カタナ、閃く   作:金枝篇

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あけましておめでとうございます(10日ほど遅い)。今年もよろしくお願いします。
更新は早くありませんが着実に書いていこうと思います。

3章ボス戦闘。副題:ゼムリア大陸の怪物の皆さん大暴れ回!

では、どうぞ。


群青戦線

 私の前方、一直線に護衛が突き進んでいく。

 並走するニ隻の小型挺は、途中で向きを変えて別方向に。片方にはフィー。フィーの傍らにはバルクホルン神父が同乗している。もう片方にはラウラの運転で、エリオットとマキアスが同伴。私は、といえば。

 

 「折角ならば空の上、デートを楽しみましょう? ふふふ」

 「い、嫌、です……! 私、貴女が、嫌いです!」

 

 変装をしたままのマリアベル・クロイスと共に別行動だ。

 だが、このクソアマに協力を持ちかける為の条件なのだから、しょうがない。

 

 『け、『結社』部外者の貴女が此処に居る……これは明白に、不味いことですよね?』

 『そんなことは無いですわよ? ノバルティス博士の研究を観察していただけならばなんの問題もないでしょう』

 『ま、不味いです。本当に観察しているだけならば兎も角、レオノーラさんに、成り代わっていた。何時でも、干渉が出来る場所で、ともすれば邪魔出来る立場に居た』

 『やってないからセーフですわね』

 『セーフかもしれませんが、セーフじゃない、かもしれません。追求材料か、貸し1つくらいには、なるでしょう』

 『……ふむ』

 

 レオノーラの幻影を解除し、しかし虚空に佇んだままのマリアベルは、無駄に整った顎に指を当てて考える素振りをした。衣装と仮面のお陰で、その正体はバレていない。

 多分、錬金の秘術で認識阻害も使っているのだろう。

 正体を知っている私だからこそ何とか見破れている。他の皆では、分からない。

 まあバルクホルン神父なら見破ってくるだろうが、今はスルーだ。彼女という戦力を引き入れるのに、余計な茶々は入れるまい。探ろうと思えば探れるが、探ったら逃げられる――そう判断をすれば、絶好の機会だからと彼女を追求せず、大局的に判断をしてくれるだろう。

 アイン総長曰く、クロスベルにも《守護騎士》は駐留しているらしい。そっちに丸投げだ。

 

 『それだけでは協力するには全然足りませんわね』

 『……でしょうね。ですから』

 

 ゆっくりと深呼吸をした私は、切り札を使う。

 

 『脅します』

 『……ふうん? 具体的には?』

 『クロスベルの警備隊、遊撃士協会、特務支援課、及び大陸IBC利用者全部に正体バラします』

 『……は』

 

 この先、2回目は使えない、マリアベル・クロイスを強制的に協力させる方法。

 多分、誰でも思いつくだろうが、誰もやらないだけの脅迫だ。

 次に同じ話題を出したら返り討ちにされる。

 正直ここで切って良いものかと迷ったが、今の私には手数もなければ、時間もないのだ。

 私の言葉に、マリアベル・クロイスは―― 一瞬だけ呆気にとられた顔をして。

 ()()()

 

 『ふ、ふふふ、はは、は――』

 

 その際の笑顔を、なんと形容したものだろうか。

 ぐにゃりと周囲の空間が捻じ曲がる。性悪ではない。邪悪、凶悪でもまだ弱い。

 整った顔立ちの中に見える――狂気とも取れる、歪んだ笑顔。愉悦の顔だ。

 

 『はは、はははは、あはははははは!! ――良いでしょう、その脅しには乗りましょうか』

 『……乗るんですか』

 『ええ。ええ。ふふふ、これ以上なく、私は気分が良いですから』

 

 けらけらと笑った彼女は、何が面白いのか目尻に涙まで浮かべている。

 マリアベルは、私の前に素早くやってくると、腕で顎をくいと捕まえ、喜悦のまま私に囁く。

 

 『それはまるで、あのワイスマンの様ではありませんか』

 『――え?』

 

 口の中が乾く。背筋に氷柱を突っ込まれたように、心臓が早鐘のように叩かれる。

 全く意識していなかった事実を言われた。

 

