カタナ、閃く   作:金枝篇

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副題:フラグの成立

大変更新が遅くなりました。最後に更新したのが去年の夏ってマジか……。
生活環境の変化や日々の忙しさもあり遅れましたが、これからも頑張って投稿を続けていこうと思います。

では、どうぞ。


汚泥の如き黒い夢

 

 7月24日、深夜。

 ()()は〈夏至祭〉1日目と2日目の間に起きた。

 

 サンクト地区の大聖堂。そこに用意された秘密の部屋で、星杯騎士の三人は顔を合わせていた。

 夕刻における事件を報告するケビンとセリス。それを聞くのはトマス・ライサンダー。

 

 「ハルトマン議長の手配は終わったぜ。明日にはアルテリアの本国に移れる。年齢が高齢ということもあって薬の負担に耐えられるかは心配だったが……少なくとも今日明日死ぬことはねーよ」

 「結構です。彼には治療を受けながらしっかり情報を吐いてもらいましょう。命の対価です」

 

 アーネスト・ライズが与した『帝国解放戦線』。

 彼自身はもう動けずとも、彼のノウハウで《プレロマ草》は栽培されメンバーに投与されるだろう。違法薬物は流通すると、多大な損害を市場に与える。利益を『帝国解放戦線』に齎しながら。

 薬物の厄介なところはそこだ。栽培ノウハウさえ有れば、何処でも、誰でも、育成して流通させられる。そして薬物に溺れた者は破滅していく。金と暴力で周囲を巻き込みながら、だ。

 見える範囲で駆除はしたが、根絶するのは不可能だろう。

 

 「崩落した地下を軽く様子見しましたが、入り組んでて無理でした。掘ったり繋げたりしたんやと思います」

 「地下探索は⋯⋯数に頼りましょう」

 

 カール知事ならば既に掴んでいるだろうが念の為ケビンに連絡を頼み、トマスはさて、と腕を組む。一先ず火消し作業は順調だが――問題は、この先だ。

 〈夏至祭〉はまだ1日目。帝国解放戦線が動くとするならば、おそらく最終日、明後日。

 警備の裏を突くという意味では明日に発生する可能性もあるか。正直な話、治安維持だけなら帝国正規軍に任せてしまったほうが良い。こっちが出しゃばっても余計な混乱が起きるだけだ。

 

 (しかし⋯⋯死した皇子の怨念が出てくるかもしれない、となりますと)

 

 しかもそれが『至宝』に影響するならば、話は別だ。

 先日ブリオニア島近海で大暴れした緋色の巨人は『入れ物』。その中に居た偽帝オルトロスの怨念が今もしぶとく残っているとなると……流石に放置はできない。それは教会の仕事だ。帝国の権利を侵害しない範囲で助力しなければ不味かろう。

 『入れ物』を回収したカイエン公の動きも不穏だがそっちは後回しだ。

 一番簡単なのはトマスらが助力を申し出て、それを帝国政府らに拒否されることだ。こうすれば互いの面目も立ち、責任は追わないで済む――のであるが、それを望むのも、それはそれで人道的に不味い。

 楽な道を歩めないのが立場と力ある人間なのである。

 

 (どうしますかねぇ)

 

 次いで考えるのは、カタナをどうするか、だ。

 シスター・ロジーヌ経由で確認を取ったが、カタナのラジオ放送は一種の予言になっている可能性が高い。となるとそれは成就しそうだ。それはもう……すごく、しそうだ。

 

 (排除しても成就されるなら意味がない。そうなると、結局――なにか起きるのに備えて準備をしておくしかありませんか)

 

 カタナが居なければ余計なことは起きないと断言できれば、トマスとて冷酷な判断をする。

 本当に、最悪に最悪の場合、ベリル共々――ベリルは巻き込まれただけの被害者であっても必要ならば――『処分』する事もあり得る。やりたくはないがやらなければならない時が来るかもしれない。だがそれは今では無いだろうし、やる必要がないならば――やりたくはない。星杯騎士ではなく、一教師としての情も含めて。

 アイン総長もバルクホルンも様子見で良いと判断している。ならばトマスが此処で彼女を排斥する意味はない。

 お願いですからカタナさん自身で解決に全力を尽くして下さいよ、と内心で祈りながら、トマスは次の行動を考えることにした。今晩くらいは落ち着いて考える時間がある――。

 その時だった。

 

