カタナ、閃く   作:金枝篇

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カタナちゃん凶悪モード。特別なことはしません。誰にでも出来ます。

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残影に続く(下)

 凶悪モードになった私の特徴は大きく2つある。

 1つ目は単純だ。選ぶ戦闘方法に一切の躊躇が無くなる。例えば、そう。

 戦闘開始初手。私はアーネスト・ライズに向かって口から()()を飛ばした。

 

 「ハハハハハ――――ッがッ!? っな、」

 

 高笑いが途中で中断される刺激。

 なにをしたかって? 吹いただけだよ。針を。含針術。一直線に飛んだ針は、相手の眼を穿つ。

 ついでに言えば毒付きだ。私自身は毒耐性があるから大したデメリットもない。

 然るべき医療機関に行けば治療はそんなに難しくない。だが隙は生まれる。

 一瞬の隙。それは私とデュバリィにとっては十分すぎる時間だ。

 

 「参りますわよ……!」

 

 デュバリィの姿が()()()

 影すら置き去りにしたと錯覚する速度。『残影剣』。苦痛に呻くアーネストの胴体に直撃した。

 一瞬の後、私が到達する。シャァと地面を擦る髪留めは蛇の威嚇音の如く。速度をそのままに顔面を振り抜く。その足先に、先程目玉に突き刺した針があることは言うまでもない。

 釘打機のように針を奥深くに、叩き込む……!

 小娘2人の攻撃を受け、アーネストはそのまま壁へと叩きつけられた。

 

 「……斬れてない?」

 

 ……直撃? 切断ではなく?

 

 「硬いですわね」

 

 デュバリィが再度盾を構え、剣を引く。

 壁を崩しながら起き上がったアーネストの顔から、針が落ちた。

 

 「――無駄なことだ! 魔人化したこの体は! 私に圧倒的な再生力を与えてくれる! この鎧、この体力、この耐性! 小細工などでは――!」

 「説」

 「任せなさい!」

 

 私が単語を言い終わる前に、デュバリィは再び踏み込んでいた。

 だが彼女の体は、今度は動いていない。

 『瞬刃剣』。斬撃だけが衝撃のように飛ぶ。威力は高くない。

 

 「明」

 

 その時にはもう、私は太腿にくくりつけた薬瓶1つを放り投げていた。

 足の付け根に巻いたベルトポーチ。その中には多数の劇薬が入っている。その中の1つ。

 私達とアーネストの間、ゆっくりと放物線を描く瓶を、デュバリィの刃が切り刻む。

 次の瞬間、中の液体が降り注いだ。

 

 「あ、り、が、と、う!」

 

 咄嗟に腕で顔を覆う秘書。空中でキラキラと光る硝子の破片。既に移動している私。

 ギアを上げろ。まだ初速だ。まず一段階。意識を深く、鋭く、悪く、牙の様に研ぎ澄ませ。

 口元が釣り上がる。

 

 「はずれ、だっ!」

 

 一度、毒を受けたからこそ警戒したその用心に、付け込んだ。

 その言葉は、飛び散る液体を浴びながら突き進んできた私の言葉。低く、地を這うような移動。縮地。長い髪を置き去りにしながら数歩で距離を詰める。

 これはただの水だ。その辺の蛇口をひねっただけ。

 

 「――『リーピング・バイト』!」

 

 私の身体は、アーネストの股下をそのまま通り抜けた。

 黎い小太刀を、膝関節へと食い込ませる。どんなに頑丈な外皮があろうと、関節は別だ。

 駆動領域を最硬の刃で貫きながら、そのまま捻るっ!

