カタナ、閃く   作:金枝篇

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さあ帝都の動乱始まり始まり。襲い来る脅威の第一陣はまずこの人達からです。

では、どうぞ!


そして、実習が始まる

 「カタナ、カタナ、着いたよ」

 「ん……」

 

 フィーに揺すられ目を覚ました時には既に、列車は帝都ヘイムダルの中央駅に停車していた。

 カイエン公の夜会から帰路についたのは23時前。エリィさんらを送り届け《第三学生寮》に到着、後、急いで自室に戻り、派手で窮屈な戦装束(ドレスと装飾品)を脱いで、化粧を落とし、シャワーを浴びたら日付はとっくに変わっていた。そして本日の起床、朝5時前である。

 身支度と装備を見直し、シャロン先輩が用意してくれた軽食を食べれば、もう集合時間だった。

 睡眠時間は、4時間少々。体力的には問題がないし、現役時代の訓練に比較すれば大したことはない。ないがしかし気疲れというのは体力を消費する。列車の中で私は熟睡してしまっていた。

 

 「だいじょぶ?」

 「フィーだって睡眠時間4時間で平気でしょ。それに今回、班長だからね……はふ……」

 

 たかが20分。されど20分。ちょっとだけだがスッキリした。欠伸をして意識を切り替える。

 

 今回の実習チームは以下の通り。

 A班:リィン、エリオット、ラウラ、マキアス、フィー。リィンが班長。

 B班:アリサ、ユーシス、エマ(委員長)、ガイウス、(カタナ)。――班長は、私!

 

 ラウラとユーシスが班長ではないのは意図的だろう。ラウラ自身は帝都に来た回数があんまりないらしいが、アルゼイド家という名前は非常に大きい。ユーシスは言わずもがな。

 リィンと私という――私は昨日、しっかり目立ってしまったが――貴族を指定したのも何となく分かる。

 貴族と平民の両方に目が届く立場は有効活用しろ、ということだな。

 昨日の今日で班長代えた方が良いのでは? と提案する暇も無かったし、やることやるだけだ。

 

 到着した私達を出迎えたのは、カール・レーグニッツ帝都知事。マキアスのお父上である。

 常任理事だったことにマキアスは驚いていたが、そんなに驚くようなことだろうか。

 ……いや、オリビエ殿下から諸々の事情を聞いてた私の感覚と一緒にしても良くないか。

 

 帝都庁に戻る時間も惜しいカール知事は、私達を鉄道憲兵隊の司令所へと案内し、宿と本日の課題を渡してくれた。広い帝都を、東西2チームに別れての実習だ。

 リィンらは、帝都の目抜き通りにして皇宮に続くヴァンクール大通りから東側。私達は西側。

 私達の宿はヴェスタ通り。名の知れた商店が並ぶ大通りだ。宿酒場、飲食店、雑貨店などなど。決して規模は大きくないが知る人ぞ知る名店や、庶民にも貴族にも愛される歴史ある店も多い。

 まあ、それは良いんだが。私はリィンらに渡された住所を確認して、思わず呟いてしまった。

 

 「……アルト通り、4-32-21?」

 「知ってるの?」

 「まあ、何年か前に、ちょっとね」

 

 そこ帝国の《遊撃士協会》があった場所じゃないか。ははは、笑えねー。

 破壊工作が実施されたその時こそ、私はサラ教官を足止めしクルーガー先輩に繋ぐ、という任務を全うしていたが、その前段階で一度、足を運んでいる。何も知らない子供が迷い込んだり、依頼をしたり、あるいは悩みを相談したり――下心さえ見せなければ、彼らは親切に対応をしてくれる。無事に『お願い』が解決したら笑顔でありがとーと手を振り自宅に帰り、合流したワイスマンが暗示を解いて、私は無意識で手に入れた情報を渡す。1回しか使えないが、実に簡単で、同時に実に悪どい方法だった。

 

