IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百三十一話~明暗を分けた翅~

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「――――まあ、こんなところか。最低限のことは教えた。ものに出来るかはお前次第だがな、箒」

 

 「っ、有り難う御座いましたっ!」

 

 ――――この技を、最後に教えて貰った日のことを思い出す。

 父はいつも通りだった。ただ、丁度暇だから技の一つでも教えてやろう、と特に気負った様子もなく言い、一日中修行に付き合って貰った次の日に、政府の人間から迎えが来て。

 父は一番最初に、住み慣れた篠ノ之の家から去って行った。

 

 あの時の私は、自分のことばかりで他の家族のことを考える余裕なんて、すぐになくなってしまったけれど。

 

 父は最後まで静かだったが、今思えばきっと内心ではもっと沢山、色々なものに対して言いたいことがあったんだと思う。

 あの人はよく、私のことを自分に似ていると言った。肝心な時に、大事なことほど言えなくなるところが、特にと。

 

 でも、だからこそ。父が、それでも去る前になんとか口にしたあの言葉は、きっと特別な意味があったんだと、思う。

 

 「箒よ。これは助言というか、忠告のようなものなのだがな」

 

 「……はい、父上。なんでしょう?」

 

 「ここから先、お前達がどのように進んでいくかはわからん。このまま、道が交わらぬことすらあるかもしれん。だが、もしも。この先、一夏とことを構えるようなことになった場合……小競り合い程度ならばいい。だが、本気で何かを賭し、雌雄を決するような真似は、出来るなら避けろ」

 

 「それは、何故……?」

 

 ――――尤も。

 

 「――――昔から篠ノ之は、本当に負けられぬという戦に限って……織斑の血には勝てんからだ。俺も、お前の姉()も、そうだった」

 

 当時から今まで、その言葉に納得できたことは、一度たりともなかったのだが。

 

 

 

 

 『弧彫(こちょう)』。一刀で行う、篠ノ之一紋流において最も強力な技の一つと言われるものだが、やること自体は単純明快。

 体全体の筋肉と、名の通り弧を描くように振り抜くことで発生する遠心力を利用することで可能となる、超高速の剛剣。元より対武士を想定した技で、私はまだその域には至っていないが、篠ノ之流の始祖が用いたこの技は、敵を鎧ごと断ち斬ったという。

 

 ギリ、と、体から弓の弦を引き絞るような音が響く。

 紅椿の力なら、一夏のいる場所まで一息で詰める。後は、この雨月を振り抜くだけだ。

 

 「……!」

 

 飛び出そうとした瞬間、一夏も動く。

 技の範囲外から逃げ出す、という動きではない。脚部の可変スラスターを最大限活かし、距離を保ったまま私の側面に、海の上を滑るように回り込み始める。

 

 何をする気かは知らないが、少なくともこの構えを見て尚、受けて立つ気はあるようだ。

 ……ああ。そうでなくてはな!

 

 あの不可解な動きは、間違いなく罠への誘いの類だろう。だが、それでも敢えて踏み込む。

 既に決めたことだ。何がこようと、正面から踏み砕く!

 

 「む……!」

 

 前進と同時に足を取られるような違和感。

 白式の第三世代兵裝(雪蜘蛛)による妨害。ISの力ならば力を入れれば振り切れる程度のものだが、逆に言えば意識して力をいれなければ一瞬動きを止められる程度の剛性はある。これが使用している本人以外には見えないのだから、かなり厄介な代物だ。特にあの白式が持っているというのがタチが悪い。模擬戦では、鈴やセシリアがこの力に一瞬気を取られた隙に、零落白夜で仕留められるのを何度も見た。

 

 「温い!」

 

 だが最早、震脚を取り入れた紅椿の踏み込みの前では、精々小石を踏んだ程度の障害でしかない。

 速度は全く落とさぬまま、不可視の糸を引き千切る。この程度の足止めでなんとかなると思われているなら、拍子抜けもいいところだが……

 

 「っ……!」

 

 そう思ったところで、矢継ぎ早に次の違和感が襲ってくる。そうか、これが本命か……!

