カタナ、閃く   作:金枝篇

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夏至祭まであと1日……。その直前、淑女の皆様との出会いです。
次なる出会いの予感も混ぜつつ、華やかなお話を始めましょう。

では、どうぞ。

PS:何時も誤字報告ありがとうございます。感想評価お待ちしてます。


華と囁き、出会いは細やか

 「素敵なお客様が増えてくれましたね」

 「そ、そうですか……。お誘い、感謝、します。ミュゼ公女……」

 「はい。先日ぶりですね。アルビー様」

 「エ、エリゼさんも、お元気そうで」

 「お時間は大丈夫ですか?」

 「あ、明日の朝トリスタにいれば大丈夫です。……ええと、マクダエルさん?」

 「エリィで結構ですよ」

 

 ここはアストライア女学院。

 帝都でも有数のお嬢様学校にして、男子禁制の秘密の花園である。

 本日、トールズの授業は午前で終わり。午後は自由時間。今はアフタヌーンティーの真っ最中。

 

 ミュゼ公女が居るのは分かる。カイエン公爵家のご令嬢だ。

 エリゼさんが居るのも分かる。シュヴァルツァー家のご令嬢だ。

 エリィさんが居るのも理解した。議長のお孫さんは、クロスベルから短期留学中らしい。

 

 「そう緊張なさらないで」

 「そ、そうは言われましても。流石に、緊張しますよ――アルフィン殿下……!」

 

 そしてエリゼさんの親友にして、この茶会の長、帝国の華アルフィン皇女殿下がいらっしゃる。

 此処は女学院だ。いらっしゃるのは分かる。

 分からないのは、何故、私がここに居るのか、だ!

 おかしい! 私ここ場違い!! 不釣り合い!! 絶対おかしいって!!

 

 「アルビー家も立派な男爵位でしょう?」

 「そ、それは、そう、なん、です、が……」

 

 そういうことになってるだけなんです。

 ええと、なんでこんな事になったんだっけ!?

 思い出すのは数時間前。

 元々私は、リーヴェルト社に足を運んでいたのだが!?

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 さて。

 《パイア》とは薬品――医薬品である。

 薬と毒は表裏一体と言うが、この場合、薬と爆薬は表裏一体、というべきだろうか。

 経済的に安定(やや停滞気味ではあるが)しているレミフェリアにおいては、製薬工場の誘致は貴重な働き場所として歓迎される。《パイア》とは、こうした工場で製造されている。

 薬剤は、大別して粉末・液体・錠剤・カプセル型と種類がある。

 《パイア》は錠剤型だ。

 心臓病や血管狭窄の患者に効果がある。

 味はやや甘く、水を使わず舌の下で溶かして飲む。微量を(実験)したから知っている。

 

 ……いやホントさぁ、ノバルティス博士の適応人体実験も潜り抜け、毒にも薬にもならない癖に使い捨てされず、ずーっと『微妙な候補生見習い』で『結社』に所属していたの私くらいじゃねーかなぁ……。……嘆いてもしょうがないか。

 さておき。

 だから《パイア》は、決して危ないものではない……爆薬へと転用しない限りは。

 錠剤型《パイア》を溶かし、適切な方法で成分を抽出する。

 つまり再精製された《パイア》は、極めて高威力の爆発物になるのだ。

 勿論、取り扱いは慎重を期す。具体的に言えば、振動と衝撃を防ぎ、温度管理を徹底する必要がある。

 

 ここまで言えばお分かり頂けるだろう。

 ……そう、私の特別トランクは、この《パイア》輸送が可能な超高級品なのだ。

 レミフェリアで大量盗難され、帝国に流れ込むとなれば……そのタイミングでトランクの修理を、しかもかなり頑丈さを徹底しカスタムで注文をした私が、取り調べを受けることも、必然なのであった。

 不運である。

 いや、ギリギリ幸運かもしれない。

 昼食も終わった午後14時30分。私はクレア大尉と向き合っていた。

 

 「まあカタナさんが()テロ行為を行うとは思っていませんが……決まりですから……」

 「あ、あははは、いえいえ、どうぞどうぞ、ご自由に。存分に、どうぞ」

 

 顔に出てないだろうか。

 確かに《パイア》こそ入手していないが、トランクに取り扱い免許が必要な危険物資を収納する予定であった以上、憲兵隊の懸念は当たらずとも遠からず。顔見知りのクレアさんがいてくれて助かった。

