誰かが、私の体を揺らしている
「――――」
微かに聞こえるのは目覚まし時計のアラーム、ということはもう起床の時間になっているのだろう
起きなければ...ならない...
しかし、己の意思に反し、体は鉛のように重たく動かせない。昨夜の徹夜が祟ったのだろうか。
「――し―—か―—―ま―—―」
アラーム音の中、微かに誰かの声が聞こえる。どうやら艦隊の誰かが起こしに来てくれたらしい。鍵付きの私の部屋に入ってきたということは、きっとメイド隊の誰かだろう。私の身の回りの世話をしてくれる彼女たちには特例として部屋の鍵が渡されている。
ベルファストなら騒々しいアラームを止めた後、穏やかかつ確実に私を起こしてくれるだろう。
シェフィールドならベッドから私を蹴落とした後、目覚めのコーヒーを淹れてくれるだろう。
シリアスなら...ちょっとどうなるか分からないが、たぶん起きれるはずだ。
なに、このベッドもだいぶガタがきていて買い替え時だった。仮に彼女が粉々に破壊してしまったとしても問題はない。
自力での起床を諦め、起こしてもらう受け身の姿勢に入った私はこの後の展開予想を楽しんでいた。
「――――――..............」
アラームが止まった。ということはベルファストだろうか。
あぁ、なら大丈夫だろう。今日の私は穏やかな目覚めを迎えられ---
ズシリと、いきなり腹部に重たい何かが乗った? いや違う!これは誰かが私にまたがったのだ!
メイド隊なら絶対に行わない無言での乱行、すわ何事かと思い。慌てて起き上がろうとするも尋常じゃない力で両腕を抑え込まれる。完全にマウントを取られてしまった、こうなればもう何もできない。せめて私の寝起きを襲ってきた何者かを霞む眼で目視しようとして―—
「指揮官様ぁ、お目覚めですか~?」
聞こえてきた独特の調子の甲高い声に襲撃者の正体を悟る。メイド隊ではない彼女がなぜこの場にいるのだろうか...そして、なぜ起こしに来たはずの私の上に跨るのだろうか...様々な疑問を心の内に抱えながらも彼女に目を向ける。
まだどこか幼さの残る美しい少女の顔立ちと、それに相反するような豊満な体。
絢爛さを無くさない限界ギリギリまで露出を高めた改造キモノ。鮮やかな黒髪に深紅の瞳。
重桜の航空母艦「大鳳」それが彼女の名前だ。
私が抵抗を止めたことに気を良くしたのか、大鳳は上機嫌に喋りだす。
「うふふ、指揮官様、昨晩はよくお眠りできましたか~、昨日の執務で指揮官様が酷くお疲れになっていたのを
見て私心配でしたの~」
「そうか...ありがとう。ところで大鳳、この部屋にはどうやって入ったんだ?シリアスから鍵を借りたのか?」
どうやら彼女は私を起こしに来ただけらしい。ならば、この体勢はいったい何なのか是非ともお訊ねしたいところだが、今はそれより先に聞くべきことがある。この部屋に入るための鍵の入手経路だ。
職務に厳格なベルファストとシェフィールドが彼女に鍵を貸し出すはずがない。
だとすれば、色々抜けている所の多いシリアスから借りたのだと思うが、どうだろうか?
