彼女の軌跡、或る五十日。   作:サンドピット

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DAY1『罪とは何なのだろう、原罪とは何を指すのだろう』

 

 

『私たちの世界において、精神というものはどうでもよいものになっていました。すべてが進歩していますが、人間の精神はあまりにも遅く静寂なため、進歩についてこれなかったためです』

『この世界に残されたのは26の「特異点」と、それに従属された者たち』

『人類は既存の信仰を捨て、今まで支えていた多くのものを無価値と扱うようになりました』

『もう誰も夢を見ません。何かを切実に信じたりも、希望を抱くこともありません』

 

 

『世界に必要な技術という名目の下、「特異点」と呼ばれる新技術を利用した企業が誕生しました』

『永久食料の生産。思い通りの生物を作る製造業。空間移動に近い運送業。人に限りなく近いAI。時を固定し現在を保存する技術など……』

『まるで食物連鎖のように、少しでも小さなものは、より大きなものに食われて消えていき……いつしかそれらは「世界の翼」と呼ばれ始めました』

 

 

『裏路地では掃除屋と便利屋たちが、吐瀉物にまみれながらおぞましい物語をつづっており外郭にいる人間は相変わらず都市の中に入ろうと喚き散らしています』

『そして都市の中の人間も、翼に属するために己の人生を必死に投げ捨てている状況です』

 

 

『……』

『ですが』

『その中で貴方は選ばれました。世界が誇る翼の一つ、我らがロボトミーコーポレーションに』

『選ばれたという言い方は正しくないかもしれませんね、貴方はなるべくしてこの場に立つのです』

『我が社のスローガンは確認しましたか?』

 

 

『恐怖に直面し、未来を造る』

 

 

『この私がいる限り貴方は約束された明るい未来への道を進む事でしょう』

『貴方の選択が、その道をより輝けるものとする事を願います』

 

 

『管理人、貴方の入社を心より歓迎します』

『ようこそ、ロボトミーコーポレーションへ』

 

 

◇――sideクラウディア――◇

 

 

 この穴倉に手紙が届いたのは珍しく誰も起きていない明け方だった。

 

 ここは荒廃した裏路地の中でも比較的快適に過ごせる私の拠点、ゴミで溢れていては何かがそこに潜んでいる様な気がして怖気が走る事がたまにあるので表面上は綺麗に清掃して使っている。

 勿論外から見える程に綺麗であるのならあの忌々しい掃除屋の格好の餌食となってしまう。だからこそ私は、地上部には手を付けず生活の基盤となる地下にのみ手を付けていた。

 故に穴倉。

 

 つまるところ穴倉というのは他と同じく廃墟と化したオフィスビル、その地下に存在するシェルターの事である。

 

「くあぁ、おはようクレア」

 

「おー」

 

 このシェルターは私の物だが、何もたった一人でここに住んでいる訳でもない。私をクレアという愛称で呼び、間抜けな顔で欠伸をしている彼女がここの唯一の同居人であり私が改良したシェルターに満身創痍で潜り込んできた“便利屋”でもある。正直に言って便利屋という存在は掃除屋と同等の脅威だ、依頼を受けてここに来たのだとしたら尚更。

 かつてここに彼女が来た事で、精一杯秘匿したつもりでいたシェルターがバレてしまった事に対する失意、恐らく私の処分を依頼したのであろう何者かに対する敵意、取り敢えず情報を持ち帰らせる前に便利屋を殺そうという殺意が一度に押し寄せ、そのまま行動に起こそうと過去の私は致死性の薬品を手に私は彼女に近寄った。

 

 だが、『助けて』と彼女は言った。『死にたくない』と敵である筈の私に言った。

 私自身20にも満たない子供であるが、この“便利屋”は15も生きているかどうか。そんな少女の心から漏れ出でた言葉に、願いに、懇願に、かつての私を重ね合わせてしまった。

 溜息を吐いた私は手に持っていた薬を別のものに取り替えて投与してやった。まぁ何というか、絆されてしまったのだろう。

 

 私の作った薬品に万が一はありえないが、それでも右腕が焼け落ち、目は片方失われ、全身に抉り傷が点在し、重要な臓器も幾つか貫かれている状態からたったの一ヶ月という異常なスピードで彼女の傷が癒えていくのを見ると、少しばかり“便利屋”を妬ましく思う。こんな力があればもっと上手く生きられたのだろうかなんて仮定は、もはや意味を為さないのだろうが。

 ともあれ一ヶ月付きっ切りで面倒を見た結果、すっかり元気を取り戻した彼女は色々な事を私に吐いてくれた。

 

 曰く、この場所には依頼で来た訳ではなく偶然迷い込んだ。曰く、受けた依頼は“掃除屋”の掃除であるが大ポカをやらかし重傷を負いながら逃げ回っていた。曰く、一ヶ月も音信不通だった為依頼は失敗したと見なされ、自分の居場所を探ろうとする輩は一人もいないだろうとの事。そして出来ればここに匿って欲しい、貴女からの依頼は何時でも受ける……と。

 結論から言えば、その日を境にこのシェルターにシンシアという名の同居人が増えた。家族というつもりではないが、まぁ、良き隣人として接しているつもりだよ。

 

 閑話休題。

 

「どうしたのその手紙」

 

「いや、朝起きたら枕元に置いてあった」

 

「え!?」

 

 私とシンシア以外誰も知らない筈のこのシェルターに人知れず潜り込み、シンシアに知覚される事無く私の枕元に手紙を置いた、この事実だけで私達の命を掴まれたと言えるがこのシェルターを放棄するか否かは手紙の内容次第だろう。

 意を決し、私は手紙を開いた。

 

 ――クラウディア様。

 

 ――この度貴女の入社が可決されました。貴女の同居人も含め、一度我々の巣に足をお運び下さい。巣にて入社に関する返答を頂ければ幸いです。

 

 ――Lobotomy-corporationより。

 

 不信、困惑、猜疑、警戒、手紙を開くまで私が抱いていたあらゆる悪感情が最後の一文で吹き飛んだ。

 

「クレア、これって……」

 

「Lobotomy、間違いない、翼の一つだよ。それにこの手紙って私宛て、だよね?」

 

「間違いないよ! クラウディアって書いてあるもん!」

 

「そう、だよね」

 

 私の名前やシンシアの存在を知っている事、突然入社が決定した事など些細な事。翼の元で働く事の悦びは全てにおいて優先される。

 翼に入社するというのはそういう事だ。

 

 私の胸中に、久しく感じていなかった歓喜が溢れ出る。あぁ、今まで生きてきた事に意味はあったのだ。

 

「信じられない 私が翼に入社できるなんて!」

 

 柄にも無くシンシアと抱き合ったこの日の事を私は忘れない。

 

