~~~~~~side「鈴」
病院の窓から飛び出し、甲龍でCBF会場の海上アリーナに辿り着いたとき、そこは既に戦場だった。
傷だらけの血塗れで、倒れ伏すシャルロットとラウラ。
何故か姿が見えない、箒やセシリア、他の専用機持ちの生徒達。
実弾兵器が一切効かず、ISの武装とは思えないブースタのついた異様な鈍器を持って暴れる敵ISに、一方的に蹂躙されている先生達。
大暴れする味方を殿に、コソコソと逃げ出そうとしているISが二機。
そして何より―――― 一夏が、何処にもいない。
「――――許せない」
自分でもびっくりするくらい、喉から低い声が漏れた。
「――――
――――リスクがある力なのは承知の上。
だがここであの敵をブチのめすのに使わないなら、なんのための力だ……!
躊躇わずに空間を蹴り―――― 全身の血が沸騰するような感覚の後、一息の内に、敵との距離がゼロになる。
だが使い慣れていないせいで、狙った敵のところに跳べなかった。
でもこの際、構うもんか……!
「ふぇっ? り、鈴ちゃ――――あぶふぅっ!?」
「なっ!? ティー!?」
取り合えず目の前の敵の顔面に思いっきり掌底を叩き込んでやる。
……少し違和感があった。この敵は明らかにあたしの動きを目で捉えているような感じがしたが、何故か何かに気を取られたように動かなかったし……この声、前にどっかで聞いたことが、あるような……?
だがなんにせよ、あの一撃で脳を揺らされたのか蝶を思わせる外装のISを纏った敵は、搭乗者が意識を失って錐揉みしながら墜落していく。
一つ。
「キサマッ――――!」
敵の僚機である何処か白式に似た、黒いISが激高した様子で黒い光を帯びた剣を抜いて斬りかかってくる。
与えてくる印象は正反対だが、何処か零落白夜を彷彿とさせる攻撃。更に敵の剣の型が一夏や箒に似ていて思わず身構える、が――――
敵が剣を振り抜く直前。
あたしの後方から白い光が走り、敵の腕に命中。剣を弾き飛ばした。
『命中確認っ!』
『よくも私らの晴れ舞台を台無しにしたなー!』
『わ、私達の学園から出てけー!』
直後オープンチャンネルから響いた声に思わずハイパーセンサーを確認すると、一組の……えっと、清香、癒子、ナギの三人が、アリーナからやや離れた上空からISを展開して見下ろしており、内二人がIS仕様のスナイパーライフルを構えているのが見えた。
……戦闘情報を確認する限り、目の良い清香が観測手を務め、癒子が一射目で遮蔽Eシールドを破壊。立て続けに射撃が得意なナギがシールドが再構築される前に二射目を放ち、敵に命中させたらしい。
こんな時に危ない真似を、と思うも、あたしもあんまし他人のことは言えないし、それに――――
「塵芥の分際で、よくも……!」
「あたしのこと、忘れて貰っちゃ困るわね?」
「! しまっ……!」
どうも危険そうな敵に値千金の隙を作ってくれたことには素直に感謝をしつつ。
敵の注意が逸れたのを機に、すれ違いざまに空間圧縮でインパクトを強化した、最大威力の寸勁を鳩尾に叩き込む。
「がぼぉっ!?」
黒いISの搭乗者が、赤黒い血の塊を吐き出しながら吹き飛び、アリーナの遮蔽シールドに叩きつけられて沈黙する。
二つ。
「よくもっ……!」
味方二人が墜とされたのを察知したのか、教師陣を全滅させた三機目の敵が、武器のブースタを起動させて吹き飛ぶように空を駆け上がってくる。
――――でも、遅いっ!
「――――飛龍っ!」
再度空間を跳躍。
ブチブチと、体から嫌な音が響く。多分、何処かの筋肉と血管が切れた。
……自分でやっておいてなんだし、後悔はないけど。それでもこの技の反動、ホント痛すぎる……!
「――――えっ?」
でも、それだけの代償を払った甲斐はある。拳が届くいい塩梅の距離に、間抜け面……いや、顔はなんか変な仮面で見えないけど……を晒した敵。
「ごっ――――!?」
遠慮なく、顎に本気の一撃。ゴキンッ、という鈍い音と共に、敵搭乗者がISごとかちあげられる。
顎骨と歯を砕いた感覚――――普通の人間なら動けなくなるか、のたうち回るような痛打であるはず。
なのに――――
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアァァァ!!!」
構わず手にした鈍器を振り抜いてきた!?