...大鳳が金庫やメイド隊から鍵を盗んだとは思えない。なんだかんだ彼女はそこらへんの超えてはいけないラインの分別はついている。
それはすなわち、指揮官の寝込みを襲うのはセーフと見做されているということだが。
「あぁ、それは-—」
彼女は己の豊満な乳房の深い谷間から、一本の鍵を取り出す。見覚えのない銀色の長鍵だ。
「作りました♡」
よく見ると鍵は所々歪んでおり、本人の言う通りハンドメイドの趣が有った。そう来たか、確かに盗んではいないけども。
パーティ用のドレスを自作できるほど手先の器用な彼女だが、金属品の加工にはさすがに不慣れらしい。
それでも、実際に作り上げ、使って不法侵入してくる彼女は、色々常軌を逸している。
「大鳳、そうだな...色々言いたいことはあるが、まず退いてくれないか?」
「嫌です♡」
腹立たしくなるほど艶っぽい笑顔で、私の要求をはねつけた彼女は首もとに手を伸ばしてくる。
彼女は丁寧な手つきで私の乱れた襟元を直すと、シャツのボタンを一つずつ外し始めた。
どうやら彼女は平日の朝だというのにやる気がまんまんらしい。
おそらく抵抗が無意味になるであろうと悟った私は自身の服を脱げていく様をボケっと眺めていると、ふと、彼女と目が合った。
ルビーのように深い紅色の瞳は彼女の幼さの残る顔立ちの中で異彩を放ちながらも、美しい。
私の好奇の視線に気づいた彼女は、瞳だけでなく頬も赤らめた後、今度は自身の着物をゆっくり脱ぎ始めた。
このまま彼女と仕事をほっぽり出して淫行に浸るのもなかなか魅力的な話である。
しかし、そうもいかないだろう。なぜなら、そろそろ―—―
「早朝からお盛んですね、ご主人様」
扉の向こうから声とともに撃ち出された砲弾は、部屋の扉を軽々とを吹き飛ばし、大鳳の脇腹に着弾した。着弾の衝撃はガタのきたベッドを叩き割り、私の頭部に数十センチの自由落下を強いて意識を奪い去った。
およそ十分後、意識を取り戻した私は、無傷の大鳳と砲撃の下手人であるメイド隊のシェフィールドとともにベッドの残骸が散らばる部屋の床で正座をしていた。そんな我々の前には、砲撃音を聞きつけて来たのであろう怒り心頭のメイド長が仁王立ちをしていた。
「お二方とも何か釈明はございますでしょうか?」
「「「ありません」」」
メイド隊の長であるベルファスト。彼女は常に滅私奉公を信条としており、これほど感情をあらわにすることは珍しい。
だが彼女の怒りももっともだろう。指揮官の私室への不法侵入と強姦未遂。指揮官の私室への砲撃。軍規に照らせば、即退役処分が妥当だろう。
―—もっとも、指揮官の適正が有ったからと言い無理やり徴兵されてきた身としては、軍規を守ろうという意識など到底湧いてこないのだが。
「いいですか、シェフィールド!私は普段から貴女のご主人様への接し方に対して不満を抱いていました。私たちメイドにとってご主人様は不可侵にして絶対。もちろんご主人様が道を誤ってしまった時には諫言をすることも必要ではありますが、それはあくまで諫言。ご主人様が意に沿わない行動をしたからと言ってその道を無理やり捻じ曲げるようなことはしていけませんし、増してや危害を加えるなど以ての外です!またそう言った意味では大鳳様も同様です。お疲れになったご主人様を労うのは推奨されるべき行為ですが、それはあくまでご主人様がお望みになった場合のみ。ご主人様の部屋に許可を得ず侵入し、寝込みを襲うなど言語道断な行いです!もちろん大鳳様はメイド隊ではありませんし、先に述べたようなメイドとしての責務も持ちません。ですが!これは指揮官の元に仕える艦船が陣営問わず遵守すべき当たり前の―—―」
ベルファストの説教は淀みなく続けられる。それをなかば聞き流しながら、自身の左隣で正座する二人に目を向けて観察してみる。
私から見て奥側に座るシェフィールドは静かに説教を聞きとめながらも、どことなく不満気だ。彼女の気持ちもまた分かる。リーダーとは言え自身より後輩の艦船に自身も重々承知しているメイドの何たるかを語られるのは面白くないだろう。
それに、おそらく今回の砲撃で彼女は私に危害を加えるつもりは無かった。演習用の模擬弾は本来なら私にまたがっていた大鳳を除けるだけだったがベッドにガタがきていたのが災いした。手段は手荒であったが彼女なりに私を大鳳から助けようとしてくれたのだろう。
だが、それはそれとして、彼女はいつも模擬弾を持ち歩いているのだろうか。
では、私の側に座る大鳳はどうだろうか。涙目で頭をうつむいている彼女にはベルファストの説教がかなり効いているように見える。鍵を複製して指揮官の寝込みを襲ったことを反省しているのだろうか?