 『なるほど、なるほど。貴女は意識せずに、思いついたから使ったのですね? 効果があると分かったから、躊躇わずに!』

 『……っ!?』

 『確かにそのカードは私にとって数少ない弱点です。まあバレた所で何とかしますが、積極的にバラして益はありません。まだエリィらにも気付かれていませんし。――どうせ暴くなら、()()()()()()()()()。その脅しは、それなりには効果がある……』

 

 嗤ったマリアベルの金の瞳孔が、私を射抜く。

 彼女の笑い声が、周囲に反響する。心のなかにも響く。

 その眼光を見て、私は悟った。

 

 『これが面白くなくてなんでしょう! これが嗤えなくてなんでしょう!』

 

 私の奮戦は道化でしかないと語るように。

 彼女は愉しそうに楽しそうに続けた。

 

 『貴女は、ワイスマンならばやっただろう言葉で私を動かそうとした! 彼ならば使える論理で話題でしょう? ……だから私は手伝うことに致しましょう』

 『……』

 『――貴女にワイスマンの意思と性根が受け継がれていること! それを言祝ぐ――これ以上に手伝いたくなる理由はありませんわねぇ……!』

 

 ……彼女は、私の脅しに対して頷いたのではない。

 私の必至の行動を見て笑ったのだ。

 私の、性根の悪さは、あのワイスマンから教授されていると判断して。

 性格が悪かった。殴る意欲すらなくなるくらい、事実として重さを実感できないくらいの、嘲笑だった。

 ワイスマンに似ている。これ程までに嫌な褒め言葉はない。

 反射的に出た吐き気を強引に飲み込み、感情を可能な限り殺す。今は我慢だ。

 

 『ふう。……ま、良いでしょう。これだけ笑って満足したのは久しぶりですわ。――それで、作戦は?』

 『……偽帝オルトロスの想念を受け取っている場所は、三ヶ所です』

 

 ――まず胸部。如何にも大事そうな凹みがある。ここが一箇所目。

 ――次は頭部。脳の位置。イメージも多分に入っているが可能性は高い。

 ――後は……腰及び背中か。見た感じ、背中に姿勢制御装置(バーニア)を持っている。人間で言うと肩甲骨から腰までの背中のラインに導力を伝えるパイプみたいなものが通っている可能性はある。

 

 「頭部と胸部は、オーレリア伯が担当します。背部はバルクホルン神父が」

 「なるほど。一番優先度が高い部分らを最高戦力に任せ、頑丈かつ範囲が広い場所を守護騎士に任せると。艦砲射撃で伯爵の援護を行い、学生は足回りを活かしての撹乱、及び足場の確保。頭部胸部という主要な部位を破壊しておけば、最悪2つが外れて本命が腰でも相手の攻撃精度は低下しフォローはし易い、ですか。ではこっちはあの巨大な火球を防げば良いでしょうかね」

 「それで、お願い、します」

 

 ……理解は早い。天才だ。認めざるをえない。

 人形兵器のノウハウをクロイス家が持っていないとも思えないし。

 だが、その天才でも、巨神の落とす火を防ぐだけの規模の魔術や結界を使うとなる、となると。

 必然、術の発動には時間が掛かる。加えて言えば術そのものを邪魔されてはならない。

 揺れる船の上など以ての外。あの巨神に気付かれない場所から援護をするのが一番良い。

 故にマリアベルと私は、空中に居た。

 進撃の巨人、《銀鯨号》、二艘の小型艇が全て確認できる虚空に浮いていた。

 

 『……き、聞いてたよね、ラウラ。そういうことだから、そっちお願いしても良い?』

 『構わない。――だが幾つか確認をさせてくれ。――お前が協力を持ち掛けた、あの服の趣味が悪い女性は……ケルディックで出会ったヴァルターという男の同輩、で良いのか?」

 『大体、そんな、感じ』

 『信頼が置けるのだな?』

 

 ARCUSの向こう側、私の事情を比較的知っているラウラの言葉は、圧が強い。

 

 『――大丈夫。彼女は無理でも、私を信じて』

 『分かった。カタナを信じよう。……後は臨機応変に動く』

 

 通信が切れた後、私は歯痒かった。

 本当は――本当は、私だってラウラ達と一緒に行動をしたい。

 フィー&バルクホルン神父の船でも、ラウラ・エリオット・マキアスの船でも良い。どっちでも良いから載って、一緒の目線で行動をしたかったとも!

