カタナ、閃く   作:金枝篇

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大変お待たせいたしました! 4章スタートです。
仕事の新環境に加えてティアキンとか積みゲー崩しとかソシャゲとか色々やっていたらこんなに時間が空いてしまった。イースⅩも発売日が決定しましたね。楽しみです。

これからも間が空く事があると思いますが、最後までやるので応援して下さると嬉しいです。
では、どうぞ。


四章:汝ら、緋色が相応しい
蝉時雨のなく頃に


 7月18日。自由行動日。

 

 ――シャア……!

 威嚇音が反響していく。身震いし動きが鈍った瞬間を見逃さず、切り込む影が2つ。次いで1つ。

 赤毛の鹿、ヒノミコトの首元を狙うフィー。鼻頭や腱を狙い堅実に戦闘不能に追い込むリィン。

 そして威嚇を済ませた後、小太刀で目玉を切り裂いた私の順。

 背後からのアタックで怯んでいた上に、私の蛇の眼光だ。竦んだ内に、倒し切る!

 

 「い、行きます!」

 「任せてくれ!続くよ!」

 

 その後に続くのは、身の丈程もある巨大な槌だ。私達よりやや遅く、しかししっかりと遠心力が乗った鈍い打撃音。それが鹿の全身を外皮の上から砕き、確実に戦闘不能へと追い込んだ。

 1体がやられたことで、残った2体がようやっと状況を把握する。

 でも遅い。

 

 「せえいっ!」

 

 ラウラの大剣が1体をやや乱暴に両断。

 その時にはマキアスとアリサが武器を構え終わっている。後は射るだけだ。

 こうして戦闘姿勢を整える事も出来ず、3体の火鹿は解体された。

 素材を回収して、一息入れる。

 

 「ふぅ。そろそろ最奥かな?」

 「ん、多分、ね。戻ってくる音が、そんな感じ」

 

 反響定位(エコーロケーション)。耳で地形を漠然と把握した私は、頷いた。

 舌先に感じる獲物の気配も薄れている。敵の数が減った証だ。私達が歩いてきた方向からは血の匂いが、そしてこれから向かう先にはまだ荒らされていない石畳の土埃が残っている。

 

 「話には聞いていたけど、鋭敏だね……」

 「俺たちも頼りにしてますよ。大抵の場合、カタナが最初に何か違和感に気付きますから」

 

 リィンと会話をしているのはジョルジュ先輩だった。

 今回、調べたいことがあったので、旧校舎探索にお願いして同伴して貰ったのだ。

 お願いした張本人ということで、私は荷物持ちもやっている。頑丈なレミフェリアのトランク――入学前から使っているお気に入りだ――には、発信機を始め幾つかの機械が入っていた。

 

 「話には聞いていたけど、本当に構造が変わっているね」

 「やっぱり定期的に調べているんですか?」

 「勿論。サラ教官がメインだけど、僕らも2年生の有志も手伝ってくれているよ」

 

 フェンシング部のフリーデル先輩などは喜々として参加したらしい。さもありなん。

 しかし有志で行った調査は芳しくなかったそうだ。

 『旧校舎の様子が変わったらしい』までは分かっても新しいエリアの探索が進まない。昇降機が途中で止まったり、魔獣が出てこない空間が広がっているだけだったりと。

 学院長はリィンに白羽の矢を立てていたが、リィン(とその関係者)以外はまともに探索も出来ないというのが正しい言い方だ。

 封鎖するべきでは? という意見もハインリッヒ教頭から上がったそうだ。

 

 「サラ教官単独なら何とか事前調査が出来たから、それでリスク管理しているんだよ。多分、君達《Ⅶ組》の教官だからじゃないかと推測されたかな」

 「む、無駄足をさせずに、済みました」

 

 ジョルジュ先輩の手には戦闘用にカスタマイズされた大槌(ハンマー)が握られていた。

 作業服も普段と違っていた。かなり分厚い生地で、グローブもゴーグルも頑丈な実戦用。あれならば多少の斬撃やアーツならば防げるだろう品だ。ルーレ市とかで販売してそうだ。

