この素晴らしい世界にもナワバリを!   作:黄金の鮭

17 / 20

・ナワバリバトル
 強い縄張り意識を持つインクリングのナワバリ争いに、ルールを設けたものがナワバリバトル。イカはナワバリバトルをすることで、ナワバリを広げたい欲求を自然に解消している。


幽霊屋敷へお引越し

 ギルドから我先にと出て行った冒険者のほとんどが無傷で帰還し、ハコビヤの残党の討伐は無事に成功した。現在はアクア主催の宴会が開かれ、酒や料理、アクアの宴会芸を楽しむ者で溢れてい

るが、ダクネスはその様子を受付から静かに見守っていた。

 

 仲間を守る騎士としての役割をこなしているダクネスは、カズマのパーティの中でも特に警戒心が強く、身分が証明できないような人間には取り分け厳しい態度を取ることがある。カズマやアク

ア、そしてめぐみんや3号も信頼しきっている人物を、彼女は未だに信用していなかった。

 

『ワタシに話があるそうだね…… 聞きたいことがあるなら、できる範囲で答えるよ……』

「私が聞きたいことは1つ、あなたの正体だ。3号と違って、あなたには秘密が多すぎる。ある時から一瞬でギルドの受付に置かれ、今ではサーモンランの他に様々なクエストを受け持っているそう

だな。今日のように巨額の報酬を用意できたことも、何か裏の事情を疑わざるを得ない』

 

『ワタシはクマサン商会を取り仕切っている者だ…… ほうしゅうに関しては、真っ当なお金を用意しているよ。この世界では、金イクラのエネルギーを使った道具で商売させてもらっているね』

 

 大したことはしていないと話すクマサンを疑いの目で見続けているダクネス。主に貴族に金イクラのエネルギーを使った道具を提供したり、ウィズの魔法店に技術を伝えて収入を得ているとクマ

サンが続けると、ダクネスはより一層疑いの視線が強める。

 

「本当に貴族に提供しているのなら後々分かるだろう……。次の質問だ。クマサンはこの街にシャケが現れることを知っていたのなら、どうして3号の仲間を呼ばなかったんだ?」

『……最初に言っておくが、3号はかなり特殊なインクリングだよ。普通のイカは、正義感や誰かのために戦おうとはしないだろう』

 

 まずどうして複数のイカを連れてこなかったのか。答えは単純で、己の本能のままにナワバリ争いを勝手に始めるから。シャケが出現していても、たとえ街の中であっても塗り、塗られ、塗り返

す生き物がインクリングだと、クマサンがそう伝える。

 

『あとは……そうだね、こういってしまってはどうかと思うが、3号は不祥事を起こさない、与えられた任務は真面目にこなすイカだからね。彼が1人で行動するのが、街のためだと思うよ』

 

 種族の特徴として飽き性なイカでは、シャケを討伐し続けてるのか心配になったクマサンは、3年ほどの調査を続けた実績のある3号をこの世界に送り込んだ。ハイカラスクエアから天界を経由

してアクセルに向かわせるだけでも、かなりのエネルギーを消費して大変だったと語る。

 

『では、ワタシの話はここで終わりにしよう…… もっと知りたいことがあれば、キミのご両親のほうが詳しいんじゃないかな。あの人も、今頃ワタシの暖房器具を使っているはずだよ』

「本当にあなたは何者なんだ?私の親を知っているということは……』

 

 これ以上は話さないほうがいいとクマサンに話を切り上げられ、ダクネスはカズマのいるテーブルに戻った。アクアの芸にはいつの間にか3号も加わり、アクアの指示に従いインクを使った芸を

披露している。3号を観察しているクマサンは、その様子を見てぼそりと呟いた。

 

『特にやましいことはしていないが、ワタシはそんなに怪しい人物に見えるのか…… まあ、姿を現さないのだから無理もないがね』

 

 その声はだれの耳にも届くことはなく、その日はもうクマサンが話すことは無かった。宴会は夜遅くまで続き、カズマがアクアを介抱しながら馬小屋へ帰るのを見送った3号は、そのまま家へと

帰るのだった。

 

 

 

 翌日、朝早くからクマサンの連絡を受けた3号は、ウィズにインクを提供するべくウィズ魔法店に居た。大きな容器を用意され、3号はそこにひたすらインクを射撃し続ける。ウィズはインクリ

ングのことをより知りたいのか、射撃する3号の隣で質問を繰り返す。種族としての生態の他にも、ウィズ独自の調査で分かったこともあるらしく、確認をするようなこともあった。

 

「前のインクにはありませんでしたが、今のインクには少し魔力を感じますね……。3号さんは何か心当たりがありますか?」

 

