次回から四章、帝都夏至祭の話が始まります。
伏線が……伏線が多い……!あれもこれも不穏な火種が沢山ですが、どんな風に絡まって発火するのか、それをお楽しみに。
では、どうぞ。
7月17日、早朝。
士官学生の生徒は皆早起きだ。寝坊をする生徒は少ない。
幼い頃から、多忙な大人の仕事を見てきた子供ならば尚更だ。
フィーの場合は、家庭環境も多分に理由となるだろう。
時には戦場で寝なければいけないことも、逆にどんなに眠くても起きていなければならないこともあった。短期間で眠りに落ちる技も、即座に目を覚まして臨戦態勢を取る癖も修得している。
殆ど習慣となっていたこれは今も変わることはない。
夏場は、空が白み始めた頃――つまり朝5時ともなれば目を覚ます。
「…………は、ふ……」
とはいえ、トリスタと士官学院の平和な空気は、彼女を
慣れない勉学に、安全な敷地。周囲には気遣ってくれる友人。
欠伸回数が増えるのも宜なるかな。
若干不摂生な自覚はある。だから個人での修練は、日課だ。
平穏な学校生活かと思いきや、バリアハートの地下に、オルディスの至宝に、とどうして中々トラブルが多い。この先も緩んだままの自分を引き締めるためにも、少々気合を入れなければ。
「んー、……よし!」
顔を洗って活を入れ、運動着に着替えて外に出た。
初夏、太陽が登る前はやや肌寒い。運動には丁度いい。
今日は西だ。警備員に挨拶をして街道に出た。
最近知った、というか意識したことなのだが、トリスタには警備員が常駐しているのだ。
『クラウゼルは知らなかったか。学院周辺の治安維持は、ヴァンダール家が担当しているんだ』
『直轄地は皇帝陛下の土地だ。それを護るのも皇室守護職の仕事ということだな』
というのがユーシス、ラウラの言葉だった。
『だから、他の地域で見られる、領邦軍と帝国軍と鉄道憲兵隊の言い争いが無いんだよ。……しかも理事長が、オリビ……オリヴァルト皇子で、理事の三人も居る。トリスタで暗躍したいなら、教員になるのが一番……かもね』
最後にカタナも付け加えてくれた。中々どうして彼女も博識だ。
言われてみれば当然な話。名門校の周囲で治安が悪い、なんてのは全く笑えない話だ。
街道が整備されているから忘れそうになるが、トリスタの周辺は丘陵地形。旧校舎や、園芸部の畑、側の釣り池なんかで顕著に表れているが、結構しっかり高低差があり、木々が生えている。
鬱蒼……とまでは行かないが、それなりに深い。
普通に魔獣が住んでいる。
学生が魔獣相手に戦闘の経験値を積めるくらいには、住んでいる。
「私は慣れっこだったけど……」
魔獣のど真ん中で安全地帯を確保して爆睡するくらいには、慣れっこだけど。
トリスタ街道に出る際、なんの障害もなく通り抜けられるというのは、結構危ない。
極端な話、東街道の魔獣が第三学生寮の前を通り抜けて西街道に出れてしまう。
当然そんな危険な状況を学院が放置している筈もなかった。
普段は姿を見せないが、彼らは街の入り口にある、がっしりとした石造りの壁の裏に待機所があって、そこで数人で24時間交代しながら安全に気を使ってくれている……らしかった。
(肌で感じた限り、あんまり強くないし……)
強さは魔獣を追い払える最低限があれば良く、代わりに卑しくない姿勢……誠実さが大事なのだろう。
礼儀として挨拶はしているが、正直あんまり興味はなかった。名前も知らないし。
昼寝出来ることに感謝はしてるけど。
「ん、……あれ?」
軽く走り始めて、違和感があった。
視界の中に見える景色が……微妙に、変わっている。
キのせいでなければ――気の所為でなければ、木のせいだ。何本かが見えなかった。
こういう違和感は放置してはいけない。
予感があった。小走りで柵を越える。
「――!」
薄暗い朝靄だが、血は鮮やか。
木々の間、地面に倒れるカタナが視えた。
周囲には切り倒された木々。年輪も綺麗に断面図から読み取れる程、鋭利に切断されている。
しかも、血だらけ。
慌てて駆け寄ろうとして。
「ストップ! 入るなっ……!」
顔を上げたカタナの言葉に、足を止める。
