙ってきてはいない。
飽くまでも通り道に私達が居るから巻き込まれているだけだ。
このまま方向を変えて逃げれば、何とか――私達が巻き込まれる、その事態だけは避けられる。
しかし、逃げてどうなるか、といえば。
「逃げながらでも考えるべきことはあるぞ!」
ラウラが動揺する私達に活を入れた。
「尻尾を巻いて逃げるのは少々忸怩たる思いがある! 実習を壊されたままなのは腹立たしい……!」
ラウラが実に良いことを言ってくれた。
結果として何も出来なかったことと、最初から思考を放棄するのは全く別の話。
「とか言ってるけど、どうするの!」
「……分からん!」
鼓舞することはできても、具体的なプランが無かった。ある方が普通だが。
そうこう言っている内に、マキアスが叫んだ。
「自信満々なのは良いが――やばいぞ、これは命中する!!」
空からの燃え盛る塊が、私達の小型艇へと落ちてきていた。
巨大故にゆっくりに見えるが―― 一撃で数十アージュを破壊陥没してのけるだろう威力。
直撃せずとも、余波に巻き込まれただけで転覆。
迎撃するしか無い。
その迎撃も一歩間違えれば大火傷。
「っ弾くよ! マキアスこれ使って!」
運転をしながらのフィーが、器用に体を捻る。
脚ではペダルを踏みっぱなし、左手でハンドルを構えたまま、首で振り向き、右手を後ろに引くような姿勢。その右手には、銃とガルシアさんから貰った
荒波の中、ほんの一瞬だけ操縦桿から手を離したフィーが銃を乱射。弾丸と斬撃が
「せめて効果はあってくれよ……!」
同時、リンクを結んだマキアスが導力銃で隕石に向かって徹甲弾を叩き込む。
射出。リロード。射出。リロード。射出。リロード。フィーから預かった弾丸が尽きるまで。
砕くことは出来ない。だが僅かに軌道がずれた。
「足場出すよ!! ――《ニードルショット》!!」
エリオットが詠唱したアーツ。虚空から出現した岩塊が、飛翔していく。
ラウラは――その一つに足を乗せ、共に空中へと躍り出る。
「《地烈斬》空中版!」
《鉄砕刃》では距離故に危険だと判断したラウラは、空中で《地烈斬》を発動。
本来ならば回転して地面を抉る刃は、代わりに乗っていた槍を切り刻んだ。
「そのまま、繋げるよ……!」
ラウラの巧みな所は、攻撃を叩き込む前に、槍を塊へと脚で蹴り飛ばしていたことにある。
そして、本来は上からの振り下ろしで伝える衝撃を、逆回転させた。下から上へと振り上げる動きで、足場にしていたニードルショットを引っ叩いたのだ。
エリオットが苦戦しながらも操作した槍は、一直線に焔塊へと連なっていた。
ズドン!という衝撃音。
ラウラの《地烈斬》は、連結された槍を纏めて加速させ、衝撃と共に着弾……!
4人の連撃を受けた隕石は、目に見えて、軌道が変わった……!
