~~~~~~side「???」
「あ~あ……あれだけ『カナリアの血』を使ってるんだからしょうがないけど、降ってきそうねぇ。もう少し見ていたかったけど、分火もそろそろ打ち止めにしておきましょうか」
IS学園埠頭。
無事に非戦闘員の避難も終わらせ、緊急事態になったらすぐに動けるようにという名目で、海上アリーナを見渡せる場所から色々と『覗き』つつ、不測の事態には対処したけれど、それも今の私では雨一つ降られるだけで難しくなる。
いよいよドクトルBに私のISを本格的に完成させて貰わないと……なんて、今言っても仕方ない、か。
現状エムだけが上手くいっていないが、シーに援護に向かうように指示はした。
あの二人は出会い頭に殺し合いになる程仲が悪いので、少し心配ではあるが……まあ、こういう時のためにワーミィとビルを彼女達につけたのだし、彼らに何とかしてもらおう。
まぁあちらはあちらで後が怖いが……何せ状況的に仕方なかったとはいえ、ティーを禁じ手に近いやり方で覚醒させた。
あの時の、普段おどおどして頼りないドゥドゥでさえあの怒り様。彼から後でワーミィとビルに私がしたことが伝われば、それぞれ自分たちの礎になった存在としてティーを慕ってる彼らもきっと怒り狂う。最悪
でもティーはまだこちらに到達するまで時間がかかるだろうから、言い訳を考える時間はまだある。
彼女が来る頃にはあの二人とパスカルも仕事を終わらせるだろう。
なら私はここで仕上げの仕事を、と思ったのだが――――
「――――あらら。こないなところでお一人はん、なにしてはりますの?」
「……!」
不意に声をかけられて振り返る。
あの
もし彼女等の誰かであったら、もう一度脅しつけるかと考えたが……そこにいたのは、私が想定したどの人物でもなかった。
白い猫がデザインされた玉簪で纏めた赤い髪に、少し碧がかった青い瞳の、私や千冬と同じか少し下くらいの妙齢の美女。
振袖と袴を纏い和傘まで差しているその姿は、いかにも日本かぶれの西洋人といった風体だが、それだけに足元の袴から覗く、鉄底のロングブーツだけが少し浮いている。
そしてその足元には、彼女の簪に描かれた猫によく似た、白い子猫が纏わりついてる。
まさか。何故、彼女が今、ここに……?
――――アリーシャ・ジョセスターフ。
現イタリアの国家代表にして、私が出てくる前は次代の戦女神に最も近いとされてたIS搭乗者だ。
千冬は現役時代、全ての試合で無傷のまま、相手を一撃で葬ってきたことは有名だが……彼女は前々回のモンド・グロッソにおいて、決勝戦で千冬と対戦。
試合そのものは千冬の伝説の一つに加えられる結果に終わったが……今まで全くの無名だった彼女には今までで唯一、千冬に対して『先制攻撃』を行い、それを千冬に『対応』させたという実績が残った。
その強さも千冬以外のIS搭乗者を全く寄せ付けないもので、前回のモンド・グロッソでは当然、新設された
再戦時はまたしても千冬に対し先制攻撃を仕掛けることに成功するも、以前よりも一層力を磨き、鋭さを増していた千冬と暮桜に、今度はその攻撃ごと叩き斬られるという結果に終わり、期待の戦女神候補は二回戦で姿を消した。
その二回に渡るモンド・グロッソにおける彼女の戦果は時に面白おかしく取り沙汰され、いつしか好悪含んだ様々な思惑の元、未だ無冠にも拘わらず、彼女はこんな風に呼ばれるようになった――――
「あら? そっちこそ、こんな時にどうしたの
「わちきをその名前で呼ぶのやめてくだはります? ほんまイケズなお人。昔と変わってはりまへんな、エリザベスはん」
「アハハ、いいじゃない。無冠のまま戦女神を名乗るのを許されてるなんて、あなたくらいよアリーシャ! 大体、金満の戦女神なんて裏で陰口を叩かれるよりマシじゃない?」
「わちきと違ごうて、前回できっちり
「今ちょっと危ない人達が遊びに来ててね。こっちまで来ないか見張ってたところなの。あなたこそ、どうしてここに? CBF観戦に来た割には、ちょっと来るのが遅いんじゃないかしら?」
「ちょいばかし、お知り合いにこっそりお仕事を頼まれましてなぁ。その締めに、どないしてもやらなあかんことがありますさかい、このシャイニィに人を探してもろうてんのですけど――――」
アリーシャのその言葉で、今更ながら私は先程まで感じていた違和感の正体に気づく。
アリーシャの足元にいる子猫が、アリーシャの足に隠れながらも、ずっと私を見つめていることに。
「――――探し人、おまえはんみたいやねぇ。エリザベスはん。なんか心当たり、あったりします?」
「……そんなこと、いきなり言われてもね。せめて、何の件かくらい教えてくれないかしら?」
「またまたぁ、惚けちゃってぇ――――意識不明のIS学園生使おて、『ISスクール』ハッキングしようとしとる、不届者に決まってはるやないですか」
「……!」
気づかれた……!?