 違和感と言っても、先程の雪蜘蛛よりさらに些事。白式が先程の移動で中天より大分西に傾き始めた太陽を背負ったことで影を作り、その影が生み出す闇が私の顔にかかった。

 闇と言っても、薄暗い程度のもの。光に慣れた目の錯覚で、すぐに目が慣れる。

 が、この一瞬が、一秒を争う世界の中では致命的になる。これで間合いの認識に僅かなズレを生じさせ、先制攻撃を紙一重のところで届かなくさせて、死に体になったところを後の先で仕留める。

 

 『影楼(かげろう)』。野外戦でしか使えない上使える局面も限定的な技で、剣士本人とは別の、外の要素で優位を呼び込む篠ノ之の裏秘奥の一つ。

 こういうものがあるということだけ話には聞いていたが……こちらは恐らく父が一夏に『だけ』教えてあったのだろう。

 篠ノ之の後を預かる私としては不満ではある話だが……当時の私は『裏』の系統の技は、これを使って勝っても自分の実力によるものではないような気がして嫌いだった。多分、教えて貰っても身につかなかったし、仮に身についても使おうとさえしなかっただろう。

 

 しかし……しまった。雪蜘蛛に気を取られて、まんまと影楼にかけられた。

 幸い、ISの生体維持によって行われる、センサー越しに流れ込む光量調整は速やかに行われ、生身の時よりも遙かに早く視界は復帰しだが、それでも技のイメージは最善から外れてしまった。このままでは、初撃は恐らく対応されてしまう。

 

 だが――――忘れていないか、一夏?

 

 「ふっ……!」

 

 「くっ……!」

 

 当たるイメージが曖昧なまま、それでも振り抜く。

 案の定、完全に一刀両断できる間合いからは僅かに外れた。そのため一夏の回避が間に合い、鎧断の一撃は、白式のシールドと装甲の一部を切り裂くに止める。

 本来なら、私の手はここまで。次に剣を振り抜き隙を晒した私に対して、一夏の後の先が来る。

 が……生憎、私は死に体には『ならない』。振り抜いた後即座に雨月を持ち替え、更に前に踏み込みつつ構えを維持。

 

 一手目を外すことも想定の内。剛剣を振り切った後の反動で捻れた体を再度バネにし、即座に二の太刀が放たれる。

 そう――――元より弧彫は、真円を描く形で放たれる二段構えの技だ……!

 

 次こそは必中の位置取り。金色に輝く雨月の刃が一夏の首を捉え、私は勝利を確信し――――

 

 ――――箒だって、忘れてるぜ? 生憎二段構えなのは、こっちも『同じ』だ。

 

 「……!」

 

 いかにもそう言いたげな顔で、一夏が獰猛に笑ったのを見た。

 そしてそれを見たのを最後に、私の視界が白と青の光で塗り潰された。

 