「ナイス……!」
予想着弾地点が左手に変更される。
既に運転に戻ったフィーは、衝撃に備えて船を制御している。
当然ながら私も対処済み。やってきた波を越え、全員が思わず息を吐いた。
暫く、持ちそうだ。
……私達の力でも、連携すれば――空中にある攻撃を
「……な、なんとか……あの場を切り抜けることは……できるか……!」
「移動速度はそれほどでも無いようです……。私達をピンポイントで狙えるほど、感知も鋭くありません。このまま距離を取り続ければ、あの赤い巨人から逃げることは出来るでしょう」
冷静に分析したのは、ミュゼ公女。
どうやら向こうの移動速度に、射程範囲、標的になる条件などを観察していたらしい。
「ですが、あの巨人が何を理由に動いているかは分かりません。
「……そ、そうですね」
公女が、昨日の幽霊船及び接触してきた赤い魔王との関係を考えていない、とは思えないが。
淡々と事実を述べた彼女の表情は、私でも読み取れなかった。
「一先ず、オーレリア伯と《銀鯨号》に合流?」
「だ、だね。こっちに通信来た。フィー、着いてきて」
先程は遅い遅いと文句を言ったが、この小型船舶、民生品としては非常にハイグレード。カスタムもされている。被害の中心部から逃げるのには難があっただけで、安全圏を航海するのには何の支障もない。
この緊急事態を知ったオーレリア伯からの連絡を受け、指定された座標に舵を向ける。
「さてこっからが、大変だよ……」
中央に旗艦《銀鯨号》を置いた、堂々たる輪形陣を展開する船団が視界に入る。
私達を見つけたレオノーラが、大きく手を振って誘導してくれた。
何とか私達の安全は確保できたわけだが。
「どうすんだよ……あんなの……」
私だけでなく、あれを見た全員の感想だっただろう。
○ ○ ○ ○ ○
「着きました。お連れしました!」
「無事に合流できて何よりだ。疲れているだろうが話を聞きたい」
レオノーラに案内されて、艦橋に。
護衛船団の旗艦《銀鯨号》。かなり厳つい装備を揃えた護衛艦。戦車よりも大きな砲門に、対空用機銃、魚雷に、各種レーダーまで兼ね備えた立派な戦闘用の船舶だ。
タンカー、とまでは行かないが相当に巨大。150アージュ程はあるだろう。
私達が運転してきた小型クルーザーは、その船内へと格納された。
ウェルドッグ機能まで付いていた。
多々いる作業員の皆さんに迎えられ、無事に足を下ろした時は思わず座り込みそうになったが、時間はそれを許してくれない。申し訳ないけどオーレリア伯が呼んでいる、と言われては尚更だ。
オーレリア伯は、実に堂々と――銀鯨号の船長にして船団長であるいぶし銀の男性よりも――艦橋に陣取って、待ち構えていた。地図と海図とが置かれた机には、巨神の進行方向と速度が図形されている。
「私達も知っていることは僅かですが」
ラウラが代表して、ブリオニア島での出来事を話す。
熱が水源を温め、火傷で手配魔獣が倒れるほどの高温になったこと。
山を拍動のように震わせた後、動き始めたこと。
つい数時間前に始まり、島の獣らが逃げるのに便乗して慌てて小型艇で撤収してきたこと、等々。
ミュゼ公女が適度に補足していく。
オーレリア伯は静かに聞いていたが、ラウラが締めくくったところで、腕組みをしてふむ、と考え込んだ。
「……ブリオニア島の守護神か。……所感でいい。どう思う」
「私達では無理です。艦砲射撃を当てるのが一番早いと思います」
「まあ、そうだ。……アルビーはどうだ?」
「わ、私ですか!?」
いきなり質問が飛んできたのでちょっと驚く。
どうだも何も、ラウラが言ったことが全て、だと思う。常識で考えれば。
だが。
「
無論、私が《貴族派》であるというコトを言いたいのではない。
……ミュゼ公女が、私の元職場について知ってるなら、そりゃ伯爵も知ってるか。
ブルブランのことだ。しれっとオーレリア伯と社交界で挨拶してても驚かないぞ。
「艦砲射撃が一番威力がある、というのはその通りだと思います。しかし多分……通用するかは別かと」
「……ほう」
続けよ、と促される。
練度という意味で、ここの船団の人達は非常に優秀だ。おそらく初撃から当たる。
だが当たったとして向こうを行動不能まで追い込めるか、というと別の話だ。
「そもそもの、胴体の構成組織が頑丈です。一撃で沈められない以上、攻撃を重ねる必要があります、が」
「向こうはそれをさせてくれないと?」
「……はい」
失礼します、と机の上にある《紅い聖櫃》の写真を借りる。
遠距離で不鮮明だが、全体像は見えている。これならば説明はそう難しくないだろう。私の知っている知識を書き込んでいく。
あの巨神を突破する為に、クリアしなければならない条件は3つ。