鬼気迫る表情で、近寄るなと手を上げて静止させられた。その態度と言葉には、戦場で見た『西風』の面々を彷彿とさせる程の命令が含まれていた。――大人しく、足を止める。
「……ん、オッケ……止まって、正解……」
起き上がったカタナを中心に、周囲数メートルが平地になっている。
何もないのだ。ある筈の樹が何本か倒れ、枝も下草も刈り取られている。
「フィー、ゆっくり……一歩下がって。そして目の前、首の位置を、よく見て」
「………? ……何コレ。ワイヤー?」
「視認性ギリッギリのやつね」
よく見るとキラリと光を反射する、鋼の糸があった。それも周囲に、縦横無尽、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。……あのまま進んでいたらフィーは
地面から起き上がったカタナは生傷だらけだった。足と腕に血が滲んでいる。
そういえば最近、入浴時に痛そうな顔をしていたか。あまりにも鋭利な刃で、表皮だけが斬られた形。故に肉眼では怪我をしているとは思えなかった。
「……鍛錬、邪魔しちゃった?」
「いや、大丈夫。休憩するところだったから――ですよね先輩」
「はい」
藪から華麗に出てきたのは、シャロン・クルーガーだ。
メイド姿も穏やかな微笑みも何時も通りに思える。
……手に握られた大型ナイフと鋼糸がなければ、だ。
不気味な程に様になっている姿は、こちらが彼女の本領なのだと告げるのに充分だった。
「ご心配なく。サラ教官からは許可を貰っていますから」
「……そ、なら良いや。それより“先輩”って。……もしかしてカタナの古巣の……エージェント?」
「ふ、古巣じゃないよ。戻る気あるし」
カタナが修正したが、答えを言ったも同じだ。
内心で色々と合点がいく。サラの態度からして、カタナとサラが戦った時……シャロンも関わったのだろう。いや、逆か。二人の対立にカタナが入って時間稼ぎをした様な形だろう。
そしてサラの中で見た、あの雪景色に繋がると。
「ちょっと前から、修行を付けて貰ってて……。目下、空中を歩く技を、頑張ってる」
視えないほどに細いワイヤーを張り巡らせ、その上に乗る。そういう訓練の最中らしい。
カタナは体幹が極めて優れている。柔軟性もあるし、重心は安定しているし、器用だ。段階を踏んで鍛えていけば、一本の細い糸の上を疾走するまで成長できるかもしれない。
糸にぶらさがる所から開始し、糸に足をかける、糸の上に立つ、糸の上を走るという手順だ。
「フィーさんも一緒にやりませんか?」
感心した声を聞きつけ、シャロンが提案をする。
「良いの? 確かに私も、試行錯誤している最中だったけど」
「遠くに衝撃を飛ばす技……。私ならワイヤーで同じことが出来ますよ」
ガルシア・ロッシから譲り受けた手甲を扱うには、独学では限界がある。
士官学院に居る中で徒手空拳に長けている人間は少ない。強いて言えば、カタナやリィン、アリサらが親しくしている……バイクに乗っている先輩がそうだろう。
ただ彼女はなんというか、ちょっと、怖い。
主に目付きが怖い。乙女として近寄ったら危ない気配がする。
カタナは平然としているらしいが、羞恥心が欠けているからしゃーない。
「わ、私としても、一緒だと嬉しいかな。競う相手が居た方が、身になるし――それに」
「それに?」
「私とフィーの2人がかりなら、先輩にワンチャンあったら良いなって」
「あらあら、中々不敵な事を言いますね」
カタナの言葉に、思わず口元が緩む。
古巣に戻ると言っているこの親友は、戻った所で友情がどうにかなるとは考えていないらしい。
普通そこはもっとこう――。
『私は闇に生きる身……もう皆と友達では居られないの……!』
『そんなことはない! カタナは大事な友だちだよ……!』
――とか言うシチュエーションに思えるが、カタナは強欲らしかった。強欲になった様だった。
うん、良い所取りをしたい、というのはとても良い。
ワクワクしている自分がいる。
「良いね。じゃあ――よろしく、二人共」
かくして此処に、フィーとカタナの合同修行が幕を開ける。
尚2人揃ってシャロンにノサれた。
そんなに甘くなかった!
