カタナ、閃く   作:金枝篇

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春眠『暁』を覚えず

 4月17日、土曜日。

 クロスベルから戻って来て一週間が経過した。

 今日最後の授業は、トマス・ライサンダー教官による歴史学だ。

 この人、眼鏡をかけて歴史の教師という事で、妙にトラウマを抉って来る雰囲気がある……のだが、その実、物凄く良い人である。

 『表向きは良い人』ではなく本当に良い人である。

 ちょっと話がディープで横道にそれることも多い人だが、それが授業に緩急を生み、講義の面白さにも繋がっている。語り方も上手で聞きやすい。私は何かと質問をしに行っている。

 割と勘が強い私の嗅覚も、悪い人であると反応はしない。強そうな感じは、ちょっとあるけど。

 

 「さて今日は中世の話を大まかにしている訳ですが、《暗黒時代》が明けても、人々の生活にはまだまだ苦労がありました。なにせ導力革命より遥か昔の事。あらゆるものが人力で、馬力で、クオーツの力を引き出すのも一部の専門家でなければ不可能でした……。この時期の資料は、どうしても《七耀教会》頼みになってしまうので、詳細を調べるのには苦労しています」

 

 大まかに《暗黒時代》と、導力革命までの数値を黒板に書き、その間に『?』と教官は記す。

 ここを知りたいんですけどねぇ、と彼は私達を見て肩を竦めた。

 

 「教会に申請してるんですが、なかなか難しいのですね。身内じゃないとダメとか言われて、私は真面目に『神父になれば研究できるかな』とか考えたこともあるくらいです」

 

 教室にくすくすふふふと小さな囀りが広がった。

 ライサンダー教官はその後、同じトーンで、船をこいでいたフィーに目を向ける。

 

 「知識は多い方が良いのですよ。だからフィーさんもう少し頑張って起きて聞きましょうね。テストに出る場所もう少し先ですよ」と付け加えた。

 「……ん、……分かった」

 

 教官の言葉に怒っている様子は無い。

 フィーがこの辺り、教師受けが良いのは《Ⅶ組》内部で交流が多いからだ。

 これで馬耳東風とばかりに孤高を貫く態度なら、教員の目も厳しくなっていただろう。

 エマや私、女子達と仲が良くて勉強をしている、と言う事が伝われば『今はまだ追いついてないけど一生懸命やってるんだな』と分かる。この学院の教員は皆、押さえるべき所は押さえている。

 一生懸命やってない人間の尻を叩くことをしても、もっと速く走れと叱りはしないのだ。

 こうすると効率良くなるよと助言する程度である。

 

 《Ⅶ組》は私を含めて10人の生徒がいるが、前に5人、後ろに5人という机の並びだ。

 前列が窓際から、私・フィー・エマ・マキアス・エリオット。後列がラウラ・アリサ・リィン・ガイウス・ユーシスだ。割とスペースがあるので、もう一列くらいは後ろに追加できるだろう。

 因みに私達の学年は《Ⅶ組》を合わせてきっかり100人。Ⅰ組~Ⅴ組は平均18人だ。

 

 さて、トマス教官の講義は、そのまま帝国中世の話へと移った。

 講義内容は、その後《獅子戦役》について――250年前、エレボニア帝国存亡をかけた戦いが起きた大事件のことへと移行する。その事件を治めた「中興の祖」ドライケルス大帝は、この学院の創始者だ。

 

 (そう言えば……()()()から……何時か其の辺を聞く機会はあるのかな……?)

 

 私の頭に、ふっとよぎる幻影。

 槍を持った聖女にして、全てを断つ『鋼』。

 そりゃあ何となく、何処となく、色々と符合することは知っている。

 望んで会話の機会を作れる程、私は立派な立場じゃなかったが、それでも良く知っている。

 

 考えながら授業を聞いていると、リィンが「大帝挙兵の地は何処でしょうか」とトマス教官から指名されていた。暫し考えた後、彼はノルド高原と答える。

 正解ですよ、と教官は告げた。

 私は少し後ろに目を向けて、リィンの様子を伺った。

 そのまま斜め後方のアリサの様子も伺う。彼女のノートの向きが、少しだけ変だった。

 

 (……あの二人は、お似合いだなぁ)

 

 さては横で密かに『答え』を見せていたのか。

 教官は気付いていたようだが、スルー。

 この辺の性格の良さは間違いなくあの嫌な奴とは別だ。

 

 リィンも気付いたようだが、アリサの方を向くと、アリサは横を向いてしまった。

 彼女の頬が赤い。

 

 入学式のオリエンテーリング以降、あの二人の関係は中途半端である。

 見ててヤキモキする。別の言い方をすれば、微笑ましい。

 特にアリサの反応と言えば、これ以上なく、微笑ましく。同時にとてもじれったい。

 私が覚えているだけでも『そこでもうちょっと押せよ!』的なイベントが結構ある。

 しかもベッタベタなイベントだ。

 

 アリサが落とした消しゴムを拾おうとして、うっかりリィンと手が触れあってストップ。

 教室の入り口でぶつかりそうになり、至近距離で目が合ってストップ。

 寮で食事の準備中、指先を切ったアリサに慌てて絆創膏を巻き、終わった後でストップ。

 

