カタナ、閃く   作:金枝篇

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久し振りの日常回。
こういうのんびりした話も時には必要です。
最もこういう日常の裏でヤバいことが進行しているのが軌跡のお家芸です。

では、どうぞ。


幕間:やがて大きな嵐に育つだろう日々
広い大陸の片隅で起きた、小さな羽ばたきの話(表)


 (今年は……暑くなりそうだなぁ……)

 

 7月17日。土曜日。

 窓の外、初夏のトリスタでは、木々の緑が濃くなっている。制服も夏服へと替わった。

 私達は『修練場(ギムナジウム)』にあるプールサイドに集まっている。

 《Ⅶ組》全員揃って水着。勿論私も水着。髪量が異常に多い私は、後頭部でまず一つ束ね、中程で束ね、先端部で束ねと、中々すごい状態となっている。

 バリアハートで絞め技に使ったが、今ならば鞭に出来そうだ。やらないけど。

 

 「士官学校における水泳は“軍事水練”よ。人工呼吸なんかもあるわ」

 

 リィンアリサで実践してみる? などと言いつつ笑うサラ教官だった。

 溺死防止、水難救助、蘇生法、着衣水泳術などなど、学ぶべきことは多い。

 いざという時は躊躇してはいけない、ということである。

 

 因みに私のファーストキスは誰だったか覚えていない。本心から愛してると囁いたこと無いからな。……同性はノーカンだよな? カウントされたらあのアホ(デュバリィ)になる気がするぞ。色気ゼロで。

 

 (……今年は暑いよなぁ……)

 

 さて、私がサラ教官の話を聞きながら目を遠くに向けているのには勿論理由がある。

 ……皆スタイル良いんだよねぇ!

 アリサはエマやラウラの胸部装甲を見て羨んでいるが、アリサも大概だぞ。出るところが出て、細いところは細い。私は全体的に細いのだ。スレンダーといえば聞こえは良いけどな!

 水の抵抗が無いと表現もできる。

 嬉しくねー。

 

 「……はあ、……さて……じゃあ、タイム測るかな!」

 

 この言葉にできない暗澹たる懊悩を払拭すべく、私は泳ぎに全てをぶつけることにした。

 ラウラのタイムは、確か4月半ばで、50アージュを22秒34、だったか。

 はっきり言ってめちゃくちゃ速い。速いが――。

 ―――私ほどじゃない。

 バリアハート地下での戦闘を、ラウラは見ていない。

 ブリオニア島での遊泳は、競争ではなかった。

 隣のラウラに目を向ける。彼女は私の目線を受けて、直ぐ前を向いた。

 微かな仕草だったが、同意と見ていいな。

 

 「……おお、カタナが燃えてる」

 「フィ、フィーもやろうよ、競争」

 「ん。じゃあ」

 「なら私もやろうかしらね!」

 

 楽しそうなサラ教官も参加することになった。

 良いね、相手にとって不足なしだ。

 台の上に乗る。柔軟体操を念入りに。海老のように背中を反らし、そのまま腕を床につける。ブリッジの姿勢、皆が視界の中で反転していた。そのまま足で地面を蹴って、逆立ち。そしてうつ伏せになる形でゆっくりと足から着地。……身体の準備は上々だ。

 

 「じゃあ、位置について、用意……」

 

 エマがストップウォッチを片手に、掛け声。

 飛び込み台で姿勢を整える、私達4人。

 私は、すうと息を吸い、吐き出し、吸い、吐き出しと、早く深い深呼吸で整えながら集中する。

 思考を切り替える。戦闘モード。凪のように心を封じ、50m泳ぎ切ることだけに全力を尽くす。

 

 「ドン!」

 

 の合図と共に、飛び込んだ。

 弧を描いて指先から飛び込み、全身をくねらせて速度を上げる……っ!

 

 「速い……!」

 

 私の泳ぎを初めて見るのは……ガイウスだけかな?

 感嘆する声を後ろに、私は加速。徐々に世界が静まっていくのが肌でわかった。

 

 「綺麗……」

 「息継ぎ……してるの、あれ……!?」

 

 遠ざかっていく声。誰が誰か区別がつかなくなっていく。声を聴くのも煩わしく。

 横目で見える視界には、誰の姿も無い。

 

 (先頭は……譲れないかなぁ……!)