 最後にインクを提供した時よりもレベルが上がり、新しい呪文を覚えるなどの変化があった。自身のインクに魔力が含まれていることに驚きつつも、3号はそれをウィズに話す。

 

「そのレベルで炸裂魔法を覚えられるということは、相当な魔法の適正があるはずなのですが……。確か3号さんの職業は冒険者でしたよね?あとから才能が開花したのでしょうか」

 

 魔法使いとしての適性がある、という漫画や小説のようなことを聞いた3号は大いに驚き、そして少しだけ誇らしい気持ちになった。3号はイカの中では真面目な方だが、やはりイカしたものに

は目が無い。当たり前のように魔法を使っていた3号だが、これからは魔法使いと名乗ってもいいかもしれない、と考えた。

 

「となると、紅魔族のように魔法が得意な種族ということになりますね。でも、3号さん以外のイカは魔法を使っているのを見たことがないと……。一体どうして……あっ!」

 

 何かを思いついたのか、ウィズが3号に仮説を説明する。クマサンから聞いたイカの特徴である飽き性という点が重要なようだが、難しくなる予感がした3号はできるだけわかりやすいように説

明をお願いした。

 ウィズの仮説では、インクリング全てが魔法の適性がある紅魔族のような種族らしい。どれだけの才能を秘めているのかは未知数だが、種族共通の特徴として魔力の成長が遅く、大器晩成型であ

ると予想しているようだ。もしほんの少し魔法が使えても、飽き性なため碌に鍛えもせずに存在を忘れてしまっている、というもの。

 

「仮にこの世界に来てもナワバリ争いばかりしていそうですね……。他の生物と比べれば生命力はとても低いですし、魔力が高くても他の職業に転職できるかどうか……」

 

 魔法の才能はあっても生命力が足を引っ張っているようで、3号が他の職業に転職することは厳しいと語る。能力の伸びは良いそうなので、先輩の冒険者らしいウィズのアドバイスでは、そのま

までも十分に強くなれるそうだ。

 話を終える頃には容器がインクで満杯になり、3号はクエストを探すべくウィズに別れを告げギルドに向かう。店の出口の前に立ったところで、丁度良くカズマとアクアが店に入ってきた。

 

 カズマはウィズにスキルを教わりに来たらしく、3号も一緒にどうかと誘ったところで、カズマがあっと声を出す。用事を思い出したのか、はたまた言ってはいけないことだったのか、3号はカ

ズマに何があったのかを尋ねてみた。

 

「いや、何でもないんだ。……なあウィズ、3号はウィズがリッチーだって知っているのか?」

「はい!3号さんとクマサンさんとは少し前からの知り合いなんですよ」

 

 後ろにいるアクアが浄化してやると今にも暴れだしそうだが、カズマは構わず話を続ける。ポイントに余裕が出来たため、リッチーが持つスキルを習得するべくウィズに会いに来たそうだ。

 3号も余裕があれば覚えておきたかったが、昨日炸裂魔法に全てのポイントを使ってしまったので、自分はギルドに行くと伝え、店を出て行った。アクアの騒ぎ声が店の外まで聞こえてきたた

め、一体何があるのか確認したくなる3号だったが、戻れば確実に面倒な事になると思い直し、ギルドまで歩いて行った。

 

 いつものようにギルドにクエストを探しにきた3号だったが、ここで自分がカズマのパーティの一員になったことを思い出す。これまでのように1人でクエストに行くわけにもいかないので、手

頃なシャケの報告が無いかクマサンに尋ねた。

 

『今日はザコシャケ以外の報告は無いよ。キミもパーティの一員になったことだし、次からは4人でここに来るといい。……そう暇だと言われても、仕事に行けないなら仕方ないじゃないか』

 

 魔法の練習をしようにも、めぐみんほどではないが3号も魔法を使える回数が限られているため、今日はクエストに行かないと決めていないと練習することもできない。魔法使いのための装備

を買おうにも、シャケの出現がどれほど続くか分からない以上、冬を越すための蓄えをある程度は残しておきたい。収入が不安定なため、買い物もよく考える必要がある。

 

『別にワタシの前で悩まなくてもいいだろう…… キミは調査がひと段落したら何をして……ああ、ナワバリバトルか。確かにここではできないね』

 

 3号はしばらくナワバリバトルに参加していないせいか、無性に辺りを塗りつぶしたい衝動に襲われることが増えた。街を塗るのは迷惑だと分かっているので何とか抑えているが、何もない草原

のような場所よりも、複雑に入り組んだ街のような場所の方が塗りがいがあると感じていた。

 

