ああ、私は夢を見ているのか。
ダイズは眠っている自分を自覚できるタイプのため、
この朧気な世界が、自らの脳内映像なのだと見ただけで気づく。
何もない無の空間にポツンと一人立つダイズ。
ふとその手を、下から何かに引っ張られる。
目を向ければ、そこには狐が居た。
藤色の体毛をしたこの世非ざる紫狐。
手を咥えて屈めと催促されて、
顔を近づければ、ペロペロと舐められる。
「随分と人懐っこい狐ですね」
狐はあまり人間に懐かないと聞いていたが、
まるで犬のようにじゃれついてくる。
夢の中だから、現実の知識なんて関係ないかもしれないけれど。
――どうしてだろう。
ダイズは、この狐を初めて見た気がしないのだ。
知っている、この暖かさと。
だいず……だいず……。
主の名を呼ぶこの声を、知っている。
目が覚め、見開く視界は自宅の天井。
頬に触れると、狐の舌の感触が残っている気がして。
ダイズは机の上に置いてある、ギャプランに近づいて。
「……君、なのか?」
そう問いかけて。
おはよう、だいず。
と、返事が聞こえた、気がした。
「あの、おかしな事を聞くんっすけど」
レストラン・フレンズのモーニングタイム。
今日はジュウリはバイトの休みを取っており居らず。
カザナも用事があって、昼から顔を見せるというので、午前中はダイズ1人。
いつものようにやってきたダイズは極上の朝食を味わいながら、
料理中のモービルに声をかけ。
「ガンプラが持ち主に話し掛けてきたりとか、するんっすかね?」
口にして、そんなわけないだろと自分にツッコミをいれる。
ギャプランを組み、共に戦い続ける中、たまに聞こえる気がする知らぬ声。
それも一度や二度ではない、かなり頻繁に。
今朝の夢も、起き抜けの挨拶も心地良いもので。
霊体験の恐怖とは感じなかったのも不思議だと思うダイズに、モービルは。
「するよ」
さも当然と、あっけないほどの返事。
続けて。
「ガンプラには意思があるし、心もあるんだよ」
「いや、いくらなんでも非常識っつーか……」
「でも、声が聞こえたんだよね?」
そう、それは間違いない。
声は、ギャプランから聞こえてきている。
たまにコンコンと狐のような鳴き声も。
いや、現実の狐はコンコンとは鳴かないだろ。
だがそもそもプラスチックの塊が話しかけてきて、現実を語るのもおかしな話。
常識とオカルトの狭間でせめぎ合っている少年に、モービルは何のことも無しと。
「じゃあ、そのコに直接聞いてみたらいいんじゃないかな」
ここにはそのためのモノがあるじゃないかと、工房の方を示すモービル。
確かに、百聞は一見に如かず。
そして百見は一験に如かず。
ガンプラバトル用のPODに入り込み、ギャプランと共に出撃する。
フィールドは青空と山脈の合間に広がる雪原。
邪魔は入らぬように、パスワードを設定したプライベートルーム。
ギャプランをMS形態にして、雪原の上に着地。
フワリとした雪の感触がシートの揺れで伝わってくる。
さてと、操縦桿とペダルから体をどけて。
「この空間なら好きに動けると思ったのですが、いかがですか?」
もし、君に意思があるのなら、好きに動いていい。
どうかと待っていると。
ギャプランの首が動き出した。
右手、左手、ぎこちなく上がり、下がり。
ダイズの耳に確かに、コンと鳴き声が届く。
うごいて、いいの?
「ええ、いいですよ」
許可を得たギャプランは、雪原を駆け出した。
飛び上がって、狐みたいに雪山に首をつっこんで、もぞもぞしだす。
コンコンと楽しそうに鳴きながら、陽光に煌めく白い大地を自由気ままに駆け回る。
「そうか、君には本当に、心があるんですね」
嬉しくて、優しい声で語り掛けるダイズ。
だいず、たのしい。だいず、おもしろい。
子狐の動きはどんどんと大きくなり、
ついにMA形態に変形し空へと飛び出した。
揺れるシートに掴まりながら、愛機の気ままなフライトに身を任せるダイズ。
止めたくはない。こんなにも楽しそうな相棒を。
主が、どうして止められようか。
そうだ、とダイズは思い立つ。
「ギャプランと機体名で呼ぶもの趣が無いですね。
名前、つけてあげましょうか」
名前と言えば、ダイズが尊敬する先祖、アズキ姫を思い浮かべる。
旅のお供に狸を連れていたそうで、確か名は『茶歩丸(ちゃぽまる)』だった。
茶色の塊が歩くから茶歩丸だったそうなので、では夢で見たこの藤色の狐は。
「じゃあ『紫歩丸(シホマル)』。シホでいかがでしょうか?」
名をつけられたギャプランの急加速で、シートがドンと揺れた。
嬉しいらしい。きりもみ、ループ、喜びの舞で機動が激しくなる。
シホ! シホ! シホ!!
与えられた名を嬉しそうに連呼するギャプラン。
ダイズはシートにしがみ付く力を強め、振り落とされないように堪える。
「はは……そういえばアズキ姫が名無しだった夫に名前を付ける時も、
とても大騒ぎの渦中だと聞きましたが……」
名前で大騒ぎになるのは、慈恵の血筋なのか。
そろそろ落ち着いてもらわないと、三半規管が保たないかもしれない。
でも、喜んでくれているのは嬉しかった。
レストラン・フレンズのキッチンには、小型のモニターが設置されており、
裏の工房で行われているバトルの様子がいつでも見えるようになっている。
「うん、ガンプラには心があるんだよ」
ガンプラが語り掛けてくるとダイズが戸惑いながら話し出したとき、
彼にも聞こえるようになったのだと、モービルは喜んだ。
ビルダーとガンプラの絆は力となり、
ガンプラの世界を広げ、深く、面白くしてくれるものだから。
新しき友がそこに立ってくれた事が嬉しくて。
モニターの中で、雪原を駆け回る1人と1機の楽しそうな姿に充てられて、
体が疼いてしまうモービル。
レストランの経営は忙しく、
学生の頃に比べてガンプラに触れる機会はずっと減ってしまったが、
閉店後の少しの時間だけ、愛機と過ごす時間はかけがえのないもの。
また今日もお店を閉めたら、愛機と共に過ごそう。
ダイズの遊ぶ姿を少し羨ましそうに見ていた、その時だった。
――おい、なにか来るぞ。
「え? 何が?」
キッチンの上の棚に置かれた愛機の声は、ここ数年聞いたことがないほど緊迫している。
わかんねぇ、けど、これはヤバイぞ!
ダイズとギャプランが遊ぶ雪原の天候が急激に変化する。
それは、暗雲という言葉すらも生易しい、漆黒の雲が空を覆い始めていた。