○ ○ ○ ○ ○
「台本を変えて欲しい……。変わった申し出ね。しかも相手が」
しかも場所は部室でなく、外。士官学院の中ですら無い。
トリスタにある《七耀教会》の個室である。
差し出された紅茶を飲みながら、ベリルは自分を誘ったシスターを見る。
「ロジーヌさん。そのお願いは、貴女の物? それとも貴女の
「……察して下さい」
「フフフ、察しましょう。安心なさい、貴女の正体にこそ何となく勘付いているけど、貴女の
悪意は感じないから、付き合った。
《七耀教会》には怪しい部所がある、ということはカタナ経由で知っている。
ロジーヌも学院に入り込んでいる『誰か』も、そうした怪しい部所の所属なのだろう。
実際、旧校舎を始めとしてこの学院には謎が多い。七不思議もある。
それでいて皇帝直轄地だ。組織的な介入をしたいならば、外部から密かに暗躍したい誰かが居るならば、学院に潜り込むのが最適なのだ。即ち生徒になるか教師になるかである。
ロジーヌは前者だ。
「フフフ、理由を聞かせて貰っても?」
「……《Ⅶ組》の皆さんが巻き込まれたという特別実習、ご存知ですよね」
「勿論。聞いてるわ」
オーレリア伯から念押しされた『相手を選んで』という指示を、カタナはしっかり守っている。
《Ⅶ組》以外に話した相手は、妙に大陸中の情報に詳しい親友ベリルだけだ。
なんとなーくカタナの信頼が若干重い気もするが、まあそれは愛嬌だろう。
「口に出したら不味い代物が大暴れしたんでしょう?」
「はい。まさにそれが理由です」
時刻は昼休み。昼の礼拝中で、司教達は下のホールだ。トリスタの住人らと祈りを捧げている最中故に、会話は届かない。この狭い個室も、防音措置は取ってある様子。
用意周到なことだな、と思いながら、一応確認をする。
「断ったらどうするつもりかしら? 強引にでも?」
ベリルの瞳に、ロジーヌは目を逸らさなかった。覚悟あり、と。
「それは本当に最終手段です。でも……ベリルさんは……カタナさんが傷付くのを嫌うでしょう。だから、これから理由を説明します」
「あら、よく知ってるじゃない」
確かにベリルには世界が見える。やろうと思えば、その視界を利用して戯れることは容易い。
しかし『個人的な楽しみ』で世間を必要以上に混乱させる真似を、ベリルは出来ない。それが性分だ。それが出来る奴は、人格的に問題がある。
『私ベリルのそういう所が好きだよー』
と、カタナは言うのだろう。
ベリル自身、あのアホなのか抜けているのか鋭いのかよく分からない”彼女のため”という理由があれば、台本を変える理由には充分だ。
「それで、具体的には何が不味いのかしら」
「……此方が、先日放送されたラジオの台本です」
――大地が実りを忘れしとき、山は海を越え、人々のなげきがこだまする。
――災いの山は海からあらわれ都をガレキと化す。
――人々に唯一できるのは、灯りの道を作り道を指し示すこと。
――迷いの森はシフールの風を受けてこずえを揺らす。
――母が血を分かつのは、国を別つためではない。
――赤い瞳に気をつけろ。赤い瞳に惑わされるな。赤い瞳を持つ者が現れしとき、悪しき計画は動き始める。
――表情のない兵士たちが国境を越えるとき、呪縛に囚われた王はもはや力を失い、海も山も、やがてはすべて死に絶える。
――異界の女と、星を操る男に、災いの波は引き寄せられるだろう。
「海の檻歌ね。……待って」
「お気付きですか」
――災いの山は海からあらわれ都をガレキと化す。
