IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十九話~キャノンボール・ファスト~

 

 ――――CBF当日。

 ここ一ヶ月、IS学園の知り合い皆がサプライズで俺のバースデーパーティをやってくれたり、あの学園祭の出し物をきっかけに簪と白煉が打鉄弐式の調整や新しいインターフェイスモジュールの開発にのめり込んで倉持技研に通い詰めになったりと、なんだかんだで濃い出来事が色々あった。

 だが簪と倉持技研の密かな手助けもあり、忙しい中でも最低限出走のための準備は出来た。後は本番でどれだけ結果を出せるかだ。

 

 スタート地点はIS学園。

 ここから約100km先の海上チェックポイント・キャノンボールを中心として半径100kmの円形の圏内に無数のチェックポイントが点在し、各自出走者は思うがままのルートを辿り少しでも多くのチェックポイントを通過し、最終的にスタート地点でもあるここに戻ってくることがCBFの大筋の流れである。

 そしてゴール成立か各チェックポイントでリタイアを宣言、若しくは途中でSEがなくなり脱落となった時点で各ISの戦況ログから移動距離、通過チェックポイント数、経過時間、ゴールの成否、他出走者との戦闘結果等から自動的にポイントが算出され、このポイントが最も高かった出走者がレースの勝者となる。

 堅実に近場のチェックポイントを回って帰ってきてもよし、遠くのチェックポイントを目指し行けるところまで行ってリタイアしてもよし。戦いを避けてチェックポイントで点を稼ぐもよし、撃破点を狙って積極的に他出走者に戦いを挑むもよしと、まさになんでもありといった自由度の高いレクリエーション色の強い催しだ。

 

 名目上はレースとはいえこれだけ自由なバーリトゥードとなると当然地力の高い機体を持つ専用機持ちが有利となるわけだが、そうは問屋が卸さないとばかりに立ち塞がるのがハンデ制度。

 まずはISのHPとなるSEの上限値の時点で、専用機持ちは一般参加枠の2/3程度の制限が掛けられる。さらに一般枠に倒された際に撃破者に与えられるポイントが非常に高く設定されており、一方で逆の場合は従来の半分程度のポイントしか得られない上、チェックポイントリタイアしたり撃墜された場合は撃破点を全て失う。よって専用機持ちが高得点を狙うなら、非常に周囲から狙われやすい状況の中何が何でもゴールまで生還しなくてはならない。

 それだけならまだ専用機の高い機動力を生かして逃げ回り、チェックポイントで点を稼いでゴールすればいい、となるのだが、これを阻むのが『処刑役(エクセキューター)』制度だ。

 『処刑役』はレース空域を無作為に徘徊するレースの枠組みからは完全に外れた出走者で、処刑人にはリアルタイムでレースにおいての高ポイント取得者とその現在位置が常にハイパーセンサーを通して通達され、該当者の撃破点が一定の水準に達していない場合これを攻撃し他出走者が密集している地点に追い立て戦闘を強要させる義務を負う。

 彼女達は一般枠の出走者に対しては攻撃こそ認められているものの意図的に撃破することは禁止されているが、専用機持ちに対してのみ撃墜が許されており、専用機が標的になった場合確実に落としに来る。処刑人は上級生の成績優秀者や教師が受け持ち機体も専用機か限りなくそれに近いレベルにまでリミッターを解除した量産機を使用するため、彼女達からも逃げ切るというのは困難を極める。さらに彼女たちは先ほどの意図的な一般枠の撃墜禁止等の最低限のルールさえ守ればある程度個人の裁量で行動することも許されており、高得点を稼げていないからといって油断はできない。

 

 即ち。俺はこれから、ゆうに60人を超える出走者たちから常に狙われる身でありながら、戦闘やレースもそこそこに処刑人に目をつけられないよう立ち回りつつ高得点を得た上でゴールまで生還しないといけないわけだ。

 いざ言葉にしてみるとこれまたとんでもない無理ゲーに思えるが、簪の協力もあり一応一つ今の『白式』ならではの秘策を用意してきた。上手く他の出走者の裏をかければ、千冬姉が処刑人じゃない限りある程度はいいところまでいける自信はある……千冬姉いたらなってたのかな。そうなってたら俺は勝負を投げていただけに、この時についてだけはあの姉が今いないのはラッキーだったかもしれない。

 問題は――――

 

 「箒のほうの仕上がりはどうだ? 白煉」

 