いや、そうだ……迂闊だった、彼女のISの能力は……!
だがいくらアリーシャでもまだ証拠までは掴んではいまい、口八丁でいくらでも誤魔化せると高を括りそうになったその時。
ずっとアリーシャの陰から私を見つめていた子猫が、いつの間にか口に何かを咥えているのに気づく。
アリーシャも同時にそれに気が付いたのか、途端に顔を顰めて子猫に声をかけた。
「シャイニィ。あかん、あきません。そんなばっちぃのぺっ、しなはれ、ぺっ!」
飼い主の言葉に従い、子猫は私の前に咥えているものを首を振ってペイッと放り投げる。
――――それは今にも消えそうなほど弱弱しい青い炎に覆われた、小さな犬のような生き物が数匹。
その生き物はアリーシャの傘の外に追い出されたタイミングで、狙いすましたかの如く降り出した雨に打たれ、残った炎が弱まりだしたことに耐えかねたかのように、小さな青い炎に変わると……私のコートの袖の、金色のカフスボタン――――私のISの待機形態に吸い込まれるように消えていく。
「っ……!」
この事態には、流石に私も口元が引き攣るのを感じた。
アリーシャは炎の小さな犬が消えるまでの一部始終と、そんな私の顔を見て、先程からずっと浮かべている妖艶な微笑を濃くした。
「――――その犬っころが、生徒達を意識不明にしはった元凶、やったんですけど……こら決定的証拠、ってやつですなぁ。ほんなら大人しゅう連行されてくれはりますか、エリザベスはん?」
「はぁ……そうね。ここまでやられて、じたばたするのもみっともないわ、ね……!」
完全に不意を打つ形で、アリーシャに殴りかかる。
この場で倒せるとは思っていない。逃走するのに、少しでも怯ませられれば御の字。
……ISスクールの件は残念だが、こうなっては仕方ない。あの轡木に目をつけられた以上、元よりIS学園に長く留まれるとは思っていなかった。そもそも、彼女が今ここにいること自体、彼の手引きである可能性が高い。
この分火を不本意な形とはいえ回収できた以上、後はこういうときのための備えでなんとか……
なんて、早くも先のことを考えて、目の前の相手に集中しなかったのがまずかった。
私の拳は、アリーシャの一見華奢な細腕に、片手であっさり受け止められていた。
「っ……!?」
「あらぁ……力比べしはります? ええですけど……わちき、これにつきましては多分――――千冬はんより強いですよ?」
受け止められた、握り締めた拳から嫌な音が響く。
手を指の骨ごと握り潰されたと悟った頃には、頭の芯まで響くような激痛が体を駆け巡った。
「ぎっ……!?」
「ああ、それと……別にええですよ? みっともなくじたばたしはっても。わちきもおまえはんには恨みありますさかい、ほんなら遠慮なくしばき倒せるってもんです」
「う、恨み……? 私、あなたに何かしたかしら?」
「……前回のモンド・グロッソ。わちきを二回戦で千冬はんと当たるよう仕組んだの、おまえはんですやろ? お金の力、馬鹿にできませんなぁ。ほんまええ勉強させてもらいました、
「……!」
「まぁ、それは別にええんです。わちきも千冬はんとの再戦が望みでしたし、悔いなくやれたんなら何回戦とかは、わちきには関係あらへんですし……だから、どうしても許せへんのはその後のことです」
「…………」
「千冬はんの弟君が誘拐……その後千冬はんが現役引退しはったあの事件。おまえはん、一枚噛んではりますやろ? ホンマ……やってくれはりましたわ。あのお人が現役降りると発表しはった時、わちきがどんだけ失望したか。おまえはんにはわからへんやろなぁ……!!」
