次回から〈夏至祭〉2日目です。
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「……今のうちに聞いておきますわ。――今後、どうするんです?
「どうするって?」
「進路です。どうするんですか、将来」
崩落した地下水路……だった場所。完全に煉瓦で塞がれたそこで、私は意識を切り替える。
冷静に、平常に、そして常識的にだ。悪い子モードから戻さないと学生なんかやってられん。いや、これじゃ私が学生の身分を偽ってるみたいじゃないか。違う違う。どっちも私だ。
ガンガン響いていた頭の中の囁きを深呼吸でかき消して、私は近くの瓦礫に腰掛けた。
……お前よぉ、それ《星杯騎士》の前で聞くか、普通?
「神父の前だから聞くのです。私とて貴女に言ってやりたい文句の1つや2つあるんですわよ」
デュバリィはむすっとした顔だった。
ハルトマン議長を無事に人間へと戻したセリス神父は、彼の体調を確認している。すっかりやつれているが死ぬ心配はなさそうだ。あのご老人はこれからアルテリアに運ばれ、体調が戻ってから取り調べを受ける。彼が望んだ安全で安心で暖かく食事と医療の心配はしないでいい場所だ。
まあかなり被害者だからな。『楽園』通い等の所業は裁かれたとしても、素直に服役すれば寿命前に出てこれるだろう。
どこで留置するのかとか、そういう面倒な問題はケビン神父らに全投げだ。
そのケビン神父も戻ってきていた。どうやら《V》は地下水路に張り巡らせていた幾つかの罠を起動させ、通路を破壊することで強引に追跡を振り切ったらしい。流石に地の利では不利過ぎると判断したらしい。
怪我は殆どしていない……が、あの男、中々の手練れだったようだ。
で、情けないことにだ。
その崩落がこっちにも飛んできてアーネスト逃げちゃったんだよね……。
死ぬほど恐ろしい何かを視たような顔だった。私そんなに怖かったか?
「私がこっち来なかったら、お前、殺してただろ」
「ま、まさかぁ……。こ、殺しはしませんよ……。大体あの程度じゃ人間死にませんって……」
「お前はもう少し常識のラインを下げたほうが良い」
失礼な。私は同じことされても耐えられる(実際耐えたことある)ぞ。
セリス神父は私の行動が相当不快だったらしく、かなり苦々しい顔だった。
言われてみれば割と聖職者の地雷原でタップダンスを踊ってたな。
……他人の目線を気にしない、他人からの視線を把握していても無視してばっかり――と仲間達に指摘される私だが、それは悪意や敵意でも同じなのかもしれないな。それはそれ、と割り切れる悪い癖だ。
ふふふ、伊達にワイスマンに一番近かった女ではないぜ。
これは全く褒め言葉にはならないけど。
本当にやばい一線を越えたら。
多分、その時は、その時だ。
「それに、もう彼は、多分、動けませんし……」
私の言葉にセリス神父は「そりゃそうだがよ」という顔をした。
ハルトマン議長を『解呪』したセリス神父は、周囲を散策して《A》の資料を発見していた。
《プレロマ草》栽培ノウハウがどの程度流れ、《グノーシス》の精製技術がどうなったか……。今後の帝国に置ける活動指針になる情報を山程回収していたのだ。
セリス神父の面子は守った。
万が一にでも、アーネストが余計な真似をしても、対処は難しくはない。
勿論一番は『帝国解放戦線』に行動をさせないことなんだけど。
「で、返事がほしいのですか」
デュバリィは私をじっと見つめている。
「……し、『執行者』になりたいとは思ってるよ」
私の言葉に、ケビン神父も、セリス神父も、やや瞳が剣呑になった。
それでも私は素直に思いを告げる。此処で嘘は言いたくない。
「なれるとでも? 貴女……弱いでしょう」
「んなこた分かってる」
あれだけ頑張っても『執行者』には及ばない。
毎回ボロボロにならないと任務が達成できない工作員。
それは使う側にとって博打や鉄砲玉と同じだ。
暗殺ならもうちょっとスマートに出来るけど『月光木馬圏』の人には及ばない。
クルーガー先輩やヨシュアさんは、そうはならない。私より遥かに技量が上、というのもそうだが、私より火力も防御も高い。……あの2人は私がアーネスト相手にやったこと全てを、より高いレベルで行えるんだ。
加えて、重ねての話になるが、アーツだって使えない。工作員ならもうちょっとアーツ使えて良いだろと思うが使えないものは使えない。ぶっちゃけ脳筋極まってるヴァルターより使えない。いやヴァルターはヴァルターでそこそこ(平均以上には)アーツ使えるんだけどね。私はそれ以下!
