IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百四十三話~心を示す剣~

 

 

 ――――箒が引っ越していなくなる、三年ほど前の話だ。

 箒とはなんだかんだで友誼を結べた俺だが、正直他の同年代とは馴染めなかった。

 いや、同年代に限った話じゃないか。

 

 箒と知り合って間もなく、柳韻さんの妹であり、箒にとっては叔母に当たる雪子さんの伝手で篠ノ之の家に厄介になるようになって半年ほど。

 正直記憶がなくてどういった経緯でそうなったのかはわからないのだが、千冬姉が言うには俺は顔も知らない母親の幼馴染かつ仕事先の関係者ということらしかった雪子さんに、以前はお世話になっていた俺たち姉弟だが、その頃は身の回りで不自然な事件が起きることが多かった。

 

 ふと立ち寄った店に強盗が押し入ったかと思えば、そいつらが不意に俺を殺そうとしてきたり。

 青信号を渡ろうとしたら、信号無視の車が突っ込んできて撥ねられかける事件が何度も続いたり。

 挙句の果てには雪子さんの家で不審火が出て、留守番をしていた俺が偶々外で自転車の空気入れをしてなければ巻き込まれて焼け死ぬところだったり。

 

 白騎士事件からそう時間が経っておらず、海外ではヤバいテロリストが暴れまわり、日本も情勢が不安定な時期だった。

 犯人は捕まらず、警察も行政ものらりくらりと言い訳するだけで何もしてくれない。

 千冬姉はそれはもう荒れに荒れ、日に日に血に飢えた狼みたいな目をするようになっていった。

 今思えば、多分千冬姉はこれらのことを引き起こした黒幕のことを知ってて、それでも何もできないことに対する苛立ちもあったんじゃないかと思う。

 

 一方で、俺も千冬姉程ではないが、人間不信を拗らせていった。

 そんな中でも箒に自分から声を掛けられたのは……まぁ、目の前に泣きそうになっている女の子ってシチュエーションに初めて出くわして、柄にもなくカッコつけようとした結果だというのは、墓まで持っていくと決めている俺の秘密の一つだ。

 そんな箒も、一時は遠ざけようとしたことがある。信じていないとかではなくて、俺の傍にいて巻き込むのが怖かったから。

 

 そんな最悪の時期も、篠ノ之でお世話になるようになってからは次第に落ち着いていった。

 今思えば、柳韻さんと(かさね)さんが相当手を尽くしてくれた結果だったんだろう。

 でもそんな事実に目すら向けず、寧ろ急に身の回りで事件が起きなくなったことで、俺たちの身柄を引き取るために篠ノ之夫妻が最初から仕組んだことなんじゃないかと疑い。

 二人が本性を現して、千冬姉と俺を殺そうとする悪夢を何度も見て、その度に千冬姉に泣きついていた辺りで、この頃の俺がどれだけ重篤だったかご理解いただけるだろうと思う。

 なんなら千冬姉も多分同じことを考えていた節があった。最初の頃は、特に柳韻さんには俺を近づけようとしなかった。

 自分で言うのもあれだが、こんなクソガキ二人を根気よく、自分の子供のように面倒を見てくれた篠ノ之夫妻は、聖人かなにかだったんじゃないかと思う。

 

 と……話が逸れたが。

 当時は最悪の時期こそ乗り切りつつあったが、それでも傷が癒えていないという微妙な時期で。

 箒曰く当時の俺は相当目つきが悪かったらしく、自分から俺に近づいてくるようなのは、同世代には箒以外いなくて。

 そして俺自身、それを良しとしていた。どいつもこいつも、不幸って奴を何一つ経験していないような暢気な顔をしていて嫌いだった。

 偶に箒と話す以外、殆ど一人でいる俺を見て遠目にいじってくるようなのはいたが、徹底的に無視をした。

 そうしていると、程なくして俺は周囲の殆どの人間にとっての、路傍の石となった。

 当時の俺としてはそれでよかったのだが……そうなると、自然とそんな石を気にして声を掛け続ける、奇特な女の子が標的になってくるのを、俺は理解してなかった。

 