狂犬みたいなヤツ……! でも――――!
「――――苦し紛れ、ねっ!」
敵が纏っている、異常なくらいの高熱を帯びたシールドを、逆に利用してやる。
爆熱をシールドごと巻き込んで圧縮。
いつもだったら多少時間がかかる龍咆のチャージは、第二形態甲龍の単一仕様能力によって一瞬で完了。
超高熱の龍咆をカウンター気味に発射する。
敵の武装や装甲は、あの異様な高熱に耐えるために特別な耐熱コーディングを施しているようだが……流石にこの龍咆には耐えられなかった。
射出された龍咆は、敵の武装をISの左腕装甲ごとドロドロに融解させながら吹き飛ばす。
「っあ!?」
『噓でしょ!?』
一瞬搭乗者の腕ごと吹っ飛ばしてしまったかと思ったが、どうやら本来隻腕なのをISによって補っていたらしい。
正直どっちでもいい。一夏の敵なら、腕が飛ぼうが首が捥げようが構わない。
――――なんにせよ、これで三つ。
「くたば――――」
「――――そこまでだ」
最後の敵に止めを叩き込もうとした瞬間。
本能的にお腹の底から震えがくるような、どこまで冷たく低い女の声が耳元で聞こえて――――
――――悪魔のような黒い翼脚の鉤爪が、あたしと甲龍を後ろから吊り上げた。
「うっ、あぅっあっ……!」
必死に暴れるが、鉤爪が機体と体に深々と突き刺さって外れない……!
そうしている間にも、さっきまで馬鹿みたいにドクドクと熱くなっていた体が急激に冷たくなっていく。
直接命を吸い取られているような感覚。抗おうとしても、次第に手も足も力を失っていく。
――――『うむ……まぁ、ここまでじゃの。主が執心の雪白の主は、今のところ無事故、安心召されよ凰鈴音。後のことは、妾に任せて今は休むがよい……くく。中々に良いものを見せてもらったぞ、我が主よ』
何処か遠くで、なんだか楽しそうな甲龍の声が聞こえる。
そっか。一夏は無事、なんだ。良かった……
ああ、でも。
寒い。冷たくて、怖くて。震えが止まらないのに、もう体を震わせる力すら、湧いてこなくて。
あたし、ここでおしまいなのかなぁ……あいたいよ……
――――いち、か……
~~~~~~side「???」
念のためにと、見に来たのは正解だったか。
一応任務は果たしたようだが、
――――第二形態ISか。前情報にはなかったが……これだから、ISというものは面倒なのだ。
ただでさえ未知の部分が多く、いざ運用となっても予想外のことばかり引き起こす。
いくら現行の武器の常識を覆す存在とはいえ、こんなものを兵器として運用している今の世界は、本当にどうかしている。
……例え、それすら『建前』だということを、知っていたとしても、な。
味方の少女が私の手に落ちたのを確認したのか、アリーナの外から狙撃をしていた少女たちが慌てた様子で再度動き出そうとするのをハイパーセンサーの端で捉えるも、それを私よりも先に察知したファフニールが再度頭部を展開。
ガパリ、と金属部品で形作られているにしては妙に生々しい音と共にその咢が開くと同時に、音もなく内部に搭載された反電子砲が連射される。
『きゃあああぁぁぁ!?』
『あうっ!?』
着弾と同時に爆発。ISの装甲が分子単位で分解されながら弾け飛び、三機のISが落ちていく。
あの程度でISを殺し切ることはできないが、当面は戦闘不能だろう。
……クリア。残敵はなし。
さて……この少女は中国の代表候補生、だったか。
ISを形成する、龍鱗状の装甲に強力な反発力を発生させ、独自の空間圧縮能力を飛躍的に強化する単一仕様能力のようだが……
まさかそれを利用して、空間圧縮によって『自ら』を亜光速まで加速させるとは驚いた。
第二形態では、まだ自身を守る機能すら不完全であろうに無茶をする。きっと既に、目に見えない部分に無数の傷を負っている筈だ。
……危険だな。この少女は。
完全に力押しによる空間跳躍だが、この手の力は純粋でシンプルになるほど対策が難しい。
私のような、ある意味IS本来の力の抜け道のようなものを活用して跳んでいるのとは違う。彼女の力は、恐らくあの織斑千冬の凶悪な零落白夜でも打ち破れまい。
そういう意味ではこの少女は今でこそ未熟だが、いずれは織斑千冬に比肩し得ることになる。
