カタナ、閃く   作:金枝篇

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何時も誤字報告ありがとうございます。

もはや貴族から逃げることは出来ません。
誰にとっての野望で、誰にとっての舞踏であるのか。

では、どうぞ!

感想・評価・お気に入り、お待ちしています。


舞踏と野望の社交界

 イブニングドレスを着るのは、久しぶりだった。

 動きやすさを考えるとパンツスタイル(ズボンを穿いた男装だな)が良いのだが、公爵家主催の夜会となればそうも行くまい。

 幸いにもこういう時を見越して、ブルブランが上質な衣装を何着か仕立ててくれてある。

 箪笥棚を開け、派手になりすぎない青みのドレスを選ぶ。髪の色と対比した明るめの物だ。

 手袋とストッキングはほぼ無地だが、僅かなアクセントに金糸が縫い込んである物に。

 服自体はシンプルだが、各所に小さなレースを使い可愛らしさを追加してある。

 

 「……意外と堂に入ってるね」

 「ま、まあね。慣れだよ慣れ」

 「素材は悪くないんですよカタナさんは。生娘には出来ない色香を出せるのも強いですね」

 

 こういう時に頼れるのは、本職のシャロン先輩だ。

 化粧をしてもらい、髪を結わえ、衣装のチェックもしてもらう。

 同時にフィーに頼んで武装も準備を進める。腰のコルセットにナイフを、脚の腿に小太刀と薬瓶を、ヒールの先に刃を、金糸にワイヤーを。爆薬は――持っていくのは無理だな。バッグに入るものだけにしよう。必要ないかも知れないが、念の為、だ。

 

 「ほんとは一人で出来るんだけど時間がなくってね」

 「ハインリッヒ教頭には?」

 「も、もう許可貰ってる。やっぱドレスは、落ち着かないな」

 

 足元は士官学院の制服と同じ。それは良いんだけど、肩周りが露出しているのが気にかかる。

 まあ……肩と背中はでてるけど、ベルスリーブ型の袖にしたから、それで我慢だな。

 鏡を見て確認。口元、歯、頬、額、目。髪先の補助導力機もバレッタに収納。

 うん、これなら良いだろう。

 

 「よくお似合いですよ」

 「じゃ、ちょっと行ってくる」

 「ご武運を」

 

 部屋から出て外に向かう途中、男子組に遭遇する。

 リィン、エリオット、ガイウス、マキアスと男子勢揃いだ。食事でもしていたのだろう。

 

 「……化けたな」

 「このくらいは出来ますわ――明日には、間に合うように戻って来ます」

 

 ユーシスの褒め言葉にドヤ顔をして外に出れば、高級車が学生寮前に停まっていた。私の口調に男子たちが『演技って凄いね』という顔をしていたが、スルー。まあ普段は見せない一面だしな。

 ヴァンダール家お抱えの運転手さんが、扉を開けてくれた。

 軽くお礼をして乗り込む。

 さて……それじゃあ魑魅魍魎が蠢く社交界に、行くとしますかね。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 社交界に始めて顔を出す者には、注目の視線が集まるものだ。

 その日、帝都の一角で開かれた社交界に現れた少女らに、参加者の目は釘付けとなった。

 

 クロスベルから来ている議長のご令嬢は勿論、美人である。やや帝国の流儀に合わせることが不慣れなのだろうが、身についた所作と初々しさの相反する融合は――クロスベルを一領土として見ている帝国貴族からも――新鮮で、思わず近寄りたくなる物だ。

 発育の良い身体と、包容力を兼ね備えた雰囲気。男達を集める花である。

 

 しかし目が離せない、という意味ではその傍らの少女もまた同様。

 単純な顔立ちでは飛び抜けた美形ではなく、スタイルもまだ幼く、気品や優雅さも……一流であるが、超一流ではない。生まれついた高貴さという点は平凡であるだろう。

 だがずば抜けた()()()が、それらを魅力に昇華している。

 花畑の中に一匹だけ紛れ込んだ白い蛇、と形容できる。光沢ある白い蛇そのものは美しい。しかし、色とりどりの色彩の中に空白だけがぽっかりと産まれていたらどうだろうか。それは違和感であり、思わず近寄り観察したくなることだろう。たとえ空白に眠っているのが、触れると危ない蛇であろうとも。