いや、おそらくそれは違うだろう。彼女が気にしているのは、自身の行動の結果によって指揮官が怪我を負ったこと、その一点だけであり、不法侵入と強姦未遂については毛ほども気にしてないだろう。彼女は妙なところで繊細で妙な所でふてぶてしい。
その証拠に彼女はベルファストの説教を聞き流し、先程から申し訳なさそうに私の方に目を向けてきている。
では最後に改めてもう一度、私の左前方に立つ我らがメイド長。ベルファストに目を向けて観察してみる。彼女は永遠に続くかと思われた説教をついに止めて私の顔を無言で凝視している。どうやらとうとうツッコミを我慢できなくなったらしい。
「ご主人様...なぜ貴方まで正座をしておられるのですか?」
「場の空気を読んでいるのさ」
こうは言ったが、もちろん嘘である。こうして私が正座をしていれば、ベルファストの二人に対する説教が早めに終わると見込んでの行動だ。私のために怒ってくれるベルファストには悪いが、今この場で説教を長引かせる気はないのだ。
「...分かりました。ご主人様に免じて話はここまでといたします。お二人とも最後にご主人様に対して何か言うことは?」
「「「誠に申し訳ございませんでした。」」」
ベルファストは最後に深く嘆息すると、部屋の隅で事態を見守っていたシリアスを呼び出し、片付けを始めた。
それに合わせて、シェフィールドと大鳳が正座のまま私に向き直り、改めて謝罪の言葉を投げかけてくる。
しかし、私はそれを手を軽く振って止めさせる。そもそも私が起床時間に時間なっても寝こけていたのがことの発端だ。彼女たちに責が無いとは言わないが一方的に謝らせるのは間違いだろう。正座をしていたのはそういった意味もある。
そしてなりより言って今回のような事態は日常茶飯事である。いちいち気にするほどのものでもないのだ。
例えば今からひと月ほど前の話だが、私の部屋に鍵が無かった時期が一週間ほどあったのだ。とあるメイドが部屋の清掃の時にうっかり破壊してしまい、また、運悪く敵の妨害工作で物資の流れが滞っており鍵の取り替えもできなかった。
それから交換用の鍵が届くまでの七日間、私の部屋は毎晩戦場と化した。指揮官に夜這いしに来た者、指揮官を守ろうとした者、戦場の空気に興奮した者、野次馬しようとして巻き込まれた者、騒音で眠れなくてキレた者、面白半分に戦いを煽った者。様々な思惑が入り乱れた局地的大戦争は正に地獄だった。
広い海原で行うべき艦隊戦を屋内で行ったのだ、当然である。結果、私の部屋は跡形もなく吹き飛んだ。
そして、こういった騒乱はうちの母港ではちょくちょく起こる。それらに比べれば今回のはちょっとしたお遊びに等しい。
あるいは、ベルファストの説教も再発防止より問題を起こす仲間に対するうっぷん晴らしの意味合いが強いのかもしれない。
この色物ばかりが集まる母港で唯一と言ってもいい常識人だ。色々、溜まるものがあるだろう。
これらのことを話すと、何度か室内航空戦に参戦したことのある大鳳は気まずそうな顔をし、自身のいる母港の無法地帯っぷりを改めて聞かされたシェフィールドは呆れた顔をした。さもありなん、部下の制御をまるでできてない無能指揮官への常識的な反応だ。
いや、これでも私は頑張っているのだ。だが、ウチの母港に着任する面子はどいつもこいつも癖が強すぎる。それに加え、艦船は生まれ持った性質から変化をし辛い。この母港をどうにかできる手腕を持つ指揮官ならそもそも艦船を使わなくてもセイレーンを撃退できる、そういったレベルだ。
まぁ私が有能であろうが無能であろうが、今するべきことは部屋の片づけだ。
メイド隊と大鳳と協力して手早くベットの残骸を集め始める。急がないと朝食を食べる時間がなくなってしまう。
...しかし、ベルファストには随分負担を掛けている。全ての問題を事前に防ぐなど無理難題だが、事後処理だけでなく問題を減らすための努力に今一度私自身も力を注ぐべきだろう。
ちょうど一つ、これから起こりそうな問題の目星がついたところだ。
朝の騒ぎから数時間後、午前中の執務を終わらせた私は休憩時間に大鳳の私室へと向かっていた。