1つは火の雨。下手に近寄ると降ってくる塊に焼かれ、砕かれる。
1つは燃える胴体。雨を掻い潜ったとして、灼熱に燃えているオーラを突破しないといけない。
そして最後の1つは、動き回る上にそもそもデカくて頑丈な奴だ、ということ。
「まず、あの灼熱の身体をなんとかしないと、いけないと思います。多分……射撃が当たっても……まともなダメージにならないので。……なので、最優先の部位。――ど、動力源を破壊すべきか、と。……ど、どこにあるか、分からないんですが……」
「候補だけでいい。上げてくれ」
可能性としてありそうな部分をチェックする。
まず胸部。如何にも大事そうな凹みがある。ここが一箇所目。
次は頭部。脳の位置。イメージも多分に入っているが可能性は高い。
後は……腰及び背中か。見た感じ、背中に
パテル=マテルや、ゴルディアス級を参考にしたデータだが、当たらずとも遠からず、だ。
「……ここ、3つ……だと思います。……ただ……向こうに最低限の判断力……行動の優先順位みたいな物があると……順々に破壊するのは難しいと思います。攻撃を察知したら、そこを優先して守るとか、こっちを狙うとか、そういうことが起こり得ますから」
パテル=マテルなら、それでも、手数で攻めればやがては弱点を破壊できる。
しかし燃え盛る巨神ともなると問題は変わる。近寄れない程に火が猛ってはどうしようもない。
そういう場合、本来ならば落ち着くまで様子見、という作戦を取る。
如何に優れた兵器でも補給無くしては限界があるからだ。
火が落ち着くまで待って、防御できない/移動できない状態で艦砲射撃を叩き込めば流石に止まるだろう。
だが……今この状態において、持久戦は選べない。
一刻を争う状況だからだ。
「……流石のジュノー城塞も、ブリオニア島近辺まで届く砲撃は有していない」
「はい。加えて航空戦力は、使えません。あの《火》の中を、飛ばすのは、不可能です」
正直、護衛船団でも直撃を受けたらヤバい。普通に轟沈しかねない。
それでも飛行艇よりはマシだ。
純粋な射程距離では、向こうが遥かに上。
ブリオニア島からジュノー海上要塞を狙えるのだ。
この船団はとっくに向こうの射程圏内に入っている。
現在、敵対行動を取っていないから狙われていないだけ……という可能性は十分ある。
まあ……逆に言えば――
「動きと焔さえ止めれば、後は私が殴って倒せる。必要なのは、そのお膳立てだ」
オーレリア伯の断言した言葉が響く。
この人なら本当に出来るに違いない。
まずはそれが頼もしかった。
○ ○ ○ ○ ○
今の状況はヤバい。
ヤバいどころでは済まされないくらいにヤバすぎる。
どこの勢力が、とかそういう問題ではなく帝国を揺るがす爆弾が歩いていると言って良い。
帝国各地にある火種に片っ端から火をつけて、後は野となれ山となれ、好きにしろというレベル。このまま内戦に雪崩込んでもおかしくない。
まず火力。
ヤツの火力は桁違いだ。見た感じ、それこそ地形を破壊してもお釣りが来る火力がある。
火力が問題なのではない。
回数や時間制限も問題ではない。
例えば、クロスベルとの国境に配置された列車砲。
確かにあれは脅威だが、飽くまでも『列車に運搬されている』というセーフティがある。
どんなに優れていても線路が無い場所に運ぶことはできないし、必然射程距離や安全地帯も分析出来る。正しいスペックを知れば、人々の脅威への認識は下がるのだ。
だがあの真っ赤な巨人はそうじゃない。
どんな火力なのか分からない。
上限の火力がどの程度なのか分からないということは、対応する側も行動に拍車がかかる。
即ち、対抗するための、防御力――ではなく。
どんな火力を持っていたとしてもそれを上回る破壊力を求めるようになるだろう。
『あの巨人ならこれくらいは』というバイアスが掛かる。
『これだけの火力と兵力があれば相手勢力など恐れるに足らない!』と言えなくなる。
そうなればもう競争だ。
最悪、巨人も吹っ飛ばせるが都市も一緒に吹っ飛ぶような兵器開発まで行きかねない。
それだけ、失われた技術は、危険なのだ。
七耀教会が必死になって隠すほどに……一部の人間以外には使えない、早すぎる贈り物なのだ。
勿論、問題はそれだけじゃない。
そもそも論だが、巨大な人形兵器が歩いている時点で
勿論『結社』の兵器や、帝国で研究されている技術として「そういう兵器」という発想はある。トロイメライ=ドラギオンのような古代の遺跡で発見される
しかし、だ。
忘れてはいけない。
リベールでリシャール大佐がクーデターを起こし、王国上空に謎の飛行物体が出現したことまでは知られていても、トロイメライ=ドラギオンを知っている人間がどれだけ居る?