 ギジっと何かが()()()()音がした。

 

 「――ふ、――しゅゥ!」

 

 息を吐きながらそのまま駆け抜ける。膝に食い込んだ小太刀が起点。恰も時計の針を逆回転させるように、私の身体は小太刀を支点に上下が反転する。――そして、そのまま。

 

 「その脚、もーらったぁ……!」

 

 黎い小太刀を引き抜いて、股下から一気に切り上げた。

 股関節と、骨盤との間。そこに刃を差し込む。私一人だけなら此処で刃が止まる。

 

 「細腕で盗れると思ったならば大間違いだ!」

 「言ったよ? もらった、ってねぇ」

 

 アーネストの剣が掠める。僅かに頬が裂かれる。次は回避できそうにない。このままならば。

 だが今、私の相棒はあのアホだ。

 私とデュバリィのコンビネーションは、連携は、互いの呼吸と間合いの把握は、アリアンロード様に死ぬほど鍛えられた甲斐があって――最高だ!

 

 「『幻影剣』っ!」

 

 下と上。挟み込む私達の刃は、魔人アーネストの片足を斬り飛ばしていた。

 思わず笑いが溢れた。

 

 「――ひゃは……っ♡」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ぐ、お、のれえええええ!」

 

 魔人化した脚を蹴り飛ばし、再生(くっつき)を防ぎながら笑うカタナを見て。

 

 (久しぶりに見ましたわね、あの顔!)

 

 デュバリィも思わず顔が綻んだ。なんだ、ちゃんとカタナらしさも残ってるじゃありませんか。

 カタナと付き合って10年。彼女の顔は、おおよそ3つ。

 

 アルバ教授の傍にいた時の能面に近い仮面の笑顔。

 なにもない時にグロリアスで空を眺めていた、あーぱーでボケボケのアホ面。

 そして今の様な、凶悪な顔。一番頭の螺子が外れている時の顔だ。見開いた瞳に、瞳孔は細く。口元からは鋭い八重歯が覗き、発狂したかの様な喜悦の笑顔が剥がれない。見る者が見ればワイスマンの嘲笑にそっくりな悪人顔。滅多に見せないあの顔が『闇』の発露だ。

 ゆらゆらとした長い髪は、地面にぶつかってガラガラヘビの如き音を響かせている。

 

 「お前さぁ」

 

 片足を再生させたアーネストに、彼女は言い放った。

 

 「あはっ……まさか不死身な程度で勝てるとか、思ってないよなぁ……」

 

 こうなった彼女は、口のどもりも消える。そして煽りに変わる。

 見下しているのではなく、相手の感情を乱して隙を作るために、煽るようになる。

 

 「なんだと……!?」

 「幾らでも、再生しろよ。幾らでも、甦れよ。――く……ひっ……」

 

 爛々とした眼光が、得物を捉えて逃さない。

 攻防で既に若干怪我をしているにも関わらず、むしろ気勢が増している。

 

 「――死ぬまで、何回も、何十回も、何百回も、殺して、あげる……!」

 「貴様ぁっ!」

 

 アーネストが激昂したのもきっと彼女の想定通り。

 言うや否や、カタナは加速した。ギアがもう一段階上がっている。地面をジグザグに駆け抜けながら、曲がるタイミングで地面にワイヤーを張っていく。それがまるで導線のようになっているのを確認。

 魔剣の衝撃で柔肌から出血しても、何も顧みずに行動を続ける姿。現役そのままだ。

 

 (しょうがありませんわね! 全く――本当に!)

 

 嘆息した時には、デュバリィも踏み出していた。

 嬉しいのだ。トールズに行って腑抜けたとか、自分が知らない表情をしていたとか、弱体化しているとか、そういうデュバリィの懊悩を吹き飛ばすようなカタナの姿が嬉しかった。

 友情かと言われれば否定をしよう。しかし。

 どこまで行っても彼女は――きっと『結社』の中に身を浸す。

 その腐れ縁が途切れることがないという確信が、最適な行動を取らせた。

 

 「合わせますわよっ! 精々有効に使いますわ、このリンク!」

 「任せるっ!」

 

 その笑顔があんまりにも楽しそうだったので、気付いたら『分け身』が発動していた。

 だから! 友情では! ないのですって!