 ……というかヴェスタ通り、5-27-126も《遊撃士協会》だよ。支部だけど。

 広い帝国での相談に対応するため、帝都の西には支部が置かれていたのだ。

 規模も人材も本部に比較して少なかったから重要度はかなり低かったけどね……。

 まあ、宿が(たった数回とは言え)見知った場所であるのは有り難い。

 カール知事の話によれば、既に食料や寝具、実習に必要な備品は運び込んであるとのこと。

 忙しいのでこれで、と去っていく知事にお礼を言って、私達も行動に移ることにした。

 

 「3日間の長丁場になる。お互い頑張ろう!」

 「あ、ARCUSで連絡が取れるようだから、何かあったら、適宜ね」

 

 リィンの激励に私達は頷いて、それぞれ導力トラムへと乗り込んだのである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 元遊撃士協会支部は、思ったより綺麗だった。本部に比較して襲撃事件の被害は少なかったからだろう。本部の方は立て直したと聞いている……。取り壊さなかったのは、人々へのフォローと隠蔽工作だな。無くなったら無くなったで、なんとなく不安になる気持ちも分かるし。

 建物は二階+地下一階で構成されていた。元受付だったカウンターの傍にテーブルと椅子。奥の部屋に台所。水道も使えるようになっている。就寝は二階。ベッドは古いが寝具は清潔。良いね。

 ひとまず荷物を置いて、実習の内容を確認する。全部で3枚だ。

 

 「えー、まずは1つ目。《帝國博物館(Imperial Museum)》の展示品整理」

 「……今から?」

 

 アリサの言葉も尤もだ。展示品の準備を《夏至祭》当日にやるとは考えにくい。

 そのまま文章を読んでいくと、簡単な注釈が載っていた。展示品(だった物)の整理だった。

 要するに、《夏至祭》に備えて展示をしたは良いものの、バックヤードが随分と大変な事になったから整理整頓を手伝ってくれ、ということらしい。アリサも納得した。

 

 「つ、次が『馬の世話の手伝い』。依頼主は、帝都競馬場」

 「競走馬か」

 

 ユーシスの方を見る。クラスで一番、乗馬に詳しいのは彼だ。

 

 「《夏至祭》では大レースが行われるからな……。普段は競馬に余り興味がない人も、このレースだけは記念に買う人もいるくらいには人気がある。本番は明後日(《夏至祭》3日目)になるが、懸念事項は今のうちに潰しておきたいということだろう」

 「詳細は、支配人まで、だってさ。で、3つ目。毎回お決まりの、魔獣退治の依頼。場所は、南オスティア街道」

 「このメンバーならばそう苦労もしなさそうだな」

 「カタナさん、どこからやりますか?」

 

 委員長の言葉に、少し考える。

 距離と、位置関係と、時間と、こちらの体力を考えて。

 

 「ま、まず、帝國博物館に、行く。で、仕事の内容を聞いた上で、次に競馬場。実際の行動は、魔獣退治から……かな。幾ら街道沿いって言っても、夜遅く、出歩くのは、良くないから」

 「逆に博物館のバックヤードなら真夜中まで使っても最悪、問題はないか」

 

 ガイウスの言葉に、そういうこと、と私は頷いた。

 競馬場の仕事内容次第ではもっと時間短縮も見込めるかも。

 

 「あ、あと、これ。《夏至祭》期間に使える、導力トラムのフリーパスが、同封されてた」

 

 観光客向けに発行されている乗り放題の定期券だ。

 移動距離と回数を考えれば、こういう細かい気遣いは非常に有り難い。

 実習が終わった夜間、時間的な余裕があれば、ちょっと外出するくらいも出来るかもしれない。

 

 「じゃあ、装備整えて、30分後に、集合ってことで」

 

 私の言葉で、各々が行動を開始する。素早く仲良く確実に、だ。

 正直、今回のメンバーは非常に有り難い。ユーシスとガイウスは普通に関係が良好。私と委員長の関係だけやや棘が生まれる……可能性がある、くらいで、それも間にアリサが入れば大事にはなるまい。

