レストラン、フレンズの閉店まであと1時間。
モービルが最後の仕込みをしている間に、ダイズとジュウリは二人で工房に。
ガンプラの折れた箇所をじっくり観察して、ジュウリは修理方法を決める。
「接着だけじゃ無理ね。真鍮線を通しましょ」
ガンプラの関節には大きく負荷が掛かるため、接着剤だけでは直ぐに壊れてしまう事が多い。
折れた箇所に小さな穴を開け、真鍮線を通し、
瞬間接着剤で固定し、硬化スプレーを吹き付ける。
所有時間わずか3分。見事な手際だ。
「おお! 俺のギャプランが復活したぁぁ!!」
「ガンプラをこれから楽しむならよくある事だから、自分で出来るようになったほうがいいわよ」
「うっす! ありがとな姉ちゃん!」
「別にいいわよ。で、今日はずっとここにいるの?」
「おう! もう昨日の夜からガンプラの事ばっかり考えてさ!
我慢できずにネコトちゃんのガンプラ動画、最初の奴から新しい奴まで3週したぜ!」
「いやあれ結構な量あると思うんだけど!?」
そんなやりとりもそこそこに、モービルに手伝いに戻るジュウリ。
レストランの営業時間は9時開店の14時までのランチタイムに、
仕込み時間をおいて17時から20時のディナータイムで閉店。
営業時間中はモービルもジュウリもお店に居るので、今はダイズ一人きり。
さて、今日は何をするかは、もう昨晩から決めてある。
「え~っと、レンタルガンプラコーナーは、っとこれか!」
工房に用意されている、ガンプラバトル用レンタルガンプラ。
様々な特性のガンプラが10機ほど置かれており、
これを使えば、誰でもすぐにガンプラバトルが楽しめる。
もちろんダイズにはギャプランがあるが、
愛機に固執するあまり、無限の可能性を持つガンプラの世界を狭めてはもったいない。
他の対戦ゲームも、たくさんのキャラクターから選ぶから面白いのだ。
見識を広げるためにも、色々と触ってみようと。
まずはオーソドックスな”ファースト”と呼ばれるガンダムを手に取る。
黒をメインカラーにライトグリーンのラインが入ったアレンジデザインこそオリジナルと違うが、
装備はシンプルな基本そのまま。
ガンプラバトル用のPODに入って実際に動かしてみれば。
自分のギャプランとは明確な違いがすぐわかる。
「すげぇ、俺が思った通りに、寸分の狂いなく動くじゃねぇか」
機体の即応性が、バカみたいに早い。
余計な武器やパーツがついていないという身軽さを差し引いても、やわらかい。
これに比べて、自分のギャプランがなんと固い事か。
試しを終えて一度黒いガンダムをチェックしてみると、
関節の可動範囲が拡大されており、この柔軟性が操作性に直結しているようだ。
「ギャプラン、腰動かねぇかんなぁ」
変形ギミックの関係上、ギャプランの可動範囲はかなり抑えられている。
愛機の欠点を把握した所で次のガンプラに。
「次は、キャノンタイプか、コレ?」
ガンダムAGE-3の砲撃仕様であるフォートレス。
これにオリジナル武装の『レーダービット』を搭載している。
レーダービットを射出し、広域に展開させることで戦場全体を詳細に把握。
味方に指揮を出しつつ、AGE-3フォートレスの超火力ビーム砲で、
敵の反応のある場所を丸ごと焼き払う。
機動性の低下や接近武器をオミットすることで、
余ったエネルギーを索敵と砲撃に回した、指揮官用カスタムガンプラ。
使い手が戦略に精通しているのならば、味方の戦闘能力は何倍にも強化されるだろう。
「この手のタイプは、知識がある事前提だな、俺にはちょっと早いぜ」
素人が手を出すと痛い目を見るタイプだ、楽しそうだが、これはまだやめておこう。
「つっぎはっと。ん~? こりゃまた……なんていうか……」
格闘戦用ガンプラ、シャイニングガンダム。
これにやたらとムチムチな肉付きの良い女子高生キャラのシールが両肩に貼られている。
そのキャラの再現なのか、頭部にドクロマークのアクセサリ、右手にドクロマーク付きの手袋。
国内外問わず人気の3D格闘ゲームのキャラだったと思い出すダイズ。