 最初は、男女だのモップ女などと揶揄われているのを偶に見るくらいだった。

 これについては、箒本人があまり相手にしていなかったのもあって、俺もそこまで気にしなかった。

 しつこい奴等も、俺が前に出て怒りを込めて睨みつけてやると黙ったから、大した奴等じゃないと侮っていた。

 

 が、ガキの悪態ってのも案外馬鹿にできないモンで。

 とうとう箒を怒らせる馬鹿が出た。

 俺が用を足して教室に返ってきたときは、既に箒が馬鹿を張り倒した後だった。

 後で話を聞いたら、当時中学生にして既に博士号を持っていた束さんが、詳細はなんだったか忘れたが確かIS関連でニュースになった時期で、お前なんかのねーちゃんがそんなすごい奴の筈がない、束とかいう奴はホラ吹き女だと悪態を吐かれてカッとなってしまったそうだ。

 いてーいてーとわざとらしく、大げさに騒ぐ馬鹿を前に、馬鹿を思わず張り倒してしまい、目に涙を浮かべながら呆然と手を出してしまったであろう手を見て呆然としている箒を見て。

 俺は、迷わなかった。

 

 「アッー! 手と足がすべったああぁぁぁぁぁ!!」

 

 「は? ぶぼおぉぉっ!!」

 

 取り合えず紅葉ができた馬鹿の頬を助走をつけてコケた振りをしてぶん殴り、箒がやった証拠を隠滅。

 先生には俺がやった、箒じゃない、事故だった、すんだこと、と捲し立て、すったもんだの挙句俺が罰として放課後の掃除を一人で一か月の刑を課せられた。

 

 ことがそれで終われば良かったのだが……箒の奴、責任を感じたのか放課後毎日、俺が掃除を終えるまで待っていた。

 何度先に帰れと言っても聞かなくて、三日後くらいには俺も諦めた。

 きっと、それがいけなかった。

 

 

 

 

 一人掃除の罰が始まって十日後。

 箒がいつも待っている校門のところにいなくて、嫌な予感がした俺はすぐさま教室に引き返した。

 教室に引き返した俺が見たのは――――

 

 

 

 

 当時から伸ばしていた、綺麗な黒髪を無残に切り取られ。馬鹿の取り巻きに、二人がかりで押さえつけられて泣いている箒と。

 鋏を片手に切り取った髪をばら撒いて、俺が先程掃除した教室を散らかしてニヤニヤしている馬鹿の姿だった。

 

 近日中に久しぶりに帰ってくる、束さんの前で神楽舞を披露するのだと。

 そのために飾り付けるから、髪は今から綺麗にしておかないとと、箒が嬉しそうに話していたのが、とっさに頭を過り。

 

 俺はキレた。

 

 

 

 

 立てかけてあったシダ箒を手に取って鋏を叩き落とした後、習ったばかりの『鎌切』で、馬鹿に拳なり肘なり膝なり蹴りなりを5、6発ほどコンボしてやったのは記憶に残っている。

 でもそんなんじゃ全然腹の虫が収まらず、とうとう立てなくなった馬鹿の髪を引っ掴んでもう2、3発と思ったところで、箒に手首を掴まれた。

 

 「なんだよ……とめるなよ、ほうき」

 

 「ダメだ、いちか」

 

 「ダメって、なにが」

 

 「しのののりゅうで、よわいものにてをあげては、ダメなんだっ!」

 

 「……おまえのかみをめちゃくちゃにしたやつでもか?」

 

 「そうだっ!」

 

 「っ! わかったよっ!!」

 

 箒は未だに目に涙を浮かべていたものの、目には確固たる意志が宿っていた。

 当時の俺にも幼いながらもそれがわかって、それ以上は諦めざるを得なかった。

 

