カタナ、閃く   作:金枝篇

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長らく更新をおまたせしました!
のんびりちょっとずつですが再開していこうと思います。

暁の軌跡がサービス終了となりました。長い間、運営、ありがとう。良いスピンオフでした。
この創作では暁ネタも出来るだけ拾っていく予定。どっかでシナリオ集発売して欲しいですね。

では、どうぞ。



VS(ヴァーサス)

 7月21日、水曜日。

 エリゼさんの来訪から3日。

 リィンとエリゼさんの間で極めてギスギスした空気が流れてから3日である。

 

 エリゼさんの実に正しいリィンへの怒りと憤りは、爆発こそしなかったが――これは一緒に食事をした私達に気を使った結果かもしれない――絶対零度の視線となってリィンを貫き、そのリィンは只管エリゼさんに頭を下げていた。

 最終的に『今回はこれまでにします』とエリゼさんが感情を抑えたが、問題が解決したわけではない。

 リィンお前よぉ、と私達も内心でツッコミはしたが、家庭の問題に踏み込むのもアレだ。

 結果、私達は平常通りの生活に戻っていた。

 

 本当に大丈夫なのか、とか。

 またエリゼさんが来るかもしれないな、とか。

 リィンの性格的に問題解決には何かしら切っ掛けが欲しいよなあ、とか。

 そんな事は思いながらも、日々の学院生活である。

 空気は悪くない。去り際のエリゼさんが実にしっかりと挨拶をしてくれた。

 

 『兄をよろしくお願いします』

 

 私とラウラが見送ったが、丁寧にカーテシーをして辞した彼女のお陰。

 あんな良い妹さんを心配させるなー! という皆の喝は、結果的にどんよりした空気を掻き消したのだ。空元気だった部分もあるっちゃあるが、やいのやいのとじゃれ合った結果、一先ず、こうして実技テストの日を迎えている。

 

 「さて楽しい実技テストのお時間だけどー」

 

 サラ教官は、ラウラを見て、そして私を見る。

 

 「ラウラ、それとカタナ。まずはここの2人から始めて貰おうかしら」

 「……承知した。それで、相手は?」

 

 剣を用意して進み出たラウラが、私を確認して、他の皆を見る。

 剣の相手ならばリィンかユーシスか、あるいはガイウスで大物対決か。あるいはフィーか。

 後衛は誰でも有り得そうだ、そんな考えが過っていることだろう。

 

 「だから言ったじゃない。まずはラウラとカタナから始めてもらう、って」

 「――つまり」

 「そ、そういうことだね」

 

 左右の小太刀を抜いて、構える。

 

 「タイマンだよ」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 《Ⅶ組》で一番強いのが誰か、という話題は何回か上がったことがある。

 戦術アーツに関してはエマが一番だろうというのは皆の共通認識だ。エリオットやアリサ、マキアス、ユーシスもそれなりに得意だが、それでも委員長には敵わない。

 では、白兵戦に関しては、如何か? ……これはかなり議論が白熱する。

 膂力で言えばガイウスが一番だろう。しかし武術が入るとラウラとリィンが並ぶ。ユーシスも劣ってはいない。ではフィーとカタナは白兵戦が弱いのかと言うとそうではない。この2人は、4人に比較して圧倒的な速度と回避能力がある。6人それぞれに強みと弱みがある。

 最終的にラウラかリィンという無難な結論に落ち着くが――結局の所、分からないのだ。

 フィーとカタナという、とびきりの爆弾が炸裂した時、どれほどの威力と殺意になるのか、が。

 

 「で……どっちが勝つと思う?」

 「ラウラ」

 「ラウラ……だろうな……」

 

 即答したフィーと、後に続いたリィンを交互に見て。

 

 「そうなの?」

 

 アリサは首を傾げる。

 

 皆の眼の前、カタナは呼吸を整えて重心を下げている。

 徐々に瞳が『本気』に切り替わっていく。

 実習とはいえ手を抜くつもりは毛頭ないのだろう。あのカタナを相手にするのは、幾らラウラでも簡単ではないように思う。……というか下手をするとサラ教官でも苦戦するのではないか?