 ……この人が私を何処まで知ってるか、わからないしな。

 ブルブランやカイエン公爵との繋がりもケルディックの一件で伝わったと思って良い。

 後はそこに『結社』と関係がある、という一要素が追加されているかだ。憲兵隊として『結社』の存在は間違いなく知っている。私と彼らのラインは……ギリギリ……隠せてると良いなあ。

 隠しておけるなら隠しておくに越したことはない。

 

 「クレア大尉が足を運んだのは、やはり密輸が理由なんですか」

 「ええ。リーヴェルト社が関わってる可能性を潰したかったのもありますし」

 

 話によれば、別にリーヴェルト社を特別に疑っているわけではないとのこと。

 レミフェリアからやってくる品目には一通り目を通し、その中で「可能性あり」と踏んだ物を全部洗っているのだそうだ。処理能力が極めて高いクレア大尉だからこそ可能な辣腕である。

 

 「……全部ですか。帝国に輸入される物資、全部?」

 「全部ですよ。それが何か?」

 「な、なんでもナイデス」

 

 この人も化け物だったわ。

 訂正。多分これ私が『結社』の一員だったこと絶対気付いてるわ。害がないから放置されてるだけだ。となると、この茶飲み話も絶対何かあるな。情報収集だろう。

 

 「警戒しないで下さいな。コーヒーを一杯飲む時間が欲しかっただけですから」

 「い、いえ。警戒は、してないですよ?」

 

 しゃーしゃー威嚇して顔に出ていますよ、と言われたら、何も言えなかった。

 私が密輸に関わっているとは思っていないのも……分かる。落ち着かない。

 

 「実はレミフェリアから連絡がありましてね。……大量の《パイア》が盗難され、国外に流出したそうです。帝国のみならず、リベールやクロスベル、共和国にも流れたそうです」

 「はぁ……」

 「明日からは『夏至祭』。人と物の流れが何時も以上に活発になりますからね……。既に内部に入った可能性はありますが、これ以上の流入は防ぎたい。まして、思い入れがある場所が、その窓口になってほしくない。そういうことです。……カタナさん達は、帝都で実習でしたね」

 

 応援していますよ、と微笑まれる。

 ……あ、これもしかして助言か!?

 実習中に《パイア》に関わる機会があったらお願いしますね、ってことか。情報収集ではなく情報提供。

 私が意図を察したことが伝わった。クレア大尉はお願いしますね、と小さく微笑んだ。

 

 「クレア大尉。こちらの確認は終わった。彼女のトランクを含め、リーヴェルトは問題ない」

 「……感謝します、ミハイル大尉」

 

 やってきた男性は、大尉と同じ《鉄道憲兵隊》の制服を着込んでいた。

 ミハイルという名前を何処で聞いたのだったか、と頭の中で検索して思い出す。

 

 私はこう見えて、調査が得意な女だ。

 クレア大尉とケルディックで出会ってから、今日までの間に、調べられる範囲で彼女のことは調べてある。軍の記録なんてものは閲覧できない。だが幸いにしてトールズは由緒正しき士官学院。

 卒業名簿や過去の成績は残っているし、一部の教員は在籍中の彼女を知っている。

 生徒会室や図書館、サロンには過去の新聞記事や勲章の情報も残っている。

 それらを駆使すれば、案外情報は集まるものなのだ。《ミヒュト》もあるし。

 リーヴェルト社のお家騒動、ミハイル大尉の瞳の色、僅かな態度の硬さ、そして微かに舌先に感じる匂いの共通項から判断するに、多分、血縁。遠目に二人を伺う女性も多分同じ。

 ……お家騒動に私が口を挟むものではないな。私は、地雷を踏むことにも、定評がある女だ。

 

 「で、では、私は、これで」

 

 笑っている姿だけ見れば、《氷の乙女(アイス・メイデン)》とは思えない。

 しかし……裏の顔は中々恐ろしい。

 リーヴェルト社の社員や役員らしき人が、クレア大尉やミハイル大尉に複雑な視線を向けていることからも、分かる。向こうも忙しい様子。この辺で退散させてもらおう。

 

 受付に戻って、トランクを受け取る。柄の部分は見事に修繕され、本体も注文通りの仕様。

 うん、これなら何の支障もなく運用できる。

 料金を払おうと封筒から紙幣を出した所で、ふと気付いた。

 受付の横に、刺繍が売られている。

 

 「お客様、ご興味ありますか? 最近レミフェリアで有名な――」

 「結構です

 

 穏やかに説明してくれた受付嬢さんに断りを入れた。

 

 声、いつも通り、だよね?