 昨年、トワ会長やクロウさん、アンジェリカさんらと私達《Ⅶ組》のテスト運用をしていたと聞いていたから、戦闘力があるとは思っていたけれど――中々どうして頼れる強さだった。

 全体的にふくよかな体型だが、その下にある筋肉と体力は確りしている。予想以上だ。

 

 「気にしないでくれて良いよ。むしろ感謝してる。……ところでカタナさんのそれは形意拳なのかい?」

 「し、習得できるほどではないので、一部を借りてます」

 「そうか。アンが気にしていたからね」

 

 いやあ、あの人が私を気にしているのは、断じて戦闘スタイルが理由ではないと思うぞ。

 全く無いとは言わないけど、可愛い女の子を弄りたい欲望が7割、体質の歪さが気にかかるのが3割弱くらいだ。つまり1割も無い。

 

 前にも語ったが、私のこれは、相手を反射的に驚かす技だ。

 目の前に突然、蛇が――物騒な動物でなくてもいい――例えば犬や猫でも良いが、明らかに不機嫌で警戒心MAXの状態で出現したら、大抵の人間は思わず「こわっ」と思うだろう。

 蛇に睨まれた蛙、幽霊の正体見たり枯れ尾花。もっと単純に言えば()()()

 精神的にタフな執行者レベル以上には通じないし、種を知っている(つまり慣れている)《Ⅶ組》にも通じない。しかしこうした探索には持って来いだ。

 士官学院旧校舎、第4層。

 敵の強さは変わっていても、耐性がそうでもないのは有り難い。

 まあ耐性があるならあるで別の方法探すんだけどね。

 それよりか、は。

 

 「ラウラ、ちょっと前出過ぎじゃない?」

 「……そうか?」

 「そ、そんな気が、する」

 

 ヒノミコトの切断面を見る。なんとなく荒れている。

 傷には本人の腕が出る。達人になればなるほど、その切り傷は滑らかだ。

 その分、心身の乱れは剣に出る。ラウラの腕は学院でも一級品なのだが……なんとなく何時もと雰囲気が違う。焦れている……とは違いそうだけど。ううむ……。

 これは、あれかな?

 ケルディック終わった後のエリオットのような、目の前がちょっと暗い感じだろうか。

 

 「鍛錬するのが悪いとは言わないけど、街道周りの痕跡も多いって聞いてるよ」

 「……気を付けるとしよう。――進むぞ」

 

 フィーの言葉も、やや強引に切り上げられてしまった。

 トリスタ街道の魔獣を倒すこと自体は、そんなに悪いことじゃない。

 学院からの依頼ということで(安いけど)お小遣い稼ぎになるし――自主練としても手頃だ。

 学院に来るまで魔獣を倒したことがない、という生徒も多いから、そのケアでもある。

 ヴァンダール家の門番さんがこっそり監視もしてくれるから危険も少ない。

 

 しかし、飽くまでも自分で責任が取れる範囲でが原則だ。ちょっとの怪我ならば兎も角(ベアトリクス教官が怖い?ご尤も)、街道の柵とか魔獣避けの外灯や、樹々に被害が出るのはあんまり良くない。不可抗力はしょうがないが、それでも限度はある。

 ラウラならば、そういう事を起こさないでも何とか出来る腕前がある、筈なのだが。

 

 (……どっか調子悪いのかなー。ブリオニア島から戻ってきてから、割りとそういう感じ……)

 

 ……考えながら進む。気付けば最奥部の広間に近かった。

 

 「さて――何がお出迎え、かなっと」

 

 意気込んで踏み込んだ先。

 見覚えがある鎧の首無しの騎士が、待ち構えていた。

 なるほど。入学式のアイツはここ出身だったのか。……強かった理由が分かったよ!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 今はもう負ける気はしないがな!

