カタナ、閃く   作:金枝篇

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黎の軌跡Ⅱ、発売。
ですが、暁の軌跡も最終章が終わり、EDも終わり、《戦争卿》PUです。終了も近いですね。
サービス開始からやっていますが、良いシナリオでした。レミフェリア周りの補完も多くて満足。
カタナの母関連もありますので、作中どっかで触れたいですね。

ということでいよいよ実習三回目も大詰め。
どんどん加速して盛り上げていきます。
……考えていた次回以後のネタが黎Ⅱと被ったんですが! 気にしない!

では、どうぞ!


灰は灰に、塵は塵に、そして紅は紅に

 私とバルクホルン神父の関係は、実を言えば直接的にはそんなに太くない。

 ただ、ワイスマンと共にノーザンブリア方面に足を運んだことはある。

 

 破戒僧として出奔していたワイスマンは慎重にコトを進めていたが、その分、顔が知られていない私は工作員としてあれこれやった。色んな人に出会った。まあ向こうは私をおぼえていないだろうが色々。

 バレスタイン大佐の部下だった人とか――クロスベルで見かけた少女とか――バルムント大公とか――その護衛職とかいう大型手甲を両腕に備えた一家とか――大公の縁戚である怜悧な少女とか――まあ、色んな人に。どこかで遭遇する機会があるかもしれないね。

 

 さておき、私はノーザンブリアであれこれ動いていたわけだが、バルクホルン神父との対面はこれが初。

 当然だ。私みたいな雑魚が《星杯騎士団》と遭遇してなんとかなるはずもない。

 だから慎重に――見つからないように、補足されないように、頑張って仕事をした。それはもう慎重に、何よりも捕まって任務失敗とならないように、工作員として頑張りましたとも。

 

 「ノルド高原で騒ぎがあったとは聞いています。ゼクス中将が、共和国相手にひりついたと」

 「うむ。そちらも完全に問題が解決したわけではないが……上層部が動いてくれるようだ。一触即発ほどにはならない。故に急いで、原因だろうこちらに駆けつけた次第」

 

 《銀鯨号》の艦橋。

 オーレリア伯と並ぶ、バルクホルン神父。

 堂々たる体躯は、どこまでも広がる大地のような厳格さと強靭さを思わせる。

 元々決して広くなかった艦橋は、神父が入ったことでますます窮屈になった。

 案内も終わったことだし、撤収させてもらおう。

 とか思っていたら。

 

 「昨日のことだ。ノルド高原にある主が、動いたと報告があった」

 「……ブリオニア島の巨像とよく似たと言われているあれですか」

 「然り。幸いにもノルドの民には影響がなかった。危険からは離れることが出来る遊牧の民だからな。だが……発生した地震は広域に渡った。帝国の監視塔だけならばまだしも、国境を超えた共和国の基地にも被害が出た始末。当然ながら共和国の反発があったが……そこは、トールズの」

 

 と、私を見る。

 そこで振りますか。

 

 「リ、リィン達、ですか」

 「地震と、それに便乗して発生したテロ事件を、双方に非が無いと証明をしている最中だ。となれば後は、巨神が動いた理由を探るのが最善だと判断し、駆けつけた次第」

 

 その事件、まだ解決の途中だという。

 今頃は実行犯を追いかけ、ノルド高原を馬で駆け回っているだろうとのことだ。

 リィンらならば解決は可能だと判断し、バックアップ(政府やゼクス中将の支援)も整えた。

 これ以上、巨神の被害が出ないようにと行動を切り替えた、ということだった。

 

 その迅速な判断、この状況ではとても、とっても有り難かった。

 オーレリア伯の負担が、3つから2つに。

 神父が請け負ってくれることになったからだ。

 

 「し、承知しました。……では、巨神が動いた原因ですが……」

 「報告にあった幽霊船。いや、その裏に居た燃え盛る怪物と見ていいだろうな」

 

 オーレリア伯は腕組みをしながら考察を続ける。

 脱出の機会を逸してしまった。しょうがないので議論に参加する。

 幽霊船騒動からまだ1日。しかし伯は、あの真っ赤な魔王に心当たりがあるようだった。

 