 ――――後のことを思えば。そこが、俺と箒の決定的な差だったのだろう。

 多分当時の俺は、まだ篠ノ之流に相応しくなかったのだ。

 だからきっと、この技を憶えさせられることになったんだろう。

 

 

 

 

 そっから先は、もう色々あった。

 千冬姉はこの頃には、環境が変わり束さんとの喧嘩(殺し合い)も乗り越え、少しだけ丸くなりつつあり。

 強烈な拳骨こそ貰ったが、特に俺を咎めたりはせず、

 

 「これからも守ってやれ」

 

 とだけ言って少しだけ笑った。

 大変だったのは二日後くらいに帰ってきた束さんだった。

 束さんは重さんの手が入って多少はマシになったものの、無残なことになった箒の髪を見て卒倒しかけ。

 俺の話を聞いたら一瞬だけ般若のような表情をした後、スンッと真顔になって、

 

 「いっくん、そのクソガキの顔と名前、覚えてるかな? 覚えてるよね? 教えてくれるかな? ……肉体的にも社会的にも潰してやる」

 

 後になって重さんに首根っこを掴まれて連れていかれるまで、そんな物騒なことを言いつつ、真顔で俺の肩を掴んで離さなかったのでとても怖かった。

 当時の俺はよくトラウマにならなかったなと思う。

 

 重さんはその時はいつものようにニコニコしてるだけで、何も言わなかった。

 当時の俺は、この人のこういう素の感情が見えないところが怖かったんだが……この時ばかりは、怒りと失望が勝った記憶がある。箒がやられたってのに、何をヘラヘラしてんだと。

 割と普段から何かと扱いが雑な束さんと比べ、箒のことは可愛がっている印象があった人だから猶更だ。

 いや、束さんとも仲が悪いという訳ではなく……束さんが重さん(母親)似で、重さんが柳韻さんと同様歳を感じさせない容姿の人だったので、重さんと束さんは親子というよりは、歳の離れた姉妹みたいな気の置けない関係だったように見えていた。

 

 「くぁwせdrftgyふじこlp!」

 

 「pろきじゅhygtfrですぁq!」

 

 「……………飯の時間には少し早かったようだな。戻ってもう少し剣を振るか。箒、一夏」

 

 「……はい、とうさん」

 

 「え、けんかしてるだろアレ、ほっといていいのか……?」

 

 束さんが家にいる日はよく二人で家事をしながら宇宙人みたいな会話をしていて、それを目撃してしまった柳韻さんや箒がしばらく宇宙の深淵を覗き込んでしまった猫のような顔をした後、何も見なかったことにして引き返していくのを見るのは、当時の篠ノ之邸では日常だった。

 

 ただ重さんも束さん同様、箒を溺愛している傾向があったのは確かで。

 今思い返せば、神楽舞のことは束さん以上に楽しみにしてたように見えた。

 だから多分、束さん以上に内心キレ散らかしてたんじゃないかと思う。

 

 俺は大分後になって知ったのだが。

 悪戯で女の髪を切るようなアホガキの親だけあって、後日馬鹿の親がモンペと化して学校に押しかけてきてたらしく。

 そこに俺と箒の親権者として呼ばれた重さんは、言葉だけでモンペ共を再起不能レベルにまでボコボコにして撃退したそうだ。

 顔真っ赤で押しかけてきたモンペ共が、帰るときは顔面蒼白だったそうだから相当だ。

 馬鹿の方も、何故か俺の暴力沙汰については全く触れられないまま、馬鹿が箒に対してしたことだけが全校中にリークされ、主に女子からの総スカンを喰らった挙句に一か月もしないうちに転校していった。

 当時の俺は嫌な奴がいなくなって良かったなー程度にしか思ってなかったが、多分束さんがまだ重さんに首根っこを押さえられてた中でできた、せめてもの復讐だったんだろうなという気がしている。