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ぐ、ぐお、――こ、こんなところで倒れるわけには、いかない……っ!」

 

 地面を縦横無尽に駆ける。

 再生したアーネストの刃が、私に迫る。だが遅い。遅すぎる。

 ギアが上がった私には追いつけない。

 瀕死の状態では世界がスローモーションになると言うがまさにそれ。脳に刻まれた『教育』が私の世界を塗り替えていく。一瞬前まで頭のあった位置を刃が通っていく。その腕を下から跳ね上げる。関節部分に小太刀を合わせて、繋ぎ目で()()

 足の代わりに腕が飛ぶ。その血飛沫の一滴一滴までもが見えている。

 

 「お前達のような、小娘に、何が分かる……!」

 

 再生した腕からの、袈裟斬り。

 吐き出されたアーネストの言葉に、私は言葉を持たない。だからそれだけを言う。

 

 「今にも故郷が、踏み躙られるかもしれない! その不安をずっと抱えている気持ちなぞ!」

 「あははっ――分からない、なぁ……!」

 

 振り抜かれた袈裟斬りが、連続する。

 そうだ。私には分からない。愛国心だとか、憂国の士とか、他国からの鬱憤とか、そんな物どうでもいい。そんな物欲しいのかと言われたら欲しくない。かつて母と一瞬だけ同棲した時も、何も感じないまま終わってしまったさ。

 《Ⅶ組》の皆が――それこそガイウスですらノルド高原に持っている――故郷への思慕なんてものはない。私の故郷はきっと今も『蛇』のままだ。

 だから、お前の理想への返事をする資格は私にはない。

 私は、世の礎になんか、なれないのかもしれないな。

 

 「なら教えてよ……お前の力で教えてみろよ……! この小娘にさぁ……! ――ひ、ひひ……っ!」

 

 だから問いかけよう。だから教えてもらおう。口元の喜悦は収まらない。愉悦が止まらない。心を染める声がする。もっとだ。もっとだ。

 もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっと!

 

 もっと、やってしまって良いんだよ。

 

 誰かに囁かれた言葉に従って、私は踏み込んだ。

 

 大事なんだろ? 麻薬と禁術を使って、星杯騎士に追われても止めないんだろ?

 道化師が踊っているならば、その踊りを最後まで見ることが、観客の務め。

 振るわれた斬撃を受け流す。

 いや、これは受け流せないか。逆袈裟に剛力で切り上がってくる。回避――いや、回避じゃない。ここですべきは別の対処。受け流せず回避も出来ないなら、身体で止めるしか無い。

 次の瞬間、アーネストの魔剣が私の顔面に直撃していた。

 

 「ちょ……カタナ!? 流石に無事ですわよねっ!?」

 「……()じだよ。あ、ふねえ、なぁ……く、ひ……ひ……っ」

 

 濛々と立ち上る土煙。地下水路を構成していた煉瓦が陥没する中央に私がいる。足元には、瓦礫。私の血。混ざっているのは、唾液。そして歯だ。

 口の中に広がる鉄の味。流れる血の量は口の中に納まらない。

 後頭部もかなり強くぶつけて視界が揺れている。だが無事だ。

 まだ行ける。まだ戦える。まだまだ全然。

 

 「歯で、止めた――だと……!」

 

 剣に向かって噛みついただけで驚くなよ。

 

 「頭を取ったと思ったか? 良いんだよ、死ななきゃ! どうせ治すんだからさぁ!」

 

 血液と歯が混ざった唾を、対面の眼球に叩き込む。視界を奪われたアーネストの魔剣をすり抜けながら、私はポーチから飴を取り出し含み、そのまま飲み込んだ。

 清浄な味は《ティア》の薬より強かった。これは《ティアオル》の薬だ。

 即座に怪我が治るわけじゃない。だが疲労感は消え、脳内物質が痛みを忘れされる。なら動ける! 何の支障もない。

 

 「どうした動きが鈍ってるぞ、《A》っ!! 自慢の力が鈍ったなぁっ!」

 