たぶん製作者は格闘ゲームのキャラをモチーフに格闘機にそういう意匠を凝らしたのだろう。
外見はさておき、ガンプラ本体はかなりの仕上がりとなっている。
最初に乗ったガンダムよりもさらに軽く、しなやかな関節構造。
格闘家そのものの体さばきは素早く、徒手空拳によるクロスレンジのインファイトの破壊力は、
正拳突きの一発で敵の上半身が吹き飛ぶほど。
すさまじいの一言、手袋から黒いオーラが立ち上っているが、そういう仕様なのだろう。
爽快感抜群の格闘機を堪能をしたダイズだったが。
「ロマンはあるけど、ちょっと俺好みじゃねぇなぁ」
こればかりは性分である。
ダイズは格闘戦よりも射撃戦の方が好みだとわかった。
さて、あとは、愛機ギャプランと同じ方向性の可変機のガンプラを試そう。
「うお、なんかイカついガンプラだな。ぜーたたす?」
グレーの『ゼータ+(プラス)』というガンプラなのだが。
大きなカスタムを施されているのか、脚部や背面ブースターなどが巨大化しているようだ。
「これは良さそうだな。え~っと、製作者は、カンザキ・ガク。
かっこいいガンプラ作る人みてぇだな」
こんなガンプラを作る人にちょっと会ってみたい。
などと気楽に言いながら再度PODに乗り込んで練習モードでレンタルガンプラを読み込み。
「それじゃ試しに変形して加s――」
ダイズはもう少し注意文をよく読むべきである。
『※食後すぐのご利用はオススメいたしません』
見逃した代償は、PODから聞こえてくる情けない悲鳴だった。
ばたんきゅー。
何十年も前から続くゲームシリーズで使われる言葉。
このフレーズを聞いただけで、どんな状態か察せるというもの。
時刻は13時30分。
レストラン・フレンズのランチタイムはラストオーダーに差し掛かるタイミングで、
ダイズはフラフラとした足取りで席につき。
そうめん&おにぎりセットを頼んでカウンターにつっぷす。
それを見て、皿洗い中のジュウリはばたんきゅーと口にした。
「どうしたのよ? 午前中はレンタルガンプラを色々触るとは言ってたけど」
「――ない」
「ない?」
「聞いていないですよあのガンプラ!!
レンタルっていうのは性能控えめなものでしょう!?
可変機の試しと使ってみましたが、危うくひき肉になるところでしたよ!?」
口調を気にする余裕もないほど嘆くダイズ。
レンタルの可変機ときいて、ああ、とジュウリはすぐさま察した。
「ガクさんのゼータプラスに乗ったのね。
そりゃばたんきゅーにもなるわよ」
「かきまわれましたよ……。
あれを制作した方は、どういう方なんですか……」
「空手大会のチャンピオンよ。
しっかり体を鍛えてるから、ああいう乱暴なガンプラでも体が保つのよね」
「……なんで空手のチャンピオンのガンプラがここにあるんですか」
「モービル店長のお友達だからよ」
その名前を出されると、何でもありに思えてしまう不思議。
茹でたそうめんをガラスの器にあげながら、モービルは古くからの友を語る。
「ガク君は昔から極端な機体が好きだから。
レンタル用のガンプラを皆に頼んだ時も「まずは本物を知れ」って、
すごいのを貰ったんだ」
「嫌というほど身に沁みましたよ……」
「はい、そうめんとおにぎりセット。食欲があまりないなら、まずは梅おにぎりを食べてからがおすすめだよ」
「ありがとうございます! いただきます!」
化け物ガンプラに振り回されて食欲が失せていた故に頼んだそうめんおにぎりセットだが、
モービルが、まさにそういう人のために考案したメニューである。
そうめんに各種薬味。梅、鮭、昆布のおにぎり御三家を添えて。
勧められた通り梅おにぎりを一口頂くだけで、じゅわりと口内によだれが溢れてきた。
なるほど、これは野球チーム。
一番バッター梅おにぎりが第一球を左中間に打ち込んで出塁。
この試合(そうめん)は一味違うと球場は早くもざわめいている。
2番バッターはそうめんとめんつゆの送りバント。
自家製めんつゆのテクニカルなバット捌き。
これは熟達者こそが到達する最高の送り、いや! まて! 送りバントではない!