 

 結果、この日、社交界に現れた2人のご令嬢は、衆目の視線を集めることとなった。

 

 「凄く見られていますね。エリィさんは、緊張はされていますか?」

 「少しだけね。でも競売会に入り込んだ時ほどではないわ」

 

 彼女が来ているドレスは、紫と黒、大人の色合いを持った逸品。

 競売会――クロスベルで行われた《黒の競売会(シュヴァルツ・オークション)》のことかな?

 その潜入工作時に使用したドレスを、やや改造している様だ。裏社会の夜会は――言ってしまえば金持ちが集まる場所だ。多少性的アピールが露骨な方が相応しい。

 それは貴族の夜会では、場合によっては下品に取られる物だ。エリィさんもそれは自覚しているようで、競売会に使用したドレスを帝国風に変えてある。具体的に言えば、胸の谷間が見えない程度に、上半身が隠れている。……それでもプロポーションの良さは全く隠れていないがな!

 

 「色々とお誘いが来ると思います。基本、皇女殿下と、エリゼさんの傍にいれば、有象無象の輩は近寄らないかと……。私も前に出るので。余り離れないでいただければ、暗殺のような事も起きないでしょう」

 

 カイエン公の夜会、アルフィン皇女同席の場で暗殺するバカ野郎が居るとは思えないがな。

 あるとすればエリィさんに因縁と圧力をふっかける方だろう。

 クロスベルと帝国の立場格差を利用しての強硬で強引な交渉。貴族連中からのやや強引な誘いは、受諾も拒否も面倒なことになる。

 

 (それが政治と言えばそれまでだけど……)

 

 エリィさんも準備がもう少し整っていれば……そうした駆け引きも織り込み済みで参加出来たのだろうが……人材不足を嘆いて現状が変わるわけでもない。

 《風御前》の見立てでは何も起きない可能性の方が高いようだし。

 今回は、そういう話を進ませないために、皇女殿下からのお願いを聞くことにしたのだ。

 くどくど文句を言うのは止めだ止め。

 ま、私はこれから油断不可だ。夜会が終わるまで、仕事人に徹しよう。

 広間中央で待つ、主宰へと進み出て、礼を取る。

 

 「本日はお誘いいただき、ありがとうございます」

 「こ、光栄です。公爵閣下」

 「いやいや、まさかこれほどに美しいお嬢様が参加してくれるとは喜ばしいことです!」

 

 クロワール・ド・カイエン公爵。

 《四大名門》筆頭にして、皇室に継ぐ権威を持つ『貴族派』筆頭の男。

 物腰は柔らかく、その瞳に見える色は温厚そのものだ。

 だが……私には分かる。その顔の下には、極めて強い矜持(プライド)がある。己が金と力を持っていることを理解し、それを存分に振るえることを理解し――それでも尚足りないという欲求がある。

 ワイスマンの雑用をしていた私だぞ。嘘を看破することにかけては自信があるのだ。

 そもそも本来は、西部ラマール州で行われるような夜会だ。それを帝都で開く当たり、絶対、何か魂胆がある。夏至祭に合わせて帝都に来ました、というのは理屈が通っているが、二重三重に目的があるのだろう。それも探れるなら探りたい。

 ……そういう活動出来るの、《Ⅶ組》じゃ私だけだからな。

 

 「クロスベルのご令嬢と、アルビー男爵家のご令嬢。並ぶだけで華やかになるものですな」

 「……恐縮です。こうして皆様にご挨拶できる機会を頂いたこと、感謝致します」

 

 一歩前に。口元に微笑みを浮かべ、余所行きモードで応対。嫌味にならないラインは身体に染み付いている。ぶっちゃけ周囲の目線も把握できている。その殆どは好奇心と欲望だ。

 一部例外も居ると言えば居る。具体的に言えば。

 