 今の攻防で、向こうが動揺して動けなくなるならそれで良い。

 動ける限り私は戦える。死ななければ良い。才能がない私は根性と意地で戦うしか無い。

 だから戦い続けるのだ。工夫して一撃死を防ぎ、手数を増やし、どんなに小さくても妨害を徹底する。嫌なことをし続ける。それが私の強さだ。

 

 理想を追いかける姿とは真逆。

 多分フィー以外には理解されない私の姿。

 フィー以外の誰か1人でもトールズの仲間が居たならば、この凶悪モードは使えない。

 私の精神は皆のお陰で丸くなりすぎた。

 

 でも今は、使える。ならそれで良い。皆が送り出してくれたんだから。デュバリィと一緒に戦ってこいと言われたんだから。

 だから精々味わっていけよ、アーネスト・ライズ。

 

 「それとも、お前の理想は、小娘()()を前にしただけで揺らぐのかぁ!」

 「――っ!?」

 

 エリィさんが見たら何て言うと思う? 私のその言外の追求に、アーネストの動きが鈍った。

 壁を足場に、アーネストの胴体に飛びつく。そしてそのまま肩甲骨に刃を突き刺す。

 首の真横から垂直に20cm。動脈と心臓を貫くには十分過ぎる小太刀の長さ。

 強引に振り払われるが拘泥しなかった。私は空中で、小太刀を――投げる!

 

 「ニ度も三度も……!」

 「通用させるんだよ、工夫で。く、ひっ……」

 

 小太刀が弾かれる。だがそれはフェイント。私はその間に、瓶を投げていた。小瓶だ。

 先程よりも速度が載った瓶は、アーネストへと命中する。思わず警戒をするアーネストだが。

 

 「――? ――!?」

 「引っかかるよなぁ!」

 

 何も起きない。そう。あれ()ただの空き瓶だ。でも効果的だろ?

 二回投げられれば反射的に反応する。

 私の行動は迷彩。真の狙いは。

 

 「『豪氷剣』!」

 

 デュバリィの剣技が、アーネストに直撃する。

 うん、大したものだよ。咄嗟に剣で受け止めるなんて。でもその判断は間違いだ。

 バキィ! という音がして、男の上半身が氷に覆われた。濡れたものは凍る。当然の摂理……!

 着地した私は敢えて両手を広げ、髪を広げるようにしてアーネストの前で、踊る。

 

 「その程度でぇ!」

 「知ってる、効果は、その程度だってこと……だから焼けとけ」

 「『豪炎剣』!」

 

 剣戟を小太刀で受け流す。同時、使()()()

 カチッという音。衝撃をそのまま移動速度に変換。

 私の身体を死角にしたデュバリィと位置を交換。

 燃え盛る炎が凍りついたアーネストを強引に加熱する。急激な温度差に、魔人の鎧に罅が入る!

 解けた氷は、今度は蒸気となって周囲の視界を奪っていく……!

 

 「――――!!」

 

 アーネストの腕周りが、炎上した。おっと、どうやらコイツも炎が使えたか。

 咄嗟に私は傍らのデュバリィを引き寄せた。

 その姿が砕かれるのを確認した時には、既に距離が離れている。

 

 「私の『別け身』を勝手に盾にしないで下さいますか!」

 「良いじゃん、本人じゃないんだし。減るもんじゃないし」

 「私の精神力は減りますわよ! そんなんだから猟兵の指揮すら任されないのです!」

 

 それはそう。今みたいな状態の私が結果のみを追求すると、そうなってしまうんだ。

 死ねと命じてそれを隠れ蓑に大将首を取りに行くし、それが無理でも可能な限り後方を荒らす。

 10人が正面から戦っただけでは絶対に不可能な戦果を、私1人で20人分稼いで持ち帰る――と書けば立派だが、私以外の9人が特攻して死ぬのが前提だ。流石にそれは酷すぎる。

 『使徒』の皆様も『執行者』の諸先輩も爆笑していたがな! 私は『結社』向きだって。

 きっと褒め言葉だ。

 

 「ほら来るよ向こうの攻撃!」

 「――巻き込まれるんじゃないですわよっ!」

 

