だいずがしほを動かしてくれているほうが、うれしいな。
ひとしきり雪山で遊び惚けたあとのギャプランのお願いを聞き届け。
ダイズは操縦桿を握りなおし、ペダルを踏みこんだ。
「行きますよ、シホ」
今までと変わらぬはずなのに、
ギャプランに意思があると気付いただけで、こんなにも気持ちが違う。
心のままに、ただ歩く、ただ奔る、ただ飛び、ただ駆ける。
それがこんなにも楽しい。
ガンプラバトルに飽きた人が多いと思い出し、
改めて思う、どうしてこんなにも素敵な物を、手放すことができるのか。
たのしい、楽しいと1人と1機が共に謳歌するその時だった。
「ん? 天候が、変わっていく?」
青空が一変、黒雲が立ち込めていく。
このステージに天候変化のギミックなどあっただろうか?
妙だなと顎をかくダイズに。
――だいず、なにかくる!
ギャプランが何かを感じた。
黒雲が広がるその一か所。
チカッと赤い光が輝き、その中の殺意に感づけた。
反射的に回避しなかったなら、赤いビーム弾はギャプランの頭部に直撃していただろう。
「攻撃!? またこの前のような輩ですか!?」
最初にガンプラバトルをした時の乱入者と同じ、
初心者狩りをするような者達か?
この部屋にプライベートロックをかけていたはずなのに、侵入された事も同じ。
何をすると抗議をあげるよりも前に、
攻撃をしてきた”影”の異質さに、背筋が震えた。
「ちがう! これは――」
普通、ではない。
NPCだとかプログラムだとか、そういう類でもなく。
赤いビームを放った”影”に実在感を感じられない。
「ゴースト!?」
バーチャルの中で、馬鹿々々しいと少し前ならば一笑に付していただろう。
だがこの数時間、ガンプラには意思があり、心があると知ったからわかる。
あの”影”に籠められた、ドス黒い感情。
黒雲の中にうっすらと見えるその”影”、かろうじてガンプラと認識できるそれは、
血の色をした瞳で、ギャプランとその中のダイズを射抜く。
だいず! あのがんぷら、しほ達を恨んでる!
「ええ、それは私にも伝わりますが、どうして!?」
まだガンプラを始めて2週間のダイズを、この黒い”影”は恨んでいる。
言葉は聞こえない、何も話していないけれど、
再び放たれた赤いビームがギャプランの装甲を削る。
一撃が、冷たく、重すぎる。
「シホ!」
だいじょうぶ! だけど、そんなに何発も耐えれないよ!
強い。このゴースト、ガンプラのスペックはダイズのギャプランの比ではない。
下手をすれば、ジュウリと同等、いや、それ以上。
おまけに影と黒雲で姿形がよくわからない。
チラチラと見え隠れする部分や武装で判別するには、
ダイズのガンプラ知識が不足しすぎている。
突然の戦いは、混乱の中にあった。
ただひとつわかっている事は、相手はこちらを倒すつもりで。
ログアウトするにも数秒の時間はかかり、一度退けなければ逃げれもしないという事。
「シホ、無礼者には、退いてもらいますよ」
うん! せっかくだいずと遊んでたのに、邪魔するんだから!!
ダイズもギャプランもやる気は十分。
対するは得体の知れぬ”影”。
とにかくまずは、この敵の詳細を掴む事からだ。
”影”にモヤがかかって見え辛いというだけでこの上なく厄介で、
両肩からなにか小さな物を腕で外したとわかった次には、
小さな物はビームの刃を発生し、ブーメランのように投げ放たれる。
投擲速度が速い。
直撃こそ回避できたが、
ビーム・ライフルと直結しているシールドバインダーが切り削られた。
さらに戻ってくるビーム・ブーメランを躱そうとするが、”影”の左背面から長大な銃身が伸び出し、
白と赤のサンドイッチ色の大出力ビームが撃ちだされた。
ビーム・ブーメランの戻りとの挟み撃ちはギャプランのボディに、甚大なダメージを与える。
「武装が多い!?」
反撃せねばと放つビーム・ライフルの一撃も、
”影”は残像を残して高速で動き出し、カスリもしない。
「火力と機動力の両立……そういうタイプですか」
しかも遠近と、広い攻撃範囲をカバーするバランス型。
この手合いは格下ならば楽に対処ができるが、
格上ならば最も厄介な相手でもあり。
今のダイズとギャプランにとっては、この”影”は間違いなく後者だった。
速度も武装も負けている、現状、勝ち目が無い。
MA形態に変形すれば速度は、いや、それでも良く見て互角だろう。
MA形態ではギャプランの攻撃範囲が狭まり、かえって不利を強いられるだけだ。
”影”とギャプラン、その間にあるマシンスペックの差が、大きすぎる。
それがよくわかった。
だいず! どうするの!? 今のしほじゃ――。
「シホ、それは言いっこなしですよ」
ギャプランの性能が低いから、ガンプラのせいで負けた。
故に勝てないなどみっともない言い訳だ。
ギャプランを作ったのはダイズ自身。
ならばこの状況を打破するのは、ダイズの力でなくてはならない。
「見えるなら、当てられます!」