 ガーゴイルのような不意打ちもない、ただ真正面に突っ立っていた騎士。

 その一撃は強力でも、それだけだ。

 

 「流石にこれ相手に苦戦はしてられない、な、と……」

 「同、感……っ!」

 

 上へと飛び上がった私、とっさに伏せたフィー。その合間を抜けていく、横薙ぎの刃。

 あの時より私達は強くなっている。私も勘と足腰の筋力を戻している。

 4月、入学初日に出会ったオル=ガティア。このメンバーならなんとでもなる。

 

 (エマだけは居ないけど、ねっ)

 

 エマの代わりにユーシスが後衛(アーツ役)に回っている。

 ラウラとガイウス、そしてジョルジュ先輩が前衛。リィンと私とフィーが遊撃。アリサとマキアスが後衛(射撃役)。これまで3度の特別実習を乗り越えてきたのだ。

 

 「ぬ、――!」

 

 ガイウスが呼気と共に踏み込む。嘗ては数人必要だった一撃を、たった一人で受け止める。

 剛力だけではなく、技術もまた培われていた。相手の剣の切っ先に、己の槍の穂先。二つを巧みに受け流し、勢いを削ぐ。そして己は勢いを殺さないよう捌くと、オル=ガティアに叩きつける!

 ガイウスの槍は尖端が重く太い。騎馬兵が使う槍は、取り回しが難しい。

 だがガイウスは連撃をした。突くのではなく棒を操るように――手元で巧みに回転を受けた槍は、その切っ先でより巨大な円を作る。

 多数の円の重なりは疾風の球となり、その表面に接した鎧を削っていく。

 

 「《タービュランス》――!」

 

 竜巻さながらの連打に、相手が引き下がった。

 そして引き下がった瞬間に、リィンが駆けた。

 

 「合わせるわ!」

 「遅れるなよレーグニッツ!」

 「こっちの言葉だアルバレア!」

 

 後ろに下がった左足を刈り取る刃が、相手の重心を崩す。

 よろめいた瞬間、3つの攻撃が連続。マキアスの弾丸、そしてアリサとユーシスのアーツ。

 間を置かずに叩き込まれ、足のみならず下半身を大きく損壊……!

 リィンの刃が、そこに重なった。

 

 「《孤影斬》!」

 

 3人の攻撃で装甲が剥離していた所に、正確無比な一撃。

 甲高い音。キャインと響いたそれは、金属が裂けた音。

 真っ直ぐな太刀筋が、騎士の足を切断。リィンの刃には刃毀れも曇り一つもない。

 片足一本では、その重い巨体を支えるには不足だろう!文字通り!

 

 「よ、いしょっと!」

 「使って!」

 「あいさー!」

 

 お次は私だ。

 片足一本。剣を振るうのにも苦労するだろう状態を、見逃す私達ではない。

 重心を前に倒しながら石畳を踏む。加速の後、私の身体は、オル=ガティアの真下に潜り込んでいた。通り抜けながら黎い小太刀を残った片足の関節へと叩き込み、オマケに置き土産。

 

 「おっけー!」

 「ナイス! 起爆するよ!」

 

 フィーから渡された携帯爆薬。スイッチ一つで爆発するそれ。

 威力はささやかだが、場所が場所。

 片足一本の姿勢すら崩れかけた騎士にとっては、ささやかな衝撃だけでも致命的だ。

 そして倒れ込んだ先には、ジョルジュ先輩とラウラが居る。

 

 「《鉄砕刃》――倒れよ!」

 「偽《ガラドボルグ》起動!」

 

 胴体に、大槌と大剣が衝突した。

 重くてでかくて硬い。まさに浪漫。

 どちらも取り回しに難はあるが、周りがサポートして時間を稼げば、その限りではない……!

 伊達に《Ⅶ組(私達)》の先達だけある。アンゼリカ先輩やクロウ先輩らと比較しても遜色ない戦闘力。

 ずずん、と倒れて瀕死となったオル=ガティアには、もう殆ど戦闘能力は残っていないだろう。

 

 「し、試作品なんですか?」

 「そうだね。殺傷力が高すぎると許可が降りないから、色々調整が必要なんだよ」

 

 なるほど? ――ハンマーの先端に(ピック)を付けるとか、七耀石を埋め込んで属性付与をするとか、いっそ柄やハンマーにバーニアを付けてぶん回すとか拡張性は高いかもしれない。

 