「なるほどね。……これがオルディスに迫った巨人の事を指している、と言いたいのね? ……確かに燃える巨人は、災いの山と呼べるかもしれない。紅き遺物なら、火山と読み取れなくはない。でも――ちょっと無理やりじゃない? この程度の解釈なら、その辺に転がってる冒険小説でも可能よ」
「私もそう思います」
――大地が実りを忘れしとき、山は海を越え、人々のなげきがこだまする。
――赤い瞳に気をつけろ。赤い瞳に惑わされるな。赤い瞳を持つ者が現れしとき、悪しき計画は動き始める。
この辺りも、関係しているように読み取れなくはない。
ですが、とロジーヌは手に持っていた資料を見せる。
最大の理由は、別にある。
「台本作成に携わった皆に聞き込みしました。――
「え? ……私はドロテさんから原案を渡されて調整しただけね」
「ドロテさんはこう言いましたよ。エマさんから進められた。そしてエマさんはこう言いました。――
「――は?」
いや、確かにカタナは《魔女の巡礼》という伝承を元に作品を作ったと言っていた。
だが作成した原案は文芸部に任せていた、エマの強い要望だったと、そう話していた。
「……一周してる? 誰も、自覚なしに?」
「お分かりですか。文芸部と、オカルト部の合作。何度も検討を重ねブラッシュアップしたその作品を
「……流石にコレは動揺するわ」
フフフ、と笑える話ではない。
いや、そういえば言っていた。確か放送の反響で。
―― 一つの詩を聞くたびにそんな惨劇が発生する光景を幻視したとか。
―― 言葉の1つ1つに呪いが込められていたようにすら感じられたという。
あの言葉が、事実だったら。
「オルディスの一件が、歌と合致しているだけの『偶然』ならば良いんです。でも、そうじゃないなら?」
「そうじゃない場合……、あの歌がまだ続いている可能性があるし、追加の放送で『別の予言』をしてしまうことも考えられる。それは、不味いわね……」
そして、カタナの精神衛生上にも非常に不味い。
『結社』に戻る意欲を持つとは言え、人に言えないレベルで淀んでいる心があるとは言え。
今のカタナに『貴女が放送したからあの事件が起きた』と伝わってしまうのは不味い。
それが真実だとは思わないが、そう捉えることも可能。
放置できる問題でもないが、機は伺わないと不味い。
「……分かった。原稿は変えましょう。放送に関しては私の判断で、……カタナには折を見て事実を伝えるわ。それで良い?」
「加えて、この先……怪しい原稿が上がってきたら、1回私に見せて頂ければと思います。『上』の判断も聞いておきたいので。……それと」
「まだ何か?」
「いえ。――予想もしない爆弾が眠っていた事はショックだと思いますけど、活動は、応援しています」
きりっとした顔で、励まされた。
流石は本職シスター。言葉は普通でも、聴くだけで安心する声色だった。
「……素直に受け取っておくわ」
シスター・ロジーヌも、こんな風に正体を見せて注意を促すのはきっと不本意だったのだろう。
だが、告げる以上は顔を見せて伝える、というのは、彼女なりの誠意だ。
「今度部室にいらっしゃいな。歓迎するわ」
「機会があったら、是非」
「それ行けたら行くと変わらないわよ?」
ついでに言えば、カタナはどうも《
紅茶を飲み干して、席を立つ。そろそろ礼拝も終わる。
とんだお昼休みになってしまった。
お陰で……午後の授業で眠気に襲われることは無さそうだった。
○ ○ ○ ○ ○
帝国某所。
帝都からもほど近い、深い雑木林の一角に、黒い飛行艇が着陸している。