 

 

 

 

 興奮冷めやらぬ、とは言うが何事にも永遠は存在しないもので。ひとしきり感動した後にロボトミー社の人選に疑問を抱いたのは当然と言える。

 私は翼に貢献できるようなエリート等ではなく単なる一般人……という訳でも、実は無い。

 

 シェルターの改造や電子機器の操作など細々とした技能は幾つか持っているが最たるものは毒、薬を問わず精製された薬品の効能強化だろう。科学技術が進歩しまくっている現代において「何となく」というものは存在しないと私自身思っていたが、どうやら私が薬品を自作すると抽出段階で謎の力が働くらしく普通の物と比べて薬の効果が上昇しているのが分かっている。

 その力に気付いたのは大体6歳頃、母と一緒に薬膳粥を作った時だった。その後何やかんやあって親は“掃除屋”の餌食となり、同じく“掃除屋”に目を付けられた為に逃げ回ってたりしたが詳しく話すと長くなるので割愛する。

 つまる所私自身何が作用しているのか分からない「薬品の強化」こそがシンシアが来た時に“便利屋”に目を付けられた理由と勘違いし、恐らくロボトミー社が必要としている力なのだろうと推測する。

 

 一応シンシアに頼んでコンピューターからロボトミー社の情報を掬い上げさせるが、大半がこじ付けレベルの悪い噂ばかりで人材不足や薬が足りないといった情報は出てこなかった。

 

 ――ピピッ。

 

「シンシア、どきな」

 

「え?」

 

 シンシアが触っていたコンピューターから聞きなれた電子音が響くのを確認し、私はシンシアをコンピューターから遠ざける。

 あれはウイルスを感知した音だ。適切に対処すれば気付かれる事無くウイルスを駆除できるが最近になってウイルスの悪辣さが増してきた為ウイルスに侵食されたコンピューターをデバイス毎処理する事で安全を確保している。

 棒切れを手に取りコンピューターを破壊する。ウイルス感知の電子音を絶えず流していたコンピューターはただの一撃で沈黙し、物言わぬスクラップと化した。また作り直し……いや、巣に向かうならパソコンなんて掃いて捨てるほどあるだろう、こりゃいよいよシェルターから外に出るべきかもしれない。

 

「よし、シンシアこれ棄ててきて」

 

「了解です」

 

 不平不満を漏らさず私のいう事を忠実に聞く……やはり小間使いとして考えれば便利なのだなと。まぁ本来の用途というか依頼からは幾分かけ離れているのだろうけど。

 

「……昼飯何にすっかなぁ」

 

 何というか、この日の飯が最後の晩餐とならない事を祈る事ぐらいしか出来る事が無くなった訳で。

 とりあえずスクラップと化したコンピューターを棄てに行ったシンシアと合流し、芋虫でも狩ろうかと私は椅子から立ち上がった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 深夜、新たに日が昇り一日の始まりを知らしめんとする朝と夜の境界線に私は立っていた。

 シェルターは安全に作っているが、そこから外に出て長時間行動するとなると途端に命を落とす可能性が出てくる。

 

 所持品は回復薬(部位欠損程度であれば半日で復元可能、ただし激痛を伴う為回復中は行動不能)、劇毒(ガラスなどの特定の材質を除き接触した物質に過剰反応を起こす。特定状況下において王水以上の効果を及ぼす)、シンシアがどこかから拾ってきた軍用マチェーテナイフ。それ以外の荷物はシンシアに持たせている。

 私よりも年下の少女に持たせるのも悲しくなってくるが純粋な膂力としては“便利屋”だったシンシアの方が私よりも強く、私が荷物を持つと自衛行動が出来なくなるし自分に持たせてくれというシンシアの頼みでもあったのでそうしている。

 シンシアの所持品はその荷物、自衛用にクロスボウとスナイパーライフルを一丁ずつ所持している。一回だけクロスボウの矢を喰らった事があるが、刺さった傷に対して尋常ではない痛みを感じた。鎮静剤をすぐに投与して事なきを得たがあのままだと痛みでパニック状態に陥っていた事だろう、どのような技術を用いているのだろうか。

 

 シェルターから物資を粗方運び出した私達は、シェルターに続く入口を溶かし誰も入れない様にした。ここにシェルターがあったという情報すら誰にも悟らせたくは無かったのだ。

 まぁ既に誰かしらにバレてるのでわざわざやる意味は無いが、もう戻らないという覚悟を目に見える形で残しておきたかったのかもしれない。

 

「道中の戦闘はなるべく避ける。“掃除屋”連中が逆探知してくるので機械による索敵は行わない。一応五感の鋭敏化を促進させる薬品をシンシアの荷物の中に入れてるので適当なタイミングで使う事。副作用は短時間の疲労程度に落とし込んだけど戦闘が不可能なようであれば私が時間を稼ぐからその間にあなたを連れて走って逃げるわ。それ以外にも色々薬とか入れてるから適当に使いな」

 

「分かりました」

 

 私は剣や槍など近接武器の扱いには慣れているが銃器の類はからきしだ。逆にシンシアは銃やクロスボウなど遠距離武器を持たせればそこらの奴に遅れを取る事は無いが、体力が乏しいために近づいて殴る様な戦闘には適さない。

 裏路地での多対一戦闘の場合主な戦力となるのは間違いなくシンシアの方なので出来るだけ体力を温存させてやりたい。最悪周囲に点在する全てのビルを溶解させて裏路地の住人達の喧嘩を誘発させる必要が出てくるが……最終手段だ、あまり事を大きくしたくはない。

 

「よし、行こうかシンシア」

 

「はい! 行きましょう!」

 

 目指すはロボトミー社への出社。馬鹿馬鹿しい覚悟だが、裏路地とはそういうものだ。

 

 

◇――sideⅩ――◇

 

 

 椅子に腰掛け、コーヒーを啜り、背もたれに寄りかかる。目を閉じ、思考の海に潜る。

 この会社の存在意義は理解している。アブノーマリティと呼ばれる異常存在からエネルギーを抽出する、慢性的なエネルギー不足に悩まされている現状ではかつての原子力発電以上に素晴らしく画期的なエネルギーの生産法と言える。が。

 アブノーマリティとは何か? どこからアブノーマリティを見つけ、手に入れたのか? 何故アブノーマリティからエネルギーを生産できると気付いたのか? 思考の海に潜れば潜るほど疑問と猜疑心が潰える事は無い。しかし、しかしだ、それらの不信を抜きにしてもこのロボトミー社は文字通り人類の希望となり得る。今はただ、その事実さえあれば良い。

 

