カタナ、閃く   作:金枝篇

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副題:フィーとの絆イベント


少女二人、魔都を駆ける

 駆けている。フィーと共に、駆けている。

 導力灯が等間隔で並ぶ通路。ほのかに青白い通路。足元は鉄。感じるは水の匂い。

 時には腐く、時にはキツイ、水道施設の中を、走り抜ける。ここはジオフロント。クロスベルの無茶苦茶な開発が押し込まれ広がった闇の一角にして、物理的にも『暗い』地の底。

 

 「……フィーは、……やっぱり、速い……!」

 「私は、カタナが曲がり角で減速しないで曲がって来るのが怖い」

 

 互いに、小さく笑う。

 そして見た。向かう先に、大量のミラを抱えた泥棒が居ることを。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 宿探しは非常に難儀した。

 あちこち探索したが、どこも予約客でいっぱい。

 私もフィーもどこでも寝られるし、徹夜をしても良い。最悪、路地裏で段ボールでも行ける。

 だが祭りの最中は、警察の巡回も気合が入る。

 治安的な意味での危険は少なそうだが、発見されると絶対に面倒くさい。深夜に徘徊する姿も、路地裏ダンボールでも、注意以上を受けることになるだろう。万が一にでも警察のご厄介にでもなったら何を言われるか分かったものじゃない。学院へ連絡でもされたら更に一大事だ。

 

 「七耀教会とか、遊撃士教会に行くのは、最後の手段だしね……」

 

 七耀教会は、一宿くらいは部屋を貸してくれることも多いが……。

 この人数だ。同じように考える人間も絶対に居る。迷惑をかけるのは勘弁したい。

 

 しかし現実は厳しいもので、中々見つからない。

 幾つかの宿泊施設を回り、そこで空き室がありそうな宿を聞いてみたのだが、市内は何処も満室。《龍老飯店》のような民泊施設も無理との事だ。それで唯一、値段は相当しますが泊まれる部屋はあると思います、と勧められたのが――。

 

 「《ホテル・ミレニアム》。歓楽街にある、クロスベル市内屈指の高級ホテル……」

 「カタナ、無理しないでも良いよ? そもそも折半すると私が払えないから」

 「そ、そうだね……。それでも値段だけ聞いてみようか……」

 

 奢るという考えも無かったわけではない。

 フィーが付いてきてくれたことは嬉しいから、そこに何かお礼をするのはセーフだと思う。でも何でもこっちが引き受けるのは、ちょっと違う。

 私は友人関係を構築したいし、頼ったり頼られたりする関係は好きだ。

 だが、線引きするラインは大事にしなければならない。

 ミラは友情を破壊する第一の要因である。

 

 猟兵は、ミラ次第で何でもする。世間一般ではそう言われている。

 フィーが今もそのポリシーを持っているとか、そういう話ではない。

 私の中に一瞬だけ浮かんだ邪な考え――『フィーは猟兵だから、ミラで関係を買収できるだろう』という唾棄すべき思考を――可能性ごと捨てたかった。

 万が一、今後フィーの正体がどこかにばれた時、そこに前例があった場合、余計な風聞が生まれかねないだろう? それは、凄く、嫌だ。

 

 「すいません、今晩の宿を探しているんですが……」

 

 背に腹は代えられない。一先ず足を運ぶ。

 丁度、受付には眼鏡の女性:レティシア支配人が居たので、事情を説明して尋ねてみた。

 

 「なるほど、つい昨日にクロスベルに来る用事が出来て、今晩の宿の確保が出来ていないと。お二人は学生なので、余り高い宿には泊まれない……、お話は分かりました。今空いている部屋は最上級スウィートルーム。後は、この時期にだけ臨時で開ける素泊まりの一番狭い部屋……ベッドとシャワーしかない部屋になります。普段は従業員用の仮眠施設ですが、時々いらっしゃるお嬢様のようなお客様の為に用意してあります。御覧になりますか?」

 「お、お願いします!」

 

 帝国人という事で、お気に召されるかは分かりませんが――と念押しされたが、構わない。

 私もフィーも『一応今は帝国人をやっている』という状況で、愛国心など存在しないのだ。

 ……この辺、ガイウス以外の面子とは如何しても理解し合えなさそうな問題だな。

 そういやフィーの戸籍と国籍ってどうなってるんだろう。私は貴族(笑)だけど。

 

 果たして案内された部屋は、確かに狭かった。

 辛うじてベッドが2つあるだけで、足の踏み場は肩幅だけ。

 後は、非常に簡素なシャワー室が部屋の隅っこにあるだけだ。薄い金属板を敷いただけの床に、排水溝が空いていて、壁にタオルと石鹸だけは置かれている。私やフィーはともかく、ガイウス辺りじゃ窮屈そうなサイズだった。

 寝具もグレードは低いし、天井は低いし、おまけに部屋には窓もなくて薄暗い。

 なるほど、従業員が仮眠に使う為だけの部屋だった。

 

 「じ、十分です。贅沢しないで、過ごせるので。私達」

 

 お値段は驚きの安さ! 二人で一晩六千ミラだ。

 勿論、即決した。

 

 「で、でも、良いんですか? 一応、身分はお見せしましたけど、ホテルさんにとって不都合が生じたりとか……、此処までお客を入れる事への安全上の問題とか……」

 「構いません。人を見る目は養っております」

 

 懐の広さに私とフィーは感謝する。正直、言葉にするだけじゃ足りない気分だ。

 良い人達であった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「ということで無事に宿も確保できたのでIBCに向かって色々やりましょう」

 「おー」

 

 大きな荷物を置いて、しっかりと施錠し、私服で外に出る。

 賑わい、紙吹雪や風船が舞う青空の中、私が指さした先には『IBC』と目立つ看板を掲げた綺麗なビルがあった。

 

