※ただしイケメン指揮官に限る。   作:竹輪良

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赤城、シリアス編 ドMメイドは挫けない

 九つの尾っぽが目の前でゆらゆらと揺れている。書類の文面を追っていた目がついつい惹きつけられてしまう。

 執務机の正面下からとび出している大きなそれは、今日の秘書官の赤城のものだ。

彼女の焦げ茶色の狐尾は、その毛量に反して先端まで美しく整えられており、枝毛の一つも見受けらない。その毛並みからは持ち主の努力の程が窺える。

もしかすれば、この母港で一番美容に時間を使っているのは彼女なのかもしれない。

 

 赤城の自慢の尻尾を観察していると、その動きが止まる。机から落ちた書類を拾い集め終わったらしい。彼女が背を伸ばしこちらに向き直ると、その美しい尻尾は彼女の体に隠れてよく見えなくなってしまった。

「はい、どうぞ指揮官様。次からは落とされないようお気をつけ下さい。」

 

 赤城の言葉に頷きながら書類を受け取る。彼女と執務を朝から始めて昼休憩を挟みんで数時間。結構なペースで届いた書類を裁決しているが、まだ書類の山は残っている。ボケっと彼女の尻尾を眺めている余裕はないのだ。意識を切り替えて仕事を再開する。

 

 先程見ていた書類に判を押し、次に赤城に拾ってもらった書類を確認する。本部で新たな艦船が建造されたことの報告書みたいだ。重桜と鉄血の艦船の潜水艦が数隻ほど新しく建造されたらしい、うちの母港では潜水艦が少ないのでこの報告はなかなか興味がそそられる。どうにかしてうちの母港に来てくれないものか。

 

 二枚目の書類を見るとその新しい潜水艦たちの写真が載っている。

これは...またスゴイ子たちが来たものだ...露出度的な意味で。軍の公式文書とは思えぬほどに肌色が多い。海に潜る必要のある彼女たちは水の抵抗が減らすため水着を着ている...らしいが、それなら露出度の低い競泳水着でいいのではないか。

 まぁ、艦船の服装について今更気にするなど野暮にも程があるのだが、それでも気になってしまう。特に今回写っている子はみな幼い少女ばかりで犯罪臭がヤバイのだ。見ろ、特にU101ちゃんの小股の切れ上がった水着なんて犯罪そのも―—―

「し・き・か・ん・さ・ま・ぁ? その書類の何がそんなに気になるのですかぁ??」

 

 威圧感たっぷりの声が頭のすぐ後ろから降ってくる!慌てて振り向こうとして肩を強く掴まれて固定される。いつの間にか赤城は背後に回っていたらしい。小股に気を取られすぎて全く気付かなかった...しまった、彼女は拾う時にこの書類に目を通しているのだ。となれば、書類を読む指揮官の反応を注視しているに決まっている。

 

 慎重に頭だけ振り向いて、彼女の様子を伺う。表情は引きつってはいるがまだ笑顔。獣耳は僅かにヒクつき。尻尾は毛を逆立てながら左右に小刻みに揺れる。

 

 大丈夫だそこまで彼女は怒っていない。私の指揮官としての勘がそう言っている。不愉快だがまだまだ冷静、私がこの書類を目の前から退かせば赤城はすぐに怒りを収めるだろう。落ち着いて対処すれば何も恐れることはない、そもそも赤城が私に対して直接的に暴力を加えたことは一度も無いのだ。...四肢を切り落として監禁すると脅されたことはあるが。

 

「あらあらあら!指揮官様ったらそんな慎みのない恰好をした小娘どもに目を惹かれなさって...少々躾が必要なようですわね。」

「待て待て!赤城!私は母港に少ない潜水艦だから戦力として気になっただけであってだな」

 

 思いのほか不穏なことを言い出した赤城に慌てて弁明をする。最近あまり構ってあげれなかったからか彼女は少し荒っぽい。これは最悪の場合この書類を彼女の前でシュレッダーに掛けるぐらいはする必要があるかもしれない。まぁそれぐらいは仕方ないだろうと軽く考えていた私の余裕は、コンコンと執務室の扉から響いた軽いノックの音にかき消された。

 

 

「誇らしきご主人様、お入りしてもよろしいでしょうか?」

 

 最悪のタイミングでの来訪者である。声からして来たのはシリアスか。普段なら諸手を挙げて歓迎するところだが今はマズイのだ。

 

 再度、こっそりと私のすぐ後ろに立つ赤城に目を向ける。表情は能面のような無表情、獣耳は細かく痙攣、尻尾は大蛇のように激しくのたうち回っている。先程からバダバダバダと彼女の尻尾が床を叩く音が聞こえてくる... 