 「カイエン公。彼女達の魅力に囚われるのは勿論理解致しますが、他にもご挨拶を希望している方がいらっしゃいますよ」

 

 カイエン公の後ろで優雅に佇む、ルーファス・アルバレア氏だ。

 ……味方であってくれれば助かるのだが、難しいだろうなあ、多分。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 夜会が始まって僅かな時間で、私は貴族の皆さんに取り囲まれていた。

 エリィさんの真横で微笑んでいた私をまず切り離そう、という魂胆だろう。

 

 着飾った貴族の男が次々と質問を飛ばしてくる。

 やりにくい。無下にも出来ない。隙をみてエリィさんの傍に戻らないと。くっ……人が多い!邪魔!会話の価値は理解しているがそれと鬱陶しさは別!

 

 アルフィン皇女とエリゼさんが遠い。彼女らは彼女らで人気があるから無理もない。

 内心のそんな考えは顔に微塵も出さず、徹底してご令嬢を演じている。

 

 この心と身体が別々に動く感じ、ヨシュアさんの応用なんだよなあ。馴れた自分が悲しい。

 考え方を変えよう。私がこうした大人を相手していれば、エリィさんへの攻撃は少ないのだと。

 

 「噂になっていたアルビー家のご令嬢が、まさか学生さんだとは思ってもいませんでした」

 「以前までは、後見人の同伴で出席させて頂くことが多かったのです。皆様の印象に残らなかったのも無理ないかと思います。今回を契機に顔を覚えて頂ければ嬉しく思います」

 「後見人と言いますと……」

 「アレイスター家が主ですね。アルトハイム伯爵家と懇意にしています。後は……」

 

 ブルブランから貰っている『使って良い名前』を適当に上げる。

 嘘じゃない。間接的にアルトハイム伯と関係がある、というのも含めて。

 ブルブランの繋がりだ。放蕩貴族アレイスターの身分をアルトハイム伯が保証し、更に彼が私を保証している、という構図。

 ここだけの話、実際に過去、アルトハイム伯の許可を得て、アレイスター(ブルブラン)が代理として夜会に出たこともある。勿論私も同伴していた。

 だから私、実は、メアリー教官のことは入学前から知ってたんだよね。教員になっていたことは知らなかったし、向こうが知らない&覚えてないことも確認してあるけど。

 

 「アルビー家の今後は何かお考えですかな?」

 「そう、ですね。この様な場に誘われた事もありますが……。皇帝陛下から、直々に」

 「ほう?」

 「直々の封書で、立場を保証して頂いた以上……、何れは領土と領民を考えねば、と思いますが……。今は自らのことで手一杯ですので……」

 

 皇帝陛下から、という部分に大勢が反応する。

 私だって知りて―よ! なんでそんな物が用意できたのかなんて! ……まあ《鉄血宰相》と『結社』の取引とか、そういうのが関係しているのではないか、と前々から疑ってはいるのだが……いるのだが……幾らオズボーン宰相が辣腕だからと言って、皇帝陛下に命令できる訳では無いのだ。もしかしたら宰相閣下ではなく皇族と『結社』で取引があったのかも知れないな。

 私にも分からん!

 

 「では将来的には領土と領民を得ることになりますな」

 「将来の話ですわ。具体的なお話は、殆ど進んでおりませんから……」

 「それでも場所くらいは耳にしていらっしゃるのでは?」

 「申し訳ありません。それを言うことは出来ないので……」

 

 言うことは出来ない。うん、間違ってない。

 だって場所知らねーし。

 貴族である以上、辺鄙で、猫の額ほどに狭くとも、土地と民、そして利権を得る筈だ。

 これが一代貴族ならばあんまり気にしないで良いのだが、私の男爵位は由緒ある家系だ。

 経営とかを考えると今から胃が痛む。

 

 さておき、私の『言えない』という言葉は、まだ秘密なのです、と受け取っていただいた様だ。

 しかしそれでも、貴族らの猛攻が止まらない。

 片目で様子を見ればエリィさんも貴族に囲まれている。どっちかと言えば、私を囲む人々より若い。はっきりと『次期当主』である私を囲む貴族の大人達と違い、明らかに籠絡目的。