 クロスベル自治州は、経済という意味では非常に豊かだ。

 反面、帝国と共和国の緩衝地帯であり、互いに領有権を主張しており、暗部は抗争でぐちゃぐちゃだ。実際『帝国時報』でも、クロスベル自治州はエレボニア帝国に帰属するという言葉をよく見かける(大っぴらには語っていないが、根底にあるのは丸わかり)。

 ガレリア要塞は常に共和国に睨みを利かせてクロスベルの事を全く考えてない……らしい。

 緩衝地帯っていうか、殆ど地雷原である。

 近代化の波も、公共事業の名目で資金を引き出し、横領やピンハネによる甘い蜜を吸うために利用されているのだから、手の付けようがない。

 

 「あと、共和国から『黒月(ヘイユエ)』が進出してきたとか聞いたね」

 「さ、流石に、其の辺の事情はフィー詳しいねぇ」

 

 治安周りの情報は猟兵だけあって詳しかった。

 最近の睡眠量が足りていない上に、今朝が早かったので、二人で仲良く欠伸をして、歩く。

 すいすいと互いに足さばきを駆使。

 私もフィーも道行く人にぶつかる事は無く、人波に翻弄されることも、流されることもない。

 この辺り、互いの実力が分かって面白かった。

 

 クロスベル自治州は、人口30万人ほど。

 帝都に比較すれば流石に少ないが、町の規模が規模である。

 人口密度と言う意味で言えば多分、西ゼムリア屈指であろう。自治州の真ん中を大陸横断鉄道が走っている事もあり、人とミラの流れは激しい。

 

 私がクロスベルに来るのは、これで……何度目だろう?

 何回かは来たことがある。だがこの町は来るたびに様相が変わる。

 あっという間に建物が変わり、設備が整い、人の顔ぶれまで変わっている気がする。

 だから訪れるのは初めてではないが、頭にある情報は余り役立ちそうにもなかった。

 

 「そ、そう言えば朝から軽く摘まんだだけだよね。少し、なんか、食べながら行こうか」

 「良いね。丁度、屋台も出てる」

 

 少し方向を変え、大きな鐘が置かれた中央広場に。

 記念祭に合わせて出された屋台から『彩りトマトバーガー』を購入し、二人でおやつ代わりに食べる。中々美味しい。特に微かに苦みを感じるトマトが抜群だ。ピリ辛いタマネギと、甘いソース、そしてしっかりした肉とマッチしている。

 

 「……ニガトマト……これは良い味」

 「も、元々リベールのツァイスで育てていたトマトが、品種改良の末に魔獣になって、い、今ではすっかりゼムリア大陸の西側で、増えてるんだよね……、美味しいから、良いんだけど」

 

 繁殖力とか外来種問題に発展しないか、ちょっと心配だ。

 

 「学院で、この味、再現できるかな……」

 「こ、購買で、聞いてみよっか。ニガトマトなら、仕入れてるかもしれない。……はいナプキン。口元のトマトソース、拭った方が良いと思う」

 「それはカタナもね」

 

 美味しかったのだが、小柄な私達の口では食べるのに苦労した。

 その結果が頬に残った赤いソースである。これで結構満腹になるなら、あのビックサイズではどうなるのやら。

 

 屋台ではビックサイズの『キングバーガー』という商品も売っていたのだ。

 かなりボリューミィな逸品で、成人男性でもそんなに何個も食べれるサイズではなかった。

 忙しそうにする警察官のお兄さん――なんとなく人垂らしの雰囲気がした――が、妙に大量に買い込んでいたのは何か理由があるんだろうか? そんなにカロリー使うんだろうか?

 

 中央エリアから行政区を経由し歩くと20分ほどで、港湾区に到着した。

 こちらもかなり混雑している。

 港湾区の真ん中には特設ステージが置かれ、ライブやクイズ大会が開かれているようだし、港には大きな船が停泊している。

 ああ、あれが新聞記者さんが言っていた《保養地ミシュラム》(地図によれば保養地として有名で、金持ちの別荘が並んでいる。帝国もかなり買い込んでいるらしい)への船か。遊園地がある、とも聞いたが、残念ながら足を運ぶ余裕はなさそうだ。

 

 「あっちの赤いビルが『黒月貿易公司』。共和国方面から進出してきた組織の建物」

 「ふむ、ふむ、そこの黄色いビルはさっきのお姉さんの新聞社」

 「あの行列は何だろう。ラーメン屋の屋台?」

 「え、と。地図に書いてある……。大人気拉麺《日輪》だってさ。男性の好みにあうとか」

 「……ガッツリした物は辛いね。さっきバーガー食べたし。お昼は軽くにしよっか」

 

 なんだかんだ言いながら、私達は少し歩く速度を落とした。

 来る前まではあれこれ言っていても、この賑わう空気の中に入れば楽しくなってくる。

 折角、ここまで来たのだから、混雑していても楽しめることは楽しまねば損だろう。

 速度を落とし、ちょっとだけ遠回りして観光しながら、歩いていく。

 そうして途中の坂を上って、IBCビルへ向かっていった。

 両脇に赤い手摺が並ぶ坂を上ると、そこには全面ガラス張りの巨大な建物が全貌を現した。

 

 「……洒落てる」

 「ん。そ、そだね。て、帝国みたいな歴史が長い場所だと、どうしても建物の外観を街に合わせる必要があるし、景観保護の法律とかもあるし、うんと目立つ建物を作ることは出来ないけど……。この辺は、金融都市クロスベルって感じ、あるね」

 