 「伝説の……魔王の話か。私も伝承くらいは知っている。嘗て《獅子戦役》で姿を見せたという呪われた怪物だな。……倒されたと聞いているが、あの手の存在は意外としぶとい。切っ掛けが有れば目覚めよう」

 「“どうやって(How)”はそうだと思います。……“どうして(Why)”は」

 

 整理をしよう。

 今回の事件、実行犯は『結社』だ。

 彼らがあの巨神に何かをした。『結社』のオカルトアイテムならなんとでもなる。

 その結果、アレが動いた、として。

 あの巨神は、遥か過去に2つの至宝がぶつかった結果の副産物……。

 何かが引っかかった。なんだろう。微妙に繋がっているようで、繋がっていない。

 

 「……そうか」

 

 暫しの後、私は結論に辿り着く。

 『結社』がアクセスしたのはブリオニアの巨像なのに、実行犯が《紅き魔王》になっている。

 この差、この食い違いは見過ごせない。

 

 「アルビー? 何に気付いた?」

 「か、勘違いしていました。私は、……『結社』があの巨神を動かしたのだと思いました。それは間違いではないんです。ただ方法が違う。多分……連中」

 

 頭に浮かぶのは、ルナリア自然公園での一件。大地を流れる気脈に咲いたプロレマ草。

 龍脈がブリオニア島からノルド高原にまで広がり続けているならば、それは即ち首都にも通じているということ。――発想を逆にするのだ。これらを纏めて説明する結論がある。

 考古学、技術、知識、そして《蛇》の発想。

 全てに触れていた私だから、いの一番に気がつけた。

 背筋に嫌な汗が流れている。

 

 「連中……」

 

 口に出してみると、それが事実であると確証が持てた。

 

 「《紅き終焉の魔王》の願いを、叶えたんです……! 多分……!」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「《盟主》様からの許可があるとはいえ、こんな辺鄙な場所に足を運ぶなんてねぇ。そんなに楽しみなのかい、《博士》」

 「そうだな、楽しみではある」

 「実験に?」

 「いいや。実験の結果がどうなるかは分かっている。()()は成功する。結果が分かっている実験は大して面白くもない。面白いのは、影響力だ」

 「なるほど。火をつけるのは自分の意志。どう燃え広がるかは分からないと」

 

 そういうことだ、と頷いた老人は、歩を進める。

 これより自分たちは火をつける。呼び水となる火を。

 だがその先は、人の関与することではない。

 

 《紅き終焉の魔王(エンド・オヴ・ヴァーミリオン)》が主導となるのだから。

 

 《幻焔計画》において、帝国全土に眠る《騎神》の覚醒は必須事項。

 ヘイムダルの王城地下に封印された、嘗ての《緋の騎神》テスタ=ロッサもその対象だ。

 だが、悪竜の血を浴びて邪悪に変貌したままでは、計画に使うことは難がある。

 ならば、どうするか。

 

 「で、具体的に何をするのさ。言われた通り、持ってきたけど。……これは……もう使い物にはならないでしょ」

 「普通に考えればな。これは言うなれば――エンジンが壊れ、燃料もなく、発生したエネルギーを循環させる方法もない、ただの塊だ。通常の軍隊でもさっさと廃棄処分するのが一番だろう。だが」

 「だが?」

 「逆に言えば、それら全てを補えば、どうかな?」

 

 《博士》の言葉を理解した《道化師》は「へえ」と笑った。

 簡単な話だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 《輝く環》は本来、人間の願いを叶えるための至宝だ。

 だが……どんな道具も、使い方次第。

 

 まず1つ。

 少なくとも彼の至宝が、竜の力すらも抑え込む力を持っていることは確かな事実だ。

 リベール王国に居を構えていた、至宝の守護者レグナート。

 嘗て彼は魔力を《ゴスペル》に封じられた後、ワイスマンに暗示をかけられた。

 

 そして更にもう1つ。

 もうすぐ願いが結実する――そうクロイス家から報告が上がってきている《幻の至宝(デミウルゴス)》。

 その至宝は、人々の願いを叶える負担に耐えきれず、自分自身を消すことを願ったと言う。

 即ち《至宝》の願いは、同じ《至宝》ならば、叶えられる前例が有る。

 

 ならば悪竜の血に汚染された《紅き終焉の魔王》の願いを叶えることは、可能なのではないか?

