ただし、その女の子はこの上なく愛にひたむきで、おっぱいがとっても大きいものとする。
『ヤバイ!なんでだ!?どうする!どうなるんだコレ⁉』
部屋に帰ってきた大鳳と目が合ってからの約五秒間、私は帰ってきた部屋主との遭遇にただ愕然としていた。こんなの完全に想定外だ。
今の時間帯、大鳳は本土まで出向いて物資輸送の護衛をしているはずなのだ。私が昨日それを決めたのだから間違いない。だったら、艦隊の職務に対しては真摯な彼女が部屋に居るなんてことは絶対にありえないはずなのだ...
だが、現実に彼女は此処に居てしまい、指揮官が自身の部屋に不法侵入している姿を目撃してしまった。彼女も指揮官がここに居るとなど思っていなかったのか、先程から私の顔を見つめながら呆然と立ちすくんでいる。
どうするべきだ...?事態は非常に切迫している。
傍から見たら今の私は『婦女子の部屋に侵入した変態泥棒(指揮官)」にしか見えない。いくら盲目的に私に愛を向ける大鳳と言えどさすがに幻滅し排除しにかかってくるのでは。
だが、彼女に侵入の理由を言うことはできない。私の目的は彼女にとっては私のために頑張って作った鍵を破壊することだ。言えない...いくら彼女でも、いや狂的な愛を持つ彼女だからこそ激怒するだろう。
私に今できるのは祈ることのみ。大鳳が『指揮官様~!ついに大鳳の愛を受け入れる気になってくれたのですね~!』みたいな反応を返してくれるごく僅かな可能性に掛けるしかない...!
―――「指揮官様。」
「な、なんだい?大鳳?」
大鳳の声からは何の感情も感じ取ることができなかった。普段の彼女からは想像できないほどに平坦で低い声。私死んだかもしれない。
私に声を掛けた彼女は、こちらにゆっくりとした足取りで歩いてくる。何故かその顔にはわずかに微笑を浮かべており、非常に怖い。彼女が無言で一歩一歩近づいてくるたび、自身の心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。
どうする?今すぐ床に身を投げ出し彼女に謝罪をするべきか?こんな時のために重桜式の土下座を普段から練習している。練習の成果を発揮するか内心悩むが、しかし、彼女から視線を外したらもっとヤバイことになる気がする。
結局、手の届く距離まで大鳳が近づいて来ても私は何もすることができなかった。
私のすぐ傍まできた彼女は、さらにもう一歩踏み込み私の肩を掴んできた。そして掴んだ肩を支えに背伸びをすると顔を近づけ私の瞳を覗き込んでくる。親しい間柄の者にしかできない距離感。そこまで距離が近づいても、お互い何も言わない。私は彼女への恐怖と戸惑いから何も言えなかった。
彼女は...なぜなのだろうか?
間近で視る彼女の瞳には、私の楽観かもしれないが怒りも軽蔑も見えない。むしろその真逆ともいえる悲しみと寂しさのようなモノだけが浮かんで見えた。
彼女は僅かに口を開けると、囁くような声でこう言った。
「指揮官様は大鳳のことが怖いですか?」
「当然ですよね...今朝も、この前の指揮官様をめぐっての喧嘩のときも大鳳は指揮官様に危ない思いをさせてばかり...」
「指輪、だなんて、到底...」
独り言かと思えるほど小さな声で最後はほとんど聞き取れなかったが、彼女は確かにこう言った。だが、普段と違う様子の彼女に私はただ戸惑うばかりで、何も言葉を返すことができなかった。
そんな私を見て取ったのか、大鳳は今度は幾分かはっきりとした声で「余計なことを言ってしまいましたわ。申し訳ありません指揮官様、忘れてください」と言い二歩下がってから頭を下げた。そして、はっきりとした足取りで部屋の隅にある収納棚に向かった。そして、棚から手のひらぐらいの小さく細長い木箱とその三倍ぐらいの大きさの正方形の木箱を取り出すと、机の上に置いた。
「こちらは大鳳が作った合鍵の予備とその作製に使ったもの一式です。」
彼女が小さい方の箱を開くと、確かにそこには今朝見た鍵と同じような銀の長鍵が入っていた。上手くできた方の鍵を普段使う物にしたのかこの鍵は傷や歪みが目立った。
この鍵と横の作成キットこそ私が探していたものだ。しかし、なぜ...?
