~~~~~~side「簪」
――――許せない。
恐怖は、八年前のあの日からずっと心の底にこびりついている。
あの人が傷つけられ、連れ去られた時は絶望もした。
けれどあの人がまたいなくなってから、それらの感情をその一言が塗り潰した。
どうして私が。
私達ばかりがこんな目に遭わなきゃいけないのか。
家族を目の前で■され、あの人もいなくなり、声すらも奪われて。
ここまでされて、この上また、私から何かを取り上げようっていうのか。
そう思ったら不思議と震えは止まっていた。
あのくろいおばけに勝てるなんて思ってない。
でも、そうだとしても。今私の持っている全てを差し出してでも、『あいつら』に一泡吹かせてやると、そう決めた。
「…………」
――――見つけた。
いくら周辺磁場が乱れたところで関係ない。
『藤』は『紫』と併せて使えば、どんなに距離が離れたところで数秒先の『確定情報』を観測できる。この星に存在している限り逃がしはしない。
『7時の方角。152km先の海上にいる』
「……! 疑っていたわけではありませんが、本当に捕捉できましたのね! ティアーズ!」
「いよいよか。頼むぞ、紅椿」
私の『声』を聞いて、同行する二人がISを展開。私も一緒に飛び立てるよう準備を開始する。
学園祭で、3組と4組の共同で作成、運営した簡易IS操縦シュミレータ『
本来ならそれ単体で完結させるはずだった機能に、織斑君が何処からか持ち込んできた『喋るAI』のプログラムを盛り込んだのは、このシュミレータを少しでもお客さんに楽しんで貰いたかったのもあるが、お客さんにできる限り『会話』をしてもらい、その『声』のデータを、密かにシュミレータのプログラムに潜ませていたAIに学習させたかったから。
出し物は大盛況で、お陰で大量のデータを学習できたのと、恋ちゃんが協力してくれた結果、私の呼気や咽頭の動きから、私本来の『声』を予測し代わりに会話してくれるAI『
これが完成したときは、所長も織斑君も、布仏の姉達も四組の皆も、私の『声』を聞きたがった。
だけど恥ずかしかったし、なにより……できたら、最初はあの人に聞いて欲しかった。
でももう、そんな女々しいことなんて言ってられなくなった。
まだちょっと発音がたどたどしいし、最早記憶の片隅にしかない本来の私の声とは少し違う気もしたが、それでも緋色は順調に機能し、私は久しぶりに声でこれから一緒に戦う仲間と会話する。
『敵のレーザーを防御する手段があるって聞いた。ガイドはするから、先導は任せる』
「ええ、お任せを。『セクエンス』……!」
オルコットさんが、綺麗な装飾が施された近接戦闘用の物理ブレードをコールする。
なんだろうと思ったら、オルコットさんのブルーティアーズがエメラルドグリーンの輝きを放つ光のマントを纏った。
な、なんか、特撮の敵か味方かわからない謎の第三勢力が、初登場時に着てるマントみたいでカッコいい……!
「『ライトコート』。わたくしの
私達が飛びだったのを観測したのか、空にあの赤い光が走った。
しかしオルコットさんの言葉通り、赤い光は先導するブルーティアーズに直撃するも纏っている光のマントに搔き消される。
――――カッコいい上にすごい! けど……
『紫』発動。次弾の飛来時間を観測。これ、は……!
『……上! 8時の方角から90度曲げて、ライトコートがない場所を直接狙撃してくる! 避け……対応して!』
「なっ……!」
私の声を聞いてオルコットさんが避けようと動くも、既に次の狙撃が空を赤く染める。
回避は間に合わない。だから、『言い直した』。
「ふっ……!」
ブルーティアーズのフィンアーマーに掴まってついてきていた篠ノ之さんが、ライトコートの隙間を通すように飛んできた光の弾丸の前に先回りするようにブレードを突き出し、レーザーを弾く。
「箒さん……! 助かりましたわ!」
「礼には及ばん。無理を言ってついてきたのだ、これくらいしなくては立つ瀬がない」
よし、大丈夫。
少し『先』を見ただけだが、私だけは勿論、私とオルコットさんでも『ダメだった』。100どころか、10kmすらあの異常な狙撃を突破できず墜ちる未来が見えていた。
でも、篠ノ之さんがいればいける。流石に距離が遠すぎて到達する未来までは見えなかったが、観測できる範囲で私達が墜ちる未来は見えなかった。