 内心で思いつつ紙幣を置く。

 かなりの高額だが、そもそも質が良い物は高いものだ。必要経費をケチっても仕方がない。

 ブルブランからの送金は途絶えていない。腹立たしいことに残高には余裕があり、IBC口座には定期的に追加の資金が振り込まれている。……どこから出してるんだ。入学時に受け取った口座の金は綺麗な金だと確認してあるが……この小遣い、まさか『結社』の経費じゃないよな?

 などと疑問を浮かべながら、私はクレア大尉らに軽く挨拶をして、店を出た。

 

 さて、今日は金曜日。時刻は15時。

 明日からは土日月と3日間を使って、帝都夏至祭の最中、特別実習が行われる予定だ。

 折角帝都まで出てきたのだ。落ち着くためにも、書店にでも寄っていこうか――と歩き出し。

 

 「あら、エカターニャさん?」

 

 声に振り向く。

 緑色の髪。どこか年齢と不釣り合いな笑顔。上品ながらも油断のない視線と目があった。

 

 「カ、カタナ、で良いですよ。――()()()()()

 

 オルディスで出会い、ブリオニア島で共に過ごしたお嬢様。

 メイドのミュゼ改めミルディーヌ公女が、微笑んでいた。

 ……こりゃ、夜までにトリスタに、帰れそうにない。そんな予感を抱いたのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「何か今、最後、妙に表情が険しかったように思いましたが……」

 

 撤収作業の合間、クレアはふと受付近くの売店を見た。

 リーヴェルト社は楽器店だ。ショーケースに陳列されている楽器はサンプルに近い。本物の高級品はカタログに掲載されている。だから店先で売っている商品は、楽器ではなく、音楽雑貨だ。

 ちょっとお値段高めの――しかし例えば、子供の誕生日には最適な値段のハーモニカや、オルゴール。

 消耗品である木管楽器のリードや、弦楽器の弦。

 楽器の整備に使う油や塗装などが、店の一角に陳列されている。

 

 「……これは……」

 

 その一角に、刺繍が売られていた。

 絹の布地。精緻な針。使われている多彩な糸。根気と技法を注ぎ込んだ逸品。

 ハーモニカやオルゴールを包んだり、調度品を飾る際にセットで購入する、包装の一種だ。

 

 「ああ、懇意にしてる木材業者さんが、近くの村でこれを作っている職人さんを見つけまして……」

 「職人さん……写真が……。この人ですか」

 

 なるほど、確かにクレアの目から見ても立派な作品だった。

 高級な楽器と一緒に販売しても見劣りしない、この美しい刺繍。

 作った女性の顔写真が、一緒に飾られている。

 

 「実は彼女、この夏至祭にいらっしゃるんですよ」

 「……そうなんですか?」

 「ええ。どうしてもとお願いをしたら、《夏至祭》の最終日のみ顔を出すと……」

 

 帝都には絶対に行きたくない、と強く嫌がっていたが、そこを口説き落としたのだという。

 販路拡大や、女性の作品をより多くの人に観てもらうためにも、と熱心に、それは熱心に。

 その熱意に根負けしたのか、女性は不承不承頷いたそうだ。

 

 (……似ている……?)

 

 クレアは、女性の写真を見た。穏やかに微笑む、どこか儚げで影がある女性。

 たった今、この店から出て行ったあの少女に重なったのは、気の所為、だろうか。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 回想終わり。そういうわけで私はミュゼ公女と遭遇し、ここに連行されたのである。

 一応士官学院の制服を着ていて助かった。

 これなら浮きすぎるということもない。

 

 差し出されたティーカップも、注がれた紅茶も、超ハイグレードの品。

 緊張しながらも手は優雅に動き、静かに味と香りを嗜む。

 社交界に出入りするために仕込まれていなかったら、震えて味も分からなかっただろう。

 

 「エリィさんが、短期留学しているとは、驚きました。……あ、カタナ、で結構です。親しい人は、みんな、そう呼ぶので」

 「ではカタナさんと。カタナさんの活躍もロイドから聞いているわ。ミシュラムでの一件とか……」

 

 そういえばユウナさんが話していたかな。

 『特務支援課』の話だ。彼女もその一員で……社会勉強も兼ねていたのだろう。

 その支援課が、現在休業中というのも耳にした。各々のスキルアップ期間ということか。

 

 「本当はお祖父様の秘書だけをしているつもりだったのだけど……助言を頂いてね」

 「助言」

 「ガルシアさんよ。ガルシア・ロッシさん」

 

 ……そりゃまた意外な名前だな。

 というか捕まえた相手と、捕まった相手。普通に考えれば関係は悪そうなのだが。

 