 ……だがそれは出来ない。

 

 『ああ、……協力するのに、もう1つだけ条件を追加しましょう』

 

 錬金術師は、ニンマリとした捕食者の笑顔で告げたのだ。

 

 『貴女は私と行動をすること。一番安全な場所です。貴女には、きちんと確認をお願いしないといけませんからね。きちんと協力をした、という事をその目で確認して、事後処理での詮索を防いで貰わないと……ねぇ?』

 

 言葉は優しかったが、彼女の本音は分かっていた。

 

 ――安全な場所で、仲間が奮戦する姿を見ていなさいね?

 

 拳を握りしめて、私は視る。

 広がる境界線。進軍する赤色に立ち向かう、青色。

 群青戦線が、そこにある。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 青色を塗り潰す赤色の波濤だった。

 空と海を侵しながら迫る赤が、遠い空震となって響く。紺碧の都で、住人はそれの原因を探ろうと躍起になった。……だが見えない。水平線の向こう側、赤い巨人は未だ隠れていた。

 それでも遠く海の向こうからやってくる事は感じ取れる。必然、不安が蔓延した。

 ()()の正体が一体何であるのかを探ろうと試み。船へと足を向けた者も居たが、素早く展開した領邦軍によって海上は封鎖された。そして説明を受ける。

 

 『巨大な魔獣が暴れており、それをオーレリア伯が、ジュノー要塞の軍と退治に出ている』

 

 嘘ではない情報に、オルディスの住人は一先ず安堵し、異変が一刻も早く解決してくれることを祈った。

 そしてそれは、その事実を本当にしなければならない、という意味でもある。

 

 「総員、行動開始! 何が何でも此処で倒す! これ以上の被害を防ぎ、争いの火種ごと消し飛ばす!」

 

 旗艦《銀鯨号》。

 既に上部が解体された旗艦(だった場所)でオーレリア・ルグィンが一声を放った。

 

 「甲板下に隠れてくださいって!」

 「分かっている。だが大将が顔を出し号令を上げんことには始まらないだろう!」

 

 肌で感じ取る圧力を前に、彼女は不敵に笑った。

 紫の瞳は、興奮で痺れるほどに輝いている。

 強いだけではない。触れるだけで火傷しそうなのは巨体だけではない。

 その身を動かす執念。どれほどに醸造されたのかも分からない、偽帝オルトロスの怨念。焦がす程の翳が飲み込もうとしている。海に滲む炎、朦々と立ち上る蒸気、その奥で爛々と輝く巨神の目。

 

 女傑と巨神の間、ぶつかっていく視線。

 畏れず、震えず、剣を握る。

 

 海を渡る足は、魚群と水性魔獣を踏み潰している。

 虚空から放たれる残骸の塊は、隕石と大波を幾度となく生み出していく。

 空が暗い。熱波は上空へと空気を押し上げ、真っ赤な積乱雲を、歩む巨体に傅かせる。

 生み出される世界は、宛ら煉獄の如し。

 その前線を歩む巨神は、悪魔を彷彿とさせた。

 

 ――だが、それでこそ。

 ――それでこそ打倒し甲斐があるというものだ!

 

 《紅い聖櫃(アーク・ルージュ)》。

 その欠片。相手にとって不足無し。

 巨人を打倒するのは、何時だって勇敢なる人間と相場が決まっている!

 

 「命を懸けろとは言わない! 命は大切にするものだ。背負っている者全員分あることを忘れなければそれで良い!」

 

 《銀鯨号》が加速。

 剣を抜き――。

 

 「だからまだ遠いんで甲板下に避難してて下さいって!」

 

 ――船長の叫びに顔を引っ込めた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 接敵面まで、残り50アージュ。

 

 「フィー・クラウゼル。その手の籠手、まだ使いこなせては居ないようだな」

 「ん。元が大きかったからね」

 「であれば、我の動きをよく見ると良い。少しは参考になるはずだ」

 「分かった」

 

 大きく息を吸い、重心を下げたグンター・バルクホルンは拳に力を込める。

 

 

 接敵面まで、残り30アージュ。

 

 「カタナ大丈夫かな……」

 「……大丈夫、だとカタナが言ったのだ。信じるしか無いさ」

 「それは分かってるけど」

 

 魔導杖での演算で、オーレリアやバルクホルンの“着地点”を割り出していたエリオットは呟く。

 