私の周囲に居る皆は(幸いにも)理解しているが、《銀鯨》の船員さんですら大半は「本当にあるのか?」と懐疑的だった。ついさっきまでは噂話くらいだと思っていた。
人形兵器とは、そんな代物なのだ。
それがたった今、歩いて動いて武器まで使っている。
妄想だと馬鹿にできなくなる品物が其処にある。
研究を、数段階すっ飛ばしている。
となると、どの勢力もこぞって欲しがるだろう。解明しようとするだろう。
どこの勢力に渡っても……《貴族派》《革新派》のどちらに渡っても、それ以外に渡っても、どう考えても悪い方にしかいかない。待ち受けるのは今以上に熾烈な競争だ。火力の上限が取っ払われた、狂気の競争になる。
まだある。
今回の事件、誰が責任を取るのか。
ジュノー海上要塞への被害が出ている。
ブリオニア島の被害もあるがこっちはまだ些末。私達が巻き込まれたことすらもオマケに過ぎない。ミュゼ公女の負傷でもまだ軽い。
《貴族派》最大規模の要塞が破壊されたとなれば、当然ながら凄まじい口論の火種になるだろう。
《革新派》の仕業か。それとも《貴族派》の仕業か。あるいは他国や第三勢力の仕業か。
目覚めた原因は何だ? 予兆はなかったのか? 解明するのに引き上げるとして海上要塞の被害は引き上げる側が受け持つのか? 今後同じことが起きない保証があるのか?
私の頭が秒で考えただけでも種は尽きない。
そしてこうした問題は、時間を使えば使うほど悪化していく。
現在進行形で、被害が増えている。
これで万が一にでも、海上要塞が完全に吹っ飛びでもしてみろ。
カイエン公が責任を取って《貴族派》筆頭から引きずり下ろされるくらいならまだ良い。
所業が《革新派》だとでも主張されたらそのまま内戦スタートだ。
「だから一刻も早く止めないといけないのだが……」
「あと、2人、必要です」
オーレリア伯に比肩する、とまでは言わない。
だが私達5人が力を合わせた以上の攻撃が出来るだろう人材が2人。
それが被害なくヤツの導力部分を破壊する為の、条件だ。
「海上要塞までの到達時間は残り……90分弱か……」
ミュゼ公女の計算と、船団の計測、そしてエリオットが念の為にと取っていた記録。それらを突き合わせての数字だ。
這々の体で島から逃げ出し、此処に合流して、説明を終えるまで30分。
ブリオニア島から、ジュノー海上要塞まで……大体700セルジュくらいだったっけ?
私達の使っていたカスタム仕様の
あの燃える巨人は、私達の船、その半分くらいの移動速度らしい。
「……少し考えを整理する。5分後にもう1回顔を出してくれ」
オーレリア伯は私の伝えた情報を吟味する。腕組みをして黙り込む。
5分だけ、休憩だ。
○ ○ ○ ○ ○
《
これらがどんな『至宝』なのか私は知らない。この2つは伝承や情報が殆ど残っていないのだ。
だが……名前や、至宝の眷属、それらを信奉する人々の存在から推測はできる。
《
ゼウムとは博物館を示す“Museum”の“Seum”だと、どこかで聞いた覚えがあった。
ロストゼウムが“失われた博物館”という意味だとして、これが《巨の黒槌》と表されている。
確か……大地の至宝の眷属が、
だから、私はこう思った。
《巨の黒槌》は、その中に多種多様な技術や情報を蓄えた至宝なのではないだろうか。
そしてその眷属は、至宝の技術を形にする者らなのではないか、と。
《
あれらは人間の精神に働きかけ、幸福を与える至宝だった。
属性が《空》《幻》であったから、被実体的な形で人々に干渉したのだとして――。
――《
……遥かな過去、その《巨の黒槌》と《紅い聖櫃》がぶつかったという。
ぶつかったということは、何かしら互いの存在が、不都合――とまでは行かずとも、相性が悪かったのだろう。