 単純に建物を見に来た観光客も多いらしい。口々に感嘆の声を漏らしたり、ビル前の広場で軽食を食べたり、景色を堪能していたりと様々な人が集まっている。私も正直、圧倒されていた。

 

 学院からは若いエネルギーを感じた。ここからはなんというか……夢を感じた。

 ここまで巨大になった銀行。その背後にある苦労と努力。そして積まれたミラ。

 それが何を目指しているかは分からないが、きっとそれぞれの「夢」なのだろうと思う。

 人が必死に働いてミラを貯めるのは、将来をより良くしようという志があるからだ。

 

 ミラなど要らない、という奴は信用できないというのは有名な言葉である。同意する。

 ミラが全てではないが、生きていく為には絶対に大事にしなければいけない物だ。

 その道具が、そして自分の未来を手に入れる為の努力が、此処に積みあがっている。

 

 では、それらを束ねるIBCの総裁は、果たして()()()()を抱いているのだろう?

 

 ……なんてね。

 名前と顔は知っている。ディーター・クロイス総裁と、その娘マリアベル・クロイス令嬢。

 経営手腕がずば抜けて優れた大陸有数の経営者だ。この建物に足を踏み入る以上、避けては通れない話題ともいえる。

 

 「カタナ、また呆けてる。大丈夫? 起きてる?」

 「あ、ご、ごめん。……行こう、受付で口座の話をすれば分かるって」

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 金融都市と言うだけあって、IBCには大企業のテナントが沢山入っている。

 24時間365日雨の日も風の日も、このビルから灯りが消えることは無い。

 無論、祭りの日でも全力運転。むしろ観光客を相手に営業を行ったり、これを好機とやって来る商人を相手に商談したりと忙しいのではなかろうか。

 

 おかげで私とフィーは30分ほどの時間を待つことになった。

 IBCの手続きで僅か30分というなら逆に短いのかもしれない。

 番号札を取り、待つ。今日も今日とて色んな人が訪れているようだ。

 

 人の流れを目で追ってみる。

 単純に創立祭で使うお金を追加調達しに来た者。

 うっかり公共料金の支払いを忘れたっていう若者。

 レミフェリア系の顔立ちをした金髪の少女――あれ、なんかどっかの王室の資料で見た覚えがある――が、紫のスーツを着た眼鏡の美人秘書を傍らに『面接するわよ!』なんてやり取りまで聞こえてきた。

 ここを見る限りでは、クロスベルの経済は、帝国の闇すらも飲み込んで育ちそうだ。

 

 「番号札13番でお待ちの方、受付2番までお越しください」

 

 待っている間にフィーは再びすやすやと眠ってしまっていた。流石、休める時に休む習慣が徹底されている。人ごみの中だが、フィーの真正面にはエレベータがあって、目の前に警備員さんが立っている。放置しても、こんな場所で騒ぎを起こす奴は居るまい。

 さて、この後何が起きるかは予想が出来ている。「保護者(あいつ)」の手配した口座を確認することになって、その際にマリアベル・クロイス辺りにでも邂逅することになるのだろう。

 クロイス家が()()()()()()()を持っているかは聞いている。

 フィーが目を覚ますまでに、ちゃちゃっと用事が済んでくれますように……と私は『空の女神(エイドス)』に祈った。あんまり頼れない気がするけど祈っておいた。

 以下、マリアベル・クロイスとの会話:ダイジェストである。

 

 『ごきげんよう、エカタ-ニャ・N・アルビーさん。私、マリアベル・クロイスと申します。このIBCの副総裁をしていますわ。初めまして、ですわね? ――あら、そんなに警戒をなさらないで下さい。怯えずとも好いのです。そんなガラガラ蛇の威嚇するような顔をしないで下さいませ』

 

 通された部屋に居たマリアベル・クロイスは、私の警戒を受け流して笑顔だった。

 

 『そもそも貴方は私に何かをできるような余裕や余力は無い。加えてクロスベルへの愛着も無いのでしょう? ご安心を、何の危険もない貴方に、私も何も致しません。貴方の口座は無事に開設いたしました』

 

 そしてさらっと私に事情を暴露する。

 

 『別に顔を見せなくても良かったのですよ。書類で十分だったのに律儀に顔を出すとは……貴方の「保護者様」に良い様に遊ばれましたわね。――帝都ヘイムダルの銀行でもきちんと取引出来る手筈も整えておきましょう。ええ、何せ大事なお客様ですから……』

 

 やっぱり「保護者(あいつ)」の嫌がらせだった。

 直接来ないでも良いのに、足を運ばせて、こうしてマリアベルに弄られる羽目になったのだ。

 どうせこの様子も、優雅なティータイムの茶飲み話にされるに違いない。

 

 『あらあら、顔に出ていますわよ、カタナさん。そんな怯えられると私は余計に気を使ってしまいます。そちらも時間は無く、私も明々後日(三日後)()()()()()()()が控えている身。余り無駄な時間を使わないようにしましょう。IBCのサービスは大陸何処でも安定供給、伊達に長い歴史を有しているわけではありませんよ。――おや、やはり我が家に関して話は聞いていたようですね?』

 

 口調は優しく、接客も穏やかで、どこをどう見ても非の打ち所がなく歓迎して貰った。

 

 ……怖いよ!怖いって!