高位猟兵団が有するステルス機能を始め、武装、装甲、電探と隙無く纏められた高価な逸品。
軍の偵察機や、貴族の道楽に使用されるこの飛行艇の傍らに、幾つかの影があった。
『待たせたな、同志諸君』
地面に描かれた転移魔法が光る。
青い衣装の魔女と共に、ゆっくりと出現した人物は、視線を三人の同胞へと向けた。
マントで全身の体格を隠し、仮面を被り、変声期を使っているから、その素顔も性別すらも分からない。
だが《Ⅶ組》メンバーが見れば指さして言ったことだろう。
ルナリア自然公園で暗躍していた男達だった。
彼らこそ《帝国解放戦線》。その主要メンバーだ。
『集まって貰ったのは他でもない、これを各々の機甲兵に組み込んで欲しいからだ』
そう言って置かれたのは、掌よりやや大きい程度の、黒い導力器だった。
「こいつは……《ゴスペル》か……?」
『似たような物だ』
一際に逞しい男がオーブメントを手に取った。
《V》と呼ばれる厳つい男は、外見に反して武器や導力の知識も豊富であるらしい。
数年前、リベールで発生した『導力停止現象』。
その理由は、空中に出現した浮遊都市リベル=アークであった。
その端末として古の時代に利用されていたオーブメントが《ゴスペル》である。
『本来《ゴスペル》は、浮遊都市からの力を受け取る為にあった。これは違う』
「……どういう意味だ?」
『コレに、繋がっている』
仮面の男――《C》が地面に置いたのは、巨大な箱だった。
稼働する
『これはエプスタイン財団から盗んで貰った、最新鋭の導力演算器だ。……この中には、先日暴れまわった『紅い巨神』のデータが入っている』
「カイエン公から手引きして受け取ったという事か……。しかし、オーレリア・ルグィンらが手を回して、そうそう簡単に回収できないと思っていたが」
《G》と呼ばれた眼鏡の男の質問だ。
《C》は簡潔に答えを返す。
『カイエン公も裏工作は伊達ではない。……海上で活動する大型船は、フェイクだ。さも大きな引き上げ作業をすると周囲にアピールをして、オーレリアの目を惹きつけた。その間に海中に潜ませた別働隊で、重要なパーツだけを引き上げた。巨神本体は今も海中に没したままだが』
「……起動に必要なパーツだけは先んじて確保した、と」
そしてその確保したパーツを、盗んだ最新鋭の演算装置で解析。
解析した情報を《ゴスペル》を使って受信可能にし、それを機甲兵に組み入れる。
『これを機甲兵に組み入れれば、あの巨神の力を……数%だけだが再現も出来るだろう』
《C》はそう説明をした。
たった数%で充分、機甲兵の常識を外れた火力や威力を得ることが出来る、と。
「……もしかして《ゴスペル》の大本は、あの《白面》かい?」
『そうだ。《白面》の遺産だと聞いている。そこからカイエン公を経由して私達の手元に来た』
「……なるほどね、粗末に扱えないわけだ」
『既に《ゴスペル》には命令権を打ち込んである。……私達が最上位に設定済みだ。巨神のように分別無く暴れる心配はない』
「他の人間ならば兎も角?」
《S》の質問に、そうだ、と《C》は返した。
普通に考えて、あの紅い巨神の情報を、機甲兵に持ち込むのは危うい。
巨神を操っていた《偽帝》に新しい身体を与えることにもなりかねないからだ。
しかし、その心配はない、と《C》は続ける。
『……《偽帝》があれ程に動くことが出来たのは、何よりも『結社』による援助があったからでもある。……念のために、カイエン公に渡った機甲兵にも《ゴスペル》は渡してある。次に同様のことがあっても、私達に何かをするよりもまず向こうに行くだろう。――彼らが私達を利用するなら、そのくらいのリスクは飲んでもらわなければ困る』
