『貴方はAと呼ばれる人物をご存知ですか?』
『Aは初日に貴方に告げた、恐怖に直面し未来を造るというスローガンを掲げました』
『貴方が管理人としての仕事を続けるのであればいずれどこかで会う機会が出てくるでしょう、その時はあまり畏まった態度を取らないであげて下さい』
『……貴方は我が社のスローガンを良くある鼓舞と思っているかもしれませんが、あれにもちゃんと意味はあります』
『私達は地球上で最初にアブノーマリティという存在を発見した人類です』
『勿論私は自分の事を人間だなどと妄言を吐くつもりはないので正確には人類に属していない私を除いて、になりますが』
『我々は未知の大地を発見した開拓者と言えるでしょう』
『旅の終着点に辿り着くまで足を止める事を許されぬ』
『当てもなくさ迷い歩く我々は誰よりも先に、誰にも知られる事の無かった荒野を豊かな土壌へと変える、その土台を拵える事に成功しました』
『つまる所恐怖とはアブノーマリティであり、未来とは人類の繁栄と平穏。恐怖に直面し未来を造るとはAが掲げ、我々が整え、貴方が継いだ、我が社そのものなのですよ』
『……』
『恐怖に立ち向かう』
『未来を造る』
『今の話を聞いてこの二つが全く違うものだと理解した事でしょう』
『管理人、貴方であればこの二つの選択を迫られた時』
『どちらを選択しますか?』
◇――sideクラウディア――◇
明朝、“巣”に備え付けられたふかふかのベッドから身を起こし目の前に掲げた手を握る。
「……何か昨日の今日でちょっと強くなってる気が、レベルアップ的な?」
頭に浮かんだ考えを振り払い、身支度を整える。そんなバカな話があるかとは思ったがアブノーマリティとかいう得体の知れない不思議生物を目の当たりにした後では強くなってるというのも気のせいではないのではと思えてしまう。
一応シンシアにも聞いてみようと考えていると私に割り当てられた個室の扉が開かれた。
「おはよう! クレア、よく眠れた?」
「えぇ、まぁ」
ニコニコと笑うシンシアに曖昧な返事を返し、武器を持って二人で“巣”を後にする。
仕事場に向かう途中でシンシアに聞きたい事を幾つか思い出したので聞いてみる。
「シンシア、何か朝起きてからちょっとだけ強くなった感じしない?」
「え、そうかな? あんまり変化は感じられないけど。アブノーマリティから貰ったあの茨の冠貰ったからそんな気がするだけじゃないかな」
「そうか、まぁ気のせいならいいか。……あ、そうそう、シンシアのライフルって結局どうなったの?」
「アンジェラさんは『修理出来ない事もありませんが私が直すと以前より弱くなってしまいますね、あの子達に預けましょう』って。もう少し時間が掛かるんじゃないかな」
頭に付けている茨の冠に触れつつ私はシンシアに聞いた。元々シンシアの主武装はスナイパーライフルの方だ。現在背負っているクロスボウはかつての便利屋としての依頼で手に入れたものであり相棒と呼べるほどシンシアの手に馴染む物でもない。
やはりここに来るまでに掃除屋連中と戦闘を行ったのは悪手であったかと今更ながらに悔やむ。しかしアンジェラの言うあの子達とは一体誰なのだろう。
シンシアと他愛ない会話を交わしている間に私達の職場に辿り着いた。一先ず管理室へと赴き、管理人に挨拶をする事に。
管理室ドア前まで行くとノックをする前に扉が開く。どうやらアンジェラが開けてくれたようで、無表情のまま管理人の近くに移動するアンジェラに感謝を告げて私達は椅子に座る管理人へと体を向けた。
「おはようございます管理人」
「えぇ、おはようございます。今回は前日に続きある物を支給致しますので更衣室で確認をお願いします。それと今日は新人を一人雇用しました。細かい指示と教育に関しては私とマルクトが行いますが、新人にとって貴方達“先輩”という存在は精神的支柱です。何か質問をされたら優しく答えてやるぐらいはしてあげて下さい」
「分かりました」
「えっと、はい」
まぁ言われなくとも後輩を気に掛けるのは先輩として当然だと思っているので特に不満は抱かない。シンシアは自分が先輩になるという事に違和感を持っている様だがちゃんと了承してくれた。