『3号、インクリングは元々ナワバリ意識の強い生き物だ…… そういえば、何が原因なのかは知らないが、ある貴族が手放した別荘が近くにある。ワタシがギルドへ適当に言っておくから、キミ

はそこを好きなだけ塗るといい……』

 

 顔に出ていたのか、クマサンに塗ってもいいとされる場所を勧められた。屋敷の場所を教えてもらった3号は、クマサンにブキを2つほど送って欲しいと頼み、屋敷へ駆け足で向かって行く。

 カズマにも屋敷に向かったと伝えてもらえるそうなので、3号も遠慮せずにブキを持ち、街道からしっかりと塗り進んで行った。

 

 

 

 1人かその家族が住むために建てられたその屋敷は、3号が想像している以上に良くできた建物だった。欲を言えばイカを集めてナワバリバトルを開催したいが、この屋敷と周辺を好きなだけ塗

れるというのも魅力的だ。まずは玄関の周りをヒーローシューターで塗っていき、二階のテラスに向けて壁を忘れずに塗る。一度テラスに上った後、周辺の地面に上からインクをばら撒いていく。

 

 外側を塗ることに満足した3号は、クマサンから受け取ったカーボンローラーに持ち替え、屋敷の内部へと侵入した。広い廊下を丁寧にローラーを転がし、行き来しやすいように足場を整える。

 家具や置物を間違って壊してしまわないよう、振り回すことは最小限にし、部屋の中も塗っていく。

 

 ローラーを使うことに満足した3号は、再びヒーローシューターを持ち、今度は内側の壁も塗る。時間が経てばインクが消えることをいいことに、屋敷中をインクまみれにしていく3号。クマ

サンに許可を取っていると物怖じせずにいると、突然3号の後ろからインクをかけられる。

 何事かと後ろに振り向くと、なんと3号の置いたローラーが独りでに浮き上がり、3号へ振り下ろされた。直撃は避けたものの、部屋にははっきりとローラーのインクの跡が残っている。3号と同

じ青いインクだが、勝手にローラーが浮くことなどありえない。3号は魔物の襲撃をうけていると考え、クマサンになにか情報が無いか質問する。

 

『もしもし、屋敷について知りたいんだね。丁度いい、カズマ君のパーティがその屋敷に悪霊を退治に向かっているそうだよ。幽霊だなんて迷信だと思っていたけれど、実際にいるんだね……』

 

 このローラーは悪霊の仕業で浮いている。そうと分かった3号は、一目散に部屋から逃げ出した。ただの空き家だと思っていたが、いわゆる幽霊屋敷のようなものだったらしい。

 ローラーだけでなくチャージャーまで浮き上がり、3号へ射撃する。ポケットに入っているスマホからは、いつの間にか子供の笑い声が延々と流れだす。心霊現象を経験したことがあまり無い3

号だったが、明らかに危ない、こちらに危害を与えるものだとはっきり認識できた。

 

 スマホはもはや頼りにならないと判断し、3号はひとまずこの屋敷から離れることに専念する。慣れていないのかチャージャーの狙いも大雑把で、壁や遮蔽物が多い屋敷の中では避けることは簡

単だった。問題はローラーの方で、インクではなく物理的なダメージを与えてくるため、こちらの対処を上手く考えなければならない。浄化の魔法を使うことはできないので、何か別の攻撃手段が

欲しいと自分の知識を引き出していく。実際にあるとはとても思えないが、どこかの噂で聞いたお化けを吸い込む掃除機でさえ、今の3号にとっては是非とも欲しい物だ。

 

 チャージャーの狙いを避けるべく一度小部屋に避難した3号だが、後を追ったローラーが部屋に入ると、なぜか扉が勝手に閉まり、丁寧に鍵までかけられてしまった。窓も無く1対1の状況、屋敷

の内装を把握していないうえ、二階から侵入したせいで屋敷の入口がどこかも分からない。

 じりじりとローラーが近寄ってくると、部屋の中が薄暗くなっていき、距離に応じてポケットから笑い声が大きくなってくる。屋敷に入った時の好奇心はとうに消え、今では恐怖心のみが残って

しまった。何とかこの部屋を脱出するべく、3号は1つの結論にたどり着く。

 

 3号はおもむろに扉へ弱めた炸裂魔法を放ち粉々に砕くと、大きな音に怯んだのかローラーの動きか止まる。3号は無形の何かからローラーを奪い取り、テラスへ向けてインクを泳ぐ。

 背後から大きな気配を感じるが、振り向いてはいけないと己に言い聞かせ、テラスに到着すると同時に庭に飛び降りると、何事もなかったかのように背後の気配が消え、3号を狙い続けたチャー

