IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百三十九話~血みどろの白雪姫~

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 ――――最初の転換点は、8年前の『あの日』だった。

 

 何よりも大事な妹を隠して、わたしは一人で一番危険な『赤い眼』の男を引き受けたお爺様の下に向かった。

 何ができるわけでもないとわかってた。けど次の『更識』を預かる者として、何もしないわけにはいかないと思った。

 

 けれど。

 お爺様は駆け付けてきたわたしに気を取られた隙に、あの男に殺された。

 

 「これは報復だ」

 

 激情して飛び掛かったわたしを呆気なく叩きのめし、お父さんが目の前で惨たらしく殺されるのを見て、気を失ってしまったお母さんの前で。

 あの男は一切の感情を感じさせない冷たい声で、そう言った。

 

 「だが、それ故に命の天秤は公平であるべきだ。俺達は三人、『死の雨』を生き延びた。だから三人、お前達を生かす」

 「とはいえ……うち一人はああ(・・)なった。俺達は篠ノ之束ではない。人を石には変えられない」

 

 そう言って男が向けた視線の先には、仮に日本人だったら高校生くらいに見える、男と同じ人種の死人のような目をした少女が、黒い水晶のようなものを大事そうに抱えてわたしを見ていた。

 ――――当時はそれが何かわからなかったが、今思えばあれは恐らくISのコアだった。

 

 「よって、ただ生かすだけでは釣り合わないので……代わりに一人地獄に落ちて貰う。さあ、誰が良い?」

 

 選択の余地なんて、ないも同然だったけど。

 それでもわたしは、せめて残った家族を守るため。わたしのせいで死なせてしまった、お爺様への罪滅ぼしのため。

 

 わたしは自ら男の言うまま、地獄を選んだ。

 

 

 

 

 地獄とは、ただ何処までも白くて、冷たい場所だった。

 

 「……何故、こんな半端な真似をする総長。殺すべきだ。あの子供は、恐怖で折れたもう一人や、壊れてしまったあの女とは違う。生き残れば、また楯無が生まれる。そうなってしまえば、私達がしてきたことが無意味になる」

 

 「内面がどうあれ子供だ。どうせ死ぬ。その懸念には意味がない」

 

 「それが半端だと言っている。遠からず死ぬなら、今私が殺してもいいだろう?」

 

 「聞き分けが悪いぞ■■」

 

 「がっ……!? そう、ちょう。な、ぜ……」

 

 「――――言った筈だ。俺達が手を下せば、公平な報復ではなくなると……お前達、撤収するぞ」

 

 遠くであの男と少女が言い争う声が聞こえるも、直ぐに雪風に掻き消される。

 雪風は、やがて吹雪になった。上も下も真っ白な世界の中で、わたしの体も意識も、冷たい白に塗り潰されるように消えていく。

 

 でも。当時のわたしでも、ここで意識を失えば、もう二度と目覚めることはないこと位はわかった。

 

 ――――嫌だ! こんな、こんな何処かもわからない場所で、一人で死にたくない……!

 ――――殺してやる……! 絶対に生き延びて、家族をあんな目に遭わせたあいつ等を、一人残らず……!

 

 何度も白の中で消えそうになりながらも、そんな感情だけがわたしを動かした。

 けれど、気持ちだけではどうにもならなかった。その気持ちでさえ、白い世界と極寒の中でやがて萎えて死んでいく。

 最後にはどうしようもない怒りと絶望だけが残り、それすらも潰えそうになった時、とうとう体が動かなくなった。

 もうダメかと、そう思ったとき――――ふと、手に何かが当たるの感じた。

 

 男たちが私と一緒にこの地獄に放置していった、荷物の中から転がり落ちた青い結晶だった。

 それに手を触れると、何故か何かが頭の中で響く気がして。最後の力を振り絞ってその結晶を抱え込むと、今度こそ確かな声が、わたしの中に届いた。

 

 ――――あなたは、いきたいの?

 

 生きたい。死にたくない。あいつらに復讐したい……また、■■■■■に会いたい……!

 

 ――――そうなの。なら、いかしてあげるね。だから……

 ――――あなたにとってたいせつなものを。わたしにちょうだい?