 怨念の如き黒い波動が、帝都を震わせた。

 王城を中心として放射状に広がった慟哭、あるいは絶叫。

 心に積もった復讐心を塗り固めた悪意は、ヘイムダルに染み込んでいった。

 

 「副長、今のは」

 「……オルトロス、でしょうね」

 

 ――前言撤回。

 今の波動で、また何か、悪意が育っただろう。

 心安らかに休めるまで時間がまだまだ掛かりそうだった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 その瞬間の気配を感じ取ったのは、帝都でも優秀の腕利き達。

 大聖堂で、皇居で、繁華街で、そして地下道で、全く立場が違う者達が、確かに反応する。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「どうした《C》」

 「……いや」

 

 地下通路を歩く中、一瞬足を止めた《C》に《V》が尋ねた。

 無言のまま、黒衣の男は何かを考えるように、探るように、仮面の上から口元に手を当てる。

 生暖かい風が通路内を吹き抜けていった気がしたのは、気の所為ではない。

 

 「……なんでもない。行こう。準備は出来ているんだろう」

 

 こっちだ。《V》に促され《C》は暗い闇を進む。

 やがて到達した最奥には、幾つもの巨大な人形が並んでいた。

 整然と並ぶ、機械仕掛けの騎士である。何れも武器を兼ね備えている。

 

 「俺達の機体は改装中だが、量産品は間に合ったぜ」

 「《ゴスペル・レプリカ》の仕様は?」

 「そっちも問題ねえ。試運転では従来よりエネルギー性能が格段に向上してる。……良く間に合わせたな。〈夏至祭〉には間に合わねえって思ってたんだがな」

 「言っただろう、別口の用意があると」

 

 正確に言えば、これは騎神兵ではない。

 『結社』の人形兵器を改造して、そこに《ゴスペル》の技術を応用した動力を搭載し、外見を整えた物。

 本来の騎神兵とは性能が違う。しかし姿形のインパクトは抜群だし、火力そのものは劣っていない。……帝国の大多数の人間にとっては未知の兵器。効率的な運用をすれば、十分な戦力となる。

 説明が面倒なので「量産型の試作品だ」と告げてあるのも嘘ではない。

 《C》の愛機とも、《V》や《S》が今後乗るであろう機体とも違うというだけだ。

 

 「調整と情報漏洩への対策は任せた。私は暫し……不安材料を探っておく。どうにも怪しい客人が多い」

 

 彼の脳裏には、昼間見た、赤い魔女と、輝く聖女が過っていた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 そしてその女傑2人はといえば、無論、その微かな波動を察知していた。

 方舟グロリアス。その甲板上。置かれたテーブルには白いクロスが敷かれ、ワイングラスが並んでいる。

 

 「良いワインじゃな」

 「オレド自治州の片田舎で醸された品です。高くはありませんが、流通量が少ない」

 

 赤ワインを夜月で照らしながら飲み干したローゼリアは、対面に座るリアンヌに目をやった。

 これほどの高さともなれば本来は強風で会話もままならない。

 背後に佇む強大な騎士が、強い風と寒さからこのテーブルを守っている。

 

 「……久しぶりに見たな、騎神(それ)を」

 「使わないのが一番なのですがね。先日の『赤い聖櫃』騒動を考えれば、無関係では居られないでしょう」

 「改装したな」

 「ノバルティスに『余計なことをして騎神が動いたならそのツケを払いなさい』と話したら渋々ながら弄ってくれましたよ。火力と防御力と、追加に火力と、更におまけに火力を上げました」

 「……頼り甲斐があって何よりじゃあな」

 

 皿に並ぶ色とりどりな肴を優雅に摘みながら、ローゼリアは友を見た。

 事情は聞いた。盟主様とも軽くだが会話をした。何やら世界の命運がという話も耳には入れた。

 よりにもよって帝国で置きている事件の『黒幕』が『黒』と聞いた時は頭を抱えたが、合点は行った。

 

 「ドライケルスも話してくれれば良かったんじゃがなぁ」

 「私も同じことを思いましたよ。生前に話してくれれば、私も対処が出来ました。結局、彼は話さずに逝き――執念深く、暗躍し続けることになりました」

 「そして今はオズボーン宰相閣下と一緒、と。流石にそこに隠れられては誰も手出し出来んわ」

 

 憑依されているとはいえ、オズボーンを完全に御せている様子もない。彼がドライケルスの転生した姿ならば魂の頑丈さは折り紙付き。普段の言動から――あるいは帝国で報じられる数多の政策からもそれは分かる。ローゼリアは確信していた。