 

 腕はクロール、足はドルフィンキック。死ぬほどスタミナを使う泳ぎ方。呼吸をする時間も惜しい。

 視界が酸欠で黒く染まり、耳鳴りと頭痛が押し寄せてくる。

 それでも私は全てを意思でねじ伏せて、無視。50アージュを泳ぎきる。

 指先が壁に着いた所で、顔をあげる。

 他の3人は、まだゴールに到達もしていなかった。

 

 「――っはぁ……! っしゃぁ……!」

 「はや、……速いな……!?」

 「ラウラ達には……リーチ差で……負けたけど……カタナには……」

 

 拳を握って勝利の余韻に浸る私を視る、皆の目(サラ教官を除く)には感嘆と驚愕。

 多分、全員同じことを思ったのだろう。

 

 「「「「「「「「追いつける気がしない……!」」」」」」」」

 

 私にだってクラス1得意な技能くらいあるのだよ、と珍しく自慢げな顔をした。

 順位。私、ラウラとサラ教官が同時、そして最後がフィーだ。

 ちなみに速度を落としての水泳なら、50アージュと言わず、150アージュくらいなら息継ぎをしないで泳ぎきれるぞ。潜水時間も5分くらいなら平気だ。

 バリアハートの地下()()みたいな戦場があるなら、私はクラスで誰よりも活躍できるだろう。滅多にそんな事は起きないけど。

 

 プールから上がる。

 ラウラとフィーは上がるのが億劫そうだ。サラ教官は平然としている。この辺は経験と鍛え方の差だな。

 手を差し出して、引っ張り上げようとした。

 

 「ありがと」

 「……私は、大丈夫だ」

 

 フィーは素直に手を握り、ラウラは拒否して自力で上がる。

 その様子に、ほんの少しだけ違和感を覚えたが――まあ、そういうこともあるかと私は気にも止めなかった。

 ……思えば、この時から少しずつ……何かしらの違和感を覚える事が増えていったのだが。

 私達がそれに気付くのは、まだ先の話だ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「で、プールで気付いたのもあって、話を切り出すんだけど」

 「ああ」

 

 返事をしたが良いが、腕を組み考えたままのマキアスだ。

 目の前にはチェス盤。向かい合っての勝負中。かなりの長考中だ。眼鏡の奥、眼球があーでもないこーでもないと忙しない。

 放課後、部室棟。

 向かいにあるチェス部へと私は足を運んでいた。

 オルディスに向かう途中の飛行艇では、勝負が着かなかった。

 あの時の続きを進めつつ、前々からの疑問を確認しておこうと思ったのだ。

 因みに勝負は7:3で私が優勢である。

 

 「……これでどうだ?」

 「じゃ、こうで」

 

 私の即決に、マキアスが再びムッとした顔をする。

 飛行艇の中では互角だった勝負が、こうして私に流れているのは勿論理由がある。

 

 (マキアス、分かりやすいんだよね……)

 

 勝負でもゲームでも、それを行うのは人間だ。だから呼吸や集中力、間合いがある。感情の機微があり、どうしたってそれは行動に出る。相手のそれを乱すのが勝負を制するコツだ。

 ブリオニア島での一連までの期間で、私はマキアスの呼吸を多少なりとも理解した。

 実際、マキアスとのARCUSリンクは強化されている。

 その結果が、これ。

 相手の嫌なことを進んでやる。相手の隙を逃さず捕らえて流れを掴む。

 私の得意パターンである。……性格悪いな?

 

 さておき、話題は、リィンの話だ。

 プールで知った、リィンの胸の傷痕の話。

 

 「マキアス、リィンの……あの話は、他にしてないよね」

 「していないし、言えるものでもない。向こう(ユーシス)も同じだろう」

 

 バリアハート地下の決戦。猟兵アイリ・アドラーとの戦い。

 私は見た直後に気絶してしまったが――ほんの一瞬だったとしても――あの姿は脳裏に焼き付いている。

 《ルナリア自然公園》で見た、燃える闘気とは違う――もっと凄惨な衝動とも呼べる姿。

 刃から言動まで、全てが何かに覆われた姿だった。

 

 「……リィンは自覚してるだろうね、あれ。流石に自覚がないのは無理がある」

 「僕に皆を回収するように言っていた。理性はあったな」

 「皆人間が出来ている。リィンを追求しに行かない辺りが、特に」

 