 しかもこれらのイベント、リィンはそこまで緊張もせず、素知らぬ顔で終わらせている。

 ふと正気に戻ったアリサが照れて、慌てて逃げるという繰り返しだ。

 リィンは若干困ったような顔で頬を掻き、参ったなと言うだけ。

 ……紳士的っていうよりは唯の朴念仁ではなかろうか、あいつ。

 

 「いい加減に仲直りしろよ!お前ら!」と内心で叫んでいる奴は私だけでは無かろう。

 くっそじれったい。ちょっと優しい雰囲気にしてきたい。

 

 まあ、そんな微笑ましい光景が見えるからこそ、アリサの態度が不快感を与えないでいる、ともいえる。入学式から三週間、ずっと関係が険悪だとクラスの空気も悪くなる。

 マキアスという火種を抱えている現状、リィン&アリサの関係が、面倒じゃないのは有難い。

 さて、そんな犬も食わないワンシーンの後、ホームルームにてサラ教官から話があった。

 

 一つは明日18日、日曜日に行われる『自由行動日』について。

 学院は本来、日曜日は休みである。であるのだが、この日は『自由行動日』と言う特別カリキュラムの日になる。具体的に言えば授業は無く、代わりに何をするにも生徒の自由という日だ。

 休日と違うのは、ずばり単位が出る事にある。

 先生達には日割り計算で給料が出る。サラ教官は一日寝ているらしい。

 

 『何故、日曜日が休みなのか』という論には、諸説ある。

 例えばその昔、エイドスが日曜日に奇跡を起こしたから特別な日にしたという怪しい眉唾伝承から、単純に日曜学校があるからという理由。あと一週間に1回くらい休みがあった方が、生産効率が大きく上がるというのもある。この辺、法整備ががっちりしている帝国ならではだ。

 学院の施設も全部解放して、図書館なども一通り使用が可能。

 エマやマキアスは図書館の活用を考えているようだし、クラブ活動もこの日にやっている部活が多いそうだ。

 

 (部活動……かぁ。そういう活動もあるのか……)

 

 そう言えばジェニス王立学園でも、部活動が行われているという話は耳にした。

 何を隠そう、私はあの場所に、生徒として()()()()()ことがある。

 尤も言葉通り『潜り込んだ』――忍び込んでの、情報収集が主だ。クローディア王太女の動向を探ったり、留学生や王国要人の子供から話を聞いたりだ。まともに授業を受けたことは殆ど無い。

 過去の在籍記録を調べても、私があの場所に居たという痕跡は残っていまい。

 生徒との接触自体も最低限。

 辛うじて会話をしたのは、保健室で本ばっかり読んでいた黒髪の少女くらいなもんである。

 

 部活動についての情報は曖昧だ。

 精々クローディア王太女が、フェンシング部だった事と、吹奏楽、美術、アーチェリーがあったなくらい。それよりも学園祭での演劇の方が印象に強く残っている。

 あの時のヨシュアさんは美人だったね、うん。

 

 ここは一つ、普通の生徒らしく何か楽しい部活動を探してみるのも良いかもしれない。

 二つ目の話が、《実技テスト》に関してのものだ。これは来週の水曜日、つまり4月21日に行われるとのこと。ちょっとした戦闘訓練の一種なので、体調管理には注意しておくように、との話だった。

 

 「で、その《実技テスト》の後で、改めて《Ⅶ組》ならではの重要なカリキュラムを説明するわ。そう言う意味でも明日は有意義に使う事をお勧めするわ。HRは以上。副委員長、挨拶」

 

 言われたマキアスが号令をかける。

 そんなわけで、私はクラブ活動についてどうしようかと頭をひねる事になった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 授業が終わった後、廊下にて女子5人が集まってあれこれ話をする。

 フィーは、本来はこういう会話に参加するタイプでもない(と自分でも言っていた)のだが、私やエマが間に入り、アリサ達も積極的に誘っているからか、会話に参加するようになった。

 特別うんと自分から口を挟むことは無いが、話を振られたら短くではあっても答えるし、一応皆の会話は聞いている姿勢だ。

 『(カタナ)が居なかったら、さっさとどっかに消えてたと思う』とは彼女の言である。

 付け加えるなら『部活動は面倒だから良いかな……』と遠慮がちであった。

 

 馴染み悪いのもあるのだろう。

 闇に生きていた人間程、平和な世界に放り込まれると、動き方が分からなくなる。

 私はリベールの事件以後()()なって、影の国が終わるまでずっと()()だった。

 今だって()に対して、口に出せない感情はある。

 フィーも同じことを感じているのだと思う。

 

 ラウラは運動系の部活動に参加したいと話す。剣術は十分に嗜んでいるから、精神や肉体の鍛錬が出来そうな部活を探してみたいとの事だ。

 エマは特に決まっていないので、同じく未定のアリサと一緒にあれこれ見て回るつもりらしい。

 折角なのでその見学に、私も同席させてもらう事にした。

 

 フィーは『少し自分で考えてみる』とふらふらっと屋上まで上がって行ってしまった。結局、屋上から眺めてみるというのは変わりがなくとも『友人と話をした後で考える』というそのワンクッションが大事なのだ。自分からコミュニケーションを取らないのは損なのだと私も教わった。

 私は会話が下手――どうにも口を開くとドモってしまう――でコミュ力もあんまり高くないが、この通り、一応挑戦はしている。

 

