『よく聞きませんか?』
『貴様の願いを三つ叶えてやろう、という口上を』
『おとぎ話でも、いつも神秘的な存在が「願い事を三つ言ってみよ」と言いますよね』
『私は、貴方が求めた神秘的存在ではありません』
『巨万の富や、魔法の力を授けてあげる事は出来ないのです』
『ですが代わりに、貴方には幾人もの管理人の望みを聞かせる事が出来ます。これは、貴方が進むべき旅路の道標となり得るでしょう』
『彼らの望みは多種多様ではありましたが、皆一種の「成長」を夢見ていました』
『会社の繁栄や精神的成長、更には業務を通して己の殻を打ち破らんとするものも。まるで木の枝が伸びるような形で何かに向かって進もうとしていました』
『ここで貴方に三つの選択肢を提示しましょう』
『会社の繁栄か』
『魂の成熟か』
『楔からの開放か』
『私は三つの願いを叶える事は出来ませんが、進むべき道を共に行き貴方のサポートをさせて頂きます』
『貴方が己に課した使命、自身が持つその種の「成長」すべき道をお聞かせ下さい』
◇――sideクラウディア――◇
眠気が脳を支配することも無く、鮮明な意識を保ったまま私は起きた。
シンシアが起きる少し前に起床したのは何時ぶりだろうか、基本的に有事の際以外はシンシアに起こして貰っており私自身その自分から起きなくて良い状況に身を委ねていたのだが。
(あの子寸分の狂い無く毎日同じ時間に起きるから目覚ましにも便利なのよねぇ、……そうかだから便利屋)
くだらない事を考えつつ出社に向けて身の回りの準備を済ませていく。シンシアが起きたのはそれから2分後の事だった。
◇――◇――◇
シンシアを連れロボトミー社へと出社する。ロボトミー社が有する敷地内の寮から歩いてすぐなのに威勢よく出社するというのもおかしな話だが、そう感じるのは社会的な常識が欠如しているからだろうか?
スーツと武器を身に付け、タブレットを確認する。……今日も新人が入ってくるようだ。一日ごとに増やすよりも纏めて入れた方が楽だろうに、私たちを気遣っているのであれば素直にありがたいとは思うが。
「あ、クレアー、あの小鳥のエンサイクロペディアが更新されてるよ」
「罰鳥だねぇ。あれ、シンシアって罰鳥から名前聞かされてないの?」
「何か『腹減ったメシ寄越せ』みたいな事ばっかり言われた」
「罪と善の時といい損な役回りだね」
雑談しつつ管理室へと赴く。
管理人に挨拶でもしようと戸を叩きかけ――その間際に私とシンシアの両名のインカムに通信が入る。
「はい、こちらクラウディア」
「シンシアです」
『エージェントクラウディア、今管理人はコントロールチームの会議室でマルクトと会話しているわ。挨拶は後にして一先ずコントロールチームのメインルームに向かって下さい。エージェントユージーンと今日の新人もそこにいます』
「あ、はい。了解しました」
アンジェラの一方的な言葉で私の方の通信が切れる。シンシアの方はまだ繋がっている様なのでシンシアが話しているのはアンジェラではないのだろう。
……そういえばユージーンを見なかったな、私達は結構早起きしていた筈だから来るのは同時か私達より後だろうと思っていたのだが既にメインルームにいるらしい。
「うん……うん、え? あ、うん。分かったすぐ行く」
疑問と困惑を声音に載せながらシンシアの方も通信が途切れる。
「誰から?」
「ユージーンから。新人が自分の手に負えないから助けてくれって」
「何がなんだか……」
ユージーンが何か問題を起こすような性格とは思えないので何かしらのアクシデントを起こしているのは十中八九今日の新人だろう。
念のためシンシアに戦闘準備をさせておく。オーダーは「対象の生存かつ五体満足の状態で確保」に留めればいいだろう、死ななきゃ安い。
最悪私の更衣室にぶち込んでる危険物でも投げれば沈静化する筈だ。
既に思考が「どう面倒事を処理するか」にシフトしているが、シンシアが私の考えを止める筈も無く、私達はそのままコントロールチームのメインルームへと向かった。
「ホンット信じらんない! この私がこんな薄汚い所で働かねばならないなんて! 肉体労働なんて以ての外よ!」
「いやだからここは管理作業以外の仕事はないってアンジェラさんもマルクトさんも言ってたでしょ? 取り敢えず落ち着こ? ね?」
「あーあの水色髪? あんなすまし顔が私の視界に入る場所にいるのも納得行かないわ、あの私に微塵も興味が無いような目、気に食わない……! 今すぐ殺してやらないと気が済まないわ!」
「いやあの人目閉じて無かった?」
メインルームに辿り着いた時点で聞こえるユージーンに突っかかる女の声に危うくシンシアに射殺指示を出しかけ、寸での所で止める。
だからクロスボウに矢を入れ始めるのはやめな?