 「ケルディックみたいに無理をしてる気しかしないよ、僕」

 「……僕も同感だ。リィンもそうだが、カタナも抱え込みすぎる」

 

 双眼鏡で観測手をしていたマキアスの同意に、ラウラも全くだと頷く。

 

 「戻ってきたらしっかりケジメを付けさせなければな。その為にも、今は此処を切り抜けるぞ」

 

 正面からぶつかるには実力不足である事実――それを胸の傷として抱えながら。

 学生らは、配置に付く。

 

 

 接敵面まで、残り10アージュ。

 

 「さあ《銀鯨号》、一世一代の博打と行こうじゃねえか。こんなに全武装を使えるなんて滅多にねえ! 冥土の土産に派手に全部ぶちかませ! ――おいハーマン、何ビビってやがる! てめえも海の男なら覚悟を決めろ!」

 「……分かってます!」

 

 全兵装は用意が完了。脱出の準備も完了。

 荒波を超え、愛する船とともに敵陣に突撃する。

 これが燃えないで居られようか……!

 

 

 接敵面まで、残り。

 5アージュ。

 4アージュ。

 3。

 2。

 1。

 

 「――攻撃開始ぃ……っ!!」

 

 瞬間、命令と護衛艦の兵装が火を吹いた。

 主砲、副砲、対空機銃、魚雷、それら全てが一斉に放たれる。衝撃で船が傾ぐ程。

 あらゆる弾丸が燃え盛る《紅い聖櫃》へと殺到。鋼鉄の嵐が巨人を飲み込まんと牙をむく。

 

 「――!」

 

 着弾。本来ならば使われることがない全ての火力が至宝の欠片へと叩き込まれる。

 その勢いに、さしもの巨人も僅かに足を鈍らせる。

 全身に纏った灼熱の鎧は、その威力の大部分を掻き消してしまう。

 だがそれでも、ほんの僅かに生まれた綻び。

 そこに――刃が突貫した!

 

 「――お――」

 

 艦内を通り抜け、甲板の最後尾へと移動していた、黄金の羅刹。

 《アーケディア》を握った、帝国最高峰の剣士。それが甲板を疾駆する。

 己の踏み込みで飛翔をするための滑走路。

 常人では姿を捉えることすら不可能な全速を以って空中へと飛び上がった彼女は。

 微かに空いた、綻びへと突き進む。

 

 「《四耀剣》――!」

 

 オーレリア・ルグィンは、確かに女性の中では体格が良い。

 しかし桁外れではない。剣を上段に構えても、3アージュには届かない。

 だというのに、その場の誰もが見た。

 巨神を切り裂こうとする、数十アージュに渡る巨大な刃。

 それが燃え盛る至宝の頭部を薙ぎ払う。

 本気で振られた一撃によって生まれた、衝撃――斬撃の痕跡!

 ドンッ!――という破裂音が拡散し、一時的に纏う灼熱の鎧をかき消す程の威力!

 巨体が、止まる……っ!

 

 

 同時、沸騰した足場の海には大渦が生まれていた。

 練られた功夫が、守護騎士へと集まっている。

 老齢に差し掛かって尚も壮健。その巌のような肉体が生み出す螺旋が、船を越えて大海を揺らす。摺り足と共に半身が下がり、抑え込んだエネルギー全てを放つ様に、小型艇から跳躍。

 フィーの卓越した反射神経で舵を操縦しなければ、転覆していただろう。

 

 「ぬ、ぅん――!!」

 

 その跳躍、溜め込んだエネルギー、全てを一斉に叩き込む。鋼の拳と巌の肉体から生み出される打撃。

 巨人にぶち当たる、巨人の鉄槌(タイタス・ハンマー)

 それが腰椎へと浸透し、下半身の接合部分を砕き、至宝の一部を砕く……!

 だが――。

 

 

 「「――まだ硬いかっ!」」

 

 

 二人は同時に叫んだ。まだだ。まだ足りない!

 至宝も伊達ではない。

 オーレリアの刃は、首元のジョイントへと食い込んでいる。

 バルクホルンの拳は、歩行に支障が出るほどに重心を破壊している。

 

 それでも、行動不能には届かない!