 トールズ士官学院は、広い。生徒数も多いので部活動もかなり多い。

 そんな訳で、社交半分・興味半分で、どんな部活があるのか……と探索する事にしたのである。

 本来は『学生手帳』に色々掲載されているようだ。

 私達はまだ、貰ってない。これも特化クラスの弊害だろうか。

 

 一先ず受付でメモを貰って、それを元にアリサとエマと歩いて順々に確認していく。

 まずは運動部からだ。

 

 学院の敷地は、校庭を除くと大雑把に正方形の形をしている。

 正方形の敷地の中に、「コ」の字型の回廊校舎が、底面を南に置かれる形だ。

 校舎の西側にはグラウンドがあって、此処ではラクロス部と馬術部がある。

 なるほど、校庭の隅には厩舎も置かれているし、よく耳をすませば馬の嘶きも聞こえてきた。

 ラクロスというスポーツは聞いたことが無い……。図書館で調べておこう。

 

 一方の、馬術。導力が発達しても馬は貴重な存在だ。技術が普及していない地方では、まだまだ現役で、運搬にも農耕にも使われる。単純な導力自動車よりも馬車での移動を好む人間も多い(移動時間はかかるけどね)。なにより見栄えが大きい。

 速度が出れば粗雑な戦車より早いし、道幅も取らないで済む。

 戦闘でも、銃火器で武装した兵士が居ても騎手が巧みなら何とでもなる。

 帝国ではレースが行われるくらい大人気だ。

 流石に騎馬兵で陣形を組み敵陣に突撃する……なんていう戦術は今時取らないだろうけど。しかし陣形や戦場での駒の動きは機甲兵団の軍略に応用されている筈である。

 馬の世話をする事も、部活動での一貫になっているのだろう。

 獣の臭いもあるし厩舎の掃除もある。雑に扱えば命を粗末にしたと誹りを受ける。貴族の子弟達は嫌がるかもしれないが、そういう仕事を直に体験することまで含めて部活動ということか。

 

 「じゅ、重労働は、実際にしてみて、初めて価値と過酷さが分かるんだよね……」

 「そうそう。そうなのよ!」

 

 私の言葉に、アリサがうんうんと頷いた。

 

 「体を使うとか頭を使うとか違いはあるけど、自分で体を動かさないと分からない事もあるわ。一度、鉱山に見学に行ったことがあるけど、あれ中を歩くだけでも本当に大変だったもの。暑いし狭いし暗いし足場が悪いし魔獣も居るし。……そりゃ環境にもよるんだろうけど、働くのは過酷」

 「アルバイトじゃ、知りえないことも、ある」

 「分かる。……改めて尋ねるのもなんだけど、カタナ貴族よね? 厳しい労働を体験済み?」

 「い、一応、男爵ではあるよ。親の言葉と、入学時に通った申請の通りなら」

 

 久しぶりに出す話題だが、私はアルビーという男爵家の身分を持っている。

 ただしこれは、古くは《蛇》時代の潜入工作に利用し、現在は「保護者(あいつ)」からオリヴァルト皇子を経由して許可を貰っている身分だ。先祖代々の物では断じてない。

 まあルーツを探れば案外、重要な秘密があるのかもしれないが、確かめていない。

 詳細を確認する『余裕』を手に入れたのはつい最近だ。目を逸らしているともいう。

 何とかするよと言われて何とかなってしまったのである。

 

 貴族社会の記録を紐解いて出てくる情報は、《蛇》時代に利用していた時の物。

 今の生活で懸念事項があるとすれば、社交界に出入りしていた時、この学院の関係者にうっかり接触してしまっていたか否か、という点くらいだ。

 ……サラ教官の事と言い、意外と身近に爆弾が転がってそうで不安ではあるけど。

 

 「で、でも帝国に居た時間はね、短い、から」

 

 帝国に居た時間が短いというか。

 用事がある時以外は帝国に来なかったという方が正しい。

 

 「じ、重要な時とか、身分で誤魔化す時とか、披露宴に入り込むとか、そういう場合に使()()()()みたいな感じで……。領土を持っているわけでもないし、騎士階級でもないし。あ、飽くまで立場だけ、だね。社交界で蝶よ花よと飛び回るより、自由に空を見ている方が好き……。正直、便利だけど、面倒になる事も多いだろうしね」

 「……世間の庶民と、世間一般の爵位持ちの人に聞かれたら、殴られるわよ、其れ」

 

 アリサが窘めるように言ってくれた。否定はしない。

 特権も、羨望も、付いて回る。それは認める。

 私が好きじゃないだけだ。

 特権があればできる事は増えるが、同時に出来ない事も増える。私は超高級なレストランで毎日毎日堅苦しい食事をするより(※そういう場も大事とは理解している。時には必要だよ?)、ベッドで寝転んでコーラとスナックを齧れた方が気楽である。

 

 「私もラインフ……ん“、ん”、ん“、ごほん! 実家の集まりとか、貴族のパーティとかに連れ出されることもあったけど、身分的には平民扱いだから――陰口叩かれたりしたものよ」

 「た、互いに上手くいかないね、アリサ」

 