「……あの、新人と思しき人物がユージーンに絡んでるんですが。止めた方がいいですかねアンジェラ様」
『私が指示したのはメインルームへの移動指示までです。そこで起きている問題の対処は貴女方に任せますが、……業務が開始しても喧しく騒ぎ立てられるのは面倒だと思いますよ?』
インカムから届くアンジェラの暗に「仕事始まるまでに何とかしとけお前」という旨の通信でユージーンに噛み付く女が新人であると確定した。面倒この上ないが致し方あるまい。
ここで何とか女を落ち着かせようと奮闘しているユージーンがこちらに気付く。
「あ、クラウディアにシンシア!」
ユージーンの言葉に女もこちらを見るがすぐにその顔を憎憎しげに歪めた。
取り敢えず会話をしよう。
「おはようユージーン。この人は?」
「あぁ、えっと今日から入った――」
「――ちょっと何よこのちんちくりん! こいつらが私の部下なんて嫌よ! 使えない奴は要らないわ!」
「いやクラウディアとシンシアは先輩だから、立場的には君の方が下だから」
「は」
「というか厳密にここのエージェント間で明確な上下関係とかないから、今のところ全員マルクトさんの部下だから」
「は?」
「マルクトさんの上にもアンジェラさんがいて更に上に管理人さんがいるってか多分ここ支部だから、僕達ただの平社員だから」
「はぁぁああああ!?」
ひとしきり騒いで呆然と立ち尽くし始めた女を尻目にユージーンが申し訳無さそうに口を開く。
「本来はクラウディアとシンシアに任せるつもりだったらしいんだけどね? 彼女が思いのほか早くここに来たのと、僕がたまたま早起きしてきたのと、管理人自身マルクトさんと話し合いがあってクラウディア達が来るまで僕が新人に挨拶する事になったんだけど……まさかあんな高慢だとは」
「彼女の名前は?」
「カティア・エルメロイだってさ。自信満々に言ってたけど没落貴族の娘なんだよねぇ」
そう言ってユージーンは未だに「この私が」とか言いながらへたり込んでる女――カティアを見やる。
その目に同情や憐憫、嘲笑等は無く、取るに足らぬ他人事として処理しているようだった。
私含めここにいる全員どこか精神構造がおかしいような……いや、ユージーンのそれは普通と呼ばれるそれか。
「没落ってなにやらかしたの?」
「エルメロイ家の当主、まぁカティアの父親がとある企業に対して投資してたんだけど投資先が作ってた商品が故障暴走、挙句の果てに意図せぬ殺人まで引き起こしたせいで大暴落。当の本人たちは雲隠れするもんだから責任の所在が巡り巡って投資額の最も大きいエルメロイ家に行ったんだってさ。彼女はまぁ、体のいい口減らしじゃない?」
「詳しいね」
「噂話には敏感な方だから」
「ここに来るのも本当怖かったし」とシンシアの疑問に何でもないようにユージーンは答えた。
まぁ何と言うかカティアにはご愁傷様としか言いようが無い。明らかに関係の無い場所まで飛び火してるのは、それ程その企業がやらかした事がひどかったのだろうがそれにしたって可哀想に過ぎる。
というか、あれ?
「って事はカティアが持ってる権力って今0なんじゃ――」
「――黙りなさい! 私は、私はカティア・エルメロイよ! エルメロイ家はまだ終わってない! 私が翼で確固たる地位を築き上げた暁には今まで私を嘲笑った奴らを全員殺してやるのよ!」
憎悪を瞳に宿しカティアは立ち上がる。今気付いたがユージーン元貴族相手にタメで話してたのか、その胆力は一般人から到底かけ離れたものだと思うのだが。
しかしどうしたものか。こうしている間にも着実に業務開始時間は差し迫っている。威勢がいいのは結構だがどうにか喧しく騒ぎ立てるのは何とかしなければ……。
そこでカティアの憎悪の視線が自分にも向けられている事に気が付いた。
「どうしたの?」
「私の事を軽々しく名で呼んだそこのちんちくりん、あんたもいつか後悔させてやる!」
「……は?」
それは、私を殺すと? つまりはそういう事か? あぁお前もか、お前までも私達の命を脅かすのか。
「シンシア」
短い呼びかけに応じ、シンシアがカティアの眼前に矢の込められたクロスボウを差し向ける。
「えっ、な、何よいきなり」
「あんまり殺すとかそういう意味合いの言葉は軽々しく吐かない方がいいよ。私達は私達以外の人間を容易く殺せる、そうしないと野垂れ死ぬだけだったから。カティアはこの状況で、どうにかできる術なんて持ってないでしょう? それが当たり前だったもんね。どうすれば大人しくしてくれるか考えてたけど、いい事思いついた。裏路地で這いずる掃除屋の真似事でもしてみせようか。安心していいよ、一度足りとて死なせはしない。私には相手が四肢をもがれようと腸を穿り返されようと一瞬の内に元に戻す事ができるから。都市にいたら一生こんな事が外で日常的に起きてるなんて知らないままだったでしょうね、さて、どこから解体しましょうか、爪? 指? 手? 腕? 足? それとも胴? あぁ血抜きから始めてもいいかもね」
私が一つ言葉を吐く度に、カティアの顔色は悪く、青褪めていく。私が苛立ち混じりに威嚇しているのもあるが、ここで殺されれば何も出来ぬまま終わると本能で理解してしまったからだろう。相手次第では「この私にこんな事をして許されると思ってるの?」とでも言えば助かる可能性もあっただろうに、カティアはガタガタと震え目の前のクロスボウを見つめるばかり。
まぁこれくらい怯えているのであれば腕一本くらいでいいかと回復薬を取り出し、私のクシャトリヤを引き抜いた。久々に人の血でこの刃を濯ぐ事が出来る。
そう考えカティアに詰め寄った瞬間。
「そこまでにしてください」
その言葉が私を止めた。それまで己の内に燻っていた殺意が霧散していく。
私達を止めた声の主はマルクトだった。背後にアンジェラと管理人の姿も見える。……とんだ醜態を見せてしまったか、些かカティアとの対話に時間をかけ過ぎてしまったらしい。
「今からエージェントクラウディアがしようとしてる事は時間の無駄です」
「時間の無駄……」
「えぇ、貴女方はロボトミー社のエージェント、翼の一員なのですよ? 見苦しい真似はなさらない様に」
「翼の一員、まぁそれもそうか。管理人、見苦しい所をお見せしました」
そう言って私は剣を納め管理人に軽く頭を下げる。カティアに謝るつもりは毛頭無いが、客観的にみればエージェント同士の諍いを何とかしようとしてリンチに発展させたこちらの方が悪い。
最早怒りすら浮かべなくなった私の姿を見てシンシアもクロスボウを下げる。
