~~~~~~side「簪」
我ながらいいところまではいけるだろう、とは思っていた。
けれど、まさかこんなことになるとは……。
大観衆が見守るアリーナに降り立ちながら、諦め悪く何かの間違いなんじゃないかと周囲を見渡す。
生徒用の観客席の中に、他の一組の娘達と一緒にこっちを見ている織斑君を見つけた。
彼は私の視線に気づくと、とてもいい笑顔で親指を立てた。
後で引っ叩いてやろうと、心に決めた。
全体成績2位。
それが今回のCBFにおける、私と打鉄弐式の最終評価になった。
ゴール時点では処刑人に位置情報をマークされる10位以内にギリギリ入らない位の位置に確かにいたのだが、その時点での上位陣は全員ゴール到達時間が近かったせいでゴール前での潰し合いが発生し、そこに処刑人まで乱入してきたお陰でその殆どが脱落してしまい。
僅かに残った実質的な勝利者も、彼女達に少し遅れる形でゴールにやってきた
ゴール直後に上手く10位内に入れたらいいね、なんて織斑君と呑気に筆談している内にどんどん上がっていく私達の総合順位に、思わず二人揃ってポカンとしてしまったものだ。
ただこれについては驚いていたのは私達一年生だけだった。後から聞いた話だと、過去のCBFでもこういった終盤の大波乱はそう珍しいことではなかったそうだ。私と織斑君は、本当に絶妙なタイミングで帰ってこれたらしい。
流石に他の出走者を全滅させて一人でゴールなんて離れ業をしたのは、過去にも
ちなみに織斑君と白式は6位。入賞枠である5位内にギリギリ入れなかった。
活躍の割に順位が芳しくなかった理由は専用機枠故にチェックポイント通過スコアが一般枠のそれより渋かったり、戦闘ボーナスを殆ど獲得してなかったり、落ちてきたとはいえやはり他の一般出走者より速度が出ず、白鷹も途中解除してしまったため、割と距離対比補正スコアが伸びなかったりと色々あるが、やはり一番はゴール直前でSEが切れてしまい、かなり大きな加点であるゴール成立ボーナスを貰えなかったことだろう。
尤も本人は運営スタッフから申し訳なさそうにこの裁定を聞かされたとき、残念そうに振る舞いながらも笑顔が隠せてなかったので、この展開を最初から狙ってたのかもしれない。
この人は私のこと悪女候補生とか言う資格ないと思う。悪い人。
そして……栄えある今回のCBFの覇者は、なんと
実は誕生日は私より遅いのだが何故か頑なに譲らず、私が最後に折れる形でお姉さんということになった彼女(このことについては虚姉さんに後で何度も謝罪された)。
当時は不思議な子だなとしか思わなかったが、今思えば私が無意識に何を欲しているのかを見透かされていたんだと思う。あの子はぼーっとしているようで、人の心の機微については昔から聡かった。
そんな本音はのんびりとした性格や見た目にそぐわず、ことISの整備についてはかの篠ノ之束に迫るんじゃないかって位の天才だった。
彼女が特に得意としているのが複数機体同時の
本音は一学期だけでも倉持技研での研修と併せ、相当な数のIS整備をしてきた経験を持っていて、共食い整備をした際再利用不可とされ一度は廃棄されたパーツを秘密裏に回収して修理し、気が付いた時にはそれらを組み合わせて一機のISフレームを完成させるというとんでもないことをしていた。
さらにそれを面白がった所長によってかのフレームにはISコアが与えられ、真の意味で完成してしまったそのISは、所有こそ倉持技研になったものの実質本音の専用機になった。
名称『
本音本人が格闘戦も射撃戦も壊滅的なため、それらの武装を一切積んでいないという無茶苦茶な機体だが、代わりに腰下の装甲から尻尾のように生える9本の多関節ロボットアーム『管狐』と、レーダーどころかコアネットワークからのサーチすら一時的に遮断できる超高性能ステルスと、完全に周囲の景色と同化する高精度光学迷彩の機能を併せ持った専用隠密兵装『
機体コンセプトは『ISの
と、こんな感じである意味では非常に優れた機体であることは確かなのだが……いくら表向きパーソナライズされていない倉持技研所属機のため専用機枠から外れられたとはいえ、普通なら戦闘能力ゼロの機体でCBFなんて勝ち抜けるはずがない。
ただ、本音は思ってた以上に普通じゃなかった。
戦闘ログによると本音は朧でひたすら隠れながら各チェックポイントを廻りつつ、管狐で負けそうな出走者のISをこっそり直したり、逆に勝ちそうな出走者のISから重要なパーツを掠め取ったりという形で戦闘にも介入。
直接戦闘こそ一切していないものの、それらの行為がその後の彼女たちの戦闘結果にも重大な影響を与えたとして、審査の結果後になってから相当の加点があった。
そしてなんとあの終盤の盤面返しも、本音が上位入賞候補の出走者たちのISを本人にすら悟られずにいじり速度を調整、ほぼ同時刻にゴール前でかち合う様に誘導したことで引き起こされたらしい。おまけに処刑人のISにも手を出して一時的に遠隔操作できるようにし、彼女らが終結したところでその中に放り込むという徹底ぶり。
そのお陰か、ゴール直前で僅かに生き残っていた彼女たちを行き掛けに仕留められたのもあり、本音のクラスメイトで特に健闘していた谷本さんや相川さんが入賞枠に滑り込んだ……え、まさかこれも仕込みじゃないよね……?