そもそも私には火力がなさすぎるんだよ! 結局アーネストへの有効打、全部デュバリィだぞ!
才能で言えば《Ⅶ組》の皆が上。リィンやラウラが技を極めたら私は負ける。悲しい。
「で、でも……『執行者』になれば、表立って『結社』の邪魔が許される。計画が何なのか記憶処理は未だに解けてないけどさ。……クラスメイトとか、大事な物を守るためにも……なろうかなと思ってる。悪い?」
「いいえ。全く」
デュバリィは、大きく息を吐いて首を振った。
「そこまで言うなら実力が着いてくるの楽しみにしてますわ」
私と彼女は、正反対だ。
デュバリィは実力こそ十分だが『闇を抱えていない』から執行者になれない。
正直なことを言えば。実家が焼けて身内が全員死んで、《蛇》に来たってのに闇を抱えないコイツは凄いと思っている。認めたくないが、そのメンタルはマジ凄いと思う。だからこそ《鉄騎隊》のリーダーを任されている。生まれや場所が違えば普通に遊撃士とかになっていたと思う。
だからなんだろう、互いに互いを指差して『コイツと友人なんて冗談じゃない』って言うのは。
「で、す、が! 分かってると思いますが、貴方はただの『関係者』でしかありません」
「……敵対したら容赦しないんでしょ」
「結構です。――ま、今日は一緒に戦えて、懐かしかったですわ」
「わ、私も。……またね」
差し出された手を握る。
精々、残りの〈夏至祭〉を頑張って過ごすことです。
そんな言葉を聞きながら、私は彼女と別れたのである。
○ ○ ○ ○ ○
まあ地下から出たところで聖女様に出会ったんだけどな!
しかも魔女様とお揃いだった。日が落ちて、街道沿いの街灯が淡く光る中、佇む2人は神秘的だった。月光に照らされたそこだけ、まるで歴史の1ページのよう。
「アリア……リアンヌ様!」
跪く勢いで忠犬の如く走っていくデュバリィ。おお、存在しない筈の尻尾がぶんぶんしている。
私も流石に、この方を無視することは出来ない。
昼間のハイテンションは何処にやら、普段の落ち着きを取り戻した聖女様に、私は頭を下げる。
「お、お久しぶりです。……その説は、大変お世話になりました」
「貴女も元気そうで何よりです。良い友と充実した時間を過ごしているようですね」
「はい」
服装は昼間と変わりがない。
けれども、リアンヌ様ではなくアリアンロード様の顔だった。
「そうじゃな。妾も楽しかった。それもこれもお主が手紙を配達してくれたから。礼を言うぞ」
「……お二人は、これから何方に?」
「うむ。折角だし『蛇』の本拠地に顔を出そうと思っておるよ」
「それは」
「今度は『盟主』様に会えそうじゃしな」
けらけら笑う魔女様だった。嘗てグロリアスが轟沈した時、面会を断られたんだっけ。
今回はアリアンロード様経由でアポを取れたということらしい。
しかし……それは……良いのか?
私が心配することでは断じて無いが、話を聞いている《星杯騎士》達はものすごく複雑な顔だぞ。
「……まさかと思うが『結社』と『魔女』が組まないよな?」
「んー、まあ……多分、心配はせんで良い。不肖の弟子が既に幹部をやってるしな。ある程度の事情を聞いて、必要なら助力連携するくらいじゃ。そもそも妾らが表立って人の世に干渉するわけにもいかんし、幾ら個人的な貸し借りやら思い出があったとしても……長として率いる民までは裏切れんよ」
セリス神父の言葉に、そこは安心せい、と腕組みして頷くローゼリア様。
……いやいや、それだけでも結構な問題な気がするよ?