 ええい、こうなったら少し空気を変えてやれ。

 

 「差し支えなければ、社交界にそれほど顔を出さなかった理由をお尋ねしても良いですかな?」

 「実は国外で見聞を広めていまして……」

 

 少し言葉のトーンを落とす。

 

 「家庭教師を務めてくれた先生が、帝国博物館の考古学者をしていらっしゃったんです。先生に同伴して、大陸各地を巡っていました。帝国のみならず、リベールやレミフェリア、アルテリア法国。共和国や……遠くエルザイムなども足を運びました。多くの場所で、歴史を中心に、様々な指導をして下さいました。――残念ながら少し前に先生は亡くなられてしまい……それを契機に、帝国に戻ってきたのです」

 「そうでしたか……」

 「はい。その後、アレイスター様の勧めもあり、トールズに入学致しまして……」

 

 悲しい顔をする。

 フフフ、私は今、真実しか話していないぞ!

 

 ワイスマンの話も本当だ。アイツはリベールで帝国所属の考古学者と名乗っていたが、ちゃんと手配も済ませてある。今でも帝国博物館の職員名簿を調べれば『アルバという考古学者が在籍していた』記録は出てくるとも。

 なんとか若者らを往なしたエリィさんにも災難が襲いかかっている。視界の隅で恰幅の良い貴族に声をかけられているのが見えた。これ幸いと優雅に人々の間をすり抜け、彼女の横に移動した。

 視界の隅、アルフィン皇女らがフリーになっている。今だ。

 

 「クロスベルの発展は目覚ましいものがありますな。歓楽街を取り仕切る身として、機会があればヘンリー様から、是非、勉強をさせて頂きたい……! 有意義な時間になることでしょう」

 「そう言って頂けると光栄です。歓楽都市ラクウェルの名はクロスベルにも届いておりますよ」

 「ファハハ、そうですかそうですか!」

 

 どっかで聞いたことがある笑い声。静かに近寄りつつ観察し、脳内ストレージをチェック。

 

 (ああ……バラッド侯かぁ)

 

 ヴィルヘルム・バラット侯爵。カイエン公の叔父。この男性が、どんな仕事をしているのかあんまり詳しくはない。カイエン公に比較すると重要度がぐっと下がる相手だからだ。

 ただ浪費家で有名、且つ自分の利権を守ることに執着するという話は知っている。

 歓楽都市ラクウェルとかにも出資しているんだろうな。クロスベルに興味持つのは分かる。

 

 「エリィさん、お疲れではありませんか? お飲み物をどうぞ」

 「カタナさん。――そうね、ありがとう」

 「それと。アルフィン皇女がお呼びです」

 「あら……それは、行かねばなりませんね」

 

 すっとドリンクを差し出してフォローしつつ、入れ替わる。後は向こうにパス。

 視線を向ければ、エリゼさんらが小さく『お任せ下さい』と頷いてくれた。良し。

 その背中を見送っていたのは、私だけではなかった。

 

 「盛り上がっているようで何よりですな」

 「はい。……――と、これは、……失礼しました、公爵様」

 

 バラッド侯を下がらせ、私の横で口を開いたのは、今宵の主:カイエン公だったのだ。

 

 「ああ、そんなに固くならずに。折角の夜会、緊張されては主宰の名折れですからな」

 「――お心遣い、感謝します」

 「しかし流石は華やかだ。先程からお二人には大勢が集まっている。華に集う蜂のようですな」

 「好奇心を満たせば、直ぐ離れていくと思いますわ」

 

 洒落た言い回しに飲まれないように、穏やかに返す。

 

 「いやいや、そんなことはありませんとも。それにアルビー家にはまだまだ魅力が沢山あるでしょう?」

 「……当主になってから知ることも、多いでしょうから……。今はまだ何も言えませんわ」

 「勿論そうでしょうとも。しかし我々の仕事は、先行投資もありますからな」

 「買って頂けるのは……嬉しく思います」

 