 ただでさえ顔に出やすい私の表情を読むことは、辣腕を振るうビジネスウーマンには楽勝だっただろう。必死に警戒する私を適当にあやしながら、彼女は妖艶に笑ってOKを出してくれた。

 

 『ふふふふ、貴方が過去に聞いた話の通りなら、いっそ「お手伝い」をお願いしたのですが、それは無理な様子。素直に諦めましょう……。ですが此処の会話は内緒ですよ? 私は貴方にサービスを提供した。貴方はそれを素直に受け取った。それ以上でもそれ以下でもありません。まあ貴方がこの会話を外に漏らすという事は、貴方が己の所業に関して決意を固めたという事なのです。それはそれで素敵な事ですから、構いませんが……ね?』

 

 ダイジェスト終わり。

 無事に口座と、その中の預金も確認できた。かなりの大金――無駄遣いをしなければそのまま2年過ごせるだけの――が振り込まれていた。

 

 IBCには夢が詰まっていると言った。

 それは否定しない。だが夢は夢でも彼女の場合は悪夢であると思う。

 IBCはクロスベルの開発にも大々的に出資していると聞いているが、何も知らぬ人々がクロイス家に付き合わされ悪夢を見ない事が無いように祈っておこう……。

 

 (……いや、待て、自分。……クールになれ)

 

 思い切り混乱した自分を、落ち着かせて、考える。

 私は過去みたいに悪事を働くつもりは無い。そんな『毒』はもう持っていない。

 

 しかし放置するのは正しい選択だろうか?

 自分に関係が無い、と知らない振りをするのは簡単だ。

 だけど、出来る範囲で、自分の考える「良い行い」をする事も、難しい事ではない。

 ……寝覚めが悪いから、一応、遊撃士にそれとなく伝えておこう。そうしよう。

 藪蛇を突く趣味は無くとも、手持ちの情報を語るくらいは許されるはずだ。

 

 「凄く消耗してるけど大丈夫?」

 「だ、大丈夫じゃない……。今の私に、敏腕経営者の怖い微笑みは、大変だった……。で、でも収穫はあった……。とりあえず学費と生活費は、全部綺麗なミラだとは入念に確認、してきた」

 「ミラに綺麗も汚いもないけどね」

 「そ、それは同意するけど……。区切りをきちんと付けるのは大事だからね……」

 

 まあ過去が何であれ、裏がどんなに黒くても、銀行組織として大陸最高であることは事実。

 ミラに貴賤は無い。そして銀行にとっては、相手がどんな商売をしていようが、利用して利益を出してくれる客ならば文句は言わないのである。表向きは断っても今時ペーパーカンパニーを始め、客を手に入れる手段は幾らでもある。

 とはいうが悪事に手を染めてまでミラを捻出し、士官学院に入るというのはちょっと気分的に嫌なものだ。その辺りは入念に、きちんと仕事/労働で得た対価だと確かめてきた。

 

 「そ、そういやフィーの学院生活での資金て、何処から出てるの?」

 「サラが負担してくれたのと、自分の貯蓄。後、なんか……口座に、ちょっと振り込まれてた」

 「それは、良いこと、なのでは?」

 「……どうなんだろうね」

 

 互いに何となく言葉が濁る。

 私は『猟兵(イエーガー)』という仕事に、一切の偏見を持っていない。

 というか私の仕事も、大概だ。

 だが、互いに抱える、今までに行ってきた事、今までにやって来た多々ある所業、犯罪履歴なんかは、早々表に出せない物だ。

 相手を警戒して出せないのではない。出しても多分受け入れてもらえるという確信はある。だがそれ以上に()()()ひけらかす覚悟を持てていないのだ。

 

 「ご、ごめん。なんか変なことを聞いた。じゃ、行こ?」

 「ん。そうだね」

 

 気分を切り返して、促した。

 口座からお金を引き出せるのも確認した。

 胸の財布と肩掛け鞄の中、それぞれにしっかりお札を20枚入れてある。合計40万ミラだ。

 これだけあれば帰りの電車賃に加え、クロスベルでの宿泊やプレゼント回収、あと折角だし周囲を回って遊んだり観光したりお土産を買ったりしよう。来月までの生活費にも十分だ。

 幾らクロスベルと言っても、ここまで厳重にしておけば、強盗や泥棒など恐るるに足らない。

 来るものならば来てみるが良い……!

 

 盛大に意気込んだそれが、俗にいう()()()だったとは、その時の私は知る由もなかった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「と、いうことで、無事にIBCでお金も下したので自由時間です」

 「おー」

 「因みに、既に夕方です」

 「ホテルに戻って仮眠したら二人ともガチで寝ちゃったね」

 

 そうなのである。

 学園生活で溜まっていた疲労。創立祭の人込み。朝早くからの強行軍。

 これが戦場だったら平気でこのまま二日間徹夜が出来るだろう私とフィーだったが、安穏とした生活で気が緩んでいた私達は睡魔に襲われてしまったのだ。

 これは不味いな、と部屋に戻って仮眠を取ったら、そのまま熟睡してしまったのだ。

 

 目覚めた時には、正午は3時間前に過ぎ去っていた。

 急いで髪を梳かし、服を着て、持ち過ぎていたミラをしっかりとトランクに仕舞い、施錠を確認。ホテルの人に見送られ、慌てて出てきたという訳である。

 

 「ちょっと人の数、減ったね」

 「そ、創立祭、あと三日あるらしいから、今日は早くに撤収って人も、居るみたい」

 

 午前中より多少人は減っている。年齢層がやや上がっただろうか。

 祭の間は、普段以上に夜も賑わうのだろう。

 ミラが集まるクロスベル。夜の遊びも充実している。パンフレットには『歓楽都市ラクウェルにも負けません』と記載されていた。歌劇、飲酒、賭博などなど。アダルティな娯楽も多いようだ。

 まあ私達は学生。足を踏み入れる訳にもいくまい。

 朝、新聞記者のグレイスさんから貰った地図を広げた。

 『手紙』に書かれていた品を回収する為、該当する建物を探す。

 