肉体を満足させる願望器に対応するならば、精神的な部分を満足させるのが《紅い聖櫃》。
いや……精神、ではないな。もっと言うならば「感情」ではないか、と思う。
《フォルテ》等の闘争心を強化するアーツに代表されるように、《火》属性は感情を増幅させる側面も持っている。
《空》属性は、一定の空間内に居る対象の精神に働きかける力。
《火》属性は、個々人の心に働きかける力、と言い換えても良い。
「聖櫃、ですので。……何かしらの『宝』を封じてあることは、間違いありません。技術を封印した《黒槌》に対応するモノといえば、……魔術、ではないか、と」
「なるほどな。アルテリア法国に伝わる法術を始め、秘中の秘とされる術は多々ある。そうした魔術――それも人の心を満たす禁術を封じているのが《紅い聖櫃》。筋は通っている」
肉体的な願いに対して感情的な願いを。
技術に対応して魔術を。
《大地の至宝》と《焔の至宝》の違いが、そこだ。
「推測に推測を重ねた……上に、どこまでが正しい知識かは、分かりませんが」
「十分だ」
この知識も、どこまでが封印措置されているか分かったものじゃない。
『結社』時代から今までの経験と、ワイスマン経由で得た情報を混ぜ合わせた、雑すぎる仮定。
それでも今は問題がない、とオーレリア伯は頷いた。
「奴が乱射している火の塊はなんだと思う? 実体がある。純粋な魔術ではあるまい」
「……考え、られるのは」
嘗て二つの至宝がぶつかった時、両者の戦いは終わらなかったという。
眷属らが途中で止めることを望んでも止まることはなかった。そして二つは融合した。
その後、力は■■■■となり、■■■■は■つの■■となって帝国各地に散ったと聞いている。
(あー、これ思い出せないようになってるわ)
ついでに言えば無理やり言葉にすることも出来なくなっている。
悪態を吐きながら、私は言葉を選ぶ。
つまり――至宝の持っていた力は、ほぼ失われている、と言って良い。ならば。
「先程目覚めて手に入れた……ブリオニア島の地盤と……」
「ふむ」
「《大地の至宝》との……残骸……戦いの最中に残った……燃え滓みたいな物ではないかと」
あの隕石で燃え滓とかどんな規模かと思うが……至宝の激突でオスギリアス盆地が生まれたくらいなのだから、残骸でもそのくらいになっておかしくはない。
加速と燃焼があるから死ぬほど厄介なだけで、無尽蔵ではない、と思う。多分。
「それだけ聞ければ十分だ。純粋な魔術ではなく物理が届くならなんとでもなろう」
「……あの、オーレリア伯?」
「色々考えたのだがな。時間を無駄には出来ない。となると私が奮戦するしかあるまい」
「いえ、あの、紅蓮の衣があるんですが……!?」
ただの熱、炎ではない。
至宝の焔だ。流星雨こそ
防火性能をちょっと上げた程度では到底どうにもならない物なのですが……!?
「伯爵がどれくらいに優秀でも、無傷は無理です!」
「うむ。だからそれを承知した上でだ」
オーレリア伯は、実に当然のような姿勢で告げたのである。
「私が三箇所破壊しよう。無傷に拘っているが、犠牲を織り込むなら可能なのだろう? ――何、たとえ焼かれても破壊はやってのける」
女傑らしく、私達を見て言い放った。
「
「三角跳びの要領で連撃を叩き込もう。ということで諸君らには、足場の小型挺の操縦をお願いしたい」
そうすれば後は艦砲射撃でなんとかなるのだろう?
彼女はそう言った。
唖然とする私とラウラの前、ではそういうことで、と作戦を詰め始める伯爵だ。
確かに……私達4人で軌道を変えられた焔塊だ。
オーレリア伯の技量なら、打ち返すことすら可能かもしれない。しかしそれでも――それらを掻い潜って接近して、――その後、全身が焦げるのを覚悟して切り飛ばす?