 

 俺はこれらの経緯を知った後、篠ノ之の女は敵に回してはならないという学びを得た。

 ただこの学びを得たのは事件から大分たった後で……当時の学びとしては、この後のことの方が大きかった。

 

 俺に学びをくれたのは、先程敢えて挙げなかった柳韻さんだ。

 

 「ありがとう、一夏……お前は守れなかったと思っているかもしれんが、箒の心を守ってくれたのだ。そうしょぼくれとらんで、胸を張れ」

 

 柳韻さんは当初、この件に対し俺が箒のために動いてくれたことに対する礼だけを、微笑みながら言うに留まった。

 けれど事件から三日後……恐らく箒が母と姉と千冬姉の四人(千冬姉は場違いだと嫌がっていたが、束さんと重さんに無理矢理連れていかれた)で、新しい髪形に似合う髪飾りを見繕いに出かけたタイミングを見計らい、俺に声を掛けてきたのだ。

 

 ――――篠ノ之流において、一番大切な技を教えてやると言って。

 

 

 

 

 「一夏。お前はまだ幼い。今のお前に小難しいことをうだうだ言っても理解できまい。これから俺の言うことがわからなくても良い。ただ、打ってこい」

 

 篠ノ之の道場で、俺にだけ子供用の防具を纏わせ、向かい合って竹刀を正眼に構えさせた柳韻さんは、俺にただ、打ち込んで来いとだけ言った。

 正直訳が分からなかったが、それでも当時の俺は少しだけ心を許し始めた、父親代わりの男の言葉に従うことにした。

 

 「ちぇぇぇい! おぐっ!?」

 

 けど、拙い剣は容易く見切られ、返しの一撃を胴に打ち込まれる。

 

 「箒から話は聞いた。お前は俺が教えた技で弱い者を打った。そうだな?」

 

 「そ、れはっ! あいつがっ!!」

 

 「俺の言うことに一々返事はせんでいい。とにかく打ってこい」

 

 「っ! とおぉぉぉ! うづっ!?」

 

 「今でこそ剣の道場などやっているがな。篠ノ之は別に、武家として大した謂れがあるわけでもない。だが、古くより武に携わってきたものとして、心得としているものはある」

 

 「はっ! ぐえっ!?」

 

 「何、特別なことではない。『忠』には恩を以って報い。『恩』には忠を以って返す。それだけのことだ」

 

 「ええいっ! ぼぁっ!?」

 

 「ただ、これらはどちらかに傾いてはいかん。忠が過ぎれば恩は高慢となり、恩が過ぎれば忠は怠惰となる。剣を以って人と向き合う上で、この釣り合いが崩れた関係というのは健全とは到底言えん。これだけのことが出来ぬが故に、今に至るまで多くの武家が潰えることとなった」

 

 「たぁっ! どぅえっ!?」

 

 「一夏。お前は子供ながら、強い忠を持つ男だ。開祖から常に忠こそ尊べと説き続け、野にあり続けた篠ノ之に連なる者として、お前のような男はとても好ましく思う」

 

 「このっ! うわぁ!?」

 

 「だが……強すぎる忠というものは、時に向けられた者を驕らせる。自らお前を止めたということは、今はまだ安心できるが……いずれ、お前の忠が箒を腐らせるかもしれん」

 

 「うおおぉぉぉ! おぶっ!?」

 

 「……済まんな一夏。箒の親としての、俺の我儘に付き合わせている。お前にはとんだ迷惑だろうが……そろそろ、見えてきたのではないか?」

 

 先に斬りかかっているのは常に俺だった。でも、何故か立ち合いの終わりに斬られているのは常に俺だった。

 厳しい修練って訳でもない。柳韻さんは必ず防具がある所を打つし、かなり手加減していた。打たれる時に痛みはない。

 けれど――――何故か、打たれる度に打たれたところではない、何処かが痛む気がした。

 柳韻さんの言葉は、当時の俺には全く理解できなかったけど……それでも、何故かなんとなく、彼が伝えたいことだけは、伝わっていたように思う。

 