 

 これが多分、わたしにとっての次の転換点だった。

 わたしは、自分の命欲しさに。ずっと昔から夢見ていた、将来貰えるはずだった名前を『声』に差し出した。

 

 

 

 

 次に目覚めたのは、何処ともわからない施設の中だった。

 やがて金髪の知らない女性が部屋にやってきて、捲し立てるように喋るけど、言葉が全くわからない。

 女性はわたしが何も反応しないのに苛立ったのか、手を上げようとするが――――

 

 パシッ、と。

 女性の掌が私の頬を打とうとした直前で、何処からともなく水の塊が現れて女性の手を弾いた。

 

 「!? ――――っ!!!」

 

 不可解な出来事に、わたしも女性も固まる。

 けれど女性は未だにわたしに言葉が通じないのがわからないのか、すぐにまた知らない言葉で喚き始めた。

 ふと、女性から視線を逸らして部屋に置かれている姿見に目を向ける。

 

 ――――知らない誰かが、そこに映っていた。

 元はそれぞれ黒だった髪は薄い水色に、目の色は赤く変わっていた。

 逆に言えば変わっているのはそれだけだったが、その時のわたしはそれが自分の姿だと、直ぐには認識できなかった。

 

 

 

 

 それから一か月も経てば、流石に言葉もわかるようになってきた。

 同時に、自分の今いる場所や置かれている状況も。

 

 わたしはどうやら、気づけばロシアにまで攫われてきたらしい。

 あの男は、わたしを吹雪荒ぶ冬のシベリアの雪原に置き去りにしたようだ。

 わたしはあの男たちが放棄した、物資から少し離れたところで、青い光を放つ結晶を抱きかかえるように握り締め、そこから滔々と湧き出る水に保護されるように包まれながら眠っていたということだった。

 

 そしていつの間にか、青いロザリオの形になって私の手元にあったあの青い結晶はあいつらによってロシアの研究機関から奪われたものらしく、わたしはそれを盗んだ犯人として結晶ごと施設に担ぎ込まれたらしい。

 

 その辺りがわかってきてからは、わたしも結晶を施設に返そうとしたのだが……結晶は意思があるかのように、私が手元から離そうとすると水の鎖のようなものを放出してわたしを離そうとしなかった。

 実際、施設の人も最初は結晶だけを取り返そうとしたのだが、結晶そのものに同じように拒否されわたしごと連れてくるしかなかったらしい。

 

 けれど、結果的には結晶のその意思のようなものにわたしは救われることになった。

 言葉がわからない子供相手にすぐに手を上げようとしたことからわかっていたが、施設には碌な人間がいなかった。

 言葉が通じるようになってきてからも、結局こちらが意にそぐわないことをすればすぐ手が出るような大人ばかりで。暴力が振るわれそうになる度、結晶は水を放ってわたしを守ってくれた。

 元より、わたしの未来の名前はあの『声』にあげたつもりだったけど……あの声の主は何故かその結晶であるような気がして、いつしかわたしはわたしの手元から絶対に離れていかないその結晶を■■と呼ぶようになった。

 

 施設の大人たちは、そんなわたしが余程気に食わなかったらしい。

 やがて大きな金属の鎧のようなものを纏ってわたしを殴るようになった。

 その強烈な金属の拳や蹴りは、結晶の水の防御を突き破ってわたしに届いた。最初にそうして折檻された日は碌に治療もされず、与えられた部屋の隅で血塗れになったまま起き上がれなかった。

 

 それでも、わたしは施設の大人達に背き続けた。

 だって、わたしの■■の力を、悪いことに使う様に命令してくるから。

 大事な名前を与えたこの■■を、そんなことに使うのは、僅かにわたしの中に残された更識の矜持が許さなかったから。

 だけど……暴力では言うことを聞かせられないと漸くわかった大人達は、とうとうやり方を変えてきた。

 

 「お、お願いします■■さん! あなたが言うことを聞いてくれないと、わ、わたし……わたしの妹がっ……!」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でそう縋ってきたのは、■■■■■と同じくらいの年頃の女の子だった。

 

 ――――これが、また転換点になった。

 わたしはわたしの中に残った、僅かな更識の矜持を捨てた。

 