 それこそ、オズボーンが乱心して帝国を崩壊させようとしている、それが周知され『妥当オズボーン!』みたいな状況が帝国に成立しない限りは無理だろう。

 

 「……ローゼリア。事情は語った通りです。――手伝って頂けませんか?」

 「《幻焔計画》と、その先の《永劫回帰計画》。オズボーン、いやさ例え『黒』に協力しながらも、兎にも角にも『至宝』を集めて世界を救う。確かにそれは立派な計画じゃろう。それは認める」

 「では」

 「リアンヌ。……妾な、『黒』に愛弟子を殺されてるんじゃよ」

 

 空になったワインを見ながら、ローゼリアは続ける。

 

 「お主も見たじゃろ。カタナの傍に居た眼鏡の魔女。妾の郷の娘でな。……アヤツの母は、『黒』の……ややこしいからイシュメルガと呼ぶが――下僕か? まあ下僕で良いじゃろ。『D∴G教団』の幹部だった『黒のアルベリヒ』と相打ちして死んでおる。で、それを追いかけたヴィータが『結社』の所属、と」

 

 黒のマッチポンプに踊らされてるみたいなもんじゃ、それは。

 

 「ロゼ、それは――!」

 「分かっておる。お主らにそんなつもりは無かったことくらいは。……ヴィータは《幻焔計画》を進めれば『至宝』が回収できる。そして結果としてイシュメルガは打倒できるし、アルベリヒも倒せると考えた。――だが……イシュメルガの目的と『結社』の目的は必ずしも反目していないことも、それも事実じゃろ」

 

 仮に《幻焔計画》が失敗したとしても。

 『結社』は、結果的に『至宝』が回収できれば良い、とイシュメルガと手を組むことを躊躇しない。

 

 「例え親友の頼みであっても、是とは言えんよ。妾は至宝を見守るための聖獣でもある。『結社』が、イシュメルガを必ず打倒し、オズボーンを倒してでも『至宝』を妾のもとに返却し、結果帝国に平和が齎されるというならば、それは聖獣として手伝える余地があるかもしれん。――それテロじゃねーか、という問題は別に置くとしてな」

 「……そうですね」

 「ここで妾が『結社』に助力するとなったら、それは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――それはやってはならんじゃろ」

 

 イシュメルガは手段を選ばない。何が何でも自分の計画を成功させようと動いている。

 ヴィータや『結社』も、それに近い。戦争で犠牲者が出るのはしかたがないと割り切っている。大局的な判断という意味では七耀教会も同じだ。だからこそ――。

 

 「誰かは、綺麗ごとのまま、イシュメルガを倒しに行かねばなるまい」

 「……出来ると思っていますか?」

 「思っておるよ。お主も思ってるじゃろ。――特に、オズボーンの息子のこととかな」

 

 だから自分はそっちに付く。そっち側の後ろ盾になろう。

 それがローゼリアの結論だった。

 

 「ま、そうは言ってもそこまで深刻に考えんでくれ、リアンヌ。郷の問題を抜きにして、個人として協力できることは協力するよ。特に……さっきの執念深い泥みたいな悪意に関してはな」

 

 肩を落とした聖女に、顔を上げてくれと魔女は微笑んだ。

 行く道は違っても、方針が違っても、友として盃を掲げることに何の問題があろうか。

 

 「……そうですね。ローゼリア、それでは飲みましょうか。グラン・シャリネを開けますか?」

 「そうしよう!!」

 

 もしかしたらこの先、敵対するのかもしれない。

 もしかしたらこの先、修復不可能な軋轢が生まれるかもしれない。

 『黒』が生み出す悪夢に囚われ、巻き込まれるのかもしれない。

 それでも今は、同じ目的地を見据えている。

 この瞬間を大切にしよう。そう思いながら、二人は再び乾杯をした。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「…………」

 

 折角寝ていたのに、苛々する夢を見た。

 私は静かに目を開ける。ベッドの中、室内に聞こえるのはエマとアリサの寝息。

 気配は既に霧散している。自分らに影響は無かった。あったとすればそれは――多分、ラウラ。

 

 (最悪、そっちに行く。けど)

 

 いつぞやのフィーのように『演習中に他グループに移動する』のは禁止されている。

 それを破る事は簡単だが、破らずに解決できるならそれが一番良い。まして今、窓から抜け出して向こうに合流するわけにも行かない。そこまでの緊急事態ではないし、警邏に見つかったら厄介極まりない。