とはいえ……一度目でリスクは身に染みていただろうに、このような力を躊躇なく連発した辺り、この世界に身を置いている限り長生きできない類の人間にも見える。
そこまで鑑みると、今後脅威になるかは微妙なところだが……この際、消しておくべきか。
『――――下郎。その薄汚い手で、いつまで我が玉体に触れておる。殺すぞ』
「……!?」
殺害を考慮に入れた途端、強烈な殺気を感じてファフニールに掴ませたISを投げ捨てる。
搭乗者の少女は意識を失っているようだが……ISのハイパーセンサーに燃え滾る炎のような、紅蓮の双眸が浮かび上がって、こちらを睨んでいる。
……とても見覚えのある視線だ。ファフニールも、先程楯無と対峙した時以上に警戒を顕にしているのが伝わる。
あのIS、私のものと同族か。
先程のは警告だろう。ファフニールもそうだが、あの手の自我はそれこそ息をするように気軽に搭乗者を乗っ取ってくる。
これ以上手を出せば、恐らく搭乗者が意識不明だろうが関係なく動き出す。
――――血戦の瞳で状況を見分、シュミレートを開始……
あれが起きたところで、私一人であればどうとでも対処可能。だが、MNは全員死亡する。
それ以外の結果は……該当なし、か。
あの三人と、将来脅威になり得る少女の排除を天秤にかけ……前者を選択。
虎の尾を踏む……この場合は逆鱗に触れる、か。なんにせよ、目先のリスクを今回は回避。
龍が庇護する少女への追撃に見切りをつけ、死屍累々といった体をなしているMN達に目を向ける。
ティーは気絶。負傷はそこまででもないが、完全に目を回している。しばらく戦線への復帰は難しいだろう。
エムは重傷。血を吐いたまま起き上がれないところを見るに、恐らく内臓をやられている。絶対防御を貫く威力と技術とは……龍の少女の脅威度の見積もりを、少し上げるべきか。
シーは……やはり強烈な一撃を受け、ダメージは大きいようで口元を押えているが、早くも一人立ち上がって龍の少女に殺意を込めた目を向け、飛び出そうとするも……できずに結局膝を折る。
あの少女から受けた傷のこともあるだろうが……何より破壊工房を長時間稼働させ過ぎた。意識も朦朧としているように見える。
……潮時か。
スコールの分火が完全に消え失せた。仕様上殆どISを使えない状態だったとはいえ、私でも殺すとなれば程々に手古摺るであろうあの女を排除できるだけの人間が、恐らくIS学園側に増援として来ている。
ここへやってくる直前に海へと落ちるのが見えた、不自然な程巨大な落雷から察するに、恐らくその人間は……
最悪それでも問題ないが……私とて一日に二度も死にたくはない。
スコールは……オータムが裏で救出に動いているはずだろうし……こんなところで易々と死ぬようであれば、最初から私達の計画に必要な女ではなかったというだけだ。
ふと、傷だらけで倒れているシャルロットが目に映る。
最早混じらぬ道を歩き出したと割り切ってはいたが……いざ傷ついている姿を見ると、僅かにイザベルに対する後ろめたさを感じた。
シーは……そもそも、既に眼中にすらないらしい。その視線は、ただ先程自分を手酷く痛めつけた、龍の少女にしか向いていない。
当然と言えば当然だ。存在こそ教えたが面識など全くといってないし、何より私がその様に育てた。
シャルロットとシーがぶつかっていると聞いたとき、シーがシャルロットを殺してしまうかもしれないと、考えなかったわけではない。
その時は仕方がないと思っていたが……そうはならなかった。
現状のあの様子を見るに、シーがシャルロットに情けをかけるとは思えない。と、なると――――
シャルロットと、あの越界の瞳の少女がここで倒れている状況から推察するに……既にこの場から消えた標的の少年に対する、シーなりのせめてもの義理立てだったのかもしれない。
――――結局。最後まで非情になりきれないのは、イザベルの血なのだろうが……要らぬ信義にこだわるところは、一体誰に似たのやら……
ほんの僅かに胸を過った、そんな感傷に背を向けつつ。
私は戦闘不能に陥ったMNを、一人ずつ自分の量子空間に引き摺り込んだ。
~~~~~~side「ヒカルノ」
「――――アーリィから連絡があった。内通者の排除に成功。未確認のIS反応は全て消えた。まだ当面はあのドラキュラ女が潜伏してないか警戒しないといけないが、取り敢えず今回の襲撃は乗り切ったと見ていいだろうな」