 

 ギシリと軋む音。頭部破壊を感じ取った《聖櫃》の抵抗だ。

 首に食い込んだ刃を砕き、空中にあるオーレリアを焼き尽くそうとする。蹴散らした熱波は再度、充填されていく。全身を《武人功》で覆ったオーレリアと言えど、限界がある。

 だが――。

 紅い宝剣を砕こうとした《紅い聖櫃》は、オーレリアの姿が無いことに気付く。

 《アーケディア》から手を放した彼女が居るのは、虚空。

 その体が、虚空で加速する。

 

 「……うっそだろぉ……! あの人も人間辞めてる……っ!?」

 

 口から、思わず悲鳴が漏れる。

 オーレリアがしたことは単純だ。

 《銀鯨号》から放たれた主砲の弾丸、その一発に()()

 0.01秒にも満たない刹那でそれを踏みしめ、再加速したのだ。

 その手には、違った形の獲物が握られている。

 

 

 「ならば、反対を叩くまでよ……!」

 

 巨神の腰を崩したバルクホルンは、燃え盛る胴体を掴み、体を飛ばす。

 目指すは、ラウラ達の船だ。フィーの船から、ラウラの船へ。

 再度発生した、数秒前まで霧散していた熱波に襲われるのは、彼も同じだ。だがそれを。

 

 「覇ぁ!」

 

 獅子の如き咆哮――つまり()()()で掻き消した後、着地。身を翻し、追撃する。

 外見こそ被害は少なく見えるが、彼の拳は確かに掴んでいた。

 

 (一撃は確実に内部に浸透している……、であるならば、それを増幅させるまで……!)

 

 複数箇所から、一箇所に向けて叩き込む技。艦隊砲撃で言う“夾叉”。

 《銀鯨号》の砲音は未だ止むことはない。今ならば――否、今しかない。

 着地の勢いを、回転させて受け流す。その受け流したエネルギーを、今度は左半身へと集中させる。

 

 「っ……! 問題ありません! 気にせず攻撃を!」

 

 これまた転覆仕掛けた小艇をラウラが制御する中、バルクホルンは跳躍。

 全身からぶつかる形を取った――獅子王靠が、今度こそ《紅い聖櫃》の足を砕く!

 

 

 そしてその全身の不随意な運動は、オーレリアにとっては十分すぎる隙。

 

 「技を借りるぞウォレス……!」

 

 武器は、銃。ミュゼが持っていたライフルだ。その先端に、船団保有のナイフを付けた銃剣仕様。

 己の一撃でも断ち切れなかった首に、追撃。

 千本に分裂したかのようにすら思わせる槍の連打。

 それが、僅かに無事だった首関節を、今度こそ破壊する……!

 

 巨神の頭部が、落下していく。

 

 誰もが、やったと思った。

 

 

 

 

 甘かった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「――まずい!」

 

 空中にあったオーレリア伯を、マリアベルの障壁が受け止める。

 降り注いでいた無数の火矢と、隕石。それらは一瞬だけ止み――そして、苛烈になったのだ。

 頭と足を破壊されて尚、動きを止めることなく。

 遠距離攻撃ではなく、中距離攻撃に。

 はるか遠いジュノー海上要塞やオルディスではなく、私達に。

 標的が切り替わり、一斉に牙を向いた。

 

 「力技で来ますか……!」

 

 マリアベル・クロイスの防衛網を、その一発が強引に食い破る……!

 爆発音。《銀鯨号》へ着弾した焔で、その船体が中央部分からへし折れた!

 

 「いかん、これは……っ!」

 

 着水したオーレリアは、沈み行く《銀鯨号》の船員らを。

 バルクホルン神父は、私以外の《Ⅶ組》を。

 それぞれ護っていく。

 その防御は頑丈だ。

 

 しかし目前、数えきれない程の、数えるのも馬鹿らしいほどの、魔法陣が広がっていく。

 一撃で倒す。その目論見は失敗した。

 自分らの予想を遥かに超える頑丈さが、至宝の欠片にはあった。

 ジリ貧が近いということと、同義だった。

 

 巨神の全身から吹き出した力が、明白な()となって周囲を覆い尽くす。

 首前に、胸前に、腹前に、肩周りに、背中に、腕に、手のひらに、肘や膝にまで。

 多重展開された、解読不可能な程に精緻な魔法陣。

 