魔女の皆さんは《■の工■》とは関係が険悪だ。『結社』が仲介する形であろうとも、連携が為されるとなればそれは歴史的な事件だ。
既にヴィータ様が在籍して好き勝手してる? それはそうなんだけど。
「《深淵》殿がしていることを鑑みれば今更です」
「アイツなあ。気配はするんじゃが顔見せんのじゃよ。干渉してる事を妾にちくちく刺されるのが嫌なんじゃろ」
……まあ、あの方も、大概いい性格をしてるからなぁ。
性格が悪い、という意味ではない。人を必要以上に苦しめるタイプではないし、ワイスマンやマリアベルみたいに愉悦目的で他人を虐げることも無い。無いが、サディストで悪女であることは否定できない。
気になる相手をからかったり、つい虐めてしまう精神というか。
気に入った相手をからかう事でしか関われないタイプと言うか。
私達も既に誰か被害に遭ってるかもしれない。気を付けねば。
淫乱ではないけど良い男にはとりあえず唾を付けておくタイプでもあるしな。
今も帝国の何処かで、男を囲っていても不思議じゃない。
「それに昨月の『聖櫃』問題もあるしな。どうせ『結社』のことじゃ、既に向こうに情報やら権能やらは渡ってるじゃろ。魔女としてはその辺の扱いどうすれば良いか、確認はせんとな」
そういう訳でこれから妾はリアンヌとちょっくら夜遊びに出てくる。
ローゼリアさんはそう話すと、身の丈ほどもある杖を取り出して、そこに腰掛けた。
もしやと思って夜空を見上げると、遥か上空……軍でも発見するのが困難だろう高度に、真紅の方舟が飛翔していた。グロリアス二世である。……いや三世だっけ?
確か伝説の大喧嘩の後で、確かもう1回轟沈してるよな?
「……エ、エマに何か伝言あれば、お伝えしますが」
「任せる。良い言い訳しといてくれ」
「あのぉ……私はどのように戻れば良いのでしょう?」
ローゼリア様の後ろに座ったアリアンロード様がいる。
仲睦まじい二人を見ながら、おずおずとデュバリィが手を上げた。
杖にこれ以上は乗れそうにない。
「走ってきなさい」
聖女様は実にいい笑顔だった。
「ポイントE16にアイネスとエンネアが居ます。合流した後、E23まで来るように。急いで」
「……わ、分かりましたわっ!」
……私の記憶だと帝都の反対側、ケルディックに近い場所だったように思うのだが。
急いでということは多分時間制限付きなんだろうなあ、と思った。なんで分かるかって? 過去、私も同じ経験をしたからだ。
『ではこれで! 挨拶はさっきしましたからね!』と全速力で駆けていく腐れ縁の姿に、応援をしておいた。あっという間に見えなくなるがアイツ持久力はどんなもんだっけ。まあ精々頑張ってくれ。
私も皆の元に帰るとしよう。
悪い子モードは頭に悪い。心身に影響が出るほど清くもないが、人間性は減っていく。そして人間性が減りすぎると人は人でなくなるのだ。人の姿形をして人の言語を使っても、私はどっかに消えてしまう。
そこまで行ってしまうと、もう戻ってこれない。
悪い子モードの使い過ぎは、煉獄行きの特急券だ。
そこまでは……ちょっとなあ。昔はそんなの気にしたことないけど、今はそうじゃない。最初に私にそれを自覚させたエステルぱねえと思う。
ついつい使ってしまう私も悪いんだけどさ。
ケビン神父とセリス神父にもお礼を告げて、私は帝都に戻ったのである。
○ ○ ○ ○ ○
「……ただいま……疲れた……」
「お疲れ。はいこれカタナの分のレポートねー」
元遊撃士協会の西部支部に帰宅すると、肩にどっと重さがのしかかった。
これまでの実習やらクルーガー先輩との鍛錬やらで基礎体力を始め色々ステータスが上昇している自覚はある。あるが……それでも一度気を抜くとずるずると座り込みたくなる疲労感は、ある。
とはいえ別行動をした手前、そのツケはちゃんと払わないといけない。
差し出されたレポート用紙を受け取って、目を通した。