 「まず、クロスベル市立図書館。ここに何冊か本を預けてある。これを回収する」

 「行政区だね」

 「次に――『ランチを食べると良いと思うよ?』――ランチじゃなくて夕ご飯になっちゃったね。何か適当なお店に入ろっか」

 「うん。後は?」

 「さ、最後は、アンティーク屋《イメルダ》。ここにプレゼントを預けてある、らしい」

 「……ん、ここかな、裏路地にある小さいお店」

 

 行政区の図書館は午後5時までだ。今は4時を回ったところ。時間は無い。

 まず図書館から回り、その後で食事とイメルダ。そういう流れになった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「数は3人……いや、4人……かな……? 動きを封じた方が良いね」

 「1人だけ少し早そう。他の3人が雑魚なら、リーダー格みたいな感じかな」

 

 瞬く間に距離を詰める私達二人は、もう相手がぼんやり見える場所まで来ていた。

 だが流石に正確なところまでは怪しい。これ以上近寄ると相手が気付く。まさか「止まりなさい」なんていう穏便な方法を此処で取るはずもない。

 

 ――ああ、でも一応「止まるように言いました」と主張できるようにはしておかなきゃ。

 

 止まってくれるなら良いけど、止まってくれないなら居場所を教えるだけだ。

 私は速度をあげて、デメリットを減らしながら、言った。

 大声が似合わないのは知っている。

 

 「み、見つけた! ど、泥棒! 私の20万ミラと、ホ、ホテルの売り上げ……返しな、さい!」

 

 情けない話だが、クロスベル観光中に、大事なミラを盗まれたのである。

 故にフィーと二人で、こうして追いかけている真っ最中である。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 《ホテル・ミレニアム》がある歓楽街と行政区は隣接している。

 歓楽街から行政エリアに入って、左に見えるのがクロスベル警察。その向こうに見える「W」の字型をした建物が市民会館。そして市民会館から中央広場に向かう途中の、方向とすると南東にある建物が図書館だ。

 

 そう言えば今朝、IBCに向かう途中で通り過ぎた気がする。

 あの時に回収しておけば良かったな。クロスベルに来て少し浮かれていた。

 

 まだまだ発展を続けるクロスベルは、行政に関しても新しく開発を続けているらしい。

 このエリアから北に向かったところで、新市庁舎が建設中とのこと。

 完成すればクロスベルの新名所になるほどに立派な建物《オルキスタワー》になるようだが、まだ数か月は先らしい。なるほど、良く見れば『この先関係者以外立ち入り禁止』のバリケードの向こうに、此処からでも十分「高い」と分かる建物が、聳えていた。

 

 創立祭の中、ここで時間を使う人は少ないようで、屋台も片付けられつつある。

 人気が少ない行政区画を抜けて、図書館に辿り着く。中々しっかりした造りで、ガイドによれば300年前の商人達の記録を纏めたのが図書館のベースになっているとか。

 大きな音を建てないようにお邪魔すると、独特の、古い紙とインクの匂いが出迎えた。

 

 「ご、ごめん下さい。古書の修繕をお願いしていたアルビーと言います……」

 「ああ、お待ちしていましたよ。カタナ・N・アルビーさん。“お父様”からのご依頼で間違いはありませんか? 身分証明書などをお願いしたいのですが」

 「っ…………ま、間違いない、でス」

 

 “お父様”じゃない。断じて違う! と言いたかったが、言うと面倒になる。

 学生手帳はまだ持っていないので、帝国の戸籍のコピーを提出。

 司書さんは、確認して、部下の人に書籍を取って来るように指示。直ぐに本は並んだ。

 

 「お待たせしました。此方が『無名祭祀書』『ヴェガーナの眷属』『コスモ=グラフィカ』『蒼の断章』です。最後の物は『タイトル不明』の為、修繕しかしておりませんが」

 「そ、それで……あって、ます。ありがとう」

 

 最後の奴はタイトルを教えてはヤバイ奴だと思われるのでそれで良いのだ。

 並んだ古書を前に、私は複雑な気分になりながら、頷く。

 

 『手紙』には「私の為に本を預けておいたよ」とだけ書いてあった。

 だからてっきり「カーネリア」とか「賭博師ジャック」とか「人形の騎士」とか「マルクと森の魔女」とか、其の辺かと思ったらまさかまさかの選出だった。

 でも同時に、「保護者(あいつ)」らしいとも言える。

 

 私がこれらの本を知ったのは『影の国』でのこと。

 リベール上空に浮かんだ()()が崩壊して暫く――私は、これから何をしようかと悩んでいた。

 素面のまま『結社』に居座れるほど図太くもなかったし、かといって逃げ出すことも出来なかった。中途半端にフラフラしていたら『影の国』に飲み込まれたのだ。

 うじうじと、ぐだぐだとしている中、それでも状況を打破する為には動かなければならなかった。その途中、ケビン神父やエステル達に再会し、最終的にオリヴァルト皇子に『帝国に行きたい』と希望を伝えることになるのだが、それはさておき。

 

 脱出までに拠点としていた『隠者の庭園』で見た書物の数々は、とても気になっていた。

 自分で言うのもなんだが、知的好奇心は、結構強いのだ。

 

 ケビン神父は『お勧めせんで。一応、聖職者的には止めるように言わないかんからな』と忠告をしてくれたが、物理的に止めることはせず、読むのは好きにさせてくれた。

 結局、『影の国』滞在時に全部を読むことは出来なくて、気になっていた。

 とはいえ禁書を読める場所やチャンスは中々無い。困っていたのだが――それを贈ってくれる辺り「保護者(あいつ)」は、いやがらせをする事はあっても、やはり長い付き合いだ。

 受け取ってからの私の表情から、良くある父と娘の確執だと判断したのか、司書さんはしみじみと懐かしむように言ってくれた。

 