 今までの付き合いで、カタナが相当ヤバい経歴持ちというのは分かっている。

 裏稼業に生きていた彼女は、時折、すごく、怖い。

 

 「んー、まあ十中八九ラウラが勝つよ。カタナに勝ち目ないもん」

 「丁度いいわフィー、自分の意見を説明してみなさい。それも授業よー」

 

 それでもフィー達の前評判は覆らないようだ。

 サラ教官の言葉に、うへーやぶ蛇だったという顔。

 面倒そうな顔をしている彼女だが、アリサとしても説明は気になるところだった。

 聞かせて? とお願いすると、実に的確な分析が語られていく。

 フィーは大きく3つある、と前置きをした。

 

 「まず武器……獲物が違う。ラウラは大剣、カタナは小太刀。破壊力はラウラが上で、小回りや速度はカタナが上。この点では互角……というか単純に()()()を繰り出すという意味なら、カタナがやや有利かな。カタナの速度ならラウラの一撃を見切って懐に入るのは出来る。ただ」

 「ただ?」

 「これ実習だからね」

 

 視界、カタナの姿が消える。何処かで鍛えたのか、今までよりも急激な加速。

 ラウラの懐に潜り込む――かと思いきや、その姿が空中で止まる。そして気付いた時には着地している。

 大剣だ。ラウラの剛剣が、接近してきたカタナを受け止め、弾き飛ばしたのだ、とそこでやっと把握できた。

 しゃらん、と地面を黒髪が叩く。補助導力器が瞬いていた。

 

 「ほら、打ち合いを避けた。……互いに模造品(訓練用)を使ってるでしょ? 単純な殺し合いなら、その()()()から流れを掴んで致命傷まで繋げることが出来るだろうけど、斬撃じゃなくて打撃になってる時点で耐えやすくはあるよ。ラウラなら尚更。だからカタナは深追いしない、もとい出来ない」

 

 人間の体には、反射がある。

 ヤバいと思った瞬間に目を閉じてしまったり、異物を吐き出そうと咳き込んだり。

 神経への負担もまた反射を引き起こす。一時的な痙攣や麻痺は、筋肉と身体を硬直させる。

 関節への攻撃が有効なのは、防御が薄いからだ。神経(と血管)に傷がつくと、痛みで行動が(Delay)れる。ケルディックのグルノージャはその典型。僅かな()は、殺し合いでは致命的だ。

 

 しかしこれは実習。

 武器の重さこそ本物に近付けてあるが、それでも怪我の度合いは骨折程度。悪い言い方をすれば《ティア》で治る範囲。ベアトリクス教官が許す範囲までになる。

 カタナの速度が優れていても、ラウラが反応できないほどではない。

 要は――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「え、耐えれるの? あれ。詠唱中断されるし体勢崩れるわよね?」

 「ガイウスとラウラとリィンと私とカタナ本人ならなんとかなるよ。ユーシスはギリギリ」

 「ウチのクラスで頑丈なの5人じゃないそれ」

 「まあね。……で、武器の話に戻るんだけどさ。カタナってあんまパワー無いんだよね。体幹とか柔軟性がずば抜けて高いから、それで補ってる。――武器の強さで言えば、ラウラの攻撃を回避出来ている間に、行動不能になるくらい打撃を与えられるか、って勝負になる。打ち合いになったらカタナ負けるもん」

 

 互いに真剣だったとしても、真正面からのぶつかり合いはカタナが不利だ。

 カタナの黎い小太刀は特別製だ。単純な強度で言えば、ラウラの大剣も受け止められる。刃は欠けないし、折れることもない。しかしそれをやると、小太刀より先にカタナの()に限界が来る。

 だからカタナは常に攻撃を回避し続け、如何に隙を突くかという戦い方になる。

 本番、殺し合いなら小さなダメージの蓄積でカタナが勝つ――勝負に勝つ。

 カタナは一度標的を定めたら、どんなにキツくても勝ちを拾いに行くタイプだ。

 仮に殺されても相討ちに持っていくくらいはやる。だが今は、殺し合いの場ではない。限界突破までは、いかない。

 

 「で、要因2つ目。隙を突くのが超むずい。ここグラウンドだからね」

 

 思い出してほしいんだけどさ、とフィーは話す。

 入学オリエンテーションの旧校舎。ケルディックの自然公園。バリアハートの地下水路。嘗てカタナがサラ教官の足止めをしたという、ノーザンブリアから帝国へと戻る通路も入れて良い。