 色々と意見が合う部分も多く、私は彼女を呼び捨てに出来るようになった。一歩前進である。

 ラインフ――という単語は聞かない振りだ。……正直、隠し通せているかは怪しいが。

 気付いていない人を探す方が早いのではないかと思うが、彼女が望んでいるから黙っていよう。

 

 「と、ところで、リィンと仲直り出来た?」

 「ちょ、い、良いじゃない! それは! 今は関係ないでしょ!?」

 「いやぁクラスメイトの仲が良い方が、良いなって思っただけだよ?」

 

 リィンの話を振ると、アリサは直ぐ表情を変える。微笑ましい。

 確かに彼、凛々しいし格好良いのは、分かる。

 恋愛的なモノは私には縁がない。応援してあげよっと。

 

 私達の会話に、エマがくすりと小さく笑う。

 アリサが『エマまで!』と文句を挙げた辺りで、私達は校庭へ辿り着いた。

 

 「体育の授業とかでも使うけど……。ええと、あっちがラクロス部で、あっちが馬術部かしら」

 「そ、そだね。見た限りだと、貴族平民が関係なく活動してるっぽい」

 

 体格の良い貴族男子の先輩が、平民の少女に馬を紹介している姿が北に。

 何やら仲の良さそうな女性の先輩二人が、見た事のないラケット? を使い、ボールをゴールにシュート! している姿が南に。それぞれ見えている。あれがラクロスか。変わった競技だ。

 アリサはラクロス部に魅かれたようで、貴族生徒らしい少女と共に見学の姿勢だった。

 

 一言告げて、私とエマは次なる部活に回ることにする。

 因みにこの時の貴族生徒こそ、ジョゼットが言っていたフロラルド家のお嬢様フェリスだったのだが、これを知るのは明日『自由行動日』でのことである。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「私は、そうですね。あまり運動系は得意ではないので、文化系の部活動にしようかなと」

 「な、なるほど。……と、ここが『修練場(ギムナジウム)』か。一応、ちょっとだけ中を覗いていこっか」

 

 校庭から本校舎の裏を通り、学院敷地の北側に向かう。

 『修練場(ギムナジウム)』。運動の専門棟と言えば分かりやすいか。

 プールやシャワー室などの環境が揃っている。水泳部は此処を拠点としているとのこと。水泳部にはラウラが居た。彼女はこれにしたようだ。

 

 「其方達もどうだ? 良い精神鍛錬にもなるし、体力がつくぞ」

 「私は遠慮しておきます。カタナさんは――」

 「お、泳ぐのは大得意だけど、部活動の時まで泳ぎたくはないかな……。あと、ほら、私」

 

 自分の足まで伸びた、ともすれば床に先端が触れる程に長い髪を見せる。

 今も補助導力器で束ねているが、これを解いて纏めるのは結構大変なのだ。

 お風呂に入る時は頑張っているが、一日に何回も弄るのは勘弁したい。夏の水泳の授業は今から憂欝だ。

 

 『泳ぎ』そのものは大得意である。

 ただ水の中での活動が得意でも「競泳」では断じてない。水練というか泳法というか、要するに『水の中で戦う技』だ。腕を鈍らせない程度にやるだけなら、其の辺の河川をこっそり使えば良い。むしろそっちの方が実戦としては役に立つ。

 ……のだが流石にそれを馬鹿正直に話す訳にもいくまい。

 事情(わけ)あって延ばしている長い髪のまま、毎日水泳をするのは大変なので申し訳ありませんが、と断ったらラウラも、水泳部の部長クレイン氏も納得してくれた。

 今度は顔に出てバレてなかったと思う。多分。

 

 練武場もあった。

 練武って何をするんだろうか。畳を敷いて『(やわら)の訓練とかするのかな?』とか思って内部を見たら、フェンシングだ。上流階級の嗜み、なのかもしれない。

 

 「てめえ今なんつった……!?」

 「実家で英才教育を受けた僕が、剣の実力的には一番だ。だから僕が部長になっても良い……。そう申しているだけですよ」

 「ハ、ハ……上等だぜ一年坊主。そんなにいうならこの俺が相手してやってもいいんだぜ?」

 

 そして現在、貴族の生徒と平民の先輩が喧嘩中だった。

 周囲を取り巻く生徒の殆どは、はらはらしている。

 そんな中、優雅にそれを見て静かに微笑んでいる女性が一人。

 興味本位で状況を聞いてみると、あの貴族生徒(パトリックさんと言うらしい)が色々突っかかっているのだとか。ロギンスさん(先輩の方だ)と良い勝負になるんじゃないか、と落ち着いている。

 貴族の義務というのはユーシスに限った話でもないらしく、あのパトリック氏、割と真面目に剣は使えそうだ。少なくとも威張るだけの力は学年で比較すれば十分ある。

 しかしそんなパトリック氏と、おそらく同程度の実力を持つロギンス先輩のやり取りを見て、ごくごく当然のように落ち着いているということは、この女性には、相応の自信と実力があるという意味で。

 

 「顔に出ているわよ、新入生。ふふ、今年の一年生は面白い子が沢山ね」

 「……き、恐縮、です」

 

 部長:フリーデルさんの微笑みで、その落ち着きも無理ないかと悟った。

 一挙手一投足を見てすぐに分かる。士官学院の生徒だから、どんな生徒でも一通りの鍛錬はカリキュラムに入っている。貴族ならば入学前に嗜んでいる事も多いだろう。

 