「ん? 皆、これ」
「書くのはカタナが自分でやるのよ?」
「資料だ。選んであるから読むのは自分でやれ」
「写真もあるぞ」
確かに文字そのものは私が書かないといけない。
しかし、その前の大枠が既に出来上がっている。
複数のテーマが提案されている。私はこれから自分が書けそうな内容を選べば良い。
資料は厳選されており、『このテーマなら資料のこの部分が参考になる』という脚注付き。
ガイウスが渡してくれた画像資料も同じようにファイリングが済んでいる。当然、4人が既にどんなテーマでどんな内容のレポートを書いたという纏めも添えてあった。
「あ、ありがとお……」
「良いから早く手を動かしなさい。明日も早いわよ」
嘗ては依頼の打ち合わせで使っていただろうカウンター・テーブルに、紙類をざっと広げる。
何でも良いが、どうせなら書きやすく、私にしか書けず、今日の経験を活かせるものにしたい。
「じゃ、これ」
一つを選んで作業をしつつ、皆の行動を聞いた。
皆は私と別れた後、競馬場のチャールトン支配人に事情を説明してくれた。
それからも色々バックアップをしてくれたらしい。例えばB班としてのレポート準備。今私が書いているレポートの資料集めもその一環だ。だが何よりも大きいのは私の不在を上手に誤魔化してくれた事だ。
皆で相談しての結果とは言え、リーダーの独断専行は、教官にしてみれば良い評価には繋がらない。
そこで『依頼解決のため、神父さんとの連絡要員として一番足が速いカタナを途中まで同伴させました』と建前を作ってくれた。
定期報告を聞いたサラ教官は「上手な言い訳ね」と笑いつつOK出してくれたそうな。
皆には感謝しかない。明日はリーダーとしてもうちょっと引っ張ってみよう。
そんな感じで選んで進めていると、エマから「そう言えば」と話が出た。
「ローゼリ……ローザは、どうしました?」
「『もっと遊んでから帰るのじゃ! 友人が保護者代わりだから夜でも安心しててねお姉ちゃん!』――だってさ」
「……声真似上手いですね……」
ふふふ、声帯も鍛えてるからな。
遠い目をした委員長は、既に諦め気味だった。安心してくれ委員長。仮に止めようと思っても物理的に遠い(遥か空の上だ)し、なんなら一緒にいるのは帝国最強だ。
あの2人はARCUS等なくても抜群の呼吸で連携が取れるだろうし、それをされて勝てる『人間』はこのゼムリア大陸を見回しても居ない。
個人で勝てるとしたら“全部”マクバーンさんくらいだと思う。
まあ〈夏至祭〉楽しむつもりらしいし、明日か明後日にはまた顔見せるでしょ。
「そういうことじゃないんですが……」
「まあまあ、別に良いじゃん」
威厳を維持して欲しいとか、今まで見たことがない顔しててちょっと嫉妬してるとか、憧れてる人のあーぱーな姿を見てると自分のこの憧れが正しいか悩むとか、そういうことがあるのは分かるけど、別に悪事をしてるわけじゃないんだ。
豹変ぶりっていうなら私のほうがよっぽどアレだぞ。
「それは、そうなんですが……」
「あ、あんまり気にしなさるな。ところで夕ご飯はどんな感じ?」
「主食だけ用意しました。後はテイクアウトです」
ここヴェスタ通りは軽食店や屋台が多い。〈夏至祭〉なら尚更数が多く営業時間も長い。
カール知事に用意してもらった食材の内、パンや米の準備だけして、主菜らは好きなものを持ち寄ってということになったらしい。明日はちゃんと料理しよう。
「連絡一言入れてくれれば帰ってくる時に買ってきたのに」
「入れましたよ?」
「あ、あれ?」
確認すればちゃんと着信履歴が残っていた。
地下水路だから届かなかったのだろうか。……時間的には外に出てた時間のハズだけど……。
「……。ん、じゃあ後で出てくるね」
「レポート終わりそうですか? 適当な品を買ってきても良いですけど」