 部屋に荷物を置いて武装を整える。新調したトランクの中には、今朝5時に急いで回収したミヒュトで購入した危険物が沢山だ。安全に気を付けて免許(偽造)も確認。小太刀や髪留めも問題なし。何時でも戦闘は始められる。

 そのまま私は地下1階に足を運んだ。

 何かあるわけではない。完全な倉庫になっている。ただ足元に、何が置いてあるか良くわからない空間があるのは、なんとなく気持ちが悪い。職業病だ。――言っちゃ悪いが、帝国遊撃士協会が奇襲されたのは、帝都に張り巡らされた無数の地下通路を放置していたからだ。

 

 《遊撃士協会》にテロする奴なんかいないよという思い込みがあったのは否定しない。

 でも、やるやつは、やるんだよなぁ。

 

 このヘイムダルという都市は、古の時代の遺構の上に作られている。

 建国当時に建てられたエレボニアの施設。その地下に緊急避難用の通路や水路が作られた。

 上部の建物が長い時間で消失し、その上に新たな建物が作られる。発見された古代の通路は拡充される。この繰り返しだ。整備された道路の下に、どれだけの網が張られているか分からない。

 そして、一番古い地層。帝国の最下層に何があるのか分かったもんじゃない……。

 …………やべーの眠ってそうだなぁ。

 バルフレイム宮の建立とか、今から800年以上前だしなぁ……。

 絶対『結社』が欲しがりそうな物ありそうだよ。リベール王国の地下にあったトロイメライ=ドラギオンがリベル・アークの防御装置だったことを考えれば、真面目に至宝の1つや2つ眠ってるんじゃないか?

 

 「カタナさんー? どうしましたー?」

 「ん、ちょっと、倉庫を観察してる。すぐ、行くよ」

 

 木と石で覆われた地下倉庫は、ガランとしている。物も殆ど置かれていない。

 梁部分に『この物件は帝国政府が管理しています』の張り紙が貼ってあるだけ。部屋の隅に積み上がっている木箱の中には、ゴミと大差がない雑多な小物が入っているだけだ。小銭発見と。

 壁際に近寄る。舌先に感じる微かな風。湿った匂い。見える場所に扉はない。隙間は、ある。

 念の為に軽く壁を叩くが、壊れたり動いたりする心配は無さそうだ。

 ……地下への入口だけ施錠しておこう。念の為ね。

 

 「カタナー! 揃ったわよー!」

 「ん、今、行く」

 

 アリサの声に応じる。

 さてさて、では実習と行こう。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 帝國博物館。

 ヘイムダルに数ある名所の中で、最も時間が溶ける場所といえばここだと思う。

 帝國及び周辺諸国で発見された数ある展示品は、1日中展覧を巡っていても見終わらない規模と量だ。

 ワイスマン(アルバ教授ではない)も、時折足を運んでいた。愉悦目的ではなく単純に知識欲で、だ。家庭教師がその有り様だったので、勿論、生徒である私も何度も付き合った。

 何度も見たはずなのに何回行っても発見がある、というのは実にいい場所だ。展示されている内容が季節ごとに代わるだけでなく、色々なイベント、特設コーナーもある。入場は無料。偉い。

 

 「アチコチ回っていただくことになりますが……よろしくお願いします」

 

 そんな博物館のバックヤードだ。整理はさぞかし骨が折れると思ったら、予想以上に楽な仕事だった。正確に言おう。簡単ではないが、身体を只管駆使して荷運びをする内容では無かった。有り難いことに。

 『運搬や梱包に専門家を必要とする逸品もありますから……』

 言われてみればその通り。素人の学生では触れることも出来ない貴重品もあって当然。

 だから私達への課題は、貴重でも取り扱いが安易で、注意点さえ守れば問題が無い品物が獲物だった。

 学芸員のリルケさん曰く。

 