 「カタナさんと彼の共通のお友達がいらっしゃるでしょう?」

 「……そ、その縁ですか」

 「ええ。ミシュラムでのいざこざを含め、ガルシアさんが、彼女の活躍を聞きつけたらしくって……。ロイドに、忠告混じりで伝えてくれたの。『クロスベルの中だけだと解決できない問題が山ほどある。少しは海外に行ってきたほうが良い』ってね。――正直、聞き入れるのは複雑だったけれど……」

 「い、いえ。判断は、間違っていない、かと」

 「お陰で私達も勉強になっていますわ」

 

 眼の前に座ったアルフィン皇女は、穏やかに続けた。

 

 「お兄様も見聞を広めに行ったでしょう? 私もセドリックも、まだその機会には恵まれていませんが……。エリィさんからの話はとても為になっています。クロスベルの人達が、帝国にどんな視点を持っているのかも教えていただきましたし……」

 「私の方こそ。孤立しそうなところを、お声がけ下さって」

 

 確かにクロスベルからの留学生ともなれば、女学院の生徒にも複雑かもしれない。

 単純に「安全安心で留学しやすい」という意味ではジェニス王立学園の方がずっと楽だ。

 それでも帝国に来た理由は……あるいは、いい変化、だと思いたい。

 

 「エリィさんを帝国民扱いするのは、余り良くないのですが……」

 

 ミュゼ公女が、本人の希望を無視するのは、と前置きをした上で。

 

 「カタナさん、エリィさんを見て何かお気付きになりませんか?」

 「そう、ですね」

 

 気付くこと。気付くことか。そうだねえ、スタイルがとても――多分ここに居る誰よりも良い。

 ……なんだあの胸部装甲。委員長並か? 腰は細いし、脚は魅力的だし、腿も柔らかそうで肌は白い。なんか嫉妬する!畜生め!!私は鍛えた筋肉が影響してスタイル変わりにくいのに!!

 

 「……カタナさんの視線に涙が見えるような……」

 「エリィさんの魅力を羨んでいるだけですわ。――カタナさん、真面目に」

 

 ミュゼ公女のツッコミが来た。

 冗談だ。真面目にやろう。観察する。

 強靭な精神、銀の髪。舌先に感じる()()()。この気配――最近……どこかで……ああ。

 

 「もしや、オーレリア伯、ですか?」

 「ええ、母方の遠縁ね。そのことを三人がお伝えしてくれて」

 「『クロスベルの議長様の孫が留学されている』のではなく『オーレリア伯の遠縁が、偶然、議長様の孫でもある』と伝えたことで、偏見を排除出来ました。……そうなると今度は、人脈や財力で、クロスベルへの無理難題をお願いする人も出てくるので……」

 「そこを適度に私達が防いでいる、というわけですわ」

 「て、適度に」

 「適度に。私としては、むしろ来なかったらどうしようかと」

 

 ……なるほどね。そういうことならこの集まりも納得だ。

 

 「ですが、良いのですか? クロスベルが親帝国派になったと受け取られませんか?」

 「勿論、共和国側にも手は打ってあります」

 

 エリィさんは素知らぬ顔で紅茶を飲みながら続けた。

 お嬢様学院ということで、ものすごく猫を被ってらっしゃる様子。

 

 「ハルトマン議長が失脚後、お祖父様が議長に就任しました。これは帝国側の影響力が弱まったことを意味します。共和国にとっては失脚そのものが手土産のようなもの。お祖父様の就任は、むしろ共和国にとっては利益です」

 「た、確か彼は、帝国からも指名手配を受けていますね」

 「ええ。つい先日、遂に帝国も庇いきれなくなって国外追放の処分を下しました。警察と遊撃士が捕縛するのも時間の問題でしょう。……続けますね。共和国側への便宜を図るのは、カタナさんもご指摘の通り、難しい問題です」

 

 ちょいちょい補足してくれる公女のお陰で、とても分かりやすい。

 共和国に有利な法案を通すことは、帝国の反感を買うから難しい。

 そんな中、提案されたのは新市長ディーター・クロイスからの話だった。

 

 「ディーター市長は、共和国と帝国への関税を引き下げました。対象品目は、共和国の商品がやや多め……。経済的な利益を共和国側に与える、ということです。タイミングよく『何故かIBCが共和国に複数の大型融資をした』そうですが、これは偶然です」