その後は良く眠れたか、体調に変化は無いかといった事を駄弁り、管理室を後にした。何時までも管理人と話していては仕事が始まらないからね。それに気付いたのは管理人と話してる最中に投げ掛けられたアンジェラの咳払いだけども。
新人の挨拶や施設の案内を先に済ませるか更衣室で着替えや支給品を先に受け取るか悩んで、先に更衣室に向かう事にした。新しい支給品が気になったのもあるが何かしら新しい情報が入ってるかもしれないタブレットを確認する方が優先度が高いと判断した結果だ。
「……あれ、なんだこれ」
クラウディアと銘打たれた個人用ロッカーを開けるとそこには昨日着ていたようなスーツではなく、茶や白、紺色で構成されたプロテクトスーツがあった。シンシアを見やると特に疑問に思っている素振りも見せず防護服に着替え始めたので私も慌てて着替える事にした。
しかしこの配色どこかで見たような……。
◇――◇――◇
防護服に着替えてインカム、タブレットを装着。それぞれ武器を背負った私達がコントロールチームのメインルームに着くとそこには幾人かがコントロールチーム内を移動している光景が見えた。
一人はコントロールチームのセフィラであるマルクト、そしてマルクトと会話を交わす男性が一人。緊張し切ってる雰囲気の彼は私達と同じ様なタブレットとインカム、そしてあたかも新入社員のようにパリッとしたスーツを着用している事を鑑みるに彼が例の新人なのだろう。
と、そこまでは分かったがそれ以外の人間の正体は皆目見当も付かない。昨日の私達や新人と思しき彼の着ている黒のスーツとは違い、小豆色のスーツに身を包み黄色のネクタイを着用している彼らは拳銃を腰に提げ部門内を移動している。
彼らの正体について色々考えているとマルクトがこちらに気付いた。
「おはようございます、エージェントクラウディアにエージェントシンシア。昨夜は良く眠れましたか?」
「えぇ、それはもうぐっすりと。彼が例の新人ですか?」
私の言葉にニッコリと微笑むマルクトと、会話していた男性が不安げにこちらを見た。
……なんで彼はこんなにビクビクしてるのだろう、ロボトミーコーポレーションの悪い噂でも真に受けたのか? まぁ真実だったけど。
「はい。私はそろそろ管理人へ挨拶に向かわないと行けないのでエージェントクラウディア、並びにエージェントシンシアにに新人への指導を任せます」
「了解しました」
「です」
マルクトの言葉に私達は了承を返す。扉の向こうへと消えたマルクト――恐らく管理人に会いに会議室に向かったのだろう――を見送り新人の彼に向き直る。
「はいじゃあ初めまして、私はクラウディア」
「私はシンシアです、二人とも裏路地出身だよ」
「は、初めまして! 自分はユージーンって言います! 都市で暮らしていましたが出自に貴賎は無いと考えています、よろしくお願いします!」
そう言って彼、ユージーンは綺麗なお辞儀をかました。早々にお辞儀を辞めさせ、ユージーンを真正面から眺めてみる。乱雑に切り揃えた若草色の髪を伸ばし碧い目でこちらを見るユージーンだが見た限りシンシアとほぼ同じ年齢にも思える。真偽の程は不明だが10代は間違いないのではないだろうか。
「ん、よろしく。その考え方は敵を作りにくいからいいと思うけど結構死生観とかは違ってくると思うよ? まぁいいや、見た感じロボトミー社の制服って訳でもないし施設の案内はまだだと思うから案内するよ」
「というか先輩って言っても一日早いってだけなんだから敬語じゃなくていいのに、クレアもそう思うよね?」
「勝手な事言うな。ユージーンが敬語は嫌だってんなら自然に辞めるだろ、強要する事じゃない」
シンシアめ、入社してから若干奔放になってないか? 命令遵守の便利屋とは何だったのか。
また薬でも投与してやろうかと不穏な事を考えながら施設案内に移ろうとしていた私をユージーンが「あの!」と呼び止める。
「敬語じゃなくても、い……構いませんか?」
酷く不安そうな表情を浮かべるユージーン。不自由なく暮らせてる都市の人間が意思の疎通でここまで怯えるか? おっと若干妬みが入ってしまった。