 これらは何れも()()()()だ。

 

 視界、カタナは姿勢を低く、低く低くしている。だがその一挙手一投足は、ラウラも見逃さない。

 ゆらりと揺れる蛇の如き形だが、飛びかかるタイミングはかなりシビア。根比べだ。

 視界からカタナが消える。一瞬後にはラウラの真横にある。弾かれる音。

 

 「カタナの速さってね……つまり……虫みたいな速さなんだよ」

 「虫」

 「表現悪いんだけどね。蜂とか蝿って、パッと見の動きはそんなでもないじゃん? 弓とか馬のほうが『直線距離』の速度はある。でも()()()()()()のは弓の方。なんなら撃ち落とせるでしょ? ……これは動きが読めるから。カタナの速さの真骨頂は、緩急と立体起動にあるんだ。予想しにくい動きを、あの強い足腰で実現させてる」

 

 縦横無尽に動けるバランス感覚や、重心移動、フェイントがカタナの速度の秘密。

 それを活かすためには、閉鎖空間であることが重要だ。彼女は壁も天井も足場に出来る。

 要するに――。

 

 「平坦なグラウンドだから、視線を切れない?」

 「そ。勿論、回避しながらラウラの死角に入ろうとしてるけど、ラウラも流石だね。剣で死角潰してる」

 「剣で? ――位置を予想して?」

 「いや……んー、どう説明しよう」

 「……これは俺の分野かな。こう剣を構えるだろう?」

 

 リィンが太刀を引き抜いて、構える。正眼。刃を相手に向けた基本の型だ。

 そのまま姿勢を90度変える。アリサの前で、リィンと太刀の側面が見えている状態だ。

 

 「この時、剣の側面に注目するんだ。――丁寧に手入れされ磨かれた刀身は、反応しづらい真横の情報を与えてくれる。どんな動きか……までは読み取れないにしろ、()()()()()()()()――()()()()()()というのは分かる」

 「カタナの気配遮断能力は大したものだけど、実体が消えるわけじゃないからね。ラウラの剣ならカタナがどっちの方向に飛んだか分かるし、剣である程度追えるよ。――こんなだたっ広い平地で戦う時点でカタナが不利。実戦なら絶対やらない。多分その辺の森まで誘導して不意打ちとか罠とか使いまくる」

 「それも出来ない?」

 「そ」

 

 で、その不意打ちとか罠が、カタナの不利な3つ目の要素ね、とフィーは続けた。

 土煙を上げ、それに隠れて進む姿。だが剣圧で煙は晴れる。必然、捉えられる。

 三度、四度との打ち合いの後、カタナは――距離を取った。これで何度目か。

 攻めきれていないのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 「カタナって引き出し多いけど、不意打ちじゃん? さっきの反射と同じ。不意打ちは、種が分かってる相手には効果が薄い。罠も奇襲も同じ。タイマンの今、それがものすっごいやりにくい」

 

 猫騙しや、靴の隠し刃や、目潰しや、ワイヤーや、髪。そうした手札をラウラは知っている。

 知っているから警戒出来るし、受けても効果は薄い。

 武器、地形、戦術とこれだけラウラ有利の状況が揃っている。

 だから勝ち負けで言えばラウラが勝つ。それが結論だ。

 

 「勝ち目があるとすれば……」

 「すれば?」

 「……カタナがどれだけ、まだ皆に見せてない札を切るか次第だね」

 

 フィーにも覚えがあった。

 戦場で生きる人間は『切り札』を隠し持っている物だ。

 本当に窮地に陥った時にのみ使う『札』。

 切れば生存できる、切れば相手を殺せる、切れば戦況をひっくり返せる、逆転が出来るという『切り札』だ。

 当然、他人には見せたくない。

 『切り札』――フィーも一応持っているが――を見せることは滅多にない。どんなに親しくても可能な限りは隠す。クラスメイトにも見せていない。友人でも見せたくないものは見せたくない。もう職業病だ。

 敵に捕まって拷問を受けた時『〇〇はこういう切り札を持ってます』という情報漏洩もありえるし、《猟兵》は1日で敵味方が切り替わることもある。雇い主の意向や、時によっては裏切りで。

 器用なカタナのことだ。多分、そういう『切り札』を持っている。

 そこまで大したものじゃないにせよ、《Ⅶ組》にすら見せていない『新しい不意打ち』を。

 

 「それを、カタナがどこまで切るか……切った上で不利な状況をひっくり返せるか」

 

 そして、ラウラがそれに何処まで対応出来るか。

 それが勝負の分かれ目になるんじゃないかな、と結論付ける。

 サラ教官は、合格と判定を出した。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 (ああ、もうやりにくい! ほんっとさぁ!)