 つい忘れそうになるが、学院での武器の携帯は許可制だ。

 士官学院という性質上、体育の時間に戦闘訓練は行われるが、基本は『訓練』。

 1年時に適正を測り、本人の希望なども加味した上、2年時から本格的に扱えるよう指導が入る。

 そしてその武器には申請が必須。そりゃそうだ。平民生徒が「すいません、この肉切り包丁を武器として申請します」とかなったら色んな意味で恐怖でしか無い。そも私達だって入学式で申請しているしな。

 まあ最初から武器が決まってる生徒――幼い頃から嗜んでいる貴族の生徒なんかには多い――も居るが、そうでない生徒のフォローも万全。そしてフォローをする為にも、武器の取り扱いは厳しく監督されるのだ。

 

 「さて、後はトドメ」

 

 楽勝だったのもあって、全体的に空気が緩んでいた。

 油断というほどでもないが微かな余裕があった。

 だから予測できなかった。

 オル=ガティアの瀕死の一撃と、それに対応するラウラの攻撃が。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「―― オオオ!」

 

 意地なのか、地下のセキュリティとしての役目なのか。

 既に致命傷を負っていた騎士が、上半身だけで這いずりながら、剣を叩きつけた。

 私達全員は反応したし、その攻撃でダメージを受けることも無かった。

 だが。

 

 「しつこいぞ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 咄嗟に距離を取った私達と違い、ラウラは踏み込んでいた。

 放っておけば斃れる相手に向かっていったのだ。

 

 「眠るがいい!」

 

 剣を受け止め――そう、わざわざ受け止めて!――騎士へと刃を振り下ろす!

 どぐしゃぁ!という音と共に鎧が破壊される。

 だが、ラウラの攻撃は終わらない。

 

 「まだだ! まだ終わらない!」

 

 大剣に振り下ろす。大剣を握っていた手に振り下ろす。既に沈黙した胴体に振り下ろす。

 何度も何度も何度も、何十回も。振り下ろし振り下ろし振り下ろし、振り下ろし続ける。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も! 青い髪と剣が蹂躙する。

 私達が呆気にとられている中、執拗に、しつこいまでに過剰に叩きつけ――相手が粉微塵になって消える頃、私達はやっと動けた。

 

 「ちょ、ちょっと待って! ラウラ! ストップ! 落ち着いて!」

 

 慌てて私とフィーとがラウラを制止した。背後からしがみつくように腕を掴む。

 

 (力、強っ……!?)

 

 必要以上に力んだ腕と、強張った筋肉。全身から、内心の鬱屈した感情を放つ様な、緊張感。

 私達の言葉も、最初は聞こえて居なかったようで。

 咄嗟、私は(ごめん、ラウラ!)と内心で言いながら、手を伸ばした。

 

 ――上半身の豊かな胸を思いっきり揉んでみた。

 

 位置的に他の人からは見えてない! 正気に戻すための治療の一環だ。許して。

 

 「にゅおひゃぁっ!?」

 「ラウラ! 落ち着いて! 私達の声聞こえる!?」

 

 とんでもない中断方法だったが、効果は抜群だったようだ。

 振り上げていた剣の動きが乱れる。その隙にフィーが手首を軽く叩いて剣を落とさせる。

 

 「な、ななな、何をす――」

 「こっちの、言葉!」

 

 そこでようやっと、自分の暴走具合を自覚したらしい。

 既に原型を留めていないオル=ガティア及び激しく損壊した壁や天井や床。ラウラの剣幕に黙り込んでいた皆の視線と、乱れた呼吸だけが、静かな空間に響いていた。

 

 「……すまない、……少し、頭に血が上っていた……」

 「そ、そんなの、見れば分かる」

 

 私の口はへの字になっているだろう。

 じとっとした目を向けるが、ラウラからの返事はない。気まずそうに顔を逸らされた。

 

 「アリサ、任せて良いか?」

 「ん」

 

 リィンの言葉で、アリサが頷いて駆け寄ってくる。おお、以心伝心。良い雰囲気だ。

 

 「エリオットとユーシスも一緒に頼む。先に上に戻ってくれるか」

 「いや、そこまでされないでも……」

 「良いからまず地上に行くわよ。放置しておけるワケないでしょ。さー、素直に運ばれなさい」

 