「シンシアにも言ったように私はそれを強制はしない。ユージーンの好きにしたらいいさ、私達は呼び捨て程度で怒ったりするほど心が狭い訳じゃ無いよ」
「……うん、よ、宜しく、クラウディア、シンシア」
どもりながらも私達にフレンドリーな言葉を投げ掛けるユージーン。これ位で新人の緊張が解れるなら安い物である。
今度こそユージーンを伴い私達は施設内の案内をした。とはいえ主な職場となるコントロールチームはメインルームに備え付けられてるモニターで各部屋を事細かにチェックできるのでそこは案内する必要は無い。施設案内の必要があるのはそれ以外、食堂だったり更衣室だったりトレーニングルームだったり管理室だったり、業務中はあまり関係ないが知っておかなければならない部屋等である。
会議室は……取り込み中の気配がしたので案内はやめておいた。
◇――◇――◇
「あぁ、これ罪と善か」
更衣室前、ユージーンを作業用スーツに着替えさせる為ここを一番最後に案内したのだが流石に男の着替えを覗く趣味は無いので部屋の前で私達は待機していた。
シンシアは業務前最後の武器点検を行っていたが、する事も無く暇だった私はタブレットを見て何かエンサイクロペディア――アブノーマリティなど様々な情報が記載されているアプリケーションの一つ――に面白いものが載ってないか調べていたら「たった一つの罪と何百もの善」に関する情報が追加されていたのを見た。その中に私達が着用している防護服の詳細も書かれてあり、この防護服はたった一つの罪と何百もの善から抽出されたエネルギーから形成されたEGOスーツと呼ばれる“防具”であるらしい。名は“懺悔”、罪と善の情報から付けられている様だ。
アブノーマリティから抽出されたエネルギーからどうやってこの防護服を作ったのかとかEGOって何だよとか疑問が尽きることは無いが取り敢えず私達が着ている防護服が罪と善由来の物だという事は把握した。
「着替え終わったけどこれで大丈夫かな?」
ユージーンが更衣室から出てくる。全身には懺悔のスーツを纏い、腰に罪と善を模したと思われるメイスを提げていた。“防具”があるならば“武器”もある、ユージーンの持っているそれが懺悔のEGOウェポンだ。
この武器がが私達に支給されてない理由はもう武器を持っているから、というか普通はユージーンの様に身形だけ整えて来る筈で会社に武器持って入社してくる奴の方が小数なのだろうが。
全員の準備が完了したと判断し私達はコントロールチームのメインルームへと戻る。
数秒後、全員のタブレットに業務開始の文字が浮かび上がった。同時に私とユージーンにアブノーマリティに対する作業指示が届く。
私に届いた管理人からの指示は『アブノーマリティO-02-56に対する洞察作業。対象、職員クラウディア』という物、罪と善の番号はO-03-03なのでこれは新入りのアブノーマリティだ。厄介な奴でない事を祈るしかない。
「そうそう上手い話が転がってるとは思えないけども。……清掃道具って罪と善に持っていった奴で良いのかな?」
罪と善の収容室と反対の方向にO-02-56の収容室はあった。タブレットに記載されている四桁の暗証番号は0256、これもしかしなくともアブノーマリティに割り当てられた番号だな?
タッチパネルに指定の番号を入力、重圧感溢れる見た目に反し軽やかに開く扉に若干の興味を示しつつ収容室内に足を踏み入れた。
バサバサと聞き慣れない生き物の羽ばたきが聞こえる。足を踏み入れ、最初に目にしたものは漆黒の止まり木の先で呑気に毛繕いをする小鳥の姿であった。
胸の赤い模様が、こちらを見る小鳥の瞬きに応じて蠢いていた。
◇――sideⅩ――◇
俺が注視しているモニターにはたった一つの罪と何百もの善で愛着作業を行うユージーンとメインルームで手持ち無沙汰にうろつくシンシア、そして新しいアブノーマリティの収容室で謎の小鳥に時たまどつかれながら洞察作業を行うクラウディアの姿があった。小鳥が止まる黒の止まり木を綺麗にしているクラウディアがどんどんダメージを受ける様子に若干の申し訳無さを感じつつも特に問題なくエネルギーが生産出来ている事に安堵の息を漏らす。