 間違いなく今回の勝負で壁になる相手の方を見ながら白煉に尋ねる。

 CBFの試合風景自体はレース空域上空に無数に配置されているフロートセンサーによって撮られアリーナの方で大々的に放送されているため、観客は全員そっちへ行き今このスタート地点にいるのはレース出走者だけなのだが、それでも60人以上の出走者で賑わい皆興奮冷めやらぬ様子でISを展開しながらそれぞれ思い思いにスタートを待つ中、そいつは一人精神統一をするように目を閉じて立っていた。

 箒は同学年の中では長身の方だが、今では他の皆と比べて頭一つ分以上に小さい。それもそのはずで、今の箒は剣道の胴や小手のような場所に最低限その場を覆う程度の装甲しか展開していない。なぜかISスーツの上に剣道の道着を着込んでいるためか、装甲の部分が赤いところと竹刀というには異様にデカい鞘に収められた『雨月』を腰に下げているところに目をつむれば一見本当に面以外の剣道の装備一式を着込んでいるように見えなくも無い。

 今後に及んであいつの心配をしてやるのもなんだが……普通にISバトルで戦うならまだしも、今回のレースという条件においてはどうも場違いな感が拭えない。俺が言うのもなんだが、あれでは飛ぶことすら出来ないのではなかろうか。

 

 『私が集めた情報では、どうやらこの日までIS非展開時の一部機能の使用に特化した訓練を重点的に積んでこられたようです。後はミステリアスレイディの搭乗者の伝手であの雨月用の鞘を作成しています』

 

 確かに憶えいてる限りでは箒は雨月も空裂も抜き身のまま拡張領域からコールしていたはずだ。箒自身も俺と違い基本的に居合の型は使わず抜き身のままの剣を振るうスタイルを好む。鞘とか開幕と同時に投げ捨てるタイプだ。パッと見最初に違和感を覚えたのはそのせいか。と、なると……

 

 「あれが向こうの秘策か」

 

 『何をしてくるか予測は大方出来ています。作戦通りに動くならマスターは警戒する必要はないと思われますが……『ケース3』に状況が移行した場合、接触しなくてはならないでしょう』

 

 「勝てるか?」

 

 『当然、と言いたいところですが……この一月で紅焔もあのミステリアスレイディの搭乗者との実戦経験を得てかなり成長したようです。私の能力を以てしても楽に、とはいかないと推察します』

 

 結局は俺次第、ってことか……いいね。そうじゃなくちゃこっちもこれまで頑張った甲斐がない。

 けど、悪いな箒。生憎、今回は真っ向からの勝負ってわけじゃない。お前が期待外れなら、こっちはお前がなんにも出来ないうちに勝ちをもっていかせてもらうことになる。仮にそうなっても恨みっこなしだぜ?

 

 俺の、そんな心の声が伝わったのか。

 箒は俺の視線に気がついたかのようにふっと目を開くと、あいつにしては珍しく挑発的に口元を歪めながらこちらを睨み返してきた。

 

 ――――まるで、それは私の台詞だとでも言うかのように。

 