狙撃手さえ対処すれば、あの危険なミサイル使いは丸裸になる。そうすれば、きっと後は織斑君たちが全部終わらせてくれる。
あの人だって、理不尽なくらい強いのは身を以て知った。くろいおばけにだって、負けるはずない。
――――だから。ここだけは。なんとしてでも、持たせてみせる。
「はっ!」
篠ノ之さんは最初の方こそ私の指示通りにレーザーを迎撃していたが、それを5回ほど経験したことで既に敵狙撃手の偏光射撃に自力で対処しだした。
流石に光の速度に適応したわけではないようだが、どうにも敵がスラスターやPIC整波系といった飛行関連か推進装置を執拗に狙ってくるので、守る場所を数箇所に絞った上で光った瞬間に勘で対処しているそうだ。
既に3回に1回は私の指示なしで狙撃に対応してくれる。お陰で、紫の使用を節約できその分私の負担軽減に大きく貢献してくれている。
それにオルコットさんも敵の狙撃手及びISとの交戦経験があるようで、織斑君がとっさの思い付きで雲に飛び込んで一時的に敵の索敵から逃れた話をしてくれた。
ならばとスモークグレネードを試してみたが、確かに煙幕の中にいる間は一時的に敵の狙撃が止まり、前進に大きく貢献してくれた。
しかしそれでも尚、会敵までが遠い。
『今度は下! 標的ブルーティアーズ右脚部装甲、ライトコートでたいお……っ!』
「きゃっ……!?」
「しまったっ! ……くっ!」
今までなんとか持ちこたえていたけれど、ここにきて私の指示の出し方が悪かったり、篠ノ之さんの読みが外れたりで、オルコットさんと篠ノ之さんは既に何発か被弾してしまった。
オルコットさんなんて機体の殆どを光学兵装無効装備で覆っているのに、僅かな露出個所に的確に当ててくる。水平線の向こうから撃ってきてる癖に、射撃精度が高すぎる。
磁場の乱れでレーダーなんて使いものにならない状況だし、コアネットワークサーチすら効きが悪くなってるのに、どうやって狙いをつけてるんだろう?
煙幕が有効なことから、目視か限りなくそれに近い手段だとは思うん、だけど……
私は『本来当たる筈の未来の自分』を齟齬なく観測できるため、自機狙いの狙撃は今のところ完璧に回避できているが……敵も数発試しただけで早くも私に当たらないことを悟ったらしく、自機の推進系を持たない紅椿も優先度が低いと見なしたのかオルコットさんに狙いを集中しだした。
多分、私はいざ追いついて戦いになったときにもう役に立たない。ここからは、いざというときは自ら盾になることも考慮した方がいいかもしれない。
けど、そう悪いことばかりじゃない。
これだけ狙撃に対応してきたところで敵の行動に感情が……苛立ちと焦りが乗り始めた。何発かは、こちらが何も対応しなくても外すようになってきてる。多分、一発や二発ならまだしも、こんなに自分の狙撃を凌がれたことがなかったんだろう。
既にもう敵の所在予想地点までの距離は最初の三分の二を切った。これならそろそろ到達する泡沫情報を観測できそう。
――――紫の泡沫情報更新。予想距離と到達時間は……っ!
『遠ざかった』……!? 観測ミス……? いや。敵が『引き始めて』るんだ……!
『っ、2時の方角! またブルーティアーズの左スラスター狙い! 射角60!』
「くっ、させませんわ!」
なんとか予測が間に合い、ギリギリのところでオルコットさんがその場で体ごと機体を翻しライトコートで狙撃を弾く。
……思わず舌打ちが漏れそうになる。あんなズルみたいな狙撃を敵はどうやら『引き撃ち』できるらしい。
でも情報を精査したら、速度はまだこっちの方が速いのがわかる。敵は狙撃については曲芸に近いことを平然とやっているが、恐らく高機動戦闘に慣れてない。会敵さえすれば勝てる可能性が高い。
なら絶対に追いついてやる、ここまできて逃がすもんか……!
「の、布仏さん……!?」
「布仏、お前……!?」
……困ったな、目元が火が付いたみたいに熱いし、視界が真っ赤だ。
目から頬を伝ってる熱いものをISのマニピュレータで撫でると、赤く濡れる。一回で観測する時間こそ短く区切っているものの、流石に紫の連続使用が過ぎた。
頭が割れるように痛い。オルコットさんと篠ノ之さんの心配するような声も何処か遠い。でも……!