ああ、痛い、痛い。
唯でさえ砕けた手をさらに握り潰され、脂汗が全身から滲み出てくるくらい痛い。
けれど、それでも、何故か、私は――――
「ふ。うふふふ。あははは……!!」
「……何を、笑ってはりますの?」
「ええ。あなたが言うように……わからないからよ? あんな
「! アンタ……!!」
「どうせやるなら、命を……いいえ。『全て』を懸けて、なにもかもメチャクチャになるくらい、後先考えずにやった方が絶対楽しいわ! 今、そのための準備をしているの。ねぇ、あなたも乗らない、アリーシャ?」
「……それが、おまえはんの本音ですか。困ったもんですなぁ。ほんのちょいっとだけ、理解できてしまうんが」
「でしょう? なら――――」
「けど……すんまへんけど、わちきはエリザベスはんほど、なんもかんも投げ打って勝負に懸けれまへん。それに――――おまえはん、ハナからわちきに譲る気なんて、あらしませんやろ?」
「あ、バレた? なら仕方ないわね……交渉決裂ってことで」
とても残念。
まぁ……実際見透かされたように、仮に頷かれたところで、結局本番前で殺し合いになるだけだったか。
アリーシャには、千冬への執着という点では私と非常に近いものを感じていたのだが……当たらずも遠からず。だが、決して折り合うことはない。どうやら、それが答えだったようだ。
なら……勧誘も失敗したところで、次の一手を打つとしますか。
急に激しく降り出した雨に打たれながら、ISの待機形態に呼びかける。
あの子は水が嫌いなのでとても嫌そうな気配を感じたが、それでも私が危機の最中にあることは察してくれたのか、申し訳程度には応えてくれた。
「あっちち!?」
アリーシャに握られた拳から、青い炎が噴き出す。
手に伝わる高熱に、堪らず手を離すアリーシャ……あわよくばこれで『乗っ取れれば』、と思うも、そのままアリーシャの腕にまで纏わりつこうとした炎は、青白い雷光が抵抗するようにバリバリと走り打ち消されていく。
……はぁ。流石、この僅かな時間で何十人にも及んだ生徒達を、恐らく電子戦だけで助け出してきただけのことはある。そう、上手くはいかないか。
だが時間は稼げた。これでこのまま――――
「――――出でませ『
逃げようとした、が。
アリーシャが差している和傘の傘の部分を取り囲むように、黒と黄色で彩られた金属の円環がノイズと共に現れ強烈な光を放った時、私は自らの行動が遅きに失したことを察した。
「
「っぁ……」
次の瞬間眩い光が私の体の中心を貫いた。
――――あの千冬にさえ一度も先制を許さなかった、アリーシャの一撃。あまりの激痛に声すらあげられない中、僅かに遅れて鼓膜が破れるような轟音が耳を貫き、体から平行感覚が失われる。
それでも当初の目的を果たすべく、なんとかあと少しの距離を進もうと、体を動かそうとする中。
電子操作の
「今回のことといい、おまえはん、ほっとくと何しはるか全く読めませんさかい。変に捕まえて、後んなってお金なり政治力なりで直ぐに娑婆でて来られてもたまらへんし……ここらで、
「っ……!」
「そんなこと許されますんかいな、って顔ですなぁ? 嫌やわぁ、おまえはん、ご自分でゆうてはりましたやん。危ないお人が遊びにきてはるんですやろ? どうせ悪いお人なんやし、そのお人らに全部おっ被ってもらいます。わちきからは、エリザベスせんせは勇敢にお気張りなさって悪人と相打ちになったとでも言うておきますんで――――」