「いえ、気にする事はありません。元はといえば事前に情報を伝えずに新人に会わせたこちらのミスなので。30分後に業務を開始します。クラウディアとシンシアに案内を引き継がせる予定でしたがユージーンに引き続きお願いします」
管理人の鶴の一声により基本的にカティアの指導はユージーンに一任する事に相成った。私は結局使わなかった毒物を預けに更衣室へ、シンシアは私の付き添いで。管理人とアンジェラは管理室へ業務開始の準備を、コントロールチームに残るのはマルクトとユージーン、そしてカティアの三名のみとなった。
私達が更衣室に赴く途中、シンシアが私に語りかけてきた。
「ねぇクレア、何でさっきカティアを殺さなかったの?」
「何でってそりゃあ……何となく?」
「ふぅん、そっか」
それを聞いて納得したようにシンシアは頷いた。
◇――sideユージーン――◇
嵐のように去っていった先輩二人を見て何となく可哀想だなと思った。
この高慢な女と常に死線を生き抜いてきたであろう彼女達とはどうしても相性が悪い、今回は少しばかり間が悪かったのだろう。
例えば最初から彼女達がカティアを指導していれば、もしくは僕が彼女達に助けを求めなければ。そんなたらればを想像してしまうが今考えても詮無き事、重ね重ね申し訳無い事をしたと思う。
「エージェントユージーン、彼女を起こしてあげて下さい」
マルクトの言葉に従って隣を見やると呆然と床にへたり込んでるカティアの姿があった。立ったり座ったりせわしない奴だと思う反面、クラウディア達の殺気をああも浴びれば仕方の無い事ではあるのかなと。
(――あぁ、そうか。普通はあんな簡単に自分以外の存在を葬り去れるような人間には恐怖を抱くものか、そりゃそうだわな)
それが彼女達を忌避する理由になどなりはしないが。
「ほら早く立って下さい、マルクトさんも困ってるでしょう?」
「こ、このわたくしに対して、困るなんて……」
呂律が回ってない今なおも言い返してくるカティアに深い溜息が零れ出た。
「あの先輩二人ほどじゃないけどね、実は僕も君の事はどうだっていいと思ってる」
「え……?」
「人の上に立つ人がいる、人の下につく人がいる。それ自体には何一つ不満は無いよ、じゃないと国は体裁を保てないもの。でもね、その地位にいる者は相応しい身の振り方をすべきだと思うんだ。分かるかい? 賢者は賢者らしく、愚者は愚者らしく、凡人は凡人らしくあるべきだ」
カティアの手を取り強引に立たせ、顔を近づける。
「身の丈に合わぬ振る舞いはしてはいけないよ。僕は、天上から墜ちてなお自分にはあらゆる権利があると嘯く、自覚の無い馬鹿は嫌いだから」
「あっ……」
カティアの瞳が揺らぐ。少し言い過ぎたかなと軽く反省する。
先程醜態を晒すなと言われたばかりなのにね。
「すいませんマルクトさん、カティアを連れて更衣室まで案内してきます」
「お願いしますね」
力を持つ者は力を持つ者の振る舞いを、権威を持つ者は権威を持つ者の振る舞いを、叡智を持つ者は叡智を持つ者の振る舞いを。誰もが自分を演じてる、彼もが立場を演じてる。そうして世界は回ってる。
そうでなければならない。その輪から外れたイレギュラーは唾棄すべき物だ、忌むべき物だ。
力を、権利を、叡智を持たぬ者がそれらを持つ者の振る舞いをするなどあってはならない。
そのようなピエロになど、私はならない。
◇――sideクラウディア――◇
業務開始の連絡を告げるアラームが全てのエージェントのタブレットから鳴り響く。
毒薬を戻し代わりに傷薬を持ってきてすぐのの私に「知った事か」と言わんばかりに仕事が割り振られる。
与えられた仕事は『アブノーマリティO-03-60に対する愛着作業。対象、職員クラウディア』と言うもの。
「じゃ、行って来るわ」
背後から聞こえるシンシアの見送りには返事を返し、カティアのものと思われる「は? 実際に働くのは私達だけ? じゃあオフィサーとやらとかマルクトとやらがいる意味無いじゃない!」とか言う戯言を聞き流し新しく収容されたアブノーマリティの収容室まで移動する。
一階層下に下がらないといけないが、上下の移動手段には階段ではなく全てエレベーターが使われているらしい。……もしかしてこれW社のテレポート技術が用いられているのか? 瞬間移動レベルだったぞ今。
このロボトミー社は一体幾つの翼と企業提携しているのか気になってきたが、件のアブノーマリティの収容室前に辿り着いたので思考を中断させる。
慣れた手付きでタブレットの暗証番号を確認し収容室の扉に「0360」と打ち込む。十字を背負う髑髏、罪人を罰する小鳥と来て次はどのような化物と対面するのだろうか、出会い頭に攻撃してこなければいいなと思いつつ収容室内へと足を踏み入れた。
「歓喜。歓迎」
それは真っ黒なインクをぶちまけた様な、既存の枠組みから逸脱した酷く不可解な物体だった。黒い球体からは細く鋭利な触手が四本突き出し、四足動物のようにそれらを動かし直立している。
中央の黒い球体からは星やハート、十字架のマークなど様々な模様が浮かんでは消えていく。
――まるで子供の書いた落書きみたいだ。
そう思わずにはいられないほど目の前のアブノーマリティは異形に過ぎた。
取り敢えず挨拶でもしてみるかと口を開こうとした瞬間、四本ある触手の内一本が私の脳を貫かんと迫る。
「あっぶなッ!」
中々にスピードの乗った一撃だったが何とか串刺しは回避する。
「困惑。回避。疑問。機能。調節。不可。再度。試行」
「待って待って! 話し通じるから落ち着け!」
再度触手を伸ばそうとしたアブノーマリティが動きを止める。目の前のアブノーマリティから聞こえた機能、調節という単語から、少なくとも殺意を持って攻撃してきたのではないだろうと予想して咄嗟に言葉通じますよアピールをしたが、どうやら通じてくれたらしい。
アブノーマリティは私を貫く事を止め、私の額――と言うより罪と善の茨の冠か?――をすりすりと撫でていた。
「調節。不要。原因。解析。不可。人間。交流。優先」
すりすりを止め四本で直立し、静止するアブノーマリティ。
片言でしか喋れないのか先程から聞き取りづらく意味を理解するのに数秒時間が掛かる。この手のコミュニケーションはシンシアの方が得意なのだが……愛着作業を任されたのは私なので出来るだけ有用な情報を入手する事に務める。
「取り敢えず幾つか質問させて貰うけど構わないかな?」
「了承」
「君の名前は? 私はクラウディア」
「個体。識別。名称。無。クラウディア。自由。呼称」
名前は無い、クラウディアは自由に呼ぶといい、かな?