 「その顔を見るに、今一歩といったところか。続けろ」

 

 「ハァ、ハァ……とりゃっ! はぼっ!?」

 

 「正直お前を咎めたくはないのだ。俺とて、此度のことは怒っている。俺がお前と同じ立場だったなら、恐らく同じことをしただろうよ」

 

 「たえええぇぇぇ! ほぎゃ!?」

 

 「だがお前、此度のことで少しでも思わなかったか? ……気に入らん奴は、力で黙らせれば良いと。このようなことになるのなら、もっと早く手を出しておけば良かったと」

 

 「そ、それは……」

 

 「ほれ、考えるな打ってこい。俺の話は聞き流せ」

 

 「! えええいっ! ぶはっ!?」

 

 「それが悪いとは言わん。腕に覚えのある人間なら誰しも一度は思うことだ。だが……剣はそのような誰しも持ちうるもので鈍り、歪み、腐る。俺の剣をしかと目に焼き付けろ。今のお前の剣と、どう違う?」

 

 「っ! うああぁぁぁっ! げふっ!?」

 

 「わかったか? ……お前の剣、歪んでいるぞ。一夏よ」

 

 「う、ううぅっ!!」

 

 「無論、いくら剣が歪もうが強い者はいる。だが、得てしてそのような輩は人を不幸へする道へ走る。よって篠ノ之流はまず目を磨かねばならん。歪み腐った剣が罪無き者を害す前に、歪み始めた剣を見定め、正すために」

 

 「はあぁぁぁ! ばぶっ!?」

 

 当時は、この痛みの正体はわからなかった。

 でもわからなくても痛くて痛くて、この辺りでもうボロボロ泣きながら打ち込んでいたのは覚えている。

 

 今でもその正体がわかっているかというと、正直自信はないけれど……

 多分、子供ながらに手加減されているのがわかって、それでも手も足も出ない情けなさとか。

 こんな程度の力で、箒を守れる気でいた自分の馬鹿さ加減に対する怒りとか。

 何より、ずっと見ていたいくらい綺麗な剣を振る目の前の剣士に対して、みっともない剣しか見せることができない自分に対する失望とか。

 

 そんな感情が綯交ぜになったものが、頭の中で痛みとして出力されたんじゃないかと思っている。

 

 「篠ノ之流心得の型、現示(げんじ)――――己の剣を見せ、相手の剣を見定める。篠ノ之流の礎にして奥義だ。強く打ってはいないが、痛いだろう? その痛みを感じるうちは、いくら剣が歪もうともやり直せる。さあ……お前の剣を見せろ、一夏!」

 

 「う、うおおおおぉぉぉぉぁぁぁ!!!」

 

 「そうだ――――他者の剣を見、己の剣を醜いと感じ、恥じ、省みる。人は間違えるが、それが出来るからこそ道を、剣を正すことができる。これこそ現示の本懐。忘れるな」

 

 「あっ――――」

 

 「その痛みを忘れた時。お前は同門である資格を失い、篠ノ之に討たれるべき敵となる。俺は、そのような未来が訪れないことを切に願っている。だから――――どうか。『シュウ』の二の轍を踏まないでくれ、一夏」

 

 渾身の一撃を、当然のように往なされまた打たれた瞬間。

 痛くない筈なのに、痛みが限界を迎えて、ふっと意識が遠のく。

 最後に聞こえた柳韻さんの声は、何処か悲しそうで、祈るようで――――

 

 ――――結局言葉の意味は殆ど理解できなかったが、柳韻さんの何処までも澄んだ剣とこの技の名前だけは、ずっと俺の中に残り続けた。

 

 

 

 