 「お父様はお嬢様を大事にされていると思いますよ」

 「そ、そうでしょうか……?」

 

 「保護者(あいつ)」を「父親」と認識するのは、かなり難易度が高い。

 聞く姿勢になって、先を促すと、自分の事で僭越ですが、と司書さんは続けた。

 

 「私にも娘がいます。娘は今、聖ウルスラ病院で看護師をしていますが、彼女が日に日に育っていくのが嬉しくも複雑でした。そして婚約者と言ってガイく――若者を連れてきた日には、もう何を言えば良いか分かりませんでした。……ああ、育つのが速いんだなと思うと同時に、今まで大事に育てて来た物が実ったのだなと、感動しながらも、しみじみと思ったものです」

 

 と司書マイルズさんは語ってくれた。

 

 まあ、……感謝をしているのは、本当だ。

 一般的な家庭環境では無いし、果たして親子関係と言えるかは謎。そもそも私は孤児だった。一応気になるポイントはある。あるが、追及する余裕と時間は手元にない。

 「保護者(あいつ)」は、私を娘と呼ぶのに抵抗がある様子は無いようだ。

 でも私からの呼び方を強制はしなかった。好きにすると良いと怪しく笑っていた。

 そういう、物なのだろうか。

 

 私の再びの表情の変化は、向こうには納得で受け入れられたらしい。

 分厚い古書の山を受け取り、丁寧に鞄に仕舞った。そろそろ図書館も閉まる時間である。

 

 「で、では、ありがとうございました。また機会があったら、娘さんの事、聞かせて下さい」

 「はい。またいらして下さい」

 

 丁寧な案内に感謝して図書館を出る。

 さて、次は《イメルダ》かなと地図を広げる。歓楽街から裏通り(ビゼー横丁)に向かった先にあるらしい。途中で一度宿に戻って、手持ちの本を預けておいても良いだろうか。

 先程よりも更に、夜が迫って来ている。少しだけ祭りの賑わいが静まりつつある。

 ふとフィーが、口を開いた。

 

 「カタナは、お父さんとは複雑な関係なの?」

 「……ど、……うなんだろうね」

 

 そんな質問をするという事は、フィーも親と上手くいっていない、と言う事だろうか。

 

 「私は養女だよ。ルトガー……うん、団長に、10年前に拾われた。カタナはもう知ってるようだから言ってしまうけど、私は『西風の旅団』に所属して皆と行動していた。団長は、私が現場に出ることを嫌がっていたようだけど、段々と根負けして……、武器の扱いを教えてくれて。偵察とか陽動を任せてくれた」

 「ゆ、有名だよね、『猟兵王』クラウゼル。士官学院に入学したのは、彼の勧め?」

 「ううん。団長はもう居ない……。去年、『赤い星座』の団長との一騎打ちをして、三日三晩に渡る死闘でどちらも相討ちになった。それで団はバラバラになって、私はそれを聞きつけたサラに強引に誘われて、此処に来た」

 「……そ、それは――ごめん、知らなかった」

 

 『赤い星座』と言えば、バルデルとシグムントの兄弟がトップを張る一流猟兵団だ。

 真っ赤な髪で、戦場を駆け抜ける《闘神》。その弟の《赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)》。

 ゼムリア大陸西部の《猟兵団》と言えば『西風の旅団』と『赤い星座』がトップと言って良い。

 その二つの激突は耳にしていたが、死んでいたというのは、今、知った。

 

 私が()に精通していたのは、去年(1203年)の夏くらいまでだ。

 それ以後、向こう側から出来るだけ足を洗ってきた。情報だけは意識して集めていたが、『毒』を抜いた自分は、再びの闇に沈むのは避けようと深追いをしなかった。必然、情報は限られる。

 

 「私はさっきの話を聞いて、意外だった。カタナに家族が居るってことが」

 「わ、私も、似たようなもの」

 

 全部が同じと言う訳ではないけど、でも同じ部分もある。

 私は、自分の生まれすら良く憶えていない。孤児である事実だけを知っている。

 「保護者(あいつ)」に拾われたのか、それとも途中で出会ったのかも、もう覚えていない。

 だけど、気付いたら「保護者(あいつ)」は私の面倒を見ているようになっていた。

 

 私を、心底大事に扱っているのかといえば、そうでもない。

 今回のクロスベル行きに関するいやがらせもそうだ。割と容赦しない。遊んでいる。

 そもそもあの性格の破綻した『家庭教師』の元にいた時も、彼は何も私にアクションをしなかったし、フォローもしなかった。あの人格破綻者の元での教育を辞めさせなかった。その時点で親としては失格だ。

 

 ただ、不思議なことに。それでも私はアレを嫌いになれない。

 だから今まで、そうやって来た。親子ではなく、保護者と被保護者という立場で。

 

 身近な人間には、親兄弟や家族が居ない奴も多かった。

 「居ない」ではなく「失った」人はそれ以上に多かった。

 私の立場は、ヨシュアさんやレオンハルトさん、レンちゃんなんかと比較すれば天と地だ。

 むしろ、慕い、憎まれ口を叩きながらも感謝できる相手が居るのは幸運な方だろう。

 

 「……フィー、目が、怖い」

 「カタナ。あんまり自分を誤魔化しても、良いことないよ?」

 

 痛いところを突かれた。

 

 「貴方が普通じゃない事は分かるよ。でも普通じゃないからこそ、その中で培った関係は大事にすべきだと思う。……捨てられないんでしょ、その繋がりを。――さっきの図書館でのやり取りを見てれば分かる。失くした後で取り戻そうとしても遅い」