 だがこの人は別格だ。桁違いに強い。

 多分、下手をすればリィンやラウラと互角以上。

 流石にサラ教官ほどではないが、私で勝てるか? と言われたら『頑張る』としか言えない。

 

 「貴方も随分と優秀ね。歩き方で分かる。親指にちゃんと力が入っているし、両足で立っていて、背筋も伸びている。常日頃から鍛えている人間じゃないと、そうは歩けないわ」

 「あ、ありがとうございます……。部長さんこそ……」

 「どうする? フェンシング部は誰でも歓迎よ? 入る?」

 「…………や、止めておきます。私はフェンシングが出来るほど、紳士的ではありません」

 「でしょうね。貴方は今のままでも十分に()()()()そうだから。これ以上混ぜると弱くなる一方だと思う。此処まで積み上げた物を大事にね」

 

 そこまで見破れるのか。凄いなこの先輩。

 学院には凄い人が沢山いるな、と現実を噛み締めながら戻ると、エマが疑問符を浮かべていた。

 

 「どういう意味です?」

 「わ、私の技が小太刀二刀流と邪道とチャンポンなのを見破られて、フェンシングと混ぜない方が良いってお話。い、今ここでエマがフェンシングを始めたとして、私も同じくらいだと思うよ。レベルは」

 「え、そういう物なんです?」

 「そういう物。まあエマは、魔導杖あるから、杖術学んだ方が良いかもだけどね。こう、相手を杖でどーんて殴ったりとかする奴」

 

 一個何万ミラでは利かない超高級品を鈍器にするなって?

 いやいや、いざって時は命の方が大事だよ。ミラは支払えるが、命は取り返しがつかない。

 

 「カタナさんの身体能力なら、フェンシングも簡単そうですが」

 「ふ、雰囲気だけならね。でも、習熟は、多分……大変」

 

 これはフィーもそうだと思う。ラウラやリィンもそうだ。

 基礎体力とか、筋肉とか、柔軟性とか、体幹とか、呼吸法とか、そういう諸々は横に置いた上で『技能』に絞ってのみの話になるが、なまじ武道の心得があると、別の武道を修得する弊害になることも多い。

 癖が無い素人の方が、素直に覚えて成長していく、なんて例はざらにある。

 

 それに私は――試合は、しない方が良いと思っている。

 勝つ為ならば、如何なる手段も問わずに勝ちに行ってしまうタイプの人間だと自覚がある。

 オリエンテーリングのガーゴイル戦時『指揮官をすると皆に特攻を命令しかねない』と言ったのは嘘でも何でもない。やりたくないがやってしまいかねないと自覚している。

 だから多分、下手に試合なんかしたら反則負けになる。

 戦場では生き残った奴が偉いが、試合ではルールを守って勝った奴が偉いのだから。

 

 先ほどの水泳部もそうだ。

 私は相手を水の中に引きずり込んで倒すことは出来ても、純粋に速度を競って泳ぐことは出来ない。そりゃ速度も相応に速い自覚はあるけど、それを毎日のようにスポーツに使うのはちょっと遠慮したい。

 単位に必要不可欠な分くらいは、我慢するけど。

 

 (じゃあいっそ、開き直って()()()()()()()如何かな……?)

 

 と心の中で自問自答をして。

 暫くの後に『やっぱ駄目だな』となった。

 混ぜること、それ自体は肯定するが、フェンシングは止めておこう。相性が悪すぎる。

 

 新しい戦術を学ぶ。これは良い。

 新しい泳法や剣を学ぶ。これも良い。

 だが身体に染み付いた癖は抜けない。

 だから何かを習得するなら、今ある技術を昇華させるような物か、既存の技術を複合させてより効果を齎すような物にすべきなのだと思っている。

 既に二刀流の太刀を扱える私に、フェンシング技術はちょっと無理がある。

 

 無理があるというか、あんまり意味がないというか。

 片手だけで武器を使う事だけなら、もう色々持っている。

 フリーデル部長の『今ある技を大事にしなさい』というのも、これだ。

 私の小太刀とその他諸々を使った戦い方は、全部私が自分で会得した宝物なのだから。

 

 私の思考と態度を見て、フリーデル部長は「顔に出てるわよ」と指摘してくれた。

 ……顔に出ていたらしい。そのまま彼女は、また遊びにいらっしゃい、と見送ってくれた。

 

 「他流試合なら大歓迎だから」

 

 ……他流試合なら良いか。確かにフェンシングを相手した時の立ち回りは復習したいし。

 

 頭に浮かぶのは、眼鏡で初老の執事さんの姿。

 ――エスメラスハーツ!ハーツ!ハーツ!

 ……あれはしんどかったよ。

 

 一通り運動部は回ったか、と次は文化部を見て回ることにして、私達は退出した。

 背後ではロギンス先輩とパトリック氏の激しい剣戟音が聞こえてきた。

 

 あのパトリック氏は、気位は高いようだけど、悪い人では無い、と思う。

 本当に悪い人というのは、第一印象で『悪い奴だ』と思わせない事の方が多いのだ。

 彼は表情が出過ぎている。私が言えたツッコミどころではないけど。

 

 今までの教育故、自然と上から目線になってしまうだけで、一度ちゃんと折れるとそれを反省できるタイプの人間だ。……逆に言えば、今まで折れてこなかったという事――きちんと貴族として育ってきた人間という事でもある。

 部長になりたい、という発言も腕に自信があるからこその言葉と言えよう。

 ユーシス? あいつは何というか……既に何回も折れている気がするよ。それでも《Ⅶ組》に居て、四大名門の子弟として行動しているのだから、間違いなく性根はタフだ。

 

 (しまったな。一応、貴族の身分なんだから、自己紹介くらいしておけば、良かったかな?)