 実を言えば……私1人で追求しようかな、と思わなかった訳では無い。

 というかリスクを考えると追求しておくべきなのだ。種類は違うが()()も爆弾だ。

 破裂するかもしれない爆弾を放置しておけるほど、私は本来、アホじゃない。

 ……《Ⅶ組》に入る前だったら容赦なく追求していたかもしれないな。

 

 「……甘くなったもんだよ私も」

 

 リィンが実家から離れて《Ⅶ組》に来た経緯を聞いたわけじゃないが……()()が彼の人格形成、及び自己犠牲感に繋がっているのは間違っていないだろうさ。

 この気遣いが良い方に転がるか、悪い方に転がるかは、分からないけど。

 

 「どうする。私達だけでこっそり聞いてみる?」

 「……止めておこう。リィンが話してくれるまで」

 「話してくれるまで待つ、だと一生話さないかもしれないよ」

 「……それを言われると返す言葉がない。だが」

 

 それでもリィンを暫く信じてみよう。

 マキアスはそう言った。

 数ヶ月前は貴族への敵対心で溢れていた彼だが、歩み寄りを見せた、という事でいいのだろう。

 

 「……どうしてもやばくなったら私がやるからね?」

 

 副委員長には念押しをしておく。

 この一件に関しては、正直……エマがどうなるか分からないからだ。

 《魔女》としてどう転ぶか、読めない。彼女はあれで職務には割りと忠実だ。

 

 「分かった。……ところで君は自分の部活は良いのか」

 「ベリルが珍しく原稿詰めたいんだってさ。内容、楽しみにしててと言われてね」

 

 相変わらずの二人体制で楽しんでいる『オカルト研究部』。

 フォーチュンクッキーの売上は上々で、活動費用に余裕は出ているくらいだ。贅沢、とまでは行かないが女子二人で遊び……ごほん、フィールドワークに行ったり、帝都に遊び……じゃなかった、資料集めに行ったりするくらいは普通に出来る。

 偽《(イン)》騒動で負ったベリルの怪我も完治した。ベアトリクス教官のお墨付きだ。

 

 「……それと気になることが……、いや、なんでも無い」

 「? ……なんでも無いなら構わないが、相談は気軽にしてくれ。ラジオ楽しみにしてる」

 「はいよー、期待しててー」

 

 リィンに関連して気に掛かることがもう1点ある。

 が、これはちょっと推測の域を出ない。そしてマキアスに相談して解決する内容でもない。

 委員長がこの話題に乗ってくれれば良いのだが――《魔女》的にどうなのだろうか。

 そう思って私は立ち上がる。

 オカルト研究部からドロテさんが挨拶して出ていくのを耳で察知。

 チェスは、私の勝ちだ。

 

 

 (リィンの痕……。あれは……どこまで、学院に関係しているんだろうね)

 

 廊下ですれ違ったドロテ先輩に挨拶。

 原稿確認したらトリスタ放送局へと向かわないと。

 考えながら、歩く。数歩の距離だが、その間、頭の中で整理する。

 

 思い出すのは、入学式のオリエンテーリング。

 出現した桁違いの魔獣。ガーゴイルの上に騎乗した、首無しの鎧。

 

 何故、あれが出現をしたのか?

 

 おそらく。いや、おそらくと表現するが十中八九。

 ……『旧校舎』にはエマの『結界』すら無効にする神秘が眠っている。

 トロイメライ=ドラギオンや、ストームブリンガーや、そういった何かがある。

 オリエンテーリングに出現したアイツが、その封印を護る門番、というのは有り得る話だ。

 

 では何故、あのタイミングだったのか?

 考えながら、部室に入る。

 

 「げ、原稿どう?」

 「フフフ、問題はないわ。前回の配信がちょっと壮大過ぎたから、今回は抑えめよ」

 

 それなりの厚みを持った台本が、椅子の前に置いてあった。

 ベリルは微笑みながらカードを弄っている。

 先月の放送、つまり『海の檻歌』は少々やりすぎだった、というのがベリルからの評価だった。

 そこで準備していた台本を削ったり差し替えたりをする……というのが、ドロテ先輩の協力の下やっていたこと。報酬はリィン×ユーシスの写真らしい。……そこで×(CP文字)使うの止めない?