俺の見ているモニターには職員の状態が逐一表示されており、アブノーマリティからダメージを受ければそれが数値化されてどの程度危険なのかが分かる。それを考えると昨日クラウディアとシンシア、そして今日ユージーンを作業に向かわせたたった一つの罪と何百もの善はほぼ無害。むしろこちらの味方と言ってもよいアブノーマリティだった。それはたった一つの罪と何百もの善の出自による物からかもしれないが……。
本題に入ろう。アブノーマリティは詳細情報が判明するまで幾つかの項目に分かれたオブジェクト分類という仮名称で呼ばれる。たった一つの罪と何百もの善がO-03-03と呼ばれていたように、今回追加されたアブノーマリティがO-02-56と呼ばれていた様に。それらに共通する最初のアルファベット、O。これはどこからか別世界に繋がる扉から転がり込んだ化物や自然発生した、生まれ持っての異形にこのアルファベットが割り振られている。つまりは今クラウディアが緊張を顔に浮かべながら作業を続ける小鳥も、ここではない何処かから現れた化物だ。
あの小鳥がただ作業を行う職員をどつくだけである保証は無い。慎重に指示を下さねば……。
ちなみにオブジェクト分類の真ん中の数字はタイプ分類だ。ナンバー03は宗教に類するもの、ナンバー02は動物に分類される。大半は見て分かる事とは言えこういった細かい分類は無くてはならないものなのだろう。三つ目の数字はそのアブノーマリティを指し示すシリアルナンバーなので特に意味は無い。
『クラウディア、O-02-56に対する洞察作業終了しました。メインルームに戻ります』
小鳥に対する作業結果は良好。一度の作業で生成出来るエネルギー総量の八割は生成出来ている。
クラウディアに、続けてたった一つの罪と何百もの善に対する愛着作業を指示し、ユージーンはシンシアと同じくメインルームに待機させる。たった一つの罪と何百もの善には作業結果が良好の場合作業を行った職員を回復させる能力がある、メインルームで待機させるよりも早くダメージが回復する筈だ。
暫くは小鳥のアブノーマリティに作業を行わせた後たった一つの罪と何百もの善に愛着作業を行い職員の体力を回復させる、これをローテーションで行いエネルギーの確保とアブノーマリティの情報開示を優先させれば安定する筈だ。
問題は小鳥のアブノーマリティの情報がどの段階で集まるかという事だ。今のところ何一つ特異性が確認できず分かっているのは『洞察作業に高い反応を示し作業時職員にRED属性のダメージ(物理攻撃)を与える』という事のみ。気分を損ねる様な事はしたくは無いが洞察、本能以外の作業もさせて行くべきか。
『は? この冠が? 本当に?』
変化が分かったのはクラウディアがたった一つの罪と何百もの善に対する愛着作業を終わらせて体力を回復させる光が収容室内に広がった時だった。
「どうしましたかクラウディア、応答して下さい。何があったのですか?」
明らかに何者かと会話をしているクラウディアのインカムに通信を入れ何事か尋ねると、困惑気味にクラウディアの声が届く。
『罪と善から良く分からない事を言われて……管理人、この後小鳥の作業に向かわせて下さい。確かめたい事があります』
(……罪と善に良く分からない事を聞いた、冠、小鳥の作業を志願。情報の停滞を打破する手掛かりでも見つけ、いや、聞こえたのか? エネルギーの抽出が最優先ではあるが……未知はいずれ致命的な事故に繋がるか)
考え、許可を出す。
そもそも未来を造る為に恐怖に立ち向かえ等と激励を飛ばしたのは他でもない自分だ。それを「危ないから」と翻すのは、俺は勿論彼女達の覚悟すら踏みにじる行いだ。
モニターを操作し、クラウディアのタブレットに作業指示を出すと同時に小鳥の収容室にクラウディアの入室許可を出す。作業内容は愛着、抑圧は行うべきではないと勘が警鐘を鳴らした。
これで明確な脅威と分かる情報が出る事を期待しつつ、俺はクラウディアをモニター越しに見守った。
「……」
『えーっと、さっきぶり』
収容室に入ったクラウディアがおもむろに喋りだす。
『君には名前はあるのかい?』
『痛い痛い、ごめんて。そりゃ名前くらいあるよね、失礼失礼』
『え? 名前無いの? 何でどつかれたの私?』