 ひどいもんだ。

 形振り構わず斬りかかってくる敵を見て、最初に思い浮かんだのがそんな感想だった。

 先程からずっと感じていた、違和感の正体。

 それは、この敵が篠ノ之流の動作や技を、精々上手く利用できる道具程度にしか扱っていないことを感じ取っていたんだと、今ならわかる。

 箒なら違和感なんて覚える前に、即見破った上でブチ切れていただろう。

 俺がここまで気づくことができなかったのは……いや、我ながら修行が足りない。

 だから、己に対する戒めの意味でもこの技で対峙する道を選んだ。

 

 正直現示(この技)は苦手だ。

 自分の過去の、今の拙く歪んだ剣と、嫌でも向き合わなくてはならなくなるから。でも、だからこそ。

 篠ノ之の技で、修練として俺が最も多く、長く続けてきた技でもある。

 千冬姉とのイメージ上での立ち合いも、この技の延長の一つだ。

 

 あの立ち合いから既に十年近く経つが、柳韻さんの当時の太刀筋は未だに目に焼き付いている。

 それでも、未だに自分が柳韻さん程の目を養えているとは、到底思えない。

 

 当時のあの箒の行動を思えば、あいつは多分既にあの歳で、馬鹿の撃退に篠ノ之流を頼れば、自分の剣が歪むとわかっていたんだろう。

 だから篠ノ之の心得という意味では、箒にだって劣っている自覚はある。

 

 そんな俺の目でさえ、敵の剣は()()()()()と、今回ばかりははっきりわかった。

 

 相手より当然自分が上なのだという驕り。

 俺など本命に辿り着く上での踏み台でしかないという慢心。

 こんなところで自分が終わるはずがないという楽観。

 

 いやもう、後ろから銃で撃つなんて狡いやり方で一度殺しかけた程度のことで、これでもかと見下されてるのがビンビン伝わってくる。

 そして何よりその目。

 碌に抵抗できない弱者を甚振ることに愉悦を覚えた目。あの日、箒の髪を切ってヘラヘラしていた馬鹿と同じ目だ。

 自身が追い詰められたこの状況でさえその色を隠せないのだから、相当性根が捻じ曲がっているのがわかる。

 柳韻さんがこんな性根の奴をまともに相手にする筈がないので、同じ篠ノ之流を習ったにしてもよほど師が悪かったに違いない。

 その点だけは同情する。

 

 とはいえ敵はまぁ、才能はあるだろう。何せ、あの山田先生相手に一発で羽緻による奇襲を成功してのけた。

 ちゃんと学べば、俺よりも強くなれる素養は全然ある筈だ。

 ただ、剣を歪ませたまま強くなれる才能はなかったようだ。それが敵にとっての不幸か救いかは、俺にはわからない。

 

 だが、敵の事情がどうあれ。前回の学園祭の時といい、こいつらはここに至るまで多くの人を傷つけてきた。

 

 篠ノ之流は元来弱者の剣。

 強い力を持ち、『忠』を忘れ、自分は特別で『恩』を受けるのが当然だと思い込み、平気で他人を害する人間。

 そういう奴を狩るのが、かつて篠ノ之の剣士の役目だったと、昔柳韻さんに教わった。

 ならば。

 

 「お前みたいな奴が……篠ノ之流(俺達の)本来の獲物だ」

 

 「あっ――――!?」

 

 一瞬のうちに、白と黒の刃が交錯し、別れていく。

 黒の刃は、まるで最初からそうなる手筈だったかのように白式から逸れていき。

 一方で白の刃は、黒いISを搭乗者ごと、真一文字に斬り伏せた。

 




雪子叔母さんは過去の千冬のターニングポイントにおいては結構重要な人物だったり。
篠ノ之ママは仮に柳韻学生時代編をやるとしたらヒロイン兼ラスボス。
後日談番外編隠しボスはスコールさん(7さい)
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