 声は穏やかだが、只管こちらを値踏みしている態度だ。少し神経がささくれる。

 

 「あの娘からの評判も聞いております。貴女は優秀だ。どうすれば益になるかを分かっている」

 「過分なお言葉ではないでしょうか? 学生の細やかな活動でしかない、と思っていますが」

 「そんなに卑下することはありません」

 

 穏やかなままカイエン公は続ける。

 

 「きっとあの男も、取り逃がしたことを後悔するでしょう」

 「果て。……どなたの話でしょう」

 「どなたの話でしょうな」

 

 カイエン公と私と繋ぐ男など一人しか居ない。だが私はそれを無視した。カイエン公もそれ以上は言わなかった。今更過ぎる。向こうは利用してくるかもしれないが、知ったことじゃない。

 

 「そういえば……」

 「はい、何でしょう? 侯爵様」

 「次期アルビーの当主様は、諸国を巡っていましたな。クロスベルに行かれたことは?」

 「……勿論ありますが、それが何か?」

 「いえ。ただ、思ったのですよ。マグダエル様とも親しいならば……」

 

 ――次期当主様なら、あの土地を上手に使えるのではないか、と。

 

 社交界の喧騒に混ざって、その声は私にしか聞こえなかった。

 

 「公爵様、お戯れを。……あの土地は、帝国及び共和国、双方が宗主国として認めた背景がございます。万が一に欲したとしても、私程度の一存ではどうにもならないでしょう? 絵空事であったとしても、向こうに悪いですわ」

 「いやいや、そうでしたな。失礼、アルバレア家やログナー家も経済発展に強く興味を示していますからな。有識者の意見は大切にしたい想いが強いのですよ」

 

 穏やかだが、声は淡々としていた。

 大したものだ。私とエリィさんの関係が良好なことに付け入る魂胆だ。

 正直、私が普通の小娘なら、のらりくらりとカイエン公の言葉を回避は出来ていない。

 物凄く私を測っている。同時に隙を見つけようとしている。値踏みし、利用を考えている。

 使う価値ありと判断したら私を言葉巧みに扱うだろう。

 

 「次期当主様とは今後とも良い関係を構築できそうですな。――では、夜会をお楽しみ下さい」

 「こちらこそ。素敵な社交の場、最後まで楽しませて頂きます」

 

 去っていくカイエン公の背中を見て、なんとか乗り切ったと小さく息を吐く。

 挨拶としては十分だろう。

 

 そこで、ふと私は嫌な予感を覚えた。

 帝国視点では、クロスベルは帝国領土。共和国と争っているが、一応領土という認識だ。

 あの場所は誰が統治している感覚なんだろうか。……皇帝陛下の直轄地かな? まさか領主が未定とかそういうことは無いだろう。……無いよね?

 ……未定の私の領地に、私の領民。

 ……ははは、いやいや、まさかね!

 これ以上考えると必要以上に勘ぐってしまいそうだ。頭から振り払う。

 

 「……アルフィン皇女らに合流しようっと」

 

 再び私を貴族の皆さんが取り囲もうとしている。先手を打って、一回離脱しよう。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「トラブルは起きそうもありませんね。ほっとしています」

 

 大広間から外に出る。敷地の一角に、アルフィン皇女らが集まっていた。

 花々がライトアップされた庭園は、手入れが行き届いている。大広間の熱気から解放されたのもあって思わず深呼吸をする。飾られた花々の芳しい香りが広がった。いい感じに、涼しい。

 

 「身代わりにしてしまったようで、申し訳ないわ……」

 「それがお仕事ですので」

 

 エリィさんを運良く籠絡できれば幸運だ、程度の考えで迫った若者等は、全員撃沈したらしい。

 そこは流石にご令嬢、相手を不快にさせない程度にきちんと断る術を身に着けていた。

 まあエリィさんなら、その辺の貴族の若者より気骨ある良い伴侶を探せるだろうしな。

 

 「実際、接触などはありましたか」

 「あるにはあったのだけど、アルフィン皇女の前では挨拶程度に落ち着きました……。余りにもしつこい殿方には、アルバレア様が対処を手伝ってくれました」

 「ルーファス様がですか」

 

 あんまり目立った動きをしていなかったあの人だが、さり気なくフォローをしてくれたらしい。

 カイエン公の夜会でどこまで助けてくれるか未定だったが……一応、味方と判断して良いのか?