 さて、今から数時間後、記念すべき一日目の作業が始まる。自分の手元にある二枚の資料には今回から自分の命令に従い作業を行うエージェントの情報が記載されている。入社する以前はどこで何をしていたかという単純な物ではあるが、それだけでもその人となりはある程度理解できる。

 

「クラウディアとシンシア、初日は二人とも女性か……気が引けるような」

 

 女性に対して若干の苦手意識がある自分に辟易するが、プロフィールを見れば己個人の感情を抜きにしても彼女らがそこらの男より有能である事が見て分かった。

 彼女から脅迫に近いレベルで注意喚起を受けた身としてはありがたい限りである。

 

「片方は裏路地で一生の半分以上を過ごし、もう片方は射撃のプロフェッショナルか。他の所なら何の役に立つんだと鼻で笑われるんだろうが……ん?」

 

 プロフィールを読み進めて行くと気になる記述を見つけた。『特記事項』『クラウディアは魔女の系譜である可能性が高く、本人も何かしらの能力を有している可能性あり』『シンシアは元便利屋である可能性が高く、シンシアの有する射撃武器の特異性から上位の便利屋であった可能性あり』『どちらも断定には至らず引き続き情報の精査を必要とする。要監視対象』という目を瞠るような情報。もし“翼”やロボトミー社の事を全く知らなければ馬鹿馬鹿しいと一蹴したであろう、言ってしまえばファンタジーの領域のそれに自分の口角が釣り上がるのを自覚した。これらが本当ならば有能なんてレベルではない、もしかするとこのロボトミー社を支える大きな助けとなってくれるかもしれない。本当に……本当にありがたい事だった。

 興奮冷めやらぬまま粗方読み終わった二人分のプロフィールを机に置き、時計を確認する。そろそろ彼女達が到着する頃合いだろうか、指定の場所に来てくれればアンジェラが伝えてくれる筈だが……。

 

「おはようございます、管理人。おや? コーヒーブレイク中でしたか」

 

「いや、構いませんよアンジェラさん。用件を聞きましょうか」

 

 今自分がいる、管理室と銘打たれたこの部屋に一人の女性が入室する。彼女の名はアンジェラ、管理人と呼ばれた自分の入社をたった一人祝福してくれた女性だ。

 淡い空色の髪を流す美しい彼女ではあるが己の女性に対する苦手意識を逆撫でされる様な存在である為、自然と畏まった物言いになってしまうがこればっかりはどうしようもない。時が解決してくれると信じて待っていよう。

 

「先程、今日から貴方の手となり足となり、貴方の指示に従い全ての業務を遂行するエージェント二名が我が社の“巣”に到着しました。想定よりも早く着きましたね」

 

「そうですか、無事に辿り着けたようで何より。早速で悪いんですがアンジェラさん、彼女達をここに呼んできてくれませんか? あぁ、荷物はそのままで結構と伝えてくれるとありがたいです。挨拶も兼ねて例の武器とやらを見てみたいので」

 

「分かりました、彼女達にはそう伝えておきましょう。……無理をして敬語を使わなくても構いませんよ? 貴方は何故か私を警戒していますがその必要はありません。私が貴方の身を害する事に何のメリットがあるでしょうか?」

 

 これだ。アンジェラはこちらの本能的な嫌悪感を察知しそれを迂遠な物言いで解きほぐそうとする。面倒極まりない。初めて目にした時から何を考えているか分からない顔をしておきながら「お前の考えている事はお見通しだ」と言わんばかりのその目に苛立ちを覚えた。……何時からこうして、初対面の女性に負の感情を抱くようになってしまったのだろうか? 今では関係の無い話だけれども。

 だから俺は笑った。至って普通に。

 

「今日会ったばかりなのにそこまで馴れ馴れしく接するなんて出来ませんよ、特に無理はしてませんのでお気になさらず」

 

「……分かりました。貴方の緊張がいつか和らぐ事を祈ります。それでは後ほど」

 

 そう言ってアンジェラは管理室の扉の向こうへと姿を消した。

 

(あれとこれから毎日顔を合わせるのか……)

 

 危うく声に出そうになった愚痴を心の中に押し込んだ。他愛も無い独り言ですらあのアンジェラは聞いているかもしれないのだ、マイナスとなるような発言は極力控えた方がいいだろう。

 今から顔を合わせる例の二人が、この会社のみならず俺にとっての支柱となってくれる事を望むばかりである。

 

「頑張るしかないか……」

 

 溜息を一つ零し、コーヒーを飲み干す。

 既に冷え切っていたコーヒーは酷く苦い味がした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 数分後、業務に関する注意事項が書かれた資料を読み進めていた俺の耳にノックの音が響いた。

 

「彼女達を連れてきました。入室しても?」

 

「構いませんよ。入ってきてください」

 

 モニターに向けていた視界を管理室の扉に向けると同時に管理室の扉が開く。

 アンジェラが先導し、その後ろで如何にも疲労困憊といった様子の二人の少女が続く。

 彼女達は部屋の奥で椅子に腰掛ける俺の姿を見て慌てた様子で身なりを整えた。

 

「初めまして、今日からロボトミーコーポレーションで働かせて頂くクラウディアと申します」

 

「お、同じくここで働かせて頂く事になったシンシアと申します。あの、道中アンジェラさんから話を聞いたんですけど本当に即時採用して貰えるんでしょうか……」

 

 シンシアの言葉を聞きアンジェラの顔を見るが当人は相も変わらず澄ました顔をしていた。まぁアンジェラの顔色を伺った所で二人をエージェントとして迎え入れるのは確定事項となっているので意味は無いだろうが。

 

「えぇ、我々はロボトミー社に相応しい能力を持った人間を迎え入れています。面接などという堅苦しいものなんて必要ありません、この場に来てもらったという事は既にエージェントとなるに相応しい力を持っているという事、たとえどのような人物であっても我が社に貢献しうる逸材と判断したからこそ我々は招待状を送るのです」

 

 そう俺はアンジェラに聞いている。

 

「楽にして下さって構いませんよ、クラウディアさんにシンシアさん、貴方達を我が社のエージェントとして採用します。早速で申し訳ないのですが、ロボトミー社の行う業務については既にご存知でしょうか?」

 

「いえ、アンジェラさんに確認を取りましたが詳しくは管理人……えー貴方の口から聞かされる、と」

 

 答えたのはクラウディア、そこは教えなかったのかとアンジェラに視線を投げ掛けるも変わらずアンジェラは沈黙を保っている。まぁこれくらいは管理人たる俺の務めだろうと思い直し、口を開く。

 