そうめんはそのまま一塁にたどり着いた!?
すさまじい走力、ちゅるりと走る白糸の、なんと滑らかな事。
もう一口、3番打者のそうめんは束になって掴み上げられ、どっぷりめんつゆに浸らせて口の中に。
なんという強打が舌に叩き込まれる。あわよくばホームラン。
ノーアウト満塁、ここで登場するは花形4番バッター。
ネギにワサビに、天才監督モービルが定めた究極の采配は、
めんつゆに本塁打を約束させる。
そうめん投げられた!
口の中ストレート剛速球! 打った! 入った! 満塁ホームラン!!
ありがとう、サムライそうめんありがとう! 感動をありが――。
「あっと、ごめんね忘れてたよ。
おにぎり用の冷製茶漬けのダシだよ。
好きなおにぎりにかけて崩して食べてね」
「それはコールドゲームですよ!?」
「?」
「……いえ、なんでもないです」
トドメの極上冷製茶漬けの投入で、スコア差はバスケットボール級の3ケタ表記。
美味。あっという間に平らげて、モービル特製そうめんおにぎりセットは世界(胃)を制覇する。
ばたんきゅー状態から一発で蘇生したダイズはすくと立ち上がり。
「ごちそうさまっす! おし、気合入れるぜぇ!」
午前中は色々と試したので、次は愛機ギャプランと向き合う。
これからどう改造していくかを考えたい。
足早にダイズが去って行った後、時刻は14時。
仕込み中の看板を入り口にかけて、ジュウリは。
「モービル店長。お昼を頂いたら、ダイズ君の所へ行ってもいいですか?」
「うんいいよ、ダイズ君の相談にのってあげて」
今日は食材の買い出しも必要なく、仕込みはモービルが自ら行うものだ。
では手早くいただきますと、賄飯に手を伸ばすジュウリ。
その表情は、モービルもこの三か月で見たことがないもので。
「ダイズ君の事、気に入った?」
「ん、悪いコじゃないのはよくわかりましたよ。
外見と違ってまっすぐで真面目な子ですし。
ガンプラも好きになってくれそうで。あと――」
「あと、ネコトさんのファンだから、だよね?」
モービルはジュウリがバーチャルアイドルのネコトを演じていると知っている。
彼女がモービルの友人の現役アイドルから、デビュー前に鬼のレッスンを受けていたのを目の前で見ていた程だ。
少し気恥しそうに肯定しつつ、ジュウリは一応、と。
「ダイズ君には、私がネコトだって言わないで下さいね」
「どうして? ダイズ君、喜ぶと思うけど」
「だめですよ。だって、夢、壊しちゃうじゃないですか」
ジュウリの長い前髪で隠れている瞳は自信無さげで。
彼女の臆病な性格が表面に出てきてしまっている。
そんな事ないと思うけど、と口にするモービルの言葉も届かない。
「アイドルは、ファンに夢を与える仕事なんですから」
今や業界ではどこからも引っ張りだこなアイドル師匠から譲り受けた精神。
それを知るから、モービルは一歩引きさがる。
ジュウリと友人との大きな違いは、自己肯定力だ。
(もう少し、自分を好きになってもいいと思うんだけどな)
あの自信にあふれた友人のように。
及ばなくても、少しぐらいは。
昼食を終え、食器を片付けて工房へと向かうジュウリの背を見て、どうしようかと考えるモービルだった。