と、兎に角本音は最後まで一切誰にも気づかれることなくこれらをやり通し、暫定ランキングにすら絶妙なスコア調整で影すら掴ませないまま最終的には誰よりもスコアを得られる下地を作った上で、いつものようにのんびりとした様子でゴールへたどり着いたようだ。
この辺りの事実が明らかにされたときは、終盤の大波乱を見てまたかと笑っていた人たちも流石に唖然としていた。
織斑君も本音のスコア加点がゴール後も止まらず上位陣を追い抜いていくのを見て、「えっ、これバグってないか?」とか言ってたし。私も正直その時はなにかのミスだと思った。
自ら手を汚すことなく周囲を動かし、誰にも気づかれることなく目的を遂げる。
図らずもCBFにおける本音の行動は、かつて生前のお爺様が言っていた更識の理想を体現していた。あの方がこの結果を見ていたらきっとお腹を抱えて笑い転げていただろう。
なにか思いがけない本音の一面を見たが、布仏の家も分家といえ、元は更識。あんまり考えたくないIFだけど、もしあの人が戻ってこなかったとしても本音が継げば更識はなんとかなったんじゃないだろうか?
遠からず似たようなことを考えたのか、虚姉さんはレース結果が出て以降ずっと頭を抱えていたし、本音に優勝トロフィーを授与する前回優勝者のあの人の顔も、笑顔にキレがなくどこか引き攣っているような気がした。
『わ~い! これでもっちーおかねいっぱいだよ~。毎日お日さまでてくるまでお仕事しなくてよくなるよ~。やったぁ~!!』
勝利者インタビューで本音がそんなとんでもない爆弾発言をし、後で所長とはゆっっっっっっっくりお話をしないとなぁ、とか思いつつ、何とか上位3名の表彰も無事終わり。
そうなれば当然勝者の権利を行使する段ということになり……
一番優先されるべき
と、なれば総合成績2位の私にお鉢が回ってくる訳で。
なんというか織斑君どころか本音にまで上手く乗せられたようで何処か釈然としなかったが、もうこの際開き直って私はあの人を指名した。
――――前みたいに、ただ自分の都合で戦うんじゃなくて。ただ、『話』をしてみるために。
そうして、話は冒頭に巻き戻る。
大観衆が見守る中、ミステリアスレイディを纏い、アリーナで向き合ったあの人は、前に戦った時みたいな不敵な微笑ではなく。
すっと、昔。あの何もかもが壊れた終わりの夜に、私を助けてくれた時のような、静かな微笑を浮かべていた。
「どうしてだろうね……なんとなく、あなたとはまたこうして向き合うことになる気がしてたんだ。簪ちゃん」
「…………」
プライベートチャンネルから、あの人の声が響いてくる。
言いたいことは色々あった。そして、前と違って今なら届けられる、筈だった。
あの夜から離れ離れになって、歩む道が完全に別たれてしまったこと。
それでももう一度、一緒に歩きたいと願って頑張ってきたこと。
織斑君を巻き込んだことが許せなくて、失望してしまったこと。
でもその失望がきっかけで周りを見渡すことができるようになり、ちょっとずつだけど友達が増えてること。
今はあなたがなれなかったものになろうって前を向けていること。
そんなことを全部、今なら伝えられる、筈だったのに。
皆で一緒に作ったプログラムは問題なく起動してる。
してる、のに……『言葉』が出てこない。
そんなのはダメ。織斑君が、恋ちゃんが、本音が、四組の皆が頑張ってくれたんだから、だったら、私だって。
あの人だって、こんな私を今待ってくれている。
だから勇気を出して。せめて今だけでも、ずっと言いたかったあの言葉を、口にしようとして――――
「――――漸く気を抜いたな?」
――――くろいおばけの、声を聞いた。
「ぐっ……!」
「…………!」
あかい、あかい血が散った。
悪魔のようなまっくろい腕が、あの人の肩を貫通していた。
自分の肩を貫いた腕を両手で掴みながら、あの人が振り返って自分の後ろにいるくろいおばけの姿を見つけると、
「お、まえ……おまえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
普段の、いや。普段どころか、昔を振り返っても一度も聞いたこともないような。
あの人が、呪詛のような、血の叫びのような、悍ましい絶叫を上げた。
「勘がいい」
しかしおばけはそれを一顧だにせず、血のような赤い光を放つ右の瞳だけが周囲を一瞬見渡すように高速でブレた。