「あぁ、申し訳ありませんが訳あって名を明かす事が出来ません。私の事は管理人なりⅩなりご自由にお呼び下さい。では我が社の業務についてですが、そのまえに一つ、ここでは選択を誤れば死ぬ危険性がある事を頭の片隅に留めて置いて下さい。……では大まかな説明を。この会社では怪物から超常現象、別世界の異質な存在など我々がアブノーマリティと呼んでいる様々な怪異を管理しエネルギーを集めます。超科学的な現代においてもそれらの常識と相反するモノらは至る所に蔓延っています。そのアブノーマリティから未知の物質で構成された貯蓄可能なエネルギーを抽出、変性させる事で例えば都市全域を賄える電力として使用する事が出来ます。勿論電力はこのエネルギーの使用法の一端でしかありません、貯蓄可能なエネルギーという利便性から生産するエネルギーの大半は社内で貯蓄されますが余った分を社内のあらゆる設備や外の電力に利用されます」

 

 ちらりとアンジェラを見やる。これらは全てアンジェラの受け売りだが、説明が足りないようであればアンジェラに捕捉してもらうつもりでいた。アンジェラが小さく頷いたのを確認し、大まかな業務やそれを行う理由についての説明は問題無かったと判断する。

 

「次に詳しい業務内容、特にアブノーマリティの管理について。アブノーマリティはその名前が示すように従来の手法や現代科学では説明不能な異常存在であり、世界中で様々なアブノーマリティが発見されエネルギー抽出のため、我が社に送られてきます。やはりというべきかそれらアブノーマリティは人に害を成す存在もおり、アブノーマリティには危険度という物が設定されています。危険度の低いものはそれだけ人に害を与える可能性も低いですが危険度の高いものはそれだけ抽出できるエネルギー量も大きくなるので必然それら危険度の高いアブノーマリティも管理せねばなりません。これが業務によって死ぬ危険性です。アブノーマリティの対応を誤れば即座に重傷を負う事を覚悟して下さい」

 

 少し脅しすぎたかなと反省しつつ二人の顔色を伺うが、二人は今の話に微塵も恐怖を見せなかった。

 シンシアの方はほんの少しクラウディアの方を気にしている節があるがクラウディアは全く動揺を見せる事は無かった、死なないと高を括っている訳では無いだろう。

 

「……驚かないんだね」

 

「死ぬかもなんて今更ですから。どれだけ凄惨に殺されようと、それでも裏路地で野垂れ死ぬよりはマシですよ」

 

「それは、……正直心強いね。騙されたなんて言われたくないから出来るだけ本当の事を言ったつもりだけどこれで萎縮されてもそれはそれで困ったから」

 

 騙されたと言われるかこんな場所で働きたくないと言われるか、どちらを取るかと言われれば多分騙されたと言われるほうを選ぶのだろうけど。本当に助かった。彼女達のプロフィールを見て賭けてみたが彼女達の意思を知れただけで満足だった。

 アンジェラの表情に依然変化は無し。

 

「勿論、俺も貴方達エージェントが死ぬ事のない様に努力します。ですが、アブノーマリティというのは文字通り千差万別の存在です。何一つ情報を得られない状態で手探りのまま管理せざるを得ない場合もある。……最初に言っておこう、そのような状況であろうとも俺はエージェントをアブノーマリティの管理に向かわせる。失う恐怖に立ち向かわねば未来を作れないからだ。故に、このロボトミー社におけるエージェントの死は全て俺が原因となるだろう。だから――いや、話が逸れましたね。アブノーマリティの管理に絶対はありません、最善を目指しはしますが情報が集まりきるまで常に危険は付き纏うと思っていてください」

 

 頷きを返してくれた二人に感謝の言葉を述べ、業務に関する注意事項――というよりも警告――を打ち切る。

 

「取り敢えずはこんな所でいいでしょう。次は貴方達の働く職場についてですが、その前に我が社での指定のスーツに着替えて頂きます。そして貴方の身を守る武器も支給……するつもりでしたが、貴方達は既に自分達の身を任せるに値するものを持っているようですね。スーツと共に小型のインカム無線機と携帯タブレットを支給しますので今後の会話はそのインカムを通してのものになります。それではアンジェラさん、彼女達に物資の支給を頼みたいのですが構いませんか?」

 

「えぇ、問題ありません。初日は私がサポートする日でもありますから、貴方の命令に従って行動します。我々やエージェントを問わず貴方が行うべきは確認ではなく命令なのですから。……それとエージェントクラウディアにエージェントシンシア、今回は私が施設内を案内しますが明日以降もエージェントは新しく雇われ、貴方達は同僚であり先輩となります。明日以降の物資の支給は貴女方に全て任せるつもりですので施設内の道や支給の手順などを覚えて下さい」

 

「分かりました」

 

「りょ、了解です」

 

 即座に返事を返し、アンジェラと共に扉の向こうへと消えた二人を笑顔で見送り、ドアが閉まり切るのを視認する。

 

「……くっ」

 

 頭を抱え、巨大なモニターに向き直る。

 俺は、一体どうしてしまったのだろうか? 彼女達が生きているなんて当たり前の事なのに、実際に相対するまでその事に確信が持てず本当に俺と同じ人間なのかすら疑っていた。理由は唯一つしかないだろう。

 

 認知フィルター。初めてアンジェラの姿を見てもしやと思い、先ほどの彼女達の滑稽なまでに可愛らしくデフォルメされた身体をこの眼で見て確信した。

 何時からかは知らないが俺の目には認知フィルターの技術が施されている。それと同時に視界と常識との乖離に過剰な疑問を抱かせない様な、マインドコントロールの領域にあるものも、だ。

 アンジェラの事だ、しらばっくれるか認めたとしても『管理人にとって必要な事です。いずれ理解する時が来るでしょう』などと言ってはぐらかされるだけだろう。

 

「違和感を持たなければ、職員をゲームの駒の様に使い潰すかもしれなかったんだぞ……?」

 

 俺には分かる。だってゲームの中のNPCに対する感情なんて必要ないから。それは当たり前の事で考えを改める必要なんて無かった。

 だが、あの二人と直面して、久しく感じていなかった恐怖を思い出した。二人が死ぬ事、二人が俺に恨みを持つ事、訪れる可能性のある未来が怖くなり俺は二人に警告し自分に言い訳を用意して。彼女達を他人から失いたくないものに仕立て上げた。

 彼女達を、人間として扱いたかった。

 

「……いきなりどうしたんだろ、俺」

 

『もしかするとそれは恋と呼ばれる感情なのかもしれませんね』

 

「――っ!」

 

 巨大モニターからアンジェラの声が聞こえる。

 先程の独り言を全て聞いていた様だ。全て聞かれているかもしれないと自分で考えていたばかりであるというのにこれだ。あまり頭が働いていないのかもしれない。

 

『本来なら管理人がもう少し業務に慣れてからお話しするつもりでしたが、管理人にこの手の施術はあまり効果が無かったようですね。ご存知の通り貴方の眼には認知フィルターが施されています』