 まずい、だいぶ怒っている。怒りの対象にいつ爆撃を始めてもおかしくない状態だ。この場合の爆撃目標は指揮官との二人きりの時間を邪魔したシリアスだろう。

 

 このまま執務室内での空襲を行わせるわけにはいかない。仕方ない、シリアスには悪いが帰ってもらおう。彼女の声色からして火急の要件ではないのだろうし。などと、うだうだ考えていた時間が良くなかったのだろうか。

 

「あぁ~シリアス?ちょっと今取り込み「良かった!中にいらっしゃるのですねご主人様。失礼します。」

 

 ご主人様の返事を待たず、カートを押しながら入室するロイヤルメイド。

 

「ご主人様が執務でお疲れと思い、このシリアス僭越ながら甘味を用意させて頂きました。」

「以前の失敗を踏まえて、シェフィールド監修の一品です。よろしければお召しあがりを」 

 

 冷汗が頬から机の書類に垂れる。バチンバチンと赤城の尻尾が先程よりも激しくのたうつ音がすぐ後ろから聞こえる。

 最悪だ...今このタイミングで自作スイーツ。特大の地雷を踏みぬいたシリアスに恨み言を言いたくなる。彼女は善意で作ってきてくれたのだろうが、タイミング悪すぎる。

 

 

 手元に目線を落とす、書類が広がる机の上にポツンと置かれた食べかけの羊羹。赤城が私のために先程持ってきてくれた和菓子である。

彼女いわく「指揮官様のために愛を籠めて材料から自作しました。」

とのこと。常識的に考えれば誇張が過ぎる発言だが、赤城ならそれぐらいのことはやりかねないのだ。

 

 そんな愛と手間で激重なスイーツを食べてもらっている時に、別の女が横から自作スイーツ持参で割り込んできたら赤城は当然激怒するだろう。私の不埒な行いに苛立っていたのだから尚更だ。

 

「ロイヤルの下働きがぬけぬけとっ!...駆除してやるわ!!」

「待て赤城!ここで暴れると、君と二人で協力して終わらせた書類がダメになってしまうぞ!」

 

 彼女にはこういう説得がよく効く。事実今にも艦載機を発艦させそうだった赤城だが、私の一言でギリギリ思い留まる。

 『今のうちに、可及的速やかにかつできるだけシリアスを傷つけない手段でスイーツを持って帰ってもらう!』 

 私のそんな決意も空しく、いつの間にか書類を退かして机の上に嬉しそうにパンのような見た目のスイーツを置きだすシリアス。まだ食べるとは一言も言ってないのに!うちのメイドはどいつもこいつも押しが強すぎる!

 

 「シ、シリアスっ待つんだ!ちょっと今はお腹いっぱいなんだ、今度にしてくれ!」

 「誇らしきご主人様、シリアスの料理の腕がお気にめさないからと言って、嘘を言うのはお止め下さい。ご主人様は今日朝食を摂っておられず、昼食も量を減らしていたはずです。」

 「うっ、それは――「今の話は本当ですか指揮官様?」

 

 あぁマズイ、絶対過剰に反応するから赤城には隠していたのに。徹夜明けで胃に物が入らないかっただけなのだ。状況がどんどんややこしくなっていく...

 

 「大丈夫です誇らしきご主人様、この甘味はスポテッドディックと言いまして、先程も言ったようにシェフィールドに手伝って貰いながら作った一品です。以前のように砂糖と塩を間違えたり、卵の殻が混入したりしてません!」

 「貴女そんなモノを指揮官様に食べさせたの!!?」

 「ご主人様はロイヤルの甘味が好物だと聞きました、これなら今のご主人様でも美味しく食べられるはずです!」

 「そうなのですか、指揮官様。私...そんなこと初めて聞きました...」

 

 今日に限ってやたら強情なシリアスの口から飛び出す爆弾発言に赤城のボルテージはどんどん上がっていく。忠義者のシリアスは私のことを気遣ってくれているだけだ、食の足りていない私のために他の子に習ってまで苦手な料理をしてくれた。ただ、彼女

はその忠誠心ゆえに私のことしか目に入っていない。私の後ろで暗い殺気を放ち出した赤城のことが見えていないのだ...

 

 マズイ、このままでは死ぬ。シリアスが、ではない。私が死ぬ。

こう見えて母港でも武闘派なシリアスは赤城の全力攻撃を喰らっても凌ぎ切るだろう。だが、この狭い室内でストッパーの外れた赤城の爆撃が行われれば指揮官は余裕で死ぬ。

赤城は私に配慮してくれるから死ぬほどの危険は無いのではないか?そんな甘い想定はできない。

 

 「止めろ赤城!!私が!死ぬ!」

 「大丈夫です、指揮官様。死ぬのはあの下劣な雌豚だけです...」

 

 確かに赤城はどれほど冷静さを欠いても私を避けるようにして爆撃をするだろう。だが、彼女の相手はあのシリアスだ。指揮官の手を煩わせないために、母港での争いに率先して仲裁に入って毎度戦火を拡大させることに定評のあるシリアスなのだ。

 もちろんシリアスだって私を絶対に巻き込まないように応戦するだろう。だが『シリアスが撃ち落とした艦載機が衝突する』『砲撃によって崩落した天井に潰される』などの間接的な死の危険は多いにありえるのだ。

 少なくとも私の勘はこのままでは間違いなく死ぬと言っている。

 

 「フ、フフフ、以前から貴女たちメイド隊は不愉快で不愉快で不愉快で仕方が無かったのよ...