 

 

 

 ――――将来、こんな仕事をする日がくるんだろうと、覚悟はしてた。してた、つもりだった。

 

 名前も知らない誰かを■した。

 すると次の日、また誰か知らない子がきて、わたしがやらないと自分が、家族がって言ってくる。

 だから、また■す。

 

 そんなことを、数えきれない程繰り返した。

 浴びた返り血がこびり付いたように、最初は綺麗な青い結晶だった■■は、次第に赤黒く染まっていった。

 

 わたしに人を■してと頼んでくる子達にさえ、怖がられるようになった。

 それでもよかった。わたしが手を汚していけば、少なくとも施設の大人たちがこの子達に手を出すことはないと、そう信じていたから。

 わたしは、この子達を守れている。だから大丈夫。そう思っても、信じても――――

 

 「や、やめてくれ……家族が、家族が家で待ってるんだ。だか、ら、あ――――」

 

 ――――擦り減っていった。

 

 「お願いっ! 私はどうなってもいいから、あの子だけは、どうかあの子だけはっ、おねが――――」

 

 ――――擦り減っていった。

 

 「この人殺しがっ……! 神が許そうと、私は絶対にお前を許さんっ! 地獄に堕ちろっ、死が、み――――」

 

 ――――擦り減っていった。

 

 ■せば■すほど、心の何処かが、どうしようもなく擦り減っていった。

 最初に友達の名前。次に、家族の顔が思い出せなくなった。大事な■■■■■の顔を忘れた頃には、人を■しても何も感じなくなっていた。

 それでも、守れているものはあると信じていた。でも――――

 

 「こ、これは、どういうこと、ですか?」

 

 「これ? ……ああ。失敗しちゃったの。あなたみたいなのを造りたかったんだけど、上手くいかないわね」

 

 「どう、して……? わたしが、仕事、したら……皆、助けて、くれる、はずじゃ……」

 

 「どうせ外に放り出したって、すぐに野垂れ死んじゃうような子達よ? ならせめて有意義に『使った』方が、この子達のためでしょ。まぁ……役立たずは、最期まで役立たずだったわね」

 

 ――――信じていた、最後の一線すら、嘘だった。

 

 

 

 

 ある日、わたしの■■が新しい力に目覚めると、その日以降毎日致死量ギリギリの血を抜かれるようになった。

 そんな中でも、仕事は遠慮なくやってくる。内容も日に日に危険で過酷なものに変わっていった。

 仕事が終わってフラフラになって帰ってきても、労いの言葉どころか仕事が遅い、目が気にいらない等と言われて、あの鎧を纏った女に暴力を振るわれる。

 わたしが守ると誓った子達も、もう怖がるどころか罵倒や恐怖の声を直接浴びせてくる。

 それでも死にたくないって、最初の望みだけに縋ってわたしは生きた。

 ■■も、致命的な攻撃からいつもわたしを守ってくれた。■■だけが、わたしの味方で、希望だった。だった、のに――――

 

 「そう……実験は成功。素晴らしいわね、■■、あなたの単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は! せこせこと涙ぐましい抵抗をしていたあの都市、吹き飛んだみたいよ? 良い気味だわ」

 

 「どう、して……! あの『力』は、戦争には使わないって、約束だったはず……!!」

 

 「戦争じゃないわ、紛争の鎮圧……どうせ、近いうちに我が国の領土になる場所だもの」

 

 「なんて、ことを……!!」

 

 「ああ、そうそう……ああ(・・)なっても、案外子供ってしぶといのよね。大量の戦災孤児がでたそうよ? 丁度いい素体……あら、ごめんなさい。『妹』達が、また入ってくるわ。お世話、よろしく頼むわね、『お姉ちゃん』?」

 

 「あ……」

 

 最後には。

 もう、これ以上はないって。そんな希望とすら呼べない未来の展望さえ、現実は裏切ってきた。

 ――――この時、擦り減り続けて細った心が、とうとう折れる音が聞こえた。

 

 

 

 

 「ローマ聖教の使者を、暗殺?」

 