少し質問を変えて「君は何者なのか」と問うと少しの沈黙の後に、
「宇宙。欠片」
と答えてくれた。
「宇宙の欠片?」
「肯定」
宇宙の欠片って何だよみたいな所はあるが、ともあれこのアブノーマリティの仮名称は決まった。
「宇宙の欠片、というからには多分この星で生まれた生命体と言う訳では無いんだろう、実際見たこと無いし。君は侵略者か?」
「否定。目的。知識。贈与。人間」
「知識を人間に与える事が目的?」
「肯定」
「さっき私を貫こうとしたのにも、その知識を与えると言う目的に関係が?」
「未調節。宇宙。声。不透明。信号。人間。脳。調節。声。可聴。知識。贈与。助力」
あの行為は宇宙の欠片の声を聞き取れるよう調節するためのものであるらしく、それが無ければ宇宙の欠片の音はノイズの様に聞こえるようだ。
知識を与えると言う目的のため、出会い頭に頭を貫こうとしたようだが普通は避ける。
なので私は頭の茨の冠を指差した。
「この茨の冠を被ってる奴は宇宙の欠片の声を聞き取れるから調節はいらないよ」
「理解。把握」
頭を貫通しかけた時は若干不安だったが中々に聞き分けがいい。これくらいいい子なら茨の冠という目印さえ示してやれば滅多な事では人を傷つけはしない筈。そのためには皆に茨の冠を付けさせる必要があるが……罪と善が寛容である事を祈ろう。
宇宙の欠片に対する作業時間の終わりが差し迫ってきた頃。ふと、気になり一つの質問をする。
「私達の言葉は片言でしか喋れないみたいだけど、どうやって知識を与えるつもり?」
「――唄」
宇宙の欠片の不安定な肉体に浮かび上がる数々の記号が一つの模様を形作る。
「唄。特別。言語。不問」
中心の球体には色とりどりの大小様々なハート。
「宇宙。神秘。瞬時。認識。可能」
四つの触手とは別にもう一本、中心の球体上部から枯れ枝の様な触手が飛び出る。
「――素敵」
「……そう、ありがとう。また来るかも」
その一本の先からまるで花開くように一際大きなハートが形作られるのを見ながら、私は宇宙の欠片の収容室を後にした。
後から思えば私はその唄についてもっと深く考えるべきだった。宇宙の欠片に対し幾らでも質問できた筈なのにいつもこうした事に頭が回らない。
悔いは無いが、あの場で唯一私だけがあれを未然に防げた筈。そんな心残りが私の脳裏を過ぎるのだ。
◇――◇――◇
宇宙の欠片の収容室からメインルームへと帰る私は道中でシンシアとすれ違う。
「あれ、宇宙の欠片に作業?」
「宇宙の欠片……、あぁうん、新しいアブノーマリティに作業指示が来たからこっちに降りてきたの。新しいアブノーマリティの名前? 宇宙の欠片って」
「まだ情報管理人に渡してないから全員に届いてないけどそうだね。気をつけなね」
ちょっとした会話をしてシンシアと別れ再びメインルームへと向かう。……シンシアに茨の冠外から見て分かるように付けとけって言うの忘れてたな、まぁ何とかするだろシンシアなら。
メインルームに戻るとユージーン、そしてやや落ち込んでるマルクトの姿。カティアの姿は無い。
ユージーンに視線を投げ掛けると苦い顔をしながら答えてくれた。
「……さっきカティアが変な事口走ったせいでマルクトさんが精神的に不安定になっててね、励ます事も僕には出来そうも無いからクラウディアを待ってたんだよ」
それに、とユージーンがインカムを外し私の耳元に口を近づけた。
「実際問題マルクトさんは僕達の行動を制限してる訳でもない、良くも悪くもね。だから大げさに言ってしまえば僕達の業務にはあまり関係ない筈なんだ、だから管理人やアンジェラさんに言うのも迷ってたんだ。放っておけと言われても困るし」
だからクラウディアに頼もうと思ったとユージーンが言い終えインカムを再び付け直す。
もうあいつ口封じた方が皆の為なんじゃなかろうか。
宇宙の欠片について纏める予定だったが仕方無い、ちょっとした段差に腰掛けるマルクトの隣に座り、柔らかい声音を意識して話しかける。
「どうしましたか、マルクトさん」
「……エージェントクラウディア、作業に戻らなくていいんですか?」
「ちょうど手隙ですので作業指示を頂くまではマルクトさんの話を聞こうかなと」
「そうですか、……私は――」
ぽつりぽつりと語られたのは、自分がカティアの言葉を切っ掛けに己の存在価値に疑問を抱いたというもの。