 そのカイエン公とも先ほど時間を使って会話をした。

 最低限のノルマは達成したと言えるだろう。武器も使わないで良さそうだし。

 

 まだ仕事が終わった訳では無いから油断は厳禁であるけどね。

 夜会はやっと折り返しが終わった所。流石に淑女の皆さんを深夜まで拘束することは無いだろうが、もう1時間ほどはこの場に逗留することになる。その間に何かが起きるとも限らない。

 

 「私は戻りますが、アルフィン殿下はどうされますか」

 「折角です。一緒に参りましょうか。私達の友好関係を皆様に今一度伝えておく事も大切です」

 

 このまま外で時間を潰したいが、カイエン公の顔に泥を塗るわけにも行かない。

 お詫びに別日でもう1回、なんていう誘いを拒否する為にも、今日は今日で片付ける。

 などと思いつつ大広間に戻った私にさらなる問題が襲いかかったのである。

 

 「一曲、如何ですか?」

 

 4人の淑女が広間に戻れば、やはり注目を集めるものだ。

 既に夜会も終わりに近く、改めて挨拶に来る人々は少ないが、それでも関心は向けられている。

 そんな中、進み出たのはルーファスさんだった。

 

 夜会の定番。ダンスの誘いだった。

 

 ルーファスさんの視線はこちらに向けられている。

 なるほど、エリィさんと踊っておこうという魂胆か。確かに一応交流しておくのは彼らしい。

 拒否もできまい――と思っていたら。

 

 「ねえ、カタナさん」

 

 エリィさんが私を促す。と思っていたらだ。服の袖を引かれて、違う様よ、と教えられる。

 ルーファスさんの視線は、こちらを向いている。

 こちらを。エリィさんではなく、私を。

 

 「……私ですか?」

 「はい。一曲、お付き合い頂けませんか? エカターニャ・アルビー様」

 

 広間の視線が、私に集まっている。

 

 「男性に、恥をかかせる物では、ありませんね」

 

 踊りはサービスではない。礼儀であり、コミュニケーションであり、教養を示す場でもある。

 まして相手はルーファスさんだ。ここで断ったら世間で何を言われるか分かったものじゃない。

 私は軽く進み出て、僅かに礼を示した後、彼の手を取った。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 踊りくらい、修得している。

 まして相手は社交界屈指の傑物だ。女性に恥をかかせない誘導も巧みだった。

 流れる優雅な音楽に合わせ、身体を任せる。実に踊りやすい。誘導に従い、くるりと回る。ドレスが広がる。髪も流れる。手足に合わせて空に描く二つの弧は、きっと映えていることだろう。

 再び腕に納まり、ルーファスさんの手が腰元にくる。

 そのまま引き寄せられる動き。自分から前に出る。距離が迫る。

 胸板に顔が、触れる寸前。再び軽い誘導。ステップで私は回る。

 

 「中々お上手だ」

 「流石は、アルバレア様ですね」

 「取り繕った口調をしないでも構わないよ」

 「……そ、そういうのは、今は無しでお願いします。この場で、私の素は、余りね」

 

 実習で顔を合わせただけあって、私の表情が作り笑いだと見抜いている。

 そうは言ってもそうは行かない。夜会が終わりプライベートを確保するまでは、このままだ。

 延びた腕に合わせて、私も軽く伸びる。三拍子に合わせて離れ、再びの三拍子で戻る。

 

 「ならそのまま続けよう――」

 

 

 「――エリィ・マクダエルさんに、招待状を送った甲斐があったよ」

 

 

 「……っ、まさ、か」

 

 言葉を理解した瞬間、動きが止まらなかったのは奇跡だ。

 踊りながら、囁くように告げられた真実に、私は表情を維持するのに精一杯だった。

 顔を上げる。視線が交わる。傍から見れば社交ダンスで交流が深まっている構図でしかない。

 