 

 あの場で行うことが相応しいかはさておき、どこかで挨拶はした方が良さそうではある。

 向こうも《Ⅶ組》ということで一瞬視線をこっちに向けていたようであるし、帝国貴族として、婦女子には紳士的に振る舞うだろう。

 其の辺、もうちょっと上手く行動すれば、色々話を聞けたかもしれない。

 打算である。

 ……また今度、ちょっとやってみるか。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 「と、まあ、クロスベルでそういう事があって……。お土産を選ぶ時間、あんまり無かったんだけど。気に行ってくれたら嬉しい、かな」

 「お菓子は美味しかったですし、面白い話を聞けました。『みっしぃ』でしたか? あのキーホルダーも皆、喜んで……ええ、まあ、喜べましたので。ノートのお礼としては十分です」

 

 みっしぃの魅力に関しては各々微妙な反応だったが、お菓子は好評だった。良かった。

 

 私達がクロスベルに居た土日、エマは宣言通り予習をして過ごしていた。

 疲労困憊で戻って来た私達に、翌日からの授業の準備はできる筈もない。

 彼女に泣きつき、宿題を含め、その週からの勉強を手伝ってもらったという訳である。

 

 エマと二人で話しながら、学院の東側に向かう。

 途中『技術棟』――ジョルジュ先輩の担当かな?――を通り過ぎて『学生会館』へ。

 

 文化部の大半は『学生会館』の中にあるらしい。

 1階は購買や学食、2階が生徒会室や部活棟だ。

 3階には貴族生徒達が使うサロンがある。此処に足を踏み入れるのは厄介ごとを生み出しそうだから今は止めておこう。それこそユーシスやパトリック氏辺りとある程度会話が出来るようになった後にでも顔を出せば良い。

 

 学食を利用している中には貴族平民が一緒に食事をしている景色も見えている。

 学院においては、階級をそこまで気にしない人間も多いのかもしれない。

 階級が何だとかかんだとか言っていたら部活動も購買もまともに利用できなくなってしまう。

 時間と共に徐々に軟化していく事もあり得る話だ。

 

 「マキアスさんもそうなってくれると嬉しいんだけどね……」

 

 恐らくコーヒーを購入して、私達と入れ違いになるように出て行ったマキアスを、見送る。

 

 「図書館に向かっているようですね。……そう言えば、マキアスさんもユーシスさんも、他の男子の皆さんとは、余り関り合っていないようです」

 「リィンさんは、どっちにも接して、良い具合に仲を取り持ってくれてるけど、二人の直接な関係は、悪いままで。……うん、マキアスさん、ラウラや私にも、あんまり素直に接せれないから」

 

 それでもユーシスは割とちゃんと此方と関わるのだ。

 確かにとっつきにくいが、此方から伸ばした手を振り払う程に偏狭ではない。

 クラスの皆が、一番扱いにくい――というと失礼だが――と思っているのは、マキアスだろう。

 

 入学式のオリエンテーリングで、貴族であると明かした皆への態度は、正直、固い。

 「隠していないだけましだ」とか「大貴族ではない上に偉ぶってない」とか、色々とユーシスに比較して妥協している節もあるのだが、固いものは固い。これで身分を隠していたらどんな剣幕で怒ったか全く予想も出来ないレベルで固い。

 それでも最近は、少し何かを考えている様子はあるのだが――答えが出るまでは、まだ掛かりそうだ。

 

 それに私とマキアスは、実はあんまり仲が良くない。

 彼に余裕がない以上に、私の態度と在り方が、彼を刺激しているようなのだ。

 先のアリサの指摘――『市民からも貴族からも殴られるわよ』という在り方は、確かにマキアスには相性が悪そうな態度である。

 

 「サ、サラ教官は、一緒に活動していれば仲良くなれる、みたいに話していたけど。どうかな……?」

 「どうでしょう。二人とも、自分から一緒に行動することはないでしょうからね」

 「あ、あの人、真面目な時以外は気楽な性格だからね……」

 

 サラ教官も気付いていない筈が無い。

 しかし彼女はフォローをする様子は無かった。

 まだクラスが編成されて二週間ちょっと。これから時間をかけてゆっくりと関係を構築していけば良い、と考えているならば、それは正しいと思うけど。

 

 マキアスは図書館に足を向けて、暫しの後に憤懣やるせない顔で、入口まで戻って来ていた。

 ユーシスが中に居たらしい。……やっぱり難しいんじゃないかなぁ。

 

 「さ、てと。――それで文化部だけど……結構な数があるみたい」

 

 気を取り直して『学生会館』の掲示板を確認すると、様々な勧誘ポスターが貼ってあった。

 二年生が運営しているのは……八つ。

 文芸部。第一チェス部。第二チェス部。釣り部。写真部。吹奏楽部。美術部。調理部。

 後ろの三つは本校舎での活動らしい。釣り部は体育系じゃないのかとか、チェス部が二つあるのは貴族と平民でそれぞれ競い合っているからだとか、色々と気になる点は多いが、どれも凝った説明が載っている。新入生勧誘に必死なのだろう。