「指揮官様はこれを処分するために、大鳳の部屋にお入りになったのですわよね?そうでもなければ、指揮官様が大鳳の部屋に勝手に入るわけがないですもの。」
どこか寂しげに微笑みながらそう語っていた彼女は一転笑みを消し顔を俯けた。
「大鳳はずっとメイド隊の子たちに嫉妬してましたわ。何であの子たちばかり指揮官様のお部屋に入れるのか、大鳳だって...大鳳だって指揮官様のお傍にいたいと!」
「それで鍵を作って指揮官様のお部屋に入って、そして指揮官様を大鳳の物にしようと...」
「大鳳は本当に馬鹿です、そんなことで指揮官様が大鳳を愛してくれる訳がありませんのに...」
「今朝の一件、本当に申し訳ございませんでした、指揮官様。」
「大鳳の軽率な行いのせいで、指揮官様にご迷惑をお掛けしました。これらは指揮官様にお渡しし、二度とこのようなことはしません。」
本当は後で私の方から出向いてお渡ししようと思っていたのですが...彼女はか細い声でそう付け加えた。今まで抑えていた自身の内心をさらけ出した彼女は本当に弱々しくて、このまま自分を責め続けて何処かに消え去ってしまいそうだった。
大鳳は想像だにしてなかっただろうが、彼女の懺悔と謝罪は私の心を強く激しく揺さぶった。彼女に抱いていた私の心象をガラリと変えてしまうほどに。
「...分かった大鳳、君の言う通りにこの鍵は受け取らせて貰おう」
二つの木箱を手元に寄せる。そして、私は小さな木箱を懐に入れるのと入れ替わりに黒い鍵を一本取り出す。
その鍵を目にした瞬間大鳳の目が大きく見開かれる。その反応も当然だ。これは彼女が心から求めた指揮官の部屋の鍵だ。
「大鳳、これはお願いではなく命令だ!一つ、今日の一連の出来事を他の者に絶対に口外しないこと!二つ、今後二度と指揮官の私室に許可なく立ち入らないこと!三つ、今朝の一件の罰則として迷惑を掛けたメイド隊の業務を一部肩代わりすること!」「この鍵は業務遂行のために特例として貸し出す!失くすなよっ!以上!命令終わりっ!!」
『命令』なんて偉そうな言葉、うら若き乙女を命がけの戦場に送り込む下種が使っていい言葉だろうか。だが、母港の平穏、大鳳の罪悪感、私自身の言動、色んな理屈をすっ飛ばして彼女にこの鍵を渡すには理不尽な『命令』が唯一の方法だと思ったのだ。
私の命令を聞いた大鳳は戸惑いがちに私の顔とさし出された鍵の間で視線を彷徨わせている。
「どうした大鳳、命令だぞ、鍵を受け取れ。」
「指揮官様は...大鳳に同情なさっているのですよね...でしたら、大鳳はその鍵を受け取れません。」
「違う!同情じゃない!」
私がいきなり声を荒げたので彼女は驚いた顔をしている、だがそれだけは否定せねばならない。私は悲しんでいる彼女への同情や哀れみでこの鍵を渡すのではない。私はこの鍵を―—―
「君に持っていて欲しいと思ったから渡す。単なる私のわがままだ!」
「ただし、私が命令するのはメイド隊の業務の肩代わりだけ、業務内容は定めない。君のしたい業務にその鍵が不要だと言うなら鍵を返却してくれ。...どうする?」
「謹んで...命令を拝領させていただきますわ...指揮官様...」
個人的な感情に基づいて私は大鳳に肩入れした。この行いへの反発は少なからず起こるだろう。だが、この選択は間違っていない。間違いだったとしても絶対に後悔はしない。鍵を手に取って泣き出してしまった彼女を慰めながら私はそう思った。
「疲れた...死ぬ。殺される、部下に殺される...」
「お疲れ様です、がいちっ...ご主人様。しかし、お言葉ですがこの現状はご主人様の自業自得では?」
秘書艦のシェフィールドの言葉がナイフのように心に刺さる。彼女の適格すぎる指摘はいつもにも増して私の心を傷つける。私も大鳳に鍵を渡すことによって、一部の艦船が暴走を起こすことは予測していた。だが、まさか、ここまで激しいとは...