 「まさかルーファス様が」

 「カイエン公に助言をしただけだよ、私は」

 

 まさか()()か。

 ()()()()が、目的か。

 

 本命は、エリィさんではなく私。エリィさんに招待状を出せば、アルフィン皇女やエリゼさん、ミュゼ公女経由で私に連絡が来る。そうなれば私はきっと同伴をする。

 来ないなら来ないでデメリットは一切ない。来ないならそのままエリィさんが、私が浴びた貴族の皆さんによる洗礼を受けるだけだ。

 

 「君は面白い。実に。カイエン公も、君を図っていた。だが私はその先を君に見ている」

 「……お上手ですね」

 「君の力は、帝国が存分に活かさねば、損失だよ」

 

 穏やかな笑顔。

 その裏に。

 舌先に感じ取った。

 

 「君を利用するつもりはない。ただ私は真摯に、この帝国の未来を憂いているだけさ。――トールズの《Ⅶ組》は、何れも優秀だ。将来は帝国を支える礎になる。その中でも我が弟ユーシスと君は、極めて優秀な『貴族』だ。であればこうして礼を尽くし、将来について語るのは当然だろう」

 「カイエン公の前で?」

 「君と同じだ。与えられた機会は存分に活かすとも」

 

 腰に回った手の合図。私は上半身を反らす。会話と同じで、どこまでも礼儀正しい。

 三拍置いて身体を戻す。

 否定できない。いっそ来るなら情報を集める。エリィさんの護衛に並行してやっていた事だ。

 音楽が佳境に入っている。合図に合わせ、私は軽く飛んだ。

 ステップを強めに。ほんの数秒の滞空時間。

 ルーファスさんは、それにも対応する。私の重心を支え、速度を合わせて華麗に着地させる。

 観客から聞こえる感嘆の声。

 

 「私を、どうしたいのですか?」

 「何もする気はないよ。今は学院生活を満喫することだ。私も明日からの実習には協力させてもらうとも。《夏至祭》は皇帝陛下や、皇族の皆様も楽しまれる。騒ぎに乗じるやましい者も必ず居る。まずは何事もなく乗り切らねばならない。そうだろう?」

 「……」

 「本当のことだ。私が動く時は、カイエン公が動いた時。そして帝国に動乱が発生した時だ。――私は貴族として義務を果たさねばならない。君にも、その時にこそ協力を仰ぎたい」

 

 一度手を離し、優雅に回転。

 爪先で完璧なターンをした私の胴体の正面に、ルーファスさんが居る。

 完璧に読まれている。合わされている。癪に障る! 勿論顔には出さない。

 今は、納得しておくしかない。私の僅かな瞳の動きで、彼には十分伝わったらしい。

 音楽が止んだ時、私は完璧な着地と姿勢で、踊りを終えていた。

 ルーファスさんの誘導は、それほどに卓越していた。

 降り注ぐ拍手。貴族の誰もが私とルーファスさんを称賛する。カイエン公も満足そうだ。

 これだけ夜会を盛り上げてくれた小娘に何を思っているのか伺えないけれど、表向きは笑顔で手を叩いていた。

 

 会場の皆さんにカーテシーをしながら、私は舌先に、クラスメイトを思い浮かべた。

 ユーシス。君のお兄さんは嘘吐きだ。それも、とんでもない大嘘吐きだよ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 『本日は良い経験が出来ました。次の日程を……学業があるので、予定することは難しいのですが、また機会があれば、是非、お誘い下さい』

 

 カイエン公らに社交辞令を告げて、館を辞し、皇室御用の高級車へと乗り込む。

 扉と窓が閉じられ外界から隔離されたところで、私はようやっと――大きく大きく息を吐いた。

 

 「し、しんどかったぁあ!!」

 「お疲れ様です。ありがとうございました。カタナさん」

 