今の時間、大鳳は委託に出ており、彼女の部屋には誰もいない。
つまり、私は今朝の大鳳にされたのと同じように彼女の私室に不法侵入しようとしているのだ。
もちろん、これにはちゃんとして理由があってのことだ。
私が気絶している間に、ベルファストが大鳳から鍵を没収したらしいのだが、
その話をシェフィールドから聞いた時から私は違和感を感じていた。
「あの大鳳がそう簡単に鍵を手放すか?」と。
これは勘だが、おそらくアレには予備がある。予備の鍵があるから無駄な抵抗をしなかったのだろう。彼女がどのような方法で鍵を作ったのかは不明だが、鋳型を作成したなら複製も簡単だろう。
よって、私は母港の治安を守るために、その予備鍵と作成キットを処分しに来たのだ。
重桜の寮の一番入り口から遠い部屋。他の艦船の部屋から幾つかの空き部屋を挟んだところに彼女の部屋はある。「大鳳」と飾り気なく書かれた表札、これが彼女の部屋だろう。懐から指揮官用のマスターキーを取り出し、鍵穴に差し込もうとして、気付く。鍵を持つ手が震えている。
この先にあるのは、大鳳の部屋だ。この母港でも一二を争う愛の重さを誇る、大鳳の部屋だ。
部屋一面に私の顔写真が貼りつけられていたり、指揮官と大鳳の結婚生活を緻密に書いた妄想日記なんて物があってもなんらおかしくないのだ。はっきり言って入るのがちょっと怖い。
だが、合鍵とその作製キットの処分は早期に行わなければならないことだ。
なぜなら、うちの母港には大鳳よりヤバイ艦船が何人もいるからである。
もし、彼女たちの手に複製された合鍵が行き渡ったりでもしたら...
我が母港から、安寧の二文字が消え去るだろう。メイド長と私の胃に穴が開く
やるしかない、意を決して、鍵を差し込み部屋の扉を開けた―—―
簡素な部屋だった
備え付けのベッド。裁縫などに使うのだろう作業用の四角机。工芸用品が整頓されている大型の収納棚。壁に埋め込まれた何の代わり映えのない衣装棚。
毎日生活する部屋ならばもう少し飾り気というものが出てくるのではないだろうか、それが年頃の乙女ならば尚更だ。
そして、そんな中で机上に置かれた手製と思わしき写真立ては目を引いた。
写真立てには、私と大鳳のツーショット写真――以前パーティで彼女にお願いされて撮ったもの―—が大事そうに飾られていた。
自身の想定とは全く違う部屋の様子に愕然とする。
これが高雄やグラーフのように妙齢で軍人然とした者の部屋ならば納得できる。
しかし彼女らに比べて一回り若く、外見で言えば母港の中でもひと際に派手な彼女の自室がこんな寂しい有様だとは...
確かに大鳳はああ見えて一種ストイック的な側面がある。
例えば彼女の趣味である裁縫も料理も全て私のためにやっている。
衣服選びも髪型のセットも指揮官である私の好みに合わせてのもの。
とは言え大鳳にはアルバコアという友人も居るし、なんだかんだ面倒見のいい彼女はけっこう年下の子に慕われている。彼女は彼女なりにここでの生活をエンジョイしてはいるのだ。
だから、私も彼女のそういった性質を薄々理解しながらもそこまで問題視していなかったのだが...
だが、だからと言ってこの部屋はちょっと見過ごせない。依存気質で寂しがりやな彼女を独りこの部屋で暮らさせるのは良くない気がする。お節介かもしれないのだが、それでも。
それに何というか、こう、切ない。いじらしさを通り過ぎてとても切ないのだ。
この部屋で大鳳が毎晩一人で寝泊まりして、休みの日には机の上の写真を眺めながら私のために衣服や合鍵を作ってたと思うと...泣きそうになる。
今すぐなんらかの対応を取るべきだ。
どうしようか、彼女の部屋に誰か同居人がいれば良いだろうか。
しかし彼女には姉妹艦がいないし、アルバコアは陣営が違う...どうしたものか。
合鍵のことを忘れて様々なプランを練りながらとりあえず、部屋から出ようと扉の方を振り返った私は、
「指揮官様...?何をしておられるのですか...?」
部屋の入り口で呆然と立ち尽くしている大鳳と目が合った。
やべぇ。どうしよ。