 「そう。連中自身か、連中の子飼いのエージェントかはわからないけど……あの連中が視察に向かった先の、私達の研究施設が次々に潰されてるの。相手が相手だから、1、2件くらいなら見逃したけれど……いい加減、目障りになってきたわ」

 

 「そう、ですか。狙うのは、使者だけ?」

 

 「そうね。襲撃を仕掛けてる人間を直接殺れれば良し。襲撃者を逃がしたとしても、使者を殺せば脅しにはなるでしょ。頼んだわ」

 

 「…………」

 

 「ああ……嫌なら別にあなたじゃなくてもいいのよ。最近やっと2、3体成功体が出来てきたし、あの子達の実戦テストついでに行かせるわ」

 

 「……わたしが、やります」

 

 「そう? じゃ、お願いね」

 

 ――――心が折れてしまってからも、変わらず明日はやってくる。数えきれないほど■した。

 これ以上生きていても誰かを傷つけることしかできないと悟った時には、■のうと思った。けれど……今までずっとわたしの命を守ってきてくれた■■は、わたし自身の殺意からさえ、わたしを守ってみせた。

 だから……この時は、誰かに■して貰うことだけが、わたしに残された最後の希望だった。

 家族を■した者達への復讐心も。■■■■■に会いたいという気持ちさえ、もう残っていなかった。

 

 けれど幸いなことに――――この唯一の望みが叶う機会が既に近くまで来ていることに、当時のわたしはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 今回の標的は、最早自分の足で立ち上がることすらできない、車椅子に乗ったわたしよりも若干年上くらいの、綺麗な白金の髪(プラチナブロンド)を持つ少女だった。

 足が悪いだけでなく目も見えていないのか、両の瞳は常に閉ざされたまま。

 けれどそんな何一つままならない身の上であることを全く感じさせないような、穏やかな微笑みを常に絶やさず人々に声を掛けている。あの歳でローマ聖教の使者などという、大役を任されるのがわかる人柄を、一目見ただけで感じさせた。

 

 そんな彼女が、祈りを捧げるため一人になるタイミングを見計らって教会に侵入。

 いつものように仕事をしようと背後から忍び寄ったところで――――

 

 すっ、と。全く違和感を感じさせない自然な動きで、立てない筈の少女が立ち上がった。

 少女はそのまま、最初から分かっていたかのようにわたしの方へ振り返ると、優しく肩を撫でる。

 ただそれだけで、気づけば私は床を舐めた体勢のまま、動けなくなっていた。

 

 「――――え?」

 

 自分の身に何が起きたかわからないまま、それでもわたしが動けないでいると、盲目の少女のどこまでも穏やかで優しい声が聞こえてきた。

 

 「――――救いを求めにきたのですね。あなた、お名前は?」

 

 「かた、な……」

 

 ……どうして■すつもりで近づいた相手に名前を聞かれて、正直に答えてしまったのかは、今でもよくわからない。

 けれど、あの白い地獄に置き去りにされて以来ずっと今まで、誰にも呼んで貰えなかったその名前を、誰かに呼んで欲しかったのかもしれない。

 そして彼女は、全てを見透かしたように、浅ましいわたしの期待に応えてくれた。

 

 「そうですか。では、カタナ。あなたは――――」

 

 しかし、彼女の声はそれ以上続かなかった。閉ざされていた小さな教会の扉が、轟音をあげて吹き飛んだからだ。

 いつのまにか動けるようになっていた体を起こしてわたしもそちらに視線を向けると、何度もわたしと■■を打ちのめしてきた鎧を纏った見覚えのある女が、3人の子供たちを引き連れわたしの方を見て嘲っていた。

 

 「あら、失敗したのね■■。それとも裏切ったのかしら? ……まぁ、どっちでもいいわ。なんにせよもう用済みだから」

 

 「っ……!!」

 

 「役立たず。いい気味」

 

 「やっと、この時がきたのね。早く死んでよ、姉さん」

 

 「ねえ、早く殺そうよ。いいでしょ?」

 

 女は、もうわたしをもの(・・)として見ていることを申し訳程度に隠そうともせず、銃をわたしに向けてくる。

 そんな女を見て……かつてわたしが守ろうとした少女たちも、それぞれ悪しざまにわたしを罵ってくる。

 