 誰に物を言ってるんだ。

 お前の呼吸を知り尽くしてるように、お前だって私の呼吸を知り尽くしてる。

 既に身体は天井だ。飛び上がり天井の僅かな突起に指をかけている。

 アーネストの掌に集まった魔力の塊が放電している。

 だが――デュバリィの剣には、その紫電を有に飲み込む、巨大な雷撃が収束していた。

 

 「『豪雷剣』っ!」

 「ぬ、お、おおおおおっ!!」

 

 飛び退こうとした姿。だが甘い。氷、炎、そして雷。この連鎖は最初から計画済みだ。

 アーネストの足元に引っかかったワイヤーは、この瞬間のために地面に張り巡らせた網。

 ついでだ。

 

 「お、ま、け、だ」

 

 私は靴からナイフを投げた。寸分違わずアーネストの上半身に食い込んだ金属は、雷のエネルギーを一点に集中させる。

 次の瞬間――男は()()()

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 何が起きている? 何故押されている? アーネストは、理解が及んでいなかった。

 計画全てが上手くいくとは思っていなかった。それでも力は得たはずだった。それがヨアヒム・ギュンターという男から渡された物であっても関係がなかった。

 

 魔人化で硬質化した鎧も、既に半壊している。

 氷から熱波という寒暖差に咥え、全身に叩き込まれた雷は焼け焦げた煙を罅の間から立ち昇らせている。

 体力と生命力は、内臓を焼いた怪我も修復していく。

 魔剣を握り立ち上がりながら、アーネストは視界の中に少女らの姿を確認する。

 デュバリィと呼ばれた小娘は強い。噂と思っていた秘密結社の一員ならばそれは納得する。

 

 だが――もう一人の少女は、カタナと呼ばれた娘は、何だ?

 

 攻撃が回避されるなら分かる。

 攻撃が全て防がれるなら分かる。

 だが彼女は違う。ダメージを受けているのに止まらない。どれほど血を流していても、どれほど怪我が大きくとも、どれほど重症でも、動けるならば痛みも無視して食らいついてくる。

 どんな攻撃も急所に届かない。必ず防御され、暇さえあれば即座に回復して延々と邪魔をする。

 速度を使い、どこからでもかっ飛んで割り込んで戦い続ける有り様だ。

 

 不愉快な妨害が、積み重なって不快になり、不快な妨害が重なって苛立ちとなる。

 苛立ちが重なり怒りとなり、怒りが焦りとなって判断力を奪っていく。

 そして生み出された隙は、デュバリィの一撃に収束していく。

 

 「巻き込まれるなと言いましたわよね?」

 「こんなの、巻き込まれた内に、入んないよ」

 

 長い髪から煙を上げながら、少女はゆっくりと近寄ってきた。

 ずっと笑ったまま、嘲笑を浮かべた蛇のような笑顔で、毒を撒きながら。

 咄嗟、魔剣で振り払う。彼女は小太刀で攻撃を受け止めた。少女の腕から嫌な音が聞こえたが気にする様子が一切ない。彼女はそのまま、アーネストの膝へと小太刀を突き刺し、地面に固定する。

 

 「まだ、動けるんだぁ……。でも、今の私はもう止まらないから。……ごめんね?」

 

 悪いと思っているのは、言葉だけ。

 少女は近寄ってくると、アーネストの顔に手を伸ばした。否――指を、伸ばした。

 

 「くっ……!」

 「あはっ……」

 

 まだ両手は動く。魔剣に力を込める。渾身の一撃を、彼女は避けなかった。

 避ける必要がなかったからだ。割り込んだデュバリィの盾は、魔剣を弾き飛ばし、砕いた。

 残ったのは剣の柄のみ。

 呆然とするしか出来ないその事実を、実感するよりも早く。

 

 ぶちゅ。という水の破裂した音がした。

 半減した視界。

 ()()()()

 