「終わるー。あとパシリはさせたくないー」
会話をしながらでも、私の手は止まらない。
資料と写真とを比較し、合間合間に脚注と参考文献を付ける。
作業開始から30分。皆の手厚いフォローもあって、今日の分のレポートは書き上がった。
ずばり『帝国西部に見る自然環境、人工と天然の繁茂について』である。
「……攻めましたね」
「み、見る人が見ない限りただのレポートだよ?」
「サラ教官へのメッセージですか」
「フィーにも見せたいね」
まあ本当は、このレポートを受け取るカール知事へのメッセージだ。
B班にはマキアスがいない。知事に連絡をいれる方法が限られている。これなら多分通じるだろう。通じたところで手配が間に合うか、既に神父らが伝えているのでは、みたいな注目点はあるが、それでも伝えないよりはずっと良い。
ユーシスがいる手前言い難いが、ルーファスさんへの信頼が微妙に揺らいでいるし。
明日も早いから、軽く何か買ってきてさっさと寝るかー、と大きく伸びをした時だ。
扉が叩かれた。
「……あん? お客さん? ……ど、どちらさま?」
「良かった、やっぱりここだったか」
扉越しに応対すると聞こえてきたのは、技術棟で何度も聞いている男性の声。
開けた時にいたのはジョルジュ先輩だった。
「実はちょっと助けてほしいんだ。ハーシェル雑貨店でちょっとトラブルが合ってね」
「……トワ会長のご実家ですか?」
「みたいなものかな。人手が欲しいんだ。勿論無理強いはしないけど……」
「い、行きますよ」
皆を見れば、当然、という顔だった。
隠しの依頼解決に行くことにしよう。
○ ○ ○ ○ ○
ハーシェル雑貨店。
トワ会長の実家ではなく、トワ会長の叔母の家なのだそうだ。
15年前、ノルド高原に飛行船が墜落する事故があった。その際にハーシェル夫婦は亡くなり、トワ会長はこの雑貨店に引き取られたのだという。幸いにも家庭環境は暖かかったそうな。
「何が起きたかと言えば簡単でね……。ハーシェル雑貨店の、地下倉庫の床下が抜けたのさ……ふふ……」
椅子に座ったアンゼリカ先輩は、腕の中に私を納めてご満悦だ。
近所の人々も駆けつけ、散乱した倉庫内を片付けている。ユーシスやガイウスはジョルジュ先輩らと荷運びを行い、アリサ達は店の陳列を手伝い、私は事情を聞いて被害状況を整理している。
肉体労働を希望した私に、君はここだよと案内したアンゼリカ先輩だった。
「トワの友人で、私が一番のお金持ちだ。でも私だけが援助すると角が立つからね」
「き、寄付金扱いにしたいと」
私の素肌をすりすり撫でているアンゼリカ先輩だが、同時に私の手元に出てくる数値はちゃんと追っている。
店の修繕費用、使えなくなった商品の被害総額、各種保険が使用可能なのか等々。
それらを計算し、私達が出せる金額の調整も行う。それが私の仕事である。
「皆から少しずつ同額を寄付すれば余計な軋轢も産まれないだろう? ――ところで」
アンゼリカ先輩としても『ハーシェル雑貨店はログナー家の支援で成り立っている』みたいな風聞が広がるのは避けたい。だから私やユーシスを取り敢えずこの場に連れてきてヘイトを分散させ、『学院全体で応援してます』アピールをしたいということか。
「な、なんでしょう?」
「シャンプー変えたね? 似合っているよ、フフ」
すんすんと髪の匂いを嗅いでいるアンゼリカ先輩だった。
……いや、何も言うまい。アンゼリカ先輩も一線は超えないように気をつけている。飽く迄も『可愛い』で止まっている。下心があっても助平心はないから、スルーだ。
どうにも私の活動はブルブランに筒抜けになっていて、絶妙なタイミングで差し入れが来る。
アルフィン皇女に誘われた時に来ていったイブニングドレスもそうだが、靴、手袋、ジュエリーらに加えて美容用品や勝負下着すら入っている。
流石に最後のは女性陣に選んでもらったんだと思うけどな?