ユージーンやカティアより早くこの場で働いてはいるが殆ど誤差の様なものであり、アンジェラやマルクトから見れば新参者もいい所だろう、そんな私にはマルクトの苦悩を心の底から理解はできないし知ったような顔をした所で苛立ちを深めるだけだろう。私もそうだから。
「私はコントロールチームのセフィラ、コントロールチームの中枢を担うもの……。なのに何で私は何も出来ないの? 何でアンジェラ様は、私に……」
「別にわざわざ管理作業を自分からしようとしなくてもいいと思いますけどね、管理人が最たる例でしょう。明確に行うべきものが違うんですからあまり気に病む必要は――」
「だとしても、このままじゃいけない。アンジェラ様に認められないと、コントロールチームの、ロボトミー社の心臓として」
そういったマルクトの眼は爛々と光り、あらぬ方向を見詰めていた。
……これはいけない。
そこへ、作業指示を受けたユージーンと入れ替わるようにしてカティアとシンシアがメインルームへと戻る。
頭痛を堪える様に頭を抱えていたカティアは私に気付くと「ひっ」と嫌な奴に出くわしたかの様な悲鳴を上げる。
「な、何よ! 何か用!?」
「いや無いようるさい、それよりタブレット確認したら?」
「え、は!? 何で私だけ二回連続で作業をしなきゃ……あーもう分かったわよ!」
言われた通りタブレットを確認し、追加の作業指示に憤慨した様子でインカムに怒鳴るカティアだったが数秒で言い負かされ逃げるようにして収容室のある廊下へと駆けていった。
その間もマルクトは何らかの脅迫的思想に取り付かれたかの様に手帳に何かを書き込んでいた。
「でしたらマルクトさん、アブノーマリティに触れてみますか?」
「……アブノーマリティに……?」
今私が提案しようとしてる事は本来してはいけない事なのだろう、特に確認していないが規約違反となっている可能性が高い。
だとしても狂的なまでに己のセフィラという立場に固執するマルクトに取れる行動はこれくらいしかなかった。
「えぇ、カティアがたった一つの罪と何百もの善に、ユージーンが罰鳥に、私が宇宙の欠片で計二回。さっきシンシアが宇宙の欠片に、ユージーンが罪と善に作業を行って今しがたカティアが宇宙の欠片の収容室へ向かいました。罰鳥分の作業は抜いて合計で五回、罰鳥以外のアブノーマリティに作業を行ったのでそろそろ――」
言い終わる前にマルクトの体がピクッと震える、と同時に罰鳥が脱走した旨がタブレットに届いた。
(警告が端末に来る前に反応してた……、脱走したアブノーマリティを感知できるのか? メインルームに備え付けられてる巨大モニターには目も向けてなかったし……)
若干不可解な反応を示したマルクトはメインルームへと侵入した白い小鳥に目を向ける。暗い、冷たい鉄の様な眼差しを。
「……どうしました?」
「あれがアブノーマリティ……、私が、管理しなきゃ」
不信に思い声を掛けるもマルクトは立ち上がり、逃げ惑うオフィサーに目もくれず的確にシンシアの頭を突く罰鳥の方へ向かっていく。
「コントロールしないと……私が。これを――」
「ッ! シンシア! マルクトを」
止めて、と言い切るには数瞬遅かった。既にマルクトはシンシアの背後におり、シンシアの頭の上を陣取る罰鳥を壊れ物を扱うように掴み上げ――
――力を込める。
私の焦った声に反応し背後のマルクトから尋常ならざる気配を感じ罰鳥に力を込める手を離させようとするが。
「“動かないで、これは私が制御する。私が管理すれば全てうまくいく”きっと……きっと……!」
私が駆け出すより、シンシアがマルクトの手を引き剥がすより、マルクトがその言葉を吐く方が早かった。
……私は動いてはいけないのか、何故? マルクトがそう言ったからか……そうか、マルクトに任せておけば大丈夫だな。何も焦る事は無かった、マルクトが管理するなら全てうまくいくとマルクト自身が言っていたのだから。
だから落ち着いて、足を止めて、何事も無かったかのように、管理人から作業指示がくるまで、ぼーっとしていよう。あの罰鳥はマルクト管理するんだ、もはや記憶に留める事も無いだろう。
――――なんて。
「 馬 鹿 か ? 」
足を踏み出す。手は動く。頭は働く。ならすべきは唯一つ。
体表が徐々に赤く染まっていく罰鳥からマルクトを引き剥がす……!