 

 単純に身体能力が高い相手と、小細工なしでの勝負。

 私の速度を見切り、私のフェイントを見切り、多少のダメージは無視できる。

 一番苦手なタイプだ。

 間合いを詰めきれない速度で延々とアーツを撃ってくる奴と同じくらいには。

 

 牽制の振り下ろしを受け流す。受け流した筈が、微かに腕に響く。一撃や二撃で武器を持てなくなることは無いし、痛みを無視して動くことも出来るっちゃできる。それこそワイヤーで手に小太刀をくくりつけて取りこぼさないようにすれば、片腕が折れようが『使える』のだ。やっちゃ駄目だろうけどね。

 早々簡単に勝てると思ってはいなかったが、予想以上。

 相変わらず私の見通しは甘い! 甘々になってしまっている! シャロン先輩に鍛えられたからって一朝一夕で強くなれる筈もないってのに。

 

 (……しゃーない、切り替えていくか)

 

 小太刀で勝てるなら良かったのだが、難しい。

 戦術を変えよう。

 私にだって切り札――いや、そんな大層なものじゃないが、隠し芸の20はある。

 ……ちょっとサバ読んだ。実戦で使い物になるのは精々15個くらいだ。

 初見殺し。その内の何枚かを、切る。

 ぶっちゃけちょっと内心にキテルんだよね。ふつふつと。

 

 

 だから私は、サラ教官に、今日の実習でラウラとの対決をお願いしたのだ。

 

 

 「教官、明日の実習、ラウラと試合をさせてくれませんか?」

 

 ……第三学生寮の、サラ教官の部屋である。

 夕食に用意していたオムライス(クロスベルがアルモニカ村名物)を差し出しながらのこと。

 度数の高いライ麦酒をロックで飲んでいたサラ教官は、唐突ね、と反応した。

 

 「何か気になることでもあるー?」

 「上手く、言葉に、出来ないんですが」

 「うんうん」

 「サ、サラ教官からも感じた、黒い……闇みたいな物が、ラウラに、入り込んでいる気がして」

 

 陽気だった教官の目が、変わる。

 言葉が冗談ではないことも伝わった。

 グラスを置いて、冷静に、考える姿勢。私は続けた。

 

 「根拠は、ないんです。けど……。最近、様子が、おかしいんです」

 

 旧校舎地下での探索時の、ラウラの様子。

 ここ最近の彼女の剣が荒れている……加えて敵に対して執拗なまでに攻撃をしていた事。

 私に対して何か思う所があるのか、助けを拒否する場面が多いこと。水泳の時とか。

 

 加えて、野良魔獣のことも話しておこう。

 私とフィーはここ最近、シャロン先輩に鍛えて貰っている。だから気付いた。トリスタ周辺の魔獣退治が、生徒の良い鍛錬になっていることは前に話したとおりだが、その魔獣が――薙ぎ払われている。

 

 「薙ぎ払われている?」

 「は、はい。まるで手当たり次第に、殺処分を、しているというか。フラストレーションを、八つ当たりで発散しているというか。……普通に倒すのではなくて、目に入った敵を片っ端から殺してる、みたいな……そういうことを、ラウラがやってるみたいです。土地や自然への被害は軽微ですし、ヴァンダールの皆さんも、ラウラに怪我はない、と言ってくれていますが……」

 

 状況証拠しかないと言えばそうだ。

 根拠は……感覚でしかない。

 ただ私の舌先にピリピリと感じる匂いは、違和感をはっきり伝えていた。

 教官は暫し考えた後、分かったわ、と頷いた。

 