 ――――そっか。これでやっと、終われるんだ。

 この時は今にも殺されそうになっている現実を前にして、そんな思いしか湧かなかった。

 だから全てを諦めて目を閉じようとしたところで……あの優しい声でわたしの名前を呼んでくれた少女が、女たちの視線からわたしを守るように立ち塞がっていた。

 

 「――――お引き取りを」

 

 「は? あなた、何様のつもり――――」

 

 「――――ここは祈りの場であり、学びの場であり、憩いの場であり……夢や希望を見失い、救いを求めにきた人たちのための最後の(よすが)でもあります。ここまで逃れてきた人を、更に鞭打つような行いをする者は……例えそれが我らが主であろうと、私は許しません。どうか、お引き取りを」

 

 「馬鹿ね。その化物はあなたを殺しにきたのよ? ……まぁ、そんなにそれが気に入ったのなら、精々祈ってあげなさいな。ねぇ、聖職者様――――!」

 

 女が、手にした大きなライフルの引金に指を掛ける。

 わたしが■ぬのはいい。けれど最後にわたしに優しくしてくれた、この少女を巻き込みたくなくて、わたしは■■にお願いして水の壁を展開しようとした。しかし――――

 

 「は……? なによ、どうなってんのよ!? このポンコツ……!」

 

 「嗚呼。あなたは何か、勘違いをしておいでの様ですね」

 

 「この――――!!」

 

 少女がさっと、手を前に翳した。

 それだけで、女が手にしたライフルは永遠に沈黙した。

 業を煮やした女は、銃を投げ捨て鎧の腕で直接少女に殴りかかる。その鎧を纏っているとは思えない程速い動きには、わたしは反応出来なかった。

 

 また、わたしのせいで誰かが■ぬ。その現実に耐えられなくて、思わず目を閉じてしまいそうになる。

 けれど、わたしが幻視した、一見儚げにすら見える少女の■は、この時ばかりは訪れなかった。

 

 「――――祈りは慣習であり、主へ報告です。私達の職務ではありません」

 

 少女は翳したままの手で、目の前に迫った鉄の拳に触れると――――そのまま片手で、鎧ごとその腕を投げ飛ばした。

 

 「え……?」

 

 鎧を纏った女は何が起こったのかわからないといった表情のまま、轟音と共に頭から教会の床を突き破って地面に沈み……そのまま、起き上がってこなかった。

 女がやられるのを見て、彼女の後ろにいた少女たちは慌ててそれぞれ何処からともなく武器を呼び出そうとする、が。

 

 次の瞬間、全員盲目の少女に『踏み潰された』。――――少なくとも、わたしにはそう見えた。

 少女は、ゆっくりと一歩、前に自らの足で進み出ただけ。

 それだけの動きで、次の瞬間女に連れてこられた、かつて一時はわたしのことを姉と慕っていた少女たちは三人全員、先程のわたしのように床に突っ伏して動けなくなっていた。

 

 その光景を見て、感じた。

 ――――この人なら、きっとわたしを終わらせてくれるという希望。

 同時に、自分もこんな半端な力ではなく、これほど圧倒的な力があれば。大事な人を為す術もなく奪われることも、この日まで、どうしようもなくこの手を血に染めることもなかったんじゃないかという、最早なんの意味も持たない後悔と、嫉妬に似た怒り。

 

 こんな感情が自分の中にまだ残っていたことに、この時は自分自身驚いた記憶がある。

 そして、それはとても醜いことだと感じたことも。だから。

 

 「お願いします……わたしを■してください。血の一滴も残らないくらい、跡形もなく」

 

 気づけば少女の前に進み出て、そんな言葉が自然と口から出た。一度零れたら、もう止まらなかった。

 あなたに身勝手な怒りをぶつけた、人■しの醜いわたしを、どうか消し去ってくださいと懇願した。

 わたしの■■の研究成果から、残酷な武器が作られてしまった。わたしが生きている限り、また沢山の人が■ぬと脅した。

 もう全てを失ってなにも残っていないのだから、それならいっそ最後に残された、最早生きる理由もないこの命も吹き消して楽にしてほしいと、喚き立てた。

 