 「フィーが思うような親子関係じゃない。そ、それに、中途半端な関係だし。大体――今も「保護者(あいつ)」はどっぷりと闇の中に居て、私は、ここに居るんだから。接し方が、分からない」

 「ならば猶更。ラウラみたいにガンガン前に出て挑戦しろなんて言わないけど」

 

 フィーの目には、私と同じ、荒れた世界を知っている色が映っていた。

 荒涼とした、一瞬前まで生きていた人間が屍となり、二度と会話が出来なくなるという世界。

 その世界を知っている人間は、今の一瞬を、無駄にしない。

 あるいは逆に、盛大に無駄に使って、安心を満喫する。

 

 「後回しにすると、痛いよ」

 「…………そだね」

 

 過去の所業が牙をむいて自分に「しっぺ返し」を食らわせる。それは覚悟している。

 であるならば「保護者(あいつ)」との関係を続けている事の「しっぺ返し」も、どこかで来るのだ。

 私が光に居場所を探して、「保護者(あいつ)」は絶対に闇から出ることはない。

 けれども私は、半端なままだ。

 それを前に、関係の清算をするでもなければ、縁を切ることもしない。

 ……どこかで私は、その苦痛と向き合わねばならないのだ。

 

 「……私らしく無いアドバイスをした」

 「そうでも、ないよ。ありがとうフィー。口が上手じゃないのは、お互い様だよ」

 「じゃあ、そうしておく。……でもカタナは口以上に顔に出過ぎ。子供っぽいっていうか幼女っぽい。本当に皆と同じ年?」

 「よ、幼女言うな幼女。フィーだって似たような体形だし、小さいじゃん……!」

 

 確かに私はスタイルが悪いし、女性らしさと言えば足と尻と髪だけだ。

 だけどフィーに言われるほどにロリロリしいつもりはないぞ!?

 

 「私、貴方より年下。その年下よりも表情隠すのが下手で、体形が幼いのはどうかと思う。そんなんだから皆に姉妹扱いされる。……まあ私が姉なら許すけどね?」

 「な、なにおう!? 身長とか体重とか私の方が上でしょ!? 身体測定の数値を忘れたとは言わせないよ……!?」

 「1リジュの差で何を自慢げにしてるのやら。体重だって髪の分を抜けば私と同じくらいでしょ。カタナの方が年上でも、私の方がしっかりものだから。私が姉」

 

 ふふん、と胸を張り、少しだけ自慢げな顔をするフィー。こいつめ、やはり良い性格をしている。確かに胸部装甲では負けてるけど……っ!

 だけど、さっきまでの会話に続いて、心の中に微かに暖かさが広がっていく。

 

 これが友情、という奴だろうか。

 私の言葉に、フィーは友情? で良いのかな? と首を捻る。

 

 互いに首を捻った。同年代の友人は、互いに貴重だった。

 私にも一応、同年代で学んだ相手は居るが、どれもこれも個性的で――『貴方に言われたくはありませんですわ!』と言われそうだが――机を並べたというより訓練を受けたという方が正しい。

 だからこうやって小さな交流から絆を結べるのが、嬉しかった。

 その表情がやっぱり顔に出ていたようで、やがて互いに小さく噴き出した。

 

 「ふふ、フィーが付いて来てくれて良かった。やっぱり良いね、こういうの」

 「そうかも」

 

 そんな感じで、私達は夕食と『贈り物』回収に向けて再度動き始めたのである。

 

 「でも私の方がお姉さんだよ?」

 「ま、まだ言うか……!」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ様子は、年相応の物かもしれない。

 私とフィーのやり取りを歓迎するように、ARCUSが小さく輝いていた。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 その後、ホテルに書籍を置いて、夕食がてら最後の『贈り物』を取りに行く。

 その間にも、色々なイベントがあった。

 

 

 例えば自分達にぶつかって来た小さな兄妹が居た。

 アイスを手に階段を上っている最中だったその子は、思い切り段差で躓いて転びかけた。

 私やフィーの身体能力なら、回避するのは簡単だったけど、それをすると怪我をしてしまう。

 なので、自分からひょっと前に出て、二人がぶつからない様に受け止めた。

 手から離れたアイスはフィーが無事に回収。

 転びかけた二人を、そのまま地面に着地させる。フィーがアイスを渡していると、向こうから二人の姉らしい少女が駆けてくる。若々しいだけでなく、力強さを持った少女だった。

 

 「こらケン! ナナ! 二人ともはしゃぎすぎ! 旅の人に迷惑を掛けちゃ駄目じゃない!」

 「いえ、お気に、なさらず。怪我がなくてよかった、です」

 

 慌てて駆け寄ってきた彼女は、私達に『ごめんなさい』と謝って、二人を連れていく。

 仲の良い三人姉弟だ。家の都合で、創立祭に遊びに行けるのが遅くなって――時間が出来た姉が、この時間だけどアイスを買ってあげたりした、と言う感じだろうか。

 名前を聞きそびれてしまったけれども。何となく、どこかで、また会える気がした。

 

 

 例えば奇妙な旅行者アントンさんとの邂逅があった。

 リベールから旅行に来ていた彼は、歓楽街の劇場に向かう途中、財布を落としていた。

 大賑いの中での遺失物。警察に行っても、同じような届け出は山の様にあるし、そもそも貴重品を届けてくれる奇特な人は居まい。仮に戻って来ても、財布のミラは全部抜かれた後だろう。

 ……どうでも良いけど、この人どっかで見たことがある気がするぞ?

 確かそう、リベール王国の……王都グランセルの……東地区にあるマーケットの付近で……舐めるような視線で女性を眺めていた?