 「2-2の訓練を想定していたけど、カタナがそこまで言うならタイマン組みましょう。でも良いの? ラウラを相手にするのは、貴女だと厳しいと思うわよ」

 「勝つ気でやるだけです。ラウラの心を動かせるなら、それで良いので」

 「必要以上の怪我には気を付けなさいね」

 

 かくして――私は、こうしてラウラと対峙しているわけだ。

 ラウラの雰囲気は妙なまま。私だからまだ……心の中にある澱に、蓋がされているのだろう。

 だが、ゆっくりと、そして確実に、ラウラの中をあの『黒』は蝕んでいる。

 ここで解決できるかは分からない――分からないが。

 口に出した約束は、守りたい。

 

 「……雰囲気変わったね。見れるかな、カタナの……新技」

 

 フィーの実況は実に的確だ。

 私は靴を脱ぐ。靴下も脱ぐ。小太刀も収納。軽く屈伸とジャンプをして、関節を確かめる。

 よっしゃ、やるか。

 ゆっくりと掌を開き、眼の前で構える。

 

 今から私は徒手空拳だ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「カタナ、其方……ふざけているのか?」

 「ま、まさか。ラウラこそ馬鹿にしないでくれる? 私は、これでも、強いよ」

 

 嘘である。

 今更の話だが、私には才能がない。

 剣の腕、膂力、技量、電子操作、暗殺技術、知識、あらゆる物が一流には及ばない。精々2.5流くらいだ。アーツに至っては無能もいいところ。

 だから使える道具はなんでも使うし、戦略的に相手を封じ、あらゆる方法で相手を殺すことを徹底した。

 そんな私が白兵戦、特に素手での戦いが強いわけない。

 

 「ラ、ラウラこそ随分と調子が悪いみたい。まさか加減して私に勝てると思ってる?」

 「……」

 「いや、違うか。今のラウラ程度、素手で十分、なんだよ」

 

 ぎりっとラウラの拳が握られた。険しい顔が、奥歯を噛みしめる。

 これも嘘。私の実力なら武器使ったほうが勝ち目があるに決まってる。

 これは挑発。ラウラ相手に挑発とか――嫌なんだけどさぁ。でも効果的なんだからしょうがない。

 

 「グチグチ言うなら、私を倒してみれば? その鬱憤に()()()()()()()()って言ってんだから」

 「そうか――なら……その言葉、撤回させるのみ!」

 

 普通はこんな挑発、効果がない。でも通用している。通用してしまっている。

 なんだよそれ。私は苛立っていた。ケルディックでヴァルター相手に立ち塞がった時の矜持は何処に消えた? 私を叱ってくれた気丈さは何処に行った? 私は……そんなラウラの姿を、見たくなんか無い。

 だから真面目に、怒っている。

 こんなラウラにも――こんな状況にしたあの黒いのにも!

 あの黒いのがラウラに何を囁いてるのかは知らないが――普通に倒すだけじゃ駄目なんだ。

 ラウラに、今の自分がおかしいと自覚させるために。

 

 「で、出来るもんなら、ね!」

 

 今までは私が攻めだった。だが頭に血が上ったラウラが、踏み込んでくる。攻守交代。

 迫る大剣を前に、私は白兵戦。自分から不利な環境を引き寄せるとか笑えない。

 私は、才能がない。でも、工夫は、出来る。

 素足と靴、普通に考えれば靴のほうが強い。

 防御力が違う。足裏に突き刺さる痛みが違う。受け流す際の表面の削れ具合が違う。

 だけど、素足じゃないとできないことも、あるんだぜ?

 

 「消えた……?」

 

 傍から見ていたら、まさに「消えた」という表現が似合っていた。

 ラウラの横薙ぎの一閃が振るわれた後、カタナの姿はそこにはなかった。

 跳んで回避したのか? 違う。剣下を潜ったのか? 違う。

 カタナの姿は、ラウラの影にあった。

 正確に言えば、腕に。

 

 「受け止めることが出来るなら、回避が出来る。回避が出来るってことは、剣の速度に着いていける。そして着いていけるなら……こう隠れることも、出来る」

 

 カタナの体は、ラウラの腕にあった。

 蛇のように絡みつき、両足で腕を締め付け、体をラウラの背中に貼り付けて、腕で肩と首を掴んでいる。

 その上で――

 

 「指で……挟んでる……」

 