 「言ったよね、死なないなら死ぬまで殺すだけだって。私は、今から、それを、します……♡」

 「その娘はホントにやりますわ。……アーネスト・ライズ。――暫し、女神様に祈りなさい」

 「やめろ」

 

 デュバリィは止めようとはしなかった。やや眉を顰めているがそれだけだ。

 助けを求めようと周囲を見回す。セリスと呼ばれた炎使いの巡回神父の姿は見えない。今の雷撃で部屋が変わったのだ。彼女からコチラが見えていない。

 真っ赤に染まった片目が、《グノーシス》の効果で再生していく。視界が戻るまで、もう数秒。

 もう数秒というところで。

 

 ざくっ。

 という音と共に、再び治りかけていた、片方が見えなくなった。

 今度は、斬られていた。

 

 「――やめろ」

 

 アーネストの揺らぎを聞いても、少女の態度は変わらなかった。

 彼女の顔は語っていた。もっと足掻けと。もっと苦しめと。お前が必死になっている姿はとても良い。だから続けろよと笑っていた。理想なんかどうでも良いと言わんばかりに手が動いていた。

 どうしてこんな娘が学生をしている。どうしてこんな化け物が目の前にいる。

 

 「――やめろ!!」

 

 疑問が恐怖を生んだ。

 違和感しかない小娘の謎を知れば少しは、その恐れが軽減されると思った。

 四度、五度と再び眼を壊されるよりも先に、残った片目で暴けば何かが分かると縋った。

 

 彼は”視た”。

 少女の背景、過去、そして内面を"視てしまった”。

 縋った先が悪すぎた。

 

 

 

 

 そこは、なにもない空間だった。

 ただ真っ白な平地だけが続く心の中、椅子が幾つか置いてあるだけの世界。

 その椅子に座っている、一人の男が居た。

 

 少女と同じ藍色の髪。少女と同じ琥珀色の瞳。

 

 「折角、私が顔を見せたのだ。もう少しゆっくりしていくと良い」

 

 ゆっくりと眼鏡を掛けたその男は、まるでお礼のように口を歪めた。

 

 「良い出来だろう? 私の愛弟子にして、私のスペアは」

 

 男は顔を上げる。()()()()()()。眼鏡の男は、己への視線に気付いていた。

 まるで全てが男の掌の内であるかのよう。

 己を見通すその眼力と、少女を超える狂気に、アーネストは――。

 

 

 

 

 「やめろおおおおおおおおおおっ!! やめてくれええええっ!」

 

 絶叫した。どうしてだ。自分の行いはそれほど間違っていたのか?

 何もしないでいることが一番苦しかった。

 鉄血宰相がクロスベルを併合する可能性と、しない可能性。しない可能性もあった。

 だが楽観出来なかった。

 中立派の政治家の夢も潰えた。帝国に勝つことは不可能だと悟った。

 だがそれでも諦められなかった。

 だから、内なる恐怖を消すために、眼の前の凶事に突き進んだだけだというのに。

 

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、蛇の少女は微笑んで、頷いた。

 

 

 「今の私は、とっても、とーっても悪い子だから……。だから、や―めない♡」

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 ――《星杯騎士》第四位セリス・オルテシアより報告。

 

 帝国地下水道にて、《プレロマ草》栽培及び《グノーシス》精製をしていた組織を確認。

 帝国政府では『帝国解放戦線』と呼称されている集団と同一である。

 ケビン・グラハム神父及び現地の協力者と共に追跡をしたが、あらかじめ設置されていた爆薬によって地下道は崩落。追跡は困難と判断した。

 備考:彼らに情報を提供していたアーネスト・ライズ(《A》と呼ばれていた)は、地下道で発生した大規模崩落に巻き込まれ姿を消した。生存していると見られるが心身へのダメージは大きく、再活動までは時間を要する。帝国内において彼が今後活動することは無いだろう。




空SCのカタナちゃんはこれがデフォルトです。
結果『敵で出たら絶対に初手で潰せ。行動させるな』がエステルらの共通認識になりました。
おかしい……特別なことはしていないのに……。
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