 「そ、それ……良いんですか?」

 「議長と市長の関係が良好だとアピールする意味もありますし、別に帝国への関税が高いままではありません。品目の差です。――ディーター市長がIBCの金を私有化したなら大問題でしょうが、IBCの運営はベル……マリアベル・クロイスが引き継いで()()()()()()()()()()()()()()だけです」

 「……で、エリィさんは帝国に来たと」

 「帝国としても、ハルトマン議長という傀儡が消えたことは少々痛手ですから」

 

 しれっとした顔のまま続けている。

 帝国政府が本腰を乗り出すほどではないが、気にする人間はそこそこいる。

 ハルトマン議長を支持していた議員も、流石に未成年者への姦通罪は擁護不可。

 結果、帝国を支持する議員は苦戦を強いられる。となれば――。

 

 「実際、私の元に、既に何人もの淑女の方々がご挨拶に来られました。何れも帝国で有名な企業を運営していたり、輸出入で大きな利益を上げている、格式高いお家。私を通じてお祖父様にコネを繋ごうと頑張っていらっしゃいます。私も、お名前とご立場をしっかり覚えてご挨拶しました」

 「……因みに、この作戦、立案したのは?」

 「私とお祖父様です。ガルシアさんの言葉は切っ掛けですよ」

 「その、マリアベルさんは?」

 

 ティーカップを置いたエリィさんは、はて? と首を傾げてこちらを見る。

 

 「あ、いえ。私も、あの人とは、顔見知り、なのですが。こういう陰謀好きそうだなって」

 「関係ありませんよ。これは私とお祖父様の判断です。個人的なお茶会もしていません」

 「……やりますねぇ」

 

 どうもマリアベル・クロイスには相談しないで実行したようだな。

 私はてっきり、あの性悪女がエリィさんらを唆したと思ったが、そうではなかった様子。

 しかし……中々に強かだ。海千山千のベテラン政治家だけある。ガルシアさんの言葉が契機とはいえ、孫娘を留学させる裏でここまで色々考えたとは……。

 イメージでは、ヘンリー議長はもうちょっと温和でお人好しに見えたが、修正しよう。老獪だ。

 それはそれとして、あの魔女のことだから、エリィさんとヘンリー議長の行動を読み切って素知らぬ顔でサポートしたのだろう、とも思うけどね。

 

 「こ、ここで話しても良かったんですか?」

 

 アルフィン皇女とミュゼ公女とエリゼさんとを見る。

 皇女とエリゼさんは目を閉じていた。公女様だけは微笑んでいた。

 

 「あら、お話終わりましたか? ああ、大丈夫です。最近暖かくてついついお昼寝を……」

 

 小さく欠伸をする演技でアルフィン皇女が目を開ける。

 同様に、エリゼさんも目を覚ます。

 聞いてないフリが上手だった。

 つまり、そういう背景は知らないですよ、でもお友達ですよ、というスタンスだ。

 どうやらここの三名は、エリィさんとは損得抜きでの付き合いを前提としているらしい。……ミュゼ公女はやや計算してそうだが、多分エリィさんに『私の事情を話さない』様な感じで互いに協定を結んであるのだろう。多分。

 なにか頼むならきちんと友情を育んだ上で、ということか。

 

 「計算して近寄ってくる人ばかりでしたから、私はとても皇女様に感謝しています」

 「ふふ。私は難しい計算はまだ出来ませんわ。飽く迄、とても仲の良い友人を作っただけです」

 

 ……これは本音だな。本音で言えるから皇族は怖い。

 どうしたって計算が入るのが普通だ。私でも無理。

 それをしないで友情を培う。アルフィン様にしか出来ない。こればっかりは血筋と立場だ。

 エリィさんと交代して、皇女が続ける。

 

 「それに、個人的に親近感もありましたから……。カタナさんも、苦労されているでしょう? 『ご令嬢』という立場は」

 「よ、良し悪しですが、割と重いことは、ありますね」

 

 勿論、良い時もある。

 そもそも帝国では『貴族です』と主張できることが極めて大きなメリットだ。

 それだけで周囲の人間の態度が変わる。たとえ《革新派》を支持している市民であっても、腰が引ける。

 マキアスみたいな態度を貫ける奴は珍しい。

 アイツは私が知る中でも屈指の根性ある一般市民だ。

 

 貴族には貴族にしか無い人脈があるし、名前と立場を出せば各種商売や企業から便宜を図ってもらえる。

 大貴族になればなるほど、そこに付随する利権及び甘い蜜の恩恵を享受出来る。

 上の立場の人間は、金を使用するのも仕事だ。

 

 しかし一方で《貴族の責務(ノブリス・オブリージュ)》があることも事実。

 果たせない貴族は評判が下がり、落ちぶれて……まあ悪事に手を染める人間もいる。

 果たしていても、権力闘争に疲れて田舎に引っ込む者もいる。リィンから聞いたわけじゃないが、シュヴァルツァー家もそうだ。アルゼイド家もあんまり表に出てこない。まあアルゼイドは帝国各地に多くの弟子を抱えているから影響力は相当の物だが。

 

 そして『貴族のご令嬢』は、そうした権力闘争に使われる。まー使われる。ホンットに!