「そう、ですか……負傷者は?」
「非戦闘員の生徒や観客には
「
「ああ……CBF直後で一部の上位入賞者に訓練機を持たせっぱなしだったのが祟って、そいつらの内数人のパッパラパー共が無断で増援に行った挙句、ドラキュラ女のISに撃墜されて負傷したが、幸い軽傷だ。その前に一応それなりの戦果はあげたそうだが、命令違反には変わりない。処分をどうすっかは、そっちで決めてな」
「わかりました……意識不明者の生徒たちの容態は?」
「今んトコロは静かなモン。だけどISスクールとの共鳴反応による元凶の排除には間違いなく成功してるし、脳波も睡眠中のそれで安定しつつある。全員起きるのは遅かれ早かれってカンジかな。いや~、ラーズグリーズ様々っすわ」
「その名前、彼女は嫌ってますから、本人の前では言わない方がいいですよ?」
「や、その辺は流石に弁えてますわ。一回酷い目に遭ったんで。あ、で。死人はいないけど、行方不明者が一人」
「織斑一夏さん、ですか?」
「うん。そ」
「はぁ……良いことばかり、とはいきませんね……織斑先生になんと顔向けすれば良いのか……」
「あーねー。千冬はまぁ、怒り狂うだろうけど……ワン坊は多分、大丈夫だと思うよ? 福音の時も一回ロストしてから戻ってきたって話だし……あいつ、やたら悪運だけは強いから」
「仮にも教職に就いている者としてはあるまじきことですが……今は、貴女の知っている彼の強さに縋るしか、ないのでしょうね。情けない限りです……」
「ま、自分を責めるのもいいけどさ。程々にしときなよ? 轡木のおいちゃん。IS学園、これからが正念場だぜ?」
「わかっています……篝火博士。今日は改めて、ありがとうございました。ジョセスターフさんにもですが、貴女には今回本当に助けられました」
「いいってことよ。乗り掛かった船、ってヤツさね。じゃ、アタシはまたネボスケ共の様子でも見てくるわ」
――――アタシにやれることは全てやったつもりだった。
しかし、結局また奪われた。
ワン坊のことだけじゃない。
今回のことで脳が受けたダメージのことを思えば、このまま二度と目覚めない可能性すらある。
人魚姫の次は眠り姫とは……ヒーロー好きの6歳男児みたいな中身のくせに、お姫様とやたら縁のある奴だ。
――――いや、我ながら笑えないね……
こんなことになるなら識武なんて作るんじゃなかったと、後悔したのは今に始まったことじゃないが。今ほど強く思ったことはない。
けどまぁ、どっちしろアタシじゃあの頃のあの子は止められなかっただろうけど。
それに――――デコ助も表面上はいつもの更識として振舞っていたが、目の奥ではドス黒い炎が燃え盛っていた。
あのドラキュラ女はそういうことなんだろうし……奴が現れた矢先に、シンの助がああなった。無理もない、とは思うのだが。
このままだと、絶対あのアホンダラはまたシンの助を泣かせる。
だけどアタシじゃあいつを止められない……というか千冬がここにいない今、力尽くで止められる奴はもういない。
アーリィなら或いはと思うが……あいつはあいつで、敵が千冬が現役引退したきっかけの事件に関与した亡国何某だと知って、自分の私怨を晴らすために来てる節がある。
デコ助をそれに利用できると思えば、あいつはそのように動くだろう。一応人なりの情は持ち合わせている奴ではあるが、お涙頂戴ドキュメンタリーに感動して手を貸してくれるような奴でもない。
アーリィに期待するのは望み薄だ。
となると……あ~あ。
闇の魔法にかかった眠り姫も、復讐に狂い自ら毒リンゴを齧った白雪姫も。
目を醒まさせるのは王子様のキスと相場は決まっているが……その白馬ならぬ、白いISの王子様候補は、悪いドラゴンに攫われて行方不明ときたもんだ。
この筋書きを書いた奴がいたとしたら、とんだド素人のサンピンに違いない。
「ったく……頼んだ仕事、まだ終わってないぞー、ワン坊。どこに行っちまったんだよ……」
最早どうしようもないと知りながらもそんな愚痴を吐きつつ、廊下の窓から外を見渡す。
――――重苦しい灰色の雲が見渡す限りの空を覆い。止まない雨は、まるで自分がかつて人魚姫と重ねた少女が流していた涙のようだった。