「そして……これで殺せないのでは、ここでは都合が悪いか」
直後、おばけが地面を蹴るの同時に黒い翼が広がる。
すると地面や周囲の空気が、バキバキと鋭い音を立てながら一斉に凍り始めた。
「……! かんちゃん、逃げっ――――」
「さて、束の間だが。私の『世界』に招待しよう。更識楯無」
私がそれを認識し、やっと動き出そうとした瞬間。
おばけとあの人は消えてしまった。
――――あの時。ただ隠れて泣くことしかできなかった、あの夜みたいに。
地面に、あかい血の跡だけを残して。
~~~~~~side「一夏」
簪と更識先輩が向き合ったと思ったら、何処からともなく全身黒ずくめの女が現れ更識先輩の肩を手刀で貫き、次の瞬間には更識先輩ごといなくなっていた。
その事実を頭で認識できても、ことが終わるまで指一本動かせなかった。
それは、どうもその場にいた誰もが、同じ様子であるらしかった。あまりに一瞬のことだったので、何が起きたのか未だに理解できていなそうな人も多い。
あまりに一瞬の急展開過ぎてCBFのほほんさん優勝の衝撃が全部持ってかれたぞ……いや、そんなことはないな。なんだよあの世界一有名な某名探偵の宿敵の数学教授ばりの黒幕ムーブは。俺の知ってるのほほんさんか、あれが……? いやでも、出走者観客全員ドン引きする中本人だけはなんか首傾げて不思議そうにしてたのは、いつもののほほんさんだったしなぁ……
いや、違う。今はそうじゃなく……
あの黒ずくめの女は、シャル達があの学祭での亡国機業襲撃の際に出くわし、千冬姉に撃退されたというパスカルとかいう女に、聞いていた特徴が酷似してた、が……
あんなにヤバい奴だとは思わなかった。纏っている黒翼の異様なISのこともそうだが、女本人が血が凍るような異様な殺気を放っていた。
俺が出くわしたのがあのクモ女ではなくあいつだったら、為す術もなく殺されていただろう。更識先輩も、一歩間違えば目の前で死んでいた。
あんな千冬姉レベルの奴が敵にいることに眩暈を覚えそうになるが、なんとか気を取り直す。
更識先輩のことは心配だが、正直あの人は俺なんかが心配するのが烏滸がましいほど強い。
あの女もすぐには殺せないと判断したからこそ、態々攫うような真似をしたのだろう。後で必ず助けには行くとして、今は信じるしかない。
だから今は、打鉄弐式を展開したままその場にへたり込んでしまった簪を助けるために動き出そうとした。
だが、それすら叶わないまま次の異変は襲ってきた。
傍目からそれは、光の塊が落ちてきたように見えた。
その光が会場である海上アリーナ全体を覆うかと思われたところで、この学園に来てからは聞きなれた、金属の塊が火を噴く音が轟いた。
異変を察知したミーティア先生が身の丈の3倍はあろうバカデカいIS用スナイパーライフルを引っ掴んでピットから出てきたかと思うと、生身のまま空に向かってブッぱなしたのだ。空に向かって放たれた弾丸はアリーナのシールドを突き破って飛んでいき、恐らく光の発生源と思われるものを捉えた。
途端――――
目を焼かれるような閃光が迸った。
見ていた限りミーティア先生は光をかなりの高度にあるうちから撃ち落としたようだが、それでいて尚太陽がすぐそこに具現したかのような熱波が、アリーナの遮蔽シールドを貫通して肌に熱を伝えてくる。
『
「っ……!」
緊迫した白煉の声に反応して白式のガントレットを呼び出す……が、想像の十倍はとんでもないことを言われ思わず確認し返す。
「いや、待て戦術核つったか!? ISない人は不味いんじゃないのか!?」
『マスターのご懸念は理解できますが……詳細を説明している時間が惜しいので、ひとまず既存の核兵器ではない、とだけ。先程も言いましたがIS学園のシールドが健在の内は問題ありません。今は……!』
白煉の言葉が終わらないうちに、周囲の生徒や観客達が漸く現実に起こったことを認識したのか、恐怖と動揺が漣のように広がりだす。
パニックが起きる直前の兆候に不味いと思うも、その前に再度金属が火を噴く音がアリーナに響き渡った。
一瞬だけ静まり返るアリーナ。そこに割り込むように、ミーティア先生のよく通るソプラノの声がその場にいる全員の耳に届く。
「はーいCBF終わり! お客様と専用機ない生徒は地下トンネルからIS学園本棟へ避難! 慌てず急がず押さない走らない! 前列の人から立って行動! GO!」