 それは《紅い聖櫃》に眠っていた、無数の魔術だ。

 本来ならば1つ1つが禁止レベルの方術。導力器でも再現しきれない秘宝。

 それらが一斉に形をなしていく。

 数分の防衛が数十分に感じられるほどの猛攻は、準備(チャージ)期間。

 

 「進撃不可になったから……切り替わった……!?」

 「暇をさせてくれませんわねぇ!」

 

 ぞわり、と肌に怖気が走った。

 灼熱の炎が、がらりと形を変えたように空気が変わる。

 ああ、これは執念だ。舌で感じ取る間もなく分かる。

 これは怨念、これは憎悪だ。

 これで動けると暴れていた偽帝オルトロスの機嫌が、変貌した。

 良くも邪魔をしたと。

 方針を変え、ならばと《聖櫃》に眠っていた魔術を使う姿勢に。

 

 私は確かに見た。

 ミュゼやカイエン公を彷彿とさせる、高貴だがどこかがずれている瞳を持った男。

 優秀で、カリスマ性と、卓越した政治力を持っていても尚、その発露を間違えたような男。

 生まれ持った皇帝の資質には叶わなかっただろう劣等感を抱えた、男がそこに見えたのだ。

 

 男の、悲鳴が届く。

 醸造され、濃縮され、煮詰められた想念。

 それらが巨神を通じて広がっていく。

 聖櫃内部に眠っていた数多の術。呪文が、オルトロスの命令で強制起動。起動、起動、起動起動起動。

 《アークプロミネンス》が唱えられる。

 《ロードインフェルノ》が唱えられる。

 《イグナプロジオン》が、《サウザンドノヴァ》が、《ゼルエル・カノン》が。

 私も知らない術――複合属性の術までもが一斉に唱えられ。

 

 「――ですが、甘い……!」

 

 その全てを、何かが打ち破った。

 

 ……忘れてはいけない。この女もまた、天才だ。

 このゼムリア大陸屈指の実力を有する魔術師(メイガス)

 無数に浮かんだ魔術の中、致命的な物を瞬く間に解析し、それを崩していく。

 一回は敗れた干渉合戦を立て直していた。

 

 顔を失った巨神の中、オルトロスの負に塗れた視線がコチラに突き刺さる。

 そんなモノで、怯むマリアベル・クロイスではない!

 逆に飲み込まんとする嘲笑で、迎え討った!

 

 「こう見えても私、図々しさには定評がありますので……! その程度の悪意で私の前に立ち塞がるなどお笑いですわね! ……二度は通じません……!」

 

 欲を言えば1回も通さないで欲しかったが、こういう時に約束を敢えて破るタイプでもない。

 あの一瞬、確かにあの《紅い聖櫃》は、その奥のオルトロスの執念は、この錬金術師を上回ったのだ。

 だが――それも長くは続かない!

 

 それは、プログラムを編み込むような行為にも似ていた。

 《紅い聖櫃》から繰り出された数多の術、それを打ち破る術を唱えながら、同時にもう1つ。

 最低限の妨害で最大限の効果を発揮しながら編み出される秘宝がある。

 

 「……何……!?」

 「ふふふ、今の私はとても気分が良いのです。ですので――」

 

 海面から立ち上った巨大な茨が《紅い聖櫃》を拘束。

 それは即座に焼かれ消えていくが、茨は途絶えることもなく只管に続いていく。

 

 「本気で潰させてもらいますわ!」

 

 魔女の高笑いが響く。

 茨が、巨人の全身を覆う魔法陣を砕いていく。

 ……それだけではない。もう1つ、別の詠唱が重なっている。

 複数呪文の、同時詠唱。

 ベリルが戦術導力器を使って成功させていた、複数展開を、この女は苦もなくやってのける!

 杖が輝く。規模で言えば《紅い聖櫃》にも負けない巨大な陣が、轟沈しつつある《銀鯨号》の背後に敷かれ。

 その中央から立ち上がる、何か。

 眼の前で、巨大な何かを召喚されていた。

 紅い巨神ほど強くはない。実体も殆どない。だが、その無数の術を妨害するのに十分なモノ。

 それは――。

 

 「み、みみ……みっ……!?」

 「《メリーメリーキャッスル》――さあ、味わいなさい……!」

 

 外見にはよくわからないカバーを被せて誤魔化しているが、私からは丸見えだ。間違いない。

 

 (みっしぃだー!?)