 「この《夏至祭》に合わせて展示コーナーを刷新したんです。折角なので常設展も少し色を変えようということで、職員一同で張り切りました。……ただ昨日、帝国軍から注意が入ってしまったんですよ。――平たく言うと、オズボーン閣下を批判する文書が展示品に並んでしまったんです」

 「……べ、別に、良いのでは?」

 「僕も同僚もそう思いました。確かにオズボーン宰相を批判する人もいますが、同時に、擁護する人もいます。博物館は……出来る限り中立で公平な視点に立って、展示をする。どう捉えるかは来館者次第だと思っています」

 「で、でも、注意を受けた以上そのまま陳列は出来ない、と」

 「はい。止むなく、該当した品目は撤去することを約束しました。で――書籍や新聞記事などは、展示しない以上は返却しないといけません。〈夏至祭〉が終われば再展示できるとかなら兎も角、多分この先、展示は難しい」

 「……返却、せっつかれたんですか?」

 

 ええ、まあ、とリルケさんは言葉を濁した。

 帝国軍がさっさと返却をしろと命令したわけではない。

 ただ博物館の運営側としては、持っていていちゃもんを付けられるのは嫌だ。資料を貸し出した『帝国時報』や『帝国学術院』も、下手に貸出をしっぱなしでは何を言われるか分からない。〈夏至祭〉中に()()()()公開されるのも嫌だ、ということで忖度したのが、今回の依頼の背景だった。

 

 「こ、好奇心なんですが、目録を拝見しても?」

 「良いですよ。図書館で検索すれば出てくる内容ばっかりですけれど」

 

 既にフォルダリングされ、重要なものは梱包も終わっている。幾つかの建物にこれを届ければ良いのだ。

 折角なので目を通す。ふむふむ、オズボーン宰相閣下が就任した際の帝国時報の記事。ふむふむ、相当古いハーメル村のニュース。ふむふむ、学術論文『ディストピアへの道』。

 ……いやこれ結構ホントに危ないな?

 確かに調べれば出てくる記事や書籍だ。それは間違いない。

 だが人間は調べ物をする時、『そういう情報がある』事を念頭に置いて調査を進める。

 逆に言えば、そもそも情報の存在を知らない、情報を連想しない、という状況の場合、人はそれを見つけられないのだ。今回のように――おそらく学芸員の皆さんは、展示をする際に、面白そうなものを端から順番に、丁寧に探したのだ――ピンポイントで視点を合わせなければ見つけられない。そういう情報ばっかりだった。見つけた方も指摘した方も優秀だな、これ。……中でも――。

 私はある文献を確認して、リルケさんに頷いた。

 

 「わ、分かりました。では、確実に届けさせてもらいます。伝票にサインを貰っておけば、良いですか?」

 「お願いします。今日でしたら、僕は閉館までフロアを回っていますから」

 「では、今日中に」

 

 担当者の名前を控える。アタッシュケースはガイウスが受け取ってくれた

 博物館を観覧するのは――また後で、だな。最悪今晩、リルケさんに報告した後でも良い。

 

 「じゃ、じゃあ、競馬場に行く前にぱぱっと片付けてしまおっか」

 「そうだな。導力トラムで迂回すれば、競馬場に行く前に全て配達が終わるだろう」

 

 ユーシスが、こういうルートだと早いかな、と停留所で簡単に説明をしてくれる。

 流石だ。バリアハート以外の交通情報にも詳しいらしい。

 

 「……?」

 

 その時だ。私は、ふと視界の隅に見慣れた顔を発見した――気がした。

 道路に目を向ける。見覚えがある姿は消えている。他人のそら似、だろうか。

 

 「カタナさん何か気になることでもありましたか」

 「いや。……今、トマス教官が歩いてた……気がして……」

 

 まだ午前の10時。既に観光客はかなり多い。博物館にもどんどんとお客が入っていく。

 人混みの中、一瞬見かけた教官(多分)の姿は既に見えなくなっていた。

 

 「……気の所為、かな」

 

 なんか引っかかった。言葉に出来ない()()()()()だ。

 私の疑問に、なんだそんなこと、とアリサが返す。

 