『集中して! ここで私達が成功させないと、皆助からない……! 私を気遣う余裕があったら、もっと速度を上げて!』
「っ! セシリアっ! もっと飛ばせるか!?」
「はいっ! しっかり掴まっていてくださいませ……!」
意識が遠のきそうになるのをなんとか抑えつけながら、オルコットさんの背中を追いかけてひたすら飛ぶ。
――――お願い。待って、打鉄弐式……もう少し。もう少しだけ、だから。
残り、10。9、8、7……ああ、『見えた』。いや、はは……とっくに見えてた、か。
もう、先程まで酷かった頭痛すら感じない。
何処か、夢を見ているような感覚。現実と観測した未来の区別がつかなくて、今まであったことすらあやふやだ。
「布仏さん……あなたの意志、確かに今繋がりましたわ。後は、どうかお任せくださいまし」
「ああ……ありがとう、布仏。奴は必ず倒す。だから……それまで、少し休んでいてくれ」
よかった。うん、でも大丈夫。
この二人なら、きっとやってくれる。みんなを……おリ斑、くん、あノ、ひト、きっと、たす、けて……
だから、いま、は……すこし、だけ。すコし、ダケ、やすン、で
――――ねえ、わたし、やっ、タよ? おねエ、ちゃ……
~~~~~~side「セシリア」
「漸く会えましたわね、『サイレントゼフィルス』っ……!!」
一学期の臨海学校の件から散々わたくしに辛酸を舐めさせてくれた、『ブルーティアーズ』の後継機の姿をとうとう捉える。
BTトライアルの最新鋭機だけあり、姿形は第一形態時のブルーティアーズに似ているが、青い鳥を思わせるデザインのティアーズと比べ、六基のビットを機体から切り離していないその姿は、一対の蝶の翅を背負った桔梗色の妖精のようだ。
搭乗者は白を基調に赤でペイントが施された狐の面のようなバイザーをつけており、その表情は伺えないが、それでもわたくしたちの姿を目視して明らかに慌てているように見えた。
「あわわわ……お、追いつかれちゃいましたぁ。どうしよう、ドゥくん……」
『ぼ、ぼぼぼくにき、聞かないでくださいよ。だ、だ、誰かに、相談を』
「でも……アキさんどっか行っちゃいましたし……」
『しょ、しょんな……だ、だから、ぼ、ぼくには戦闘サポートなんて、む、無理だって、言ったのに。わ、ワーミィ兄さんや、ビル兄さんが、遠くから撃つだけでだ、大丈夫だから、や、やれって』
誰かと何かを話してる? まさか、まだ近くに敵の仲間が……!?
仮にそうであるなら、あまり時間は掛けられない。ここまで限界を超えて道を繋げてくれた布仏さんのためにも、絶対に負けられない……!
「箒さん。布仏さんは……?」
「搭乗者保護機能が働いて気を失っているが、IS自体は正常に機能している……ようだ。布仏本人が大丈夫かは……今は信じるしかない」
「そう、ですの。では早く終わらせるに越したことはありませんわね。アーサー!」
箒さんと目配せすると、即座に
サイレントゼフィルスは慌てた様子で手にしたスターイレイザーを撃つも、顕現を終えた
――――わかって、いた。
布仏さんが己の身を削ってまであれの対処をしているのを知ってからは、何度もナイトビットを呼び出そうか迷った。
しかし単一仕様能力の初披露となったフォルテ先輩との戦いで、後一手を詰められなかったことからわかるように、ナイトビットは一見アーサーが完全に制御しているようで、自分の思い通りに動かすにはビット同様かそれ以上の三次元空間認識能力と演算能力を要求し、通常のBT兵器以上に精神に負荷をかける。
あの時は
でもあれはサラ先輩の因縁はあったとはいえ、まだ試合の範疇と言えたので、失敗の恥は勉強代として甘んじて受け入れられた。けれど、布仏さんが言っていたように。今の局面で二の轍を踏むのは決して許されない。
だから――――布仏さんの献身を歯を食いしばって受け入れ、ナイトビットをここまで温存した。
『状況はわかっているよ、セシリア……かつて同じ課題を与えられた後輩とも言うべき相手が倒すべき敵なのは辛いが、これも戦場の習いということだろう。我が主よ、指示を……!』
「ええ。標的サイレントゼフィルス! 皆の危機を救うためにも、ここまでわたくしたちを導いてくれた布仏さん……簪さんのためにも。必ずここで討ちます……! アーサー! 箒さん!」
『承知した。いつぞやの借りを返させて貰おう、サイレントゼフィルス……!』
「ああ……! 待っていてくれ、鷹月……!」
わたくしの宣言を受けて、敵に向けて踏み出していく箒さんとアーサー。
わたくしも彼女たちに続くべく、今まで好き放題に撃ち込んできてくれたお返しとばかりに、スターライトの光弾を敵に叩き込んだ。
~~~~~~side「???」
「……嘘。捕捉、された……? 150kmは離れるよう言ってあった筈よ……?」
「あの眼鏡の娘、か……ふ、ふふふふふっ……! まさか、本当にやり遂げるなんてねぇ……! いくら代表候補生とはいえ、ただの学生があのティーちゃんを追い詰めるだなんて。こんなこと、あのウェザーですら私の運命にないとこぼすでしょうね」
「ねえ、パスカル。あなたが更識楯無殺害にこだわったのは私情? ……そんなわけないわよね、あなたの言葉を信じるなら、あなたは篠ノ之束すら恨んでないんだから」
「なら、
「態々私から教えてあげる義理はない、けれど……まぁ、偶には
「ふふふっ、さて……あの子達、何人生き残れるかしら?」
それは
祖なる子に託された蛹が孵るとき
極彩の翅持つ蝶が
次回 虹纏の胡蝶
完全変態光子フレーム サイレントゼフィルス
この答えだけは、風は教えてくれないけれど。
それでもお父さんの夢は、ソラくんと翼が繋ぎます。