 カタナは、頼んだよリィン、と託して再び目を閉じた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 隣室から響いた、酷く重苦しい呻き声を聞いたリィンは思わず飛び起きた。

 同室、エリオットとマキアスは静かに寝息を立てている。まるで悲鳴にも似た今の叫びは、何かの聞き間違いではない。二人を起こさないように静かに廊下に出たリィンは、そのまま隣室へと足を伸ばす。

 元:帝国遊撃士協会の二階。男女に別れての就寝中。扉の向こうでは、ラウラとフィーが休んでいる。

 如何に心配しているとはいえ、こんな時間に尋ねるのは無作法に過ぎるだろうか……。

 そう思い、廊下で暫し逡巡していると、静かに扉が開かれた。

 

 「……良いよ、入って」

 「良いのか?」

 「ん。まあリィンなら」

 

 気付いたフィーに招かれる。普段は眠そうな表情な彼女の目は鋭かった。

 真夜中、クラスメイトの女子しか居ない空間に入る、というある意味では極めて緊張する状況だが、フィーの瞳に浮かんでいた緊張は全く別のもの。無論、リィンの内心の緊張も、同様に別物だ。

 ラウラがベッドに腰掛けている。

 その顔色は悪い。

 額に浮かぶ汗は、夏の暑さによるものではない。荒い息は体調不良ではない。

 

 「……すまぬな、起こしてしまったか」

 

 顔を上げて小さく作り笑いをするラウラの口調は、弱々しかった。

 

 「夜半に、女性の部屋を尋ねるのは不味いと思うぞ、リィン」

 「良いから話してくれ。なにがあったんだ?」

 

 普段からは考えられないくらいにか細い声で言われた冗談を受け流し、ラウラの真横に座る。

 本来ならば少し距離を取れと言われるところだが、その言葉すらも来なかった。

 

 「……夢を見るのだ」

 

 暫くの後、ラウラは語り始める。小声で。棘が喉に引っかかっているような言葉だった。

 

 「例えば、父上と剣の鍛錬をしている夢。私は夢の中で一生懸命に剣を振るっている。だが、ふと気付くと父上の代わりに、別の誰かが立っている。それは私に囁く。もっと強く、もっと鋭く――もっと()()()()()()と。……父上が言うはずがない言葉だ。私はその言葉に拒否感を覚え、目を覚ます」

 「ああ」

 

 静かに、ただ先を促す。

 空気を読んだフィーは部屋から出ている。彼女の弱音を聞くのは、リィンだけだ。

 

 「例えば、皆と授業を受けている夢だ。私は……なんだ、リーダーとして皆を率いている。私は楽しく充実した行動をしているが、ふと違和感を覚える。……見れば、リィン、其方やカタナ、フィーや……サラ教官までもが床に倒れている。――私はその屍の上で、一番になっていることを喜んでいるのだ。これでクラスの誰よりも強いと、笑いながら」

 

 吐き出される言葉は、何れも普段のラウラからは想像もしようがない内容だった。

 けれども合点は行った。旧校舎の探索の時も、きっとその心のささくれがラウラを狂わせていたのだと。

 

 「ここ一月くらい……ちょうど……オルディスの実習の後から、私は……寝ることを恐れている」

 「そんなにか!?」

 「ああ。……どうしても無理な時は、委員長に……ハーブのお茶を貰って……。殆ど睡眠薬のように崩れ落ちている」

 「なんでもっと早く――」

 

 いや、そうじゃない。きっと今のこのタイミングが、ラウラにとっての最速だったのだろう。

 もっと相談を軽い気持ちで出来る人間ならば此処まで抱え込まないし、心身が強くないならば早々に限界を迎えて周知されていた。けれどもラウラだからこそ、耐えれてしまった。

 だが――何を言えば良い?