作業を行いながらクラウディアは小鳥に話し掛け続ける。
『そう、森の皆からは罰鳥って呼ばれてたんだ。呼ばれてたって事は……そう、仲間の鳥が付けてくれたんだ』
『……罰鳥はここに来る前は何をしていたの?』
『黒い森? で、……うん、うん。凄いじゃない、悪い事をした者に罰を与えるって』
俺にはクラウディアが何をしているのか分からなかった。止めさせるべきか悩んだが、エネルギーの生成量は上々だったので辞める。
『その二人以外に友達はいなかったの?』
『え、皆変わっちゃったってどういう……』
『……「罰鳥や他の二人が頑張っても森の皆はどんどん狂っていった」って、「幾ら手を尽くしても森の平和を取り戻す事は出来なかった」……でも仕方無い事じゃない?』
『むしろすぐに全てが終わるまでたった三人でよく頑張った方でしょ、私は素直に尊敬するわ。最後まで秩序を保とうと確固たる信念を持ってたんだから』
小鳥はクラウディアに対してどつくのをやめ、小さくチュンと鳴いた。クラウディアも微笑み、収容室を後にしようとして、何者かに呼び止められたかのように足を止める。
『え……?』
『……ふふ、ありがとう』
何らかの会話を小鳥――罰鳥と交わし、クラウディアは収容室を後にした。
すぐさまクラウディアに通話を繋げる。
「クラウディア、アブノーマリティの情報は手に入れましたか?」
『はい、管理人。入手した情報は後ほどタブレットから送ります。……あの、一つ提案があるんですが』
「提案?」
疑問を浮かべた様にクラウディアに聞き返すが何を言うのかは予想がついていた。
『全職員、は無理でもエージェント全員に罪と善の茨の冠を付けさせたいのですが』
「アブノーマリティとの会話能力ですか」
『はい。……いえ、正確には「表層意識を汲み取り高次存在との意思の疎通を可能にする力」らしいですが』
「似た様な物でしょう」
あれだけ見せられればたった一つの罪と何百もの善の冠がどのような力を持つのかは理解できる。それが齎す恩恵やそれをとらない場合のデメリットも。
「検討します。クラウディアはメインルームにて情報の提出を、その間にユージーンにたった一つの罪と何百もの善の作業を行わせます」
『了解しました』
通信を切りクラウディアがメインルームに到達するのを見届けてからシンシアにたった一つの罪と何百もの善の作業指示を出す。
そういえばあの小鳥からもEGO武器は抽出出来るのだろうか? アブノーマリティから抽出される二種類のエネルギーの内片方をロボトミー社が所持する特定の材質に固着、結晶化させる事でEGOと呼ばれる武器防具を製造できるのだがアブノーマリティによっては製造できないものもあるらしい。
どうやってEGOが造られるのか聞いてみたが俺の専門分野からは遠く離れていた為理解する事は諦めた。そんなアンジェラによると抽出できるEGOはアブノーマリティによって異なり、場合によっては武器か防具のどちらかがそもそも作成出来ないなんて事もありえる。製造出来るEGOの個数や種類を知るにはそのアブノーマリティの情報が不可欠であり、それ故クラウディアからのメールは何をおいても優先すべき貴重な情報だ。
だからそれに気付いたのは暫く後の事であり、それは俺が目の前の事に集中しきれていなかったという事実を如実に表していた。
『管理人、O-02-56が脱走しています! 確認を!』
「――なっ」
モニターから響くマルクトの声に視界が白く染まった様な感覚を覚えた。
即座にたった一つの罪と何百もの善の収容室にズームしていたモニターをリセットしコントロールチーム全体を写す。
「見つけた」
あの小鳥のアブノーマリティの収容室前の廊下が赤く光り、例のアブノーマリティが廊下を飛び回っている姿が確認できた。
(何が原因だ? あれに対し攻撃的な作業の指示は出していない、クラウディアの作業以降は誰もあれに触れさせてない筈……、――まさか)
「――無視したのが原因か!?」
だとすれば不味い。脱走時にあの罰鳥と言う名のアブノーマリティが齎す被害によっては「最悪」すら有り得る。
「どうにかしなければ……ッ!」
俺は即座に三名のエージェントに通信を繋いだ。