 

 とりあえず二階に上がって順々に眺めてみる事にした。

 釣り部は部長が釣りに出ていて不在。

 写真部は部屋が空いていて、部長さんがどこに行ったのかと探せば文芸部の先輩と新入生についてお話し中。

 話をしているというか、写真部の部長さんが話しかける中、文芸部の部長さんが妄想にトリップしているという図だったが(しかも眼鏡の青年がストライクみたいな話をしている。……マキアスとか、クロスベルで出会ったエリートさん(アレックス・ダドリー捜査官)を連れてくると、どうなるんだろうね、あれ)。

 

 「文芸部ですか……。ちょっと興味がありますね」

 「そ、そう? じゃあ、少し話を聞いてみると、良いと思うよ。私は、もう少し、探してみる」

 

 エマが妄想的な意味で汚染されることはないだろうし、確かに似合っている。

 私も読書は好きで、例の古書(プレゼント)もちょこちょこ読み進めているのだが、文芸部――物書きは、苦手だ。レポートの提出は得意なのだが『自分の意見を書いてください』となると固まってしまう。

 

 チェス部は、ちょっと違う気がする。

 階級で争っているなら猶更違う気がする。

 立場上、所属するならば第一チェス部になるのだろうが、身分を着飾るのは面倒臭い。

 まあこの辺の蝙蝠具合が、マキアスにはあんまり良い気分がしないのだろうが。

 リィンやラウラだって態々「自分が貴族なので貴族らしい活動をします」なんてしていない。

 

 かといって写真部や釣り部も琴線に触れない。

 確かに手慰みに行うには気軽だが、学院生活で放課後や自由行動日を注ぎ込む情熱は無い。

 

 「えーっと、正面が、生徒会室で……後は……本校舎、かな……」

 

 掲示板で見た限り、部活はそれで全部ではないだろうか。

 一度本校舎に戻って探してみるか……と、生徒会室の前まで来て、身を翻す。

 その時だ。

 

 「うふふ、ねえ、貴方……」

 「!!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間の驚愕たるや。

 ……私は確かに、この学院に来る前に『毒』を抜いてきたから、昔ほど過激な思想も、邪悪な活動も、冷酷非道な判断もしない(つもり)だ。

 だが今の今まで背後に誰も居ない事に気付かず、まして()()()()()()()など――!?

 ぞぞぞっと背筋に震えが走り、どんな恐ろしい技量の持ち主が居るのかと戦慄して振り向く。

 

 「うふふ、『毒気の抜けた白蛇』さん。貴方……どう? オカルト部……」

 

 そこに居たのは、物凄く怪しい目で、不思議な笑みを浮かべた少女であった。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 彼女:ベリルも今年入学してきた一年生の平民だった。

 私達が思っている以上に《Ⅶ組》は、良い意味でも(悪い意味でも)目立っているらしい。

 

 ベリルも噂は兼ねがねと聞いていたそうだ。

 赤い制服で目立つ上に、新型のARCUSを所持。

 クラスメイトの面々は癖があるという事で有名だ、とのこと。

 

 確かにユーシス&ラウラという貴族の名門が所属していて、対立する立場のマキアスが居る。

 加えて留学生のガイウスは体格で目立つし、フィーも小ささで目立つ。

 少なくとも特徴的な奴が5人も揃っている時点で、一般常識的にはなんだそれはと思うだろう。

 

 ベリルの目は『貴方も十分目立ってるわよ』と語っていたが知らない振りしておいた。

 『そもそも貴方もフィーさんと似たような背格好よね』と語っていたが、そっちはもっと知らない振りをしておいた。

 

 オカルト部の部室に招かれた私は、とりあえず机に座って、話を聞いている。

 

 「うふふ、ベリルと気軽に呼んでくれて良いわ……。このオカルト部に誰かを誘う気は余り無かったのだけどね。貴方を見たからつい、脅かしてしまったの。ごめんなさいね?」

 

 つい、で背後を取られるほど、私は耄碌したつもりは無いのだが。

 そりゃあサラ教官とかなら出来るだろうが、さっき会ったフリーデル先輩でも難しいと思う。

 

 一回や二回は、素人だって経験があるだろう。

 背後からくる気配、あるいは背後に今まであった気配が変わる瞬間を――例えば足音とか空気の動きや息遣いで、集中すればある程度は察することが出来る。

 私とて、そこそこ修羅場を潜ってきた身なのだけど。

 

 「そんな怖い顔をしないで。うふふ、私は普通の平民生徒。ただ少し、色々なことを知っていたり、見聞きしていたりするだけよ」

 「……そ、それです。何故、私の事を……あんな風に?」

 「さあ?」

 

 私の疑問にベリルは、なんでかしら、と続けた。

 

 「昔からそう。何となく私は色々な秘密が分かる。――『読める』と言った方が良いかしら」

 

 彼女の眼は、吸い込まれそうな程に輝いている。

 黄色の虹彩の奥で、常人には見えない何かを見ているようだ。

 