怯懦や恐怖を微塵も感じさせない、その姿。
この人なら本当に出来るに違いない。
二回目のその感覚は、頼もしさを通り過ぎて戦慄するほどに、強く大きかった。
○ ○ ○ ○ ○
「……カタナよ」
「……うん」
やると決めたら、オーレリア伯の行動は早かった。
作戦実行場所を《銀鯨号》の船長と詰め、更には海上要塞側に連絡を入れて、迎撃の準備を整える。
幾度となく言った『危ないんです』『ヤバいんです』の情報を『肉体で解決する』と言われてしまっては、何も返せない。司令室から退室して、思わず互いの顔を見合わせていた。
「……あれが頂きなのだろうな……」
「…………そうだねぇ」
オーレリア伯の言っていることは無茶苦茶だ。
だが――だが――しかし――心の何処かで『出来るのでは?』と思ってしまった自分が居た。
そして本当に出来てしまいそうな人の顔も、浮かんでしまった。
アリアンロード様、マクバーンさん、ワイスマン……頑張ればレオンハルトさんも行けるか?
ノバルティス博士やエルロイ様なら武器兵器で何とかするだろうし……。
カシウス准将や……アイン・セルナート総長や……《剣仙》ユン・カーファイ……。
……参ったな、出来そうな人が居るぞ?
「無傷で」となれば相当ハードルが高いが、「急所を狙って破壊するだけ」なら、行けそうな気が、する。
「父上も出来る気がする……」
「出来るの!?」
「……多分」
帝国最強とも謳われる《光の剣匠》ヴィクター卿なら出来るという。
オーレリア伯の現在の実力がどれ位かは分かっていないが、父に匹敵するなら出来るだろう。
ラウラはそう告げた。
「……私達は、まだまだ弱いのだろうな……」
「……そだね……」
比較対象が悪すぎる、と言うことは簡単だが。
ラウラの言葉に込められた歯痒さと悔しさを感じ取った私は、頷くしか出来なかった。
「私達は、弱い!……それを嫌でも、自覚する……!」
「本当。……私も、実力不足を痛感したし……。……視野が狭くなってた」
互いに、苦味を噛みながらの、会話だった。
これじゃノーダメージで、と考えていた私達が馬鹿みたいである。
「学生の……私達全員の安全を意識しての作戦なのだから、カタナ、其方は正しいだろう」
「……参ったなあ」
入学したばかりの頃は。
犠牲を関係なく考えれば出来る、と簡単に作戦を立てることが出来ていた。
なのに何時の間にか、犠牲を限りなくゼロにしたいという思考で、取り組んでいたようだ。
即刻の撃破のためには、犠牲を込みで立案する必要もあるというのは、当然の視点。
それを失ったのは、良いことなのか、悪いことなのか。答えは出そうにない。
「……他に方法は、無いのかな……」
「……時間は無いが、考えるだけなら手伝うとも」
かなり内心落ち込んでいるラウラだが、それでも私を気遣ってそう言ってくれた。
まあ、オーレリア伯に全部任せてしまったら良い、というのは本当にその通りだ。
けれども――島から逃げる時に、ラウラが言った言葉を私は忘れては居ない。
――実習を壊されたままなのは腹立たしい……! と。
そうだとも。
これで実習終わりだなんて、こんなに悔しいことはない。
フィーも、エリオットも、マキアスも、同じ気持ちであると信じたい。
「二人してどしたの?」
胸にある忸怩たる感情が、塊のような息になる直前、フィーが戻ってきていた。
私とラウラ、ミュゼ公女がオーレリア伯の元に行ってる間、他の皆はそれぞれ別の手伝いだ。
エリオットは《紅い聖櫃》の情報を分析して船団の人らと纏める。
マキアスは消耗した備品や、実習周りのあれこれの始末。
そしてフィーは、運転してきた小型挺の報告を、整備士さんらに引き渡して、だ。
「……いや、帝国の化け物っぷりを理解してちょっと」
「ふうん? ……ま良いや。お客さんが来たよ。どうもカタナとは知り合いらしいけど」
「お客さん?」
――私を監視している誰かがいる。
とか、ミュゼ公女は言っていたか。
(……ブルブランでも来たのかね?)