 アリサを筆頭に、エリオット&ユーシスがラウラを強引に引っ張っていく。

 なんとか皆、気を取り戻したようだ。ラウラに良い意味で遠慮しなかった。

 

 「上に戻ったらまた様子を確認しないとね」

 「そ、そだね」

 

 さて、トラブルがあったが本来の目的を済ませよう。

 ジョルジュ先輩を連れてきた理由――つまり、旧校舎の変化を解析するちょっとした実験だ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 私達が掴んでいる情報は多くない。

 旧校舎は私達の知らないところで勝手に空間が広がるとか、トールズ設立当時からの古の校舎であるとか、古代の遺物が(多分)眠っているとか――オル=ガティアはその守護者であるとか。

 推測や予想込みだが、断言出来る情報は驚くほど少ない。

 ならばどうするか――まず考えたアプローチが、発信機を置くことだ。

 

 過去に攻略した階層はそのままになっている。

 私達が今居るのが地下4階。そして私達が踏破した地下1階~地下3階に、新しい情報は少ない。

 

 本当に少ないのかを調べるのが、第1段階だ。

 地下1階の最奥から今私達が居るこの部屋までの4部屋に、発信機を設置する。そして地上でそれを感知出来るようにする。新しい階層――この場合は、第5層になるのか――が出現した時、これら4つの発信機に異常がないかを調べるのだ。内部の空間が変化しているなら、その揺らぎや振動が、通信に影響を与えるかもしれない。無いならそれも情報だ。

 

 「よいしょ、っと――部屋中央において大丈夫そうですか」

 「一番奥には新たに魔獣が出現していない、というのは報告で聞いているけど……。念のため壁際にも隠して置いておこうか」

 

 トランクから出した発信機2つを手早く組み立て、設置。

 地上まで通信が届くのは事前に確認済みだ。

 中々重いが、幸い此処にはガイウスとリィンとマキアスが居る。男手には困っていないのだ。

 ラウラを送るのに同性のアリサを付け、同じ貴族のユーシスを付け、道中で戦闘が起きた時のアーツ&回復にエリオットを付ける。リィンの采配は上手だった。

 

 「結構重いぞ。――アルビー、君はこんな重いものをトランクで持ち運んでいたのか」

 「ん、お、重いものを運ぶのにもコツがある。重心の位置をずらせば、そんなに難しくない」

 

 戦闘中は床に置いてたしね。

 それにこのトランクは精密機械を運ぶのにも丁度良いのだ。

 

 「では、昇降機(エレベーター)に、戻りましょう」

 

 他に目立つものはない。

 何処かに何か新しい発見――新しい扉が無いか、とか探してみたが、見当たらなかった。

 

 帰るついでに転移装置にも調査装置を設置する。

 これは通信目的ではなく、エネルギー感知がメインだ。

 『新しい階層が出た時、転移装置に流れるエネルギーはどんな変化があるか』を探る。

 後から回収して分析をする装置である。

 そして昇降機(エレベーター)に据え付けるのは、というと。

 

 「「「「せえのおお!!」」」」

 

 男子が全員、力を込めて若干、床を持ち上げる。

 そして地下4層に移動している昇降機の床。私はその下へと、潜り込む。正直かなり狭い――私やフィーでも入り込むのはかなりキツイ。口にペンライトを加え、仰向けのまま入り込むが、呼吸すらままならない。

 それでも男子が頑張って持ち上げてくれている時間を無駄には出来ない。

 彼らの手が緩んだら私は圧死する。だから急ぐ!

 床の裏の中心に、超小型で薄い発信機を付ける。床と、石畳の間に挟み、糸で縛る形で。

 

 「おっけー! 出して!」

 

 合図と同時、フィーが私の足を掴んでそのまま床から引っ張り出した。

 私が脱出したのを確認し、男子がエレベーターの床を降ろした。短時間だが、相当きつかったらしい。汗びっしょりだ。まあ全身土塗れで埃っぽい私が言えることでもない。取り敢えず、役目は果たせたかな?