緊急事態にそぐわない、明るく朗らかな声。しかしそれで却って極度の緊張状態が解かれたのか、殆どの人が先ほどよりは落ち着いた様子で言われた通り行動し出す。
しかしそれでも一部の人は前の人を押しのけて我先に逃げようとするが、それが原因で再び混乱が起きそうになったところで再びミーティア先生のスナイパーライフルが咆哮した。
「ああ、言い忘れてたけど……避難中に怪我人の一人でもだそうものなら、あのミサイルがまた降ってきて全員焼け死ぬ前に、私がきっちり誰もかれも殺すから。そこらへん、ちゃんと理解して避難してよね?」
相変わらず、冗談みたいに明るい声。しかしその中に本当にやりかねない殺気のようなものが微妙に混じり、誰もが冷や汗を流しながら居住まいを正した。そして、今度こそ特に混乱も起こらず避難が再開される。
……凄いな。千冬姉とは方向性が違うが、それでも間違いなく同じ領域にいる人だけはある。大声と脅しだけで、この場にいるほぼ全員を掌握して見せた。
「はーい皆さんThank you so much ! じゃあ、教師陣と専用機持ちは一回私のところにきてくれる?」
ミーティア先生はよく通る声で変わらず呼びかけながら、アリーナのグラウンドにへたり込んだ簪を助け起こしつつ空を仰いでいる。
それを受けて俺が周囲を見渡すと、箒達一組の専用機持ちの面々が一度だけ頷いた。
鈴だけは、ラウラとの戦いで負った傷がかなり深かったらしく、先んじて海上アリーナから病院に移送されておりこの場にいない。
鈴とラウラの戦いで鈴が負傷となると一学期初頭のことを思い出して少し不安になったが、今回は別にラウラに痛めつけられたとかではなく、甲龍の
それに今回はラウラも相当痛い目に遭わされたらしく、この場にこそいるが、ところどころ血が滲んだ包帯が巻かれ、右足には添え木が施されていて痛々しかった。言うことを聞くとは思えないが、こいつも避難させたほうがいいんじゃなかろうか……
だが、どうあれことは起きてしまった。
ミーティア先生の呼びかけに応えるべく、俺たちはISを部分展開しアリーナの観客席から飛び降りる。
――――首筋に、今までにないようなチリチリした感覚と、何か無性に嫌な予感を覚えながら。
~~~~~~side「???」
「あ~あ。『破壊工房』に、『カナリアの血』まで持ち出してくるなんて、ね。パスカル、いつになく本気で
「っていうか、あわよくば私諸共とか考えてないかしら……? まあ、それならそれでこのままIS学園教師として仕事するだけだけど」
「でも……ここで
―――― 一方CBF結果発表後の倉持技研
ヒカルノ「あんのアホ弟子イィィィ!! アタシが懸けた娘ばっか狙って落としやがってえぇぇぇ!! その癖自分は優勝だぁ? 嫌がらせか? アタシに対する嫌がらせなのかぁ!? お陰でこっちはすっからかんだっつーの!!」
研究員「まさかぁ、本音ちゃんに限ってそれはないですよ。でも良かったじゃないですか。ここの子が優勝したってなればうちのスポンサーも増えますよ」
ヒカルノ「ケーッ! いくら技研が儲かっても、アタシの給料がすぐ増えるわけじゃないんだいっ!」
――――勝利者インタビュー後
ヒカルノ「あいつ地上波でなに口走ってんの!? 違うから! ウチそんなブラックじゃないからっ!!」
研究員「でも所長夏休み中とか、普通に泊まり込みで色々やらせてたじゃないですか。私
ヒカルノ「NOOOooooooo!!!」
研究員「うるさいなぁ……今度は何ですか……メール? どれどれ……」
From:布仏簪
To:篝火ヒカルノ
件名:〈●〉〈●〉
本文:後でお話があります。
研究員「うわ怖……」
ヒカルノ「たすけて……」
研究員「頑張って」
――――パスカル襲撃後
研究員「えっ……今のなんです? 急に放送落ちて、えっ……?」
ヒカルノ「……すまん。アタシちょっとこれからIS学園行ってくる」
研究員「なっ……何言ってんですか!? よくわからなかったですけど、絶対今何かマズいことになってますよ向こう!? ダメですって!!」
ヒカルノ「まぁ、なんとかなるってことよ。ほれ――――」
From:家猫愛好会名誉会長
To:篝火ヒカルノ
件名:今つきました
本文:
ヒカルノ「――――待ち人来たれり、ってやつだ」