 それがノバルティスの出した結論だった。

 

 「確かに今のところ《幻焔計画》の準備は恙なく進んでいる。しかし不慮の事態は何時でも起こりえるのだ。……であれば備えは幾らあっても良い。特に《器》に関しては」

 

 勿論《魔王》を浄化して使えるならばそれに越したことはない。

 だが《魔王》が浄化出来なかったとしても。

 既に7つに分かたれているのだ。追加でもう1つ増やしても支障は少ない。

 《騎神》の1つを、更に分割させると表現できるだろうか。

 

 この作戦にはもう1つのメリットがあった。

 

 「ゴルディアス級や帝国での量産品では足りないかもしれないと?」

 「どうだろう。だが使えるものは出来る限り使えるようにしておくのが、技術者の責務と言うものだ。仮に悪い方向に転がったとしても構わない。どんな方向に転がろうとも()()()()()()()

 

 僅かでも力が注がれた《紅の聖櫃》を()()()として扱うことが出来る可能性がある。

 

 「だからこれでメンテナンスをしたいと。なるほど、僕を呼んだ理由が分かったよ」

 

 ――()()を少々借りたいと言った理由もね。

 

 カンパネルラは手を高く掲げる。

 その掌の中に、輝く光が生み出された。

 

 「しかし、良いのかい? 手に入れた情報によれば、この島で帝国の学生が実習をするらしいよ。その中には……あの執行者候補生だった娘もいるみたいだけど」

 「あんな使えない奴がどうなろうと一切興味が無いな。仮に何かが琴線に触れるようになったら、その時はその時だ」

 「……《白面》みたいに性悪く扱ってないのと、どっちがマシなんだか」

 

 そして何より大事なこととして。

 これらの仮定と過程とが全部失敗したとして、デメリットは一切ない。

 

 「ならば試しても良いだろう?」

 

 《博士》の言葉に肩を竦めたカンパネルラは、掌の光に言葉を告げる。

 

 「さあ、七の至宝。その力の一端を、見せてもらおうか」

 

 《輝く環(オーリ・オール)》が、震えた。

 

 ――そうして。

 ――空の至宝は輝き《紅き聖櫃》に火を入れた。

 

 炉に焼べられた力は、帝都ヘイムダルへと――その地下に眠る《魔王》に――そして《魔王》に眠っていた、偽帝オルトロスの怨恨へと流れ込んだのだ……!

 暗黒竜の邪悪な本流を制御し、願いを叶える形を整えた!

 

 《魔王》に眠る怨念は、自由に動くための手足を欲したのだ。

 お誂え向きの、空っぽの器があった。地下に封じられ動けない己に与えられた、新しい体。

 ノルド高原にあった《巨の黒槌》と、ブリオニア島にあった《紅き聖櫃》だったのだ!

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 「ただ、これでもまだ分からないことがあります。何故、ミュゼこ……ミュゼが狙われたのか」

 「……」

 

 推理を告げた後、私の投げた言葉に、ミュゼとオーレリア伯は口を噤んだ。

 『結社』の計画は、当たらずとも遠からずだと思う。アイツラならそれくらいはやる。所属していた私が言うのだから間違いない。だが――そんな私でも、まだ繋げられていないピースは有る。

 あの幽霊船で見た《魔王》が、公女を狙った理由。

 おそらく何か禁忌があるのだろう。表沙汰に出来ない、カイエン公爵の闇が。

 私が追求して良いものかと迷ったが、此処まで来たら触れない訳にはいかない。

 

 「呪本、幽霊船、そして巨神。全てに呪われた《魔王》……ひいては《偽帝》オルトロスの影があります」

 「………」

 「なら、これらとミュゼとはどんな関係が……あるんですか?」

 「子孫です」

 