 

~~~~~~side「虚」

 

 

 「会長……あの子大丈夫なんでしょうか?」

 

 CBFスタート直前。ちゃんと特別席があるのに何を思ったのか一般枠の生徒達のなかに紛れ込み、第一アリーナの観客席で映し出される無数の映像の中から織斑君と篠ノ之さんがスタート前から火花を散らしている一幕を見つけて楽しそうに微笑んでいる当代を見つめながら、私は思わずそう聞いてしまった。

 

 というのも、篠ノ之さんの機体の調整には私も関わりこそしたが、結局ほとんど何も出来なかった経緯があるからだ。

 倉持技研から貰ったデータだけ見た段階で既に、あの機体は仕様や規格すら従来のISの常識を大きく覆すものであることくらいしかわからなかった。

 一応当代の依頼通りのイコライザの作成こそこの日に間に合わせたが……あのISに積むための武装としては、最早玩具やハリボテといった評価をつけられても仕方ないくらいのものでしかない。

 篠ノ之さんが当代の手ほどきを受けているのは知っているが、対する織斑君も倉持技研と妹二人がバックアップしている。私は知識畑のことならあの二人に勝っている自負はあるが、逆に先天的な感性や思考の柔軟性では負ける。白式も紅椿と制作者が同じということだし、流石にあの二人でも大きく手を入れられているとは思わないが……それでも間違いなく、紅椿よりとれているデータは多いはず。機体自体の完成度は、あちらの方が高いと見ていい。

 今日この日のためにあれだけ頑張っている篠ノ之さんを見てきた。そんな彼女が機体の仕上がりの差で届かないなんてことになってしまうと、機体の方を任された身として責任を感じざるを得なくなる。

 

 そんな私の心境を知ってか、当代は私に目を向け直すと柔らかい声で言った。

 

 「紅椿のことなら気にしなくても大丈夫よ。っていうか、あなたで無理なら誰も解析なんてできないわ……わたしだってさっぱりだもん。ホント滅茶苦茶よね、アレ。あんな自律機能持ちの金属細胞でフレーム全部が構築されてる生き物みたいな機体、普通発想自体が出てこないし、仮に思いついても作ろうと思わないし、そもそも作れないわ。知ってはいたけど、やっぱり篠ノ之博士って正真正銘の天才なんでしょうね」

 

 「せめて、飛行用PIC整波装置とスラスターだけでも作ってあげたかったんですけどね。あの展開装甲の仕様のせいで、フレームに装備するタイプのイコライザは全部コアから拒絶反応が出てしまうんです」

 

 「まぁ、規格外のイコライザなんてマイクロジェネレーターからのSEの循環を妨げるものにしかならないし当然よね。だからこそ、『アレ』を頼んだの。見てる限りじゃ問題なさそうね」

 

 「ええ。しかし、武装の『鞘』だけでは……今回の試合形式では厳しいのでは? 飛行すら出来ないとなると……」

 

 「あら? わたしだって一応飛べこそするけど長距離移動は難しいレイディで去年優勝してるけど?」

 

 「あれは本当に例外というか……」

 

 当時のことを思い出してつい苦笑いする。

 そう、今年入った一年生以外には公然の事実として認知されているが、当代はIS学園始まって以来専用機持ちで初めてCBFで優勝した実績のある生徒だ。

 といっても……正直、当時のことは今でも思い返すと頭を抱えたくなる。

 

 CBFの舞台は海上。そのフィールドを当時の当代は最大限生かし、妨害行為が禁止されるスタート直後の十秒間で、彼女は己のISが自動生成する電波発生用のナノマシンを大量に海中に投棄した。

 結果。ものの十秒で、スタート地点近海は当代の支配する領域となり。

 

 『りう゛ぁいあさんっ!』

 

 そんな当代のふざけた一言で暴風雨と大海嘯が巻き起こり、彼女以外の出走者が海中に消えた。

 大量の撃破点を手にした当代は、他の出走者の阿鼻叫喚が巻き起こる中一人海上を悠々と歩いて一番近場のチェックポイントを通過しその後ゴール。あのレース中において唯一のゴール達成者にして優勝者となった。

 当時の出走者はISを展開していたため負傷者は誰一人としていなかったが、それでも未だにミステリアスレイディが制御する水に全身を絡め取られ強制的に溺れさせられた当時のことがトラウマになってしまっている人も少なくない。当時一年生で生徒会長という前代未聞の地位になったばかりの当代が、IS学園内で強固な立場を築くのに一役買った事件だった。

 今思えば、彼女があんな無茶をやったのはそのあたりを狙ってのことだったのかもしれない。

 

 当代も当時のことを思い出したのか、私と同じような苦笑いを浮かべて私の疑問に答えてくれた。

 

 「そういう思惑がなかったと言えば嘘になるわ。だけど……同時に、轡木さんに頼まれてたの。他を寄せ付けずに圧勝して欲しいってね」

 

 「学園長に?」

 

 「うん。今だから言っちゃうけど、あの頃は織斑先生もまだいらっしゃらなかったし、『スクール』絡みで各国のお偉いさんが手出ししようとしてきた頃でさ。あんまし下手なことが出来ないよう、釘を刺して欲しいって言われたのよ。だから、ああやって出来る限り『見せつけた』。わたしはIS学園(ここ)にいるぞ、ってね」

 

 「……それは。かなり危ないことをされたのでは?」

 

 「わたしは更識よ。ああいうときに矢面に立たないなら、ここにいる意味は無いわ……それに、お陰でわたしの本当の目的にも近づける」

 

 「心配です……」

 