 (尚ベリルはそういう嗜みを理解はしても好んではいないそうな。私も同様である)。

 

 ぺらぺらと内容を読みながら、並行して思考を展開する。

 

 私は……てっきりエマが居るからだと思っていた。

 あの異常な強さ。《魔女》の力を察知した旧校舎が、防衛機能を働かせたのではないか、と。

 そして推測を裏付けるように、異常が無い時があった。

 リィンと私(あとフィー、エリオット、ガイウス)のメンバーでミノスデーモンを倒した時。

 リィン、アリサ、エリオット、ラウラ、ガイウスのメンバーでケルビムゲイトを倒した時。

 この2つの例において、敵が化け物みたいに強化されていなかった。

 どう考えても原因、不在だったエマにしか思えない。

 

 ところがどうにも……違いそう、な気がする。

 考えた最大の理由は、オルディス及びノルド高原での実習にある。

 

 (ストームブリンガーにトロイメライ……、2つとも『至宝』を護る一端を担っていた)

 

 私達B班はブリオニア島で『至宝』の欠片に遭遇した。

 A班もノルド高原で“守護神”――嘗て《紅い聖櫃》とぶつかった《巨の黒槌》を目撃した。

 ところが……ノルド高原では、僅かに守護神が動き、地震が発生した程度で済んだ、という。

 それよりも帝国の監視塔が襲撃され、共和国と一時緊迫した空気になったと。

 

 『旧校舎』地下の()()が、《至宝》関連の遺物だとして。

 エマとリィンが揃っている状態で、何も起きなかった。

 僅かに《聖櫃》の余波を受けただけ、というのは。

 

 ちょっと、引っかかる。

 僅かとはいえ地震が起きたらしいが、ジュノー海上要塞への被害に比較すれば無いも同じ。

 

 勿論、杞憂で流せる話かもしれない。

 ノルドの守護神は、ブリオニア島よりずっと朽ちていて反応すら無かったとか。

 《偽帝》オルトロス的に動かす余裕が無かったとか。

 動かなかった理由は幾らでも思いつく。だが。

 

 (違う、と思うんだよな……。だからもしかして……)

 

 ワイスマンから習った考古学知識が、違う、と囁いている。

 マキアスに言いかけた「もしかしたら」という懸念。

 口に出すと思わず目眩がする、真実。

 

 

 ()()()()()()()()()3()()()()()()()

 

 ()()に関わる問題が、より拡大する。

 

 

 ……これはとてもじゃないけどリィンには言えないよね。

 どっかで言う必要があるかもしれないけど、下手に言ったら……彼は学院を去りかねない。

 リィンはそういうヤツだ。

 友人としてそれはちょっと、嫌なのである。

 

 三人が条件だと考えた時。

 バリアアート地下での、リィンの姿がああなったのも、何となく納得できるのだ。

 ……そして困ったことに、これを否定できる材料がない。

 突拍子がなくとも、漠然と正解のような気がしている。

 

 (……リィンの胸の、傷痕……)

 

 アイリ・アドラーが私達を襲撃した理由も、多分だが、あれにある。

 

 (……アドラー。やっぱり、あのアドラー、だよね)

 

 こうして時間が経過したから、思い出せた。いや、もしかしたら何かロックが外れたのかもしれないな。……私はその名前を知っている。

 『結社』時代に《D∴G教団》の被害者一覧を見たことがある。

 レンちゃんとアイネスが気にしていたから、私も手伝った。

 

 その時、確かに私はアドラーの名前を見た。被害者一覧の中に見た。

 ヘイワース、プラトー、アドラー、スカイ、アークライド、サリシオン……etc。

 

 《教団》殲滅作戦には私も参加していた。あの連中は外道で外法だったが、腕は確かだった。

 医療技術、人体と精神の開発力では、大陸屈指の技術者達だった。

 その被害者であるアドラーの血縁者が、リィンを狙った。

 となると、やっぱり胸の疵が関わっていると思うのだ。

 

 (……とはいえ、今はコレ以上の推理は、難しそうかな)

 

 《D∴G教団》の情報から、帝国内で蠢く連中――『結社』以外の勢力や、他の闇に至ることも、もしかしたら可能なのかもしれない。

 ただ心当たりはなかった。残念ながら。

 どこかに誰か居ないものだろうか。

 ……居ないか、そんな都合よく。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 同時刻、クロスベル、遊撃士協会。