◇――sideクラウディア――◇
『O-02-56の脱走を確認しました、コントロールチーム所属エージェントはO-02-56の再収容に向かって下さいッ!』
「……了解しました」
焦りを滲ませながら通信を入れる管理人に了承に意を示しはしたものの、私は管理人ほどに焦ってはいなかった。どうすればあのアブノーマリティ、罰鳥が自分の収容室に戻るのかも把握している私はさっさと罰鳥の資料を仕上げてしまう事にした。
アブノーマリティO-02-56の名称は「罰鳥」、この名は後述の森の仲間達に名付けられた名であり罰鳥はその名を誇りに思っている。
罰鳥は洞察作業に高い反応を示し、愛着作業では罰鳥の故郷である黒い森の話を聞かせてくれる。しかし罰鳥が直接喋る事はなく、意思の疎通にはたった一つの罪と何百もの善の茨の冠が必要と思われる。
罰鳥は弱者、罪人、不敬者を罰する事を自分の使命と考え、脱走の条件や脱走時の行動もそれに準じたものと考えられる。職員の発狂(恐らくエージェント)、罰鳥以外のアブノーマリティの作業を複数回開始する、このいずれかの条件を満たした場合罰鳥が脱走し、職員に罰を与えて回ります。
以下罰鳥による黒い森での出来事。
罰鳥は黒い森の中で、二人の仲間と共に暮らしていました。ある日、恐ろしい怪物が森を滅ぼすという預言を聞いてから、森を守るために悪い生き物をそのくちばしで『処罰』することに決めました。
しかし、誰かが罰鳥に言いました。「君の小さなくちばしじゃ誰も痛がらないよ!」と。不安になった罰鳥は、その『くちばし』をどんな生き物でも一口で食べられる大きさまで裂きました。
やがて時が経つにつれ、森は暗闇や悪い噂、日々の諍いに満ち始めました。解決のために、三羽の鳥は森を守ろうと力をあわせ、一つの秩序となりました。
それでも黒い森の混沌は沈み止む事は無く、すべての生き物は命を落とす事を恐れ黒い森から逃げ出してしまいました。
と、ここまでタブレットに記入した辺りで罰鳥のいる廊下に繋がるメインルームの扉が開く。
「うわぁあああ!」
扉から半狂乱で飛び出してきた複数の人影――マルクトが言うにはオフィサーと呼ばれるエージェントとは別枠で雇われた、所謂バイトだとか――に混じり今正に脱走している最中の罰鳥が、彼らをどつき回りながら私の方へ飛んできた。
罪と善の収容室から帰って来たユージーンがビクッと身を震わせるがシンシアと合わせて二人共に罰鳥に関する情報は知らせているのでもし罰鳥にどつかれたとしても我武者羅に殴り返したりはしない筈だ。と、この辺で脱走したアブノーマリティが目の前にいるにも拘らず攻撃しようとしない私達に疑問符を浮かべているであろう管理人に罰鳥の性質を軽く伝えねばなるまい。
インカムを管理室に繋ぐ。
「管理人、いまから送る情報にも記載していますが、罰鳥には絶対に危害を加えてはいけません。これは罰鳥が可愛いからとかではなく、罰鳥は自身を攻撃した相手を罪人と見なし殺しに掛かって来るからです」
『……対処法は分かっているのですか?』
「ほっときましょう、気が済んだら自分から帰ってくれるらしいので」
『……そう、ですかか。では後は任せても構いませんね』
通信が切れる。管理人の声音が猜疑心に満ちていたがここで嘘を吐く理由もないので信じて貰いたい。
シンシアの頭上を飛び交い時々酷い打撲音を伴って頭を突く罰鳥を眺めながら罰鳥の情報を書き記していく。
この事から罰鳥の脱走条件は黒い森での過ちから来ている物と思われる。職員の発狂は黒い森の生き物達の諍いを、罰鳥以外の作業は自分の与り知らぬ所で悪い噂の蔓延を彷彿とさせる様で、罰鳥は黒い森での過ちを繰り返さない為に先んじて皆を救おうと考えている。
この状態の罰鳥につつかれると発狂した職員は正常な思考を取り戻すがどの程度の時間を要するかは不明。
脱走中の罰鳥に対し最も注意しなければならない事は如何なる理由があろうとも罰鳥を攻撃してはならない事だ。どれ程の痛みを伴おうとも罰鳥のそれは救済であり、その救済を受けて暴力を振るう者は須らく『罪人』と認識される。罪人に与えられるべきは処罰以外に有り得るだろうか?