「エージェントクラウディア、何をッ」
「何を、はこっちのセリフだっての!」
シンシアはマルクトから罰鳥を取り戻し、私はマルクトの体を抑え余計な行動をさせないようにする。
罰鳥は私とシンシアを交互に見やり、赤い染みを薄めてくれた。……よかった。
私の拘束から逃れようともがくマルクトを抑えつつ先程の己の思考について考える。
切っ掛けは考えるまでも無い、マルクトに「動くな、自分に任せろ、そうすればうまくいく」と言い放たれ、それを聞いた事だ。その直後私はマルクトの声に従っていた。私と同じタイミングでマルクトと罰鳥を剥がした事からおそらくシンシアも同じ感覚に陥っていたのだろう。
オフィサーは構わず逃げ惑っているのでマルクトの声に従ったのは私とシンシアの二人だけ、つまりは声を介してエージェントだけに作用する暗示か洗脳かいずれかの力がマルクトにはあるのだろう。
なんて悠長な事を考えている内にマルクトの抵抗は激しくなっていく。
「なぜッ!」
「何故って、私に相談してくれた上司が自殺しようとしてんの止めない訳にもいかないでしょうが!」
更に力を入れてマルクトを拘束してるせいで声を荒げながら私は言った。マルクトの精神状態を推し量れなかったのもそうだが後輩のバカな一言で上司が憔悴とか普通止めるだろう。
まして何となくのアドバイスで当人が自殺に片足突っ込むとか冗談じゃない、ユージーンやカティアとの価値観の相違を感じる私でも罪悪感くらい抱く。
だから早くしてくれ。
「“離ッ――」
『――何をしているのマルクト』
私の願いが通じたのかコントロールチームのメインルームにアンジェラの声が響き渡る。
明らかに私に洗脳を使おうとしていたマルクとがピタリと動きを止める。
助かった、そう素直に思った。
相手を故意に気絶させるというのは相当に難しい。武器を振り回して相手を殺す方がよっぽど楽だった。シンシアなら麻酔矢とか撃てるが私は手加減が滅法苦手であり、故に管理人かアンジェラのどちらかがマルクトを止めてくれないと私はマルクトを止められなかっただろう。
「アンジェラ、様……」
『アブノーマリティに自分から危害を加えようとするなんて貴女らしくないわね、この後管理室まで来るように』
「はい……」
それっきりメインルームの拡声器は音を流さなくなった。マルクトはもう安全だと判断したのだろう。
事実マルクトは深く落ち込んでいた。だが先程のように酷く憔悴している訳では無い、それさえ分かれば十分であった。
「エージェントクラウディア、貴女の提案のおかげで私の中で蠢く感情が少しだけ鮮明になったような気がします。迷惑をかけました」
そう言ってマルクトは「あぁ、やっぱり私は……」と言い残しアンジェラの待つ管理室へと赴いた。
「つっかれたぁ」
「おつかれクレア。ごめんね、すぐ反応できなくて」
「いや、しゃーないってあれは。流石に精神汚染に対処する薬は作ってなかったしそもそも洗脳とかしてくるなんて全然分からなかったから」
『マルクトが粗相をしたようで、申し訳ありません』
インカムから管理人の声が聞こえた。聞いてたならもっと早く止めてほしかった。
『こんな事が起きた直後で申し訳無いのですが、二人ともカティアの元に向かってください』
「何かあったんです?」
『宇宙の欠片が脱走した』
その言葉に私はメインルームの巨大モニターへと目を向ける。宇宙の欠片の収容室が存在する廊下には、顔を模した部分に裂けた様な笑顔を貼り付けた宇宙の欠片と、すぐ傍でへたり込みながら白と赤で構成された拳銃を発砲するカティアの姿。
先程カティアが発端の騒動を静めたばかりだというのにまた厄介事を引き連れてきたカティアに極大の溜息が零れたのをだれが責められようか。
「ッたく、次から次へと……、行くよシンシア!」
「分かったよクレア」
武装を手にし私達は駆け出した。
◇――sideカティア――◇
幼い頃から私は何でも与えられていた。
本に玩具に側仕え、高価な家具や一流の料理。疑問に思う心を育てる前にそんな環境に身を浸していたから、私にとってはそれが当たり前で。
この世界の全ては私の物という「当然の権利」を振りかざして、そこそこにストレスの無い世界で生きてきた。
時たまこのような境遇の人間が幸福か不幸かと問う問題があるが、それらは当人がその環境から外れて始めて幸か不幸かが分かる。
だってその時の環境は当人にとって日常なのだから、「普通」に優劣は付けようがないだろう。
そんな普通が崩れたのは突然だった。
側仕えに一人が大慌てで持ってきた父からの一通の手紙、それは私を翼の一つで働かせるという旨が書かれており、その手紙を持ってきた側仕えは私を掻き抱き震えていた。
私には分からなかった。何故いきなり私が翼へと赴く事になったのか、何故父はいきなり私をこの家から放逐しようとしたのか、何故この側仕えは声を押し殺して泣いていたのか。
混乱して動けなかった私をその側仕えは車に押し込んだ。
――申し訳ありません、お嬢様。今日限りを持って私は貴女のお側につく事が叶わなくなりました。
多分私はそこで始めて声を荒げた。質の悪い冗談だ、今の言葉を撤回しろ、そうすれば今までの行いは全て水に流していつも通り私の側で働かせてやる。
幾ら言葉を重ねても彼女は微笑み首を横に振るばかり。
この日初めて、私がそれを望んでも叶わないものがあると知った。
家を、父を、彼女を、全て失って、こうして私はロボトミーコーポレーションへと辿り着いた。
『私達は私達以外の人間を容易く殺せる、そうしないと野垂れ死ぬだけだったから』
『僕は、天上から墜ちてなお自分にはあらゆる権利があると嘯く、自覚の無い馬鹿は嫌いだから』
そこで私は私とは違う世界の価値観を持つ人間達と出会った。
今にして思うのだ、何もかも与えられていたと思っていたあの世界は酷く狭いものだったのだと。