 やったことは簡単だ。ラウラの攻撃に合わせて、その腕に脚を伸ばす。そして袖口を、足の指で掴む。

 あとは流れに身を任せる。ラウラの動きで自分自身を()()()()

 風に洗濯物が煽られ、物干し竿に絡むように、カタナは自分自身の体を動かした。

 

 「っ……」

 

 (つね)る、というのは結構痛い。

 これが素足になった理由。靴では()()()使()()()()

 指だけを曲げて何かに引っ掛けることも、指の間に何かを挟んでしがみつくこともできない。

 私の脚の親指と人差し指は、ラウラの制服、腕の袖を挟み込んでいた。そのまま足首で服を捻り、挟み込み、巻き付かせて固定。これで制服が、拘束具になった。

 ギリギリと彼女の腕を締め上げる私の脚。腕力と脚力なら、当然後者が強い。そして力の入れ方を工夫すれば、腕と手の可動域は狭まる。狭くしてしまえば、幾らラウラとて、そうそう私を引き剥がせない。

 

 「っ……! ならば!」

 

 地味な痛みを堪えて、ラウラは私を潰そうと倒れ込もうとした。

 ――それが狙いだ。

 剣の才能で言えばラウラは私より遥かに上。だが。

 武器無しでの柔術勝負に持ち込めば、私だって負けはしない。

 

 ラウラの重心が動いた瞬間、私も動いた。

 私は今、ラウラの背中に貼り付いている。その貼り付いた状態を維持したまま、身体を動かす。

 彼女の腰をホールドしたまま、自分の右手を支点に、自身の重心を軸に180度の半回転。頭を地面に、脚を上に入れ替える。腕に絡んでいた脚を、そのままラウラの肩へと伸ばした。

 同時に、ラウラの脚を思い切り腕と、空いた左手から小太刀を抜いて、思いっきり――薙ぎ払う!

 倒れ込む。

 その姿勢は――。

 

 「関節技!?」

 「十字固め……!」

 

 私の脚がラウラの首と胴体を抑え、私の身体と腕がラウラの腕を極めている。

 ヴァルターに倣うなら、腕ひしぎ十字固め、だ!

 

 「せえいっと!!」

 

 ――入った!

 倒れ込んだラウラ。伸び切った腕。完全に関節技が極まる。

 

 「ぐっ……!!」

 「何を――最近――考えてるのか――わからない――けど――!」

 

 戦闘中だ。他の皆に聞こえないだろう。

 というか私も、足腰に全力を込めるのに必死で大声出せないんだけど。

 それでもラウラに聞こえるように、続ける。

 

 「今の自分が――視野狭窄、で――!」

 

 もがくラウラを、根性で押さえつける。

 関節を完全に極めたのに、止まる気配がない。

 というか返されそうになっている。普通は痛くて我慢出来ないはずなんだがなこの技っ!

 

 「私に負けるくらい、メンタルが不安定なことは――!!」

 

 自覚して! と、言ったつもりだった。

 言えなかった。私は咄嗟に、ラウラの身体から離れていたからだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「え、今なんでラウラから離れたの!?」

 「……守った」

 

 え? という疑問を浮かべるアリサには、後で説明するしかない。

 ラウラは――無理をして動いたのだ。完全に関節技が入っていた。それを無理して動く。当たり前だが関節が痛む。というか下手をすれば()()()

 剣士の腕が骨折する。

 それを察知したカタナが、咄嗟に離れたのだ。ラウラの腕を、守るために。

 けれども――いや、そのお陰で、か。

 形勢が、ラウラに逆転された。

 

 「――、らぁっ!」

 

 裂帛の気合で、ラウラが攻勢に転じる。

 距離を取り離れたカタナの脚が地面を滑っている。転びかけた。

 片腕が折れるのも厭わず暴れたラウラは、カタナが離れたと同時、即座に剣を手に突っ込んでいた。

 剣をバックステップで回避。だが回避されることまで織り込んだラウラの次なる攻撃は、脚だ。

 回避したカタナが空中にある間、ラウラが地面を踏み込む。自分が叩きつけた剣を支点に、勢いを殺さないまま身体を跳ばす。半円を描いたラウラの脚が、カタナに追いついた。飛び蹴り。