 

「何でそんな事を……フィルターだけならいざ知らずそれに疑問を抱かないよう思考を誘導するなんて」

 

『管理人、このロボトミー社に置ける“最悪の事態”とは何でしょうか』

 

「……職員の全滅」

 

『正解は管理人、貴方の発狂です。貴方がモニター越しであろうともアブノーマリティ達の直視により蓄積される精神的磨耗はいずれ貴方の心を破壊し業務の半永久的停滞を余儀なくされる事でしょう。それは管理人が、管理人のみだけが精神汚染を緩和する薬品を投与される事が許されないから』

 

「……だから、そもそもダメージを負わない様にしてしまえば良いと言う訳ですか」

 

『はい、これは我が社の為でもあり貴方の為でもあり、ここで働くエージェントの為でもあります。疑問を抱く事は大いに結構ですが認知フィルターを外そうという考えに至らない事を祈っております』

 

 お前はどこまで先を見ているんだ、そう言い掛けたセリフを心の中に仕舞い込む。代わりに、その後に続いたアンジェラの言葉に返す様に口を開いた。 

 

『さて、彼女達への物資の支給が完了致しました。業務開始の指示を』

 

「――業務を開始する」

 

 

◇――sideクラウディア――◇

 

 

「あんまり要領を得ない説明だったね」

 

「そう?」

 

 更衣室で用意されたシャツに着替えている最中、シンシアがふて腐れた様に愚痴る。あの後私達はアンジェラさんと細々とした会話――主に私達の出自や持っていた武器について――をしていたのだが何を話してもぴくりとも動かないアンジェラの仏頂面がシンシアは気に入らなかった様だ。

 

「だって結局ここで何をしたらいいか詳しい事は何も言われなかったじゃん」

 

「そりゃあ何もかもが未知って言ってたんだから詳しい事は何も言えないでしょ、適当言ってそれがアブノーマリティとやらのエネルギー抽出の妨げになるなんてバカらしいし」

 

「あぁー、成る程?」

 

「取り敢えず化け物のご機嫌取りしてればいいって事でしょ、餌やりすれば終わるんじゃない?」

 

「そっかー」

 

 他愛も無い会話を交わしながら支給されたスーツに着替え終わる。インカムを右耳に取り付け、携帯タブレットを確認する。コントロールチームという部署にクラウディアとシンシアの名前があった。

 

「OK行こうかシンシア」

 

「待ってクレア、ライフルとクロスボウどっち持っていったらいい?」

 

「残弾数的にクロスボウの方が余裕あると思うけど、アンジェラさんに頼めばライフル弾とか工面してくれるんじゃない? 知らないけど」

 

「うーんクロスボウ持っていくかぁ」

 

 

 

 コントロールチームに辿り着いた私達はメインルームにて管理人の指示を待っていた。タブレットには各部門毎に代表……セフィラ? が存在するとの事だがそれらしき者の姿も確認出来ない。

 

「おはようございます、エージェントクラウディア。それにエージェントシンシアも」

 

 管理人の指示を待っていようと思っていた私の背中に声が投げ掛けられる。振り返るとそこには私達よりも一回り大きな――――――――

 

 

 

 

 

「――――――――ディア、クラウディア? 大丈夫ですか?」

 

「……ぅえ?」

 

 右耳の痛みで意識が覚醒する。

 

「立ち眩みでもしましたか、しっかりして下さい。コントロールチームの職員が体調管理出来ていないなんて知られたら笑われてしまいます、初日で緊張してるでしょうが自己管理は怠らないように。いいですね?」

 

「ぇあ、はい。分かりました」

 

 おかしい、彼女の姿を見て自分の意識が一瞬暗転した気がする。隣のシンシアを見ると眉を顰めながら頭を抑えていた。私と同じ状態に陥っていたとみえる。

 何が原因だ? 先程感じた右耳の痛みか? 疑問を抱き痛みを感じた所を触るがそこにはアンジェラにスーツと共に支給された小型インカムがあるだけだった。

 

「……」

 

 これは今追及すべき問題では無いな、そう考えた私は私達に話しかけてきた自分達と同じくらいの身長の女性に向き直る。

 

「あぁ、自己紹介が遅れましたね。私はコントロールチームの担当セフィラ、マルクトって言います。コントロールチームではアブノーマリティの管理は勿論の事エンケファリン収集に関するすべての活動計画を立て、施設全体に設置されたCCTVを使用してアブノーマリティらを監視し、緊急事態に対応する事が仕事です」

 

「緊急事態というのは、そのー、アブノーマリティの脱走、とか?」

 

 遠慮がちに聞いた私の言葉にマルクトは頷いた。

 

「そればかりでは無いですけど、言うとおり主な緊急事態はアブノーマリティ脱走に伴う被害です」

 

「アブノーマリティというものが未だによく分からないんですが、その化け物共の機嫌を損ねれば脱走してしまうという事で良いんでしょうか」

 

「えぇ、脱走に対する対処は基本的に鎮圧という方法で強制的にアブノーマリティを収容する必要があります。貴方達のその武器と防護服はその為にあるんですから」

 

「まぁ取り敢えずアブノーマリティの機嫌を損ねなきゃ大事には至らないという認識で良さそうですかね、異常存在って言っても基本は生物ですよね? 行う作業ってエサをやって遊んであげるだけでいいんですかね?」

 

 私の疑問にマルクトは持っていたメモ帳をペラペラと捲っていく。

 

「アブノーマリティに対する作業はそのアブノーマリティによって少し異なってくるけど今貴方が言ったようにアブノーマリティの本能的欲求を満たす“本能”作業にアブノーマリティに娯楽を提供し社会的欲求を満たす“愛着”作業、それ以外にもアブノーマリティの周辺環境を改善し収容室内の清掃を行った際のアブノーマリティの反応を観察する“洞察”作業、客観的かつ合理的判断の元アブノーマリティの欲求や衝動を暴力によって抑え付ける“抑圧”作業の計四種類の作業がアブノーマリティに対して行うものになります。管理人に指示された作業をこなし作業結果を支給されたタブレットに記載する事が貴方達エージェントが行う仕事です。理解しましたか?」

 

「はい、親切にありがとうございました!」

 

 私がそう言うとタブレットからアラームが鳴る。

 

「あ、業務開始のアラームですね。それではクラウディアもシンシアも頑張って下さいね」

 

 マルクトが立ち去るのを確認し、シンシアに話しかける。

 

「……どう見えた?」

 

「……分からない、私にはあれが人間には到底思えなかった。私は何を見たんだろう、ごめんクレア。クレアに伝えられるだけの自信が無いや」

 

「いいよ、それだけ分かれば十分。ありがとね」

 