「ぁ……!」
「――――安心して、戒名もろうてくんなはれ」
豪雨降り注ぐ黒い空から、雷鳴が轟く。
仕方なく、こちらも不安定な自分のISに呼びかけて対抗。最後の力を振り絞り――――アリーシャの一撃が私を捉える直前に、なんとか海に飛び込んだ。
暗い水の中に沈んでいきながら、後はオータムを待てば、と薄れそうになる意識をなんとか繋ぎ止めようとするが――――
「……!?」
水中にさえ届く、空を裂くような閃光と雷鳴。アリーシャは私が海に逃げ込んだと見るや、すかさず海に特大の雷を落としたらしい。
反射と衝撃で体がビクリと撥ねる。そして――――光の中で、意識だけがブラックアウトしながら沈んでいく。
――――ふ、ふふ。抜かったわ……轡木を流石に舐め過ぎていた。千冬がいなくなるなりこんなにも早く、アリーシャみたいな人材を引っ張って、くるなんて……
オータムは動いてくれてると思うけど……間に合う、かしら?
まぁ――――ダメなら、ダメで。
私も、ここまでの人間だった、ってコトかしら、ね……
~~~~~~side「アリーシャ」
「う~ん……普通の人間なら、いくらISあってもお陀仏なんですけど……わちきの勘が、『逃げた』言うてますなぁ」
「にゃー」
「シャイニィもそう思います? あきませんなぁ……あの手の人間は、己の欲のためだけに世に災いを呼び込みます。そうなる前にと、思うたんですけどなぁ」
轡木の狸爺様と、ヒカルノちゃんに頼まれ、IS学園に意識不明の生徒を通して巣食っていた『よくないもの』を退治して、その元凶も今とっちめた。
これで生徒たちは大丈夫だと思うけど、目を醒ましたかどうか今一度様子を見に行ったほうがいいかもしれない。今の状況でパニックが起きれば、非力なヒカルノちゃんだけでは手に余る……でもあの女のいう『悪い人』が、今ここから見えるアリーナで暴れているのも事実。
どちらに行こうか迷うが――――
「なー」
「シャイニィは戻りたいん? ほんなら、そうしましょか」
「にー?」
「ええんよ。よくよく考えたら獅子身中の虫やったとはいえ、わちきこの学校の警備責任者のしてしもうたし……あの女の後釜ってのは気に入らへんけど、この状況じゃ誰かが代わりやらなあきまへん。ほんなら、今は人がぎょうさんおる本棟の方が優先です」
「にゃ」
「亡国機業。何を企んどるのかは知らしませんが――――」
いつの間にか人々に呼ばれるようになった、あまりにも不本意な戦女神の称号。今までずっと嫌いだった。
けれど――――
――――「今のはいい一撃だった。これからも腕を磨いて、
憧れで、ライバルで。でも、どこまでも遠くにいるお人。
ずっと、これからも追いかけていくものだと疑っていなかった。なのに、たった二度目の舞台の後、あのお人はあっさり舞台を降りてしまった。
奴らに吠え面かかせてやれるなら、この大げさな名前通りにだって振舞ってみせる。
「――――『
アリーシャさんの変更点で作中で触れてないこととして、隻眼隻腕設定はオミットしてます。
あと本作では第三世代機兵装は前世代の各国トップランナーの専用機が持つ単一仕様能力の再現を目指したもの、という設定なため、彼女の専用機が第三世代機のテンペスタだと都合が悪いのででんきタイプのオリジナル機に変更しました。
他にも色々細々と変更点はあるのですが、それはまあ後程……