 だが、それで終わらない。

 

 「《鉄砕刃》!」

 「にゃ、ろう……!」

 

 脇腹に食い込んだラウラの脚に、カタナの顔が歪む。それでも綺麗に脚から着地するのは流石の体幹だ。――だが、その着地した場所に、上から斬撃が叩き込まれた。

 

 「《鉄砕刃》!」

 「つぅ!」

 「《鉄砕刃》!」

 

 ラウラの攻撃が、途切れない。

 地面を叩いた衝撃で、空中に飛び上がって、再攻撃。耐えきれない。

 

 そして更に、カタナの処理することが多すぎる。

 なにか会話をしていたことは分かる。おそらく説得とかそういうやつだ。

 その上でラウラを倒すことを考えている。できるだけ不利な条件で。

 攻防の末、カタナの体力はかなり削られた。ラウラ相手に力勝負をしたお陰で、全身から汗を吹いている。全身の筋肉が疼くばかりか、息が荒い。なのにラウラは加減をする様子が、無い。

 

 (何、この感じ……まるでサラの時みたいな……)

 

 ――まさか!

 フィーが気付くのとほぼ同時、ラウラの攻撃がクリーンヒットした。

 咄嗟に小太刀で受け止めている。握力が落ちていたからか、小太刀が弾かれる。

 サラの方を見れば、今にも飛び出して中断させようとしていた。それをしないのは、カタナ自身が『もう少し!』と制しているからだ。……無茶をする! もう限界近いだろうに!

 それでもカタナは、もう少しをやりきった。

 小太刀の鞘でラウラの攻撃を受け流す。懐に入り、背後に周り、そして――。

 

 「裸絞め……チョークスリーパー……!?」

 「いい、かげん、これ、で――!」

 

 良い動きだった。限界も近いのに、柔軟だった。ラウラの剣を受け流し、服を引っ張り姿勢を崩し、背後に周り、関節を極める。なりふりかまっていられなくなったからか、もっと直接的に『落としに』行く。

 だが――その判断は、誤りだった。

 幾らラウラが不調で頭に血が登っていても、同じ技は何度も通じない……!

 

 「ぐ、――カ、タ、ナぁあああああああああっ!」

 

 ラウラが吼える。その叫びは、私達全員の動きを止めるに十分な叫び。カタナすらも、だ。

 その、熱と嫌悪と執念が凝縮されたような声と共に、ラウラは背後のカタナの、顔を掴む。

 親指を目に、小指を耳に、そのまま引っ剥がすような動き。

 

 「……くっそ……」

 

 カタナは、抗えなかった。

 ラウラに投げられ、地面に叩きつけられる。

 そのまま、起き上がれない。

 

 「そこまで――!」

 

 サラの言葉で、勝負が終わる。

 ラウラの勝ちだ。

 

 そう、思っていたのだが。

 

 「……ラウラ? ラウラ!? 気絶してる……!?」

 

 地面で動けないカタナ同様、ラウラもまた行動不能。彼女は、たったまま気絶していた。

 近寄って確認する。首に、細い細い黒い髪が巻き付いている。カタナは、チョークスリーパーの時、同時に自身の髪を首に結わえていた。カタナが地面に叩きつけられた勢いで、その髪が締まったのだ。

 結局、揃って保健室へと運ばれることとなった。

 ベアトリクス教官が鬼になったのは、言うまでもない。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……あー……くっそ……負けた……なぁ……」

 

 第三学生寮の天井を見上げながら、私は息を吐く。

 ぶっちゃけ最後の裸絞めで引き分けに持ち込めただけだ。

 ラウラが私を投げ飛ばさなければ、完全に負けていた。実戦ならば、片目が潰れていた。

 

 それでも一応、引き分けになるのだろうか。

 ベアトリクス教官の元に運び込まれ――サラ教官はとばっちりで叱られ――目覚めた時には、ラウラは僅かに正気に戻っていた。正気に戻っていたというか――正確に言えば、ちょっと違うか。

 私との実習を、殆ど覚えていなかったのだ。

 