 

 口に出そうと思ったが、面倒になりそうだったので、止めた。

 だってほら、……なんか勘違いされそうだし。

 

 「……ああ、申し訳ない、申し訳ないと分かってはいるんだが、どうか劇場に居る相棒を呼んできてくれないか……。リックスは土産物を選んでいる筈なんだ。僕はショックで今動けないんだ。この辛さを口に出せないなんてポエマー失格だよ……」

 「は、はぁ、まあ、それくらい、なら」

 

 フィーに頼んで呼んできてもらった。その間、当たり障りのない会話で私は時間を稼いだ。

 私の周囲の男と言うのは、どちらかと言えば芯が強い(強すぎるともいう)だったので、こういう感じの軟弱な人との会話は中々大変だ。

 社交界に変装して出入りしていた頃の話術で、上手く機嫌を取る。

 数分だけだが、妙に気疲れした。こういう男のあしらい方を、復習しておかねばならない……。

 

 

 そんなこんなをこなしたら、思ったより時間が経過してしまった。

 私達は先に夕食を取ることにした。

 場所は、中央広場にあるカフェレストラン《ヴァンセット》。

 『ハーブパスタ』。ハーブ、チーズ、卵が濃厚に絡んだ一品。

 『ミルクポタージュ』。牛乳とポテトに豆を加えた風味爽やかなスープ。

 美味しかった。折角クロスベルに来たのだ。この辺の料理は覚えて帰ろうと思う。

 

 

 そして、最後に立ち寄ったのが、裏通りに佇むアンティーク屋《イメルダ》。

 手紙に書かれていた、最後の『プレゼント』の保管場所でもある。

 訪ねると、マリアベル嬢より魔女らしいイメルダ婦人が、トランクを目の前に置く。

 中を開けて見ると、其処には精巧な少女の姿がある。

 

 「こ、これ、まさか……ローゼンベルク……です、か?」

 「そうだよ。高い高い代物さぁ」

 

 贈り物は、あの高級品「ローゼンベルクドール」だったのだ。

 大陸各所で、高値で取引される、まるで生きているかのように美しい逸品。

 《工房》のヨルグ老人が作ったアレである。

 実物を手に取るのは初めてだった。その出来栄えに感心する。確かにこれは、半端に郵送は出来ない代物だ。わざわざ此処まで出てきた甲斐があったと言える。

 

 フィーはと言えば、店に並ぶ高級品に感心した後、値段を見て項垂れていた。

 八万ミラ程する、その高級アクセサリは、七耀石の結晶があしらわれた高級品だ。

 七耀の加護で、非常に強い効果がありそうだった。

 

 が――高い。

 これはちょっと高い。買えない。

 折角、一緒にクロスベルまで来てくれたフィーに、何かお礼でプレゼントを、と考えたとしてもちょっと高すぎる。フィーも『そこまで高い物貰っても』と遠慮するだろう。

 

 「残念だったねぇ……。良い物は相応の値段がする物さ。自分で貯めてから出直すことだ。びた一文、おまけしてやらないのが私の信条だからね……」

 

 ひぇっひぇっひぇと笑った老婆に、お邪魔しましたと店を出る。

 さて、これで『手紙』の中身は全部、周り終わった。

 

 この裏通り。奥の方の治安は良くないらしい。

 バーやアンティークショップ近辺はまだ良い方で、ちょっと通りの奥を覗くと、いかにも、という危ない格好の男がチラチラと姿を見せている。

 客引きをしていた男が「危ないから近寄ったらあかんよ」と追い返してくれた。

 言葉を素直に聞き入れて、ホテルに戻るとしよう。

 

 今の私達は帝国からの一般的な旅行者だ。トラブル向こうからやってこない限り、良心に従って行動をする。厄介ごとに巻き込まれる前に退散だ。

 これで後は、明日余り遅くならない内に列車に乗ってトールズまで帰れば良い。

 今日はゆっくり休んで――そう言えばエステル達がこっちに来ているとジョゼットが言っていたな――明日、遊撃士協会に一応顔だけ出して挨拶だけして行こう。

 そう思って、いたのだが。

 

 「…………ない」

 「えっ」

 「()()。部屋に置いておいた20万ミラが無くなってる……!」

 

 最後の最後で、とんでもない問題が発生したのであった。

 かくして私達は、クロスベルの中を駆け抜け、泥棒を追う事になる。

 

 ――私達に喧嘩を売るとは、良い度胸だ。

 

 それが私達の、一致した胸中だった!




 Q:ティオ「ロイドさん。こんなに沢山のキングバーガー、どうするんですか?」
 A:ティオ「《ゼロ・フィールド》!(もぐもぐ)《ゼロ・フィールド》!(もぐもぐ)《ゼロ・フィールド》!(もぐもぐ)」以下繰り返し。

 
 Q:アントン「カタナさんと言うのか……! 話を聞いてくれた時の笑顔……。あの小さな姿……! 僕が是非守ってあげたい……!」
 リックス「相変わらずだなアントンは。祭の旅行者に再会したいなんて夢を抱けるんだから」
 A:バリアハート。


 Q:金髪紫目の、どっかの王室資料に載ってそうな娘?
 A:リーヴスラシル・フォン・バルトロメウス。通称リーヴ。『暁の軌跡』の主要登場人物。
 『閃Ⅳ』のパンタグリュエルで、アルバート大公が話題に触れていた「姪」のこと。
 IBCビルの一角で『エルフェンテック』社という企業を運営している。ミュゼとも知人で友人。
 紫スーツの女性はリーヴの秘書:アレクサンドラ(サーシャ)・ペトロヴナ。「秘書」で「眼鏡」。


 次回でクロスベル旅行は終了。
 その後、自由行動日やらを挟んでケルディックです。
 感想や評価を頂けると跳んで喜びます。

 ではまた次回ー!
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