 そうしていると、次の瞬間――――

 吹雪で覆われた心を溶かすような温かさと、花のような優しい香りに、わたしは包まれた。

 少女に抱きしめられている。そう認識した途端、あの優しい声が、耳元で聞こえた。

 

 「そんな寂しいこと、言ってはいけませんよ――――」

 

 そして――――今まで何度も夢に見た、あの言葉をかけて貰ったわたしは、もう少しだけ、生きてみたいと思った。

 わたしから全てを奪い、こんな醜い人■しに変えた奴等への憎しみ。人としての感情を取り戻して、最初に湧き上がったその炎のような感情が、心にこびり付いた絶望や諦観を焼き尽くしてくれたというのも多分にあったが、なによりも――――

 

 「生きる理由がないと言うのであれば、どうか私の為に生きてください、カタナ」

 

 ――――この、優しくわたしの名前を呼んでくれる人のために。

 

 

 

 

 修道女の服を纏った盲目の少女は、自分のことをアナと名乗った。

 かつて彼女を■すように指示した女の言う通り、彼女はローマ聖教の使者という名目の元世界を駆け巡り、わたし自身が持つ■■の様な結晶と、それが呼び出す鎧……『IS』の研究をしている非合法の研究所やそれに属する組織を、その圧倒的な力で持って制圧して回っていたらしい。

 そういう場所に限って、わたしのところと同じように子供を非道な実験台にしていて……アナさんはそういった場所を制圧する度、既に■んでしまっていた子供達は、丁重に弔い。

 生き残った子供達は全て保護し、自身が属する教会の息がかかった孤児院に入れて、彼女自身も偶にお土産を持って様子を見に行っているようだった。

 ずっと仕事の時以外わたしを閉じ込めていた施設も、わたしがアナさんの暗■に失敗した三日後には更地になっていた。

 

 ■■がISであるということも。

 施設の外で生きていく方法や、色々な国の言葉も。

 ■■の本来の扱い方も、いつしか命令を聞くか■すしかできなくなっていた、他人との向き合い方、付き合い方も。

 

 知らなかった、若しくは失っていた、忘れていた色々なことを教えてくれるアナさんのことを、わたしは自然と先生と呼ぶようになっていた。本人はわたしと5歳も離れていないのだから呼び捨てでいいのに、なんて言って苦笑いしていたけれど。

 

 ISとは、既存の兵器ではとても太刀打ちできない、超常の兵器であることも教わった。

 でも、そうなるとわからないのは先生のことだ。先生はその超常の兵器を、偶に手を翳すだけで銃を不発にするなどの得体の知れない力を使うものの、基本素手で制圧しているように見えた。

 

 「先生のその力は、ISのものなんですか?」

 

 ある日そう先生に尋ねると、先生は唇に指を当てる仕草をして、

 

 「神の御業です……と、いうことにしておかないと、困ってしまうお方がいるのですよ」

 

 なんて、珍しく少し茶目っ気を出しながら、言外に正解だと答えてくれた。

 まあ、そうでなければわたしにISの使い方なんて教えられるはずもないのだから、今考えれば間抜けな質問だったと思う。

 とはいえ……先生は先生で、彼女の言うISの制御方法は、世間一般のそれとは大分ズレているとわたしが気が付いたのは、大分後になってからだったけれど。

 

 わたしも本来は孤児院に入れられる筈だったのを頑なに拒否し、先生に引っ付いてそうして色々近くで教えをうける関係を続けるうちに、わたしは先生とお揃いの修道服を纏って先生の仕事を手伝うようになった。

 先生は最初は拒否していたが、わたしがしつこく食い下がるとやがて困った顔で受け入れてくれた。

 ロシア国内だけでも、胸が悪くなるようなIS研究をしている場所は後を絶たなかった。だから結構忙しかったけど、ただの人殺しよりも何倍もやりがいがあった。

 それに……そういった研究施設や組織は、当然他の非合法組織との繋がりがあることが多く、先生の仕事を手伝っていれば、わたしの家族の仇に繋がる情報も手に入るなんて、そんな思惑もあった。多分、それも先生には見透かされていたような気がする。

 