 頭痛を訴えるシンシアに持ってきていた錠剤を一粒渡し、タブレットを確認する。

 そこにはクラウディアに対する最初の指示が表示されていた。

 

『アブノーマリティO-03-03に対する洞察作業。対象、職員クラウディア』

 

 

◇――◇――◇

 

 

 コントロールチームのメインルームには三つの出入り口があり、一つは管理室やロボトミー社が内包する“巣”に続く廊下、残り二つはそれぞれ収容室に繋がる廊下が二つとエレベーターに繋がる廊下が二つの計四つの廊下に移動する事が可能。今回私が向かうのは施設をアリの巣状に表した際メインルームの左の扉から出てすぐの収容室であり、そこにいるアブノーマリティに管理作業を行う事が私への指示であった。

 洞察作業という事なので専用の薬品やモップ等をメインルームから持って行き、件のO-03-03が収容されている収容室前に辿り着く。

 

『収容室のそばにあるタッチパネルに指定の番号を入力して下さい、番号はタブレットの方に指示と共に届いている筈です』

 

「管理人ですか?」

 

『えぇ、貴方達の様子はこちらのモニターで確認出来ています。マルクトやアンジェラとも協力し万が一がない様にしますが気をつけて』

 

 インカムから管理人の声が届く。タブレットには0303という四桁の数字が記載されていた。その数字通りに扉横のタッチパネルを操作し、収容室の扉は開かれる。

 意を決し収容室内に足を踏み入れた私は危うく清掃道具を落としかけた。

 そこには――

 

“貴方に罪はありますか?”

 

「……は、は?」

 

 私に語りかけるそれは茨の冠を身に付け、壊れた十字架に貫かれた頭蓋骨であった。

 

『洞察作業を開始して下さい』

 

「……はい」

 

 インカムから届く管理人の声に了承を示し、収容室内の清掃を開始する。

 専用器具を取り出し大気の汚染度を分析、汚染値が規定値以上を検知したので換気扇を作動させて大気の入れ替えを行う。

 

 ――大気環境の分析、大気中の異物除去、可。

 

 タブレットを取り出し清掃手順の増減を確認し、記載されている通りに収容室内を清掃する。

 モップに専用薬を塗布し収容室の床を掃除し、明滅を繰り返す収容室内の照明の調整を行う。

 

 ――清潔手順稼働、可。

 ――床の汚染中和、収容室照明強度調節、可。

 

“貴方の罪は何ですか?”

 

「……」

 

 タブレットのカメラを通し目の前の頭蓋骨を見る。タブレットに入っているアプリの一つを起動し、そのアブノーマリティの構成要素や行動の分析が開始される。

 

 ――多面的な生物分析開始、行動パターン分析、可。

 

“罪を犯して来ましたか?”

 

「…………」

 

 タブレットによる解析を続け、空調設備の調整と行動抑制剤の噴霧器の点検に移る。

 

 ――室内機能点検、可。

 

“罪を雪ぐ事は出来ますか?”

 

「……うるさい」

 

 ――環境視覚的な満足度チェック、可。

 ――室内環境の最適化、可。

 

 収容室の音響システムを活性化させ、タブレットから精神を安定させる音楽を流しアブノーマリティの観察を続ける。

 

 ――音響システム点検、沈静化音楽の影響評価、可。

 ――ストレス原因の分析、実存認識の精神分析、環境認知モデルの分析、可。

 

“貴方は贖罪を求めますか?”

 

「さっきから何が言いたいの?」

 

“貴方の罪を教えてくださいますか?”

 

「罪なんて背負った覚えは無いわ。それに罪って何よ、人の定めた法を遵守しない事が罪? そんなもん裏路地出身に聞かれても困るっつーの」

 

 先程から作業中ずっと話しかけてくるそれに苛立ち混じりに返答する。こいつが求めるものが罪だというのなら私に聞くのはお門違いだ。

 人が定めた物には何だって価値がある。それは法を守らぬ者に付き纏う罪にも言える事だ。法を守ることが良い事だから、悪い事をした罪は重い枷となる。ではもしその枷を着ける事が日常であれば? 罪を犯す事が当たり前で、そうしなければ生きていけぬ人にとって罪とは重いと感じる程のものだろうか?

 

「あんたが何を求めてるか知らないけど、私にとって罪と言えるものなんて無いし他人から見れば私の人生そのものが罪と言えるでしょうね、これでもまだ何か言うつもり?」

 

“それでも構いません”

 

「……?」

 

“私が求めるのは懺悔、その刃を背負う貴方にはきっと悔やみきれぬ後悔があるでしょう。貴方の罪は何ですか?”

 

「……あんた名前は?」

 

“人は私の事を《たった一つの罪と何百もの善》と呼びました”

 

「長いわね。罪と善、そりゃ私も沢山後悔はしてきたわ。でも得体の知れないあんたらに懺悔するほど切羽詰ってる訳じゃ無い。あんたにゃ何も教えないわよ、少なくとも私は」

 

“いつか聞かせて下さいますか?”

 

「うるさいっての」

 

 たった一つの罪と何百もの善と会話を交わす内に緊張と恐怖心は解けていった。得体の知れない化け物ではあるがそのどれもが悪という訳でもないのかもしれない。

 洞察作業は順調に進み、タブレットに記載されている最後の作業である系統的勾配の確認を終え、管理人から退室の許可が出た。

 

「じゃあまた後で、……そういえば、罪と善のたった一つの罪って何?」

 

“言えば罪を話してくれますか?”

 

「やっぱいい」

 

 収容室の扉に手を掛け、ふとその動きを止める。たった一つの罪と何百もの善に顔を向け、罪とも呼べぬ些細な事を口にする。

 

「正直、罪と善みたいなアブノーマリティを管理するなんて怖かったし馬鹿げてると思ってた。路地裏で死ぬよかマシだろうけどそれでも化け物に食い殺されるなんて嫌だもの、ただまぁ最初に会ったのが罪と善で良かったわ。もしかしたらアブノーマリティにも根っからの悪なんていないのかもしれないわね」

 

“……貴方の名前を教えてくれませんか?”