 

 「アルビー家、《貴族派》ですものね」

 「わ、私が希望したのでは、ない、ですよ?」

 「ログナー侯の言葉が全てですわ。それにカタナさん自身もアピールしているでしょう」

 「……ぐうの音も出ません」

 

 そうなのである。

 オーロックス砦での一件以来、ログナー侯爵はアルビー家()を《貴族派》だと広めている。

 広めていると言うか、最早、擁護している態度。アンゼリカさん経由で聞いたから間違いない。

 ユーシスともクラスメイトだし、リィンとラウラと仲が良いし、時々サロンに顔を出してパトリックさんと会話している。

 ……うん、これ否定できないわ。

 ミュゼさん含めれば《四大名門》全員と懇意の間柄。

 完全に《貴族派》だよこれ。

 トールズもとい《Ⅶ組》に居て良かった。

 

 「分かりますわ。私もカイエン公の邪魔にならぬよう、半ばアストライア女学院に幽閉の身……」

 

 しれっと聞いたミュゼさんの背景も重い。オルディスが楽しそうだったのは、だからか。

 不自由ばっかりだ。『ご令嬢』なんて。

 

 非常に困ったことに、アルビー家って跡取りいないんだよね。私だけなんだよ。

 

 ブルブランが男爵として後見人をしていること。

 業腹ながらワイスマン及びブルブラン及び『結社』の仕事で社交界に顔を出していたこと。

 そしてこれが一番大きいが……ユーゲント陛下が、アルビー家の存続を認め、代々の歴史を公表し、私が成人後に爵位を継ぐことを認めてくれている。

 これらが揃った結果、私は『ご令嬢』であり『次期当主』なのだ。

 謎のぽっと出の貴族は、決して派手ではないが由緒ある家柄になってしまっている。

 なんで皇帝陛下のお墨付きを得たのかは知らない。

 多分『結社』が取引したんだとは思うけどね。

 

 ほんっとトールズに居て良かったよ!!

 これで血縁上の父親の元に居たらどんな扱いされたか分かったもんじゃない。

 表向きは蝶よ花よと育て(幽閉され)られ、適当な所で政略結婚の道具だろうな。

 尚ブルブラン(アイツ)からの手紙によれば、今でも普通に政略結婚のお誘いが来てるらしい。

 断っててくれて助かった。

 

 「そういう苦労をされている、という事も、ミュゼさんやエリゼさんから聞いていましたから。是非お会いしたかったのですわ。お節介だったかもしれませんが」

 「い、いえ。感謝しています」

 

 ミュゼ公女、エリィさん、そしてエリゼさん。

 三人の共通の知人である私と、アルフィン皇女は会話をしたくなった――そういうことらしい。

 しかし、単純に『会いたい』と言っては私に余計な迷惑がかかる。

 故にミュゼ公女を経由した、というわけか。

 ……いや、違うな。まだ何かありそうだ。

 アルフィン皇女が、知人だからという理由だけで私を誘うはずもない。それでは権力を用いたのと同じだ。私に拒否権がない。となると多分、本題は。

 

 「さて、それでカタナ様に、お願いがあります」

 「それは……ご依頼、ですか?」

 「有り体に言えばそうなります。どうしても()()()()()()()を、お借りしたいのです」

 「……お聞きしましょう」

 

 やや強引にでも、私を誘うだけの理由がある、ということだな。

 

 「エリゼやミュゼから実力の程は聞いています。カタナさんならば……お願いできるかと」

 「ぐ、具体的には?」

 「今晩、カイエン公爵が主催の夜会が開かれます。そこで――」

 「はい」

 「護衛していただけませんか?」

 

 なるほど……。……え、護衛?

 あんまりにもいきなりの提案に、私が変な声を出したのは許して欲しい。

 

 「エリゼから聞いています。カタナ様は、ラウラ様にも負けない実力者だと」

 「えっ」

 

 それは、先日、エリゼさんが来訪された時の会話のことか?