 

 「っくしょん! う”―……これは誰かが私の噂をしていますね……!」

 

 揃えた黒髪にヘアピンが愛らしい、まだ若い娘である。

 腰に設えた刀は逸品には遠く、立ち振舞も素人に毛が生えた程度。しかし瞳に浮かぶ意思は強く真っ直ぐだ。

 たった今、遊撃士への応募用紙を提出した少女の名を、クロエ・バーネット。

 嘗て母校に忍び込んでいた蛇の娘(カタナ)と再会するのは、もう少しだけ先の話。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 台本を頭に入れる。

 片手を伸ばして、机の上。口の中でフォーチュンクッキーを砕く。追加。

 生姜を効かせたクッキーはお茶のお伴に最適だ。

 

 「封印措置は、未だ健在……」

 

 『結社』や、至宝の■術■集団『■の■■』の邪魔は難しい。

 だが『執行者』になれば、邪魔をすることも、許される。

 

 「そして私にしか出来ないことがある……」

 

 私が『執行者』を目指す理由の1つは、この記憶処置を解除したいから、というのもある。

 今だってそうだ。必要以上に先を考えようとすると、靄が掛かったように情報が抜けてしまう。

 

 ……士官学院の生徒の、卒業先は様々だ。

 軍人になる者、領邦軍に加わる者、政治家の道に進む者、鉄道憲兵隊や特殊部隊に誘われる者も居るだろう。勿論民間の仕事に就く者、七耀教会の元に足を運ぶ者、場合によっては学校教員や、国外で遊撃士になる可能性すらある。私だって選ぼうと思えば、それらの何処にでも行ける。

 

 だが『執行者』になれる人間は、限られている。

 相応の『闇』が必須だと言われる、あの立場。

 私は持っている。

 腕は、兎も角。

 

 「……ん? あれ?」

 

 腕を伸ばす。虚空を裂く。

 見ればクッキーが入っていた器は、ベリルに取り上げられていた。

 

 「食べ過ぎよ」

 「ん、そ、そんなに食べてた?」

 「20枚は食べてたわね、フフフ」

 

 代わりにお茶でも飲んでなさい、と緑茶(クロスベルで購入)を注がれた。

 紅茶用のティーカップに緑茶(グリーンティー)は似合わないな。今度、湯呑でも持ってくるか。

 

 「それと、さっきからずっと口に出ていたわ」

 「えっ」

 「カタナ、貴女が悪の秘密結社に入るのは好きにすれば良いけれど……」

 

 流石ベリル。私の独白を聞いても平然としている。

 フフフ、と笑った彼女は、少しだけ真面目に私を諭してくれた。

 

 「必要なら、私にも相談するように。《Ⅶ組》とサラ教官だけが、貴女の大事な人ではなくてよ? 既に貴女のせいで結構色々巻き込まれているの。毒を食らわば皿まで、ではないけれど……貴女に付き添うくらいの力はあるつもりよ? 私」

 「……ん」

 

 大丈夫。分かってる。ベリルは大事な友人だ。彼女を粗末に扱うなんてことは決して無い。

 仮に『執行者』になったとしても定期的に会いに(ミシュラムに)足を運ぶのは忘れないよ。

 

 「……なんか重いし、湿度高いけど、分かってるなら良いわ」

 「重くないよ。コレくらい、普通。私の周りの大人、皆そう」

 「……貴女の周りの大人、教育に悪い人しか居ないんじゃない?」

 

 そんなことは――あるかもしれない。

 いや、でも良い人も居るよ。悪人であることと両立するだけだ。

 言いつつ、私は手を伸ばす。

 ベリルに防がれた。

 

 「も、もうちょっとダメ?」

 「だーめ。そんな可愛く首を傾げてもダメよ。それより、ほら」

 

 読み終わったなら、トリスタ放送局へ行ってらっしゃいな、と促された。

 

 「マイケルさんが心待ちにしてると思うし……。夕ご飯の用意はしておくわ。今日、来るんでしょう? なら尚更お腹空かせておきなさいな」

 「そうだった……!」

 

 特別実習の苦労を語ったところ、ご馳走してくれることになったのだ。

 《平民寮》の一角にお邪魔する形。

 ベリルの作ってくれる料理なら幾らでも入りそうだ。

 

 「……だから若干重いわよ」

 