……だから。
「悲哀。歓喜。共有。不可。疑問。武器。発砲。何故」
意味不明な言葉を口にするバケモノに銃を向ける手が震える。
最初は簡単な作業だった。シンシアとかいう奴が出てきた収容室に入ってハートまみれのバケモノにエサをやるだけ。先にたった一つの罪と何百もの善という只管に懺悔を求めてくる頭蓋骨に会ってなければ少なからず恐怖していただろう。
バケモノの声を無視し肉やら穀物やらを投げる。バケモノは不思議そうに触手で肉を突き刺したりしていたが食べる気配は無い。
――栄養。補給。必要。無。
ノイズの様な鳴き声を吐きながら首(に該当するであろう一際巨大なハートマーク)を振るバケモノ。その後も何度かエサを食わせようと試みたが一向に食おうとしない。
仕方がないのでエサを回収し収容室から出ようとして――
――触手により廊下へと叩きつけられた。
「なぁ、っつう……!」
酷い痛みが背中に走る。生まれてこの方怪我と言えば果物ナイフで指を傷つけた程度、廊下を転がるほどの衝撃を受けた事は無かった。痛みに滲む視界であのバケモノを見ると頭の巨大なハートが裂け、狂ったような笑みを浮かべていた。
「把握。茨。冠。未装着。言語。共有。調整」
「来るなバケモノ!」
逃げようとして、足が痛みで動かない事に気付く。先程の衝撃で足を挫いたのか、そう自覚した途端に脂汗が浮き出てくるのを自覚する。
震える手で今度は腰の拳銃を引き抜く。
「来ないで!」
引き金を引く。セーフティーは掛かっていなかったようで一発の弾丸が拳銃から放たれる。が、当たらない。二発三発と弾丸を放つが全て外れた。
「何で!?」
「恐慌。沈静。……唄」
バケモノがノイズを発しながらこちらに近づいてくる。あの鋭利な触手で私を貫くのだろう、嫌だ、死にたくない。ここで終わるわけには行かない、せっかくここまできたのに、
まだ彼らに伝えたい事があるのに。
そんな思いを胸に思わず目を瞑ったのと、バケモノの口が大きく開かれるのと、そしてエレベーターからクラウディアたちが現れるのは全て同時だった。
◇――sideユージーン――◇
たった一つの罪と何百もの善に対する作業を終え収容室から出た直後にインカムでアブノーマリティの鎮圧を指示された。今しがた作業を行ったあいつは脱走せず罰鳥に鎮圧指示を出す愚か者ではないだろう、必然的に新しいアブノーマリティの事なのだろうなと考え――そこで漸くカティアが危ないのではと思い至る。
下の階の収容室に向かう為には一度メインルームを経由してエレベーターに向かう必要がある。直通でいけない分少しタイムロスになるが致し方なし。すぐさま僕は駆け出した。
メインルームに辿り着き巨大モニターを確認する。
(マルクトの姿が無い……何かあったのか? いや、今はそれよりも)
新しいアブノーマリティの収容室が存在する廊下に、子供の落書き染みた化物とそれに迫られているカティア、そしてその現場に一歩早く辿り着いたクラウディア達の姿があった。
安堵の息を漏らしかけ、目的地へ向かう足に集中する。
扉を抜け、廊下を抜け、エレベーターへと駆け込み、下の階へと辿り着く。
「無事か!」
アブノーマリティの触手と切り結ぶクラウディアに援護射撃を行うシンシア、そして僕のすぐ側でへたり込みながら呆然と佇むカティアの姿に知れず冷や汗が滴り落ちる。
「……ぁ、あぁ、ほしの、うた、ははっ、うたってる……」
「カティア……? 何言ってる」
「聞こえる? ユージーン、間一髪でクレアが助けに行ったから目立った重傷は無いけど宇宙の欠片の“唄”にやられた。私も、多分クレアも酷く頭が痛い。こんな状態でカティアを安全な場所に連れてくのは無理があった、だからユージーンがカティアを起こして」
「……ほしがそらがうちゅうがうたってるわらってるたのしそうにあのまたたきがわたしたちに、あぁきこえる? みんなもきこうよふふふっふうふふふふふふ」
視界の先には狂ったように笑い声をあげるカティアの姿。
深い溜息を吐き、僕は武器を握り締める。壊れゆく彼女を見ると得体の知れぬ怒りに似た感情が心の内を暴れまわるのだ、だから嫌いだ、己を己足らしめる芯を持たぬ人間が。芯がないものはこうも崩れやすい事など幾度と無く見てきたのに、手を伸ばす前に壊れていく。
でもここでならまだ手は届く。
「いい加減目を覚ませッ! カティア!」
僕は握り締めた武器、十字架を象ったメイスをカティアへ思い切り振るった。
これはアンジェラから聞いた話だが、このたった一つの罪と何百もの善から抽出されたエネルギーを使って作られた武器、EGO「懺悔」は殴った相手の精神を揺さぶると言う。その気になればパニックに陥った人間も正気に戻す事が可能だと言っていた。
果たしてその効果は――
「うっ、え? あぇ、ほし? 私、何をして……」
――十全に発揮された。
「よかった……」
「え、ユージーン?」
「目覚めたばかりで悪いがよく聞いて。今あそこにいるのはお前を狂気に落とし込んだ張本人だ、あいつを鎮圧する」
「え……ひっ」
廊下の先へ目を向けたカティアの身が恐怖にすくむ。
「落ち着けカティア! 今クラウディア達があいつを押し留めてる、僕達も参加しなければ全滅する。カティアはシンシアと一緒にその拳銃を使ってあいつを撃て」
「で、でも、さっき全然当たらなくて――」
「お前は何故ここにいる! 己の立場を自覚しろ! お前はただの社員だ、ここで死に物狂いであいつと戦わなければ未来は無いぞ。ここからやり直すんだろう!? ここで止まるなよカティア」
「……ッ、わた、しは」
「恐怖で震えるなら壁に寄りかかれば幾分マシになるよ。その銃、使えるでしょ?」
クロスボウを連射しながらシンシアが言う。ここまでくればもう大丈夫だろう、そう判断し僕はメイスを持ったままアブノーマリティに駆け寄った。