 

 「うん、動いているね」

 

 この3つ目の発信機は、1つ目と用途は同じ。機能そのものは位置情報を伝える発信機だ。違うのはひたすら――とにかく薄く頑丈に作ったということ。それこそ100アージュの高さから落としても動く様に。

 第2階層が出現した時、昇降機が()()()

 そして第3階層、第4階層が出現した時、地下が()()()

 地下の空間が新たに出現すれば――物理法則が通用しているならば――出現した瞬間、吊り下げた発信機が階下に落下する。最後に設置した機械は、そういう用途だ。

 落下を感知できれば、どのタイミングで旧校舎に異変が起きたのかも掴める、というわけ。

 

 「記録は僕と、マカロフ教官とで確認をしておくよ。何かあったらすぐ連絡を入れよう」

 「お手数おかけします。よろしくお願いします」

 「良いよ良いよ」

 

 進捗がなかった調査が進展するなら良いことだとジョルジュ先輩は頷いてくれた。

 うん、こうして会話をしているとこの人は普通の人だ。漠然と抱いている不安定さは余り感じない。

 これからもこのままの調子で行って欲しいと思う。

 人が豹変する光景は何度も見た。だがジョルジュ先輩がそうなったら悲しむ人は多そうだ。

 

 「さて、じゃあ戻ってご飯にしようか」

 「今日は何を作ろうかねー……」

 

 クルーガー先輩はアリサ母の付き添いに行きお休み。

 本日は久しぶりの《Ⅶ組》女性陣によるフルコースだ。

 そんな感じで、和気あいあいと私達は地上に戻ったのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……やっぱり旧校舎は特別、異常では無かったんですね」

 「ふ、普通?とは言えないけど、割と普通の範囲だったよ。敵も。数も。広さも」

 「やっぱり私達が理由、でしょうか」

 「多分」

 

 帰還後のこと。食材の追加調達も兼ねて、私達は外出していた。

 《ブランドン商店》で香味野菜や魚介類を購入。

 リィン・エマ・私という問題発生原因トリオに、同伴しているアリサとフィーというメンバーだ。

 

 「ただ……わからないことは、ある」

 「俺の存在だな」

 

 旧校舎の地下に眠っているのが古代ゼムリア関連の遺物であるとして。

 魔女であるエマと、ワイスマンの影響を多分に受けている(蛇のカタナ)に反応するのは分かる。

 リィンが必要な理由はなんだ? リィン自身に、私達が知らない秘密があるのだろうか?

 

 「それが、俺自身も昔のことはよく覚えていないんだ。ユミルの……義両親なら、何か知っているかもしれないが……。その為だけに手紙を書くのも、ちょっとな……」

 「アリサ的にはどう? ルーレ工科大学とかラインフォルト重工の伝手、使えたりしない?」

 「遺跡だけを調べるのは無理だと思うわ。ジョルジュ先輩にお願いしたのが限界だと思う。――地下に、その実物が本当に出現したら、どうなるか分からないけど」

 「そっかー」

 

 《キルシェ》で果物のジュースを購入。フィー曰く「別の果物追加して味変させる」とのこと。

 ああ、そういえばの話。アリサは自分がラインフォルト重工の社長令嬢だということを伝えていた。

 ノルド高原での事件は彼女にいい影響を与えたらしい。

 白い傀儡のようなものに乗った少女に出会ったとも聞いている。

 噂に聞く宰相直属のエージェント《白兎(ホワイト・ラビット)》だろうな。

 

 「あ、ちょっと買いたい物ある。先行ってて」

 「《ミヒュト》なら付き合う」

 「そう? ……分かった。なるはやで済ます」

 

 ということでお邪魔する。

 まずは今日の夕食の食材だ。《魔獣の白身》と《魔獣の殻》を幾つか買う。オルディスで手に入れたレシピ曰く、ブイヤベースには「ブイヤベース憲章」という護るべきルールがあるらしい。

 トリスタで手に入る魚介類は基本、淡水魚。

 殻と白身で代用させて貰おう。

 

 「なんだ、食材買いに来たのかよ」

 「ほ、他の買い物もありますよ」

 

 多い上に物騒だから先帰っててと言ったのだが、待っててくれる。

 なら手早くやってしまおう。

 