この状況で笑いながら手を貸してくれる人間――『結社』関係の人間か? と思って、立ち上がった。
フィー曰く、後部甲板にやってきた、とのこと。
《銀鯨号》後部甲板は少々広めの空間が取られている。ちょっとした武器を置いたり、静止した飛行艇とのやり取りが出来るように、という空間だ。
「普通は、船長、そしてオーレリア伯に連絡を入れるのが筋だと思うけど……」
「既に許可は取ってあるんだって。折角だから二人のところまで案内して欲しいみたい。レオノーラはどっか行っちゃったし」
「? ……そんな知り合い――」
居たっけな、という疑問を浮かべながら、私は後部甲板へと足を運ぶ。
そして、見た。
《銀鯨号》の上空に、一隻の飛行艇が翔んでいた。
「あれが《焔の至宝》……その断片とはな……。ノルドの巨神が動いたとガイウスから聞いた時に、よもや、と思ったが……。こちらの異常に呼応したか」
老人は、後部甲板から移動する災害を確認し、視線を尖らせる。
彼の上空には、一隻の飛行艇。白く丸みを帯びた小型の船体には、数字が刻まれている。
「遺物らしい古書があると聞き、回収するために足を運んだが……これも巡り合わせか」
私が向かった先、既に着艦の挨拶は済ませてあると聞いて顔を出せば。
居たのは、一人の神父だ。
外見こそ老いているものの、その充実した精神と肉体には覇気が満ち溢れている。
老練にして柔軟。巌のような体躯を持ちながら、野生動物の如き機敏さを兼ね備えた戦士。
白い船体に刻まれた数字は――08。
私は思わず、叫ぶように呼んでしまった。
「バルクホルン神父――!?」
アルテリア法国所属《
《
ノーザンブリアとも因縁深い、あの《吼天獅子》グンター・バルクホルンが、そこに居た。
Q:オーレリア「色々確認したが、命を捨てる覚悟で攻撃すればなんとかなるんだな。良し」
A:ま、まあアンタほどの人がそう言うなら……。
という状態だが、なんとかして五体満足での帰還を希望したいカタナであった。
Q:バルクホルン
A:ノルド高原の元《巨の黒槌》も、《紅い聖櫃》稼働に伴って若干ではあるが動いたらしい。
そちらはリィンらが対処したが、事情が事情だけにバルクホルンが顔を出してフォローした。
その後、ブリオニア島側での事件がそもそもの発端だと把握。合流という流れ。
Q:《
A:近藤社長へのインタビューで「ロストゼウム」自体は造語であると語られていました。
開発スタッフさんがそれっぽい単語を挙げた結果であり「ゼウム」が
《紅い聖櫃》の眷属が《緋》ローゼリア率いる魔女の皆さん。感情を満たす魔術師。
《巨の黒槌》の眷属が《黒の工房》に所属する地精の皆さん。肉体を満たす技術者。
こう考えると結構いい感じに対応(ライバル関係)しているのではないか、と言う考察です。
次回「灰は灰に、塵は塵に、そして紅は紅に」
バルクホルン(まだ聖痕持ち)が来てくれたとは言え、ギリギリであることには変わりなし。
もう1人くらいどっかに居ないものか……ということで頑張れカタナ。
探して交渉するのは君の役目だ。
そして交渉後、一撃入れるのはB班全員の仕事だ。
ではまた次回!
黎Ⅱの発売前に投稿できたら良いな……!
考察:護衛船団《銀鯨》/旗艦《銀鯨号》。
軌跡世界の洋上船舶がどの程度なのか資料が少ないのですが……オルディスに停泊していたタンカーや、スーちゃんナーちゃんが任務で潜り込んでいた豪華客船などを見るに「全長」も現実と大きな違いは無いように思います(最高速度や積載火力の違いはありそうですが)。
そもそも全長250アージュ(250m)のパンタグリュエル級/ガルガンチュア級という『飛行艇』がある時点で、海に浮かす船の製造は、それより簡単でしょう。
となると全長300アージュ(300m)くらいは見積もって良いはずです。
護衛船団の旗艦なら、その半分。150アージュくらいあって良いのではないか、という判断です。
現実だと海上自衛隊の小型駆逐艦や、米国アーレイ・バーク級がこのくらいのサイズですね。