 「教官だって〈夏至祭〉に来るわよ。学校休みなんだし。歴史の先生が博物館に居るのはむしろ当然じゃない? 私のお父様だって、お爺様と二人休みの日に機械弄ってばっかりだったわ」

 

 まあ、それはそう。おっしゃる通りだ。

 サンクト地区方面に向かっていった気がしたのだが……。

 やってきた導力トラムに乗り込む。違和感は、とりあえず棚上げすることにした。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 お使いは順調に進んでいった。

 途中『帝國時報社』でリィンらと遭遇したが、リィンらはリィンらで、〈夏至祭〉の手伝いの最中だった。

 なんでも観光案内のパンフレットを制作中とのこと。

 記念ということで写真を撮ろうか、とも言われたが、遠慮しておいた。そういう記念写真は皆で集まった時に撮るものだ。まあ女学生が利用しているお店、ってアピールは出来るかもだけど。

 

 「と、撮るなら皆で共有できる様にしようよ」

 「それもそうだな。――じゃあ〈夏至祭〉の最後に、皆で写真でも撮りに行くか」

 「良いねぇ」

 

 皆が乗り気だった。私も乗り気だった。お祭りの熱気に当てられたのかもしれない。

 その後、『帝國時報社』に過去の新聞記事を返却。

 そのまま、帝国の学術院に研究論文や参考書、学術書を返却。

 最後に図書館で、古書や稀覯本を返却するだけとなった時、事件は起きた。

 

 起きたと言うか。

 出会ったと言うか。

 

 「やはり偶には外出するのも大事だな。眩しい日光は得意ではないが」

 

 稀覯本に何か異常があったとか、そういうことではない。

 対応してくれた司書さんも普通だった。

 

 問題は私達が帰る途中に遭遇した人のこと。

 ……いや、人か? 人でいいのか? この人。

 

 脚立の上に座ってページをめくる姿が堂に入っている。

 身の丈以上に長い、金の髪。面白そうに動く赤い瞳。優雅に見えて何処か子供っぽいその風体。

 

 「おー久しぶりだな、カタナ。それに」

 

 ひょいっと私達の前に着地した()()は、読んでいた本を纏めてトスしてくる。

 慌てて受け取る。三冊。

 一冊は『獅子戦役』を舞台にした小説。

 もう一冊は『隠された帝国の伝承。巨神はノルドとブリオニア島以外にも居た!?』というゴシップに近いペーパーバック。

 最後は『赤い月のロゼ』文庫版。

 

 「元気そうで何より。な? エマ()()()()()?」

 

 その瞬間、私と委員長の顔が凍りついたのは言うまでもない。

 きゃぴっという擬音が聞こえるように女の子ムーブをされた。

 悪戯が成功した子供のような微笑みを浮かべている。その口の間から牙が見える気がした。

 

 「委員長、……妹さんがいたの?」

 「え、ええ、ええ、まあ、手がかかります、ね、昔から……」

 「野菜も食べなさいーって、お姉ちゃんが厳し過ぎるんじゃー」

 

 委員長が、表面上は取り繕いながらも、必死に言葉を選んでいるのが分かった。

 私も何も言えなかった。

 ちょこちょこと歩いてきた少女は、背丈だけなら私やフィーと大差がない。

 だが私は知っている。彼女を。彼女の強さを。彼女の実力を。

 

 「妾……じゃなかった、私はローザ。ローザ・ミルスティンじゃ」

 

 有無を言わせぬ笑顔だった。ははは、なんだそのぶりっ子みたいな態度。

 実年齢を考えると全く笑えない。――訂正。よく似合ってます。とてもよく似合ってますから、心の中で『年齢』というワードを出した瞬間に睨むの辞めてくれません? 顔に出した覚えはないんですけどねぇ!