そう、いくら速かろうと、目で追える。
残像を見せてはいるが、あんなものはただのエフェクトだ、意味などない。
敵がそこに居て、動いている、ならば計算しよう。
目視できる速度から、射撃の相対座標を合わせればいい。
ゴーストだろうが動きのクセがあるなら、それを見抜けばいい。
どこを狙って撃てば当たるか、答えを算出すればいい。
そう、たったそれだけの計算、0.3秒も必要無い。
”影”の猛攻に耐えながら、放つビーム・ライフルの一撃が、
”影”の翼に直撃はした。
惜しい、狙ったのはボディだったが、外した。
「計測速度修正、敵行動パターンに再補正。
動きに感情を観測、怒りの兆候、コンマ0.2マイナスで再計算。
――演算終了」
1発目に補正を加えた2発目は”影”のボディを捉える。
致命傷とはいかなかったが、ダメージは大きい。
次で決める。
スーパーコンピューターに感性を交えたダイズの脳内演算は、3発目の直撃弾道を導きだす。
トリガーを引き絞――だが。
「何!?」
だが、最初に受けたギャプランのダメージが予想以上に深刻だった。
ビーム・ブーメランで切り裂かれたシールドバインダーの傷は、
内部ジェネレーターにまで及び、今になって爆発する。
体勢を崩したギャプランは”影”の赤いビーム弾に両腕を砕かれ、
武装を全て奪われ、落下するギャプラン。
雪原に墜落し、機能停止。
「くっ! シホ!?」
だめ……からだ……うごかな……。
目の前には、再びMS形態に変形をして着地する”影”。
引き抜いたのは大剣、トドメを刺さんと、振りかぶる。
その一瞬だけ、”影”のニチャリと笑った声がした。
「すみませんシホ、付き合います」
敗北は共に受け入れよう。
操縦桿を握りしめ、目を閉じる。
次の瞬間に振り落とされる大剣の一撃を覚悟し。
――3秒が経過しても、まだその一撃は落ちてこない。
ひと思いにやってほしいのにと目を開けると。
そこには、”影”の大剣を受け止める。
「たい……よう……?」
暗闇の中にあっても眩く煌めく、陽光の如きガンプラが、
ダイズとギャプランを守るように、立ちふさがっていた。
ずるい。
”影”にとって、そのギャプランとビルダーは一目見た時から気に入らなかった。
理由も自覚しているので、より一層憎らしい。
気に入らないなりにこの数日間、ずっと見ていて。
ついに今日、ガンプラと心を交わすようになったと気が付き、壊そうと決めた。
ずるい、不公平だ。
実際に戦って、さらに不満は増していく。
ガンプラは雑魚も同然の素人仕上がりだというのに、
決して遅くはない”影”の動きに的確に狙いを合わせ、撃ち抜かれた。
ただのビーム・ライフル、ほぼ無改造の貧弱な、あの程度の武装で。
ギャプランの担い手であるビルダーの、超人的な演算による攻撃。
”影”を作ったのは、”影”が大好きなガンプラビルダーだから、
負けるわけがない、負けるわけにはいかない。
ふと出来たチャンスに攻撃を叩き込んで無力化こそできたが、
あのまま続けていたら、”影”の勝利は危うかっただろう。
ずるい、不公平だ、絶対に壊す。
別にこんなバーチャル空間でガンプラを壊したから何があるわけでもないけれど、
”影”はギャプランとそのビルダーが気に入らなかった、だから壊す。
大好きなビルダーが、何日もかけて磨き上げてくれたこの剣で、真っ二つに!
ところが、振り下ろした大剣は、間に割って入ったオレンジ色に防がれた。
真っ暗闇の中で輝く太陽色のガンプラ。
槍の先端にビーム・サーベルを2つ繋げたツイン・ビーム・スピアで大剣を受け止めている。
押し返してくるパワーが尋常ではない。
太陽の名は、『パワード・ジム』。
改造なんてされていない、ただスミ入れとつや消しを吹いただけの、無改造ガンプラ。
そんなものが、大好きなビルダーが手塩にかけた”影”を跳ねのけようというのか。
気に入らない! コイツごと、潰す!
――パワード!
主に名を呼ばれた、それだけで、パワード・ジムから灼熱のエネルギーが放出された。
眼下の雪を溶かして、剥きだした岩石をマグマに変える。
あれは武装ではない、太陽が纏うプロミネンスのわずかな一糸。
ただ、溢れる想いを具現化したものを、”ほんの少しだけ”開放したに過ぎず。
ツイン・ビーム・スピアで受け止められていた大剣が、
ドロリとガラス細工みたいに溶け落ちた。
あれは、陽光の化身。
遍く全てを照らし出し、敵を焼き尽くす素組みの化物。
パワード・ジムは、”影”に問う。
お前は、なんだ?
”影”は理解する、あれは、”影”だけで勝てる相手ではない。
そしてあのギャプランを守っている事が、より苛立たしい。
”影”は問いに答えず、鳥のような形に変形して飛びだった。
幸いな事にパワード・ジムは追ってこなかったが。
忌々しい。
”影”は陽光に守られるギャプランを睨みつけ、今度は壊すと殺意をぶつけ。
シュンと何事もなかったかのように、黒雲と共に姿を消した。