 他の誰が反応するよりも先に、公女が言った。

 簡潔な言葉と――そして一瞬だけ見せた鋭い眼光は、聞いていた私達に他言無用だと念を押すのに充分だ。オーレリア伯も、バルクホルン神父も、そして《銀鯨号》の乗組員も、理解する。

 ……なるほどね。

 《偽帝》オルトロスは、ドライケルス大帝によって撃破された……というのは歴史書に残っている。

 だがそこから先の記載は不鮮明だ。普通に考えれば極刑だろうが……内乱で荒れ果てた帝国内の秩序維持や、巻き込まれただけの国民の生活を考えれば、一族郎党皆殺しとまでは行けなかった、ということか。

 ドライケルス大帝の判断に今更何を言っても仕方がない。

 

 「……なる、ほど。だから……ですか」

 

 赤い魔王は、この時代での自分の依代とか……人間としての駒が欲しかったのだろう。

 幽霊船が公女を襲ったのは、そういう理由だ。

 

 「オーレリア伯、先日預けた魔本は、どちらに?」

 「それなら此処に――」

 

 と、そう言った瞬間だった。

 

 「――伏せろっ!」

 「いかん!」

 「っや、ばぁ!」

 

 順番に、オーレリア伯、バルクホルン神父、そして私。

 伯が持ち上げた頑丈そうな大鞄が、燃え上がった。

 否。

 爆発した。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 その爆発は、艦橋内を荒れ狂う。

 やばい、と思った時には体が動いていた。一番近くに居たミュゼ公女を強引に床に引きずり倒し、その上に覆い被さる形で保護。顔への熱射を防ぎながら、微かに開いた目で把握する。

 燃え上がった、ではなかった。厳重に梱包されていた本は、まるで《偽帝》の執着を表すかのように絶妙なタイミングで、内側から梱包ごと爆ぜたのだ。

 背中から後頭部に感じる痛み。致命傷では、ない!

 

 そのまま爆発が数分続けば私達は黒焦げになっていただろう。

 だが、その紅い呪いは――相手が悪かった。

 あんまりにも相手が悪すぎた。

 

 「はぁあっ!」

 

 腰の剣を引き抜いたオーレリア伯が、艦橋の天井を掻っ捌く!

 頑丈な鋼鉄の船体が、その上に載った電探が、通信網が、丸ごと纏めて斬撃に飲まれていく。

 明らかに腰の剣のリーチ以上の距離が――室内を蹂躙していた爆風ごと切断!

 

 「ぬ、ぅん!」

 

 そして斬撃によって生まれた余白に、バルクホルン神父が滑り込んだ。

 床を軋ませる程の震脚――床どころではない。船体全体が衝撃で揺らぐ。船を中心に数アージュの高波が発生し四方八方へと拡大。

 獅子が吼えたような裂帛の気合と呼気が、残っていた紅蓮を掻き消した!

 

 「《雷咬牙》……!」

 

 神父のそれは恰も獅子が牙で飛び掛かるような動き。振るわれた拳が、燃え盛る魔本を直撃。

 同時に法術が発動。

 《偽帝》の怨嗟ごと全てを一瞬で封じ込めた!

 秒単位での出来事。

 

 (む、無茶苦茶だ、この人ら……!)

 

 爆音の残響こそ耳にこびり付いている。

 だが室内は静寂を取り戻していた。

 

 「流石のお点前で」

 「いえいえ。そちらこそ」

 

 常識外れの武人ら2人は、今の一瞬で理解し合ったのか、互いに握手を交わしていた。

 そして即座に切り替える。

 

 「船長、無事か?」

 「そちらも無事……」

 

 オーレリア伯は船団の船長を、神父は私達を引き起こす。

 おっと、そういえば私は庇いっぱなしだった。胸元に抱えていたお陰で、公女に怪我はない。

 

 「……無事だとは言えんな。痛みは?」

 「はえ?」

 