 

 マリアベル・クロイスも、この状況、テンションが若干上がっているらしかった。

 ミッシッシ――と重低音を響かせた巨大な人形が、紅い巨神に食らいつくっ!

 猫の拳が、聖櫃へと叩き込まれたっ!

 

 幻影の巨体に、どれほどの妨害術が仕込まれていたのか。

 巨大みっしぃが組み付いたその瞬間から、《紅い聖櫃》の術速度が明らかに低下している!

 響く重低音に混ざる、破砕音。

 赤の巨人を押さえ、殴りつける拳に、妨害術式を混ぜ込んでいるのだ。

 殴る。殴る。殴る殴る。炎で胴体が揺らめき、消えるまでの時間が刻まれる中、みっしぃの肉球が突き刺さる!

 ……間近での迫力は桁が違う!

 

 「っ……これでも、倒しきれませんか……!」

 「え、あれでも!?」

 「あれでもです。至宝、伊達ではありませんわね」

 

 まだ足りない。彼女はそう言った。

 よく見ればマリアベルの額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 態度と言動は一切ブレておらず、顔も余裕の表情だ。だが見えない部分で必至なのは見て分かった。

 私はこの女が大っ嫌いだが、こういう時に手を抜かないでいるのを見ると、ちょっと感じるものがある。

 

 「ど、どうすれば……」

 「オルトロスの意思を受け取っている最後の部分は、胸、という判断は間違っていないでしょう。予備の予備の更に予備くらいで辛うじて動かしている状況。もう一押ししすれば、接続は途切れますわ」

 

 ですので。

 と、全部を聞き終わる前に、背中に衝撃が入る。

 

 「……はい?」

 「貴方達の実習なのでしょう? 最後くらいは行って手柄を立ててくると宜しいかと」

 

 擬音とすれば、ドゲシッ、となるだろうか。

 蹴り飛ばされていた。

 私の身が、空中にあった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 高度30アージュの空中。

 海面に着水するまでの時間は、姿勢にもよるが、僅か2秒から3秒。

 のんびり考える余裕はない。反射だった。

 行動をし終えてから、思考が追いつく。

 

 「ん、ぐうぅうううっ!!」

 

 空中で姿勢を制御した私は、腰元のスリットから刃を抜いて、突き立てていた。

 燃え盛る巨人、その胸部。『斑鳩』の黒小太刀が、食い込んでいる。

 

 (あんの女、ちょっと見直したと思ったら私を蹴り飛ばして此処に突き落とすとかふっざけんな……!)

 

 轟々と今なおも燃え盛る巨体。幾つかの魔法陣を貫いた小太刀。そこに掴まる私。

 オーレリア伯とバルクホルン神父の連撃で、ヒビ割れた胴体。

 胸部の受信装置を真上から突き刺すように、私の剣が入っている。

 だが進めない。力が足りない。煽られる。風に煽られ、火に炙られ、肌が焼かれる。熱いと感じる前に痛みが来る。だが僅かな時間で痛みが消えていくだろう。肌が肉が神経が骨が朽ちていく光景を、真っ赤に充血した瞳の中で幻視。

 呼吸も出来ず長い髪が焦げ、人の焼ける不快な匂いが自分から立ち上り、けれども、これを手放したらというもしもが頭に過って行動に移せない。あの女やっぱ殺すでもその前に巨神のアンテナを破壊しないといや私の力では無理どうすれば――。

 

 「手を離せ、カタナっ!! ――()()()()()!!」

 

 胸元のARCUSから聞こえた声が、あまりにも強かったから。

 だから反射的に手を離す。

 

 海中へ身を投げ出す数瞬の合間、熱波から離れた私は理解する。

 

 (マキアス……が……声を……)

 

 手を話すよう指示したのはマキアス。火傷を癒やす詠唱をしているのはエリオット。

 ガチッと噛み合ったARCUSの絆が、私を巨人からすくい上げたのだ。

 

 空中、私達を見下ろして笑うマリアベル。彼女の思考が手に取るように分かった。

 彼女は私を相手に愉悦をしていた。一緒に戦えない景色を見せ、それを受け入れたと安堵した瞬間に戦場に放り込んだ。私なら反射で攻撃することも、限界ギリギリまで身を削ることも――何よりあの場で()()()()()、《紅い聖櫃》に攻撃することも計算に入れての、後押し。

 コチラが傷付きながら頑張る姿を眺める。

 行動を馬鹿にはしないが、ギリギリのハードルを設置してはハシゴを外し、予想外の方から殴ってくる。

 ああ、やっぱり私はあの女が大っ嫌い……!