あんまり贅沢しないで生活している私だが、時と場合によっては使えよと渡されたお小遣いもある。
貯金ばっかしててもしょうがないので、実家からの差し入れですと高めのお菓子やら紅茶やら各地の名産品ですとサロンに持っていく。結果、私はすっかりサロンの常連だ。
パトリックさんなんか、私をハイアームズ家派閥に引き入れようと腐心している。
勿論、私は謹んでご遠慮させていただいている。サロンに居座っているよりも『オカルト研究部』のパイプ椅子のほうがずっと座り心地は良いと分かるまでは、私は口説けんよ。
ちなみに今の椅子は――サロンよりは上でも、ベリルには負けるね、流石に。
「ええと、大凡ですが、算出しましたが……」
「ありがとう。私の方でも後で確認をしておくよ」
周辺住民からも慕われているお店で稼ぎもある。学院生からの寄付金があれば問題は無いだろう。
それにだ。多分、倉庫の床が抜けた理由を私は知っている。
多分、帝都地下で《V》が使用した爆発による崩落が理由じゃないかなと思うのだ。
しまったな、星杯騎士の2人に地下の地図やら生息魔獣やらの情報聞いておくんだった。
「……そ、そういえば、クロウ先輩は、どちらに?」
「まだ来てないんだよそれが」
何をやってるんだかねえ、と私を軽く抱きしめつつアンゼリカ先輩は息を吐いた。
私は大人しく不満を吸収するぬいぐるみに徹する。
どうやらアンゼリカ先輩もジョルジュ先輩も、彼の姿を見ていないらしい。
「トワは学院の仕事をしないといけなくってね、今晩遅くに来るんだけど……」
「け、競馬場で、見かけたんですが……」
「そうなのかい? ということはまた何か余計な騒動にでも首を突っ込んでいるかなこれは」
そうこうしていると、がやがやと地下から皆が戻って来る。
埃っぽく汗ばんだ男性陣らに、初老のご婦人が丁寧に頭を下げていた。重労働を終えた男性陣らは、口々に『謝礼なんか要りませんよ』『何かあったらまた呼んで下さい』『伝手の大工に話しておきますよ』と笑顔で挨拶して去っていく。
ユーシスとガイウス、ジョルジュ先輩も戻ってきた。お疲れ様です。
……ハーシェル家の人徳だな。トワ会長の慕われる資質は、ここのお店にも宿っているらしい。
「ところでカタナくん、トワが来るまでもう数時間あるんだ……。どうかな、夜の一時を一緒に過ごして夏の思い出を作るのは……」
「さ、流石に、遠慮、しておきます」
この人はもうちょっと節操を持ったほうが良い。
火遊びして炎上しない相手と態度を見極めているんだろうけど、それはトワ会長にやってあげてくれ。
残念な顔をされたが私はそんなに安くないぞ。サービスは終わりだ。
私は見積書をぺしっと、アンゼリカ先輩の頬に、ハリセンの如く軽く叩いて、膝から降りたのである。
帰ってレポートを完成させないといけないし、夕ご飯もこれからだ。
明日もきっと長い一日になるに違いない。
「……それにしてもクロウ先輩、何やってるんだかねぇ……」
勿論私は、この時彼が何処で何をしているのか知る由もなかった。
知っていれば、あるいは未来で――学園祭の最後で、なにかが変わったのかも知れないが。
それは遥か先のお話である。
そんな感じで、〈夏至祭〉は2日目に続く。
ベリルの膝の上は、座り心地の良い椅子ランキング不動の1位です。