 

「え? あーまぁ私だけ聞くのもねぇ、クラウディア、それが私の名前よ」

 

 私の名前を罪と善に告げると、罪と善の頭に巻き付いていた茨の冠から細い蔦が伸び、私の頭に巻きついた。

 罪と善の物と同じく鋭利な棘が付いている筈なのに不思議と痛みを感じる事も無く、それどころか若干の警戒心も和らぎ余裕を持ってたった一つの罪と何百もの善を見る事が出来た。

 

「……これ」

 

“貴方への贈り物です。いずれまた罪を聞かせて下さい”

 

「……気が向いたらね」

 

 そう言って私が収容室から立ち去る間際、たった一つの罪と何百もの善が淡く光り輝いた。その光を見て、少し心が軽くなった気がした。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 O-03-03、いや、たった一つの罪と何百もの善のいる収容室から退室し、溜息を一つ零す。

 

「管理人、洞察作業完了しました」

 

『お疲れ様です、作業中の様子を見るにO-03-03と会話を交わしていましたよね? その会話の詳細をタブレットに書き込んで頂けますか、クラウディアさん』

 

「クラウディアで構いませんよ、貴方は管理職なんですから。それに一々さん付けをしているのも面倒でしょう? 言い辛かったら職員クラウディアなり楽に呼んで下さいな。それと管理人、罪と善の会話は聞き取れなかったので?」

 

『……その通りです、職員クラウディア。こちらからは会話は聞き取れませんでした。アブノーマリティの言葉は勿論貴方の言葉も何者かに遮断されていました。もしかするとそれも貴方が罪と善と呼ぶアブノーマリティの能力なのかもしれませんね』

 

「……分かりました、作業内容の詳細をタブレットに書き込んでそちらに内容を送信します」

 

『お願いします』

 

 そう言って管理人の声が途切れ、インカムが沈黙する。

 歩みを進め、コントロールチームのメインルームに到達すると悩ましげにタブレットを見詰めるシンシアの姿。私がメインルームの扉を開けた音が聞こえたのかシンシアがこちらに向き直り駆け寄ってくる。

 

「お帰りクレア! ってどうしたのその頭」

 

 シンシアの視線が私が身につけている茨の冠に向く。疑問に思うのも当然だろう、管理人の指示でアブノーマリティを管理しに行って帰って来たら得体の知れない植物が巻き付いてるのだから。

 

「あぁこれ? 貰い物よ。それよりタブレットとにらめっこしてたけどどうしたのシンシア?」

 

「管理人にクレアがメインルームに帰還したらO-03-03に愛着作業を行うようにって指示を受けたんですけど、愛着って何すればいいのか分かんなくて……」

 

「基本的にタブレットの指示に従えばいいんじゃない? 後はまぁ、話し相手になってあげたりとか。多分大ポカやらかさなきゃ死なないだろうから安心しな」

 

 すっごい不安なんですけどと言いつつタブレットを見直すシンシアを罪と善の収容室のある廊下に向かわせた私はメインルームにてアブノーマリティの情報をタブレットに書き込んだ。

 

 アブノーマリティO-03-03の名称は「たった一つの罪と何百もの善」、この名はアブノーマリティ自身が自発的に口にしたものであり偽名の可能性もあるが後述の性質からそれは無いだろうと思われる。

 たった一つの罪と何百もの善(以下罪と善)は清掃作業の可否による特別な反応を見せる事は無く、職員の作業中もある物を求め続け常に語りかけていた。

 罪と善が求めているのは職員が過去に犯した罪、正確にはその罪を認め罪と善に告発する「懺悔」をこそ罪と善は求めている。罪の大小は特に問題にはならないと思われる。クラウディアが告発した罪は「アブノーマリティに対する恐怖と不信」という罪と呼べるものか定かではないものだったがそれを聞いた罪と善の機嫌は確かに良くなった。

 この事から罪と善は些細な罪(例えば親友や肉親に対する嘘など)でも平等に懺悔を聞くだろう事が分かった。この事実は罪と善にとって殺人も些細な嘘も同じ罪と捉えている可能性があり、罪と善が己の名を偽る事が「たった一つの罪」に該当するというのは考えにくい。が、この辺りは鶏が先か卵が先かの話になってくるのでここでは掘り下げない事にする。

 作業終了時に罪と善の機嫌が良いと作業を行ったものに対して恐怖心や緊張が軽くなる光を当てた。罪と善が対象の精神を安定させる能力を持っている可能性あり、要検証。

 作業終了時、気に入った職員に対し己が頭部に巻き付けている物と同質の茨の冠を施す。この茨の冠を着用する事によるデメリットは現状確認されていない。

 

「こんな所かな?」

 

 私は一気に書いた罪と善に関する文章を見返し、特に変な所は無いだろうと判断した。

 腰に下げている剣の手入れをしつつ時間を潰していると作業を終わらせたシンシアが若干涙目になりながら帰って来た。頭に茨の冠は無い。

 

「どうしたのシンシア」

 

「聞いてよクレア、愛着作業の一環で色々話してたんだけど余りにも懺悔しろ懺悔しろってうるさいからちょっとした嘘吐いたらすーごい熱い光浴びせられたんだけど!」

 

「それはお前が悪い」

 

 原因を聞くが罪と善にとっては腹立たしいだろう物だったのでばっさりと切り捨てる。

 

「ちなみにどんな嘘吐いたの?」

 

「クレアのお菓子を勝手に食べたって嘘、そしたらあれが『それは貴方の罪では無いでしょう?』って言って急に光りだしたの」

 

「しょぼいなぁ、でもそれで命拾いしたかもね」

 

「命拾いって……」

 

 シンシアのしょうもない嘘を聞き、タブレットに書き込んだたった一つの罪と何百もの善に関する情報を書き足す。

 

 追記、懺悔で嘘を吐いてはならない。それは罪に罪を塗り固める事になり、たった一つの罪と何百もの善を怒らせる結果になり得るからだ。些細な嘘であれば多少痛い目を見るだけで済むだろう、だがそれが己や他人の人生を変えうる程の嘘ならば? その結果を知る事は現状不可能だが、何れにせよ罪と善の作業には「正直」な職員を送らねばならないだろう。

 

「ふむ……」

 

 少し考え、最後に一文を追加する。

 

「これでよし」

 

 満足げに息を漏らした私は罪と善に関する情報を送信した。

 シンシアと共に作業に使った道具の整理をしているとシンシアのタブレットから電子音が響いた。

 

「……うっわ」

 

「どれどれ、……おー」

 

 シンシアのタブレットには『アブノーマリティ“たった一つの罪と何百もの善”に対する愛着作業。対象、職員シンシア』の文字。早速私の情報が適用されている事に少しばかり感動を覚えた。

 シンシアに続けて作業指示を出したのは、罪と善の機嫌を損ねる事を恐れてか?