ちょうど執務室の窓からは母港中庭の上で零戦と烈風がドッグファイトをしている光景が見える。微かに聞こえる怒号から、おそらく喧嘩しているのは隼鷹と加賀か。両者の力量を鑑みるにそろそろ加賀が勝利して終わるだろうから仲裁は要らないだろう。
大鳳がメイド隊の業務を一部手伝うことになってから、今日までの三日間。母港はとても荒れた。一ヶ月前の焼き直しのような私闘乱闘決闘のオンパレード。
唯一前回と異なる点と言えば、私自身がその闘争の渦の中に直接乗り込んで止めに入っていた点だろうか。もちろん生身で軍艦に敵うはずもなく余波だけでボロ雑巾にされる有様だったが、何だかんだ私が仲裁すればほとんどの艦船が喧嘩を止めてくれた。ほとんどは、だが。
全身全霊での仲裁の結果として、三日目にして騒動はなんとか収束に向かっている。先程の航空戦はあくまで余興のようなものだろう。
騒動が早期収束したのには、渦中の人物であった大鳳が穏健な態度を貫いてくれたのも大きい。鍵の存在が彼女の心に余裕をもたらしたのか、いかなる挑発も柳に風と言わんばかりに受け流し、相手を冷静に宥める。一ヶ月前の彼女とは別人のような大人びた立ち振る舞いだった。
まぁ、その余裕のある態度が相手の怒りに油を注いだことも何度かあったのだが・・・
私が今しているのは騒動の後始末、主に壊れた備品の注文だ。本土から備品を輸送してもらうには相応の手間がかかるため、馬鹿正直に『喧嘩のせいで備品壊れました』などと書くわけにはいかず、毎度理由づけには苦戦している。しかし、かなり苦しい言い訳を続けているにも関わらず本土からお叱りがこない辺りから察するに、艦船の居る母港はどこも同じような治安なのかもしれない。
「ご主人様、コーヒーを淹れました。どうぞ。」
「ありがとう、シェフィー。」
疲れた脳にはコーヒーが一番だ。脳裏までカフェインが活力を入れてくれる。すると忙しさのためにずっと忘れていた疑問を思い出した。
「そういえばシェフィー、三日前に大鳳の怪我を心配して委託を代わってあげたらしいな?」
「...えぇ、そうです。ベルファストがそうしろと言うので、仕方なく。」
泣き出した大鳳を慰めている時に聞きだしたのだが、あの日大鳳が母港に居たのはシェフールドから、砲撃を当てたお詫びとして委託任務を交代してもらったかららしい。砲撃を喰らっても無傷だった大鳳はその申し出を断ろうとしたのだが、今度は実弾を装填しだした相手を見て諦めたそうだ。
「でも、正直なところ君らしくないな。『ご主人様の寝込みを襲った貴女が悪い』と君なら言いそうだが。」
「...改めてそう言われると不愉快なのですが...実際に私もベルファストに同じことを言いました。そしたら、」
「そしたら?」
「『大鳳様には今日中にご主人様に渡すべきものがあるのです』とだけ...」
...なるほど、我が母港のメイド長はやはり優秀だ...
ご主人様である私も頑張らなければならないな...
では手始めにこの書類をとっとと終わらせて、中庭で気絶している隼鷹を医務室に放り込む。そしたら、そのまま岬まで行って委託の子たちを出迎えに行こう。
確かこの時間に帰ってくる委託組は...机端の書類に目を通す。すると、その中には彼女の名前が有った。寂しがりやな彼女のことだ、きっと出迎えに喜んでくれるだろう。
そう思うと体に力が湧いてきた。さぁ、仕事に取り掛かろう。