タブレットの記入が一段落ついた辺りで打撃音が聞こえなくなっていたことに気付く。
ふと目を向けると頭から血を流しているシンシアと、満足そうに扉を潜って自分の収容室がある廊下へと消えていく罰鳥の姿があった。
「お疲れ」
「思いのほか痛かったです」
痛いで済むなら儲け物だよ、とぶっきら棒に答えシンシアに回復薬を投げ渡す。
すると罰鳥がメインルームに侵入した辺りで微塵も動かなくなっていたユージーンが心底ほっとした様に喋り出す。
「一目見て分かったよ、あの鳥がただの鳥じゃないって。あんなのを沢山管理していかなくちゃならないのか……」
「あれでも優しい方だと思うけどね。にしてもユージーンよく罰鳥を殴りに行かなかったね、てっきり無視されると思ってたんだけど」
「この中で一番アブノーマリティの情報を持ってるクラウディアが本気で忠告してきたんだ、従わない方がおかしいしまだ死にたくないから」
下手したら死ぬぞ程度の軽い忠告だったのだがそれでもユージーンからすれば従わなければ確実に死ぬと思わせられたらしい。そこまでの意識を持ったのは多分罰鳥の姿を目視してからだろうけど、それでも私達エージェントの話を全く聞こうともせずうろつくばかりのオフィサーとはえらい違いだ。
何れにせよ忠告に従ってくれて助かった。私が作った薬は死人を蘇らせる事は出来ないからね。
「というかむしろシンシアが発砲しなかった事の方が個人的には驚きだよ」
「クレアの命令を受けて事が悪い方向に転んだことは無いからね」
無茶が出来ると調子に乗るは別物だ、下手を踏めば即座に掃除屋連中に喰い散らかされる裏路地で慢心は容易に死に繋がる事を私は知っている。
そして慎重に動かねば私が死ぬ事もシンシアは知っている。だから、シンシアは私が生き残る為に私の指示を仰ぐのだ。
私が生き残る為とは言ったがシンシアを使い棄てるつもりは到底無い。今では私にとって最も大切な隣人であり親友であり家族なのだから。
だからその都度取れる最善の選択肢を模索し、行動する。ただそれだけだ。
「まぁ今回は事前に知る事が出来て、確実に行ってはいけない行動を二人に知らせる事が出来たから回避できた事だけども。今後私に頼るなんて事は極力無くすように。最適解を下すのは管理人の方が上手いんだからさ」
解を出すにはそれを導き出す為の情報という前提条件が必要だ。その情報収集こそが私達の存在意義なのだから、仕事はこなさねばならない。
と言うわけでタブレットに最後の文章を綴る。
人々は大昔から罪を犯してきた。『何故そのような事をするのだろう? 彼らはそれが悪いことだと知っているのに』
小鳥は不思議に思っていた。『悪い事をする人を罰する人がいないからだ。自分がその役割を果たせば悪い事は起こらない!』
故に小鳥は罰鳥となり、陽の上がらぬ黒い森を飛び出した。
「こんなもんでいいか」
「書き上がったの?」
「ん、後で共有されるでしょうしシンシアも見ておきなね。ユージーンもよ、これに限った話でもないけど己を最も死に近づけるのは“未知”なんだから」
ユージーンがコクコクと頷くのを確認し、罰鳥に関する情報を全て管理人に送る。
と同時にタブレットに罰鳥への洞察作業を指示された。
「さて、様子でも見に行きますかね」
狂った正義を掲げるあの小鳥は先程の脱走劇で罪悪感を抱く事は無いのだろう。それは己を支える正義による物か、もしくは最初からそういうモノなのか。
何れにせよあれの精神は普通とは程遠い、バケモノの類に近しい物だ。だからこそアブノーマリティと呼ばれるのだろうが。
◇――sideⅩ――◇
「――くそッ」
こちらの端末に届いた資料を最後まで読み上げ、決して見える事の無い青空を見仰ぐ。
同じタイミングで管理室にアンジェラが入室し、微笑みながらこちらに語りかけてきた。
「今回の業務も恙無く終了したようですね」
「……見ていたでしょうに、皮肉ですか? 後まだ業務は終えていません」
必要エネルギーは確保したのでそこでやめてもいいのだが色々としなければならない事が残っているので少しばかり残業を行わなければならない。事実、情報が来たことであの小鳥――罰鳥の管理方法は割れた。
だというのにお前のその必死に言い訳を考える子を見るような目は何だ? 腹立たしい皮肉で俺の全てを見透かしたとでも言うつもりか? 何故そうも俺の上に立とうとする?