 

「リベンジか丁度良いね、さっき嘘吐いた事謝ってきな」

 

「また焼かれるんじゃ……」

 

「治療薬作ってあげるから行っといで」

 

 はーいと意気消沈しながら罪と善の作業に赴くシンシアだったが、数分後には私と同じ茨の冠を身に着け「お揃いです!」と満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

◇――sideⅩ――◇

 

 

 管理室の巨大なモニターを落とし、一息吐く。今日は何事も無く一日を終わらせる事ができた。クラウディアやシンシアの二人も既に“巣”に戻る様指示を出した。

 

「お疲れ様です、管理人。O-03-03の情報を纏めておきました。目を通して頂けますか?」

 

「分かりました、アンジェラさんも休んで構いませんよ?」

 

「AIに対する言葉とは思えませんね、私は疲れを感じない体なのですから休息は必要ありません」

 

「それは失礼」

 

 言いながらアンジェラに渡された資料を見る。

 たった一つの罪と何百もの善、それがこのアブノーマリティの名だという。茨に十字架、名は体を表すとは言うがこのアブノーマリティは一体何なのだろう。

 暫くそこに記載されている情報を眺めていると背後のアンジェラが口を開いた。

 

「まるでキリストの様なアブノーマリティですね」

 

「キリスト? 何です、それ」

 

 知らない単語に思わず聞き返す俺に対しアンジェラは簡潔に説明する。

 

「遥か昔この世界の人間には精神の拠り所として数多くの宗教が作られてきました。その中で最も規模の大きく有名だったものがキリスト教です」

 

 こんな事を言うと他の宗教信者から起こられてしまいそうですね、そんな不明瞭なものが根絶した現在においては誰も文句を言う人間などおりませんが。と冗談めかして言うアンジェラに続きを催促する。

 

「キリスト教の中心となった人物はお察しの通りキリストです。彼はイエス、救世主などと呼ばれ神格化されており、人々に愛を説いて周り多くの人々がこれに感銘を受けました。ですがある日彼の12人の配下の内一人が彼を裏切り、その結果両の手足を十字架に打ち付けられ日を跨いでも尚苦しめられる磔刑となったそうです。キリストは何故たった一人の裏切りに焚き付けられる様な人々を救済しようとしたのでしょうね? 数々の文献がその理由を様々な形で説いていますが、私のデータバンクに真実と思える様な理由は入っていませんでした」

 

「そう、ですか」

 

「あのアブノーマリティがキリストの写し身と決まった訳でもありませんがね、あぁそうそう、キリストの磔刑は芸術的価値のある出来事だと思われているらしく人類の罪を償う為に茨の冠を被せられ磔にされている一枚絵を見掛けますが、幾つかの絵画ではゴルゴタの丘がアダムの墓であるという伝承に基づき、これを表すものとしてイエスが架けられた十字架の根本にはしばしば髑髏が描かれるそうですよ?」

 

 それではと言い残しアンジェラが管理室から立ち去る。

 愛を説いたキリストと、懺悔を求める「たった一つの罪と何百もの善」。何も知らぬ俺には共通点など見出せる筈も無いが、奴が懺悔を求めるのはひょっとしたら自分と同じ境遇の人間を探しているからか、嘘の懺悔をした者に対し攻撃を行うのは裏切りに対する憎しみなのか。

 クラウディアは情報の最後にある一文を付け足していた。

 

 ――それはあなたを裁く救世主であり、奈落へ落とす執行者です。

 

 仮に十字架に磔にされる覚悟を持っているのなら、正当なる目的の為ならば、罪を一つ犯しても許されうるだろうか?

 管理人という立場故にたった一つの罪と何百もの善にそれを聞く事は叶わないが。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 アブノーマリティに関する資料を机の上に置き、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ――――TT2保存プロセス開始――――

 

 ――――セフィラプロトコル更新――――

 

 ―――――EndoBox展開―――――

 

 ――TT2コンポーネントにアサイン――

 

 ――――エンケファリン 活性化――――

 

 ―――――――TT2加速―――――――

 

 ――――――DAY2 開始――――――

 

 

 

 

 




たった一つの罪と何百もの善は大好き。
URL張るのって大丈夫かな、警告来たら消す。

https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/One_Sin_and_Hundreds_of_Good_Deeds

たった一つの罪と何百もの善のwikiです。結構なネタバレあるので気をつけてくだしあ。


多分本編で語られる事が無いので後書きで積極的にステ晒していくスタイル。

◇――◇――◇
・戦士の鋼(クシャトリヤ/ksatriya)
レベル:TETH
製造費用:――
製造可能数:1
ダメージ:RED(6-8)
攻撃速度:普通
射程:並
特殊能力:この武器で被弾した相手の攻撃速度を10%の確率で低下させる。稀に二連撃。
説明:棄てられしかつての戦士の剣。全長80cmにも及ぶその剣は一般的な軍用マチェットナイフにも見える。その刀身は血によって紅く染っており、相対する者の動きを鈍らせる。それはかつて自分が手に入れた栄光に裏切られた男の残悔、戦場で数多の敵を屠り畏れられた英雄は殺戮者の烙印を押され殺された。男の無念と後悔は深紅の血となって男の剣に染み付いた、故にこの剣を扱う者はあらゆる生きとし生ける者の血でもって大地を紅く染め上げる事だろう。それが己の血か敵の血か、はたまた無辜なる民草の血かは対した問題ではない、文字通り血で血を洗う戦いだけがかつての英雄への追悼になるのだから。
備考:この武器を所持した状態で「黒の兵隊」に作業を行うと……?
◇――◇――◇

◇――◇――◇
・王侯の夢(クシャトリヤ/ksatriya)
レベル:TETH
製造費用:――
製造可能数:1
ダメージ:WHITE(8-12)
攻撃速度:高速
射程:超長
特殊能力:一定の確率で同じフロアに存在する全エージェントにWHITE属性バリア付与。稀にWHITE3ダメージで五連撃。
説明:遠い国を統治する狩猟を好む王に贈られた石弓。特殊な軽金属で構成された大型コンパウンドクロスボウ。細部に渡り華美な装飾が施され、そのクロスボウの周囲には常に白い靄が掛かっている。かの王は常に生を求めていた、それは国の統治や書類仕事では決して満たされる事のない渇望だった。その日かの王は気まぐれに森へと赴き、狩りと称して小さな生き物達を殺して周り、かの王は歓喜した。それこそが己が求めていた生だったのだ。故に王は己の渇望を満たす唯一無二の武器を夢に見た。結局、殺害でしか生を感じられなくなった王は既に狂気に身を浸しており、そのクロスボウは王の自害に使われた。
備考:この武器を所持した状態で「空虚な夢」に作業を行うと……?
◇――◇――◇

いわゆるお助け武器って奴です。ロボトミを知っている人なら結構なじみのある感じに仕上げたんですけどどうでしょう。
正直最初の十日間はこれ主軸で進められると思います。防具無しだからそこまでバランスブレイカーでもないだろうしランクを下げたので最後まで主人公がこれを持ち続けるって事はないです。ランクHE以上だと危なかったかもしれない。

こういう武器とかの設定考えてる瞬間が一番楽しい。あるあるだよね。
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