 あ、私のことか。神父に言われて己を見返すと。

 ……髪が若干焦げて、髪で防ぎきれなかった部分が赤く爛れている。

 痛みは……ある。痛みがあるなら重傷ではない。幸いトールズの制服は頑丈だ。この戦いが終わった後に治療をすれば、背中に跡が残るくらいで済むだろう。

 

 「だ、大丈夫です。それより、あの本は」

 「封じた。本国か政府か。少なくとも陸地の専門家に渡すまで、もう暴れはせん」

 「私の不注意だな。相当厳重に包んだつもりだったが」

 

 私の『大丈夫』に懐疑的な顔をしながらも、バルクホルン神父は触れずにいてくれた。助かる。

 オーレリア伯が厳重にと言ったのなら、多分本当に厳重だったのだろう。

 その予想を上回った《偽帝》の呪いも流石だが、この場に《守護騎士(ドミニオン)》が居たのが運の尽きだ。

 

 「な、なんで今のタイミングで……爆発したんでしょうか……」

 「うむ。……時間経過での罠、という可能性もあるが」

 「業を煮やした……」

 

 立ち上がったミュゼ公女は、幾分か風通しが良くなった艦橋――艦橋だった場所で。

 焦げて半分くらい消えた海図を指でなぞりつつ、今なおも進撃を続ける至宝の残滓を確認する。

 

 「本来の、あの巨神の力は……あんな物ではないのでしょう? 予想以上に動けない、力がない、上手くいかない、と気付き、私にもう一度接触しようとした」

 「あ、あれで不満、ですか」

 

 ……冗談ではなく火力が高いが、しかし《至宝》として見た時には全くの力不足、というのは正しいか。

 

 「ただ、アンテナを増やそうとしたのは、単純な力不足ではありませんね」

 「と、言うと」

 

 船長は、立ち上がって船員に指示を出している。

 艦橋が吹っ飛んだ事実は、船員及び《Ⅶ組》にもとんでもない驚きを提供したようだ。

 それでも全員健在だと分かると各々、指示された仕事へと戻っていく。

 ラウラ達には心配をかけているだろう。……でも今は公女の推測を聞いておかないと。

 

 「どうしてジュノーを狙い進軍しているのだと思います?」

 

 進行方向と速度、体の角度から、ヤツの目指している場所ははっきりしている。

 というか攻撃されている。蜂の巣をつついたような大騒ぎだろう。

 

 「き、距離とかでしょうか?」

 「確かにあの場所は半島ですが、あの巨神の移動速度なら、要塞に行くのもオルディスに行くのも大した違いは無いと思います。……むしろこう考えて見て下さい。――()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それは……何故だろうか?

 ミュゼ公女は結論を先延ばしにしなかった。

 

 「簡単です。標的を知らないんです。アレは」

 「……え? ……あっ……そうか…! ドライケルス大帝が、ヘイムダルの地下に、奴を封印して250年! その間《偽帝》は――外部から遮断されたまま……!」

 「そういうことです。だから私を欲しがった。器と、私の持つ最新の知識を」

 

 執念、怨恨こそ熟成し続けた。

 《輝く環》が願いを叶えられるほどに強い憎悪が宿っている。

 だが奴は《獅子戦役》で倒された当時の知識から、アップデートされていない。

 だから新鮮な情報を欲しがる。

 だから狙う場所が限られている。

 

 「狙ったのは、ジュノー海上要塞ではなく……()()()()()()()()場所ってこと……!?」

 

 既に“跡”となった海上要塞の前身を破壊しようと、狙ったのだ。

 単純な被害で言えば、オルディスを狙ったほうが大きい。

 軍備と民間人、どっちが戦争に重要かと言えば前者だが、世論を揺るがすと言えば後者。

 私は……あの巨神がオルディスを狙わなかったのは、カイエン公爵に縁がある場所だからだと思っていた。『結社』や《貴族派》が裏で糸を引いていたとしても、民間人の殺戮は避けるだろう、と。

 だがそうではなかった。

 

 「一瞬でしたが、私の前に赤い魔王が姿を見せました。私に手を伸ばしました。阻止して頂かなければ、今度こそ飲み込まれていたかもしれません」

 

 だが、それは阻止された。

 そして情報はアップデートされないまま。

 