 私が半分壊れた機械のようにエリゼさんを見ると、彼女は「違いましたか?」と首を傾げた。

 ……いや、まあ、確かに、そう言いましたが!

 ……どういう背景か、お伺いしても良いですかね!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 『本日は、お忙しい中、お時間をいただきありがとうございました』

 

 数日前、リィンの元にやってきたエリゼさんは、最後まで物腰が丁寧なままだった。

 リィンと個別の会話時間を勿論設けたが、その際の絶対零度の視線とは真逆であった。

 

 『何か言うことはありませんかお義兄様?』

 『いや、その、……』

 

 あの時の空気は、重い。非常に、重くて冷たかった。

 穏やかに歓談しながら夕餉(《Ⅶ組》女子のフルコース)に舌鼓を打っていたエリゼさんだったが、笑顔は実に怖かった。

 いやぁ私も一人の女子として氷の微笑みを浮かべるくらいは出来るけどね。

 比較にならないご立腹さだった。

 向かい合って座るリィンの背中は小さい。床に正座じゃないだけまだマシかもしれない。

 あの一時、学生寮の食堂はクリスタルフロッドかダイヤモンドダストが使われたかの様。

 夕食は楽しかったし、その最中の会話でシュバルツァー家の事情を大凡把握できたのも大きい。

 ……まあ、聞いたところで口出しできるかと言われたら、それは無理だった。

 少なくとも外野が茶々を入れれる内容じゃねーもん……。

 

 そんな感じで、只管リィンがエリゼさんに謝罪し続ける一幕が繰り広げられた。

 後、エリゼさんはトールズから辞したのだが、見送りに出たのが私とラウラ(試合前)だ。

 年端も行かない可憐な女性、夕刻に、独りで帰れとは言えない。

 

 『私とカタナでアストライア女学院まで送っていこう』

 『いえ、そんなお気遣いは……』

 『なに、90分ほど帰宅が遅れるだけだ。それに私もカタナも、護衛としては十分役に立つぞ』

 

 貴族の集まりで帰宅が遅れました、と言い訳が出来るのは私達以外はユーシスとリィン。

 喧嘩したばかりでリィンと一緒は困るだろうし、ユーシスが送り届けて噂になっても困るし。

 そういうわけで、エリゼさんを送り届け――この時の会話が、彼女の心に残っていたのだろう。

 

 「噂では昨日、ラウラ様と互角の勝負をしたと」

 「そ、それも……ご存知でしたか……」

 

 そういうわけで、私に白羽の矢がたったらしい。

 

 「しかし、ですね。皇室の守護職、ヴァンダール家が居るはず。私よりずっと護衛に最適では? わ、私が出しゃばって……ご迷惑なのでは?」

 「ご説明します」

 

 アルフィン皇女の説明はこうだ。

 まず今回の護衛だが――事件が起きるか否かは分からない、ということだ。

 《風御前》ことオリエ・ヴァンダールさんの読み曰く『何も起きないのが9割。なにか起きるのが1割弱』とのこと。

 

 「……分からない?」

 「皇族や大貴族に脅迫状が届くのは日常茶飯事です。それで怯えていたらキリがありません」

 

 とはいえ何かあったら困る。だから常にヴァンダール傘下の人間を付ける。

 更に言えば、普段はエリゼさんも同伴している。彼女も剣の腕は中々だ。

 滅多なことは起きないだろう、とのことだ。

 

 「問題は……実はエリィさんも誘われているということなのですわ」

 「……それは……」

 

 なるほど、それはかなり、きな臭い。

 普段から親しく接しているアルフィン皇女とエリゼさんは、ほぼセットで扱われる。二人が逸れることはないし、護衛も慣れているだろう。

 しかし新参者であるエリィさんは難しい。

 年齢的にも二人より上。個別行動になるだろうし、留学という立場上、護衛もない。

 普通は護衛の1人や2人くらい連れて来るべきなのだが、クロスベルには人材が居ない。

 

 「け、『警備隊』が、動けないんですよね、今……」

 「ええ。リハビリの最中よ。無事な人も、警察もクロスベルの治安維持に手一杯」

 

 女学院で日常生活を送る分には問題がない。普段の生活も寮がある。

 しかし夜会は別だ。あれは別世界。普通の人間では入ることも出来ない、全く別の戦場だ。

 更に言えば、時期が悪い。

 《夏至祭》を明日からに控えた今、大勢の貴族は準備に余念がない。

 つまり何が起きてもすぐ行動できる姿勢だし、何なら何かを『起こす』可能性もある。

 帝都の治安を守る軍部と《鉄道憲兵隊(T.M.P)》は、貴族の夜会に戦力を割く余裕もない。

 一番こういう仕事が得意だろう《遊撃士》も、帝国には不在だ。

 