ジャーの射線も消えた。

 

「……えっと、3号は一体ここで何をしているのですか?先に屋敷にいると聞きましたが、一面インクだらけなのは3号の仕業ですよね?」

 

 目の前にはカズマ達が立っている。無事に屋敷から脱出することに成功したことに安心した3号だったが、気を取り直して4人にここは危険だと伝える。得体の知れないなにかがいることは確実

で、ここを掃除する依頼ならまだしも、住むことなど絶対にできないと訴えた。

 

「おっと、俺はもうここに住むのが不安になったんだが」

「女神でありアークプリーストであるこの私なら、すぐに安心して住める家にできるわよ!」

 

 アクアがこの屋敷に住む幽霊を分析しているのか、両手を差し出しぶつぶつと独り言を言い始めた。カズマ達はアクアを放って屋敷に入っていくようなので、3号も後ろからついていく。ロー

ラーは何とか取り戻せたが、チャージャーはまだ屋敷の中にあるため、このまま家に帰るわけにはいかない。

 

 屋敷の中は3号のインクで青色に染まっているはずだったが、まるでインクなど無かったかのような、普通の内装に戻っていた。開けっ放しにしていたはずの扉は閉まり、唯一3号の影響が残っ

ていたのは魔法で吹き飛ばした扉のみだった。

 

「どうしたんだ3号、顔色悪いぞ?……インクまみれにしたはずなのに綺麗になっているって?」

「屋敷をインクまみれにするなんて、3号はここで何をしていたんだ?まあ、とりあえず屋敷に荷物を運ばないといけないな」

 

 引っ越ししたように次々と荷物を置き、まるでこの屋敷に本当に住むかのような動作を続けるカズマ達に、3号はここに本当に住むのかと質問する。

 

「この屋敷の浄化が終わったら、ここに住んでもいいって話なんだよ。こんだけ広いなら、全員分の部屋も用意できるだろうな」

 

 カズマは3号の部屋も用意してくれているらしく、部屋をどう分けるかを考えている。最近はシャケの討伐に行ってばかりで、カズマに自分の家があると報告することを忘れていたことを、3

号は後悔した。少し用事があると告げ、3号は屋敷に落としたチャージャーを探しつつ、クマサンに屋敷に引っ越しをしてもいいかを質問する。

 

『カズマ君の屋敷に引っ越すのかい?それなら、家具や荷物、スーツケースを移動させておくよ…… あの家は、屋敷に置けないようなブキの倉庫として使うといい……』

 

 あっさりと引っ越しの許可が下り、さらにあの家も倉庫として利用していいとのこと。3号はクマサンに感謝すると、間もなく荷物を運ぶ冒険者がやってくると伝えられた。どうやら3号が屋敷に引っ越すことを予想していたらしく、予め荷物を移動させていたらしい。

 

『一応言っておくが、ギルドの冒険者に荷物運びの手伝いを頼んだだけだからね。彼らは社員ではないよ……』

「ちょっとカズマー!知らない人が家具とか変な機械を運んでくるんだけどー!!」

 

 冒険者の手伝いのおかげで荷物運びは日没前に終わり、余裕をもって浄化を進めることができると考えたのか、カズマが今日は解散とし、パーティ全員が自由に行動することが許された。

 3号はチャージャーを探すついでに、屋敷の内装を把握するべく探索を開始した。カズマと同行してからは見ていないが、悪霊を発見したらすぐにアクアに連絡することを決意する3号であった。

 

 

 

 あれから特に悪霊の仕業と思われる現象に出会うことは無く、チャージャーの無事に見つかったため、やることが無くなった3号は早めにし布団に横になってていた。

 部屋に置かれた家具は3号の世界でもよく見かけるものばかりだが、窓から見える星はハイカラスクエアではありえないほど輝いている。ふと起き上がって窓から外の景色を見ると、自身が居た

場所とは遠い場所に来たことを実感した。景色を見ながらこれまでの出来事を思い返していた3号だが、自分の部屋に飛び込むように入ってきたカズマに視線が移る。

 

「うわああアクアの部屋じゃなかった!すまん3号、おやすみなさーい!」

 

 扉を開けたまま走り去っていくカズマの後ろを、様々な3号のブキを持った人形が追いかけている。一瞬だけ見えたおかしな光景に戸惑ったものの、目の前を流れて行った自分のブキを取り戻す

べく、3号もカズマと人形を追って走り出した。

 

 3号と悪霊との戦いはもう少しだけ続いたが、悪霊のブキを使った悪戯に激怒したアクアが、3号ごと浄化することで決着がついたそうだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。