(ダメだ、思考が荒れてきた。)
これも全て罰鳥とか言うアブノーマリティのせいだ。なんて、選択を最前線で戦うエージェントに丸投げしてしまった己の不甲斐無さを苛立ち混じりに正当化しようとする思考に反吐が出る。
正常な思考が出来ぬまま判断を現場の人間に委ねるなど管理人失格ではないか。
――ふっ、と溜息を一つ零し思考をリセットする。
時は戻らない。かのTime Track社の産物ですら一日をやり直すことは出来ないというのだから、もはや考えるだけ無駄だ。比較的安全に脱走するアブノーマリティを収容できた事をこそ喜ぶべきだろう。
「罰鳥の脱走はこの先何度も起こり得るトラブルの一つです、損害も軽微である現状罰鳥の脱走に意識を向け過ぎてはいけませんよ」
「分かってます。管理方法を見る限り罰鳥の脱走を防ぐ事は出来そうにありませんからね」
アンジェラにそう返しつつ資料を見やる。見る限りは唯の小鳥だが仮にもアブノーマリティと呼ばれる存在にカテゴライズされているのだ、罰鳥が与える罰とは頭を突くといった生易しいものではないのだろう。
だがそれは問題ではない。後でエンサイクロペディアを編集し罰鳥に関する注意事項の一つにでも放り込んでおけばいい。目下の懸念点は、黒い森の二人の仲間。あの罰鳥と同じ系譜のアブノーマリティがあと二体存在するという事。
罰鳥曰くその二人とは大層仲がいいらしい。もしかするとここに二人とも収容される事があるかもしれない。果たして友と再会を果たす時、それを止めようとする者達は一体どのように写るのだろう? それはもしかすると罰を与えるに値する罪なのではないか?
「……はぁ」
そんな未来の事など分かる筈も無く。俺に出来るのはいつか訪れる恐怖の中で未来を作る選択肢が取れるよう、この世界では既に廃れ切った祈りを捧げる事だけだった。
「作業を終了してください。今日の業務を完了します」
インカムにそう言って、一日を終える準備をする。アンジェラによれば罰鳥からは武器と防具両方抽出可能らしいので明日はそれをクラウディアとシンシア以外に配っておかねばならない。
全ての引継ぎを済ませ、目を閉じる。酷く疲れた、このまま倦怠感という泥濘に身を委ねてしまいたくなる。
「――」
ふと考える。俺にはあの罰鳥のように、胸を張って友と呼べる様な存在はいただろうか?
俺の人生の中で他人というものは人に媚び諂い己の利益を最優先する生き物だと認識していた。事実、前にいた環境で俺に擦り寄ってくる輩は余さずその類の、畜生にも劣る者ばかりであり――やがて己の心に猜疑と嫌悪が芽生え人を信じる事は出来なくなっていった。
あの罰鳥を脳裏に思い浮かべると、ある一つの感情が心の内を揺さぶる。俺はアブノーマリティに対して、羨望を抱いているのだ、俺なんかよりもよっぽど人らしいアブノーマリティに。
――――TT2保存プロセス開始――――
――――セフィラプロトコル更新――――
―――――EndoBox展開―――――
――TT2コンポーネントにアサイン――
――――エンケファリン 活性化――――
―――――――TT2加速―――――――
――――――DAY3 開始――――――
界隈ではクソ鳥の悪名高き罰鳥さん。クソクソ言われてるけど可愛いから収容しちゃう管理人は私です。
警告来てないのでURL貼る。
https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Punishing_Bird
罰鳥のwikiです。結構なネタバレあるので気をつけてくだしあ。
多分本編で語られる事が無いので後書きで積極的にステ晒していくスタイル。
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・クラウディア(18)
ランク:Ⅱ
肩書き:友好的な職員
最も高いステータス:慎重
得意武器:近距離武器(刃物)
好物:完全食(というか路地裏で腹が膨れるまで食える物がそれしかない)
備考:魔女の系譜、稀にクラウディアと接触したエージェントの体力を回復
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・シンシア(14)
ランク:Ⅱ
肩書き:素直な職員
最も高いステータス:自制
得意武器:遠距離武器(全般)
好物:クラウディアと一緒に食べるご飯
備考:灰の便利屋、遠距離武器装備時のみ移動速度、攻撃速度微上昇
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・ユージーン・パキーラ(21)
ランク:Ⅰ
肩書き:内気な新入社員
最も高いステータス:慎重
得意武器:近距離武器(鈍器)
好物:チーズバーガー、スナック菓子
備考:バイトを転々としていたところロボトミに引っこ抜かれた一般人
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そんな感じで現在の職員のステータスです。細かい数値は全員が揃ってからで。今更思ったけどロボトミを知らない人がこの小説に辿り着く事ってあるか?
あと特に関係ないけどブルボンのパキーラってお菓子がルマンドとタメ張れるレベルで美味い。やっぱお菓子はブルボンなんだよなぁ……。
話の都合上マルクトちゃんを差し込めるスキマを作れない悲しみ。次回以降ちろっと出して本格的に動かすのは20日以降になるかなぁ。