「今はただのカティアだけど……あんたみたいなバケモノが止めていい存在にはならないわ!」
そう叫ぶカティアの声を背に僕は、クラウディアの邪魔をしないように、されど己の存在を叩き付ける様にしてメイスを渾身の力で振るったのだった。
◇――sideⅩ――◇
日を跨ぐたびに己の内に燻る焦燥の火種が燃え盛っているようだ、そう思えるほどに今俺が感じている精神的疲労は凄まじいものだった。
「一度にイレギュラーが起こりすぎたな……」
「ですが見事捌ききったではありませんか。三日目でこれは賞賛されるべき事です」
何時の間に現れたのかアンジェラが微笑みながらそう言った。
三日、そうか……三日目か。
「賞賛されるべきは職員達ですよ、パニックに陥ったカティアを救い、たった一人で戦線を維持し、正確な射撃で大技の発動を防いでいた。それなのに私は情報が無いからと何も出来なかった……」
アブノーマリティの鎮圧を行った後、クラウディアから「マルクトの精神安定を図る事を優先してアブノーマリティに関する情報の受け渡しを後回しにしてしまった。本当に申し訳ない」というメールと共にアブノーマリティ――宇宙の欠片の情報が届いた。
謝るべきはこちらの方だ。こんな事態を防ぐ為に業務開始前にマルクトや職員たちに会いに行ったというのにまるで意味が無かった。俺は無力だったんだ。
「ならばここから力を付けていきましょう。先程はああ言いましたがたかが三日目です、次からはもっと上手くいくことでしょう」
「……心配かけましたかね」
「構いませんよ」
アンジェラの味気ない慰めも今はありがたいと思えた。
アブノーマリティO-03-60の名称は「宇宙の欠片」この名は宇宙の欠片自身がそう答えたのではなく何者かと言う問いに答えたもの、恐らくは種族名です。
宇宙の欠片は詳細不明の黒い物質で構成された黒い球体であり5つの付属物が非対称についたアブノーマリティです。手足を模したと思われる四本の触手に巨大なハートマークで形作られた頭部を持ちます。
意思の疎通の取れない者の頭部を触手で貫き強制的に意志の疎通を可能にさせる「調整」を行ってくるので全職員にたった一つの罪と何百もの善の茨の冠を取得させる事を提案します。
宇宙の欠片は人間に宇宙の神秘を伝えに来たと言い、その伝達方法は後述の唄によるものです。
宇宙の欠片は作業結果によって脱走する可能性を持ちます。
エージェントカティア並びにエージェントシンシアの証言から本能作業に低い反応、洞察作業に普通の反応を示す事が分かりました。
脱走した宇宙の欠片は頭部のハートマークを笑顔を模した模様に変化させます。
脱走した宇宙の欠片は触手を用いた近接攻撃と「唄」による部屋内の広範囲攻撃の二種類の攻撃を持ちます。唄を聴いた者は精神力次第でパニックに陥ります。
あなたはその曲に出会います。魅惑的にあなたに近づいてきます……
「……脱走するアブノーマリティが来るだけでここまで混乱を誘発されるとは」
しかしこのアブノーマリティは本当に悪と呼ばれるものだろうか、彼は宇宙の神秘を伝えたかっただけでむしろ人間にとって友好的と言えるのではないだろうか。
彼の取った手段に人間が耐え切れなかっただけで。
悪意無き災害とはかくも恐ろしい。友好的、敵意や害意は無い、攻撃しているつもりはない、だというのに起こりうるそれらは未然に防げるものではない。
だから我々は手探りで道を探すのだ。仲間が傷を負っても、己が身を苦痛に晒しても。
私にはそんな彼らの上に立つ事が出来ているのだろうか? 茨の道を進む覚悟は? 最初にクラウディア達にあのような事を言ったのに。
……いや、進むしかないのだ。アンジェラが言ったように。進み続ける彼らをよそに自分だけが足を止めるなど、それこそがあってはならない事なのだろう。
恐怖に立ち向かい、未来を作る。なんとも悩ましいスローガンを掲げてくれたものだと思う。それこそが今の俺たちに必要なものだから。
――――TT2保存プロセス開始――――
――――セフィラプロトコル更新――――
―――――EndoBox展開―――――
――TT2コンポーネントにアサイン――
――――エンケファリン 活性化――――
―――――――TT2加速―――――――
――――――DAY4 開始――――――
こんな一度に書いたの初めてかもしれない。是が非でも一日を一話に収めたかったんだ。
いつものURL
https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Fragment_of_the_Universe
宇宙の欠片のwikiです。結構なネタバレあるので気をつけてくだしあ。
今回は話の展開について。
ロボトミ既プレイの人なら分かると思いますが職員を主人公に添えるとストーリーイベントとの整合性が取れなくなってしまうんですよ。五日目のマルクトイベとかね?
なもんでちょっとずーつ改変しつつギリギリ整合性が取れる範囲で原作準拠にしようと試行錯誤してました。今回で言えば「マルクトの異常性」がメイン。
職員さんの頑張りが主軸とはいえセフィラや管理人の活躍の場も設けてあげたい二次創作者の苦しみ。是非も無し。
ユージーンの拘りやカティアの出自を掘り下げていくだけでこんな文字数になるとは思ってなかったがこれ人数増えるとえらい事になるんで無い?まぁそこまで行くのかなり時間かかるだろうしいいか。
そろそろ奴らの構想を練っていくかと思ったので↓
ハジメテは誰がいい?
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管理人!
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ダイソン
-
山田くん
-
盲愛済み
-
糞指揮者