 「現在のオルディスのことを知らないまま……!」

 「はい。幸運でしたね」

 「となると、少なくともこれ以上の民間人の被害は考えにくい、ということか」

 「時間の問題ではあるがな」

 

 今は「オーレリア伯が対処する」という通達を出してオルディスの海軍戦力を牽制し……ているとのこと。

 だが流石に上陸して暴れまわったら、海上要塞以外の戦力も《紅の聖櫃》討伐に動き出すだろう。一般庶民まで情報が漏れることになる。

 今以上に悪い状況に陥るのは勘弁して欲しい。

 

 「伯爵。小型艇で、海上の巨神を迎撃するという作戦ですが」

 

 頭に包帯を巻いた船長が提案を出した。

 爆発で怪我をしても平然とした、これまた逞しいオジサマだった。

 (因みに私の火傷も、船長さんの包帯も、バルクホルン神父が応急手当をしてくれている)

 

 「何か問題が?」

 「この旗艦はもう使えません。艦橋の設備を丸ごと取り替えないといけないんで」

 「……緊急事態だった。許せ」

 「気にしないで下さい。ですが、折角ならば最後まで有効活用してやろうと思いまして」

 

 私達が居るのは“艦橋だった場所”だ。

 ここまで風が吹き抜けては、護衛船としては致命的。でかいだけの荷車にしかならない。

 まあ指示は出来るだろうけど、ねえ。雨も波も大型魔獣の攻撃も防ぎ辛いとなればちょっとね。

 

 「……良いのか?」

 「最後に一発でかいのをぶちかまして役目を終えるのも良いでしょうな!」

 

 はっはっはとオジサマは笑う。

 小型船より防御力もある。一回くらいなら隕石を受けても切り抜けられる。熱波を浴びる時間も減る。

 母船を失うことは船乗りにとって酷な筈だが、《銀鯨号》の団長は豪快に決断をしてくれた。

 

 「既に指示は出してあります。貴重品や資料は他の船へと移しました」

 「そうか。礼を言う」

 

 では、とオーレリア伯が外套を翻した。

 

 「私はこの旗艦と共に正面から迎撃に当たる。ミュゼ公女は他の船舶で避難、後、指揮はそちらからお願いしましょう。……アルビー。そしてトールズの《Ⅶ組》。バルクホルン神父の指示に従うように!」

 「さ、最善を尽くします……!」

 

 しまった。途中からラウラと交代しておくべきだったと思ったがもう遅い。

 先程ミュゼ公女を守ったこと含め、どんどん信頼が積み重なっている気がする。

 ……返事をした以上、頑張ろう。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ごめんラウラ……。本当はラウラが作戦を聞いておくべきだったんだろうけど」

 「気にするな。何事もタイミングというものがある」

 

 ごめんという私の言葉の返事は激励だった。

 背中を叩かれそうになったが火傷があったのでそれは遠慮した。

 既に《銀鯨号》からの脱出はほぼほぼ完了している。元々の指導が行き届いていたのだろう。不測の事態に備えて、持ち出しに時間が掛かる物は最初から持ち込まず、捨てる覚悟を持て、と。

 

 「バルクホルン神父、よろしくお願いします」

 「ガイウスの同窓、その若き力に期待しているぞ」

 

 ラウラに案内されて小舟に神父が乗り込んでいく。

 既にフィーがエンジンを温めていて、マキアスとエリオットも待機済み。装備も燃料も万全だ。

 私もすぐ追いかける――少しだけ待って、と一言添えて、甲板の上を歩く。

 

 「? 構わぬがどうした?」

 「ちょっとね。……ああ、居た居た、レオノーラ」

 

 どうしても確認したいことがあった。

 私に気付いて手を挙げる彼女に、足早に近付く。

 どうしても確認したいことが残っていた。

 

 (……このタイミングしかない……!)