 

 ~~~~~~side「一夏」

 

 

 『箒の奴はどうも、『裏』の技を軽んずる傾向があってな。あまり良いことではないが、今のあやつに俺から言ったところで聞かんだろう。よって―――― 一夏。使える場面は選ぶが、お前向きの裏の流れを一つ、教えてやる。将来、あやつが今のままであれば、お前がその技で思い知らせてやれ……裏の技も存外、莫迦にはできんとな』

 

 ――――全く。柳韻さんも大概、いい性格をしている。

 一応は箒のためになるとはいえ、自分の娘をメタるための技を、一門下生でしかない俺に教えるんだからな。

 

 そう……箒は下手すると知らなかった可能性すらあるが、俺のこの『影楼(かげろう)』もまた、箒が使った『弧彫(こちょう)』同様に、二段構えで何が何でも後の先をとる技だ。

 

 一度目が、日の光と自分の影を利用した視界の攪乱。

 といっても急に真っ暗になるわけでもなし、はっきり言って大したもんじゃないが、多大な集中力を必要とする場面であるほど、こんな僅かな状況の変化が明暗を分けることは往々にしてあるものだ。

 事実、雪蜘蛛で意識を逸らしたのもあるが、箒はまんまと嵌まってくれた。僅かに間合いを読み違えた一撃は見るからに精細を欠き、本来なら回避すら難しい弧彫の一太刀目を紙一重で躱すだけの余地を俺に与えてくれる。

 ……ただ、それでも掠っただけでSEがゴッソリ減ったのには、滅茶苦茶冷や汗を流すことになったが。

 

 そして、二度目。

 弧彫にも一見死に体に見える体勢を返すようにしての、とんでもない速度で放たれる恐るべき二太刀目があるのは知っていた。柳韻さんの動きは殆ど見えなかったが、あの時の的は確かに『二回』斬られていたからだ。

 だから一太刀目を躱した時点で既に動いていた。

 本来の影楼なら最初の一撃を回避するのと同時に立ち位置をズラし、背後に背負った太陽の光を刀で反射させて、相手の目を眩ませる手順を踏む。

 だが、今の俺はそんなまどろっこしいことをする必要もない。

 変換中の零落白夜を僅かに鞘から抜き出す。すると零落白夜を構成する高圧縮SEが一気に光となって溢れだし、白と青の閃光となって周囲を駆け巡った。

 

 ISの生体保護には網膜を焼き切るような、強烈な光を自動でシャットアウトする機能も含む。箒がこれで失明するようなことはないだろうが、それでもこの一瞬だけ視界を完全に封じた。

 

 だが箒もさるもの。全く見えていないにも拘らず、怯んだ様子など微塵も見せずに二太刀目が振り抜かれた。

 元より、既に箒の間合い。いくら目を潰したところで、こちらがそのまま何もしなければ斬られる結果は変わらない。

 腕と足全てのスラスターを動員し、白式特有の圧倒的瞬発力をもってして、横殴りの剛剣を頭から飛び越えるようにして回避。が、少しだけ動くのが遅れた。二太刀目がギリギリ、跳び上がった俺の左足を捉える。

 

 『まさか、こんな……!』

 

 白煉は脚部スラスターを即座に量子可変させ、スラスターサイドの装甲の厚い部分で受け止め被害を抑えようとしてくれたようだが……残念ながら、弧彫はガー不技。

 雨月の切断力も合わさり、箒の一閃は白式の装甲をあっさりと切り裂いて俺の脛まで届く。

 

 「っう……!」

 

 絶対防御発動時特有の、一瞬だけ走った鋭い痛みに顔を顰めながら、雪蜘蛛を使い無事な足で再度空中を蹴り、箒の頭上を跳び越していく。

 箒の目に早くも光が戻り始めるが、もう遅い。

 

 海面が、零落白夜の発する光を反射し青白く燃えるような光を放つ。

 空にいる白式()からは『弧彫(こちょう)』を放つ紅椿()が、光を通さぬ(はね)を持つ故に、炎のような光から逃れられず燃えているように見えた。

 

 「――――出すべき技を間違えたな、箒。いくら綺麗で力強かろうが……場違いだ。(みず)の上で、蝶が蜉蝣(かげろう)に勝てるものかよ」

 

 俺は反転した視界の中で紅椿の背中を捉え、技を出し切り今度こそ死に体となった箒に向けて、零落白夜を振り抜いた。

 

 

 

 

 「――――私の、負けか」

 

 零落白夜によって残存SEを焼き尽くされ、紅椿の戦闘状態が解除されて海上に膝をつきながら、どこか自分に言い聞かせるように呟く箒。

 

 ……まあ結果的にはそうなったんだが、こっちも想定以上にSEを削られた上に、メインスラスターである両足のスラスターの内一つを潰された。それになんかまだ、さっき斬られた足のところ痛いんだが。絶対防御どうなってんの?

 ぶっちゃけ大損害だ。はっきりってもうゴール出来るかどうかすら怪しい。自分で選んだ道とはいえ、あの場のノリで即刻こいつと戦う決断をしたのを、ちょっと後悔したくなってくる。

 そういやCBFだったねこれ。今さっきまで忘れてたよ。

 

 「ああ。悪いな、箒。ここでは俺が勝たせてもらったぞ」

 

 「フン。私等に何一つ譲って貰う必要などないのではなかったか?」

 

 「だから『勝ち取らせて』もらったんだろ? それともなんだお前、今までの勝負で一度でも俺に敢えて『譲って』くれたことでもあったのかよ?」

 

 「……その聞き方は、ずるい」

 

 けど、箒も若干ふて腐れた様子ながらも、どこかスッキリした様子だったので、結果的には良かったんかな。

 鷹月さんのことがあって以降、仕方ないのかもしれないが、それにしてもこいつは少々張り詰めすぎているきらいがあった。多少ガス抜きに付き合えたのなら、まあCBF優勝と引き換え分くらいは釣り合いが取れるだろう。最初から優勝できるなんて思ってたわけでもないしな。

 

 「行くのか? 私が言うのもなんだが、もうSEもそれほど残ってはいないだろう?」

 

 「……ホント、お前が言うのかそれって感じだな。ああ、行くよ。生憎、諦めは悪い方なんでね」

 

 「そうか……そうだな。私も今回は負けたが、まだ何一つ諦める気はないぞ。紅椿も……鷹月のことも」

 

 「当たり前だ。今更俺に一回負けた程度のことを、諦める理由なんかにしやがったらはっ倒すぞ。お前がそんなんじゃ、俺としても張り合いがない」

 

 「ああ。精々、お前には失望されない程度に腕を磨き直すさ」

 

 「程々にな? ……ま、なんだ。今、俺からいうのも変な話かもしれんが……頑張れよ。箒」

 

 「っ……お前もな、一夏」

 

 ……箒としては多分、もっとこの結果に対して言いたいことはあるんだろう。

 けど、俺から言ってやれるのは精々このくらいだ。箒は立て続けに自分を襲った理不尽に対して、誰かに縋るでもなく、全部自分の力で立ち向かうことに決めた。内心はどうあれ、強く在ろうとしている。

 なら、心配も慰めも余計なお世話だろう。たまに思い出した程度に励まして、全部終わったその時に、よくやったって言ってやる。俺達の関係なら、そんなもんで十分だ。

 だから……別れ際に紅椿のバイザーの下で流れた、一筋の滴も、見なかったことにして。

 

 俺は、再びゴールへ向けて飛んだ。

 

 