 

 「征くぞ、二人共……!」

 「オッケー、全力でお願い」

 

 霞む目で、ゆらり、と影を見る。

 バルクホルン神父の巨体が、小艇から跳ね上がっていた。

 彼の両腕には、2つの影。右腕にラウラ、左腕にフィー。それぞれ、腕に足を掛けている。

 本来なら、バルクホルン神父が追撃をすればそれで済む。

 それをさせず、そこで終わらせないのが、神父の神父たる所以。

 

 「我が一撃よりも、其方等二人が鬱憤全てをぶつけた方が威力は高かろう……!」

 「無論……!」

 「失敗を恐れるな若人らよ。友のため、意地のため、目標のため……刃を振るうが良い!」

 

 神父の腕が動く。同時、フィーが体を預け、踏み込む。

 投擲だ。フィーが、そしてラウラが、連続して空を飛ぶ。

 目指す先には、小太刀がある。

 あの黎い刀身を持った刃は、紅い巨人の胸部に突き刺さったまま。

 

 「あんな戦い――そりゃあコッチも、溜まるってもんだよね……!」

 

 両手にガンブレードを構えたフィー、その手はガルシア・ロッシから受け取った手甲を装着済み。

 バルクホルン神父の拳術から、何かを学んだのか。

 まるで風を捉えて飛翔する鳥の様に。

 弾丸と刃と衝撃、全てが一つの塊となって小太刀の柄に、激突……!

 

 ギシリ、と小太刀が進む。

 それを確認もしないまま、フィーは自ら小太刀を蹴って海へと飛び込む。

 入れ替わりに、青い剣が来た。

 

 「……っ、あ、ああああああああ!!!」

 

 ラウラだ。

 その眼光に溢れるのは、覇気。向上心だ。そう、きっと――私達の中で、彼女が一番、自分の力の無さを歯噛みしていた。化け物だらけのこの場所で、戦場のこの場所で、まだまだ先は長いと理解して。

 

 「何も出来ないまま終わらせて――なるものか……!!」

 

 サポートしか出来なかった私達全員分の、色んな感情を背負うようにして。

 たった一撃で良い。その一撃には、感情の全てをぶつけるような、咆哮が重なっていた。

 彼女にもまた、翼が見えた気がした。青い、洸な力が、充実して。

 全力の刃が、私の小太刀を――押し通すっ!

 

 ガギャッ、という音がして。

 確かに、刀身が胸を貫通した。

 

 ―――     ―――

 

 聞こえた。

 確かに、聞こえた。

 それは偽帝オルトロスの、叫び声。

 再び力を奪われた男の、絶叫だ。

 切り落とされた頭部、破壊された脚部、穿たれた胸部。

 それらに手を伸ばそうとした腕が、もがきながら、動きを止める。

 熱波を放つ胴体も、全身に纏っていた焦げる鎧も、全てが解けていく。

 

 ―――私ハ、諦メナ……イ……

 ―――諦メテ……ナルモノカァ……ッ…!

 

 最後に大きく、まるで帝国全土に願いを叫ぶように震えて。

 《紅い聖櫃》は、崩れ落ちる。

 オルディス沖合へと沈んで行く。

 

 私が意識を失う直前に見た、最後の光景だった。




Q:オーレリア/バルクホルン/マリアベル
A:今のオーレリア伯は閃Ⅰ時代。まだ上に伸びが結構ある状態です。
信じられるか?これでもアリアンロード様やアイン総長に比較すると頂点じゃないんだぜ?

Q:偽帝オルトロス
A:まだ諦めていない。原作本編だと彼の意思は《終焉の魔王(ヴァーミリオン)》に残っていなさそうだが、仮にあったら(オルトロスの自業自得とはいえ)地獄だと思う。

これにて実習は終了!
まだ事後処理とか色々ありますけど、それは次回!
そして、幾つかインターバルを挟んで4章です。この流れでゾロ・アクルーガとか地獄ですね!
まあもっと別の地獄が用意されているんですが。……既に複線は撒いてある……!ふふふ……!

感想評価お待ちしてます。
ではまた次回!
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