 「そうなるとエリィさんの護衛を出来るのは、カタナさんだけなんです」

 

 ……エリィさんが頼れる戦力が、私くらいしか居ない、だな。

 私はエリィさんを知っているし、エリィさんも私を知っている。実際に顔を合わせたのは今日がほぼ初だが、ロイドさんユウナさんキーアちゃんガルシアさんにマリアベル・クロイス、更には《アルカンシェル》と共通の知人は沢山だ。

 

 (……あれ? 今なんか……)

 

 知らない人の名前があった気がする……。……気のせいかな。

 偽《銀》騒動の時も助けてくれたようだし、私もクロスベルで幾つか事件を解決した身。

 打ち解けるのも簡単だ。

 フィーでは残念ながら無理だ。格式高い夜会は、護衛にもマナー必須だし。

 本来ならば夜会の参加も、エリィさんとしては色々手配してからのつもりだったのだろう。それに先んじて行動したカイエン公らが速かったのだ。

 私にお願いしたことが、それを証明している。

 

 「わ、分かりました。でも、それなら、せめて数日早く、教えていただきたかった……」

 「おっしゃる通りです。ですがお誘いが来たのが、本日の午前だったのですわ」

 「……分かりました。――夜会は、何時から?」

 「本日の20時からになります」

 

 時計を見る。……現在時刻、夕方16時。私がここに招かれて30分か。

 まだ時間はあるな。

 直前になっての呼び出し。アルフィン皇女は断れても、エリィさんは断れない。時間的な余裕を奪うことも見越しての招待状なら、実に性質が悪いと言えるだろう。

 次回以後はエリィさんも自衛出来るだろうし、アルフィン皇女の伝手で、寄ってくる羽虫を追い払えるだろう。今回だけだが、その1回を守るのが私へのお願いだ。

 

 「エ、エリィさんは、ご支度は?」

 「準備できているわ。ドレスも少し前に仕立てた物がある」

 「……アルフィン皇女。私にも準備があります。脚だけ貸していただけませんか」

 

 今からトリスタに戻って、勝負服に着替えて、準備をする。

 列車で20分の距離だ。列車の待ち時間を考えれば、移動用の()があったほうがずっと効率良く動けるだろう。

 

 「では」

 「お、お受けします。何事もないのが、一番ですが」

 

 幸い、士官学院の貴族生徒の中には、明日からに備えて既に実家に帰省している人もいる。

 私も「夜会に誘われました」と教員らに伝えれば、外出許可は降りるだろう。

 後は……明日の早朝トリスタ駅に着いて皆に合流できればそれで良い。

 

 かくして私は、新たなる戦場へと飛び込むことになる。

 

 ……私はこの時、まだ甘くみていたのだ。

 

 夜会に出現した珍しい『ご令嬢』を、貴族が放っておく筈がないことを。

 彼らの興味好奇心は、エリィさんのみならず私にも向けられることを。

 私はまだ、知らずに居た。

 

 20時。夜会が始まる。




Q:《パイア》
A:ニトログリセリンを想定して描写した。狭心症患者などに使用されるニトロ(医薬品)だが、これから爆発物(ダイナマイト等)を作製することは現実でも可能。この理由により、米国などでは医薬品ニトロの輸出も禁じられていたりもする。カタナは知識と免許(偽造)がある。
リアルの皆は危険物取扱者の資格を得た上で適切な施設を使用し、法律を守って作りましょう。

Q:エリィInアストライア女学院
A:原作では「マクダエル議長の手伝いをしていた」だけだったけどこの作品では短期留学中。
オーレリア伯と遠縁ということもあって露骨な差別は受けていない。むしろ近寄ってくる相手を確認し、今後に活かそうと頑張っている。アルフィンらとは仲が良くなった。
尚、夏至祭中のテロには一緒に巻き込まれる模様。
これもカタナの居る影響。頑張ってもっと狡猾になって欲しい。

Q:刺繍の女性
A:そういえばレミフェリアの田舎で服飾品を作っている女性がいたような……。
カタナは会うつもりがない。しかし本人の希望に関わらず、遭う時は遭うものである。


さて次回は夜会! 夏至祭前なのに忙しい忙しい。
貴族の興味と好奇心を、カタナは無事に切り抜けられるのか。
お楽しみに。

62話「舞踏と野望の社交界」

ではまた次回。
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