 リィンは思う。

 此処まで弱っているラウラを見るのは初めてだ。そもそも専門のカウンセラーでもないクラスメイトにすぎない。杞憂だと笑い飛ばすことは出来ないし、責めても励ましても効果は薄い。

 ならば――。

 

 「……ラウラ。……何かして欲しいことは、ないか?」

 

 少し考えながらそう切り出した。

 安眠の手伝いになればと思って言った言葉だった。

 

 「……して欲しいこと、か。……そうだな。……少しの間、……寄りかからせて欲しい……とかは……」

 

 リィンの提案に、ラウラは思わず――本当に思わず、本音を呟いた。

 そしてその意味を自分で理解して、紅潮した。

 

 「い、いや。おかしな意味ではないぞ? ただ少し……寂しさが薄まるかと思っただけで」

 「分かった」

 

 真夜中。二人きり。寝台の上。クラスメイトで親しい間柄の男女。ある意味では問題ない、そしてそれ以上に大問題となりそうなラウラの言葉を、リィンは実行した。

 俯いているラウラの肩に手を伸ばし、自分の胸元に彼女を抱き寄せる。

 

 「……り、リィン、流石にそれは!」

 「大丈夫だ。ゆっくりして……落ち着いて」

 

 この時リィンは――ラウラに触れることを意識していなかった。

 本当にただ、眼の前で弱っている彼女を助けたい一心だった。それを感じ取ったラウラも、言葉でこそ抵抗したが、すぐに受け入れた。彼女はリィンの心音を聞きながら、じっと動かずにいた。

 ……やがてラウラは、そのまま寝息を立て始める。

 表情が少しだけ安らいでいるのは、見間違いではない。

 寝台に移して退出しようかとも思ったが――それをすると、また悪夢を見るんじゃないか。そう考えたリィンは、そのまま動かないでいた。朝まで枕になることを選んだのである。

 果たして早朝、ラウラはというと。

 

 「……な、ななななな、ななな!!」

 

 自分の状況を把握すると、顔を真っ赤にして飛び跳ねた。

 

 「熟睡出来たようで良かった」

 「そ、そういうもんだいではない!!」

 

 語彙が子供のようになっている。それでも安眠出来たのは確かなようで、顔色は随分と良い。

 更に言えば衣服が乱れていないことも、身体に違和感がないことも把握し、『リィンは何もしなかった』と認識したが、それと感情は別の話だ。

 ラウラにしてみれば一晩男子に呑気な寝顔を晒していたことになる。落ち着けないのも当たり前だった。

 

 「いーんじゃないの。休めたなら」

 

 欠伸をしながら室内に入ってきたフィーである。

 リィンと交代した彼女は、男子部屋の空きベッドで寝ていたらしい。

 マキアスとエリオットが事情を把握する前に後始末しておいたほうが良いと思うよ、という顔だ。

 

 「いちゃついてたみたいだけど、表に出したら不味いでしょ。風聞とかあるし。時間は稼いでおくから」

 「フィーが気にするようなことは何もしていないぞ!」

 

 とはいえ、この事実が表に出たら不味い。とても不味い。

 年頃の男女が一晩同衾とは誤解を生む表現以外の何物でもない。

 《光の剣匠》やリィンの親族もどんな顔をするか分かったものではない。

 とりあえず誤魔化すべく行動を始めたところで、ラウラは――男子部屋に戻るリィンを呼び止めた。

 

 「リィン。――其方は、優しいな。優しくて強くて……とても頼れる仲間だ。クラスメイトであることを、嬉しく思う」

 

 彼女は笑顔だった。

 晴れやかな顔で、昨日とは比較にならないくらいに溌剌とした顔だった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「……いやいや、私がまさか。確かに安心して熟睡してしまったが。まさか、そんな事は」

 

 リィンが部屋から退出し、一人部屋に残ったラウラは、着替えながら自分に言い聞かせる。

 鏡で衣服や髪を整える間も、その鏡に写った己の顔は紅潮している。

 顔の熱が、下がりそうにない。

 

 「……確かにリィンは……頼り甲斐があるし、身分とか立場も問題がないし、顔も良いし、剣の腕も良いし、優しい上に温かいし安心して眠れたが……いや、そうじゃない! 彼はクラスメイト! 親しいが、それ以上ではないぞ! 断じて!!」

 

 必死に言い聞かせるラウラであったが。

 内心に宿ったその思いは消えそうになかった。

 

 

 動乱続く〈夏至祭〉、二日目の幕が上がる。




ということでフラグ回でした。……リィンとラウラのな!

カタナちゃんが、リィン相手にラブコメをする日は……。……まあそのうちね、そのうち。
因みにカタナちゃんはハーレム許容派です。
『リィンとなら皆(アリサ、ラウラ、フィー、エマ、自分)で仲良くしても良いかな』な感覚。
でもいざ深い関係になる場合、多分一番進展が早いです。経験豊富だからね!

次回から実習再会。
早く3日目の大騒動(やんわりした表現)を投稿したいですね。

次回「絆の重さはその人次第」

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