  丁度いい機会ね。指揮官にたかる目障りな害虫めが!!殺してやるわ!!」

 

 赤城がついに艦載機を発艦させる、明確な殺意を受けてシリアスも咄嗟に艤装を展開して迎撃の構えをとる。逃げ出す暇もなく両者の間に挟まれた私。

 

 少し前までの私なら、このまま何も出来ぬまま戦いに巻き込まれて屍を晒していただろう。だが、私はこの前の大鳳との一件で学んだのだ。艦船を、人ならざる彼女たちを御するには理屈ではなく心で向き合うべきなのだと!自身の思いを全力でぶつければ彼女たちは答えてくれるのだと!

 

 

 「赤城ぃ!!!」

 椅子を蹴り飛ばして立ち上がった私は今まさに艦載機を突撃させんとする赤城に正対する。怒り狂った赤城は修羅のような形相をしており、周囲に漂う艦載機の存在も相まってその威圧感は尋常ではないが臆してはならない。

彼女の足元へと跳びこむ。私の跳躍に驚いた赤城が後ろに下がろうとするがもう遅い!刮目するがいい、これこそが山城から習得した私の最後の切り札。

 

 

 

 「どうか喧嘩をしないで下さいお願いします!」 重桜流謝罪作法、土下座だ!

 

 相手に対する全面的な降伏を意味するこの土下座は、相手の怒気を大きく削ぐ代わりに行った者の威厳を著しく損ねる諸刃の剣である!ぶっちゃけ指揮官である私が部下に対してやったら信頼ガタ落ちの悪手だ。しかし、ここは密室で目撃者は忠誠心が過剰積載されたシリアスと赤城のみ。この場においてはローリスクハイリターンな必殺奥義だ!

 

 「し、指揮官様、どうか頭をお上げ下さい!」

 

 効果は覿面、殺意のオーラを放っていた赤城はすっかり意気消沈し、艦載機を消して慌てふためいている。

 私の勝利である。むかし勲章をうっかり破壊した山城が土下座をした時に存在を知って、特に問題児の多い重桜艦船用にこっそり練習をしておいて良かった。あの鏡の向かって頭を垂れる惨めな時間は無駄ではなかったのだ。

 

 「誇らしきご主人様...いったい何を…?」

 

 土下座を知らないシリアスの困惑した呟きが耳に届く、『誇らしき』そのフレーズが少し心に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと...時間が経って冷めてしまいましたが、食べていただけますでしょうか?」

 指揮官の全力の土下座から二時間ほど経った。委縮する赤城と困惑するシリアスを強引に動かし、三人がかりでの執務でようやく全ての書類を裁決し終わった。ぶっちゃけ二人での時より効率は悪くなったが、協力して執務をこなすうちに赤城のシリアスに対する態度も軟化した気がする。

 おそらくそれは執務中のシリアスのドジっぷりを見て『コイツに指揮官様を取られる心配は無い』と判断したからだろうが...それでももう良いだろう。

 

 

 執務が終わって来客用のソファーで一息ついていた所で、シリアスからスイーツを食べないかと提案された。そういえば忙しくて忘れていた。羊羹の方は書類に目を通しながらパクりと残りを食べきってしまったが、そちらは残っていた。夕食ももう近いので本当は食べない方が良いのだろうが、せっかく作ってくれたのだ頂こう。シリアスに肯定を返すと嬉しそうに部屋の隅に置かれていたカートから二人分のスイーツを皿に載せて持ってくる。

 

 そう二人分だけなのだ。まさかのシリアスから赤城への宣戦布告かと思いギョッとする。だがシリアスは私と赤城の前に皿を置くと、

 「それでは誇らしきご主人様、赤城様、執務お疲れさまでした。不祥のメイドが足を引っ張ってしまい申し訳ありません。このシリアス今後も精進して参ります。」

 と頭を下げてから一人だけ退室しようとする。いや、ここまできてそれは無いだろう。私は慌てて彼女を呼び止めようする。

 

 「メイド、貴女も食べなさいな。」

だが、その前に赤城が口を開いた。赤城の声に親愛の感情は無くシリアスに顔を向けてもいない。

 「しかし、シリアスは...メイドで...」

 「いいから食べなさい、優しい指揮官様が貴女だけ食べないとお気になさるでしょう?」

 

 困惑してこちらを見てくるシリアスにうなずく。それでもまだ少し戸惑っていたシリアスだが、少ししてカートから自分の分の皿を持ってきた。そして、シリアスは私の対面に座る赤城の横に座った。

 「...何でこっちに来るのかしら?」

 「メイドが上座に座る訳にはいきませんので...」

 

 いかにも嫌そうに嘆息する赤城に思わず笑みがこぼれる。

 どうやら今日の遅めのおやつの時間は和やかで楽しいものになりそうだ。

 

 

 

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