 思わず吐き出した言葉を、エリィさんが労ってくれた。

 座席にへたり込み、襟元をパタパタと動かして緊張を解す。マジでしんどかった。車はトリスタへと向かう手筈だ。途中、アストライア女学院の寮を経由してエリィさんを降ろすことになっている。

 アルフィン皇女とエリゼさんは別車両。既に今晩の一件に関してお礼は頂いた。

 言葉と物品それぞれで。

 機会があればまた女学院に顔を出しますとも伝えてある。

 

 「いえいえ。……武器を抜く必要がなくてよかったです……」

 

 ここだけの話、一瞬武器に手が伸びた瞬間はある。不埒な視線を感じた時だ。

 公衆の面前でセクハラをするほどに馬鹿な奴は居なかったが――エリィさんと私とを見れば、僅かなりとも脳内で劣情を抱く奴はいる。女子はそういう視線に敏感なんだよ。

 咄嗟に武器を出さなかったという意味でも、ルーファスさんのフォローは有り難かった。

 ……ダンス中の会話は横においた上で、ね。

 

 「エリィさん、多分これからも、互いに苦労すると思いますが。出来ることは、手伝います」

 

 今日の夜会は、大陸の一角で起きた、ほんの一幕に過ぎない。

 しかし、こうした幾つもの出来事が積み重なり、やがて大きな事件になる。

 そして事件は、紛争へと繋がっていくのだ。

 ()()()果たして、帝国がどうなっているか、私には想像も出来ない。クロスベルは尚更。

 あの錬金術師が余計なことをする感じも……かなりあるし。

 正直、あの場所には私もお世話になっている。偽《銀》事件とかね。

 

 「ですから、遠慮せず、頼ってくれると、嬉しいです」

 「……そうね。――おやすみなさい、カタナさん」

 

 私の言葉に、小さく笑って、エリィさんは寮へと入っていく。

 街道に出た車は、徐々に速度を上げていく。帝都が遠ざかっていく。

 

 「明日6時に駅集合で、もっかい帝都。そして、実習」

 

 正直、無茶苦茶しんどい。放り投げたい。自分の体力を過信した。

 トリスタまで30分。目を閉じる。僅かな時間だが、少しでも休もう。

 

 それでも。

 今日みたいな騒動よりかは、クラスの皆と過ごすほうがずっと気楽に違いないのだから。




Q:カタナのセンサー反応
A:ルーファスに反応したのは今回が初。彼が何かとんでもない大嘘を吐いていることをやっと察知した。至近距離での長時間の会話が決め手。だからといって嘘を見破れはしないし、ルーファスを何とか出来るものでもない。内戦開始までは安全である。……多分。

Q:ルーファス・アルバレア
A:ここに来てカタナ勧誘を開始。口では否定しているが利用する気満々。

Q:カイエン公が話題に出した男
A:父。カタナは存在すら認めていない。何時登場するかは筆者も未定。多分凄く嫌な奴。


実際、閃Ⅰ時点で、帝国視点でクロスベルがどんな扱いだったのかはかなり気になってます。
帝国と共和国の双方が宗主国という事実が公的な記録。
閃の軌跡Ⅱで併合、閃の軌跡Ⅲでクロスベル総督府が設置済み。

併合前には、共和国側もクロスベルを取り込もうと躍起でした(実際、ロックスミス大統領も、碧の軌跡で『特務支援課』に勲章を授与しようとしていました)。
この時点で帝国領だったら大統領なら絶対やらないでしょう。

そう考えると『帝国時報』が「クロスベル地方が独立宣言を~」という記事を掲載した際、「帝国の領土である」と表現するのは、ちょっとメディア的に不味い。……それがOK出たってことは、どっかから許可が出てたんでしょう。
実際、検閲が行われています。宰相をフォローするような記事が掲載されてもいる(今季財政案の記事等がそうです)。貴族派なのか革新派なのか、どっちにせよルーファスは影響与えてそう。
という考察が本編に反映されてます。

前々から話していた通り、カタナにはいっぱい苦しんでもらいます。
帝国貴族との板挟みになる日が楽しみですね。

62話「そして実習が始まる」

ではまた次回。
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