 サラ教官に呼ばれて、私と戦ったことは覚えている。

 だがその先――戦闘不能になるまでの間のことを、ラウラは上手く説明できなかった。

 視界が真っ赤に染まり、心が何かに侵食されているような感覚だけがあり……私の声が、ところどころで聞こえていた、という。そして戦闘内容は、覚えていない、と。

 互いにベッドに寝たままの会話。

 まるで狂戦士だったと私が話すと、ラウラは否定をしなかった。

 

 『ずっと心が傷んでいるのだ。オルディスと、オーレリア伯らの戦いを見てから、まるで、火傷のように、じくじくとして治らない。ばかりか……己の無力感を責められているようで……。……すまぬが、一人にして欲しい。……暫し、自分を見つめ直さねばならぬ様だ』

 『そ、それは、良いけど』

 『落ち着いたら必ず相談する。皆に話して、解決策を探る。約束する』

 『……その言葉、信じるからね?』

 『ああ。約束だ。――すまなかったな、カタナ』

 

 今までに見たことがない、弱々しい微笑みだった。

 ……ま、根本的な解決にはならないが――それを自覚してくれただけで十分だ。

 後はラウラが落ち着くのを待って、委員長の協力で、心を解放する、ということになるだろう。

 なるべく早めにだ。こういう問題は先延ばしにすればするほど悪化すると決まっている。

 

 「あーくそ、しかし……『切り札』見せても勝てないとか凹むなぁ」

 

 しかも関節技が入ったのに、返される始末。

 まだまだ私は未熟だ。精進しなければ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて、それから2日後。

 7月23日。金曜日、週末の帝都ヘイムダル。

 その一角、ライカ地区にあるリーヴェルト社の楽器工房にて――。

 

 ――そこで私はとっ捕まっていた。

 

 私の注文した大型トランクを見て、鉄道憲兵隊の軍人らがあーだこーだ言い合っている。

 おかしい。この名刺を出せば何の問題もなく商品が買えると聞いていたのだが?

 出されたコーヒーを飲みながら尋ねると、クレアさんは申し訳無さそうに事情を話してくれた。

 お詫びに特別割引券も貰ったが、欲しいのは説明だ。

 

 「レミフェリアで大規模な盗難事件が発生しまして……」

 「盗難」

 

 レミフェリアで? それと帝国に何の関係が――。

 

 「《パイア》って、ご存知ですか?」

 

 ……テロ対策って大変だね。

 私は胸の中でお祈りしておいた。

 《空の女神(エイドス)》は、あんまり頼りにならないけど。

 




Q:徒手空拳
A:変則的な飛び関節からの腕ひしぎ十字固め。完全に極まればかなり痛い。
ただし圧倒的な剛力(《鋼》、マクバーン、ヴァルター等)の前には、カタナの体重がかなり軽いこともあり「身体ごと持ち上げる」で返されてしまう。ラウラのように骨折覚悟でも対策可能。
正直、殺し合い上等の実戦では使いにくい。

Q:カタナのトランク(補足)
A:1話から使っていたレミフェリア製。レミフェリアの製薬会社やリーヴェルト楽器社も御用達な高級品。安定性、気密性に加え、温度変化防止機能や衝撃吸収機能もカスタム可。防弾・防刃・耐水・耐火・耐電・耐ARTS性能も高く、軽くて丈夫で手に馴染む逸品。流通数は少なく値段は非常に高い。勿論カタナが偽造書類で手配した危険物も問題なく保管可。《パイア》も運べる。
尚、トマスがリベールで回収した鞄も同じ物。
1話から今まで長い伏線であった。

Q:ラウラと『黒』
A:取り敢えず落ち着いた。尚、ヘイムダルでの実習中、絶妙なタイミングで再燃する。

Q:帝国解放戦線
A:《パイア》をゲット。入手ルートは、レミフェリア→アイリ→《猟兵》→《V》。
流石は《戦争卿》。商魂逞しい。アイリは「また仕事ですか」とぼやいたが、死なないだけ楽。

ヘイムダルでの特別実習は7月24日から。
溜まりに溜まった伏線が、あれもこれもそれもどれも纏めて破裂し飲みこむまで、あと1日。
しかしまずは《パイア》やら帝国解放戦線の話やら、社交界と貴族とルーファスの話やらです。

61話「華と囁き、出会いは細やか」。
省略されたエリゼとのシーン含め、お姫様らとのお話と参りましょう。

ではまた次回。
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