 

 「皆さんには姉がお世話になっておるな! 田舎出身故、困ってることはないか心配しておるのじゃがどうかな」

 「そんなことはないですよ。委員長には私達の方こそ、色々と教わることばっかりです。ね、カタナ?」

 「エエ、ソウデスネ」

 

 アリサに何とか取り繕う。

 今目の間にいるのはエマの妹さん! 思い込め! 思い込むんだ自分!

 よし、世間話をしよう。そう、世間話。友人の妹相手なら普通!

 

 「あの、エマの故郷から、あんまり出ないと聞いていましたが」

 「カタナも知り合いなのか?」

 「う、うんまあ、昔、今回みたいにお使いを頼まれたことがあって、ね」

 

 まだ家庭教師の先生と一緒に居た頃、先生の知人に手紙の配達をお願いされたこと。

 その後、手紙の返事をするために、彼女が先生の元に直接足を運んだこと。

 まさかトールズに入って委員長と再会するとは思ってなかったけどね! アリサらは「ああ、それでオリエンテーションの時に距離感掴みかねてたのか」と今更ながらに納得する顔だ。

 ユーシスへの返事も、嘘は言ってない。嘘は。

 

 「あの、どの様なご要件で?」

 「いやあ折角の〈夏至祭〉だからペンフレンドとお茶会でもと思ってなー」

 「お茶会」

 「そうなのじゃ。まあ記念日じゃからなー」

 

 図書館故大声を出すことも出来ない。くすくすっと笑うローザちゃんは楽しい足取りだ。鼻歌混ざりである。可愛いわねーとノンキな感想を言いながらついていくアリサに比較して、残りの女子2人は必死だった。気絶するわけにもいかない。平然を装え、平然を。いつも通りに!

 笑顔を顔に貼り付けるしか出来ない委員長を半分引きずりながら外に出る。

 

 「見つけましたよ」

 

 届いた涼やかで凛とした声に、私は、そりゃそうですよねという顔をした。

 ローザちゃんが記念日に一緒にお茶をする相手なんか一人しか居ないんだよ!

 出迎えた美女もまた、美しい金髪が艷やかだった。靴、スカート、胸元のリボンが赤く、白いブラウスと白い肌にこれ以上なく映えている。

 信じられるか? 木陰で読書が似合いそうなこの人、齢250を越える帝国の聖女なんだぜ?

 あ、だから年齢を内心で告げた瞬間こっち睨むの止めてもらいますかね!

 あんたらそっくりだよ!

 こんな図、帝国の歴史を知ってる人間が見たらひっくり返るぞ。

 

 「おー、久しぶりだな、リアンヌよ!」

 「ええ、貴女も」

 

 いぇーいとハイタッチを交わす二人。

 そこだけ見れば微笑ましい。とっても微笑ましい。アリサも、ユーシスもガイウスも『仲良きことは美しきかな』という言葉を実感するように噛み締めている。真実を知らないって怖いね。

 私、この2人の大喧嘩に巻き込まれて生死の境を彷徨ったことあるんだけど。

 

 「それでオススメの喫茶店を教えてくれんかな! お姉ちゃんは厳しくてなー!」

 「では……お茶と、お茶菓子と――食事も一緒にしましょうか。ブティックなどは如何ですか? 同僚から色々情報を仕入れてきましたよ」

 「良いのー良いのー、よーしドライケルス陛下も羨むようなお散歩とするかなー!」

 

 仲良く歩いていく2人。

 気付けば私の真横で、おそらく友人である腐れ縁のアホが、ため息を吐いている。

 込められているのは、羨望か、それとも諦観か。

 

 「アイネスとエンネアは?」

 「今日は休暇(フリー)ですわ……」

 「で、お前は何をしに来たの?」

 「……何をしに……来たんでしょうね……。お二人も、私も……」

 

 現在時刻、正午になろうという頃。

 〈夏至祭〉1日目から濃すぎるわと思いながら、私は古書三冊を鞄にしまったのである。




ホントにお茶しに来ただけである。

64話「残影に続く」
碧OPのあの2人、まだ帝国に居るんですよ。

ではまた次回。
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