「理由は分かった。だが機甲兵に組み込んだ所で、夏至祭には間に合わねえぞ?」
『機甲兵の投入は《貴族派》と足並みを合わせる必要がある。対策防止だ。……
《C》の言葉に淀みはなかった。
――他にも盗んだ品はある。
――私達が利用できそうな人間も帝国に潜んでいる。
――効果的な暴走を引き起こす機械も。
幹部三人は、その言葉に頷く。
ならば構わない。全てはあの鉄血宰相に、鉄槌を下すために。
「夏至祭こそが、我らの存在を世に知らしめる」
燃え盛るような執念が、彼らの周囲に渦巻いていた。
○ ○ ○ ○ ○
死んだ人間は、生者に言葉を送ることは出来ない。
この世界が煉獄に迫るか、異界化すれば別だが、そんな事は滅多に起きない。
だがメッセージは、残る。
『G・W・アルバより ―― E・N・アルビーへ』
自室で何度眺めても、手紙の宛名と贈名が変わることはない。
筆跡から分かる。これはワイスマンの手紙だ。私に向けた、あの《白面》教授の言葉。
クルーガー先輩が注意を促すのも当たり前。正直、読みたくない。あの男のことだ、読んだら作動するスイッチが私の脳裏に刻まれている可能性は普通にある。それが皆を傷付ける可能性は、充分ある。
ヨシュアさんに奴がやった所業を、私は一番近くで見ていたのだから。
だから読みたくない。
だが、同時に、読みたい、と思っている自分がいる。
……あの男が私に最後に残した言葉を、知りたくないと言えば、嘘になる。
「……読むか。……皆の前で」
今読むのは止めだ。別の日にしよう。クルーガー先輩は勿論、サラ教官にも協力を仰ぐ。
そうすれば流石に何かあっても、なんとかなるだろう。仮に私が暴走しても、だ。
後に私は思い出す。何度も思い返すことになる。
この判断は、正しかったのだろうか、と。
もしも一人で読んでいたら――もしや一人で読んでいたほうが被害は少なかったのでは、と。
未来を予想できるのは、ごく一部の人間だけだ。私には出来ない。
だから……後日に発生した、その結論だけを先に伝えよう。
居合わせた誰もが《煉獄》に飲まれることになるのは、もう少しだけ先の話だ。
Q:フィー、カタナと修行。
A:1話(ガレリア要塞)からの伏線、やっと回収できた。
Q:エプスタイン財団の新型演算器。
A:マリアベルの仕業。新型エイドロンギア(ティオのSクラフト)と一緒に拝借した。
Q:《ゴスペル》。本来は《輝く環》用の端末。
A:それを《紅い聖櫃》用に改良した品。勿論《終焉の魔王》にも適応される。『工房』制作品。
ワイスマン→アルベリヒ→オズボーン→ルーファス→カイエン公→帝国解放戦線のルート。
Q:トリスタの治安はどうやって維持されているのか?
A:皇帝の財産を守るのもヴァンダール家の職務では、という推測。
直轄地なので、領邦軍・帝国軍・鉄道憲兵隊らは入れない(閃Ⅱで領邦軍が占拠していた&《騎士団》が管理を担っていた=内戦前は手が出せず、別組織が担当していた事を意味する)。
学院もトリスタも高めの壁で囲まれているが、東西の街道に出る道に門はない(誰でも入れる)。
そこで『学院が警備/門番を雇っているのではないか』と考えた。
オリエさん辺りが良い人材を推薦し、理事会・学院長らで検討した後、雇用するという流れになりそう。立場的にはガイラー用務員に近い。
さて次回から四章。まずは自由行動日からです。
59話「蝉時雨のなく頃に」。
ではまた。