 ~~~~~~side「箒」

 

 

 「全く、本当に……相変わらず、腹立たしい奴だ」

 

 ほんの数度だけ言葉を交わし、直ぐに海面を強く蹴って空に跳び上がり、雪蜘蛛で空を滑っていく白式を見送りながら、思わずそう独りごちる。

 昔からそうだ。こちらは勝敗の結果で毎回一喜一憂しているというのに、あいつは勝とうが負けようが、まあこんなこともあるだろ、っといった感じで全く気負った様子を見せなかった。

 当時の私はそれがどうにも、私のことなどどうでもいいと思われているようで、無性に気に障った。実際は見た目だけで、内心は私同様負けず嫌いなのを知ったのは、知り合ってからしばらく経ってからだったが、少なくとも表面上のことは今でも変わらない。

 

 『締まらねーな、これ。でもま、勝負は時の運っていうし。向こうでも頑張れよ、箒。そうじゃないと、また俺が勝っちまうからな』

 

 六年前の、一夏のとの最後の立ち勝負の時も、あいつはそんな調子だった。

 結果はお互い二本を取り合った後、最後の一本を取られての、私の敗北。それも十分を超える激戦の末、私の決め手の面を一夏が紙一重で避けたものの、掠ったことで面が外れかけ、それに私が驚いた隙に小手を取られるという、本当に奴の言うとおりの、なんとも締まらない決着。

 なのに試合後、あいつにしては珍しく少し得意げな顔をしていて、それはそれで腹が立ったのを覚えている。

 今思えば、あれは一夏なりの激励だったのかもしれない。面のことにしたって、あれがなかったとしても私の面は躱され、一夏の小手は寸分の狂いもなく私の腕を打ち抜いていた。だからこそ審判の父は中断の判断をせず、一本の宣言をしたのだと今ならわかる。

 しかし当時の私としては、最後になるかもしれないから、絶対に勝ちたい試合だった。それがあんな結果に終わった後の、父のあの言葉。私はそれはもう反発し、絶対に認めるものかと思ってきたが――――

 

 「ここまで勝てないとなると……少しは、考えなければならないのかも、しれんな」

 

 父や姉さんが、今まで織斑の家とどういう経緯があって、父があのような考えを持つに至ったかは知らない。

 ただ……姉さんと千冬さんは、知り合ったばかりの頃は折り合いが悪かったという話は、母から聞いたことがあった気がする。私の知っている二人からは想像も出来ないが、千冬さんが篠ノ之の門下生になる前までは、顔を合わせる度に喧嘩ばかりしていたそうだ。

 争いの果てに、姉さんが千冬さんを殺しかけたこともあったと、一夏が青い顔で言っていたこともあった。そしてそれ以降、姉さんは一切篠ノ之流にも剣道にも関わらなくなった。

 喧嘩の内容は、殆ど私や一夏に関することだったという話だが……姉さんについては、多分その時に何かあったのだと思う。

 なんにせよ、並々ならぬ因縁の末にその結論に至ったのであれば、私個人の感情でいつまでも聞かない振りを続けるのも良くない、程度には、この時漸く思うことが出来た。

 

 とはいえ……納得したわけでは、当然ない。

 一夏自身も、自分に負けた程度のことで諦めるのは許さないと言った。なら、因縁や迷信の一つや二つで私が『懲りて』しまうのは、あいつの期待を裏切ることになる。

 そうだ。今の私は、困難なことなんていくらだって抱えている。それでも、雁字搦めの中でも進むなんてとっくの昔に決めている。父や姉さんが駄目だったとしても、私がそれに習ってやる必要だって何処にもない。

 

 ――――次は、勝つ。

 

 

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