 実際、奴らの情報は断片的にではあるが入ってきた。

 『生ける屍(リビングデッド)』。中東を中心に主にユーラシア大陸で広く活動している、歴史上でも類を見ない凶悪なテロリスト集団。それが、わたしの家族の仇の名前だった。

 けれど、奴らの消息だけは杳として掴めなかった。どういう訳か、奴らはわたし達の家族を襲った事件以降、完全に鳴りを潜めていた。

 わたしが先生のところに厄介になる少し前、奴らの活動拠点地域に、事態を重く見た国連軍の軍事作戦が行われ、成功して事実上の生ける屍壊滅宣言が行われていたことも後で知った。

 

 

 でも……わたしは奴らが滅んだなんて、信じていなかった。

 他の奴等は兎も角、お爺様を殺したあの赤眼の男と、お父さんの首を一撃で刎ねて、見せしめのように■■■■■の前に転がしていた、死んだ魚のような目をした少女が、そう簡単に死ぬとは思えなかった。

 あんなことをした奴等が、今ものうのうと生きている。そう思うだけで、日に日にわたしは恨みを募らせていった。

 

 そうして、やがて生ける屍の情報収集にのめり込むようになったわたしを危ぶんだのか、若しくは見限ったのか。

 先生はある日、わたしがその時になるまですっかり忘れていた名前を、わたしの前で告げた。

 

 「更識が、なくなる……?」

 

 「ええ。布仏……更識の分家はあくまで主家を立てる形で、今まで暗部を更識代行として回してきたようですが……大方、上手くやり過ぎてしまったのでしょうね。最早滅んだ主家への義理立てなどやめて、布仏で本家家業を取り仕切れという、公安や政府の声を抑えられなくなりつつあるそうです……どうするのですか? カタナ」

 

 「そんなこと――――!?」

 

 当時復讐に取り憑かれつつあったわたしは、咄嗟にそんなとっくに失くした過去のことなんて、と撥ねつけようしようとしたが……

 途端、自分の命よりも大事に思っていたはずの、■■■■■の顔すら思い出せないことに気が付いて固まった。

 

 これで、本当に更識がなくなってしまったら。

 僅かに記憶の中に残った、家族との思い出すら、『どうでもいいもの』に、成り下がったとしたら。

 ――――わたしの復讐は、一体何の、ために……

 

 そんな考えが頭の中で堂々巡りになり、答えを出せないわたしに、先生はいつものように優しく微笑み、

 

 「――――行きなさい、カタナ。取り戻せないものが多すぎるからこそ、取り戻せるものは取り戻すべきです……細かいこと等、気にする必要はありません。全て、こちらで対処しておきます」

 

 ただ背中を押してくれた。

 

 「で、でもわたし……先生に、何も返せてない……!」

 

 「いいえ。いっぱい、返してくれましたよ。出会った日に思った通り、あなたは輝かしい未来を沢山、私に見せてくれました」

 

 「先生……!」

 

 「どうか、これからもお元気で、カタナ。あなたはきっと、私よりもずっと先の未来を築いてゆける子です」

 

 その日は一日、先生の胸の中で泣いて、眠って。

 たった一日で、言葉通りいつの間にか、身元不明者であるわたしの自由国籍権を取り付けて、日本に帰れるようにしてくれた先生に笑顔で手を振って。

 涙と寂寥感を振り切るように、わたしは先生と別れた……それが、最後の別れになるとも知らずに。

 

 

 

 

 ――――わたしがロシアを発った後。先生がローマに帰るために乗り込んだ飛行機を、生ける屍残党を自称するテロリストが撃墜。飛行機は爆発炎上して損傷が酷く、生存者は確認できなかった。

 

 わたしがその知らせを受けたのは、わたしが7年ぶりに日本に降り立ってから、3日後のことだった。

 

 






本当は4~5話くらいかけてじっくり心折設計から救済までをやりたかったんですが、いい加減畳むことを意識していきたいので無理矢理纏めた結果ダイジェストのようになってしまった回。文章って難しいね……

信じて貰えないかもしれませんが、たっちゃんはダレトコがISで一番好きなキャラです。
それでこの扱い? ……だって推しは曇らせたり尊厳破壊する程輝くって漫画の悪魔の啓示を受けちゃったから……
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