 「えーと、その投げナイフ下さい。12本セット2組。あとワイヤーを2アージュ分。防刃製のグローブも追加で。後は火薬と、硫酸、酸塩、硝酸、ベビーオイルをそれぞれこの容量でお願いします」

 

 メモ帳に書いてあったリストを渡す。

 本日のご飯と一緒に持つにはちょっとアレだが、往復が面倒なのも確かだし。

 

 「……お前、相変わらず物騒な物を調達していくな」

 「危険物の取り扱いは心がけているんで」

 「あんまりヤバい物を売ると俺が商売禁止になるんだがな」

 「め、免許ならありますよ」

 

 帝国政府発行の危険物取り扱い許可証だ。

 見せたら、渋い顔をされながらも売って貰えることになった。

 

 (まあ偽造なんだけどねーこれ)

 

 『結社』もといエルロイ様、直々の超高品質な偽物だ。

 勿論取り扱いの心得は修得している。発破解体、罠、ガス、爆発物、警報装置、その他諸々だ。

 考古学とフィールドワークと工作には便利なんだもん。

 ミヒュトさんは何度も確認した上で、全部取り揃えてくれた。

 

 「保管方法は分かってるな?」

 「勿論、此処にちゃんと特性鞄が――」

 

 と、見せた時、だ。

 

 ぷつんと鞄の持ち手が切れた。

 慌ててキャッチするが、一瞬遅い。床に角がぶつかり、衝撃で留め金が外れてとっ散らかってしまう。

 

 「ぬあー!」

 

 散乱する武装、薬品、道具、携帯食料、そして衣服。

 予備の武器や非常食、あると便利な小物類に混ざる幾つかのカラフルな色。

 今まで大事に使ってきた鞄がとうとう耐久限界を越えてしまったようだった。

 

 多分、今日の発信機大量収納が理由だろう。

 高かったんだけどなあ、このレミフェリア製。

 

 「す、すいません、今片付けます……。つ、遂に壊れたかぁ……」

 「手伝うよ。――ええと」

 

 買い物袋を床に置いて、皆が手伝ってくれる。

 そんな中、リィンが拾い上げたのは予備の()

 私も女子だ、念のための着替えくらいは持っている。

 とはいえ最初にそれを拾うか?

 そりゃ小さく畳んでいたし、全く意識していなかったのだろうが。

 

 「お前この店でラキスケイベント起こす特技でも持ってんのか?」

 

 呆れた声。クロウの時もそうだったというミヒュトさん。

 リィンが持っているのは、おそらく一番質感が柔らかい布。というか。

 

 「リィン、それ下着……また……?」

 「え? ――あっ! ごめん……! すまない……! すいませんでした……!!」

 「……また?」

 「またって何!?」

 

 そう、リィンが拾い上げたのは私の水色だ。

 土下座の勢いで謝るリィンは、慌てて離れて背を向けた。その背中に冷や汗が見えるのは見間違えではない。握ったそれを床に置かずトランクの上に置いたのは評価するけど。

 目の色を変えて問い詰めそうなアリサだった。

 いやそんな深い理由じゃない。入学式の日、学院前の坂道でぶつかった時、鞄がひっくり返ったのだ。

 回収作業を手伝って貰った時ガッツリ見られた。あれももう3ヶ月前。月日が経つのは速い。

 

 「そういえば言ってましたね、入学式で……」

 「いや、良いけどね、別に」

 「良くないわよ!」

 

 憤慨しているアリサだった。まあ想いを寄せている異性の――寄せてるよね?――そういうイベントには過敏になるだろうさ。とか思っていたら、アリサの目は私を鋭く貫いている。

 

 「カタナ、そこで『良いけどね』とか言わない!」

 

 おっと、怒りの矛先はそれだったか。

 エマもフィーも『流石にそれは無いですよ』という顔をしている。

 

 「女子力があるのと羞恥心があるのは別ですね」

 「あ、あるつもり、なんだけどなぁ、羞恥心」

 「いや、無いでしょ。常識に照らし合わせて『ヤバい』のは理解してても、それを絶対的なブレーキに出来ない時点で無いよ」

 

 そ、そんなことはないぞ?