 フフフという微笑みに見送られ、私は部室を飛び出した。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ベリルのご飯はとても美味しかった。

 夏に合わせた涼しい料理……ハーブを豊富に使った冷製パスタがメイン。

 付け合わせに軽くローストしたお肉、サラダという実に立派なメニュー。

 王国でも帝国でもあんまり食べたことがない、色彩豊かなお皿だった。

 

 「レミフェリアのお料理よ。エオリアさんに教わってね」

 

 なるほど、そういう繋がりか。

 デザートに果物入りアイスクリームまで出されてしまった。

 勿論完食した。丁寧に堪能したとも。

 

 「……今度、ウチ(第三学生寮)おいでよ。私もご馳走するよ」

 「楽しみにしてるわ、フフ」

 

 クルーガー先輩……ではなく、シャロン先輩が赴任してから、毎日の食事に困ったことはない。

 が、それはそれ。全てを任せっきりにすることもない。皆でご飯を作るのは、楽しいのだ。

 

 「マイケルさんはなんて?」

 「オーケー貰った。あと……三ヶ月ぶり?ってことで、トワ会長ゲストで出ませんかって提案もあった」

 

 その他、マイケルさんの反応を伝えたり、トワ会長へのお願いについて話したり。

 言える範囲での実習の経験や、リベールの話、ワイスマンの話なんかをしていたらあっという間に時間は過ぎてしまった。名残惜しいが、そろそろ帰って休む時間だ。

 

 「おやすみベリル。また明日、学校で」

 「ええ。おやすみなさい。いい夢を」

 

 見送られて、坂を下る。

 初夏の夜は気持ちが良い。肌寒くもなく、暑くもなく。星は遠い。良い夜だ。

 

 「お帰りなさいませカタナさん」

 「ただいま、戻りました」

 

 寮に入る。皆は自室で、宿題を済ませている頃合いだろう。私もやらないと。

 階段を登る手前でシャロン先輩に、出迎えられる。

 

 「お届けものですよ」

 「……お届けモノ」

 

 まさかまたブルブランじゃ無いだろうな、と思ったが、どうやら違うらしい。

 

 「お手紙です。郵便受けに入っていましたよ」

 「……どうも」

 「お節介ですが、ご注意を」

 「は、はい?」

 

 封書を見る。そして理解する。

 なるほど、これはシャロン先輩も忠告を発するわけだ。

 

 手紙の差出人に書かれていた名前は、とても見知った名前。

 

 『G・W・アルバより ―― E・N・アルビーへ』

 

 ワイスマンからの手紙だったのだから。




トマス教官「シャロンさんに気付かれない様に郵便受けに入れるのが大変でした」

Q:カタナ×ベリル
A:客観的に視ると少々湿度が高い。恋愛的な好意ではないが、普通に友情が重い。
ベリルだから微笑んで受け止められている。てぇてぇになるかは分からん。

Q:ラウラの速度:50アージュ22秒34。
速すぎる。ちなみに現実では、50m女子自由型;22秒63が世界記録(wiki調べ)である。
軌跡世界の人間は明らかに常識から外れているのでしょうがない。
尚カタナは50m21秒、フリーダイビングだと深度200m、距離150m、潜水可能時間10分。
男子世界記録に並ぶ数値。これまた人間離れしているが、軌跡世界の住人なので許して欲しい。
最大の欠点は、これらの数値を活かせる場面が致命的に少ないということ。
前にも触れたが、軌跡シリーズの戦場、全部、陸!
どうせ騎神が居るなら空中戦とか水中戦やってみたかった!

Q:クロエ・バーネット
A:《暁》のメインヒロイン。
バリアハートの章ボスことアイリ・アドラーとは非常に深い仲。
ジェニス王立学園生だが保健室登校だった。そんなクロエの数少ない友人が、カタナ。
《暁の軌跡》本編こと『試験班』発足はもう2月ほど先(9月頭)。
カタナと本格的に絡むも少し先。
でも彼女が居るから、カタナがクロスベルに関わる理由になる。

さて次回は毎度お馴染み、裏で進行していたアレやコレやに加えて、四章に向けての暗躍です。
地獄を作ろう地獄を。処理できない勢いで襲いかかる津波のような地獄を。帝都に齎したい。

58話「広い大陸の片隅で起きた、小さな羽ばたきの話(下)」

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