 「平気だって。もうわたしは、あの時なにも出来なかった弱いわたしじゃないわ。他でもないあなたの側で、今までわたしはそれを証明し続けてきたでしょう?」

 

 それは、そうだ。

 変わり果てた姿になりながらも、どこか私の知るかつての友人の面影を残す彼女は、更識当主の座に就いてからというもの常に彼女の専属整備士となった私に、その他を寄せ付けない圧倒的な力を見せ続けてきた。

 しかし、今度相手にしようとしているのはかつて更識を消滅の危機にまで追いやった闇すら併呑した、戦争を望む声を押さえつけるための国家そのものの『意思』。いくら個人の力が優れていようとも、一人で対処できる相手には思えなかった。

 そんな私の心配を、当代は何事でもないかのようにいつも笑い飛ばすけれど。

 

 「わたしに言わせれば、虚の方がよっぽど心配なんだけどね。弾君とは上手くいってるの? お堅い虚ちゃんにやっと春が来たって、本音ちゃんと一緒に見守ってるんだけど」

 

 「なっ!」

 

 こういう話題になると話を逸らされるのも慣れたと思っていたが、今回は流石に変化球過ぎた。耳の先端が熱くなる感覚を覚えながら、つい叫んでしまう。

 

 「か、彼とはそういう関係じゃ無いと何度言ったらわかるんですか!」

 

 「あり? 最近彼の愚痴と自慢ばっか聞くからそうなのかと……あ。もしかしてあの子ってまだ……」

 

 「……そうです。彼は既に心に決めた娘がいるんですから。私なんかに気をとられるわけがないじゃないですか」

 

 「ご、ごめんって。ホント、謝るからそんな辛そうな顔しないで……でも、そっかー。仲良さそうだったけど、あの子たちって未だにフクザツな関係なのね」

 

 ……わかってはいる。本当なら、こんな気落ちなんてすること自体がおかしな話だ。なにせ初対面の時から、彼に好きな人がいるのは知っていた。その好きな人に対するどこまでも真摯な気持ちを応援してあげたくて、彼の纏うちょっと不良っぽい雰囲気は正直なところちょっと怖いと思ったけれど、それでも力になってあげようと思ったのだ。

 

 今まで私の時間の空いているときに何度か会って教えたのだが、彼はお世辞にも頭はあまり良いとは言えなかった。けれど、ほんの一握りの部分……機械整備に関するところだけ、異様に呑み込みが早かった。

 どの道、自身での起動実験が出来ない彼ではいざISを学んでみたところで直接的にISに関われる分野はかなり限られる。整備に関する資質があるのならこの傾向は寧ろ僥倖だと判断した私は、倉持技研に依頼し実地で何度か彼を試用してみて貰ったところ、知識不足による失敗こそしたけれど数回でコツを掴んだ。それを見て、私は彼は始めて一月で整備士一級スキルをマスターした本音と似たタイプの人間だと確信した。

 

 IS学園でも整備課の主席である私は、人に教える機会は多かったけれど……得意分野のことならまさに打てば響くといった体で知識を吸収していく彼に教えるのは特にやりがいがあって、ついのめり込んだ。

 気づけば……真剣な表情で私が持ってきた参考書を読みふける彼の顔を、つい覗き込むようになった。この、見るからに勉強が苦手そうで、実際得意でもない彼がこんなに必死になって頑張ろうとするほど想われるのって、どんな気持ちなんだろうと思いもした。

 自分では自覚はなかったけど、当代や本音相手につい彼のことを話してしまうことも日に日に増えていったようで……いけないとわかっていても、自分の気持ちを隠しきれなくなってきていた。

 でも、バレてしまっているのが身内だけなら最悪まだこうやってからかわれるくらいですむからいいと最近少し開き直った。彼にさえ、知られなければいい。自覚していても、この気持ちは抑えなくてはならないものだ。

 

 「彼はきっと、優秀な整備士になります。私は、その手伝いができればいいんです」

 

 「……虚がそれでいいならいいけどね。ただ、弾君があなたのその気持ちを傷つけるようなことをしたら絶対にわたしに言うのよ?」

 

 「その心配は無用です」

 

 「あは、からかい過ぎちゃったか。ごめんって」

 

 まったくこの人は……私が隙をみせてしまったのも悪いが、それにしても大分話を逸らされてしまった。今は私ではなく篠ノ之さんの話をしているというのに。

 そんな抗議の意味も含めて当代を睨み付けると、彼女は溜息を吐きながら首を横に振り、

 

 「だから、あの子のことは心配いらないわ。自分で言うのもなんだけど、最善以上を尽くしたもの……まぁ、何も言わずに見てなさい。このレース、面白いことになるわよ」

 

 とだけ言って、いつものように悪戯っぽく微笑んだ。

 

 ――――そのあまりにも見慣れた当代の表情から、私は今年のCBFも一波乱あると確信を強めるのだった。

 

 





大統領「特殊機動重装甲を装備して海上でレース? クレイジー! ……アメリカでは開催できないな。死人が出る」

レイヴン「水に触れるんじゃあないッ! 引き摺り込まれるぞッ! 俺は詳しいんD……ああああぁぁぁぁ!!」(フラッシュバック)

ノーマルAC「河童は、まずい……」

カラードランク①「メインブースタがイカれただと!」

お手伝いさん「アハハッ!! アーハハハハッ!!」(ダイナミック入水)

 フロムロボは多分ほのおタイプ。

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