 

 駆け寄る時の態度と表情はそのままに。

 ……ミュゼ公女は言っていた。

 この実習、私を観察している誰かがいる。

 あの時は『本当かよ』と疑ったが、これだけの大事件だ――私を観察しているのが先か、島で何かが起きるのを確認したかったのかが先か。定かではないが、必ず、この状況を確認している()()が居る。

 《Ⅶ組》メンバーではない。ミュゼ公女でもない。艦橋の皆さんでもない。

 しかし近くで監視しているということは。

 

 ――ここしかねえよなあ!!

 

 私は無言で刃を抜いて。

 何ら一切、緩めること無く刃の切っ先を突き刺した。

 レオノーラの、喉に。

 

 「「「!?」」」

 

 誰もが動きを止める中、私の感情は揺らがない。

 

 「疑問、だった」

 

 誰が監視をしているのか。

 最初はノバルティス博士かなと思った。だが彼が、こんな至近距離で観察することはまず無い。

 撮影機材を乗せた超小型の飛行機や何やらを使うだろう。

 『結社』の仕事熱心な皆さんならば、実験でどんな事が起きるかは、共有くらいはするだろう。

 

 「なら、何処の誰が、居るのか」

 

 つまり、監視者は『結社』所属ではない。『結社』に深く関与しているだけだ。

 私やこの島の状況を観察するのが好きで、それでいて()()()()()()()()()()人物。

 こうした至宝の動きを眺め、己の計画の糧に出来る人物。

 大騒動を見ながら悦に入るような、性悪な人物。

 そんな人物は――。

 

 「……あ、貴女ですよねぇ!!」

 

 踏み込み、そのまま首を切り落とす!

 だが、肉を裂く感覚も、骨を貫く感覚も、飛ぶ血飛沫の鉄の匂いも、何もない。

 

 思い返せば不自然なところは多かった。

 

 ――海の活動に支障は出させない。

 

 レオノーラは私達のサポートだと話していた。だが実習で同伴していたのはミュゼ公女だけ。

 小型艇の操縦こそ教わったが、それ以外はずっと姿が見えなかった。

 会話は、最低限のまま。彼女から私達への通信は無かったし、そもそもミュゼすらレオノーラのことを話題に出さなかった。

 それだけなら、ちょっと手が離せなかっただけ、というのはあるだろう。

 疑問、疑惑程度で終わる。

 

 (決定的、だったのは)

 

 ――折角だから二人のところまで案内してほしいみたい。レオノーラはどっか行っちゃったし。

 

 何故かバルクホルン神父を案内しなかったこと。

 彼の出現と同時に入れ替わるように姿が見えなくなったことだ。

 

 この時、私は思ったのだ。

 レオノーラの影が妙に薄かったのは。

 もしかして話題に出すことを忘れていたのではないか、と。

 

 「何時から、ですか?」

 

 虚空に浮かぶレオノーラの姿が、溶けるように消える。

 代わりに出現したのは、問いかけの返事。あらあら、という蠱惑的な笑顔だ。

 

 「最初からです。ここで実習が始まった、その時から」

 

 よく気付いた、というように。

 

 マリアベル・クロイスが、虚空に浮かんでいた。

 ご丁寧に顔を仮面で隠した、死ぬほど胡散臭い魔女のような格好だった。




Q:確信はあったし、躊躇はしなかった。
A:が、それはそれとして正解してて良かった。

Q:ノーザンブリアで出会った人々
A:シュリには触れていたが、実はヴァレリー(閃Ⅲ)やガブリエラ(黎。黒芒街の元猟兵)やアレクサンドル(黎。《アルマータ》)にも出会っている。
最も彼女らが姿を見せるのは暫く先。機会があるかも分からない。
現状、顔見知り以下でしかない。
でもこういう繋がりも軌跡っぽいよね。

Q:銀鯨号の旗艦
A:失われることに。これが解散の発端。

Q:レオノーラ → マリアベル
A:このためだけに登場させた。尚、本物のレオノーラは安全な場所で寝ている。
レオノーラの出番少なくない?と思っていたそこの貴方、その通りです。


オーレリア+バルクホルン+マリアベルというまず見ない組み合わせ。
これくらいあれば援軍には何の問題もないでしょう。
さあ決戦です。

次回「群青戦線」

それではまた!
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