 「それが漠然とした知識の時もあれば、逆に全く意味のない情報な事もある。知ろうと思えば因果を知れるわ。――貴方の事を予め知っていたとか、情報を掴んだのではないの。ただ貴方を見た時、さっきの表現が、一番に相応しいと思っただけ」

 「……余り他言されたくない、話です」

 

 無論、カタナ自身は知る由もない。

 入学式の日、リィンがカタナを『まるで安全な白蛇のようだ』と形容した事を。

 カタナの疑い深い目を受けて、ベリルは、改めて謝ると、今度は少しだけ考える様子を見せて、やがて淡々と語り始めた。

 

 「……そうね、私には伺い知れない闇が、この大陸にはあるのでしょう。その闇は歴史の仲で複雑に絡み合い、前に進んでいく。進むにつれて、大きく黒くなっていくわ。私でも予想が出来ない程に」

 

 ベリルの目がじいっと此方を見る。

 見透かすような眼の色。私は何となく居心地が悪い。

 心の中を見られていると言うよりは――言葉に出して、確認をしているようにも思える。

 

 「貴方は知っているのかもしれないけれども。きっとその闇の近くには、大きな『組織』みたいなものがあるんじゃないかしら。それはある時は誰かを誘導し、ある時は事件に干渉し、やがて段々と世界を覆っていく」

 「………………」

 

 ただの妄想で切り捨てるには、彼女の話は的を射すぎていた。

 その『組織』の一員であった私は、なんかもう彼女の指摘が鋭すぎて怖かった。

 

 ベリルは、何かしら異能を持っているのだろう。これは間違いない。

 世の中には唐突に《聖痕(スティグマ)》を発現して『星杯騎士(グラール・リッター)』になる人間も居ると聞く。女神の気まぐれか、悪魔の悪戯か、いきなり突然変異みたいな才能を開花させる人間が居るのだ。

 それが人為的なのか自然的なのかは関係が無い。

 《魔女》とか《土精》とか《錬金術師》とか密かに居る世界だ。

 ベリルがおかしな力を持ったとしても、それは良く(良くでもないが、時折は)ある。

 そして幸いにも此処まで、その異能を無事に抱えたまま生きてきた……と。

 

 彼女が私に声を掛けたのは何故だろうか。

 もしや自分が闇の中に入れるかと楽しみにしている高慢さを持っているのか。

 あるいは私を脅して虚栄心を満たすのか。

 それとも利用する監督役に躍り出るつもりだろうか。

 警戒する私は自然と口調が荒くなる。

 

 「……ベリルさ――ベリルは、ひょ、っとして、その……私には、好奇心で……?」

 「いいえ。好奇心じゃないわ。不安かしらね」

 「……こ、怖いですか? 私」

 

 予想外の答えに、少し警戒を解く。

 そうじゃないわ、とベリルは首を振る。

 さっきまでの『確認する視線』の意味を、彼女は説明する。

 

 「例えば、毎日毎日読んでいる本があるとするわ。たったの10頁で、その内容は記憶しきっている。だけどある日、唐突に、その本の内容が変わっていたら――不安になるでしょう?」

 「……な、なりますね」

 

 ベリルは、そういう感じよ、と微笑む。

 

 それは。それはまるで。

 私が世界に対して、『本来とは違う何か』を構築するようにすら思える――。

 そう告げているよう、感じられた。

 

 「私はこう見えて臆病者よ。見えてしまうが故に、逆に不安が大きくもなる」

 

 ……確かに、吸い込まれそうな黄色い瞳の中に、威圧感は全くなかった。

 敵意のような物は一切無い。彼女なりの不安の裏返し、だったという事だろうか。

 

 「貴方にも経験があるでしょう? 『知ってしまったら逃れられない』。『こんな事実なんて知らなければ良かった』。……だけど、相談できる人がいなくてね。ならば、その本人に直接って思ったのよ。貴方は間違いなく、新しい頁の重要な人だから。――だから」

 

 うふふ、と笑った彼女は、其処で一旦、言葉を切る。

 その後少しだけ迷う様に言葉を選び、やがて丁度良い答えを見つけたのか。

 決心したように続けた。

 

 「お友達にならない? エカターニャ・ニュムラティカ・アルビーさん」

 「…………は、はい?」

 

 呆けたように私は間抜けな返事をした。

 

 結論から言えば、私は『オカルト研究部』に所属することになる。

 そしてこれが、《Ⅶ組》以外の、貴重な親友との出会いだった。




 Q:ジェニスの保健室で本ばっかり読んでいた黒髪の少女?
 A:クロエ・バーネット。『暁』の主人公の一人。
 エステル達がリベールに帰還後、クロスベルで準遊撃士人生をスタートさせる。
 実はリィンとは非常に重要な設定を共有している。この伏線は後々……うふふ。

 Q:ジェニス王立学園の部活事情。
 1:クローディアがフェンシング部。
 2:クラブハウスの準備室に弓があるので、恐らくアーチェリー部はある。
 3:同じ部屋にイーゼル(キャンバス台)もあるので恐らく美術部もある。
 4:クラブハウス1階にいる女生徒ティラは吹奏楽部(PC版空FCだと誤字で吹奏部だけど)。
 こうしてみると結構色々描写されている。

 Q:カタナの部活。
 A:オカルト部。

 Q:ベリル。
 A:可愛い。
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