 

 「……漫才するなら外でやれ。あと流石に鞄がその様じゃ渡せねえぞ」

 「そ、そうですね。また受け取りに来ます」

 

 リストは渡したし、取り置いて貰えるだろう。問題は、鞄の方だ。このトランク、とても頑丈で内部拡張性も高く、危険物の運搬にも使える超便利品だったのだ。

 新調しないと行けないが、これを売ってる店、帝国内にあるだろうか。

 帝都の高級店ならワンチャン……。レミフェリアからの輸入雑貨を扱っている高級店……。

 店を出て、食材を抱えて第三学生寮へ進む。

 思考を巡らせて思い出した。

 

 「どしたの?」

 「そういえば紹介状書いてもらってたな、と」

 

 あの時は楽器のメンテナンスをお願いする予定で一筆頂いたのだ。

 が、幸いにも私のチェンバロは絶好調で――定期的に叩いているが――何の支障も出ていない。

 有効期限があるわけじゃないが、この手の道具は、早めに使っておいたほうが何かと関係維持に役に立つ。私は必要な物にはお金を払うタイプだ。向こうにとっても良い顧客になれるだろう。

 

 「クレアさんのお店なら、多分良いのが手に入るよ。来週(7月25日)一緒に行く?」

 

 リーヴェルト社宛の紹介状。

 楽器店に置いてなくとも、そこから伝手を辿れば良いお店に巡りつける筈。

 日曜日、帝都までちょっと足を伸ばすには良い機会ではないだろうか。

 

 「良いんじゃない? 付き合う」

 「エマ達は?」

 「そうですね……。どうせなら大勢で」

 「お兄様!」

 

 答えに、可憐な声が被さった。

 そろそろ学生寮へ到着するというタイミング。

 お兄様? この場にいる男はリィン。ふむ。周囲を見回すと、坂道を降りてくる少女が1人。

 黒い髪が艷やかな美少女――アストライア女学院の女生徒だ。

 彼女を案内してきたらしいパトリック氏が、坂道の上で『走ると危ないぞ』と本人も走りながら追いかけつつ、注意してくれているが、少女は知ったことじゃないと一直線に駆けてくる。

 その目線は、リィンをしかと捉えて逃さない。

 

 「あの手紙は――」

 「あー、えーと、リィンの妹さん!」

 

 取り敢えず、先んじて提案だけしよう。

 

 「こ、公衆の面前で話すのも何ですし、これからご飯なので、ひとまず、学生寮に来ません?」

 

 提案に、虚を突かれた少女は――暫しの後、遠慮気味にだが頷いてくれる。

 かくして今晩の夕食が1人分増えることになった。

 しかしまあ、リィンの家庭問題に比較すれば、そんなことは些細なことである。

 ……えらく深刻そうな顔で憤っていたようだが、さて、どう転ぶのだろうかね。

 

 ライノの樹では、蝉がじーじーと鳴いている。暑い夏はまだ続く。

 うだるような熱気と、纏わりつくような動乱の始まり。

 それはまずエリゼ・シュバルツァーの来訪から始まったのだ。




Q:硫酸、酸塩、硝酸、ベビーオイル(グリセリン)。
A:一定の比率且つ一定の温度下で調合すると、それはもう大変なことになる。
危険物取扱免許(偽造)を持っている&保管方法があることを確認した上で売ってもらえた。

Q:レミフェリアのトランク。
A:入学式(1話)から使っていた超高い逸品。壊れたと言ったが本体部分へのダメージは少なく、持ち手の革部分が解けたり、金属の留め具にちょっと不具合があったり。店に行けば修繕はそんなに難しくない。
尚、普段は着替えや旅用雑貨が入っているが、やろうと思えば精密機械や医薬品も運べる。

Q:どうしてエリゼの会話を第三学生寮でやるの?
A:公衆の面前でする内容ではないから(表向きの常識的な理由)。
A:どうせなら帝都での実習中に爆発させた方が盛り上がるから(本音)。


60話「VS(ヴァーサス)」。実技試験・カタナVSラウラです。どう転ぶのかお楽しみに。
ではまた次回。感想評価お待ちしてます!
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